幸兵衛の小言

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後編は、当初は「マイクロ構想」という野望の実現のために総理大臣を目指していた正力松太郎が、その時代の連鎖反応で「原発」を推進する役回りを担うことになっていったことについて、あらためて有馬哲夫著『原発・正力・CIA』から紹介したい。
 何としても「マイクロ構想」によってメディアの世界に君臨しようとしていた時、「原子力の平和利用」という新たな“切り札”が海の向こうから切られてきた。

 彼はこの時点では、国会議員ですらないのだ。正力は讀賣新聞社を大きくすることにかまけて政界でのキャリアをほとんど積んでいなかった。子飼いの議員もいなければ、派閥を作り運営していくだけの資金源もない。だからこそ、正力が総理大臣を目指すには、何か彼に求心力を持たせるような政治目標が必要だった。
 このようなとき彼の前に現れたのが原子力だった。この「永遠のエネルギー」を導入することの意義は資源小国の日本にとって計り知れないほど大きい。そして正力の周辺には彼を原子力ビジネスに引き込もうとしている人間がいた。その名はヘンリー・ホールシューセンとウィリアム・ホールステッド。彼らは二人とも日本テレビ創設にあたって正力と接点を持っていた。
 ホールシューセンは上院外交委員会顧問でテレビが日本に導入されるときに正力を支援した人物だった。借款獲得工作の行き違いから日本テレビ開局の前に正力と袂を分かってしまったが、テレビ導入で彼が果たした役割はきわめて大きいといえる。
 興味深いことに、彼はアメリカ原子力委員長のルイス・ストローズを知っていて、自身も原子力の平和利用に関心を持っていた。
 (中 略)
 もう一人のホールステッドのほうも、ホールシューセンとともに日本へのテレビの導入で重要な役割を果たした人物だ。彼も上院外交委員会の顧問だったが、本職は放送・通信の設備を売るユニテル社の社長だった。彼は戦時中には戦時情報局(OWI)で通信設備の設計をしていた。この関係で日本テレビの東京局の設計も彼がしている。「正力マイクロ構想」に借款が得られたときは、こちらも設計し、設備することになっていた。
 彼の場合は、上院外交委員会を通じてというより、もっと直接的に原子力関連企業と結びついていた。その企業とは前にも述べたジェネラル・ダイナミックス社だ。彼の大学時代の親友ヴァーノン・ウェルシュがこの会社の副社長になっていたのだ。


 さあ、“正力劇場”の舞台に、重要な役者が登場してきた。このホールシューセンとホールステッドは、正力とアメリカ政府=CIAへの重要な接着剤役であった。

 ホールシューセンもホールステッドも、日本でともに原子力ビジネスを興すことができる有力実業家を探していた。テレビの時と同じく、彼らの目が正力に向けられるのは自然の流れだった。なにせ、正力は日本テレビ創設の際に一口1000万円、合計で七億円もの出資金を集めた実績を持っていた。仮に話に乗ってこなくとも、彼を通じてパートナーが見つけられるはずだ。ホールシューセンは関係が切れてしまっていたが、ホールステッドのほうは日本テレビの東京局建設ののちも深い関係を保っていたので正力に働きかけることができた。
 正力も初めは原子力なるものをよく理解できなかったために乗り気ではなかったが、総理大臣への野望がいやが上にも燃え上がり、大きな政治課題が必要となるにつれて、原子力の持つ重要性に目覚め始めた。やがて、政治キャリアも資金源も持たない意気だけは軒昂な老人に政治的求心力をもたらすのはこれしかないと気づいた。
 当時の時代状況のなかでは、正力にとっての原子力発電は戦前の新聞に似ていた。つまり、それを手に入れれば、てっとりばやく財界と政界に影響力を持つことができる。いや、直接政治資金と派閥が手に入るという点で、新聞以上の切り札だった。


 この先、正力は部下を通じてCIAの極東支部メンバーと連絡を密にしていく。CIAにおける正力の当初の暗号名はポダム、閣僚になって以降は、ポジャクポット。(奇妙な名前だが、この本にその由来までは書かれていなかった。)
 アメリカは、ポジャクポッドが君臨するメディアを、日本国民の反米感情の抑制、反共感情の高揚のために利用する。そして、1954年のビキニ環礁での水爆実験でマグロ漁船第五福竜丸が被爆して以来、高まる一方の原爆禁止の動きを変える情報操作のために、正力をふんだんに活用する。
 もっとも大きな効果があったのが、「原始力平和利用博覧会」の開催だった。1953年にアイゼンハワーが国連で「アトムズ・フォー・ピース」演説をして以来、世界各地で開催している博覧会は、1955年11月1日から12月12日の六週間にわたって日比谷公園で開催された。このイベントの事前告知や開催中の報道に、讀賣新聞や日本テレビは積極的に貢献した。その結果、開催期間の総入場者数(讀賣新聞社発表)は36万7669人。そして、アメリカは情報操作に、ほぼ成功した。

 アメリカ情報局は入場者にアンケートをとっていた。それによればこの博覧会の前と後では次のような変化があったとしている。
(1)生きているうちに原子力エネルギーから恩恵を被ることができると考えた人。
  76パーセントから87パーセントに増加。
(2)日本が本格的に原子力利用の研究を進めることに賛成な人。
  76パーセントから86パーセントに増加。
(3)アメリカが原子力平和利用で長足の進歩を遂げたと思う人。
  51パーセントから71パーセントに増加。これに対してソ連の原子力
  平和利用については19パーセントから9パーセントに減少。
(4)アメリカが心から日本と原子力のノウハウを共有したがっていると信じる人。
  41パーセントから53パーセントに増加。


 正力が原発建設を推進する上で培ったアメリカとのパイプは、その副産物として京成電鉄がディズニーランドを建設することに結びついた。
 しかし、正力の本来の野望、彼が総理大臣になって「マイクロ構想」を実現する夢は、果たせなかった。そういう意味では、正力はアメリカに利用された一つの“駒”でしかなかったのかもしれない。そして、もし彼がいなくても、権力への野心に燃えて、アメリカが利用できた人物は他にいたのかもしれない。もっと言えば、“公文書”には明かされない将来にわたって今後も隠され続ける物語があっても、まったく不思議ではない。
 いずれにしても、正力は“表”にしても“裏”にしても、日本における原発推進において大きな影響力を発揮したことだけは間違いはない。

 この本には、著者が丹念に調べた公文書が数多く紹介されている。それらは、まるで「スパイ小説」を読むような興奮を呼び起こす。よって、極力公文書の引用は避けたので、ぜひ本書を読んで味わっていただきたい。

 本書で明らかになることはいくつもある。その中でもっとも私が印象的に思うのは、原子力発電を日本で推進する、いわば“ダイナモ(発電機)”役を担った正力松太郎の第一の動機である。正力にとって「原発」は、けっして資源小国日本のエネルギー対策ではなく、原発はあくまで正力が政界でのし上がるための“道具”にしか過ぎなかった、ということだ。

 そして、フクシマ後の政界を見ても、この政治家のエゴイズムの伝統だけは、しっかり守られている。
 しかし、国民は、1955年に「原子力平和利用博覧会」で情報操作された時代から、確実に賢くなっているはずだし、そうでなければ、日本の未来はないだろう。
 政府やマスコミそして海外政府や原発村の大企業要人、そういった連中のわざとらしい笑顔や甘い言葉の裏に隠された嘘には決して騙されない、自ら考え行動する日本人の時代が必ずやってくると信じたい。
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by koubeinokogoto | 2011-04-29 10:19 | 原発はいらない | Comments(0)
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有馬哲夫著『原発・正力・CIA』

 初代の原子力委員会委員長にして、科学技術庁長官であったのが正力松太郎だったことは、以前に書いた。今回は、一人の野心家の出世欲が今の危機を招くきっかけになったこと、そして、その影にはアメリカ政府とCIAがいたという歴史を紹介したい。
 有馬哲夫著『原発・正力・CIA-機密文書で読む昭和裏面史-』(新潮新書、2008年発行)からの引用である。 著者は早稲田大学の教授(メディア論)であり、この本は有馬さんがアメリカ国立第二公文書館などでCIA文書を中心とする多くの公文書を読み解くことで、分かった“真の歴史”を元に書かれている。本書の副題には「機密文書で読む昭和裏面史」とあるが、この本で明かされるのが、“真”の(“表”の)の歴史なのだ。国民が、どれほど偽りの歴史を信じて生きてきたか、ということを鋭く知らしめてくれる本と言えるだろう。そして、すでに公開された資料に基づき、本書は書かれている。しかし、日本のマスコミには、こういった資料から真実を解き明かそうとするジャーナリスティックな姿勢は皆無と言ってよいだろう。もちろん、讀賣グループからはありえないが、他の新聞や雑誌にしても有馬さんのようなアプローチをしたメディアはない。ジャーナリズム不在の国、ニッポンなのだ・・・・・・。

 まず、最初から原発が正力が政治家としてのしあがる切り札ではなかった、ということから知ることと、アメリカが、なぜ正力を利用しようと思ったか、という前提部分が分かる箇所を引用。

正力マイクロ構想
 原子力に出会う前の正力にとって、最大の関心事はマイクロ波通信網の建設であった。これはテレビ導入のときからの正力の悲願だった。
 マイクロ波とは波長がきわめて短い電波で、第二次世界大戦中にレーザーの開発により注目されるようになった。その後、音声、映像、文字、静止画像など大容量の情報を高品質で伝送できることがわかったため放送と通信にも用いられるようになった。
 正力はこの通信網を全国に張り巡らせてテレビ、ラジオ、ファクシミリ(軍事用、新聞用)、データ放送、警察無線、列車無線、自動車通信、長距離電話・通信などの多重通信サーヴィスを行おうと計画していた。これはあらゆるメディアを一挙に手中にすることを意味する(本書では以下、この構想を「正力マイクロ構想」と記す)。
 そしてこの野望をアメリカ政府もある程度後押しした。その結果、この通信網の一部として、そして日本初の民間テレビ放送局として、1953年8月28日、現在の日本テレビは開局することになったのである。正式の社名が「日本テレビ放送網株式会社」となっているのはこの構想の名残である。
 この当時、アメリカは日本が共産主義勢力の手に落ちないかという不安を持っていた。そのため、日本においてCIAを中心とした情報関係部署が心理戦を展開していた。アメリカにとって正力がテレビというメディアを所有することは望ましいことだった。というのも、正力は折り紙つきの反共産主義者だったからだ。かつて警視庁で共産主義者や無政府主義者を取り締まった部局のトップだったうえ、終戦後は讀賣新聞を労働組合に乗っ取られそうになったことがある。
 その一方、NHKは労働組合の力が強く、占領期ですらVOA(アメリカのプロパガンダ放送)番組を放送することに抵抗していた。朝鮮戦争勃発の直後には119人の職員がGHQによってパージされたほどだった。しかも、日本国民の受信料で運営される公共放送であるため、アメリカのプロパガンダ番組を放送することは原則的にできなかった。番組枠を買いさえすればアメリカのVOA番組を放送できる民間放送局とは事情が違っていた。
 このため、アメリカ(とくにCIA、心理戦局、国防総省)は様々な手を尽くして、日本テレビ開設を援助した。そこには当時の日本の吉田政権への働きかけも含まれていたのだ。そしてアメリカは「正力マイクロ構想」に対して1000万ドルの借款を与えるという内諾もしていた。


「正力マイクロ構想」実現には、次のように様々な逆風が吹く。
・1953年3月の「バカヤロー」解散以後、正力は吉田茂からの政権奪取を目指す鳩山一郎に肩入れし始める
・吉田は、正力がマイクロ構想のためのアメリカから1000万ドルの借款承認の要請を拒絶し、電電公社に100億円の借款を外国の銀行に申し込むよう命令した(当時の電電公社総裁梶井剛の日記より)

 そもそも吉田はアメリカの都合に合わせて日本が再軍備することに反対していた。正力のマイクロ構想はアメリカが日本に要求する再軍備、とくに航空兵力の拡充とも密接に結びついていた。だからこそ認めるわけにはいかなかった。


・膠着状態にしびれを切らしたアメリカは、1953年の終わりにアメリカ駐留軍用のマイクロ波通信回線の建設と保守を電電公社に委託することを決定した。

・・・正力はもはや自分自身が政界に打って出て強大な権力を手に入れない限りは、「正力マイクロ構想」を実現できないという結論に至った。実際、この頃吉田も正力に「君が総理大臣にでもならない限りそんな構想は実現しない」と述べたといわれる。


 この段階での正力の野望は、あくまで「マイクロ構想」だった。では、なぜ彼が政争の道具として「原発」を担ぎ出すことになるのか、については後編で紹介したい。
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by koubeinokogoto | 2011-04-29 10:17 | 原発はいらない | Comments(0)
原子力資料情報室(CNIC)のサイトに、チェルノブイリ原発事故から25年目の明日4月26日付けの、87団体による共同声明が掲載された。全文を紹介したい。
原子力資料情報室サイトの該当ページ

福島第一原発大事故にかかる共同声明
チェルノブイリ原発事故から25年の日に


3月11日の東日本大震災・大津波に端を発した福島第一原発大事故は、日本ばかりでなく世界を放射線ヒバク・放射能汚染の恐怖に晒しています。
 日本の原発は絶対安全、大事故は起こらないと豪語してきた日本政府と電力会社、御用学者の責任は重大です。大地震・津波の危険性、電源喪失事故、集中立地の危険性、大事故が起こった時の決死隊の問題、10キロ圏内のみの防災対策の問題点等々、現在進行形の事態を多くの人が古くから指摘してきました。にもかかわらず、それらを真剣に受けとめることなく、ただただ原発推進あるのみとの姿勢が、今回、日本政府・東京電力の事故への対応が後手後手にまわった要因の一つです。それでも「想定外」と居直るのは、人の道を逸脱した犯罪行為にほかなりません。
 福島第一原発は冷温停止に至っておらず、予断を許さない状況が続いています。冷却機能の確保とこれ以上の放射能の放出・漏洩による汚染防止対策が重要です。その際、労働者の安全に十分留意しなければならないことは言うまでもありません。住民の被曝は、事故時の過大な基準ではなく、本来の年間1ミリシーベルト以下が一日も早く遵守できるよう、様々な手立てをすみやかに行う必要があります。巨大な放射性廃棄物と化した福島第一原発の処理処分は、数十年単位の長い闘いになるでしょう。
 全国各地で脱原発を求めて原発や原子力施設の反対運動を続けてきた私たちは、福島第一原発の危機的状況の一日も早い収束を願いつつ、私たちが今一緒になってできることを追求したいと思います。
 チェルノブイリ原発事故から25年の本日の共同声明を第一歩にし、しかるべき時期に、福島第一原発・第二原発の廃炉正式決定、核燃料サイクルに関する計画中止、原発新増設の中止、老朽化原発の廃止を求める全国的な大行動に取組み、着実に脱原発を実現していくプロセスを提起していきます。
 これ以上の放射能汚染・地球ヒバクを許さず、生きとし生けるものすべてのために、脱原発社会実現に向け、ともに歩みだしましょう。

2011年4月26日


 87団体(4月25日現在)の名前はCNICのサイトでご確認のほどを。

 この共同声明の精神が、今後の日本の再興につながることを、祈るばかりだ。
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by koubeinokogoto | 2011-04-25 21:24 | 原発はいらない | Comments(0)
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 2000年12月に岩波新書から発行された同書が、4月15日付で重版(第5刷)された。これで一般書店で入手しやすくなったはず。ちなみに、私は岩波書店サイトから注文し、自宅近所の書店にて昨日入手。

 田中三彦著『原発はなぜ危険か』が4月5日に第12刷が発行されたことに続く岩波のスマッシュヒットで、次に広河隆一著『チェルノブイリ報告』も6月に重版が予定されている。
 
 これら岩波新書の原発関連本は、古書店でもなかなか手に入れにくいか、あっても結構高い状況なので、まさに朗報!
 
 こういう状況を見るに、原発問題を真面目に扱った本は、他の大手出版社からはあまり発行されていないことに、今更ながら奇異な感じを受ける。
 岩波の次に原発などの重要な社会問題を真正面から取り上げた本を発行しているのは、集英社から鎌田慧さんや広瀬隆さんの本を新書や文庫で出している程度ではなかろうか。新聞社系は、当たり前だが読売も朝日も原発擁護的なものしか発行していないはず。かつての経営者が原発建設の旗振り役だったから、それは当たり前とも言える。

 ようやく、一般書店の一部に原発本コーナーが出来始めた。読めば読むほど、私たちが「平和ぼけ」していたこと、そして貴重な警告に耳をかさず、当局が情報操作するままに身を委ねてきたことが、情けなくもあるし、悔しくもある。
 しかし、まだこれから出来ることは、必ずあると思う。もう騙されないために、正しい知識を身につけ、さまざまな意見に耳を傾けたいと思う。

 高木仁三郎さんに大腸ガンが発見されたのは1998年夏のことらしい。本書は1999年9月のJCO臨界事故が起こったため、高木さんが「書き残しておきたい」との強い思いで、2000年の夏に、死期を意識しつつ最後の力をふりしぼって録音したテープが元になっている。初版発行は高木さんがなくなった2000年10月8日から二ヶ月余り後の12月20日。まさに「遺言」である。

 なお、この本については、落語ブログ仲間である佐平次さんが、ずいぶん前から何度も紹介されており、私も早く読みたかった次第。佐平次さんの「梟通信」4月9日のブログ
 佐平次さんは、内部被爆の問題なども含め、有益な情報を発信されている。ぜひ、ご参照のほどを!
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by koubeinokogoto | 2011-04-25 17:15 | 原発はいらない | Comments(6)
いわゆる全国紙の原発事故関連の記事において、原発政策そのものに関して旗色不鮮明であったり、最悪なのは、御用学者の“タメにする”ミエミエの擁護記事などで埋められているのに腹立たしい思いをしていたが、チェルノブイリ事故から25年を明日に控えた「琉球新報」の社説には、大賛成である。琉球新報 4月25日の社説

チェルノブイリ25年 脱原発は自明の教訓だ
2011年4月25日

 旧ソ連チェルノブイリ原発事故から26日で満25年となる。福島第1原発事故を経た今の日本にとり、チェルノブイリから学び取るべき教訓はあまりにも多い。
 最も重要な教訓は、ひとたび原発で大事故が起きると、周辺の地域社会が丸ごと消滅するということだ。人々の生活も仕事も一挙に失われ、破壊されてしまう。
 チェルノブイリでは、原子炉から4キロの地点にあった人口5万人のプリピャチの街が廃虚と化した。
 二つ目の教訓は、事故の影響は非常に長く続くということだ。事故後25年を経てもなお、原子炉から30キロ圏内は立ち入り禁止区域である。事故の9年後、隣国ベラルーシでは小児甲状腺がんが事故前の数十倍に増えた。小児白血病が有意に増えたという報告もある。
 チェルノブイリでは事故後3週間での死者が28人だった点を取り上げ、「福島では皮膚障害が1人だけ」と違いを強調する専門家が日本にいるが、ためにする議論、と言わざるを得ない。
 真に警戒すべきは長期的な被ばくであり、その点を勘案しない比較に何の意味があろう。しかも福島第1原発では今も放射性物質の放出が続いている。事故を矮小(わいしょう)化するかのごとき言説は不見識だ。
 福島の事故が起きる前、原発推進論者はチェルノブイリについて「ソ連と日本では原発の構造が違う」「ソ連の運転管理はずさんだが、日本はしっかりしている」などと述べ、「日本では起こり得ない事故」と位置付けていた。
 何と空疎な言説か。歴史上の大津波を基にした専門家の警告も、政府や東京電力は事実上無視していたことが分かっている。
 日本の安全対策は「著しい放射能災害をもたらすような事態は、最初から想定しない」だけのことだ。何のことはない、「見たくないものは見ないから、存在しないのと同じ」という幼児的心性にすぎなかった。
 原発に関わる政府機関などいわゆる「原子力村」の専門家の言説は原発推進の結論ありきだった。そんなことも、チェルノブイリ事故を振り返るとよく分かる。
 チェルノブイリでは今も、廃炉を覆う「鉄棺」建設費約2200億円の工面が議論されている。事故防止策のコストも含めると経済的にも引き合わない。脱原発は自明、というのが導くべき教訓だ。


 原発問題で、これだけの正論を書いた社説を目にするのは初めてのような気がする。爽快感さえあるこの社説を支持する。
 統一地方選で、「災害対策」を公約に掲げる候補者は多かったが、明確に「原発反対」を訴える人は、予想より少なかったように思う。
 もちろん、代替エネルギーの問題、原発関連産業に従事している労働者の雇用問題、など課題はある。しかし、琉球新報でも指摘している通り、安全面のみならず、経済的にも割りの合わない「高すぎる」エネルギーであることは、すでに明白である。

 他の原発依存度の高い国の例を少し紹介する。
 スウェーデンは、1979年のスリーマイル島事故の翌年に、2010年までに原子炉の全廃を国民投票で決定した。その後、紆余曲折があり、まだ全廃されてはいないが、この国は“脱原発”を前提にしてさまざまな試みをしている。ドイツはチェルノブイリの後で“脱原発”へ踏み出そうとしたが、“ベルリンの壁崩壊”による東西統一という難事業のため原発問題は一時棚上げされ、あらためて今回のフクシマを契機に、“脱原発”を進めることを、今月メルケル首相が発表した。
 いずれの国も、今後も長期にわたって政治的、経済的に数多くの課題を乗り越える必要があるだろう。しかし、大事なことは、まず“脱原発”という方向性を決めることだろう。原発が稼動している限り、災害を含む事故の危険性があることはもちろん、毎日大量の“死の灰”を作り出していることを忘れるわけにはいかない。そして、当局は、その高濃度に汚染された廃棄物処理を、その電力の恩恵をもっとも享受していない地方に押し付けようとする。

 いかに限りのある資源を使わず、安全かつ継続的な生活をしていくか、ということに頭を悩めるのと、この先何万年にも渡って放射能を出し続ける核廃棄物の捨て場所探しに頭を痛め続けるのと、どちらが人間的な活動なのかは明白であろう。
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by koubeinokogoto | 2011-04-25 10:43 | 原発はいらない | Comments(0)
昨日23日の土曜に父の卆寿のお祝いのため実家のある北海道へ行き、先ほど帰ってきた。二年前の米寿の祝の時に比べて、千歳空港が、なんとも閑散としていた。二年前は、中国、台湾、韓国などからと思われる団体の観光客の方で空港は溢れていた。登別温泉の某ホテルで行ったのだが、このホテルも節電のためにエレベーターの一部を使用中止にしていた。震災以降、「館内改装」を理由としていたが、数日間休館していたようだ。震災と原発事故の影響は、故郷北海道の観光地にまで及んでいることを、自ら確認した・・・・・・。

 行きの飛行機の中で、途中まで読んでいた広瀬隆著『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(文芸春秋、新訂版1982年発行-単行本-、1986年文春文庫より発行、1988年改訂版発行-単行本-)を読了した。
 本書の主なテーマは、ネバタ州で行われた1950年代の原爆実験と、その実験以降に、当のネバダ州はもちろん、近隣のユタ州やアリゾナ州など“死の灰”をたっぷり含んだ地域におけるロケで西部劇を撮影していた数多くの俳優やスタッフが、後年とんでもない高い確率でガンや白血病で死亡していることの謎を解くことにある。
 しかし、この本から紹介したいことは他にも沢山あって、今回は内部被曝のこと、関連して放射線許容量に関する問題について引用したい。
 

 1982年10月6日、国連の放射線委員会がつぎの内容のレポートを総会に提出した。
−原子力発電所から生活環境の中に放出される放射能の量は、1960年に比べて、二十年後の1980年には、その100倍に激増してきている−
 それを人間が体内に取りこみ、ノドや肺で、あるいは生殖器や腸で濃縮しているはずだ。
 (中 略)
 原子力発電や核実験でまき散らされる放射能の粉を計器で測定してみると、レントゲン検査よりずっと小さな被バクしか与えないという結果になる。(中略)それは、計器が“体内濃縮”を起こさないためである。ガイガー・カウンターのような計器は、目の前にある死の灰から出てくる放射線しか測定しない。これに対して生物の体は、移動しながら次々と死の灰を取りこんで濃縮するため、計器よりはるかに大量の死の灰に被バクする。
 メドベージェフが報告した『ウラルの核惨事』でも、水のなかの放射能に比べて、魚がやはり、何千倍かに体内濃縮を起こしていた事実が思い起こされる。


 ここで重要なのは、事故が発生しようとなかろうと、原発が日常的に環境を汚染しているということ。そして、外部での放射線の測定値が低いからといって、まったくそれは「安全」を意味しない、ということだ。
 本書では、このあとに次のような事例が紹介される。

 ボストン大学医学部トーマス・ナジャリアンのもとへ、六十三歳の男が訪れてきた。この患者は、あらゆる血球が減少し、脾臓に腫瘍ができていた。しかしさらに検査してみると、白血病であることが判明した。この患者の経歴を調べてみたところ、1963年に謎の沈没をとげた原子力潜水艦スレッシャー号が最後にオーバーホールを受けたポーツマスのドックで、原子力機器の溶接工をしていたという。
「六年間、ポーツマスで働きましたが、放射線の被バク量は、きわめて小さなものにすぎませんでした・・・・・・しかしそう言えば、仲間のなかに、歳にしては随分若いのに死んだ者が何人も居ました」
 ナジャリアンは、ダートマス医科大学で生物統計学をおこなっているセオドア・コルトンに相談し、二人でポーツマスの海軍ドック労働者を徹底的に洗ってみることにした。
 結果は、予想をはるかに上回るものだった。
 これまでのドック死亡者について、その病因を一人ずつ調べたところ、白血病死亡率が全米平均の562パーセントという、信じられないほど高い発生率になっていた。また、リンパ系や造血組織などの癌死亡率も226パーセント、それ以外のすべての癌死亡率も161パーセントと、どこを見ても異常ずくめだった。
 ナジャリアンとコルトンは、数字のあまりの大きさに、これら労働者がどれほど大量の放射線を浴びたかを調べたところ、(わが国で分かりやすい数字で示すと)日本の原子力発電所が一般大衆について定めている安全基準(500ミリレム)の半分にも満たない量(211ミリレム)であることが分かった。
 二人はこのデータを大急ぎでまとめ、医学誌(“Lauset”1978年5月13日号)を通じて全世界に警告を発したのだった。
 ナジャリアン博士がつきとめた異常もまた、計器で測定できない濃縮が、つぎつぎとドックの労働者にもたらした事実を、明らかにしている。


 ポーツマスは、かつて仕事で縁があり何度か行ったことがある。ボストンから車で1時間ほどの港町である。日露戦争後の「ポーツマス条約」締結の場所として日本人はなじみが深いだろう。初夏には屋外でジャズ・フェスティバルなども開かれる、こじんまりした素敵な街で、仕事は別として訪れるのが楽しみな街だった。
 しかし、あの町は古くから軍港としての役割も果たしていて、1963年に上述のような「その時」があった。

 100レム=1シーベルトなので、211ミリレムとは、2.11ミリシーベルトである。
 今回、国が改悪しようとしている子供達の被曝許容量20ミリシーベルトが、どれだけ危険な数値か分かろうというものだ。紹介したように体内に取り込まれた放射能は、どんどん濃縮される。その怖さは、この本で数々のハリウッドスターが癌で亡くなっていることでも明らかにされる。それは、また別途紹介したい。
 
 ほとぼりが冷めたら、また始まるであろう原発擁護の動きに、決して惑わされてはいけないと思う。これまでに国内外で“死の灰”と“ガン”発症の因果関係に関する警告は数多く発せられた。それに対して当局は、「統計的に有意ではない」とか、「因果関係は認められない」、あるいは「放射線以外の要因もありえる」などという言葉で誤魔化してきた。すでに3月29日のブログで、高木仁三郎著『プルトニウムの恐怖』から、海外での誤魔化しの実態を紹介した。2011年3月29日のブログ

 もう、はっきりと放射能と白血病を含むガン発生率との因果関係を前提とした論議をしなければならないと思う。

 私は今時点では喫煙者である。煙草のパッケージには、少なくとも警告が書かれている。しかし、自宅で使用される電気には、「この電気は原発で作られた電気です。皆さんが快適な生活をするために原子力発電所があるのです。ですから、皆さんは原発事故などによって放射能を浴びるとガンの要因になりますが、それは皆さんの責任なのです」とは警告されていない。
 “ニコチン”と“電気”とを比べるのは適切ではないかもしれない。煙草はあくまで“嗜好品”であり、“生活必需品”としての電力と比べること自体が無理がある、と指摘されても仕方がない。しかし、よ~く考えてみると、ふんだんに使用している電力の相当部分は、実は“嗜好品”の範疇に入るのではなかろうか・・・・・・。
 この度の事故は、そういった生活の質そのものを考え直す契機にしなければならないと思う。
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by koubeinokogoto | 2011-04-24 20:44 | 原発はいらない | Comments(4)
フォト・ジャーナリスト広河隆一さんの著書『チェルノブイリ報告』を引用する中で、広河さんのブログ「DAYSから視る日々」の内容を引用させてもらった。子供達の年間放射線許容限度(被爆限度)が不当に20ミリシーベルトまで拡大されようとしていることに、複数の団体が抗議しているという内容だった。
 昨21日に文部科学省と原子力安全委員会のメンバーの出席で交渉の場が設けられたのだが、なんとも呆れる状況だったようだ。「OurPlanet TV」で動画が配信されている。 OurPlanet TV 4月21日の会議のニュース
 同ニュースの文面を紹介したい。動画もぜひご覧の程を。

 交渉に出席したのは、文部省のスポーツ青少年局学校健康教育課や原子力安全委員会事務局などの係長クラス4人。文部省の担当者に対して、主催者側から「20ミリシーベルトが放射線管理区域よりはるかに上回るレベルであることを理解しているか」との質問に対し、「個人的に、放射線管理区域は存じていない」と回答。管理区域の線量レベルが年間5ミリシーベルトであり、労働基準法上18歳以下が働いてはいけないことになっていることや、20ミリシーベルトは原発労働者が白血病になった際、労災認定されるレベルであることなどを知らなかったことから、会場からは「そんなことを知らずに決めていたのか」との声があがり騒然とした。
  
また、20ミリシーベルトという安全基準を誰が決めたのかとの質問に対し、内閣府原子力安全委員会の事務局担当者は、19日に内閣府原子力安全委員会が「問題なし」と決定し、助言したと回答。しかし、5人の委員が会合を開いた事実はなく、また議事録も見たことがないという。更に、国の設定した20ミリシーベルトには食物などや土ホコリなどによる内部被ばくなどは含まれてないことがも判明し、再び会場は騒然とした。
 
1時間半近くにわたる政府交渉の結果、市民からは、子どもたちは既に校庭で遊び初めており、一刻も猶予がないとして、(1)20ミリシーベルトの基準を撤回して欲しい(2)少なくとも、20ミリシーベルトを安全とする根拠や審議の過程等が示されるまでは、20ミリシーベルトを撤回して欲しい、との提起がなされた。これに対し、政府交渉の調整にあたった福島瑞穂事務所は、すぐに入手可能な回答は今日21日の夕方までに、また新たに検討すべき回答は明日22日の午前10時までに回答を得るようにすると確約、政府交渉は終了した。



 抗議した三団体は「フクロウの会」、「グリーン・アクション」、「美浜の会」。それぞれの団体のこと、そして今回の交渉のことを含めて、各団体のホームページをご参照のほどを。
フクロウの会のHP
グリーン・アクションのHP
美浜の会のHP

 落語ブログ仲間である佐平次さんの「梟通信」に、昨日会場に行かれた佐平次さんご自身の怒りとともに、交渉の様子が語られている。
梟通信 4月21日の内容

 文部科学省と原子力安全委員会の内部で、“責任ある立場”の上司と、昨日出席した“責任ある立場にない“部下(といっても係長クラス)の間で、事前にあったであろう私の想像上の会話。
------------------------------------------------------------------------
上司 「おい、お前行ってこい」
部下 「えっ、私ですか?」
上司 「そうだよ。俺だって、20ミリシーベルトが安全かどうかなんて分からんし、
    かと言って、交渉の場に誰も出ないわけにはいかんからなぁ。
    あっちは係長クラスを出すらしいから、俺が行くまでもないだろ。
    あのうるさい連中が何か分からんこと言ったら、調べて後で回答する、
    と言ってその場をおさめて帰って来い」
部下 「わかりました、とにかく行ってくればいいんですね。私だって、何で20ミリか
    なんて知りませんけど、いいんですね・・・・・・。」
------------------------------------------------------------------------
 せいぜい、こんなもんだろう。事前に想定質問に対して準備することもなく、その場しのぎで、この会に出席することが仕事、という感覚なのだ。「この忙しい時に・・・・・・」というのが、彼らの本音だろう。
 しかし、それにしても「放射線管理区域」のことすら知らないで、この会議に臨む本人達の無神経ぶりには、ただ唖然である。文部&科学省だろ!彼らは仕事場に戻って、さっそくWikipediaで次のような内容を調べたことだろう。様々な観点から法令による管理区域設置基準や対応ルールがあるが、「労働安全衛生法令」による“設置基準”と“事業者の措置”は、次のようになっている。

労働安全衛生法令による管理区域
管理区域の設置基準
1.外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が3月間につき1.3mSvを超えるおそれのある区域
2.放射性物質の表面密度が別表第三に掲げる限度の10/1を超えるおそれのある区域

別表第三 区分(核種) 限度(Bq/cm2)
α線を放出する放射性同位元素  4
α線を放出しない放射性同位元素 40

管理区域における事業者の措置
1.事業者は、必要のある者以外の者を管理区域に立ち入らせてはならない。
2.事業者は、管理区域内の労働者の見やすい場所に、放射線測定器の装着に関する注意事項、放射性物質の取扱い上の注意事項、事故が発生した場合の応急の措置等放射線による労働者の健康障害の防止に必要な事項を掲示しなければならない。
3.事業者は、放射線装置室、放射性物質取扱作業室、貯蔵施設又は保管廃棄施設について、遮へい壁、防護つい立てその他の遮へい物を設け、又は局所排気装置若しくは放射性物質のガス、蒸気若しくは粉じんの発散源を密閉する設備を設けて、労働者が常時立ち入る場所における外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計を1週間につき1mSv以下にしなければならない。
4.管理区域内において放射線業務に従事する労働者(以下「放射線業務従事者」という)の受ける実効線量が5年間につき100mSvを超えず、かつ、1年間につき50mSvを超えないようにしなければならない。
5.放射線業務従事者、緊急作業に従事する労働者及び管理区域に一時的に立ち入る労働者の管理区域内において受ける外部被ばくによる線量及び内部被ばくによる線量を測定しなければならない。
6.女性の放射線業務従事者(妊娠する可能性がないと診断されたもの及び妊娠中の者を除く)の受ける実効線量については、3月間につき5mSvを超えないようにしなければならない。
7.妊娠と診断された女性の放射線業務従事者の受ける線量が、妊娠と診断されたときから出産までの間(以下「妊娠中」という)につき次の各号に掲げる線量の区分に応じて、それぞれ当該各号に定める値を超えないようにしなければならない。
1.内部被ばくによる実効線量については、1mSv
2.腹部表面に受ける等価線量については、2mSv
など。


 これを見て初めて、3月間 1.3ミリシーベルト < 1年間 20ミリシーベルト という、不等式に気がついて、上司を含め慌てているのかもしれない。20ミリシーベルトはICRP(国際放射線防護委員会)のガイドライン(「非常事態収束後」の基準、参考レベルの1-20ミリシーベルト)の上限を採用しているが、、このガイドライン以下でさえ決して安心できるものではないのだ。

 以前に高木仁三郎さんの著『科学は変わる-巨大科学への批判-』から、「マンクーゾ報告」による「倍加線量のこと」をご紹介した。2011年4月8日の該当ブログ
 あらためて、マンクーゾ達の調査について、高木さんの本から引用したい。

 ピッツバーグ大学のマンクーゾは、イギリスのニール、スチュアートと共同で、原子力施設で働いた人々の放射線被爆とガン死者との関係を解析しました。
 対象となったのは、1944年~77年という長期間の間に、アメリカの原爆計画以来の原子力センターであるハンフォード原子力施設で働いた労働者のうち、死亡などの記録がはっきりしている2万9318人でした。このうち、死因が明らかな死者の総数は、4033人(17%)で、ガンによると認定されたものは、832人(3.5%)です。
 この、時間的にも長期にわたり、年齢、性別、被爆総量、勤続年数など多様な集団の膨大な記録をたんねんに整理して、ようやく因果関係が見え出すまでに、マンクーゾは10年を費やしています。しかし、その努力の結果、少なくともガン死者のうち、6~7%の人は放射線被爆の結果ガンにかかって死亡したという結論に達しました。それは、低線量の放射線被爆とガン発生の結果を、実証的に裏付けた初めての結果といってよいのです。


 そして、ICRP(国際放射線防護委員会)の定めなどより、もっと低い放射線量が問題になる、という「倍加線量」の部分も再度引用する。

 一般には、放射線被爆を問題にする場合、放射線の生物学的効果も考慮に入れて、レムという単位を用います。ガンマ線やベータ線を問題にするこの例のような場合、ラドとレムは同じ数値になると考えて差し支えありません。単位の問題に深入りしませんが、現在、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいて、各国が採用している「許容量」は、全身に対して3カ月当り3レムです。また、長期にわたる放射線被爆の蓄積線量に関しては、18歳をゼロとして、その後は一年当り5レムまでが許されています。これを数式を用いて表せば、
   許容蓄積線量=5(n-18) (レム)
 ということになります(nは人の年齢)。
 もっとも、これらが適用されるのは、職業的に放射線作業に従事する人で、一般の公衆の「許容限度」は、年間0.5レム、と職業人の場合の10分の1になっています。
 マンクーゾの結果は、このような許容量よりはるかに低線量の領域で、放射線がガンを誘発することを示唆しています。このことをわかりやすく理解するには、倍加線量という概念を用いると便利です。倍加線量とは、ガンの自然発生率を、倍にしてしまうだけの効果を持つ放射線量のことです。
 マンクーゾたちが、その解析の結果にもとづいて、推定したガンの倍加線量の値を表3-2に示してあります。

表3-2 倍加線量の推定値
-----------------------------------------
性別  ガンの種類        倍加線量
-----------------------------------------
男  骨髄性(白血病を含む)    3.6ラド
    肺                 13.7
   すい臓・胃・大腸         15.6
   高感受性ガンの全体      13.9
   全てのガン            33.7
------------------------------------------
女  全てのガン             8.7
------------------------------------------

 白血病など、骨髄性のガンをはじめ、マンクーゾたちの推定は、「許容量」に比べて、倍加線量の値が非常に小さいことを示しています。すべてのガンを総合しても、倍加線量の値は約34ラドと推定されています。わが国の統計をみると、すべてのガン(悪性新生物)を総合した場合、その自然発生率は、人口10万人に対しておよそ120人程度です。倍加線量が34ラドということの意味は、ある人口集団が、たとえば「許容量」の5レムずつ毎年放射線被爆を受けると、七年後には、ガンの発生率が人口10万人に対して240人ほどになるということです。
 これまで人体に対する放射線の効果を直接的に推定する根拠としては、広島や長崎における原爆被爆の経験が用いられて来ました。そこから、倍加線量としては、100ラドないしそれ以上という値が想定され、この値は現在の「許容量」の設定にも大きな影響を与えています。マンクーゾたちの結果は、今後、このような推定が大幅に書き換えられなければならないことを示唆しているわけです。



 この本の引用に続いて、私は単位の変換について、こう書いた。
---------------------------------------------------------------------
ガンマ線とベータ線に関しては、ラド≒レム、と本書でも説明されていた。
以前に書いたように、1シーベルトは100レムなので、文中にある34ラドは、
34ラド≒34レム=0.34シーベルト=340ミリシーベルト、となる。
---------------------------------------------------------------------
 
 今回問題としている子供達の年間放射線許容量20ミリシーベルト、というのは、340÷20=17なので、17年で「倍加線量」を越える計算になる。例えば、今10歳の子供に、「27歳になったら、他の地域の人よりガンになる確率は倍になるけど、いいですね!」と国は言っていることになる。もちろん、340ミリシーベルトを越えてもガンにならない人もいるし、もっと少ない量で発症する人だっている。マンクーゾ報告が世界的に認められたということではないが、他にはない貴重な実証的調査であることは間違いがない。何度も繰り返すが、放射線許容量に関して責任ある基準などは、そもそも存在しない。

 では、この放射線許容量なるものは、何をもって決るのか?
 高木さんは本書で、次のように指摘している。

 「許容量」の設定は、それがどんなレベルのものであれ、放射線の危険性をどのレベルに抑えることが望ましいか、という政治的な判断にかかわっています。それが、専門家による「科学的」な判断として、大衆的なチェックを受けずにまかり通っていることに、大きな問題があります。「大衆が、科学にかかわった問題を判断するだけの素地がない」というのが、専門家による判断がまかり通る根拠になっているわけですが、そのこと自身、今日の科学のあり方が、大衆的な意思統一を前提としないことからくる歪みを表わしてもいます。


 今回の20ミリシーベルトも、間違いなく“政治的な判断”だが、その判断の基準なり検討の背景なり、基礎となる調査などに関する質問への昨日の対応が、あの通りである。ある意味では「嘘」でもいいから、もっと言いようがあろうというものだ。 係長クラスと言ったって、名門大学出の社会人なのだろうから。

 人の命にかかわる、あるいは国の将来を左右する重大問題について、分けのわからない若手を交渉の場に出席させてお茶を濁そうとする文科省や原子力安全委員会の役人達、そしてその背後にいる政府の連中には、我々の血税から払われた給与を返還してもらいたいものだ。あるいは、お前たちがフクシマへ行って高濃度汚染水を自ら排出して来い、と言ってやりたい。そうでもしないかぎり、20ミリシーベルトの怖さが、この連中には分からないかもしれない。 現在、フクシマの現場における緊急作業者の年間許容量は、従来の100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに、なんとも簡単に改悪されている。今度は未来の日本の復興を担うべき子供たちが対象だ。この国は芋づる式に、国民の命を安売りしようとしている。とても受け入れることはできない。
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by koubeinokogoto | 2011-04-22 08:55 | 原発はいらない | Comments(2)
御用学者や原発擁護派から、さまざまな情報操作がある中で、現場を自ら見て聞いてきた人の情報を継続して紹介したい。フォト・ジャーナリスト広河隆一著『チェルノブイリ報告』(岩波新書、1991年4月発行)の「第四章 死に瀕する子供たち-チェルノブイリの冬-」から引用。広河さんが事故からほぼ5年後、1991年2月に現地を再訪した際のルポである。広河隆一著『チェルノブイリ報告』

悲劇の病室
 ミンスク第一病院の小児血液病センターの窓のところに、小さな雪だるまが置いてあった。所長のオルガ・アレニコワ医師は、相変わらず病室から病室への走り回っていた。私は自分の写真集を見せながら、半年前に撮影した子供たちがその後どうなっているか、彼女に訊いた。
 二人の子供が一枚に写っている写真がある。壁にはアメリカの小さな旗があり、それは援助が届いたときに子供が気に入って壁に貼ったものだ。右に男の子のヴァーニャ、左に女の子のアレサ。私の写真の中で、二人とも頭をくっつけるように点滴をうけている。
 ヴァーニャはまだ入院中だ。でもオルガ医師は、治療が功を奏しているから、きっと大丈夫だと言う。彼に会った。ずいぶん元気そうに見えるが、髪の毛がすべて抜け落ちている。それが気になるのか、人形の髪の毛をぐるぐる手に巻いて、いじめている。彼の母親タチアナ・アレシュナは「今はただ祈るしかありません」と言うが、声は明るい。
 しかし、もう一方の女の子アレサは死んだ。
 彼女は89年から入退院を繰り返していた。ミンスクから150キロほどはなれたスルスク地区の出身だという。「とってもきれいな子でした。そして明るい子でした」とタチアナは言う。90年、アレサは小学校に入学した、しかし学校には二週間通っただけだった。彼女は重体で病院に運びこまれた。劇症急性白血病だった。
 (中 略)
「病院内の子供たちの症状はずいぶん良くなりました。西側の国からたくさんの援助が来たからです。スイス、西ドイツ、日本、オーストリア、それにアメリカから少しです。
 ここの医療の質が向上している事は確かです。私たちはドイツの新しい治療方法を学び、六ヵ月間にわたって経験を蓄積しました。死亡者はいますが、決して多くではありません。一月には一人も子供が死にませんでした。これはこのセンターでは初めての出来事です。しかし、二月に入って、一人死んだのです」
 昨年の七月以来の死亡者数を尋ねた。私がここに来た後どのような状況だったのだろう。
 オルガは90人死んだと言った。その内、子供は34人。それをみると、今年に入ってから死亡ケースが一例というのは大変な変化だ。
 死んだ34人の子供の内、汚染地域に住んでいた子供の数はどのくらいか尋ねたが、オルガはそれは分からないと言った。彼女たちは発病した人々を治療するが、その原因が何かを調べはしない。それに90年10月に汚染地図が発行されたが、それはそれまで発表されていた汚染地図よりももっと広範囲が汚染されていることを示していたし、さらに現在では、今まで知られていなかったり隠されていた汚染地域が見つかっているはずだ。「病気になった子供が汚染地域出身ではないと言ってみても、明日にはその地域が汚染地区になってしまうかも分からないのです」とオルガは言う。
 しかし、病例は確実に増えている。ミンスク市で、今年はすでに36の白血病の新しい症例が増えた。89年には8例、90年には20例だった。
 (中 略)
 病室を回った。ヴァーニャの母親タチアナ・アレシュナと同じ部屋に、セルゲイの母親ナターリア・ヴョストロクリオヴァがいた。
 セルゲイは八歳だ。ミンスク出身で、病気になって三年経つ。症状は急性白血病。初めの頃、医者たちはこの子の病気とチェルノブイリ事故との関係をけっして認めようとしなかったという。しかし、今ではすべての医者がチェルノブイリのせいだと認めるようになっている。彼女はセルゲイの病気は、汚染された食べ物と関係があると思っている。「私は神が助けてくれると信じていますが、五月には治療が終了することになっています」とナターリアは言う。



 アメリカの“当局”は、決してスリーマイル事故による汚染地域でのガン発生と事故との因果関係を認めようとしない。もっと遡って、ネバダの原爆実験と、実験の後に近郊で映画の撮影をしていたジョン・ウェイン他の俳優や撮影関係者の数十年後のガン発病について、実験との因果関係を認めるはずがない。
 ソ連当局は、それ以前にデータの隠匿に一所懸命であって、もちろん汚染地域の食べ物と子供たちの白血病との関係など、知らない素振りをするだけである。
 
 そういった捏造され隠された偽りの歴史を利用して、フクシマの被害について情報操作し続ける御用学者など原発ムラの住人達には、決してだまされないよう気をつけたい。あまりにひどい場合は、名指しして糾弾するつもりだ。
 
 最近、私にとっての明るいニュースは、入手しにくかった有益な本の重版の知らせである。岩波新書では田中三彦さんの『原発はなぜ危険か』に続いて、今回紹介した広河隆一さんのこの本も6月に重版予定らしい。堀江邦夫著『原発ジプシー』も現代書館から5月に新装版が発行予定。さあ、次は高木仁三郎さんの著作を、神保町で探し回らなくてもいいようにお願いしたいものだ。
 電力会社の援助を背景に、デタラメを言う御用学者の嘘など、こういった本をしっかり読めば十分に見破ることができるはずだ。一般書店も、ようやく関連本コーナーを設置する店が増えてきた。
 
 原子力ムラの連中は、その利害関係でのみつながっているだろうから、我々国民は、未来を担う日本の子供達への責任感と、真実を知るための粘り強い好奇心で結束を固めたいものだ。
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by koubeinokogoto | 2011-04-21 11:37 | 原発はいらない | Comments(0)
チェルノブイリ原発事故から4月26日で25年になるので、いろんな人がいろんなこと言うだろう。すでに、原発擁護派から発信される情報の危うさについては一度書いたが、その続きとして書きたい。
 もっとも危ない情報は、事故後に行われたIAEA国際検討会議で披露されたソ連の捏造された調査報告に基づき「チェルノブイリは現場作業員の人災事故」だった、という論調。次に危ないのは、事故後25年たっても人体への被害は少ない、という虚偽情報だろう。

 フォト・ジャーナリストの広河隆一さんは、中東紛争地域での取材でも有名だが、スリーマイルやチェルノブイリでも地道な取材をされ写真集をもちろんだが数多くの貴重な著作を発表されている。その中の『チェルノブイリ報告』(岩波新書、1991年発行)から、ソ連の事故隠蔽の実態を紹介したい。
 

 90年7月にミンスクのガン・センターを訪れたとき、エフゲニー・カルトケービッチ所長は次のようなことを明らかにした。
「同じ敷地内に放射線医療研究所があり、人体や食物や土壌に蓄積された放射能を調べています。そこでは事故後4年にわたってデータを集めていました。しかし、これらのデータが全部入った二台のコンピューターが盗まれてしまいました。フロッピーディスクもハードディスクも一緒に。三週間前の話です」
 驚いてそこに行ったが、工事中であり、この問題にはかん口令がしかれているとみえ、何人かいた職員もとりつくしまがなかった。
 (中 略)
 やがて日本に戻ってから、三人の少年がこの件で逮捕されたと伝えられた。お金ほしさの窃盗だという。しかしフロッピーディスクは破壊されていて、修復は不可能と聞いた。私には、これが単なる泥棒の仕業とはとても信じられない。
 91年2月にキエフでソ連邦チェルノブイリ同盟のヴラジーミル・ショカシェド議長に会ったとき、彼が私に次のように言った。
「窃盗には二つの可能性が考えられるでしょう。一つは、単なる事故。私も悪口を言いたくはないので、そう考えたいのです。しかしこの国をよく知っているので、二番目の可能性の方に傾いてしまいます。彼らが犯罪の痕跡を隠そうとしたのだ、と。政府がデータを五年間にわたって隠し続けていたということは、大量虐殺と同じ意味を持っています。三つ目の可能性は、誰かが自分の利益にするために盗んだ、ということです。このような事が起きるのは、ひとえに精神の貧困のせいなのです」
 真相はどうなのだろうか。それよりも、このフロッピーにはいったいどのような情報が入っていたのだろうか。
 私はミンスクの医学研究所の総合問題局の副局長スヴェテリック・ヴィクター・パブロビッチに話を聞いた。
 二つのコンピューターが盗まれたのは、90年6月28日から29日にかけての夜のことだという。一ヵ月経たない内に、二つのコンピューターは発見された。フロッピーの約二万におよぶ居住地に関するデータは回復した。人名が入力されているほうのデータは、少しだけしか回復しなかった。コンピューターを「面白半分に」盗んだ三人は逮捕され、今でも獄中にいるという。彼らはそれを売り飛ばすことしか頭になかったのだと、スヴェテリックは言う。半年の内に裁判が開かれるが、それまでは犯人がミンスクに住む少年たちで、彼らの興味はコンピューター本体にあり、その中のデータではなかったということしか話せない、と彼は言った。
 彼にデータの中身をしつこく訊いた。調査を始めたのは88年で、モギリョフ、ゴメリ、ブレスクなど各市町村の、汚染濃度、人々の状態、体内の放射線量、総被爆量など、何十万人分もの調査結果がフロッピーに入っていた、と彼は言った。
 データは調査簿を元にしており、その記録から、データを復活しつつあるのだという。復活作業を見せて欲しいと言ったが、どうしても駄目と言われた。
 彼は体内セシウムを測る部屋に、私を案内した。検査官の女性は「一ヶ月に1500人以上がこの機器で検査を受けます。ホイニキから来た男性が1.4マイクロキュリーを記録しました。許容量は0.1マイクロキュリーです。また、ナノブリャから来た男性は1.41でした」と言った。
 もう一度チェルノブイリ同盟のショカシェドに話を訊く。
「犯罪を犯した人は、証拠を消したがるものです。チェルノブイリに関する資料を秘密にしておくために、たくさんの文書が発行されました。そのような秘密文書の中には、厚生省第三局の局長、シェルジェンカ自身の手でサインされたものもありました。その内容は、子供や労働者の被爆量、土地の汚染度など、事故に関するデータを秘密にする、という内容でした。このことが明らかになった現在でも、この男はのうのうと地位を保っています。厚生省第三局は原発や核工場のある土地での人々の健康管理をする機関です。しかしウクライナ厚生省は、原発職員や原発のある都市の住民の健康状態について現在何も知っていません。
 原子力エネルギー省も独自の検査を行っています。彼らはチェルノブイリ事故は深刻なものではなく、影響は残らないだろうなどと述べています。安全であろうと危険であろうと、彼らには原発を増やすことしか頭にないのです」


 こんな状況なのである。事故被害を調べようにも、グラスノスチ以降だって、あの国の基本的体質は変わらないと思われる。肝腎な情報、あるいはあの国に不利なデータは出てこないのだ。

 あらためて4月8日のAsahi.Comの記事から一部引用する。記事の見出しは、
汚染、「飛び地」状も セシウムの健康被害は未確認 チェルノブイリ事故 である。
Asahi.Comの該当記事

1986年に起きたチェルノブイリ原発事故では、原子炉の試験運転中に大きな水蒸気爆発が起きた。10日間にわたり、放射性物質の大量放出が続き、原発から数百キロと極めて広い範囲に拡散した。福島第一原発の事故は、運転を停止した後に起きており、放射性物質が多く飛散したのは、避難地域を中心に限定的だ。


 今の時点でフクシマの被害を「限定的」と言ってしまうことからして、この記事の虚偽性を物語る。そして問題は、次の部分。

 汚染地域に住み続けた人が86~2005年に受けた放射線量の積算値の平均は10~20ミリシーベルト。強制移住地域に住み続けた人の積算値は、50ミリシーベルトを超えたという。しかし、国際機関と共同でチェルノブイリでの健康調査を実施してきた山下俊一・長崎大教授(被曝〈ひばく〉医療)によると、セシウム137の影響を受けた健康被害は確認されていないという。

 山下さんは「現地の人は汚染されたキノコや野菜を食べ続け、体内にセシウム137を500~5万ベクレルぐらい持っている。しかし、何ら疾患が増えたという事実は確認されていない」と話している。


 この記事にある「国際機関」の正式名称を明らかにしないこと自体が、非常に胡散臭い。
 あえて、朱書きで繰り返すが、  「何ら疾患が増えたという事実は確認されていない 」のは、情報が隠蔽されているために確認しようがない、からなのだ。
 私は先日のブログで、「未確認」→「被害なし」ではない、と書いた。そして、事実の隠蔽がありうるとも書いた。今回紹介した広河隆一さんの著書を読めば、決してあてずっぽうで書いたのではないことが、お分かりかと思う。この山下とかいう医者、そして、この朝日の記事のような論調は、今後間違いなく増えるだろう。

 せっかく調査されていた記録は、なぜか泥棒に盗まれ、本来国の健康管理の責任ある立場の役人が、情報の隠匿を指示する国なのである。チェルノブイリ回顧の中で、間違いなく原発推進派から情報操作があることを、肝に銘じるべきだろう。

 広河隆一さんは、今も行動している。「DAYSから視る日々」というサイトで、今日も重要な発信をされている。
DAYSから視る日々

4月21日(木)文科省が基準を発表する可能性あります
◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
4月21日(木)
子どもに20ミリシーベルト!?
放射線被ばく基準に関する対政府交渉

緊急に、文科省に抗議の声を! 
文科省は21日にも基準を発表する可能性があります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇

●福島の子ども達を救おう。 
 文部科学省は、福島県内の学校の被ばく基準について、
年20ミリシーベルトの被ばくを子ども達に適応しようとしています。
これは、原発管理区域の基準である3ヶ月1.3ミリシーベルトを大きく上回るものです。
放射線の影響を受けやすい子どもに、このような高い基準を適用しようとしているのです。
現在の一般人の基準は1ミリシーベルトです。



 隠蔽されたり捏造された誤った情報を鵜呑みにするのではなく、現地“チェルノブイリ”で数多くの子供達の不幸を目にし、被爆した住民に直接会って生の声を訊いてきたフォト・ジャーナリストの提言に、“フクシマ”の災害下にいる我々は深く耳を傾けなければならないと思う。
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by koubeinokogoto | 2011-04-20 21:12 | 原発はいらない | Comments(0)
二週間ほど前の週末、連れ合いと二人で我が家の犬二匹と散歩に行った。いつもの散歩コースで、見慣れない子供たちが四人、男の子が二人と女の子が二人、我が家の犬を見て、「可愛いい!」と寄って来た。抱いて遊んで、普通ならそれで、「またね、バイバイ」なのだが、「一緒に行っていいですか?」と尋ねられ、その熱意(?)に負けてご一行様で町内の散歩をひと周り。
 途中で連れ合いが子供たちの言葉に気づき会話をするうちに、実は福島から地震のために親戚を頼って避難して来た子供たちだった。アパートは我が家のすぐ近くということも分かった。近くの小学校に転校したらしい。
我が家の前まで着て、犬たちとの別れを惜しむようにして帰って行った。

 そして、つい最近のこと。連れ合いが犬の散歩をしていた時。近所の顔見知りの子がいつものように犬を可愛がってくれたので、「最近、福島から転校した子がいるでしょう?」と聞いたら、その反応が不自然だったらしい。ある意味で、学校の“タブー”になっているような印象を受けたようだ。近づかないように言われているような気がした、と連れ合いは言う。

 ここからは推測も含めて書く。もしかすると、福島から避難して子供たちの級友たちが、誤った知識をもった親によって「あの子たちに近づかないほうがいい。放射能が移る」と言われている可能性がある。そうだとすれば、これは新たな“フクシマ差別”が起こっているわけで、由々しきことだ。

 都内のホテルでも、「福島から来た」と言うと、宿泊させてくれない状況があるらしい。

 何が危険で、何が安全なのか、国も官庁も、今これから拡大するかもしれない新たな「差別」に対して、しっかり対処すべきである。

 ペットボトルの水や米やパン、そしてガソリンを買い占めていた大人達が、「あの子達には近づかないように」と我が子に言っている姿が目に浮かぶ。

 フクシマの危機はまだ続く。この災害への対策に加えて、これ以上“人災”が増えないようにしなければならない。この状況下で、新たな“差別”を増加させてはいけないと思う。
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by koubeinokogoto | 2011-04-19 22:10 | 原発はいらない | Comments(2)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛