幸兵衛の小言

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水木しげる著『総員玉砕せよ!』を読んで。

 野坂昭如の訃報を目にした。

 昭和58年の衆院選、私は野坂が田中角栄に対抗して立候補した、当時の新潟三区の中心都市である長岡に住んでいた。

 飲み屋街である殿町の店で、うかつに角栄や越山会の悪口など言えない土地。
 ある選挙期間中だったと思うが、飲んでいたスナックに、娘の真紀子が「父の代理」として挨拶で回っていたことを思い出す。ビルの店を一軒づつ回っていたのだろう。

 大手通りで角栄が演説をしている時、多くの越後のおばちゃん達が、神様に向かうかのように手を合わせていたことも思い出す。

 余所者である私は、野坂の出馬を意気に感じて彼に一票を投じた。

 「朝まで生テレビ」は、大島渚と野坂昭如が出演していた頃が絶頂期だったなぁ。

 さて、この記事は野坂の前に伝えられた訃報の主の著作について書くつもりでいたが、まくらがつい長くなった。野坂のことは、別途書くつもり。

 水木しげるさんの訃報に接した際、兄弟ブログ「噺の話」で記事を書いた。
「噺の話」2015年11月30日のブログ

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『総員玉砕せよ!』(講談社文庫)

 あの記事を書いた時は未読だった『総員玉砕せよ!』(講談社文庫)を読み終わった。本書は1991年に単行本発行、1995年に文庫化された。

 読後、なんとも言えない思いに浸る。


 冒頭部分。
 海上を進む輸送船やニューブリテン島の風景を背景に、次の「可愛いスーチャン」(作者不詳)の歌詞がある。

お国のためとは 言いながら
人の嫌がる 軍隊に
志願でするよな バカもいる
可愛いスーチャンと 泣き別れ

朝は早よから 起されて
ぞうきんがけやら はき掃除
いやな上等兵にゃ いじめられ
泣く泣く送る 日の長さ

乾パンかじる ひまもなく
消灯ラッパは 鳴りひびく
五尺の寝台 わらぶとん
ここが我等の 夢の床

海山遠く へだてては
面会人とて さらになく
着いた手紙の うれしさよ
可愛いスーチャンの 筆の跡

 戦意高揚のための軍歌ではなく、兵卒の日常を歌う、いわゆる兵隊節であることが、この本がどんな視点で書かれたものかを暗示する。

 あとがきで作者水木しげるは「90パーセントが事実です」と書いている。

 残る10パーセントは、作者の分身である丸山二等兵は、「バンザイ突撃」の時には入院していたのだが、本書では仲間と一緒に玉砕していること、など。

 本書は、水木しげるの戦争体験に基づいている。
 中心となるのは、ラバウルにいた十万人の日本兵の捨て石となったバイエン支隊五百人の兵士の玉砕。

 敵は上陸してくる米軍だけではなかった。
 デング熱で亡くなる者、手榴弾で捕った魚が喉に詰まって窒息死する者、池に溺れてワニに食われた者、などもいる。そして、支隊にとって味方であるはずのラバウル司令部でさえ・・・・・・。


 物語は、ニューブリテン島ココボ、昭和18年末のことから始まる。

 「ピー屋」と呼ばれる慰安所に並ぶ多くの兵隊たち。

 翌日の丸山たちの会話。
 
 「それで、きのうはどうだった」
 「二三人はできたかしんねいど、なにしろ五分間しかねえのに
  七十人も並んでんだ」
 「ほとんど『女郎の歌』でお別れさ」
 
 『女郎の歌』の歌詞も載っているが、割愛。

 初年兵は、理由なく上官から殴られる。
 しかし、テレビドラマ「鬼太郎が見た玉砕 ~水木しげるの戦争~」で塩見三省が扮した「ピンタ軍曹」こと本田軍曹は、味方の鉄砲の誤射で負傷し、手榴弾で自決。

 部下に「玉砕」を命じたのは士官学校出、二十代のバイエン支隊長田所少佐。
 少佐は楠木正成に心酔しており、湊川の戦いにおける正成の死に様にあこがれていた。
 テレビでは「花子とアン」で新聞記者を演じた木村彰吾が田所に扮した。

 田所支隊長(少佐)が「玉砕」を説くものの、児玉中隊長(中尉)はゲリラ戦を主張する。田所は、児玉の中隊のみ、特別にゲリラ戦を許可したため、生き残ることのできた生命が増えたのだった。

 バイエン支隊はラバウルの司令部に玉砕することを電信する。
 司令部では、彼らは全員死んだものと思い、全軍にそのことを告げ、戦意高揚を図っていた。しかし、聖ジョージ岬の警備隊から、バイエン支隊の生存者数十名が岬近くにいると知らせを受ける。
 司令部は、バイエン支隊の敵前逃亡はラバウル全軍の面汚しと考え、彼らを実際に「玉砕」の英霊とするために、参謀の木戸を聖ジョージ岬に派遣する。
 木戸の出発前夜、バイエン生き残り兵士の一人である石山軍医がラバウルを訪れて部下の命乞いをしたが、司令部が認めるはずもなく、軍医は抗議の自決をした。
 テレビでは嶋田久作が軍医に扮した。ニンだったなぁ。
 
 本書でも、石山軍医の行動や発言が、強く印象に残る。

 狂気のうずまく中で、正気は少数派にしかなりえない、ということか。

 これ以上は内容について書かないが、作者のあとがきから引用したい。
 
 「玉砕」というのは、どこでもそうですが、必ず生き残りがいます。 
 まあ、ベリリウ島等は、ものすごく生き残りが少なかったので、模範ということになり、ラバウルではベリリウ島につづけということがよくいわれました。
 しかし、ベリリウ島みたいな島で全員が一度に死ねるということなら、玉砕は成功する。
 ラバウルの場合、後方に十万の兵隊が、ぬくぬくと生活しているのに、その前線で五百人の兵隊(実際は三、四百人)に死ねといわれても、とても兵隊全体の同意は得られるものではない。
 軍隊で兵隊と靴下は消耗品といわれ、兵隊は“猫”位にしか考えられていないのです。

 日本は、人間を靴下と同じような消耗品として扱う悪夢を、また繰り返そうとしている。

 水木しげるは次のような回想を記している。
 この物語では最後に全員死ぬことになっているが、ぼくは最後に一人の兵隊が逃げて次の地点で守る連隊長に報告することにしようと思った。だが、長くなるので全員玉砕にしたが、事実はとなり地区を守っていた混成三連帯の連隊長は、この玉砕事件についてこういった。
「あの場所をなぜ、そうまでして守らねばならなかったのか」
 ぼくはそれを耳にしたとき「フハッ」と空しい嘆息(ためいき)のような言葉が出るだけだった。
 
 後で振り返れば、何人もの生命を奪った玉砕のすべてに、「なぜ、そうまでする必要があったのか」という疑問符がつく。

 それは、「なぜ戦争をしたか」という問題にまで戻ることになるはずだ。

 水木しげるが残してくれた戦争の記録と反戦の思いを、我々は生かさないわけにはいかない。

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Commented by sheri-sheri at 2016-01-16 10:44
戦争はいつの世も市民や市井の人々をもう紙屑のようにあつかい命なんてどうでもいいという境遇におとしめますね。人間って怖いです。どの時代でもどの国であろうと、悲惨な事が続きますね。もう語るのも疲れますが。・・・
Commented by koubeinokogoto at 2016-01-18 15:25
>sheri-sheriさんへ

コメントへの返事が遅くなり、失礼しました。
どんな理屈を並べようと、戦争はしてはいけませんね。

最近、記事が続かなくて、申し訳なく思います。
私は、やや書くのに疲れ気味ではありますが、もう少し早く更新すべく頑張ります。
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by koubeinokogoto | 2015-12-10 20:52 | 戦争反対 | Comments(2)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


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