幸兵衛の小言

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 9日の平和祈念式典で、田上長崎市長の「平和宣言」、そして被爆者代表深堀好敏さんの「平和への誓い」の間、カメラは安倍晋三の落ち着きのない表情を捉えていた。

 安倍は、頻繁に目を瞬かせて、心ここにない表情を見せていた。

 なんとも情けない、世界で唯一の被爆国の首相の態度であろうか。

 「ハフィントンポスト」から、まず、平和宣言の全文を引用する。

「ハフィントンポスト」の該当記事

「ノーモア ヒバクシャ」

この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

しかし、これはゴールではありません。今も世界には、1万5000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。

皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。

そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。

遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長 田上富久

 「ヒロシマ」「ナガサキ」そして、「ヒバクシャ」というカタカタ文字の仲間に、「フクシマ」も加わっていると私は思う。

 なぜかメディアは「フクシマ」という表現を避けているように思うが、あえて「フクシマ」と書こう。

 これらの言葉が固有名詞化しているのか、その意味をもっとも考えなければならないのが、世界で唯一、原爆を投下された国の首相ではないのか。

 
 被爆者代表の深堀さんは、付き添いの方の手を借りて檀上に登り、「平和への誓い」をしっかりと述べられた。
 その中で、「フクシマ」のことにも触れられている。

 朝日から全文を引用する。
朝日新聞の該当記事


 原爆が投下された1945年8月9日、私は16歳。爆心地から3・6キロ離れた長崎県疎開事務所に学徒動員されていました。11時2分、白い閃光(せんこう)と爆発音を感じ慌てて机の下にもぐり込みました。夕方、帰宅命令が出て、私は学友と2人、金比羅山を越えて帰ろうと山の中腹まできたところ、山上から逃げてくる多くのけが人に「山の向こうは一面火の海だから…」と制止され、翌朝、電車の線路に沿って歩き始めました。長崎駅の駅舎は焼け落ち、見慣れた町並みは消えてなくなり、別世界に迷い込んだようでした。ようやく辿(たど)りついた山王神社近くの親せきの家は倒壊していました。その中で家の梁(はり)を右腕に抱きかかえるような姿で18歳の姉は息絶えていました。あの時、私が無理をしてでも家に帰っていれば、せめて最期に声をかけられたのではないかと、今でも悔やまれてなりません。そのあと大学病院へ向かい、さらに丘を越えると眼下に浦上天主堂が炎上していました。涙があふれ出るとともに怒りを覚え、「ああ、世界が終わる」と思いました。ここ平和公園の横を流れる川には折り重なって死体が浮いていました。私は、三ツ山に疎開していた両親に姉の死を報告し、8月12日、母と弟と3人で材木を井桁に組み、姉の遺体を荼毘(だび)に付しました。その日は晴天でした。頭上から真夏の太陽が照りつけ、顔の正面からは熱気と臭気がせまり目がくらみそうでした。母は少し離れた場所で地面を見つめたまま、ただ祈り続けていました。

 たった一発の原子爆弾は7万4千人の尊い命を奪い、7万5千人を傷つけました。あの日、爆心地周辺から運よく逃げ延びた人々の中には、助かった喜びも束(つか)の間、得体(えたい)のしれない病魔に襲われ多くが帰らぬ人となりました。なんと恐ろしいことでしょう。私は「核は人類と共存できない」と確信しています。2011年3月、福島第一原子力発電所の事故が発生し国内の原発は一斉に停止され、核の脅威に怯(おび)えました。しかし、リスクの巨大さに喘(あえ)いでいる最中、こともあろうに次々と原発が再稼働しています。地震多発国のわが国にあって如何(いか)なる厳しい規制基準も「地震の前では無力」です。原発偏重のエネルギー政策は、もっと自然エネルギーに軸足を移すべきではないでしょうか。戦後「平和憲法」を国是として復興したわが国が、アジアの国々をはじめ世界各国から集めた尊敬と信頼は決して失ってはなりません。また、唯一の戦争被爆国として果たすべき責務も忘れてはなりません。

 私は1979年、原爆で生き残った有志6人で原爆写真の収集を始め、これまでに様々な人たちが撮影した4千枚を超える写真を収集検証してきました。原子雲の下で起きた真実を伝える写真の力を信じ、これからも被爆の実相を伝え、世界の恒久平和と核廃絶のために微力をつくすことを亡くなられた御霊の前に誓います。

 2017年(平成29年)8月9日

 被爆者代表 深堀好敏


 平和宣言から、肝心な部分を太字で確認。

“核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません”

 平和への誓いからも。

“私は「核は人類と共存できない」と確信しています。2011年3月、福島第一原子力発電所の事故が発生し国内の原発は一斉に停止され、核の脅威に怯(おび)えました。しかし、リスクの巨大さに喘(あえ)いでいる最中、こともあろうに次々と原発が再稼働しています。地震多発国のわが国にあって如何(いか)なる厳しい規制基準も「地震の前では無力」です。原発偏重のエネルギー政策は、もっと自然エネルギーに軸足を移すべきではないでしょうか。戦後「平和憲法」を国是として復興したわが国が、アジアの国々をはじめ世界各国から集めた尊敬と信頼は決して失ってはなりません。また、唯一の戦争被爆国として果たすべき責務も忘れてはなりません”


 北朝鮮の行動に対し、アメリカと同調して強硬な姿勢を繰り返す日本政府の対応は、大きな間違いである。

 いつ、核弾頭を積んだミサイルがアメリカと同盟国である日本に落ちても、不思議のない実に危険な状況を、安倍政権は自ら招いている。

 核も原発も一切放棄し、九条を順守する非戦の決意をもってアジアの同胞に対話を続けてこそ、日本の存在意義があり、世界で尊敬される国になる可能性がある。

 核兵器禁止を明らかに訴え、憲法に則って反戦・非戦を明確に宣言できる、世界の誇れる国になる日が訪れることを、多くの国民が望んでいる。

 「平和」宣言、「平和」への誓い・・・この「平和」の意味するところを理解できない者が、この国のリーダーであるべきではない。

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# by koubeinokogoto | 2017-08-10 12:21 | 戦争反対 | Comments(0)
 まさに大往生だった日野原重明医師の話題がそろそろ少なくなってきたが、反戦、憲法九条支持、安倍政権による憲法改正(改悪)反対を明確に主張していてことは、忘れてはならないだろう。

 LITERAの記事から引用する。
LITERAの該当記事

日野原重明氏が遺した安倍政権の改憲に反対する言葉! 「押しつけ憲法論」も真っ向否定
2017.7.19

100歳を超えても現役医師として活躍した日野原重明・聖路加国際病院名誉院長が亡くなった。延命治療を施さず105才での逝去は、日野原氏らしい大往生と呼ぶにふさわしいだろう。

日野原氏といえば、日本初の人間ドッグを開設したり、終末期治療の充実を提唱するなどして、医学界に大きな貢献をしたことはもちろん、地下鉄サリン事件発生時には病院をすぐさま開放する迅速な対応で、被害を最小限に抑えるなど、常に患者の側に立った姿勢を持ち続けたことで知られている。


一方、晩年は自らの戦争体験を通して、平和へのメッセージもおくってきた。それらは、2015年に刊行された『戦争といのちと聖路加国際病院ものがたり』(小学館)に詳しいが、いのちと向き合うはずの病院の中で起きたこと――東京大空襲で収容した1000人の負傷者。救えなかったたくさんのいのち。特高警察による監視、取り調べ。病院ロビーで聞いた玉音放送。終戦直後のGHQによる病院建物の接収――を余すことなく伝えることで、戦争に翻弄されるいのちのはかなさを説いている。

そんな経験を持つ日野原氏だからこそ、改憲にひた走る最近の安倍政権の動向には強い危機感を抱いていた。14年の憲法記念日には、『十代のきみたちへ−ぜひ読んでほしい憲法の本』(冨山房インターナショナル)を刊行。「戦争をできるように憲法を変えるのは反対」と護憲の意志をはっきり表した。

さらに、その危機感が強く伝わってきたのが、朝日新聞の連載「104歳 私の証・あるがまま行く」(16年3月19日・26日)に掲載された一文だ。

「12年前の憲法調査会公聴会」というタイトルがついたこの文章の冒頭、日野原氏はまず、天皇皇后両陛下がフィリピン訪問の際に日本人戦死者、フィリピン人兵士双方の碑と墓を訪問したことに触れたうえで、こう宣言する。

〈現在、国会では憲法改正について議論になることも増えていますが、私は自らの経験から今後も一貫して日本国憲法の大切さを主張しつづけていきたいと思っています〉

そして、日野原氏は04年の憲法調査会公聴会に公述人として参加した際、「押しつけ憲法論」を否定し、制定からここまで、日本国民が日本国憲法をしっかりと守る努力をしてきたのか、と問いかけたことを明かしている。

〈憲法改正を訴える人たちは、この憲法をアメリカに押し付けられたものだと言うのですが、憲法は私たち国民の合意のもとで制定されたものです。その憲法を私たち国民はしっかり順守し、実践してきたと言えるのでしょうか〉

 日野原氏は、憲法前文にある「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」という文言を挙げ、こう訴えたという。

〈我が国は平和を目指す国際社会の中で、日本国憲法前文がうたう「名誉ある地位」を占めてきたとは到底、言えない。私たちはそれを強く反省しなければならないし、また何をもってそれを償うかを考えなければならない〉

しかし、こうした訴えにもかかわらず、その後、憲法軽視はどんどんエスカレートし、第二次安倍政権でとうとう改憲が政治日程にのぼることになった。こうした動きに抗するように日野原氏は、記事の中でこう訴えている。

〈名誉ある地位は形式的なことで手に入るものではなく、具体的な労力、行動、犠牲を伴います。人を愛するとき、相手のすべてを「ゆるす」という犠牲が伴うのと同じです。それにより争いは避けられ、全体の安全が保たれることがあるのです。そのリーダーシップをとれる人がもっと日本に出てこなければなりません。武力で武力を制することはできません。別の手段を考えるべきなのです〉
〈憲法の目的は、国民のいのちを安全に保つことであって、憲法に定められた主役は「日本国民」です。押しつけどころか、私たちのいのちを武力以外で守る賢い仕組みです〉

 この記事が、日野原氏の待望するリーダー像とは真逆の安倍晋三首相を意識しているのは明白だろう。

〈今この時期、どうしても皆さんに私の考えをお伝えしたくて、筆を執った次第です〉

こう結ばれているこの文章からは、日野原氏の切実な危機感が伝わってくるが、しかし、その思いは安倍政権にはもちろん、まったく届いていない。

菅義偉官房長官は、18日の会見で日野原氏の死についてコメントを発したが、例の“スガ語”と同じ感情などまったく感じないトーンで「100歳を超えてもなお生涯現役として、医学界の発展に尽くされた。心から敬意と感謝を表するとともに、ご冥福をお祈り申し上げる」と、通り一遍のおくやみコメントを出しただけだった。

日野原氏の遺志を継ぐためにも、安倍政権の改憲の動きはなんとしてでも止めなければならない。
(窪川 弓)

 
 肝腎な部分を太字で繰り返そう。

〈憲法改正を訴える人たちは、この憲法をアメリカに押し付けられたものだと言うのですが、憲法は私たち国民の合意のもとで制定されたものです。その憲法を私たち国民はしっかり順守し、実践してきたと言えるのでしょうか〉

〈名誉ある地位は形式的なことで手に入るものではなく、具体的な労力、行動、犠牲を伴います。人を愛するとき、相手のすべてを「ゆるす」という犠牲が伴うのと同じです。それにより争いは避けられ、全体の安全が保たれることがあるのです。そのリーダーシップをとれる人がもっと日本に出てこなければなりません。武力で武力を制することはできません。別の手段を考えるべきなのです〉


 〈今この時期、どうしても皆さんに私の考えをお伝えしたくて、筆を執った次第です〉という言葉には、いつ自分にその時が来るか分からない、という強い、そして熱い思いがあったことがひしひしと伝わる。

 大学在学中に結核でほぼ一年療養生活を送ったことも、日野原医師の死生観には影響しているかもしれない。

 1970年の「よど号ハイジャック」の乗客の一人だった。
 犯人たちが「ハイジャック」という言葉を口にしたのだが、その意味を知らない他の乗客に教えたとされる。
 また、犯人たちが持ち込んだ本の貸し出しをすると申し出たが、本を借りたのは日野原医師一人で、その本は『カラマーゾフの兄弟』だったとのこと。

 著作を含め、多くの言葉を遺してくれた。
 その中でも、反戦、憲法擁護の強い主張は、忘れてはならないと思う。

 日野原医師は、安倍政権という最悪の政治環境の中で、旅立った。

 その政権のリーダーには上に立つ資格がないことを明確に指摘していた日野原医師の思いをつなぐのは、生きている者たちの責務だろう。


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# by koubeinokogoto | 2017-07-31 19:53 | 戦争反対 | Comments(0)
 少し前に、MOX燃料が、また日本に運ばれてくることについて記事を書いた。
 高浜原発で使うつもりなのだ。

 福島第一原発の3号機もMOX燃料を使っていた。

 今回のロボットによる調査結果を、朝日新聞から引用する。
朝日新聞の該当記事

燃料デブリか、圧力容器下つらら状の塊 福島第一3号機
2017年7月21日15時01分

 東京電力福島第一原発3号機のロボット調査で、東電が21日、溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)とみられるものが、原子炉圧力容器の下につらら状に垂れ下がっているのを確認したことが、関係者への取材で分かった。3号機はこれまでの解析で、ほとんどの核燃料が圧力容器に開いた穴から溶け落ちたとみられる。デブリと確認されれば、事故の解明や今後の廃炉作業の貴重なデータとなる。

 東電はこの日早朝から、3号機の格納容器に水中ロボットを投入。19日に調査した圧力容器直下へとつながる開口部から中へと入り、崩落した構造物の状況などを調べていた。

 ロボットが圧力容器の直下にまで進んだところ、圧力容器に開いた穴からデブリとみられる物体が、つららのように垂れ下がっている様子がカメラに映ったという。

 19日の調査では、圧力容器の底にあった構造物などが崩落している様子が撮影されていた。溶けた燃料が周囲の構造物を巻き込みながら落下した可能性があるという。

 まだ、1号機、2号機の様子が分からない、私は3号機でとりわけ悲惨な状況を示していると察している。

 2011年5月17日の記事と重複するが、高木仁三郎さんの本の引用を含めて記したい。
2011年5月17日のブログ


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高木仁三郎著『プルトニウムの恐怖』

 まず、原子炉が停止した後、どんな放射性物質が原子炉にあるのかを知るために、高木仁三郎著『プルトニウムの恐怖』(岩波新書、1981年11月20日第1刷発行)の第3章「核燃料はめぐる」から引用したい。
下流の放射能
 原子炉で燃料が燃えると、燃えかすとしてさまざまな放射能が発生する。燃えかすの主な放射性物質の発生量とその毒性を、表3-1にまとめて掲げる。

表3-1 原子炉の内蔵放射能の目安(100万kw軽水炉停止後1日)
—————————————————————————————————
主な核種      半減期   およその放射能量  許容量*の何倍か
                (100万キューリー)
—————————————————————————————————
クリプトン-85     10.8年       1.1         —
他の希ガス       —         200         —
ストロンチウム-89   54日        70      175兆(骨)
ストロンチウム-90   28年         9       45兆(骨)
ジルコニウム-95    65日         140       70兆(全身)
ヨウ素-131       8日        50      710兆(甲状腺)
セシウム-137      30年        9       3兆(全身)
プルトニウム-238    87.7年        0.28    175兆(肺)
プルトニウム-239  24100年        0.033     20兆(肺)
—————————————————————————————————
 合  計              3500   1000-2000兆(全身)
—————————————————————————————————
*各決定臓器に対する最大許容負荷量の10分の1

 この表で、「許容量」とは、職業人の対する最大許容負荷量の十分の一を意味する。
 また、(肺)とか(骨)とかいうのは、その臓器に対する負荷量をもとに計算したことを示す。このように線量評価や規制をある臓器(組織)に着目して行う場合、それを決定臓器(組織)と呼んでいる。
 この表に掲げられた巨大な放射能が一つの原子炉で毎年生産されることが、いわば原子力問題のアルファでありオメガであるといってもよい。原子力発電所の最大の問題は、これだけの放射能を炉心に内蔵させながら運転しなければならない、ということであり、再処理工場はそれらの放射能を化学処理しなくてはならない、ということである。
 表3-1にみられるように、一つの炉心に一年間に生まれる放射能は、ひとりの人間の許容量にすればおよそ2000兆倍(2000兆人分)に相当する。もちろんこの放射能が、そのまま環境に漏れ出るわけではなく、環境に漏れたものがそのまま人体に入ってくるわけでもない。 しかし、かりにその1000万分の1が漏れ出ても、二億人の許容量にあたる量が環境を汚染する。閉じこめの信頼度を1000万分の1に保つことは、現在の技術では最高水準に属することだが、それでもなお膨大な放射能が環境に放出されることになる。実際、このレベルを上まわる環境放出が、核燃料サイクルのどこか(とくに再処理工場)で日常的に起こっている。
 そして仮に環境放出や事故などなくても、いったん閉じこめた放射能(放射性廃棄物)を最終的にどうするかが、核燃料サイクルが回転するためには大きな問題となる。

 原発の怖さを物語る内容だ。
 肝腎な部分を、再度太字で確認。

“かりにその1000万分の1が漏れ出ても、二億人の許容量にあたる量が環境を汚染する。閉じこめの信頼度を1000万分の1に保つことは、現在の技術では最高水準に属することだが、それでもなお膨大な放射能が環境に放出されることになる。実際、このレベルを上まわる環境放出が、核燃料サイクルのどこか(とくに再処理工場)で日常的に起こっている”

 見出しの「下流」について補足する。核燃料サイクルには、ウランの採掘から始まって、その燃料の加工、原子力発電での燃焼、さらに放射性廃棄物へと至る流れがあり、その中の“原子炉へ向かう”流れを「上流(アッパーストリーム)」と呼び、“原子炉から先”の流れが、「下流(ダウンストリーム)」と呼ばれる。

 福島第一原発は、1号機が46万kw、2号機が78.4万kw、3号機も78.4万kwなので発電量の合計は202.8万kw。高木さんの表は100万kwを想定しているから、ほぼこの倍の放射性物質が停止後の炉心にあったと想定できる。

 それに加えて3号機がプルトニウムそのものを燃料に含むMOX燃料なので、放射性物質はウランのみを燃料とする1号機、2号機より種類も量も多くなる。アクチノイド系の放射能が多く発生しているはずだ。加えて、MOX燃料は融点も低く溶融しやすい。

 福島第一の3号機の状況が明らかになろうとしているのに、いまだに、通常の原発のみならず、MOX燃料を使う原発まで再稼働させようとしている日本は、まったく学習効果のない国と言ってよいだろう。

 原発は稼働していなくても危険なのに、再稼働することで、全人類、そして地球破壊を招きかねない危機を増大させている。

 メディアは、3号機問題を機に、そのことを適切に指摘すべきだ。


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# by koubeinokogoto | 2017-07-21 19:01 | 原発はいらない | Comments(0)
 なんとも暑い日々が続く。

 三年後の東京五輪は、まさにこの暑い最中に開催される。
 
 個々の競技を含む日程は、「2020東京2020」というサイトに詳細が掲載されている。
「2020東京2020」サイトの該当ページ

 7月24日が開会式だが、サッカーは22日から始まる。
 8月9日が閉会式。
 ちなみに陸上のマラソン女子は8月2日で、男子は閉会式の8月9日。

 昭和39年の大会は、ご存じのように、10月10日が開会式。
 旧体育の日。

 なぜ、こんな暑い時期の開催なのか・・・・・・。

 IOCのお達しなのだが、それには多分に商売の論理が影響している。

 IOCは開催都市に立候補する大前提として、7月15日~8月31日で開催することを求めている。

 それは、欧米のテレビで五輪の放送時間を確保するためなのだ。
 9月に入るとサッカーの欧州チャンピオンズリーグの戦いがあり、米プロフットボールのNFLも開幕する。IOCが夏にこだわるのは、これらとの競合を避けるためなのである。

 要するに、魅力的なプログラムのない“夏枯れ”に、オリンピックを開催させるのであって、そこには、開催都市(国?)の意向などは入る余地がない。
 オリンピックという素材をメディアに高く売るための、猛暑での開催なのだ。

 biglobeの「ZenTech」という旅行に関するサイトに、リオデジャネイロと東京の気温などの比較グラフがあったので、お借りする。
ZenTechサイトの該当ページ

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 リオ五輪は、8月5日から21日に渡って開催された。

 ご覧のように、8月の平均最高気温は、リオの方が東京より大幅に低い。
 一年中で、温暖差が少ないとはいえ、リオは南半球にあるから、季節なら冬なのである。

 安倍が原発は「Under Control」という嘘までついて招致した五輪だが、果たして、暑さという自然を、どうコントロールしようとしているのか。

 とはいえ、自分の部下たちをコントロールできない安倍が、三年後に開催国の首相でいるはずもないか。

 人間的な、そして自然と融和した発想に基づくならば、「不要不急」な場合には外に出るな、と言われるような30度を超える猛暑の時期に五輪など開催するのは愚の骨頂であり、そのために歴史と文化に立脚する街を破壊することなど、暴挙としか言えない。

 新国立競技場も、まだまだ問題を抱えている。

 二度目の東京五輪など開催する必要はないのだが、もし、開催するなら、時期を開催する側が主体的に選べるようにすべきである。

 IOCの利益のために五輪が存在すること自体が、問題なのだ。

 IOCやFIFAの商売の論理の背景には、構造的に裏の経済が潜んでいることは明白である。

 百歩譲って夏に開催するならば、少なくとも、国民に熱中症などの被害が出ないように、最大の努力をする政治家と官僚がいる国であって欲しいものだ。

 しかし、それは、選手が金メダルを取ることより、難しいことかもしれないなぁ。

 
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# by koubeinokogoto | 2017-07-20 16:56 | 市場原理主義、新自由主義に反対! | Comments(0)
 ここ数日、四年ほど前に書いた記事へのアクセスが増えている。
2013年6月27日のブログ

 内容は、高浜原発で使用するMOX燃料がフランスから到着した、という記事に関するもの。
 いかにMOX燃料が危険きわまりないかを関連するサイトや本の引用を含め書いたのだが、アクセス急増は、四年ぶり、3.11以降二度目のMOX燃料輸送のため、船がフランスを出港したということがきっかけのようだ。

 NHK NEWS WEBから引用する。
NHK NEWS WEBの該当記事
日本の原発で使うMOX燃料 フランスを出発
7月6日 4時14分

ことし5月に再稼働した福井県の関西電力高浜原子力発電所4号機で発電に使われるMOX燃料を積んだ船が、日本時間の6日未明、フランスの港から日本へ向けて出発しました。

日本に輸送されるのは、原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出してウランと混ぜた「MOX燃料」で関西電力が高浜原発4号機の「プルサーマル」で使用するためフランスの原子力企業「アレバ」に製造を委託していました。

フランス北西部のシェルブール港では、MOX燃料が入った円筒形の容器2基が大型クレーンで専用の輸送船に積み込まれ、日本時間の6日未明、日本へ向けて出発しました。

アレバによりますと、日本へのMOX燃料の輸送はこれまでに5回行われ、東京電力福島第一原子力発電所の事故の後では2回目となります。

輸送には2か月から3か月かかる見通しだということで、安全を確保するため、輸送ルートについてはおよそ2週間後に公表するとしています。

福島第一原発の事故のあと、各国で原発の安全対策の強化が求められて原発の新規建設が難しくなるなか、アレバは厳しい経営状況が続いていて、広報担当者は「われわれは今後も日本にMOX燃料を提供し続けられると期待している」と話しています。

 東芝の足を引っ張ったウェスティングハウスの原発事業のみならず、世界的に原発というビジネスは経済的にも行き詰っている。
 アレバも、その影響を受けないはずがない。アレバにとって日本は、大事な顧客である。
 しかし、国のエネルギー政策は、海外の一企業の窮状を救うためにあるわけでは、もちろんありえない。

 四年前の記事と重複するが、いかにMOX燃料が危険かをあらためて確認したい。

 「MOX」は、プルトニウムそのものを燃料に使うことにより、例えば原子炉のブレーキに相当する制御棒が効きにくいなど原発稼動中の危険性も大きいが、その燃料を作る過程や再処理まで危険がいっぱいである。
 『新装版 反原発、出前します-高木仁三郎講義録-』(反原発出前のお店編、高木仁三郎監修、七つ森書館)から再度引用したい。どれほどMOX燃料を使うと“やっかい”なのか、重要部分を太字にする。
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『新装版 反原発、出前します』(七つ森書館)

 MOX燃料を使うためには、ウラン濃縮度がいろいろ違った燃料を作らなくてはなりません。さらにプルトニウムの冨化度(濃度)もいろいろと違ったものを作らなくてはいけないのです。仮にそれを再処理するとなるとどういうことになるかを考えると、頭が混乱してきます。同じ組成のものは一度に再処理できますが、違った組成のものは一度に再処理できないので、原子炉からでてきた使用済み燃料を何通りにも分けなくてはなりません。このように核燃料サイクルがきわめて複雑になるのです。
 もう一つ、MOX燃料加工の場合に問題になるのは、プルトニウムn半減期の問題です。プルトニウム-239の半減期は2万4000年ですが、プルトニウム-240の半減期は6600年です。それからプルトニウム-241の半減期は14年で、プルトニウム-242の半減期は37万年です。このような放射能ができるのです。これが原子炉ごとに違ってくるのですが、問題はプルトニウム-241です。この半減期が短いので早く崩壊していって、アメリシウム-241になります。半減期が14年ですから、一年もすればけっこうたまってきます。アメリシウム-241はガンマ線を強く出しますので、取り扱いが面倒な上に核特性が違ってきます。燃料としては品質が劣化します。このアメリシウム-241がMOX燃料の加工をやっているうちに、たまってきてしまうと、強いガンマ線のために工場に立ち入れなくなることもあります。ですから、「プルトニウムを長い間置いておくな!」「プルトニウムは取り出したらすぐ使え!」といわれています。

 このように、通常のウラン燃料さえ原発のゴミはやっかいなのに、MOX燃料の原発でできるゴミは、もっとやっかいだし、危険性が増すばかりなのだ。

 危険性の問題のみならず、経済性の面でも、MOX燃料は割に合わない。

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高木仁三郎著『原子力神話からの解放』

 高木仁三郎さんの『原子力神話からの解放』は、初版が光文社カッパ・ブックスから亡くなる直前2000年8月に発行され、講談社+α文庫で再刊された。
「第9章 『核燃料はリサイクルできる』という神話」から、MOX燃料が危険なだけでなく、経済性の面でもメリットがないことについて引用。

リサイクルで放射能が増える!

 MOX燃料は私の専門分野ですから、大きな国際研究もやりましたし、いろいろなレポートも書いています。ここではくわしく述べませんが、プルサーマル計画、つまりMOX燃料をやると、どのくらいエネルギー的に得をするのか研究したことがあります。たとえ1パーセント以下とはいえ、本来なら捨ててしまうプルトニウムをまた使うわけですから、それによる燃料節約の効果も一定程度はあるだろうと、計算上は考えられるわけです。そこで、私たちの国際研究であるIMAプロジェクトのなかで、このメリットについて研究してみました。
 IMA研究の正式な名前は「MOX燃料の軽水炉利用の社会的影響に関する包括的評価」というものです。私たちがこの研究をやって明らかにした一つの重要な点は、プルトニウムを取り出して燃やすことは、安全性の問題は別にしても、燃料資源上のメリットはまったくないということです。とくに、リサイクルによって環境の負荷を少なくするといったメリットは、まったくありません。
 ウランが原発の燃料となるプロセスは、非常に長い道のりだという話はすでにしましたけれども、使用済み燃料を再処理して取り出すことは、それをさらに複雑にした流れとなります。プルトニウムをあちこちに動かし、いろいろな工程を経てプルサーマルという名の再利用を行なうと、その過程でいろいろな廃棄物が出てくるうえに、そうやって燃やしたプルトニウム自体が結局、最終的には使用済みのMOX燃料というゴミとなって残ってしまいます。ゴミを減らすことになるどころか、この計画はかえってゴミを増やすことになるのです。

 “リサイクル”などと言う言葉に誤魔化されてはいけない。通常のウラン燃料より放射能のゴミが増えるし、稼動後の危険性も増すのに、経済的な効果もないMOX燃料など、フランスから届いたらそのままで廃棄物とすべきだ。

 世界の潮流は、脱原発であり、再生可能エネルギーの導入である。
 
 しかし、“フクシマ”を経験した日本が、なぜ、フランスの原発会社のためとも思われる狂気の沙汰に出るのか。
 ドイツは日本の原発事故を契機に、エネルギー政策で世界のリーダーたる存在になったが、本当は、日本がそうなるべきである。

 世界各国が核をなくそう、と叫んでいるのに、唯一の被爆国である日本は、アメリカに追随してその行動に参画しようとしない。

 原発再稼働も含め、今この国は、後年の歴史家が首をかしげるようなことしかしていない。
 
 モリやカケどころではない問題を、MOX燃料による原発の再稼働は孕んでいる。
 問題を何十万年後にまで残す、地球規模の環境問題であり、その地球を何度も壊すだけの危険性のあるゴミを増やし続けると言う蛮行。

 高浜原発の再稼働をもっとも喜んだのは、アレバだろう。
 もしかすると、フランスにも安倍のお友達がいるのかもしれない。

 しかし、そのお友達がもたらすのは、危険極まりない核のゴミだ。
 
 “お友達ファースト”の安倍晋三。
 そのお友達であるモリやカケ、未熟な国会議員の暴言などにメディアがスペースを割いているが、実は、安倍政権で最も危険な暴挙は、原発再稼働であることを、忘れてはならない。

 原発は稼働させればさせるほど、その処理方法が存在しないに等しい核のゴミを増やし続ける。
 そんな危険なゴミを増やしてはならないとともに、危険な政府は、一日も早くゴミとして廃棄すべきだろう。


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# by koubeinokogoto | 2017-07-08 14:26 | 原発はいらない | Comments(0)
 自民党の広報紙と化している読売の世論調査でさえ、安倍内閣の支持は急落している実態を隠すことはできなかったようだ。

 「HUNTER」から引用する。

「HUNTER」の該当記事

一強の終焉 読売調査「不支持50%・支持39%」の衝撃

2017年6月27日 09:35

 26日の読売新聞朝刊。東京都議選に関する都民への世論調査結果を伝える紙面に、安倍政権にとっては驚愕の数字が掲載された。支持率39%に対し、不支持が50%。他紙の調査結果より、かなり高めの数字になることで知られる読売の政権支持率が、いきなり危険水域にまで下がった形だ。
 共謀罪法の強行採決に加え、拡大する一方の加計学園疑惑。民主主義を愚弄し続けてきた安倍政権に、ようやく終わりの時期が見えてきた。

■読売も認めた安倍の不人気

 政権が加計学園隠しのために共謀罪法を強行採決し、国会を閉じたのが今月18日。新聞各紙はこの前後に全国世論調査を実施し、安倍政権の支持率が10ポイント前後下がったことを報じていた。それでも読売の調査結果では「支持49%・不支持41%」。朝日の「支持41%・不支持37%」という数字とは大きく違う結果となっていた。

 驚愕の数字が明らかとなったのは26日。都議選告示直後、報道各社が行った都議選調査結果は、いずれも都民ファーストが第一党をうかがう勢いにあることを示すもの。新聞各紙は同日の朝刊で情勢分析の記事を掲載し、政権不支持が支持を上回っていることを報じている。特筆すべきが、読売が3面に掲載したグラフ。下がその紙面である。
 
 「支持39%・不支持50%」――。支持と不支持が逆転し、不支持が支持を11ポイントも上回る結果だ。同日の朝日の報道では「支持40%・不支持50%」。ほぼ同じ結果とはいえ、安倍政権発足以来、読売調査の「支持」が朝日の調査結果より下になったのは初めて。政権の不人気を、読売も認めざるを得ない状況ということだ。

 ここで改めて、朝日と読売が行った今年5月からの支持率調査結果をまとめた。

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 特に都内での調査の数字は、悲惨な状況を示している。

 共謀罪の強行採決、加計問題に関する嘘。
 二回生の相次ぐ失言、暴言、そして、つい最近の稲田防衛相のトンデモ発言。
 国民は、そんなに馬鹿ではない。

 まだ、麻生でも不破でも、犯罪者が総理にいるよりは、マシだろう。

 国民ではなく、自分の保身、お友達への利益供与にしか目がない人間が、国のリーダーとして存在することは、一刻でも早く終わらせるべきだ。



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# by koubeinokogoto | 2017-06-28 18:32 | 責任者出て来い! | Comments(0)
 国会を閉会しようが、「総理の犯罪」疑惑は消えようがない。

 文科省から、加計事件に関する荻生田の関与を裏付ける文書が公開された。

 調査報道を標榜する貴重なメディア「HUNTER」に、同文書の内容が公開されているので、引用する。*赤太字は管理人による。
「HUNTER」の該当記事


      「10/21萩生田副長官ご発言概要」
○(11月にも国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設を含む規制改革事項の決定がなされる可能性をお伝えし、)そう聞いている。

○内閣府や和泉総理補佐官と話した。(和泉補佐官が)農水省とも話し、以下3点で、畜産やペットの獣医師養成とは差別化できると判断した。
①ライフサイエンスの観点で、ハイレベルな伝染病実験ができる研究施設を備えること。また、国際機関(国際獣疫事務局(OIE)?)が四国に設置することを評価している、と聞いたので、その評価していることを示すものを出してもらおうと思っている。
②既存大学を上回る教授数(72名)とカリキュラムの中身を増やすこと。また、愛媛大学の応用生物化学と連携するとのこと。
③四国は水産業が盛んであるので、魚病に特化した研究を行うとのこと。

○一方で、愛媛県は、ハイレベルな獣医師を養成されてもうれしくない、既存の獣医師も育成してほしい、と言っているので、2層構造にする。

○和泉補佐官からは、農水省は了解しているのに、文科省だけが怖じ気づいている、何が問題なのか整理してよく話を聞いてほしい、と言われた。官邸は絶対やると言っている

総理は「平成30年4月開学」とおしりを切っていた
工期は24ヶ月でやる。今年11月には方針を決めたいとのことだった。

○そうなると平成29年3月に設置申請をする必要がある。「ハイレベルな教授陣」とはどういう人がいるのか、普通の獣医師しか育成できませんでした、となると問題。特区でやるべきと納得されるような光るものでないと。できなかったではすまない。ただ、そこは自信ありそうだった。

○何が問題なのか、書き出して欲しい。その上で、渡邊加計学園事務局長を浅野課長のところにいかせる。

○農水省が獣医師会押さえないとね。

 
 「総理の犯罪」は、もはや動かすことができない。

 最近、NHKが頑張っている。
 朝日新聞に文書公開の背景などについて載っていた。引用する。
「朝日新聞」の該当記事

 獣医学部新設をめぐり、首相側近の萩生田光一官房副長官の関与を疑わせる新たな文書の存在が発覚したのは、19日夜のNHK「クローズアップ現代+」の放送。官邸幹部は「怪文書に近い類いのもの。紙が出てきたからって、政府が対応するような話じゃない」と不快感をあらわにしたが、一夜明けた20日、松野博一文部科学相が文書の公表に追い込まれた。

 19日夕の首相会見でこの問題に区切りをつけるどころか、さらなる対応を迫られた格好で、告示が迫る都議選への影響が現実味を帯びてきた。それだけに、野党は攻勢を強める。

 民進の蓮舫代表は20日の党会合で「首相は説明責任を果たすと言った。堂々と国会で答弁してもらいたい」と強調。共産の志位和夫委員長も記者会見で「これは疑惑の核心だ。野党4党が結束し、集中審議と関係者の証人喚問を強く求め、真相究明のために手を尽くしたい」と訴えた。

 政権は火消しを図るが、動揺も見え隠れする。菅義偉官房長官は20日の会見で「総理はまったく関与していないと明快に申し上げている」と強調。ただ首相自身による会見などでの説明は「考えていない」と否定した。

 萩生田氏側は同日午前、記者団の取材にいったん応じる姿勢をみせたが、直前になって取りやめ。午後になり、書面で文書の内容を全面否定するコメントを発表した。政権内には「加計問題をめぐる情報はこの文書で最後だ」(官邸幹部)との見方もあるが、国政と都議選が連動しかねない状況に、与党は危機感を強めている。

 文科省内の複数の職員が共有していた文書は、明らかに、行政文書であって、怪文書でもなければ、菅が言う「個人的なメモ」でもない。

 NHKニュースの記事においても、NPO法人の方の次のコメントを載せている。
「NHKニュース」の該当記事

東京のNPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長は「書かれている内容の正確性にかかわらず、職務上作成したものを複数の職員が共有しており、法的に行政文書であることに疑いはない。第三者による調査を実施して不透明な決定過程を国民に明らかにすべきだ」と指摘しています。

 これは間違いなく、行政文書なのであり、その信憑性を、第三者が調査すべきものなのである。

 NHKサイトの「クローズアップ現代+」の該当ページには、問題の文書の画像が載っているので、お借りする。
NHKサイト「クローズアップ現代+」の該当ページ
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 もちろん、内容は「HUNTER」の記事で紹介した通り。

 安倍は、「説明責任」を果たさないまま、逃げようとしている。
 菅や松野が、その責任があるのではなく、あくまで当事者である安倍晋三が、責任をとるべきだ。
 
 「説明責任」という言葉、英語のaccountabilityを訳したものだろうが、その意味するものについて、発言する者も質問する方も、どうもよく分かっていないような気がする。

 そんなことを思って少し調べてみたら、「ハフィントンポスト」に大柴ひさみさんという方の興味深いブログの記事があったので、引用したい。
「ハフィントンポスト」の該当ブログ
日本におけるビジネスエクササイズを見ながら、英語の"responsibility" と "accountability"という「責任」に関する言葉について、考えてみた。

辞書ではともに「責任」と訳されて、「accountability」は「 説明責任」といった注釈がついているが、英語本来の意味からすると時制とその用法に違いがある。
•「responsibility」:これから起こる(=未来)事柄や決定に対する責任の所在。
•「accountability」:すでに起きた(=過去)決定や行為の結果に対する責任、またそれを説明する責任。
またこの2つの言葉には、以下のような局面で使用されるという、側面も持つ。
•「responsibility」:「誰の責任であるのか?」という時に使われる。
•「accountability」:「誰が責任を取るのか?」という時に使われる。
英語では以下のように説明されている。 •「responsibility」:Responsibility may refer to: being in charge, being the owner of a task or event.
•「accountability」:In ethics and governance, accountability is answer-ability, blameworthiness, liability, and the expectation of account-giving.

以下はこの2つの単語の英語による説明である。「responsibility」は他の人と共有することは可能だけど、「accountability」は他の人と共有できないという点が、この2つの単語の大きな違いだという指摘は納得できる。

 そうそう、「accountability」は、他人と共有できないのだよ、アベちゃん。
 そして、責任をとるのは、あなたなのよ、アベちゃん!

 もし、菅が言うように、安倍が関与していないのなら、なぜ、この文書が文科省で共有されていたのか、ぜひ、真相を究明しなければならない。

 共謀罪では、犯罪を意図しただけでも、警察がしょっ引くことができる。
 「意図」は、心の中にしかない。見えないのだ。

 文科省の文書は、もちろん、「明文化」されたものであり、共有されたものだ。
 その内容が「虚偽」だと言うなら、それを証明しなければ、国民は納得しない。

 文科省の上の方が、なんとも中途半端に官邸の意向を“忖度”しているが、すでに文書の存在を認めたのなら、自分の管轄する省の職員を信頼し、この文書の信憑性を示すべきだ。
 
 日刊ゲンダイには、文科省内で松野大臣や義家審議官への不満がくすぶっていて、爆発寸前な状態と察せられる記事が載っている。
「日刊ゲンダイ」の該当記事

松野大臣ら幹部の文書“謝罪会見”に文科省官僚が怒り心頭
2017年6月21日

「半年以上も前の話で記憶が曖昧。これ以上は調べられない」――加計文書を調査した文科省の義本博司統括審議官の20日の記者会見での発言に、省内から怒りの声が上がっている。

 会見では、松野文科相の「内容は正確性を著しく欠いていた」との発言に、報道陣から「どの部分が間違っているのか」「文書の方が信憑性が高いのでは?」と突っ込まれ、義本氏は立ち往生。その揚げ句、冒頭の“言い訳”が飛び出した。ほかにも厳しい質問が出るたびに「文書管理に問題があった」などと、自分が所属する組織の職員をおとしめる発言に終始した。

 これに対して、文科省の職員は怒り心頭だ。いわく「いい加減な文書を回し読みしているいい加減な役所と思われかねない」「重要な政策について半年前の記憶もないなんて、国民が信じると思っているのか」「上層部は官邸や内閣府を守ることしか考えていない」などなど。このままでは加計文書の“怒りの流出”はまだまだ続きそうだ。

 文科省の職員の皆さん、頑張ってください!

 そろそろメディアも起き出したし、国民も黙ってはいない。

 菅は、安倍がやってないと言うのだから、やってない、の繰り返しだが、文科省文書と安倍-荻生田のどっちが嘘つきか、国民はお見通しだ。

 総理のお友達が、本来のプロセスを免除されて優遇され、税金が無駄遣いされようとしている。

 納税者は、その犯罪を追及する権利がある。
 そして、悪いことをしたら、お仕置きがあるのは当然なのだ。
 安倍坊ちゃんが「ぼく、やってないもん」と言ったところで、お尻百叩きは、まぬがれないぞ!

 冗談はさておき、そろそろ、戦争大好き嘘つき内閣に引導を渡す時期である。

 NHKも、朝日も、日刊ゲンダイもHUNTERもLITERAも、みんな頑張れ、もう一息だ!


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# by koubeinokogoto | 2017-06-21 17:53 | 責任者出て来い! | Comments(0)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛