トランプ大統領を生んだ、アメリカの病理(1)ーライシュ『最後の資本主義』より。
トランプ大統領誕生の理由として、よく、「ラストベルト」という言葉が登場する。
'Rust Belt'(さびついた地帯)と形容される地域の貧しい人々が、トランプを支持した、という説明だ。
ミシガン州、オハイオ州、ペンシルベニア州など、かつて鉄鋼、石炭、自動車産業などの「オールドインダストリー」で栄え、その後衰退した地域の、「忘れられた人々」と呼ばれる労働者たちの多くが、トランプを支持したのは事実だ。
しかし、ラストベルトの有権者だけが投票したわけではない。
トランプ大統領を誕生させたアメリカ全体に渡る問題を、見逃すことはできないだろう。
ロバート・B・ライシュ著『最後の資本主義』
ビル・クリントン政権で労働長官を務め、オバマのアドバイザーでもあったロバート・B・ライシュの『最後の資本主義』は、なかなか興味深い本だった。
自分が政権に関与しながら実現できなかったことへの自責の念も、この本からは伝わってくる。
たとえば、このようなことが書かれている。
経済史学者カール・ポランニーも指摘するように、「より小さな政府」を提唱する人々は、実際には「別の政府」(自らやそのパトロンに都合のよい政府であることが多い)を提唱しているのである。
「自由市場」という神話は、私たちがこれらのルール変更の実態を精査したり、そうしたルール変更が誰を有利にしたのか問いかけようとするのを妨害する。
だからこの神話は、精査されることを望まない人々にとってはとても便利な存在だ。
ライシュが一貫して主張するアメリカの問題は、富が富裕層に集中し、その富を利用して、ごく少数の金持ちが、政治に関与して自分たちの都合が良いようにルールを作ってきたこと、その結果、経済面で相対的に下位の国民が、ますます貧しくなっていること。
また、かつては、労働組合や在郷軍人会、農協など、会員の声が下から上へ伝わり、少数の権力者への拮抗力のあった組織が衰退しているということ、など。
富の富裕層の集中に関しては、次のような図をもとに説明がある。
図は第二次世界大戦以降に生じた景気拡大期に現在を加え、上位10%と下位90%の世帯収入の成長率を示したものだ。この図から三つのことがわかる。
第一に、下位90%の数値が1982年から1990年の間に大幅に下落したこと。
第二に、景気拡大期のたびごとに経済的利益が富裕層に移ったこと。
第三に、下位90%の実質所得が2009年から始まった景気回復期に初めて減少に転じたことだ。それまでは世帯収入の中央値が景気回復期に減少したことはなかった。
富裕層の政治への関与について、象徴的なのは、彼等のとんでもない額の政治献金だ。
2012年の二大献金者はシェルドン・アデルソンとミリアム・アデルソンで、それぞれ5680万ドルと4660万ドルだった。アデルソンは、ラスベガスのカジノ・ホテルのオーナーとして有名。
ソフトバンクが、アデルソンの「コムデックス」というイベント会社を傘下におさめたことで、アデルソンと孫社長は交流があり、今回、安倍晋三がトランプに面会できた背景には、孫-アデルソン-トランプという人脈があったとも言われている。
だが、アデルソン夫妻は超富裕層による政治献金という巨大な氷山の一角に過ぎない。
『フォーブス』誌による米国の富豪トップ400人の中で、実に388人がこの年に政治献金を行なっていた。
『フォーチュン500』にランキングされた企業の取締役とCEO4493人の中で、五人中四人以上が献金した(献金しなかった人の大半は外国人で、政治献金が禁止されている)
2016年大統領選に向けた準備段階で、億万長者のチャールズ・コークとデビッド・コーク兄弟は裕福な友人らと協力して、10億ドル近い資金を集めた。コーク兄弟は、今や、アメリカを蔭から動かす大富豪として有名だ。
彼らの政治献金は、いまや、共和党のみならず、民主党にも同じように“投資”されている。
その結果、独占禁止法は骨抜きにされ、かつて存在した貧しい人々を保護する法令は廃止され、富裕層への規制がどんどん取り除かれている。
こういった、富の極端な二極化が、アメリカの最大の病理と言ってよいだろう。
ラストベルトという一部の地域に限らず、多くのアメリカ人が、既成の政治家では何も変わらないという思いを抱き、ヒラリーではなく、自らも富裕層の一人であるがために、他人の政治献金に頼り、その言いなりにならないであろうトランプを支持した、ということだろう。
しかし、本当に貧しい人に職が戻り、富裕層に集中している富が再配分されるのだろうか・・・・・・。
トランプの保護主義政策が、「自由市場」や「小さな政府」という言葉でごまかし、富裕層がつくったきた病根を直撃し、アメリカの病を治す特効薬になり得るのか・・・・・・。
この本については、もう少し紹介したい。