幸兵衛の小言

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カテゴリ:伝えるべき言葉( 2 )

 昨夜、連れ合いの越後の実家より帰宅。
 夫婦ともども、やや疲労困憊気味で、連れ合いと犬二匹は昼寝中である。


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『高木仁三郎セレクション』(岩波現代文庫)

 『高木三郎セレクション』は、2012年に岩波現代文庫として発行された。
 
 『世界』や『科学』そして岩波講座に分担執筆した論文が中心だが、未発表の手記なども含んでいる。

 川内原発が再稼動した。近隣に住む人々は、再稼動に反対した人も賛成した人も、不安の中で毎日を送っているのではなかろうか。
 
 「不安」という言葉を軸に、高木さんは、次のような文章を残してくれている。


市民の不安を共有する
                                (『科学』1999年1月号)
 ダイオキシンやPCB、“環境ホルモン”(内分泌撹乱化学物質)が、毎日のように報道をにぎわせている。伝えられるダイオlキシンの汚染値など、目を疑うような高さである。さらに、地球温暖化、産業廃棄物や放射性廃棄物の問題などが、地上の生命の未来にたちはだかり、人々の心を痛めている。一方で、薬害HIV問題、委託研究をめぐる贈賄問題など、研究者個人の倫理を問われるような問題も多い。私の関係する原子力分野では、事故隠し、データ捏造・改ざんが現在に至るもあいついでいる。
 (中 略)
 難題をもち出したようだが、実は転換はすでに確実に進行している。巨大な予算を使って研究をおこなう大学や国立研究所ばかりが科学の主要な担い手と思われていた時代から、これまでマージナルとされ、科学者や専門家として扱われてこなかったような研究者や活動家、さらには非専門の市民が、この転換に大きな役割を果たしている。この間のダイオキシン汚染の問題をみてみよう。告発の主体になっているのは市民(住民)であり、市民が専門家を動かして測定やデータ公開を促している。地方自治体やその周辺で活動する地域の専門家の果たしている役割も大きい。内分泌撹乱化学物質の問題で、“警世の書”といわれ、世界的なベストセラーとなった“奪われし未来”(原題は、Our Stolen Future<1996>)の著者は、NGOに属する人々である。フロンや地球気候変動の問題なども、今日のように国際的な科学的問題となり、国際条約による化学物質の排出規制にまで発展しえたのは、NGOの精力的な活動によるといっても過言ではない。
 私はなにも、NGO賛美をするつもりはない。しかし、科学者が科学者たりうるのは、本来社会がその時代時代で科学という営みに託した期待に応えようとする努力によってであろう。高度に制度化された研究システムの下ではみえにくくなっているが、社会と科学者の間には本来このような暗黙の契約関係が成り立っているとみるべきだ。としたら、科学者たちは、まず、市民の不安を共有するところから始めるべきだ。そうでなくては、たとえいかに理科教育に工夫を施してみても、若者たちの“理科離れ”はいっそう進み、社会(市民)の支持を失った科学は活力を失うであろう。
 (後 略)

 肝心な部分を、太字イタリックで再度。

“科学者が科学者たりうるのは、本来社会がその時代時代で科学という営みに託した期待に応えようとする努力によってであろう。高度に制度化された研究システムの下ではみえにくくなっているが、社会と科学者の間には本来このような暗黙の契約関係が成り立っているとみるべきだ。としたら、科学者たちは、まず、市民の不安を共有するところから始めるべきだ”
 

 紹介した文章の前半、科学者の倫理感による問題、委託研究における贈賄問題は、残念ながら今日も存在するし、かつてよりその問題の根は深くなっているかもしれない。

 個人と組織の利権や金銭欲が、市民の視点や不安の共有より優先した結果といえる事件が、ここ数年でも頻発している。

 さて、原発。
 川内が既定事実となって、今後も原発再稼動に向け“原子力ムラ”の動きは活発化するだろう。
 
 果たして、市民の不安を共有できる科学者はどれほどいるのか。
 私は少なからずいるだろうと、信じている。
 今後は、その科学者たちと市民がどれほど協調して、発言し行動できるかが、鍵をにぎっているだろう。

 脱原発派の科学者は、大手メディアには、ほとんど登場しなくなった。
 ブログなどのネットによる連携も重要になると思う。

 高木仁三郎さんの警告は受け入れられず、その予測は、残念ながら当たってしまった。

 これからは、高木さんが残した言葉、思いを、どれだけ科学者や市民が継承していけるかが問われている。



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by koubeinokogoto | 2015-08-14 17:20 | 伝えるべき言葉 | Comments(2)
 私が、高木仁三郎さんという人を知ったのは、3.11の後だ。

 福島第一原発の事故後、さまざまな原発の情報を調べているうちに、まず、原子力資料情報室のことを知って、2011年3月21日に記事を書いた。
2011年3月21日のブログ
 その後、同室をつくった人として、高木仁三郎さんを知り、同室のサイトから、そのプロフィールを紹介した。
2011年3月26日のブログ

 その後、古書店を巡り、高木さんの本を探しまくった。
 『プルトニウムの恐怖』は、神保町で見つけ、むさぼるように読んだ。

 政府もメディアも「メルトダウン」という言葉を禁句として発していない時、同書を引用して、「メルトダウン」について書いた。
2011年4月2日のブログ

 3.11以降、高木仁三郎さんの過去の著作が再刊されて広く読まれたことは、良いことだと思う。

 しかし、なのだ。

 最近、古書店に、再刊された高木さんの本が、結構安い値段で並んでいるのを見る機会が増えた。

 良い本が再活用されるのは、それは結構なことだ。
 しかし、私は、高木さんの本を数多く持っているが、一冊として古書店に売ろうなどとは思わない。

 残念だが、3.11が風化していることの兆候なのではないかと思っている。

 政府と九電、いや、原子力ムラが、川内原発を再稼動しようとしている。
 戦争法案で戦争をしようとしていることと同根にある暴挙である。
 これでは、日本人は、歴史からまったく学んでいない、ということになる。


 今こそ、高木仁三郎さんの著作を、あらためて読み直す時ではないだろうか、と思う。


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『高木仁三郎セレクション』(岩波現代文庫)

 2012年に、岩波現代文庫で『高木三郎セレクション』が発行された。
 『世界』や『科学』そして岩波講座に分担執筆した論文が中心だが、未発表の手記なども含んでいる。

 編集は、東京都立大学で、当時31歳の新任助教授として赴任された高木さんの薫陶を受けた中里英章さんと佐高信さん。

 中里さんは、高木さんの影響を受けて、七つ森書館を始めた方だ。

 本書には、2011年5月7日の拙ブログで書いたが、共同通信が取り上げた、日本物理学会誌の1995年10月号に掲載された「核施設と非常事態—地震対策の検証を中心に—」の論文も掲載されている。
2011年5月7日のブログ

 今回は、『世界』の1999年6月号に掲載されたインタビューを少しだけ引用したい。前年1998年に癌が発見され入院されたが、その後の取材。
 章の題は「私の生きてきた道、いま伝えたいこと」である。



-50年代、60年代には、科学はどんどん世の中を明るく、よくしていくのだというポジティブなイメージ一色でしたね。

高木 私なんかもそういう世界で、自分がそれをやるんだと思っていた。日本は非科学的な部分があったために戦争に負けた、ということを聞かされて育ったというこもmこあったでしょう。まだその頃は、科学そのものを疑うことはなかったと思う。けれども、自分との関係でシステムを疑い出したのは確かです。
 大学を卒業して、はじめて日本の会社というシステムに出会う。私はサラリーマンの家庭ではなかったので、会社というものをそれまで知らなかった。職としては研究職なのですけれども、あるシステムの中で駒になって動いているという感じが強かったのです。子どものころロマンとして描いていたような、宇宙の本質を見きわめるようなことはできなくて、巨大なシステムの中の非常に細かい部分でスペシャライズする、専門家になる。そのことによって、はじめて学者としてのアイデンティティができる。つまり、自分を非常に部分化すればするほど、科学者としてのアイデンティティが保障されるというような世界なんです。
 そのとき、自分のアイデンティティは何なのか-もちろんアイデンティティなんていう言葉は使っていなかったでしょうが-そういう疑問を抱いたのです。
 日本の企業には、上が言ったことに対して逆らえないような暗黙の雰囲気があって、こういう雰囲気によって、みんなが戦争に持っていかれたのではないか、などと考えたりするようになりました。

 私は、ここ数日のNHK他の戦争特集番組を見て、高木さんが原発関連企業内で感じた、この、上が言ったことに逆らえないような「暗黙の雰囲気」を、あまりにも多く感じた。

 高木さんは、企業を離れ、大学に勤め研究者となった後、「市民科学者」と自らを位置づけて、原発に対峙する科学者としての生涯を送った。

 私も企業人として、この「暗黙の雰囲気」は、よく分かる。
 上司に逆らったこともあれば、暗黙の雰囲気に負けてしまったことも、たびたびある。
 
 しかし、問題は、その結果がもたらす影響である。
 企業の選択は、その企業の成長や衰退、また関わる企業人の将来への影響はあるが、必ずしも人の生死に影響するものではない。

 人の生き死にに関する場面で、そういった雰囲気に接するのは、原発などの巨大システムや戦争など、特殊な環境に特化されるだろう。

 「暗黙の雰囲気」は、日本古来のもので、今さら、高木さんの言葉から引用するまでもない、と思われるかもしれない。
 
 しかし、私は、この雰囲気に、ここ数日、あまりにも重いものを感じた。

 たとえば昨夜は、NHKスペシャルの「特攻~なぜ拡大したか~」を見た。
NHKスペシャル「特攻~なぜ拡大したのか~」
 終戦後の交渉を有利にするための、いわゆる「一撃講和」が、最後まで悲惨な特攻を続けた背景にあった。
 本土決戦派に官軍も屈し、「決号作戦」が決まった。
 紙で作ったような、戦えるはずのない航空練習機で戦おうという、無謀な作戦である。
 未熟な操縦士を乗せる練習機を集める役割を担った、磯辺利彦さんの言葉が、印象的だったのだ。
 彼は、上官の「命令」であるから、、一所懸命に練習機集めを行った、と述懐する。

 命令には逆らえない。まさに、「暗黙の雰囲気」であり、高木仁三郎さんも、指摘するように、そういった雰囲気こそが、戦争を泥沼化させたのだろう。
 同番組は、今夜深夜二時半から再放送されるので、関心のある方は録画のほどを。

 昨夜は紹介された言葉が少ないが、磯部利彦さんは、「NHK戦争証言アーカイブス」に証言動画があるので、ぜひご覧いただきたい。磯部さんも、戦争で大きな被害を受けている。
「NHK戦争証言アーカイブス」の磯部利彦さんのページ 


 あえて書くが、現在参議院の特別委員会で、JSCの理事長が、新国立競技場の建築計画が白紙になったにもかかわらず、自分たちの新しいビルを建設することを止めようとしないことについて、文部科学省の命令に従って粛々と、なんてぇほざいているのは、ここで言う「暗黙の雰囲気」とは、まったく別ものである。
 彼らは、確信犯として、血税を無駄遣いしている。
 下村もJSC理事長も、早く身を引くべきである。
 いわば、下村やJSC理事長の行動に対して、文部科学省やJSCの内部に漂っている「暗黙の雰囲気」こそ、打破すべきなのである。

 しかし、なかなか自浄作用を期待できないから、国民の怒りは募るばかりなのだ。

 自民党、公明党の人々よ、上に逆らえない「暗黙の雰囲気」を、ぜひ打ち破って、国民のため、平和のために行動してくれ! 
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by koubeinokogoto | 2015-08-10 16:52 | 伝えるべき言葉 | Comments(2)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛