幸兵衛の小言

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築地移転問題、背景にある東京都の失態ー「ハフィントンポスト」より。


 豊洲への移転問題は、完全に宙に浮いた。

 この問題の根源には何があったのか。

 なぜ380億円をかけた築地の再整備を進めていたにも関わらず、計画が頓挫し、豊洲への移転案が浮上したのか。

 「ハフィントンポスト」の12月2日の記事を引用する。
 肝腎な部分に色をつけて太字にする。

「ハフィントンポスト」該当記事


築地市場移転、なぜ「最もふさわしくなかった」はずの豊洲が選ばれたのか
The Huffington Post | 執筆者: ハフィントンポスト編集部
投稿日: 2016年12月02日 15時00分 JST 更新: 2016年12月02日 16時42分 JST

【ジャーナリスト池上正樹氏、加藤順子氏のレポート】

■当初、築地市場を移転するつもりはなかった

ここにきて、次から次へと不透明な問題が噴出する豊洲市場(東京都江東区)。当初は11月7日に築地市場から移す予定だったが、2年間の地下水モニタリングが終っていないことや、土壌汚染を防ぐための「盛り土」をしていなかったこともわかり、移転が延期になっている。

すべての問題の根源は、この地が東京ガスの工場跡地で、高濃度の汚染によって食の安全性が懸念されてきたことに始まる。そもそも、どうして東京都は「豊洲」にこだわったのか。20年以上の歴史をひもとくと、東京都政の失敗を隠そうという思惑が見え隠れする

移転先の豊洲は元々、1923(大正12)年の関東大震災の瓦礫によって埋め立てられた埠頭だ。工場地帯の何もない埋め立て地だった豊洲地区も、今は大規模再開発が進んでタワーマンションやオフィスビル、「ららぽーと」などの商業施設が建ち並び、すっかり若い世代に人気のお洒落なエリアになった。

その賑やかな街から、新交通システム「ゆりかもめ」に乗って2駅行くと、打って変わって左右に巨大な施設が現れる。ゆりかもめと、その下を走る道路に分断されるように立地しているのが、豊洲市場だ。

筆者が確認する限り、 東京都の関連資料に初めて「豊洲」の地名が登場するのは、青島幸男都知事が就任した20年以上前の1995年。7月に港湾局が「臨海部を実施調査する」ところから始まる。

当時、都の中央卸売市場は、1986年の第4次再整備基本方針に基づき、91年1月から築地での再整備工事を進めていた。

基本方針では、「老朽化」「狭溢・過密化」などによって、再整備が緊急な課題になっているとして、次のように必要性を示している。

<築地市場を他の場所に移転することは、流通の実体、社会的要因から極めて難しい。現在地は隅田川の河口に面し、周辺には豊海などの冷蔵庫群が控えるという優れた地理的条件下にありながら、しかも22.5haという都心部としては広い敷地を有している>

つまり、この時までは、市場は移転するのではなく、あくまでも築地での再整備が前提だった。

■「豊洲ならば可能性がある」 急浮上した移転案

88年11月、当時の鈴木俊一都政は、庁議に諮り、再整備基本計画を決定している。それは、基幹施設が「平面」という卸売市場業界の常識を破る「水産1階、青果2階」という前例のない大規模立体化計画だった。

築地で再整備だったはずが、東京魚市場卸協同組合(以下、東卸)が02年11月に発行した『東京魚市場卸協同組合五十年史』によると、95年8月、市場当局が、前月に調査に出かけた港湾局と「協議」したという記述がある。港湾局からは、<臨海部に市場が立地できる場所は城南島(東京都大田区)、豊洲、外防(※筆者注:中央防波堤外側)であれば可能性がある>ことを示唆されたという

翌9月、港湾局と協議した市場当局は、内部で、<再整備基本方針の見直しと並行して移転の可能性を検討>している。その後、城南島と外防の記述はないが、豊洲と比べれば「遠い」立地だけに、立ち消えになったのであろう。

翌96年になると、当時の番所宏育市場長が「年頭会見」で、「移転を検討するとすれば、豊洲ならば可能性がある」と発言。同年4月、東京都中央卸売市場審議会が「卸売市場基本方針」の中で、「築地市場は、現行計画を見直す必要がある」と答申した。

この年、築地での再整備工事は約380億円を注ぎ込みながら、なぜか途中でストップしてしまった。

こうした移転候補地の実施調査を始めたことについて、当時の東卸組合・築地市場再開発特別委員会の伊藤宏之委員長は、今年9月、テレビ番組の取材に「後で聞きました」と証言。当時の番所宏育市場長も「覚えていません」と答えている。結局誰が「豊洲」の話を持ちかけたのか、わからない状況なのは、消えた盛り土問題と同じような構図だ。

 番所元市場長が年頭会見で「豊洲ならば可能性がある」と発言した1996年の都知事は、前年就任したばかりの青島幸男。

 しかし、青島知事が、豊洲移転を持ちかけたはずもなかろう。

 移転案の背景に何があったのか。

■ 移転は「業界団体から要望」 すり替えられた議論

都は、同文書の中で、もし仮に豊洲への受け入れが可能になった場合を念頭に置いて、築地市場と比較すると、豊洲より築地のほうが「場外市場を市場機能として加えれば33haの敷地面積」「消費地に近接して搬出入に便利」「世界の築地として名が知られている」「大きな渋滞、公共交通不足等の問題がない」といった点で「好ましい」と指摘していた。

一方で、<豊洲地区へ現在地より広い敷地を得て移転すれば、現在の営業に煩わされず、自由に市場デザインが描け>て、<市場の財源面から、現在の敷地を売却すれば、より広い新市場の用費を捻出できるという意見もある>などと、真逆の評価もしている。

また、都は、<移転後の跡地に高層ビルを林立させるよりは、浜離宮、市場、本願寺など、比較的低層な空間を保持し、隅田川の堤防を広くして緑化を進めるとともに…>などと、大型ビルによる開発については否定する体をとりながら、築地移転後の跡地で再開発の意向があることをほのめかしていた

98年4月、市場業界6団体は、当時の宮城哲夫市場長宛てに、臨海部への移転の可能性について調査・検討を要請したが、以後、都は「業界団体からの要望を受けて、豊洲移転に方針転換した」(『疑問解消book』)などと議論をすり替えていく

同年6月、都は6団体に「現時点で、移転の可能性を見極めることは困難」と回答。その一方で、「業界各団体の一致した意思が確認できる文書」を提出するよう求めた。

そんな再整備の方針も、98年10月になると、ついに都のトーンは一転する。

都は、「昨年、平成9年10月時点における豊洲ではなく、現在地で築地市場の再整備を行うとの方針と、現時点、平成10年10月との状況の変化について」という文書の中で、こう記している。

<現在地で再整備となると、神田市場などを売却した積立金の残だけでは足りず、一般会計からの繰り入れを求めなければならない。しかし、そのとき、一般会計に余力があるのか不明確である>

<現敷地を売却して豊洲へ移転するのであれば、財源的には随分楽になる>

ここで急にカネの問題が取り沙汰されるようになった。いったい、98年までのこの1年の間に何があったのか。


■バブル経済のツケを押しつけた

例えば、2000年11月、都庁職中央市場支部の鈴木清司支部長が、「苦しい市場会計から、東京都の一般会計に2400億円も貸し出した財政運営について理解に苦しむ。なぜ、このような財政運営をするのか」という公開質問状を出している。これに対し、当時の大矢寛市場長は「今日は回答できない」と述べるに留まった。

当時、市場業界の関係者は、筆者に対してこう説明した。

「当初、築地での再整備計画で、都は約2400億円の予算を組んでいたんです。しかし、バブルが崩壊して、臨海再開発も失敗し、財政が悪化した。本来は、築地再整備のための独立会計予算をその穴埋めで使ってしまい、資金が不足した。だから築地を売却して、移転するしかなくなってしまったのです」



これを裏付けるように、前出の「五十年史」でも、こう記述されている。

<都の路線変更にあったのは、バブル経済の破綻で都市場の財政事情が極めてひっ迫してきたことがある。都市場は企業会計方式を採用しており、施設整備費の大部分は起債に依存していた。使用料で賄うことなどは殆ど不可能である。起債残高が1000億円もある中で、すべてを築地市場に投入するわけにはいかない事情があった>

その後、都知事選に立候補した青島幸男氏は、臨海副都心計画は実施しないことを公約に掲げて当選した。

<平成7年(95年)の夏、都の港湾局から臨海部に築地市場を移転させるべく、都市場当局に盛んにシグナルが送られていた。当時の港湾局が、一大商業機能を持つ築地市場を移転させ、臨海部開発とリンクさせたい意向があったことは容易に想像がつく>

<「豊洲なら可能性があると聞いている」と無責任であるが業界にサインを送るのが精一杯だったようである>

つまり、都の失政の尻拭いを築地市場の人たちが被せられたという格好になったのだ。

しかも、その押し付けられた土地こそ、ベンゼンやシアン、水銀などの有害物質が土壌や地下水から検出されている汚染地だったのだ。


 本来最優先されるべき、お客さんや市場関係者の安全性の問題などは度外視し、東京都の財政的な失敗を、築地移転費用を使って隠そうとしていたとしか思われない背景が見えてくる。


 兄弟ブログ「噺の話」で、落語の登場人物である八五郎とご隠居の会話として、築地の倍近い敷地面積のある大田市場への移転案を語らせた。
2017年1月18日の「噺の話」

 新たに晴海に移転する案もあるようだが、今から建設する場合の時間とコストは莫大になるだろう。

 青果物の市場を他の市場に分散するなども検討し、大田市場を元に築地の受け入れをするのが、私としてはもっとも道理ではないかと思っている。

 では、約6000億かけた豊洲はどうするのか・・・・・・。

 新宿から、都庁が豊洲へ引っ越せばいいのではなかろうか。

 今回の問題は、ほぼ間違いなく東京都の失政が引き金になっている。

 地下水を飲まなきゃ、ベンゼンも全然大丈夫ではないのか。

 シアン対策は、する必要があるだろう。ぜひ、思案していただこう。

 しかし、そのために都民の税金を使う協議は、ヒ素ヒ素話ではなく、公開していただこうじゃないか。

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by koubeinokogoto | 2017-01-18 21:53 | 責任者出て来い! | Comments(0)

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