幸兵衛の小言

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希望の党の正体。

 調査報道を元にした、今や信頼できる数少ないメディアの一つHUNTERが、希望の党には、まったく希望など見出せないということを実証する記事を載せてくれた。
 
 同記事より引用する。
HUNTERの該当記事

大事なのはカネとコネ 希望の党・候補者選考の舞台裏
2017年10月 4日 08:00


 小池百合子東京都知事が率いる「希望党」が3日、第一次公認の192名(比例単独1名)を公表した。半数以上を民進党の離党組が占める格好となったが、公認候補選考の舞台裏で、“しがらみ”だらけの醜い動きがあったことが分かってきている。
 例えば、福岡県の候補者選考は、まさにその典型。小池氏と関係の深い自民党議員がいる福岡6区では、民進の公認候補を引きずり降ろす形で擁立を見送った他、3区においては希望の党幹部による地元県議の一本釣りも顕在化。関係者から「小池とその側近は何様のつもりなのか」と、怨嗟の声が上がる始末となっている。
「しがらみのない政治」どころか、カネとコネが物を言う候補者選考劇。希望の党と民進党関係者の証言から、その実態に迫った。
 
■「政策協定書」に見るヤクザの論理
 小池新党の実相を序実に示す文書が一斉に報道され、ネット上でも拡散される事態となっている。複数の内容があるが、下が最終的なものだという。

希望の党 小池百合子代表殿
             政策協定書

 私は、希望の党の公認を受けて衆院選に立候補するに当たり、下記事項を順守すること、当選した場合には希望の党の所属する会派に所属して国会活動を行うこと、希望の党党員として政治活動を行うことを誓います。
                記
 1、希望の党の綱領を支持し、「寛容な改革保守政党」を目指すこと。

 2、現下の厳しい国際情勢に鑑み、現行の安全保障法制については、憲法にのっとり適切に運用する。その上で不断の見直しを行い、現実的な安全保障政策を支持する。

 3、税金の有効活用(ワイズ・スペンディング)を徹底し、国民が納める税の恩恵が全ての国民に行き渡る仕組みを強化すること。

 4、憲法改正を支持し、憲法改正論議を幅広く進めること。

 5、国民に負担を求める前に国会議員が身を切る改革を断行する必要があること、および、いわゆる景気弾力条項の趣旨を踏まえて、2019年10月の消費税10%への引き上げを凍結すること。

 6、外国人に対する地方参政権の付与に反対すること。

 7、政党支部において企業団体献金を受け取らないこと。

 8、希望の党の公約を順守すること。

 9、希望の党の公認候補となるに当たり、党に資金提供をすること。

 10、選挙期間が終了するまで、希望の党が選挙協力の協定を交わしている政党への批判は一切行わないこと。
                                    
                                                                    年 月 日
                                   
                 第48回衆院選 立候補予定者(署名欄)


 簡単に言えば、「安全保障法制と改憲への反対は許さない」「公認がが欲しければ、上納金を払え」「日本維新の会への批判は許さない」ということ。前提になるのは“小池氏とその側近への絶対的な服従”だ。小池氏や若狭勝、細野豪志両前衆院議員が気に入らないことをしゃべろうものなら、「リベラル」の烙印を押され、追放されることになる。黒いものでも小池氏が白と言えば「白です」と言えというわけ。「黒いカラスでも、親分が白いと言えば白」――ヤクザ映画によく出てくるフレーズだが、希望の党は方針はこれと同じ。聞こえの良いことばかり並べたてているが、小池氏の周辺ではヤクザ組織同様の論理がまかり通っている。

「しがらみのない政治」を標榜する小池が、どれほど嘘つきであるかが、明白だ。

 この「政策協定書」には、「反原発」の文字など見当たらない。

 「憲法改正(改悪)」の支持、その改悪した憲法を想定した安全保障政策を支持しろ、ということは、戦争をしやすい国を目指すということで、安倍自民と変わらない。

 正体はもうバレたよ、小池さん、細野さん。

 こんな「夢も希望のない」党に、日本は任せられない。

 立憲民主党と共産党の連携しか、選挙での選択肢はないと、確信。

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# by koubeinokogoto | 2017-10-04 12:30 | 責任者出て来い! | Comments(0)
 枝野が、ぎりぎりのタイミングで、リベラルの臨終を救おうとしている。

 自民党と希望の党は、対決どころか、同じ穴のムジナであり、国の将来を左右する憲法問題、安保問題については、彼らの主張は変わりはない。

 安倍がほくそ笑んでいるところに、ようやく真っ当な護憲、反戦を主張する国民の声の受け皿ができた。

 今、排除すべき言葉が「圧力」や「選別」であり、大事にするべき言葉は「対話」や「友和」だと思う。

 そもそも、安保法や共謀罪に賛成する議員を身内に抱えていた旧民主党や民進党は、リベラルでもなんでもない烏合の衆であったのだから、解体は必然。

 希望の党は、選挙対策としての反原発の旗を掲げているだけで、時間を見計ってその旗を降ろすのは目に見えている。
 
 自由民主党の政治には、まったく「自由」も「民主」も存在しない。
 
 希望の党のどこに「希望」など見出せるというのか。

 「小池にはまって、さぁ大変」になる前に、なんとか受け皿ができたのだ。

 反戦、脱原発、反共謀罪という主張を共にする人々は、ベストではないかもしれないが、ベターな立憲民主党に結集すべきだ。

 
 アメリカでさえも北朝鮮との対話を模索している時、世界中の反戦を祈る人々が、唯一の被爆国である日本に仲介役として期待しているはずだ。

 しかし、「圧力」しかない、と危機感を煽るしか能のない安倍自民や、希望のない希望の党に日本の舵取りを任すわけにはいかない。

 立憲民主党と共産党との選挙協力で、なんとか、右に旋回しようとしている日本丸の舵を、修正しなければならない。

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# by koubeinokogoto | 2017-10-02 17:54 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
 私は行くことはできなかったが、昨日の代々木公演の集会とデモについて、東京新聞の記事をご紹介。
東京新聞の該当記事

【社会】
「戦争法廃止 諦めない」 渋谷で山城議長ら政権批判「権力の私物化」
2017年9月19日 朝刊

 安全保障関連法成立から2年の節目を翌日に控えた18日、安保法や原発再稼働に反対する「さようなら原発 さようなら戦争全国集会」が、東京都渋谷区の代々木公園で開かれた。会場では安保法に対し「戦争する国になる」「憲法違反」など懸念の声が上がる一方、安倍晋三首相が衆院解散・総選挙の方針を固めたことに対しても「疑惑からの追及逃れ」など批判の声が相次いだ。集会後にはデモ行進もあり参加者の声が街中に響いた。 (飯田克志、増井のぞみ)

 市民ら九千五百人(主催者発表)が参加。主催した市民団体「『さようなら原発』一千万署名市民の会」の呼び掛け人の作家、落合恵子さんはあいさつで、学校法人加計(かけ)学園の獣医学部新設や、学校法人森友学園の国有地払い下げを巡る疑惑を念頭に、「安倍政権は私たちが(疑惑を)忘れ、支持率がアップしたので選挙に勝てると思っている。これほどやりたい放題の内閣はあったでしょうか」と声を張り上げた。

 市民や市民団体でつくる「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の福山真劫(しんごう)共同代表は「安保法は違憲。みんなで戦争法廃止を勝ち取ろう」と呼び掛けた。その上で、「衆院解散は権力の私物化、貧困と格差の拡大を隠すための保身、党利党略で許せない。だが、安倍政権の政策を転換させるチャンス」と訴えた。

 米軍新基地建設の抗議活動で長期拘束された沖縄平和運動センターの山城博治(ひろじ)議長は「安倍政権は北朝鮮の脅威をあおって憲法を変え、この国を変えようとしている」と指摘した。

 この集会のこと、テレビで取り上げた?

 昨日の内容については、「さようなら原発1000万人アクション」のサイトで、詳しく報告されているので紹介したい。
「さようなら原発1000万人アクション」サイトの該当記事。

「さようなら原発 さようなら戦争全国集会」に9500人
2017年9月19日 から 1mura

9月18日、台風一過となった東京・代々木公園で「ともに生きる未来を!さようなら原発さようなら戦争全国集会」が開かれ、9500人が参加しました。集会では、安倍晋三首相が、9月末に開かれる臨時国会の冒頭に衆議院を解散する可能性が高まる中、「疑惑隠しの大義なき解散だ」と非難が集中し、さらに、「原発再稼働や戦争をする国を進める安倍政権にさようならをするチャンスだ」との声も広がりました。
約40団体がブースを並べる会場の前の野外ステージでは、俳優の木内みどりさんが司会を務め、最初に呼びかけ人の落合恵子さん(作家)は、「解散・総選挙を企む安倍首相に私たちは見くびられている。アメリカの顔ばかり伺う政治を終わらせよう」と呼びかけました。
福島からは、福島原発刑事訴訟支援団団長の佐藤知良さんが「原発事故で責任を取った人はいない。事故の3年前に津波が予測され計画した防潮堤を東京電力の幹部が潰した。その罪を問うために1万4千人の告訴団は闘う」と決意を表明しました。
次に自主避難者として福島から大阪に避難している森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)が「2人の子どもを連れて避難している。憲法で補償された平和に生きる権利を奪われてきた。世界中の子ども達の命を守ることが平和につながる道だ」と思いを述べました。
再稼働が迫る佐賀県の玄海原発問題について、原水爆禁止佐賀県協議会の徳光清孝会長が、県知事を中心に再稼働容認に向けた動きが進んでいることを報告。「しかし、県民はけっして納得していない。再稼働阻止に向けてがんばる」と力強く語りました。
ひときわ大きな拍手を受けて、沖縄平和運動センターの山城博治議長が5ヶ月に及ぶ不当な勾留に関わらず、元気に登壇。沖縄の基地建設や原発政策の推進、戦争法や共謀罪の強行成立など、安倍政権の暴走を厳しく批判し「戦争をさせないために全国で本気になって安倍を倒そう」と訴えました。
「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の福山真劫共同代表は、当面の闘いとして、①アメリカと北朝鮮の戦争を阻止し、対話での解決を、②強行成立から2年目となる戦争法の廃止、③安倍政権の改憲を許さず、3000万署名や11月3日の国会包囲行動、④沖縄の闘いに連帯し、10月4日の日比谷野音集会への結集、⑤衆院の解散をチャンスに野党共闘で安倍政権を終わらせる、ことを提起しました。
最後に、呼びかけ人の鎌田慧さん(ルポライター)が「今日の集会を起点に、安倍政治に終わりを告げよう。そのために行進をしよう」と呼びかけました。
メインステージの集会に先立ち、サブステージの集会絵では、福島からの自主避難者の「避難の協同センター」の代表世話人の松本徳子さんが、3月に住宅補償が打ち切られた現状と運動を述べ、福島県教職員組合双葉支部長の柴口正武さんが学校を再開しても子どもが戻らない現実などを報告しました。
憲法問題では、落語家の古今亭菊千代さんや、日本体育大学教授の清水雅彦さんが、安倍首相がめざす改憲の動きを批判。また、山城博治・沖縄平和運動センターの訴えに続いて、沖縄三線による「カチャーシー」の歌と踊りで盛り上がりました。

集会後、参加者はデモ行進に移り、渋谷駅前を通るコースと、原宿駅などを通るコースに分かれ、道行く人たちにアピールをしました.
(写真などは後日掲載します)

 代々木公園だ。

 三年前の9月23日、私は代々木公園が使えないため、亀戸で開かれた集会に参加した。
2014年9月24日のブログ

 あれから、もう三年か・・・・・・。
 あの時、亀戸に一万六千人が集まった。

 昨日は代々木公園に九千五百人。

 自分が参加できていないので、何も偉そうなことは言えない。
 
 ただ、三年前もそうだったが、昨日も、集会参加者の平均年齢は高かったのだろう。
 昨日は、ハッピーマンデーなどという、この時期の私にとってまったくハッピーではない敬老の日だった。
 本来穏やかに心を休める休日であるべき日に、炎天下で集会やデモに駆けつけた多くのご高齢の方の熱い思いを、永田町をどう受け取ったのか。

 この三年で、状況は悪化するばかりではないか。

 そもそも、安倍政権が続いている。

 対抗勢力となるべき野党第一党は、あの体たらく。

 加えて、東京都知事が本性を露わにしてきた。

 戦争好きな人間ばかりが、表舞台を賑わわせている。

 原発の再稼働は増えるばかり。

 北朝鮮問題、日本はなぜ平和的な解決のための仲介役となり得ないのか。


 まったく手前勝手な言い分だが、集会とデモに参加できなかった私は、そういう市民の行動があったことを拙ブログで紹介する位のことしか、できない。

 でも、思いは代々木公演に出向いた人たちと同じであることを記しておきたい。

 昨日、30度を超える中、集会に集まっていただいた九千五百人の皆さん、ありがとうございます。


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# by koubeinokogoto | 2017-09-19 19:51 | 責任者出て来い! | Comments(0)
 少し前(9月4日)の「内田樹の研究室」より。三分割するが、全文を紹介したい。太字は管理人。
「内田樹の研究室」該当記事

 まずは、米朝戦争の現実性に関して。
米朝戦争のあと

7月に、ある雑誌のインタビューで、米空母の半島接近で、北朝鮮とアメリカの間で戦端が開かれる可能性はあるでしょうか?という質問が出ました。
戦争が始まる可能性はあるのか。あるとしたら、どういうかたちになるのか。その後何が起こるのかについて、そのときこんなことを申し上げました。

米朝戦争ということになれば、アメリカはすぐにICBMを打ち込んで、北朝鮮は消滅することになると思います。
でも、北朝鮮が消滅する規模の核攻撃をしたら、韓国や中国やロシアにまで放射性物質が拡散する(日本にも、もちろん)。朝鮮半島や沿海州、中国東北部の一部が居住不能になるような場合、アメリカはその責任をとれるでしょうか。
空母にミサイルが当たったので、その報復に国を一つ消滅させましたというのは、いくらなんでも収支勘定が合いません。人口2400万人の国一つを消滅させたというようなことは、さすがに秦の始皇帝もナポレオンもやっていない。それほどの歴史的蛮行は世界が許さないでしょうし、アメリカ国内からもはげしい反発が出る。
北朝鮮の空母がハドソン川を遡航してきてマンハッタンにミサイルを撃ち込んだというならともかく、アメリカの空母が朝鮮半島沖で攻撃されたというのでは開戦の条件としてはあまりにも分が悪い。
そうなると、あとは戦争をすると言っても、ピンポイントで核施設だけ空爆で破壊し、国民生活には被害が出ないようにするという手立てしかない。でも、仮にそれがうまく行って、ライフラインや行政機構や病院・学校などが無傷で残ったとしても、その国をアメリカがどうやって統治するつもりなのか。
アフガニスタンでもリビアでもイラクでも、アメリカは独裁政権を倒して民主的な政権をつくるというプランを戦後は一度も成功させたことがありません。成功したのは72年前の日本だけです。でも、それが可能だったのはルース・ベネディクトの『菊と刀』に代表されるような精密な日本文化・日本人の心性研究の蓄積が占領に先立って存在していたからです。同じように、もし北朝鮮の「金王朝」を倒して、民主的な政権を立てようと思うなら、それを支えるだけの「北朝鮮研究」の蓄積が必要です。でも、アメリカもどこの国もそんなものは持っていない。戦争であれクーデタであれ住民暴動であれ、北朝鮮政権が統制力を失った後の混乱をどうやって収めるかについてのプランなんて、中国もロシアもアメリカも韓国も誰も持っていない。
それについて一番真剣に考えているのは韓国だと思います。でも、その韓国にしても「北伐」というようなハードなプランは考えていないはずです。とりあえずは脱北者を受け入れ続け、その数を年間数万、数十万という規模にまで増やす。そして、もし何らかの理由で北朝鮮のハードパワーが劣化したら、韓国内で民主制国家経営のノウハウを学んだ脱北者たちを北朝鮮に戻して、彼らに新しい政体を立ち上げさせる。
韓国政府が北朝鮮に直接とって代わることはできない。混乱を収めようと思ったら、「北朝鮮人による北朝鮮支配」というかたちをとる他ない。そのことは、韓国政府にはわかっているはずです。
 核のボタンを押したらどうなるかは、金正恩でも分かっている。
 まだ、トランプの方が怖いかな。

 次は、あまり知られていないかもしれない、「一国二制度」のこと。
もっとソフトな解決法があります。一国二制度による南北統一です。
これは1980年に、当時の北朝鮮の金日成主席が韓国の全斗煥大統領に向けて提案したものです。統一国家の国名は「高麗民主連邦共和国」。南北政府が二制度のまま連邦を形成するという案です。「在韓米軍の撤収」という韓国政府にとって簡単には呑めない条件がついていたせいで実現しませんでしたが、懲りずに北朝鮮は2000年にも金正日が南北首脳会談の席で、金大中大統領に対して、再び連邦制の検討を提案しています。
南北統一については、北の方からまず「ボールを投げている」という歴史的事実は見落としてはいけないと思います。条件次第では、南北統一、一国二制度の方が「自分たちにとって安定的な利益がもたらされる」という算盤勘定ができないと、こんな提案は出て来ません。
今の金正恩にとっては、「王朝」の安泰が約束され、「王国」の中で自分たち一族が末永く愉快に暮らせる保証があるなら、一国二制度は悪い話じゃありません。連邦制になれば、核ミサイルをカードに使った瀬戸際外交を永遠に続けるストレスからは解放されるし、飢えた国民が自暴自棄になって暴動を起こしたり、政治的野心を持った側近がクーデタを起こすといったリスクも軽減される。
 ミニメディアやネットでは目にするアントニオ猪木の発言や行動は、もっとテレビや全国紙で取り上げられてもいいと思うのだが、北朝鮮は対話の扉を閉めているわけではない。
 きっと、「一国二制度」を飲んでくれるのなら、状況は大きく変わるはずだ。
北朝鮮は保有する兵力は想定ですが、陸軍102万人、海軍6万人、空軍11万。他に予備役が470万人、労農赤衛隊350万人、保安部隊が19万人。2400万人の国民のうち約1000万人が兵器が使える人間、人殺しの訓練をしてきた人間です。
イラクでは、サダム・フセインに忠誠を誓った共和国防衛隊の軍人たちをアメリカが排除したために、彼らはその後ISに入って、その主力を形成しました。共和国防衛隊は7万人。朝鮮人民軍は1000万、その中には数万の特殊部隊員がふくまれます。職を失った軍人たちをどう処遇するのか。彼らが絶望的になって、反社会勢力やテロリスト集団を形成しないように関係諸国はどういう「就労支援」を整備したらいいのか。それはもう日本一国でどうこうできる話ではありません。
リビアやイラクがそうでしたけれど、どんなろくでもない独裁者でも、国内を統治できているだけ、無秩序よりは「まだまし」と考えるべきなのかも知れません。
今のところ国際社会はそういう考えのようです。とりあえずは南北が一国二制度へじりじりと向かってゆくプロセスをこまめに支援するというのが「北朝鮮というリスク」を軽減するとりあえずは一番現実的な解ではないかと僕も思います

 なかなか、内田のような論調を目にすることはなく、とにかく騒ぐだけ騒いでいるのが、現在のマス・メディアの実態。

 もっとも罪が大きいのは、アメリカの強硬論に追随するだけの日本の政府。
 「すべてのカード」という言葉を安倍首相はよく使うが、「一国二制度」の模索、というカードは、彼のトランプの中にないのだろう。

 唯一の被爆国ができること、あるいは、すべきことはたくさんあるはずだ。

 豊臣秀吉の朝鮮出兵を、現代の人は無謀な、馬鹿げた行為と判断することができる。

 では、現在の北朝鮮問題については、どういう歴史を刻むことができるのか。

 歴史に、日本のおかげで最悪の事態は防ぐことができた、と書き残したいではないか。

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# by koubeinokogoto | 2017-09-13 22:54 | 戦争反対 | Comments(0)
 オスプレイについて、危ぶまれていたことが起こった。

 西日本新聞から引用。
西日本新聞の該当記事

県「頭越し」に困惑 大分空港にオスプレイ着陸 野党など飛行禁止要求 [大分県]
2017年08月31日 06時00分

 まさか大分でオスプレイとは-。墜落事故やトラブルが多発している米軍の新型輸送機オスプレイ1機の緊急着陸から一夜明けた30日、国東市の大分空港では近隣の住民や利用者が驚きと不安の声を上げた。この機体は米軍の岩国基地(山口県)から普天間飛行場(沖縄県)に向かう途中で、エンジルトラブルが原因とみられる。県に事前通告しないままの緊急着陸という事態に、困惑と憤りが広がった。

 空港の展望デッキには30日早朝から、オスプレイの機体を見ようと次々と人が集まった。デッキからは、岩国基地から来たとみられる米軍関係者が、機体の点検や整備にあたる様子がうかがえる。県は午後1時半ごろ、オスプレイの生映像を撮影するビデオカメラを空港近くに設置。県庁内の大型モニターで状況を監視したが、詳細な作業内容は伝えられない。担当者は「いつ離陸するのか、まったく見通しが立たない」と困惑の表情を浮かべた。

 オスプレイが緊急着陸したのは、29日午後6時34分ごろ。県は午後7時ごろ、消防車の出動要請を受けた国東市消防本部からの間接連絡で緊急着陸を知ったという。県は30日、九州防衛局に対して防災局長名で情報の速やかな提供、緊急着陸の原因説明を米軍に求めるよう要請した。

 地元の「頭越し」で進む事態に憤りも広がった。共産党県委員会などは30日、県庁を訪れてオスプレイの飛行禁止、民間専用の大分空港の軍事利用禁止などを求める4項目の申し入れをした。林田澄孝委員長は「事故の懸念がつきまとう欠陥機を飛行させてはいけない」。社民党県連合の守永信幸幹事長も「事故が多発している上、原因もきちんと説明されてない中で国が飛行再開を認めていることがおかしい」と批判。県平和運動センターの河野泰博事務局長は「オスプレイが欠陥機だということが、今回あらためて示された。直ちに飛行を停止させるべきだ」として、県や国に申し入れをする方針を示した。

=2017/08/31付 西日本新聞朝刊=

 オスプレイの飛行機とヘリコプターの長所を組み合わせた複雑なシステムは、操縦にも高度な技術が必要となる。
 
 開発段階で4回、正式配備後も重大事故を起こしており、「ウィドウ・メーカー」(未亡人製造器)と呼ばれているのがオスプレイなのである。

 米軍乗組員のみならず、日本国民の生命をも脅かす危険の乗り物。

 昨年末の沖縄での墜落事故の際に記事を書いた。
2016年12月19日のブログ

 その記事でも引用したのだが、三年ほど前には、自民党が自衛隊のオスプレイ導入を提言した記事の紹介と併せて、『憲法九条の軍事戦略』から、オスプレイの飛行ルートについて、米軍はまったく日本の意向などは意識せずに決めていることを紹介した。
2013年5月16日のブログ

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松竹伸幸著『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書)

 また重複するが、大事なことなので、松竹伸幸著『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書、2013年4月15日初版発行)からの引用したい。

 米軍は、日本のみならずイタリアでも、オスプレイの運行に関して、その国の意向などはまったく無視していたという実態も含めてご紹介。太字は管理人による。
安保のもとでは自主的な判断ができない

 日米安保条約が日本から自主的な判断を奪っていることは、さまざまな事例で論証できる。たちえば、オスプレイにかかわることで思い起こされるのは、98年2月、低空飛行訓練中の米軍機がイタリアで起こした事故をめぐる問題と、日本で米軍が事故を起こした場合との比較である。
 このとき、米軍機はアルプスの山中を飛んでいて、スキー客を乗せたゴンドラを運ぶケーブルを切断した。20人の乗客が落下して死亡したのである。高速で飛行する戦闘機だから、太さがわずか6センチのケーブルがパイロットの目にみえたのは200メートル手前で、その距離を進むのに一秒しかかからない戦闘機は、回避動作をとることがでいなかったのである。
 日本で米軍機が低空飛行訓練をするルートの下に、も、たくさんのスキー場がある。オスプレイは高速な性能を誇っている。人ごとではない。
 イタリア政府は、このような事故が起こらないよう、自国で10本のルートを設定し、そのルート下にある障害物を明記した地図を作成して米軍に提供していた。事故の直前、飛行高度の制限を300メートルから600メートルに上げて、それを米軍に通知していた。ところが米軍は、その地図を使っていなかったし、飛行高度の変更をパイロットに伝えていなかったのである。他国の防衛のために駐留してやっているという自負のある米軍は他国の主権に無関心なのである。
 ところが日本の場合、イタリアの事情とも比べられないほど、主権はさらに無視されている。そもそも日本にある七本の低空飛行訓練ルートは、日本政府が知らぬ間に米運が勝手に設定したものである。だから日本側は地図など作成しようがない。それどころか日本政府は、この程度の訓練なら(爆弾を落とすような訓練でないなら)、七本のルート以外のどこで訓練してもいいという態度だ。米軍機の飛行高度についても、日本側に決める権限はなく、アメリカが150メートルだとか60メートルだとかを決定し、日本に通告しているだけである。

 この度、事前告知なしで大分空港に不時着するなど、米軍にといってはいまだ“占領国”である日本だから、当たり前なのである。

 やはり、日本にはいまだ主権がないと言うべきか。

 安全性について国民が不安は今回の件で一層高まっている。

 政府は沖縄の事故の際と同じ「安全性の確保を米軍に求める」などと答弁したところで、結局は再飛行を黙認するのだろう。

 国民の生命の安全を確保しようとしない政府なんて、いりますか?


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# by koubeinokogoto | 2017-08-31 15:11 | 責任者出て来い! | Comments(0)
 兄弟ブログ「噺の話」で書いた記事なのだが、せっかくなので(?)こちらでも。

 寄席や落語会でのマクラで、人にもよるが、鋭い権力批判が、落語家らしい装飾もされて披露されるのを聴くのも楽しみの一つだ。
 
 もちろん、ほとんどが「テレビじゃ、無理だろうなぁ」と思われる内容で、そういうことも、生の寄席、落語会での一期一会の魅力なのだと思う。

 しかし、ふと、思うこともある。

 以前は、テレビでだってそういう批判精神に富んだ発言を、もっと聴くことができたのではないか、ということ。

 そんなことを考えていたら、興味深い記事を発見した。

 テレビに出るお笑い芸人たち、そして、メディアにおける権力批判の日米の違いに関し「LITERA」に載っていたのだ。
LITERAの該当記事
 主に町山智浩の指摘が中心。

 冒頭から、まず引用。

トランプ問題で鋭い論評連発の町山智浩がアメリカと比較し「日本のお笑い芸人が権力批判できない理由」を喝破
2017年8月27日

 シャーロッツビル事件をめぐる「どっちも悪い」発言で、アメリカではトランプ大統領への批判がかつてないくらい高まっているが、日本のメディアではむしろ、トランプ的な「どっちもどっち」論が幅を利かせている印象がある。

 ネットでは事件の発端となったリー将軍像の撤去をめぐって、ネトウヨや「中立厨」を中心にリー将軍擁護論が盛り上がり、テレビでも「白人至上主義も忌まわしいが、リベラル至上主義も問題」などというトンデモ発言をした有本香はじめ、複数のコメンテーター、番組がどっもどっち的な解説を垂れ流していた。

 そんななか、こうしたトランプ擁護論を徹底論破していたのが、現在アメリカ在住の映画評論家・町山智浩氏だ。町山氏はツイッターで、リー将軍像が白人至上主義という差別思想と不可分であること、南北戦争で「南部が自治権を守ろうとしただけ」などというのは戦争終結後の南部のプロパガンダであることを指摘。こんな鋭い分析まで披露していた。

〈南部の正当化の仕組みは日本における戦争の正当化のそれと非常によく似ていると思います。南部帝国を擁護する日本人には、意識的か無意識か、大日本帝国を投影している人が多いのではないでしょうか。〉

 まさに博覧強記の町山氏らしい鮮やかな切り返しだが、その町山氏が今度は、トランプを徹底批判するアメリカのニュースショーと比較する形で、権力批判ができない日本のメディア状況やお笑い芸人の問題に踏み込む発言をして、話題になっている。

 発言があったのは、8月22日放送の町山氏のレギュラー番組『たまむすび』(TBSラジオ)でのこと。町山氏はこの日、シャーロッツビル事件以後も予定されている右翼の大集会やトランプ大統領の動向について解説したあと、「いまアメリカのレイトショー、夜のトークショーの人たちは、もうずーっと、この事件があってからもそうなんですけども、トランプギャグでものすごく面白いことになっているんですよ」と切り出した。

アメリカでは毎晩、コメディアンたちがトランプをネタに

 そして、ABCテレビ『ジミー・キンメル・ライブ!』司会者のジミー・キンメルやCBS『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』で大人気を博しているスティーヴン・コルベアが毎日のように、トランプに対して苛烈なジョークやツッコミを浴びせていることを紹介した。

 たとえば、キンメルが「ドナルド・トランプをアメリカの王様にして、政治から手を引かせよう」という皮肉たっぷりの提案をしたことや、トランプが「両方とも悪い」と言ったことに対して、コルベアが「それは違うだろ、だって、あっちはナチだよ、こっち側はそのナチのカウンターだよ、ナチと戦う人たちだよ」「アメリカはナチと戦ったんじゃないの?」と厳しく突っ込んだことなど。

 しかも、町山氏が強調したのが、これらトランプ批判の多くがアメリカの「お笑いトークショー」を舞台に、コメディアンの口から発せられていることだった。

「アメリカのすごいところは、とにかくいちばん視聴率を取っていていちばん人気のあるコメディアンは政治ネタをやるっていうことなんですよ」
 芸人やメディアにおける「言論の自由」や「表現の自由」について、何とも日米の差は大きい、と感じさせる。

 アメリカ在住の映画評論家である町山智浩に関しては、2013年7月に、『9条どうでしょう』に関する記事で彼の文章を引用している。
2013年7月2日のブログ

 「噺の話」では、昨年7月に、ギャンブル依存症に関する記事を含め“コメンテーター”なるものについて書いた記事で、彼の言葉を引用したことがある。
2016年7月1日の「噺の話」
 また、2014年7月には、アメリカ大統領選の背景に見えるアメリカに関し、彼の著書を引用した。
 あの時紹介したウォールストリートジャーナルの共和党予定候補に関する記事には、トランプの名は、出てこなかったなぁ。
2014年7月17日の「噺の話」

 LITERAの記事はこの後、茂木健一郎が「空気を読んでいるお笑いばかりで権力に対して批評の目を向けたお笑いがない」」とツィートしたら“炎上”し、爆笑問題の太田や松本人志の反論にも遭って、結局茂木が松本に謝罪した、という話を紹介した後で、次のように続く。

 どうやら町山氏もこの本質が隠されしまった展開に違和感を抱いていたらしい。茂木氏に対して、「“日本のお笑いはだからダメだ”じゃなくて“なぜ、こういう政治的なお笑いをやる人がテレビに出ないのかな?”っていう話にすればよかった」と苦言を呈する一方、博多大吉の発言を引用するかたちで、日本のお笑い芸人が権力批判できない理由について、改めて言及したのだ。

「その時に(茂木氏に)反論した中で博多大吉さんが一番正直に言ったんだと思うんですね。博多さんが」
「それは『安倍総理を批判したらリスクが大きい』って言ったんですね。彼は(笑)。それが一番正直だなと思ったんですけど(笑)。だって、そのザ・ニュースペーパーっていうグループは森友事件を茶化すコントをテレビのために収録したら放送されなかったんですからね」
「だから『リスクが大きい』っていうのはやっぱりかなりストレートなものなのと、あとやっぱりスポンサーとかでコマーシャルに出れなくなっちゃうんですよね」

 そう、町山氏は日本のお笑いが権力批判できないのは、太田光の言うような「政治ネタをやってるヤツはいるけど、笑えない、浅い」とかそういうことではなく、芸人がつぶされるリスクを感じているからだ、と指摘したのである。

 爆笑問題の太田などは、あるタブー視されているキーワードを持ち出すが、その問題に本質的な批判を加えているわけではない。
 彼が、権力批判をしていると目されているなら、NHKを含めレギュラー番組を持つことはできないだろう。

 リスクは、確かにあるだろう。
 「あいつは、何を言い出すか分からない。はずそう」というメディア側の自主規制は、間違いなく存在するに違いない。
 
 さて、私が好きなザ・ニュースペーパーの、放送されなかった芸とは。
 政治風刺を入れ込んだコントを得意とするザ・ニュースペーパーのリーダーである渡部又兵衛は、2017年5月14日付しんぶん赤旗日曜版に掲載されたインタビューでこんな裏事情を暴露している。

「僕は最近コントで「カゴイケ前理事長」を演じています。そう、森友学園問題の。こんなコントもしました。
 アベシンゾウ首相(舞台袖から登場し)「どうも、カゴイケさん。お久しぶりです」
 カゴイケ「あ、首相。ごぶさたです。…『お久しぶり』って、やっぱり僕ら、知り合いですよね?」
 それから二人は「お互い、奥さんには苦労しますね」と嘆きあうといった内容です。
 見たテレビ局の人が「面白い!」といってコントを放送することになりました。収録までしたのに放送当日、「すみません。放送は見送りです」と電話がきました」

 これ以上の詳細な裏事情は詳らかにされていないが、おそらく、現場スタッフのなかで「是非放送したい」とされた内容が、放送前の上層部チェックで「自主規制」および「忖度」の対象となったのだろう。
 このネタ、ぜひ見たいじゃないか^^
 寄席でなんとか遭遇したいものだ。

 結局、テレビに出る(出たい?)お笑い芸人が自主規制(忖度?)するのは、次の鴻上尚史が指摘するように、メディア側の問題だ。

 劇作家の鴻上尚史氏は「SPA!」(扶桑社)17年6月20日号掲載の連載エッセイ「ドン・キホーテのピアス」のなかでこのように書いている。

〈地上波では、現在、まったく政治ネタの笑いがありません。かつてはありました。昭和のずいぶん前、テレビがまだいい加減さを持っていた頃、毎日、時事ネタを笑いにしていました。
 でも、今はありません。それは、お笑い芸人さんの責任ではありません。テレビが許さない。それだけの理由です〉

 この後、ウーマンラッシュアワーの村本大輔が、例外的に権力批判をしていると紹介されている。
 どこまで彼の批判精神が本物なのかは、しばらく様子を見る必要があるだろう。
 本当に、体を張っているのか、どうか。
 
 アメリカだって、かつては、なかなか芸人が権力批判ができにくい時代もあった。
 アンダーグラウンドでの芸だって、あのレニー・ブルースは、何度も逮捕されている。
 
 彼が舞台でこう言ったのは有名だ。

 “I'm not a comedian. I'm lenny bruce!”

 たしかに、仕事を失うリスクを考えると、なかなか、権力批判を口にすることはできないかもしれない。
 しかし、権力への不満を抱きながらも飲み込んでしまう芸人や、逆に権力へのヨイショを続ける芸人は、レニーの言葉を踏まえると、「自分自身が、存在しない」ということになりはしないだろうか。
 アメリカのメディアの「自由」を尊ぶ姿勢と、コメディアンの権力批判で笑いたい聴き手の存在は、単純に国民性の違い、と片付けられないような気がしてならない。

 自由に発言できにくい社会は、やはり、おかしいだろう。


 とはいえ、今、切れ味鋭く、洒落の聴いた警句は、寄席や落語会で楽しむしかないのだろうなぁ。

 むかし家今松、桂文我などの高座は、そういったマクラも大きな魅力なのである。

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# by koubeinokogoto | 2017-08-30 17:50 | 責任者出て来い! | Comments(0)
 9日の平和祈念式典で、田上長崎市長の「平和宣言」、そして被爆者代表深堀好敏さんの「平和への誓い」の間、カメラは安倍晋三の落ち着きのない表情を捉えていた。

 安倍は、頻繁に目を瞬かせて、心ここにない表情を見せていた。

 なんとも情けない、世界で唯一の被爆国の首相の態度であろうか。

 「ハフィントンポスト」から、まず、平和宣言の全文を引用する。

「ハフィントンポスト」の該当記事

「ノーモア ヒバクシャ」

この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

しかし、これはゴールではありません。今も世界には、1万5000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。

皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。

そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。

遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長 田上富久

 「ヒロシマ」「ナガサキ」そして、「ヒバクシャ」というカタカタ文字の仲間に、「フクシマ」も加わっていると私は思う。

 なぜかメディアは「フクシマ」という表現を避けているように思うが、あえて「フクシマ」と書こう。

 これらの言葉が固有名詞化しているのか、その意味をもっとも考えなければならないのが、世界で唯一、原爆を投下された国の首相ではないのか。

 
 被爆者代表の深堀さんは、付き添いの方の手を借りて檀上に登り、「平和への誓い」をしっかりと述べられた。
 その中で、「フクシマ」のことにも触れられている。

 朝日から全文を引用する。
朝日新聞の該当記事


 原爆が投下された1945年8月9日、私は16歳。爆心地から3・6キロ離れた長崎県疎開事務所に学徒動員されていました。11時2分、白い閃光(せんこう)と爆発音を感じ慌てて机の下にもぐり込みました。夕方、帰宅命令が出て、私は学友と2人、金比羅山を越えて帰ろうと山の中腹まできたところ、山上から逃げてくる多くのけが人に「山の向こうは一面火の海だから…」と制止され、翌朝、電車の線路に沿って歩き始めました。長崎駅の駅舎は焼け落ち、見慣れた町並みは消えてなくなり、別世界に迷い込んだようでした。ようやく辿(たど)りついた山王神社近くの親せきの家は倒壊していました。その中で家の梁(はり)を右腕に抱きかかえるような姿で18歳の姉は息絶えていました。あの時、私が無理をしてでも家に帰っていれば、せめて最期に声をかけられたのではないかと、今でも悔やまれてなりません。そのあと大学病院へ向かい、さらに丘を越えると眼下に浦上天主堂が炎上していました。涙があふれ出るとともに怒りを覚え、「ああ、世界が終わる」と思いました。ここ平和公園の横を流れる川には折り重なって死体が浮いていました。私は、三ツ山に疎開していた両親に姉の死を報告し、8月12日、母と弟と3人で材木を井桁に組み、姉の遺体を荼毘(だび)に付しました。その日は晴天でした。頭上から真夏の太陽が照りつけ、顔の正面からは熱気と臭気がせまり目がくらみそうでした。母は少し離れた場所で地面を見つめたまま、ただ祈り続けていました。

 たった一発の原子爆弾は7万4千人の尊い命を奪い、7万5千人を傷つけました。あの日、爆心地周辺から運よく逃げ延びた人々の中には、助かった喜びも束(つか)の間、得体(えたい)のしれない病魔に襲われ多くが帰らぬ人となりました。なんと恐ろしいことでしょう。私は「核は人類と共存できない」と確信しています。2011年3月、福島第一原子力発電所の事故が発生し国内の原発は一斉に停止され、核の脅威に怯(おび)えました。しかし、リスクの巨大さに喘(あえ)いでいる最中、こともあろうに次々と原発が再稼働しています。地震多発国のわが国にあって如何(いか)なる厳しい規制基準も「地震の前では無力」です。原発偏重のエネルギー政策は、もっと自然エネルギーに軸足を移すべきではないでしょうか。戦後「平和憲法」を国是として復興したわが国が、アジアの国々をはじめ世界各国から集めた尊敬と信頼は決して失ってはなりません。また、唯一の戦争被爆国として果たすべき責務も忘れてはなりません。

 私は1979年、原爆で生き残った有志6人で原爆写真の収集を始め、これまでに様々な人たちが撮影した4千枚を超える写真を収集検証してきました。原子雲の下で起きた真実を伝える写真の力を信じ、これからも被爆の実相を伝え、世界の恒久平和と核廃絶のために微力をつくすことを亡くなられた御霊の前に誓います。

 2017年(平成29年)8月9日

 被爆者代表 深堀好敏


 平和宣言から、肝心な部分を太字で確認。

“核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません”

 平和への誓いからも。

“私は「核は人類と共存できない」と確信しています。2011年3月、福島第一原子力発電所の事故が発生し国内の原発は一斉に停止され、核の脅威に怯(おび)えました。しかし、リスクの巨大さに喘(あえ)いでいる最中、こともあろうに次々と原発が再稼働しています。地震多発国のわが国にあって如何(いか)なる厳しい規制基準も「地震の前では無力」です。原発偏重のエネルギー政策は、もっと自然エネルギーに軸足を移すべきではないでしょうか。戦後「平和憲法」を国是として復興したわが国が、アジアの国々をはじめ世界各国から集めた尊敬と信頼は決して失ってはなりません。また、唯一の戦争被爆国として果たすべき責務も忘れてはなりません”


 北朝鮮の行動に対し、アメリカと同調して強硬な姿勢を繰り返す日本政府の対応は、大きな間違いである。

 いつ、核弾頭を積んだミサイルがアメリカと同盟国である日本に落ちても、不思議のない実に危険な状況を、安倍政権は自ら招いている。

 核も原発も一切放棄し、九条を順守する非戦の決意をもってアジアの同胞に対話を続けてこそ、日本の存在意義があり、世界で尊敬される国になる可能性がある。

 核兵器禁止を明らかに訴え、憲法に則って反戦・非戦を明確に宣言できる、世界の誇れる国になる日が訪れることを、多くの国民が望んでいる。

 「平和」宣言、「平和」への誓い・・・この「平和」の意味するところを理解できない者が、この国のリーダーであるべきではない。

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# by koubeinokogoto | 2017-08-10 12:21 | 戦争反対 | Comments(0)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛