幸兵衛の小言

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今朝、長野松本周辺で、震度5強と震度4の地震が立て続けに発生した。午後の2時前後にも松本では震度4、震度3の揺れが続いた。午前中の地震で国宝に指定されている松本城の天守閣の壁にひびが入ったとのこと。時事ドットコムの該当記事

長野で震度5強=前震観測、余震に注意−8人重軽傷、松本城にひびも
 30日午前8時16分ごろ、長野県を中心に関東から近畿の広い範囲で地震があり、同県松本市で震度5強の揺れを観測した。同8時21分ごろにも、同市で震度4を記録した。気象庁によると、震源地はいずれも長野県中部。1回目の地震は、震源の深さが約4キロ、地震の規模(マグニチュード)は5.4と推定される。
 気象庁の永井章地震津波監視課長は記者会見で、29日午後7時から今回の地震までに震度1~3の地震が計8回あり、前震活動と説明。揺れの強かった地域では、土砂災害や家屋倒壊の危険性が高まっている恐れがあり、今後1週間程度は震度5前後の余震に注意するよう呼び掛けた。
 県などによると、松本市では、小学2年の女子児童が落ちてきたブロック塀に当たり、右足の骨を折るなど計8人が重軽傷。ホテルの客室に宿泊客が一時閉じ込められ、消防に救助された。ブロック塀が崩れたり、屋根瓦が落ちたりする被害が出た。
 国宝「松本城」では、天守閣の壁など約10カ所に最大で長さ約1メートル、幅2ミリ程度のひびが入った。松本城管理事務所によると、通常通り一般公開しているという。
 長野県北部では、3月12日に震度6強の揺れを観測した。(2011/06/30-12:59)


 
 実は、この地震の発生地域はピンポイントで予測されていた。6月9日に地震調査委員会が、今後の地震予測で可能性が高い地域と発表した“牛伏寺(ごふくじ)断層”の近辺である。ある意味で、少し評価を下げていた地震調査委員会が、若干ながら面目を保つ予測の的中と言えるだろう。信濃毎日の6月11日の記事

牛伏寺断層、大震災影響で力の向きが変化 地震調査委、見方示す
06月11日(土)

 政府の地震調査委員会が9日、牛伏寺断層(松本市−塩尻市、長さ17キロ)の地震発生確率が高まった可能性があるとしたことについて、事務局の文部科学省地震・防災研究課は10日、取材に対し、3月11日の巨大地震による地殻変動の影響で断層にかかる力の向きが、断層がずれる南北の方向へ傾いたとの見方を示した。

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 牛伏寺断層は、北西−南東方向に延び、断層面が水平方向にずれる「横ずれ断層」。同課によると、通常は陸側のプレート(岩板)の下に潜り込む太平洋プレートに押され、地殻変動の向きは西向きだが、巨大地震による陸側プレートの跳ね返りで、東向きに変化。これにより、東側から西側へ断層を押さえ付ける力が弱まり、力の向きは断層がずれる北方向に傾いた。連動して、西側から押す力は南方向に傾いたとみられるとしている=イラスト。

 調査委が牛伏寺断層のほかに、地震発生確率が高まった可能性があるとした双葉断層(宮城、福島県)、立川断層帯(東京都、埼玉県)も南北方向の横ずれ断層という。

 調査委は2001年、牛伏寺断層を含む糸魚川−静岡構造線断層帯で、マグニチュード(M)8程度の地震が30年以内に起きる確率を14%、50年以内は20%、100年以内は40%と推定。同課によると、牛伏寺断層で地震が発生する間隔は平均約千年、最後の地震は約1200年前に起きている。

 同課の鈴木良典課長は「震災の影響に限らず、いつ地震が起きてもおかしくない状態」としている。



 松本での地震の約1時間前には千葉で震度3の地震が発生した。この連鎖から、私はどうしても下図のような日本の大きな断層とフォッサマグナの構図を思い浮かべてしまう。*図は「中央構造線」のWikipediaより。 
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「中央構造線」のWikipedia

 西は九州から四国、近畿を経由してから北上して信州に延び、東は太平洋に向かって東西に長く延びた赤い線、これが「中央構造線」で、日本の最大の断層である。青い線は、西側が「糸魚川-静岡構造線」、東側が「柏崎-千葉構造線」の断層。この東西の断層に囲まれた地域が、「フォッサマグナ」である。
 「フォッサマグナ」という言葉はよく知られているが、人によっては、「糸魚川-静岡構造線」そのものと勘違いしている場合がある。「フォッサマグナ・ミュージアム」がある糸魚川市のホームページの中に、丁寧な図と解説があったので紹介したい。糸魚川市HPの該当ページ

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フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。

 図にように、古い時代の岩石(おもに中生代・古生代、「薄い茶色」)でできた 、ほぼ南北方向の溝の中に、新しい時代の岩石(新生代、「緑色」)がつまっています。
 この溝は、上空から見下ろしてわかるような、地形的な溝ではなく、山々をつくっている地層や岩石を知ってはじめてわかる「地質学的な溝」です。この「地質学的な溝」を、ナウマン博士は「フォッサマグナ」と呼びました。
 ナウマン博士は、フォッサマグナの西縁を糸魚川 −静岡構造線、東縁を直江津−平塚線と考えました。

 このようにフォッサマグナは 三次元の地質構造(二次元の広がりを呼ぶ場合もある;フォッサマグナ地域など)をさすものです。したがって、糸魚川−静岡構造線は、その西縁の境界面(断層面)ですから、「フォッサマグナ 」と「糸魚川−静岡構造線」は同じ意味ではないことに注意してほしいと思います。

 また、フォッサマグナのもう一つの地質学的な特徴は、フォッサマグナの真ん中に南北方向の火山列があることです。北から代表的な火山をあげると、新潟焼山・妙高山・黒姫山・飯綱山・八ヶ岳・富士山・箱根・天城山などです。
 フォッサマグナの地下には、フォッサマグナの部分が落ち込んだ時にできた南北方向の断層があって、それを通ってマグマが上昇し、南北方向の火山列ができたと考えられています。



 東西に延びる「中央構造線」が、南北方向に延びた断層「糸魚川-静岡構造線」と交わる場所での今日6月30日の地震。もし、この地震は海岸線から遠いから原発は安心、などと思っていたら大変な勘違いである。胎動する地球の息吹きの次の一息で、東海地震、東南海地震、南海地震のどれが起こってもまったく不思議のない状況にあると思うし、火山の大噴火だって起こりえる。「中央構造線」の西の端の周辺には、1991年に大噴火した雲仙普賢岳があり、2009年に噴火した桜島があって、記憶も新しい今年大噴火した新燃岳がある。阪神淡路大震災の震源地も、この「中央構造線」上にある。

 火山の噴火と地震を切り離して考えることの問題を、広瀬隆は昨年発行された『原子炉時限爆弾』(ダイヤモンド社)で指摘している。広瀬隆著『原子炉時限爆弾』
 

 九州南端の桜島の噴火は、東の地方と無関係だと思われるだろうが、1914年(大正3年)の桜島大正噴火では、鹿児島湾内に独立した桜島が、前頁の写真のようにすさまじい大噴火となって大隈半島とつながってしまい、その9年後に関東大震災が起こっている。このように地図に並べて、中央構造線とフォッサマグナと一緒に見てゆくと、これらが無関係に起こった出来事であるはずはない。というのは、江戸時代にこれとそっくり同じような記録が残っているからである。
【図18】を見ていただきたい。1700年代の江戸時代に、元禄大地震が起こると川崎から小田原までの宿場がほぼ全滅し、死者1万人を出した。続いて東海地震・南海地震で死者は数万人とも推定されるが、この大地震の恐怖がさめやらぬわずか49日後に富士山の宝永大噴火が始まって、火山灰のため昼間が闇夜となった。当時の駿河国(静岡県)では3メートルもの灰に埋もれた村々が壊滅し、風下になった東側では、火山灰が相模国から江戸、房総半島まで広がった。美しい日本の象徴である富士山が噴火するとは、現代人の誰も思っていないが、この宝永大噴火は、ほんの300年前の出来事なので、今いつ大噴火が起こっても不思議ではない。

---【図18】江戸時代に続発した大地震と大噴火の記録------------
 江戸時代に現在とそっくりの記録がある

1703年12月31日(元禄16年) 元禄大地震 M8.1 
                    川崎から小田原までの宿場がほぼ全滅
  ↓
1707年10月28日(宝永 4年) 東海地震・南海地震 M8.4 
                    死者は数万とも・・・
  ↓
1707年12月16日(宝永 4年) 富士山宝永大噴火 一帯が壊滅
  ↓
1779年11月 8日(安永 8年) 桜島大噴火
  ↓
1783年 5月 9日(天明 3年) 浅間山大噴火 → 天明の大飢饉
  ↓
1792年 5月21日(寛政 4年) 雲仙普賢岳大噴火 死者1万5000人
-----------------------------------------------------------



 江戸時代の、大地震-大噴火のサイクルの時と同様、日本が乗った地球の地盤は、これまでの長い眠りから醒めたように思える。「中央構造線」周辺のどこかで、いつ地震や噴火が起こっても不思議ではない状況なのだろう。
 
 地震列島日本において、安全対策が不十分な状況のまま原発を動かそうとしている人たちがいる。たとえば、玄海原発を再稼動させようとしている、政府、佐賀県、玄海町の責任者達は、国民、県民、そして原発立地地域の住民の安全など一切無視した“国賊”としか、私には思えない。
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by koubeinokogoto | 2011-06-30 18:30 | 原発はいらない | Comments(0)
海江田経産大臣が出向く前から、“出来レース”だったのだろう、佐賀県古川知事が、玄海原発再開にGoサインを出すようだ。47NEWSの該当記事

玄海原発再開に前向き 佐賀知事、経産相会談受け

 佐賀県の古川康知事は29日、海江田万里経済産業相との会談後、福島第1原発事故の影響で停止したままの九州電力玄海原発(同県玄海町)2、3号機について「安全性は確認できた」として、運転再開に前向きな姿勢を示した。県庁で記者団に語った。

 古川知事は、再開容認を最終判断する時期については明言を避け「安全性の確認、県議会の議論、立地町の意向を総合的に勘案する」と述べるにとどめた。

 7月1日に開かれる同県議会原子力安全対策等特別委員会の議論を踏まえ、近く判断を示す可能性もある。

2011/06/29 16:40 【共同通信】



 海江田の今回の一連の行動や、原発の「安全」に関する政府内本来の手続き、そして玄海原発の危険性などについて、中部大学の武田邦彦教授が、ご自身の情報発信サイト“takedanet.com”に書いているので引用する。武田邦彦教授のtakedanet.com
*実際の文章は行間がもっと広かったりするので、行間を詰めるなどのレイアウト修正をしています。

原発再開のための必須条件(1) 経産大臣の論理

福島原発事故が起こってから約3ヶ月後(2011年6月18日)、海江田経産大臣は次のような記者会見をしました。その要旨は、
「原子力発電所の深刻な原発事故に備えた電力会社などの安全対策は適切に実施されている」
「電力需給の安定は震災復興と経済再生のために不可欠だ」
「原発の再起動をぜひお願いしたい」
の3つです。

福島第一原発の事故の一つの原因が、
「原発は必要だから、安全だ」ということにあったのは、すでに指摘していますが、まだ経産大臣はこの奇妙な論理の中にあるようです。
・・・・・・・・・
日本の原子力では、大きな国の方針があり、それを元に国民の同意を得て原発を動かしています.

それは、
1) 原子力を推進するのが原子力委員会(内閣府)、
2) 原子力を抑制(規制)するのが原子力安全委員会(内閣府)、
で、経産省が監督している原発もこのシステムの中で動きます.

つまり、原子力委員会も原子力安全委員会も内閣府にあり、首相の指揮を受けますが、だからといって首相の命令で決まるものではありません。
先に原子力安全委員会が安全であることを宣言しないと、首相は勝手に「安全」ということは出来ないのです。この世はすでに法治国家、民主主義であり、首相は殿様ではないからです。
・・・・・・

たとえば、九州の玄海原発の再開問題で、
1) 海江田経産省が再会を要請する、
2) 経産省が地元住民7名を選出して説明会を行う、

という手順で行われていますが、こんな奇妙なことを誰が考えたのでしょうか。
ナチス時代の世論操作に似ているので、官僚だけではなく、世論操作の専門家が関与していると考えられます.
もともと、玄海原発は耐震性があまり高くなく、津波は2メートルです。それに福島原発の電源問題、付帯設備問題、住民の救命ボートが無いこと、マスク、風向き、ヨウ素剤など基本的な防護システムが整っていないことなど、まったく再開できる状態には無いのです.

この状態で、福島原発の教訓を活かして玄海原発は安全であると原子力安全委員会が言うはずもありません。
それに玄海原発は原子炉の脆化が進んでいる可能性もあり、技術的な課題が多いのです.
・・・・・・

「曖昧な日本」と「巨大技術としての原発」は完全に相容れません。こんなことが事故後に行われるということは、本当に日本では原発が出来ないのではないかと思います.

これは技術問題では無いようです。
(平成23年6月27日 午後9時 執筆)武田邦彦



 今回、その組織の実態はさておいて、原子力委員会や原子力安全委員会がどういう公式な判断をし、首相がどう公式な記録に残る形で「安全」と判断したのか、私は知らない。海江田の行動を支持していることが、公式な「安全」宣言なのだろうか・・・・・・。フクシマ以降、この政府は、本来あるべき真っ当な手続きをほとんど度外視して行動しているように思う。

 いずれにしても、海江田の佐賀県訪問は、あくまでセレモニーで、古川知事は再開に前向きだったはずだ。それは、1958年(昭和33年)7月15日生まれ、もうじき53歳になるこの男の経歴や家族関係でも分かることだ。Wikipediaから紹介する。
古川康のwikipedia

来歴・人物
佐賀県唐津市出身。佐賀大学教育学部附属中学校、ラ・サール高校を経て東京大学法学部卒業後、当時の自治省に入省した。沖縄県、長野県、岡山県、長崎県などでの勤務を経て、2003年に行われた佐賀県知事選挙に無所属から立候補し当選。2007年の知事選でも再選を果たした。

2011年の統一地方選挙において予定される次の選挙にも、3選を目指し立候補することを早い段階で表明している。

政策
プルサーマル実施についての姿勢
佐賀県内にある玄海原子力発電所3号機でのプルサーマル実施に関して、九州電力から打診に対して賛成の意向を示し、2006年2月8日に「計画の安全性は確保される」として受け入れることを表明、3月26日に事前了解した。2007年1月29日には県民投票条例の制定を求める請願が通ったが、県議会では否決された。それに際して古川本人は、議会制民主主義が機能し地方公共団体の存在の前提に関わるような事案ではないとの考えから県民投票は不要との見解を示した。ちなみに古川父親は九州電力の社員で玄海原子力発電所のPR館の館長であった。



 元官僚、父親が九州電力社員で、なんと玄海原発PR館の館長だったとなると、周囲の反対を押しきってでもプルサーマルだって進めるだろうし、運転再開にだって前向きなのも当然かもしれない。

 しかし、こんな堂々とした原子力村のメンバーに知事をさせている佐賀県民の皆さん、それでいいんですか、と言いたい。

 かつて、佐賀藩は肥前藩あるいは鍋島藩とも言われ、明治維新でも重きをなし「薩長土肥」と称された歴史がある。特に幕末の藩主鍋島閑叟(直正)は、近代化や武力強化、そして人材教育に熱心で、非常に先見性のある名君と言われた。佐賀藩は、幕府や他の藩の行動などには影響されず、佐賀藩独自の固有の文化や決まりが厳守され、日本の中で、もう一つの鎖国(二重鎖国)をしている藩だった。それだけ強いアイデンティティがあった藩である。それが、武士道の「葉隠」にも反映されている。

 近代化とは、決して政府の言うがままに原発を運転することではない。「葉隠」の精神は、根拠のない“安全”宣言に乗っかり、公と私の“私”を選ぶことでもない。

 佐賀の伝統とは相反する、とんでもな知事が県民を不幸の道連れにしようとしている。佐賀はこれでいいのか!
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by koubeinokogoto | 2011-06-29 18:23 | 原発はいらない | Comments(0)
昨日は、広瀬隆著『二酸化炭素温暖化説の崩壊』より、北の海から、なぜスケソウがとれなくなったかを紹介した。関連して、なぜ、この地に泊原発が建設されたのかを、鎌田慧著『原発列島を行く』(集英社新書、2001年11月初版発行)から紹介したい。
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鎌田慧著『原発列島を行く』

村の苦境が狙われた
 北海道の積丹半島の付け根に建設された泊原発が、立地決定の69年当時、「共和・泊原発」と呼ばれていたのは、隣接する共和町との境界線あたりが予定地とされていたからだ。
 このあたりが、建設候補地に選定されたのは、その二年前の67年。それを受けたかたちで、古宇郡泊村には「誘致期成会」が結成された。しかし、岩内郡と泊の両漁協は、真っ向から反対した。
 かつて海の色を変えたといわれたニシンブームは去っていたとはいえ、北上してきた対馬暖流を阻むかのように、突兀(とつこつ)として日本海に突きだした積丹半島は、スケトウダラの産卵場であり、ウニの宝庫でもあった。
 ほぼ一万人を数えていた泊村の人口が、一挙に半減したのは、64年4月、村内にあった茅沼炭鉱閉山の打撃によった。
 この炭鉱は、タラ獲りの「漁夫」によって発見されたもので、函館奉行所、官営炭鉱としての歴史を経て操業108年、戦争末期には、労働者の四分の三が朝鮮人労働者だった(『茅沼炭鉱史』)。
 炭鉱とニシン漁によって、内地からの労働者を多く抱え、泊村の商店街も繁栄していたのだが、「エネルギー転換」によって、炭鉱は歴史を閉じた。とはいっても、この村が、それまでのように、「石炭から石油へ」と段階を踏むのではなく、いきなり、「石炭から原発へ」と一足飛びになったのをみると、村の苦境が狙われていたのがよくわかる。



 ニシン、そして石炭は、歴史的に北海道の主要産業である。「ニシン御殿」や「黒いダイヤ」という言葉が、懐かしい。炭鉱には落盤事故などの危険はある。しかし、あえて言うのならば、石炭からは放射能が発生しない。
 海岸沿いの炭鉱閉鎖地域の苦境に付け込んだのが、まさに原子力村の常套手段だった。

 スイートコーン(トウモロコシ)畑で立ち話をした農民の話によれば、3号炉建設にともなって、8億円支払われたのだが、それ以外にも5億円が追加されている、という。カネが必要になると、電力会社に「迷惑料」が請求される。「風評被害」が担保だが、どこの原発地帯にも共通する、自立とはほど遠い、「打ち出の小槌」への依存である。
 泊村役場は、ややメルヘンチックな建物で、9億6000万円、屋内アイススケート場(8億円)、国民宿舎(15億円)、公共施設はすべて新築、電柱にはオレンジ色の街灯がともり、12歳以下の医療費は無料である。
 さらに、修学旅行の費用は半額補助、70歳以上の老人には年間70枚の温泉無料券、それ以下の年齢は50枚配布される。村内に家を建てれば、200万円の補助がある。いわば、「原発パラダイス」である。



 この「原発パラダイス」の結果、どうなったのか。広瀬隆さんの著作に登場した斉藤さんがここでも登場する。

温排水による海水上昇
「岩内原発問題研究会」の斉藤武一さん(四十八歳)は、岩内町立の保育所で、「保育士」として働いている。自治労の組合員で、本部が募集している「文学賞」に、反原発運動のルポルタージュを書き送ってこられていて、選考委員のひとりであるわたしはよく記憶していた。
 定年にちかい年輩のひととばっかり想像していたのだが、五十歳前、まだまだ職場になくてはならない人物である。原発促進の自治体にいて、少数者として抵抗するのには、勇気を必要とする。
 岩内町もまた、泊とおなじように、原発反対派がごく少数の地域である。岩内町にとっての原発は、一村をへだてた村にある存在だから、交付金はすくない。それでも、二基のドーム型の原発は、ちいさな入り江をはさんで、街なかから対岸にくっきりとみえていて、なにやら危なっかしい。その距離わずか五キロメートル。
「原発反対にたちあがるまで、十五年かかりました」
 と斉藤さんは率直である。78年から、彼は岩内港の防波堤で、夕方六時にバケツで採集した、海水の温度の変化を記録してきた。その結果、原発の運転開始前と試運転後の冬季間の水温が、1.6度上昇していることが判明した。
 いうまでもなく、温排水の影響だが、20年にわたって、うまずたゆまず、確実な手つきで原発の海で診断してきた沈着さが、最北の原発反対運動の静かな情熱をあらわしている。「報告書」には、原発から五キロメートル離れた地点での1.6度におよぶ水温上昇について、こう書かれている。
「スケソウが水深200メートルから水深300メートルに移動していることと関係あると思われる」
 不漁になった理由である。斉藤さんの祖父は、茅沼炭鉱から専用鉄道で、岩内港まで運ばれてきた石炭を、貨物船に積み込む「沖仲仕」だった。閉山のあおりを食って失職したのだが、その息子にあたる父親は、スケトウ景気に沸く魚市場のまっただなかで仲買人となった。町内でいちばん最初にテレビを買った、というから羽振りがよかった。
 石炭景気とスケトウ景気。それへの依存と栄華の記憶が、商業都市として拡大した岩内のひとたちの、原発への期待に反転した。



 昨日も書いたが、私は北海道の海に近い小さな町の出身である。小学生の時、知り合いの方のご親戚がある岩内の近くの漁村で夏休みを過ごしたことがある。海に入り、岩に密集したウニを見た時の感動を今でも覚えている。知り合いの方のご親戚が漁師だったので、岩からはがしたウニを持ち帰り、殻を割って指で掬って食べた時の、あの潮の香りがほどよい、そして甘い味。その後四十余年、あの味を上回るウニには巡り会っていない。たぶん、生涯ありえないだろう。

 原発は、我々にとって何にも替えがたい自然とその自然からの恵みを奪い取る。その場しのぎの「ハコ物」や「迷惑料」を手にしても、あの海は帰ってこない。
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by koubeinokogoto | 2011-06-28 20:53 | 原発はいらない | Comments(6)
広瀬隆著『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)から、再び引用したい。今回は「第二章 都市化と原発の膨大な廃熱」から。 広瀬隆著『二酸化炭素温暖化説の崩壊』

 身近な話をしよう。たらこの嫌いな人はいますか?鱈の子なので、たらこ、という。このたらこが食べられなくなったら深刻ではないか。そのまま白いご飯で食べてもおいしいし、お茶漬けでも、オニギリでも、辛子明太子でも、日本人は大好きだ。(中略)主産地の北海道では普通、スケソウと言っている。スケトウダラを朝鮮で明太(ミョンテ)と呼び、これを輸入して唐辛子漬けしたのが辛子明太子の始まりで、今は博多名産など、さまざまな味付けで大人気である。
 これから先は、北海道の岩内に住んでいるわが友・斉藤武一氏の話である。
「このスケソウ漁を北海道で最初に始めたのが、ウニなど魚介類の宝庫、積丹半島の西にある岩内町でした。日露戦争開戦の二年前、1902年(明治35年)に漁師が偶然スケソウの産卵場所を発見して、たらこに加工して、翌年から岩内町は繁栄をきわめてきました。ところがここに異変が起こってきた。かつて日本一のたらこで繁栄していた当時は、船が100隻もあった岩内町に、2009年の今は五隻しかない。スケソウはほとんど捕れない。世界的にも20年でスケソウは全滅して、たらこはダイヤモンドのような高価なものになると言われている。岩内のスケソウは、昔は水深150メートルぐらいを泳いでいたが、上の方の水温が高くなって、今は水深300メートル以下を泳いでいる。だから、もう捕れないんです」



 ここで誰もが感じる疑問を広瀬さんは斉藤さんに発する。

 斉藤さん、なぜ海水温度が上がったの?
「僕は1978年から今日まで30年以上、雨の日も吹雪の日も、岩内の海水温度を測り続けてきたのです。僕のいる岩内町の目の前に、1989年に泊原発が運転を開始して、それから海水温度がぐんぐん上がり始めたわけです」
 このような人を科学者と呼ぶのである。環境保護とは、都会の戯れ言ではないのだ。


 
 私は北海道の、それも海に近い田舎の出身である。子供の頃、スケソウ、ハタハタなどは一斗缶で売り買いされていた。“豊漁貧乏”という言葉もあった位で、海岸には捕れすぎた魚が散乱していた。それを拾った。

 全てが原発のせいとは言わない。しかし、核分裂によって発生したエネルギーの約三分の二が温廃熱として海に垂れ流されている。それが魚の生態系を変えないとは言えないだろう。
 お上は、スケソウやハタハタが捕れなくなったことと原発との因果関係を「科学的根拠がない」などと言って認めないだろうが、そんなことを言っているうちに、どんどん昔懐かしい日本人の味も自然も失われていく。そう言えばシシャモだって、今日居酒屋でシシャモと称して出されているモノと、かつて食べていたおいしいシシャモは、まったくの別物。

 問題は、可哀想に濡れ衣で温暖化の犯人にされている二酸化炭素ではない。毎日放射能と廃熱で人間と自然に犠牲を強いる原発のどこが“クリーン”なのか。なんとかしなくてはいけない。
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by koubeinokogoto | 2011-06-27 21:39 | 原発はいらない | Comments(2)
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広瀬隆著『二酸化炭素温暖化説の崩壊』

 こう暑くなると、勉強不足でステロタイプのマスコミが、「地球温暖化」だとか、「二酸化炭素が悪い」とか言い出すだろう。そうなると、またぞろ原子力村の連中が「原子力はクリーンエネルギー」という馬鹿げたことを言い始める口実を与えることになる。
 
 広瀬隆さんの論調には一部批判もある。たしかに、やや過激な主張もあることはあるが、その背景にはしっかりとした情報分析や、真相に迫る骨太のジャーナリズムの精神があると、私は思っている。昨年集英社新書から発行された本書も、漠然とテレビや新聞を見ている者の目を開かせてくれる。
 まず、「地球温暖化」論のルーツと問題性について、「第一章 二酸化炭素地球温暖化論が地球を破壊する」から引用。

 私たちが生きている大地の上には、空気がある。そして太陽の日の出と日没を海や地平線に見ることができる。地球の気候は、地球を包んでいるこの大地と大気と海だけでなく、遠い太陽が大きな影響をおよぼす複雑なメカニズムを持って変化している。しかも、物理的な変化と化学的な変化とが重なり合って、あらゆる分野の科学者の英知を集めても、いまだにその正体がつかめない。
 ところが驚いたことに、人間の出す二酸化炭素によって地球が温暖化している、という途方もない仮設が出てから、人類の大半がそれを科学の結論だと信じて議論をスタートし、エコ、エコと叫ぶ蛙の大合唱で、CO2狩りに熱中する時代の真っ只中にある。ちょっと待ちなさい。真正な科学を追究してきた人たちは、おそるべき魔女狩りの時代を迎えたと感じてきた。宗教裁判で審問されて火あぶりにかけられたジョルダノ・ブルーノや、ガリレオ・ガリレイさえ卒倒するほどだ。しかしこの宗教裁判の裁判官を気取ってきた国連のノーベル平和賞受賞者「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC-Intergovermental Panel on Climate Change)という組織については、アメリカ・ヨーロッパで山のような報道が続き、その正体がどれほどいかがわしいものであるか、仮面がはがれつつある。
 2008年5月25日~29日に日本地球惑星科学連合で「地球温暖化の真相」と題するシンポジウムが開催された。この学会は、地球に関する科学者共同体の47(現在48)学会が共催する日本国内最大の学会であった。ここで、地球科学者、物理学者、天文学者たちが、「CO2温暖化説」を批判して数々の実証データと理論を示し、大半の参加者が「CO2温暖化説を信じない」という議論を展開した。わが国の太陽研究の第一人者も、CO2温暖化を否定した。アンケートをとったところ、「IPCCが主張するように21世紀に一方的な温暖化が進む」という考え方の人は、一割しかいなかった。むしろ多くの学者は、寒冷化による被害が切迫しているのではないか、という危惧を抱いていた。新聞とテレビからそれを知らされない読者は、知るはずもないのだが。
 明けて2009年正月に、会員2000人を擁する日本のエネルギー・資源学会が新春eメール討論を開いた結果では、IPCC参加者(のちに紹介する国立環境研究所・江守正多)以外の4人は、やはりCO2による地球温暖化説を全員が否定したのだ。アラスカ大学・赤祖父俊一名誉教授、横浜国立大学・伊藤公紀教授、海洋研究開発機構・草野完也プログラムディレクター、東京工業大学・丸山茂徳教授、この4人の意見を要約すると、「CO2は増加しているし、地球の気温も上がってきたが、CO2のために気温が上がっているのではなく、地球本来の自然な変化である。今後もこのような気温上昇が続く可能性は低い」というものだった。彼らがCO2温暖化説はまったくの誤りで、自然な変化であると断定しているのに、なぜその言葉が、新聞とテレビで大きく報じられないのか。


 本当に、なぜ科学者のほとんどが「地球温暖化論」や「二酸化炭素温暖化説」を明確に否定しているのに、新聞やテレビは報道しないのか?
 広告主として重要な電力会社、そして原発を擁護する政府を含む原子力村の存在が陰にあるのは間違いない。ちなみに、ここで紹介かれている東京工業大学の丸山茂徳教授は数多く温暖化論の危険性を訴える啓蒙書を書いている。丸山茂徳著『地球温暖化論に騙されるな!』(講談社)

 IPCC報告書の問題としてよく取り上げられるものに、作為的に急激に地球の気温が上昇しているように見せる「ホッケー・スティック」グラフがあるが、彼らのデータの偽造は多くの科学者から指摘されてきた。そして、その捏造疑惑を裏づけることになったのだ、次の「クライメートゲート事件」であった。

クライメートゲート事件
 2009年11月24日の“ニューヨーク・タイムズ”に、IPCCの聖書となったアルバート・ゴアの著書『不都合な真実』を積み上げて、次々と暖炉にくべて暖をとる夫婦の姿が漫画に描かれた。アメリカの漫画家は、総じてCO2温暖化説の信奉者なので、何を意味しているのか初めは分からなかった。「アル・ゴアはいまだに人為的な地球温暖化は本当だと言い張っている」とテレビの女性キャスターが揶揄する漫画まで、次々に出るのは奇妙であった。また、鳩山由紀夫らしき日本兵が鉄砲を握って「私は第二次世界大戦で、まだ戦っている最後の日本兵だ」と言えば、「ちょっと忠告したいんだが、気候変動は嘘だよ。ここは寒いぜ」と諭す漫画も出た。日本の総理大臣が世界中で笑い物になってい図である。何が起こったのだろうか。
 2009年11月17日、イギリスのイーストアングリア大学にある気候研究ユニット(Climate Reserch Unit-CRU)のサーバーから、交信メール1073件と、文書3800点がアメリカの複数のブログサイトに流出し、世界中が驚愕する「気温データの捏造」という世紀のスキャンダルが発覚したのである。日本では無報道に近いが、年が明けた2010年2月には、100年ぶりという記録的な大雪に見舞われて震え上がるワシントンの議事堂前にエスキモーの雪の家が作られ、「アル・ゴアの新居」と書いた看板が立てられた。欧米のメディアは、「灼熱のペテンが破綻する」“ワシントン・タイムズ”、「気候変動を論ずる学者グループは、今やまったく支持されていない」“ウォールストリート・ジャーナル”、「気候の“同意”が崩壊」“ニューヨーク・ポスト”と、IPCCがおこなってきた悪質な気温データの捏造を次々に暴き出した。
 日本の科学誌「化学」2010年3月号と5月号で、東京大学の渡辺正教授が詳細にこの事件を解析しているので、図書館で読まれたい。事件の要点を記す。気温データの捏造を指令してきたこのCRUという機関は、単なるイギリスのグループではなく、気候変動の研究に従事する世界的な学者たちの司令塔であり、NASAのゴダード宇宙研究所と供に世界中のデータを集めて解析してきた。つまりCO2温暖化説を広めてきたIPCCの理論とデータが、巨大な科学的「嘘」によって作られていたことが明らかになったのだ。それで、かつてニクソン大統領が辞任に追いこまれたウォーターゲート事件と気候(クライメート)をもじって、「クライメートゲート(Climategate)」と呼ばれるようになった。このスキャンダル発覚で重要なことは、アメリカのメディアが自ら反省しているように、「氷河は実際に融けていない」、「気温の予測は外れて、しかもデータは証拠不十分なものばかり」。「ここ10年気温は上がっていない」、「コンピューター・モデルは自分の好きなように予測データを強調している」という山のような事実があったにもかかわらず、「メディアはこうした批判を長い間にわたって無視してきた。しかし今や、われわれは、これらの批判に追いついた」ということである。ところが、日本のメディアは、北海道新聞を除けば、はるか後方にあって、追いかける気配さえない。


 この事件についてはIPCC側からも反論が出ているし、陰謀説などもあり、やや泥仕合的な様相もある。問題は、ほんの一部のメディア以外、日本ではこの事件が報道されなかった、ということ。大相撲の八百長事件などでは一斉に反応するマスコミは、世界的なニュースについては沈黙することが多い。このあたりが、日本のマスコミの特徴でもあるし、限界とも言える。
 特にこの事件がなかろうが、「二酸化炭素」に異常な敵意(?)をもって「地球温暖化」の責任をなすりつけることの無理は、本書を読めばよく理解できる。
 例えば、次のような冷静な指摘である。

気温上昇と二酸化炭素増加とどちらが先か
 IPCCはCO2によって温暖化したと主張するが、実際に二酸化炭素が気温を上昇させてきたのか、それとも逆に、気温が上昇したから二酸化炭素が増えてきたのか。これも、しばしば議論されるテーマである。なぜなら、気温が上昇すると、海水も温められ、コップに注いだビールと同じように、海水中の二酸化炭素が大気中に放出されるからである。しかもこれは、太古から起こってきたことで、気温が上昇すれば、海だけでなく、陸上からもCO2が放出されることは、誰もが認める現象である。
 南極の氷のコアの分析結果では、気温上昇が800~1300年ほどCO2濃度上昇に先行しているのだ。地球の長い歴史において、氷期から温暖期への移行は、大気中のCO2濃度の増加と無関係であることが記録から明らかである。むしろ温暖期への移行期から400~1000年「後」にCO2濃度が上昇しているのだから、温度の上がった海からCO2が放出されたと説明するのが、最も自然な解釈であろう。【図47】が、CO2温暖化説の矛盾を最もよく示しているが、気候変動と大気中の炭酸ガス量のあいだには、相関関係が存在しない。炭酸ガスが急激に増加し始めた1946年頃から逆に、1940~75年頃まで気温が降下していることは、現在ではIPCC集団も認めている。このグラフを見て、一方的に増加する炭酸ガスと、北極圏の大幅に上下動する気温変化の矛盾を、IPCCはまったく説明できない。


 【図47】とは、赤祖父秀一著『正しく知る地球温暖化』(誠文堂新光社)から引用されている図である。赤祖父俊一著『正しく知る地球温暖化』(誠文堂新光社)
 本書は二つの章で構成されていて、第二章は「都市化と原発の厖大な廃熱」というタイトルになっており、IPCC報告書を盾に、化石燃料より「クリーン」であると主張する原発から出される廃熱と、熱帯夜など都市の“ヒートアイランド”こそ問題であると指摘する。

 丸山茂徳さんや赤祖父俊一さんの著書も、追って紹介したいと思う。とにかく重要なことは、短期的に温暖化しているのは事実としても、その原因は二酸化炭素のみにあるのではない、ということ。そして、温暖化にも寒冷化にも、地球と宇宙を取り巻くさまざまな要因が影響しているし、長期的に見ると地球は寒冷化に向かっているかもしれない。そういった冷静な複眼の思考を備えていれば、原子力村が背後にいるマスコミの誤った報道にも惑わされることはないだろう。原発のことを勉強していくと、必然的に「地球温暖化」のことも知る必要が出てきた。これまでの“平和ボケ”のツケが回ってきたが、今だからこそ好奇心が沸いてきてもいる。なかなか落語の本に手が回らないが、そちらも近いうちに「円朝」モノについて書く予定。元々落語のブログだからね。
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by koubeinokogoto | 2011-06-25 09:08 | 原発はいらない | Comments(4)
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筑摩書房サイトの本書紹介ページ

 何度か紹介している柳澤桂子さんの『いのちと放射能』(ちくま文庫)から、「節電」が話題になる今日の我々の生活に関して、非常に重要な“こころ”のあり方が提起されているので紹介したい。

それはこころの問題です

 環境汚染は放射能だけではないことを私たちはよく知っています。
 なぜ食べ物にいろいろな添加物をいれなければならないのでしょうか。
 なぜ作物に農薬をまき散らさなければならないのでしょうか。
 なぜ放射能を照射したジャガイモを食べなければならないのでしょうか。
 なぜクリスマスにみごとなイチゴを食べなければならないのでしょうか。
 食べ物の旬はどこへいってしまったのでしょうか。
 私たちは、なぜいながらにして、世界中のおいしいものを食べなければ
 ならないのでしょうか。
 なぜ「ぬかみそ」をモーターでかきまぜなければならないのでしょうか。
 消費電力の問題ではありません。こころの問題です。
 いまに、ペットを撫でる電気器具だとか子供のお尻をたたく電気器具が
 できるのかもしれません。
 勉強をはじめる前に鉛筆をきれいに削ることは、こころを静め、気持ちを
 引きしめて、勉強をするのだという心構えを導きだしてくれました。電気
 鉛筆削りによって、この厳かな儀式は失われてしまいました。
 おそらく私の知らないような不合理なことが、もっともっとおこなわれて
 いることでしょう。
 不合理の親だまが原子爆弾であることはいうまでもありません!
 一部の人がより大きな利益を上げるために、環境はどんどん汚染されて
 いきます。
 私たちは何の考えもなしに、一部の人たちの欲に踊らされて快楽に
 ふけっています。
 私たちはますます怠惰になります。
 環境の汚染よりも経済の安定のほうが大切なのでしょうか。
 私たちは浮かれ過ぎていないでしょうか。
 おごり過ぎてはいないでしょうか。
 快楽に大きな危険と犠牲がともなっていることに気づいているで
 しょうか。
 快楽をいくら追い求めてもそこに満足は得られないことに気づいて
 いるでしょうか。
 欲望は際限なくふくらむことに気づいているでしょうか。
 快楽も欲望も捨て去ったところに本当の満足があることを知っている
 でしょうか。


 
 柳澤さんのプロフィールを本書から紹介する。

柳澤桂子(やなぎさわ・けいこ)
1938年東京生まれ。60年お茶の水女子大学理学部を卒業し、アメリカに留学。分子生物学の勃興期に立ち会う。63年コロンビア大学大学院修了。慶應義塾大学医学部助手を経て、三菱化成生命科学研究所主任研究員として、ハツカネズミの先天性異常の研究を始める。30代より激しい痛みと全身のしびれを伴う原因不明の病に苦しみ、83年に同研究所を退職。病床で多数の科学エッセーを執筆。99年、クスリの新しい処方により奇跡的に回復をとげる。主な著書に『二重らせんの私』(ハヤカワ文庫)『生きて死ぬ智慧』(小学館)『遺伝子医療への警鐘』『癒されて生きる』(以上岩波現代文庫)ほか多数。



 以前も書いたが、昭和13(1938)年生まれは、高木仁三郎さん、そして古今亭志ん朝と一緒だ。ホームページがあり、自作の短歌なども掲載されているので、ぜひご覧のほどを。以前はブログも書かれていたようだが、現在は休止中とのこと。柳澤桂子さんのHP「いのちの窓」

 全体的な影響としては、企業と比べて一般家庭での節電は決して大きくはない。しかし、長期的な地球市民としてエネルギー問題を考える場合、柳澤さんの提言は、非常に重いものがある。また、そういう観点で我々は原発問題も含め将来を模索する時期にあると思う。

 江戸時代は大半が再生可能エネルギーであった。もちろん、現代市民が慣らされてきた生活と比べると、それは“不便”かもしれない。しかし、よく考える必要がある。原子力村は、右肩上りの使用電力量を盾に、原発を建設し、不十分な安全対策のまま運転し、そして事故や故障があっても次に生かされることなく今に至っている。「オール電化」は電気を使わせるため以外の何物でもない。そもそも強い火力が味の決め手となる中華料理でHIはありえないだろう。これは余談。

 まさに、「こころの問題」である。生活のあり方を問い直すのが、フクシマ後の日本国民の使命ではなかろうか。そういう長期的で広い視野で生活の質を考えることによって、短期的に自分達の利益のみを考える原子力村のごまかしに対抗できる、そんな気がする。
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by koubeinokogoto | 2011-06-22 20:56 | 原発はいらない | Comments(6)
菅や海江田、そして背後にいる原子力村ご一行が、点検中や休止中の原発運転再開を進めようとするのは、まさに歴史に何も学ぶことのできない亡国への道を進もうとする暴挙と言うしかない。まだ続くフクシマの危機の収束のメドも立たない状況で、この人達はいったい何を根拠に再開可能と判断しているのだろう。
 全国紙の中では、もしかすると唯一かもしれないが、5月16日に東電が発表した福島原発の地震による影響について、産経は次のような記事を掲載している。実はこの東電の発表については、5月16日の共同通信の配信に基づくニッカンスポーツの記事を、5月19日のブログで引用し該当記事にもリンクしていたのだが、すでにリンク先の記事が存在しない。2011年5月19日のブログ
 産経は大丈夫だと思うのだが、念のため5月25日のMSN.産経の記事全文引用しておく。MSN.産経の該当記事
*そう言えば、NHKオンラインの記事もなくなるのが早いなぁ。理由はともかくリンク先に何もなくなるのは困る。

冷却系破損の可能性 耐震設計見直しにも影響?
2011.5.25 20:02

 東京電力福島第1原発で、津波ではなく地震の揺れによって破損の可能性が浮上した緊急時の炉心冷却系の配管は、最も高レベルの耐震性が求められている重要機器の一つだ。東電はこれまで「津波到達まで主要機器に破断など異常はなく、地震の揺れによる損傷はない」との見解を示してきた。しかし、実際に地震で重要配管が傷んだとすれば、全国の原発の耐震設計の見直しにも影響する事態となりかねない。

 経済産業省原子力安全・保安院によると、3月11日の地震による同原発2、3、5号機の揺れは、事前に想定した最大の揺れの強さ(基準地震動)を最大3割超えていた。

揺れは0・2~0・3秒の比較的短い周期で強く、燃料集合体が揺れやすい周期とほぼ同じだった。炉心冷却系の配管損傷の疑いが浮上した3号機では、周期0・31秒で1460ガル(ガルは加速度の単位)という最大値を記録している。

 東電は、解析結果について「計測機器の故障も考えられる」としているが、同原発1号機では、地震発生当夜に原子炉建屋内で極めて高い放射線が計測され、揺れによる機器や配管の破損が疑われた。

 こうした経緯から、大阪大の宮崎慶次名誉教授(原子力工学)は「(配管の)損傷は地震によるものと推測できる。老朽化していた可能性もあるが、他原発の安全確保のためにも、本当に地震による損傷なのかを徹底的に検証する必要がある」と話す。

政府は「今回の事故の最大原因は津波」との前提に立ち、全国の原発に津波対策を指示している。この前提が崩れれば、全原発での地震対策や、国の原発耐震指針の見直しも避けられないことになる。中部電力浜岡原発(静岡県)に続いて運転中止となるケースが出ることも考えられる。

 国の原発耐震指針では、基準となる地震の揺れを原発ごとに想定、重要機器が損傷しないよう求めている。東日本大震災でも福島第1原発に関して、経産省や東電は「安全性に十分な余裕があるので、想定を上回っても問題ない」と強調してきた。

だが、京都大原子炉実験所の小出裕章助教(原子核工学)は「東電は計器の信頼性の問題を挙げるが、これまでも都合の悪いデータはそういった説明をしており、信用できない。実際に揺れによって損傷していれば、日本中の原発が当然問題となる。耐震指針の見直しが必要で、影響は計り知れない」としている。(原子力取材班)


 この歴史の事実は、いったいどう検証され、他の原発への(菅の常套句)“最大限”の安全確保につながったのだろうか。
 フクシマは、まず地震で大規模な破損が生じ、津波でも被害が拡大したのであって、津波だけで起こった事故ではあり得ない。考えてみれば分かることだ。原発には無数の配管がめぐらされている。そして、福島第一の原子炉は1号機が運転開始から40年という“爺さん原子炉”であることを筆頭に、老朽化した設備であって、基準値振動を三割も上回る揺れがあり、3号機(MOX燃料によるプルサーマル)には瞬間的に1460ガルという加速度がかかったのだ。あちこちのパイプや設備に破損などの支障をきたしたからこそ、汚染水漏れなどが起こっているわけだ。

 そもそも、“平時”でさえ、原発には事故が頻発しており、例えば4月に新装版が発行された『反原発、出前します-原発・事故・影響そして未来を考える- 高木仁三郎講義録』(反原発出前のお店編、高木仁三郎監修、七つ森書館)の「第2章 原発事故」に、初版発行当時の1992年から1993年にかけた原発事故と故障のリストがあるが、その中から福島原発にのみ関わるものを抜き出してみる。
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 新装版『反原発、出前します』
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1992年
1月14日 福島Ⅱ-1 送電系統の異常で手動停止
1月28日 福島Ⅰ-2 給水パイプタービンの軸の振動数増大で、原子炉手動停止
6月29日 福島Ⅰ-1 圧力容器内の蒸気の圧力異常上昇で、原子炉手動停止
7月13日 福島Ⅰ-6 1次系冷却水給水ポンプが自動停止(調整運転中)
7月20日 福島Ⅰ-6 1次系冷却水給水ポンプが自動停止し、原子炉手動停止
9月21日 福島Ⅱ-4 原子炉圧力容器内の燃料集合体と燃料支持金具に間に針金が付着
              (定検中に発見)
9月29日 福島Ⅰ-2 高圧覆水ポンプがすべて止まり、原子炉自動停止。原子炉水位が
             下がり続け、ECCSが作動
10月31日 福島Ⅱ-3 原子炉の水位が低下し、自動停止(給水ポンプの流量制御用IC回路
             の劣化が原因)
11月8日 福島Ⅰ-2 高圧注水系も起動試験中、高圧注水ポンプを作動させる蒸気ライン
             の入口弁が開かず、原子炉を手動停止
1993年 
2月5日 福島Ⅰ-4 3台ある復水器のうちの1台で、冷却水に海水が漏れていることが発見
             され、出力を45万kwに降下
2月19日 福島Ⅱ-1 再循環ポンプ1台の軸封部のシール機能が低下したため、原子炉を
             手動停止。20日に原子炉を停止させ、軸封部を交換
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 たった一年余りの期間での事故・故障である。本書から、高木さんが事故についてどう述べているか少し引用する。(上記を含む1992年1月から1993年2月までの事故と故障の表が「表Ⅱ-3」である。)

恣意的な事故の過小評価 
 私は、事故はなくならないと思います。日本の現状を見ても事故は多いし、なくならない。最近の事故を一覧にしてみました。(表Ⅱ-3「事故と故障」)。一つひとつは、それで人が死んだとか、大量の放射能が漏れたということではありませんが、いろいろ合わせると事故は年50回くらい、つまり一週間に一回くらい事故が起こっているのです。私の実感でも、毎週のように何らかの事故に付き合わされて、テレビに引っ張り出されています。私たちは本当にきわどいところにいると思います。
 こういう状況に対して政府は何をやるかといえば、事故はたいしたことないという言い方で、事故のランクづけを最近はじめました。(表Ⅱ-4「原子力発電所事故・故障等評価尺度」)。レベル0からレベル8までのランクづけを作ったわけです。基準の一つは放射能がどれだけ外へ漏れたかということ(基準-1)、もう一つは労働者がどれだけ被曝したかということです(基準-2)。しかし、放射能が外に漏れるのは最後の段階なわけで、漏れなくても意味が非常に大きい事故というのがあります。それを基準-3で評価する。この三通りの基準で、事故のランクづけをします。そうすると、たいていの事故は、レベル0かレベル1になるのです。
 そのような事故レベルの基準をどのように決めるかというと、基準-3は原子炉施設の状況から判断します。だれかが判断しなくてはならないのですが、コンピューターが判断するわけにはいかないので、判断しているは結局、政府が選んだ委員なのです。それはいつも通りの御用学者です。政府が委員に選んでくる人は本当に一握りの人で、原子力安全委員会の作業をやっている人、事故があるとその事故の調査委員になる人、それから事故の評価をやっている人、みんな同じ人たちです。学会の構造や政府官庁の構造からもきているのですが、本当に一握りの人たちによって、事故のランクづけも美浜の調査も行われていて、同じ人たちが同じことをやって「安全です」という答えを出している。しかし、中を覗いてみたらさっきのようにガンだらけなのが、今の日本原発の現状です。


 ここで言う「美浜」の事故とは、1991年2月に発生した蒸気発生器細管の、いわゆる“ギロチン破談”事故のことである。2号機の蒸気発生器の伝熱管1本が破断し、原子炉が自動停止、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した。この事故は日本の原子力発電所において初めてECCSが実際に作動した事故でもある。破談した蒸気発生器の細管の周囲の細管も、問題があるものは栓をして水の流入を防ぐ応急措置が施されているのだが、その内部が腐食してボロボロになった写真が本書に掲載されている。関電側は「ECCSは正しく作動した」と言うが、高木さんが発表データを分析し、本来求められる水量は注入されていないと指摘する。事故の原因のついて調査委員会は「揺れ止め金具の施工ミス」と結論づけたが、真因は加圧水型原子炉のボトルネックである「蒸気発生器」の構造的な問題だと指主張している。そういった事故の真相も、御用学者は背後の原子力村メンバーの都合に合わせて「問題ない」と報告する。嘘で固めて「安全」と言い張るのが原子力村のいつものやり方だ。

 まさに、今回の原発運転再開に根拠なきゴー・サインを出すのと同様の陰謀の歴史が続いている。原子力村は、あくまで彼らの利益のために運転再開を主張しているのであって、原発立地地域に住む人たちの安全など、一切考慮していない。再開を認可する当の立地自治体の長は、決して安全だとは思っていないのだが、地方交付税や電源三法による交付金がなければ、自治体の財政がマヒするので賛成せざるを得ないのだ。すでに書いたが、電力会社が“売人”で、地元自治体は金という麻薬(あるいは覚醒剤)のドランカー状態である。

 しかし、もうやめよう。フクシマの歴史を経ても、無謀に原発を運転させた場合、東海地震や南海地震、いや全国どこでも起こりえる地震や津波に見舞われ、他の原発でも大事故が発生する可能性は決して低くない。その場合、フクシマさえ収束していない状況で国は何ができるのだ。いや、何も出来やしない。

 人間の仮面をかぶった原子力村の住人たちの国賊的な行為は止めるしかない。彼らは歴史から何も学ぼうとしないが、少なくとも国民はフクシマに学ぼうとしているし、経済の論理より生命の論理が大事であることを知っている。原子力村の住人は、今、原発の近くに住む人々の心境を慮ることのできない、血も涙もない“丸太ん棒”としか言いようがない。

 そんなことを考えていたら、こんな記事が目につくじゃないか。時事ドットコムの該当記事

「100日間住んでみよ」=謝罪の東電次期社長らに不満−福島知事
 東京電力の清水正孝社長は21日、次期社長に内定した西沢俊夫常務を伴って福島県庁に佐藤雄平知事を訪ね、福島第1原発事故について改めて謝罪するとともに、引責辞任することを伝えた。佐藤知事は席上、「100日間くらい福島に住んでみるべきだ」と述べ、発生から100日がたっても事故が収束せず、県民生活の混乱が続いていることに強い不満を示した。
 清水社長は冒頭、「社会の皆さんに大変に大きな迷惑をお掛けした」と発言。知事はこれを遮るように「福島県民の皆さんに迷惑を掛けたというのが基本的な姿勢(のはず)だ」と厳しい口調でたしなめた。その上で、一日も早い事故の収束と、周辺住民や農漁業関係者らへの賠償金支払いに誠意を持って取り組むよう求めた。
 西沢常務が社長昇格内定後、佐藤知事と会談するのは初めて。約10分間の会談後、記者団の取材に応じた西沢常務は、事故によって避難を余儀なくされている被災者について「一日も早い帰宅ができるようにすることが当面の重要課題」と話すとともに、早期に避難所を訪問する考えを示した。(2011/06/21-19:16)



 福島県の佐藤知事、その通り!

 そうだ、彼らに住んでもらおう。原発が都会に立地できないのは「原子炉立地審査指針」という、法律でもない「指針」に基づいているからなのだが、各電力会社の本社の近くに原発を作れ、と言えば彼らはこの「指針」を盾にとるだろう。だったら、彼らが「安全」で「電力安定供給」の要という大事な原発や再処理施設の近くに、それぞれの本社は引越してもらおうじゃないか。
 
 東電は福島、と言いたいがフクシマからは一応避難し六ヶ所村にしてもらおう。米軍と自衛隊の航空ショーを見ながら、放射性廃棄物がトラックを連ねてやって来るのを楽しみに待ってもらおう。関電はもちろん若狭地区だろう。14基集まる原発銀座、若狭湾の夕陽はとても綺麗らしい。中部電力の社長室も浜岡原発の敷地内に作ってもらい、御前崎灯台を眺められるオーシャンビューの部屋から太平洋の絶景を見ていただこう。

 そうだよ。そんなに「安全」と言うならそこに住んで、大事な原発を守ればいい。どこも過疎で住宅地は余っているし、土地だって高くはない。もちろん、電気には困らないはずだ。近くなら送電のロスだってないし、温排水の熱で水を温め暖房やお風呂に利用することだってできる。もちろん引越しできるでしょ、安全なのだから。
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by koubeinokogoto | 2011-06-21 15:21 | 原発はいらない | Comments(0)
大阪の平松市長が、関電八木社長を訪問し、「脱原発」の要請をしたようだ。毎日JPの該当記事

平松・大阪市長:「脱原発」提案 関電と再生エネで連携
 大阪市の平松邦夫市長は20日、関西電力本店(同市北区)を訪れ、八木誠社長と会談した。市は関電への出資比率が9・37%の筆頭株主で、平松市長は次世代エネルギーへの転換を求め「脱原発」を提案。八木社長は会談後の会見で、提案に「真摯(しんし)に受け止めている。国民的議論を踏まえ適切に対応する」と答えたことを明らかにした。

 また、再生可能エネルギーの開発に向け中長期的な視野で連携することで一致し、平松市長は「一定の理解は得られた」としている。

 会談は非公開で30分余り。終了後、八木社長は、脱原発について「日本のエネルギー政策は安全を大前提にして、安定供給や経済性を踏まえ、しっかりした議論が必要。原子力は大切な電力と市長に申し上げた」と述べた。

 平松市長は「原発がなかったらどうなるのか、都市基盤がたちゆかなくなるなら市民に選択を迫らないといけない」と情報開示を求めたが、八木社長は「精査して出す努力をしたい」と語った。

 一方、大阪府の橋下徹知事も21日午後、関電の八木社長と会談する見通し。【林由紀子、横山三加子】

毎日新聞 2011年6月20日 東京夕刊


 関西電力の「節電15%」要請に対しては、橋下大阪知事も疑問を表明していた。明日、橋下、八木会談がある。“維新の会”と“民主党”との政争をこの際は棚に上げて、この二人には「政策」で協力して欲しい。それが、東京で繰り広げられている茶番へのアンチテーゼともなるはずだ。

 何度か書いているが、関電のみならず全ての電力会社は火力、水力などの発電設備全ての情報を公開し、休止中の原発以外の施設について、その休止理由、運転再開の条件や時期を明確に説明すべきである。燃料のコスト問題が最大の障害だと言うなら、単純に電気料金の値上げという脅しを繰り返すのではなく、さまざまな選択肢を検討すべきである。

 例えば、原発建設まで支払われてきた電源三法の交付金、合計で原発一基当たり数十億円が今後必要なくなるとすれば、その財源だって使えるはずだ。もちろん、その他にも原発にのみ傾斜してつぎ込まれた国の税金、電力会社の諸経費を火力などにシフトできないはずはない。

 そういったことを含めて、将来の日本という国の安全と国民の生活の安定を大前提にした、国のリーダーシップが求められている。そう考えると大阪から始めるのも一案であろう。橋下知事と平松市長が政策で手を結べば、何かが変わるかもしれない。

 永田町では毎日国民の血税を浪費する茶番が繰り返されている。一方、被災地の自治体では、例えば避難している被災者の同じ町内の人でも、役所機能のない避難所に住む人が住民票一つ手にするのに大変な手数と時間がかかっているのが実態だ。義捐金の住民への支給にしても被災地の自治体には苦労が多いだろうし、困っている人たちにせっかくの浄財がなかなか届かないのではなかろうか。

 霞ヶ関には公僕が何人いるのか。彼ら公務員が避難先の行政を手伝うことで、被災者の自治体や被災者の皆さんの役に立てるだろうし、それこそ税金の有効活用に違いない。官公庁の人々がその得意な行政能力で被災地を支援することは、ある意味、今行うべき当然の仕事だと思う。まさか、官庁の職員全員が火急の業務についているとは思えない。公僕とは、このような有事の時に、救いを求めている国民を支援することのために存在するのではないだろうか。

 誰かのおかげで安っぽくなった言葉“最大限”の仕事、ということはそういうことも含まれるはずだ。残念ながら国難と言える状況にあって、救国のための政治が、存在しない。

 そうだ、大阪から永田町に「渇」を入れようじゃないか。橋下知事と平松市長が、党派を超えて、国と国民のための長期ビジョンで結託し永田町の尻を叩いてもらおう。それこそが、本来の“維新”につながることではないだろうか。
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by koubeinokogoto | 2011-06-20 21:46 | 原発はいらない | Comments(2)
節電、およびいかに無駄なエネルギー使用を減らすかということと、休止中の原発の運転を再開する問題は、まったく別のテーマである。
 関電の原発運転再開の動きに関しては市民団体から、より具体的な質問書や要望書が関電八木社長や福井県知事に提出されている。「美浜の会」(美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会)と「Green Action」は、ほぼ同じ内容を「美浜の会」から関電八木社長宛てに、「Green Action」からは福井県の西川知事宛てに送られている。「美浜の会」のサイトからダウンロードしたPDFの一部を紹介したい。ちなみに「美浜の会」は6月14日に関電にFaxで送付し、6月30日まで文書での回答を求めている。
美浜の会
Green Actionのサイトの該当ページ
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関西電力の原子力発電所の
「緊急安全対策」及び地震・津波の想定に関する質問・要望書
全ての原発の運転を停止してください


関西電力(株)社長 八木 誠 様

 福島第一原発では、炉心溶融や使用済燃料プールの冷却喪失によって重大事故が起こりました。大量の放射能放出による被ばくと汚染は深刻を極め、生活の基盤は根こそぎ奪われ、将来にわたって生活と健康が脅かされています。関西に住む私たちは、若狭の原発で同様の事故が起こることを深く憂慮せざるを得ません。とりわけ、生命の水瓶である琵琶湖が放射能汚染されることを強くおそれています。
 貴社は、3月30日付の「経済産業大臣からの福島第一・第二原発事故を踏まえた緊急安全対策の実施指示」を受けて、「緊急安全対策に係る実施状況の報告」を4月14日に提出し、4月27日にはその改訂版を提出しました。
 この緊急安全対策によって貴社の原発では炉心溶融が起こることはないと、はたして言えるのでしょうか。この点に私たちは強い疑問を抱いています。
 そのため、貴社の緊急安全対策に関して以下の質問を行うとともに、まずは原発を停止するよう要望します。これに対する回答を6月30日までに文書で寄せてください。同時に、私たちが準備する公の場に出席して、回答内容を説明するとともに市民との討論を行ってください。

質 問 事 項

1.緊急安全対策で想定されている全電源喪失の安全設計審査指針上の位置づけについて
 3月30日付国の緊急安全対策指示は、全電源喪失を前提にしています。これについて原子力安全委員会の班目委員長は、「安全設計審査指針は『長期間にわたる全電源喪失を考慮する必要はない』と規定しており、『明らかに間違い』と述べた」と報道されています(5月20日付毎日新聞)。確かに、安全設計審査指針の指針27「電源喪失に対する設計上の考慮」では「原子炉施設は、短時間の全交流動力電源喪失に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、停止後の冷却を確保できる設計であること」と規定しています。
(1)原発は安全設計審査指針に基づいて設計・建設されています。結局、貴社の原発はすべて、全電源喪失は設計上基本的にあり得ないとの仮定に立って建設されているということですか。

2.天正大地震に伴う津波の評価について
 山のような津波によって人々や家屋が流され、若狭湾に甚大な被害をもたらした1586年の天正大地震が大きな衝撃を人々に与えています。これに対して貴社の津波想定は、せいぜい3m以下となっています。
(1)貴社は天正地震のことを1981年に知っていたとのことですが、それにもかかわらず低い津波想定にしたのはなぜですか。

(2)貴社はこの地震についてこれから調査するかどうか検討するとのことですが(5月27日プレスリリース)、まずは、天正地震のような高い津波がくれば全電源喪失は免れないと率直に認めるべきではありませんか。もし認めないのなら、それは何故ですか。理由を示してください。

3.地震の評価について
 貴社の地震のマグニチュード想定は、美浜原発でM7.7、大飯・高浜原発でM7.4であり、今回の東日本大震災の地震規模のせいぜい90分の1程度となっています。活断層評価でも和布−干飯崎沖断層と関ヶ原断層を切り離しています。
(1)地震の専門家である石橋克彦氏が強調されているように、今回と同規模の地震が若狭でも起こることを率直に認めるべきではありませんか。もし認めないのなら、その根拠を示してください。

4.タービン動補助給水ポンプに全面依存する危険について
 3月30日付の国の指示が示したチャート「PWRにおける津波発生時の事象と対応策」では、炉心冷却は「タービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器2次側への給水冷却」に全面依存しており、貴社の対策もそれに従っています。
(1)タービン動補助給水ポンプは原発の各号機にそれぞれ何台ありますか。
(2)貴社の原発では、このポンプはディーゼル発電機と同じ階にあるか、より下の階にあります。ディーゼル発電機が機能喪失するという想定なのに、なぜ、このポンプは健全だと言えるのですか。
(3)このポンプはこれまでしばしば故障を起こしています(2000年代だけで6件)。それなのに、地震と津波に襲われた条件のもとで、けっして故障しないという保証はどこにあるのですか。具体的に示してください。
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 この後にも質問事項がいくつかあり、次の「要望事項」が続く。
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要 望 事 項

1.すべての原発を直ちに停止してください。
 貴社の原発は、全電源喪失に備えた設計に本来的になっていません。全電源喪失が起こった場合の緊急安全対策は、タービン動補助給水ポンプに全面依存していますが、これが確実に働くという保証はありません。この給水ポンプが動かなければ、福島第一原発のように炉心溶融に至り、格納容器内で水素爆発が起こって壊滅的な放射能被害が生じることになります。
 すべての原発を直ちに停止するしか、住民の安全を確実に守る方法はありません。現在定期検査で停止中の原発はそのまま停止し、運転中の原発は直ちに停止してください。

2.調整運転を続ける大飯1号の運転を直ちに停止してください。
 大飯1号は、地震前日の3月10日に原子炉を起動し、ほぼ3ヶ月も100%出力で運転を続けています。国の最終検査を受けることもなく、また地震・津波に対する安全性が確認できないものを運転し続けることは許されません。大飯1号の運転を直ちに停止してください。

3.上記の質問事項について、公の場に出席して説明し討論に応じてください。


琵琶湖の水がみんなのいのち・さよなら原発ネットワーク(12団体)
NPO地球とともに/(株)よつ葉ホームデリバリー京滋/京都・水俣病を告発する会/グリーン・アクション/コープ自然派京都/コープ自然派奈良/脱原発へ!関電株主行動の会/脱原発わかやま/日本熊森協会滋賀県支部/毎月26日のランチタイムに関電前に集まる女たち/美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会/若狭の原発を案じる京都府民

連絡先
グリーン・アクション
   京都市左京区田中関田町22-75-103 TEL 075-701-7223 FAX 075-702-1952
美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)
   大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル3 階 TEL 06-6367-6580 FAX 06-6367-6581

賛同団体(51団体)
(滋賀県)あすのわ/上関の自然を愛する会・近畿/暮らしを考える会/原発を知る滋賀連絡会(京都府)あおぞら園メーメー会/アジェンダ・プロジェクト/安全農産供給センター/NPO 使い捨て時代を考える会/七番目の星/NPO法人ベジタリアンフェスティバル実行委員会/未来をつむぐ母の会(大阪府)泉の森/「いのち紡ぐ私たち」GAIAーJAPAN/大阪大学附属病院看護師労働組合/大阪ピースミュージックフェスティバル制作委員会/お産の会「月のつぼみ」/教育基本法再生フォーラム/くらしを見つめるひととき/原発いらん!大阪の会/ことばの家/500 円玉貯金の会/3月行動をよびかける女たち/自衛隊を国際災害救助隊にかえようプロジェクト/深呼吸の会/日本消費者連盟関西グル−プ/ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン/阪南中央病院労働組合/福島原発からの放射能放出をやめてほしいと願う阪大病院看護師の会/福島の子どもたちを放射能から守ろう・関西/平和の井戸端会議/フェアトレードカフェ「あひおひ」/みどり関西/森の小屋/リブ・イン・ピース☆9+25/「六ヶ所村ラプソディー」を上映する会in 阪南中央病院(兵庫県)Morning_dew Farm/SLOW Turtle/WALK IN BEAUTY project/安全食品連絡会/ウィズキッズ/原発の危険性を考える宝塚の会/さよならウラン連絡会/世界の原発おつかれさま会神戸/ブロックハウスお母さんの会(奈良県)DearChild/奈良脱原発ネットワーク/ミチミチズム(和歌山県)上岩出診寮所/原発がこわい女たちの会/つゆくさと大地の会/やめよら原発NO核熊野の会
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 関電は、この質問に対し答えなければならない。もし、市民団体への質問書に答える義務はない、とシラをきるなら、同じ質問を大阪市や大阪府は関電にぶつけて欲しい。それらの回答が納得できない限り、原発の運転再開は認めるべきではない。
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by koubeinokogoto | 2011-06-20 17:24 | 原発はいらない | Comments(0)
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高木仁三郎著『原子力神話からの解放』

 海江田経済産業相が、点検中の原発に「安全宣言」を出したのは、国民の安全など無視した無謀な行為である。あらためて高木仁三郎さんの『原子力安全神話からの解放-日本を滅ぼす九つの呪縛』(講談社+アルファ文庫、初版は2000年発行の光文社カッパ・ブックス)から、どれだけ日本の原発が「安全」ではないかを紹介したい。「第5章 『原子量は安全』という神話」から。

「多重防護システム」で放射能は閉じ込められるのか
 原子力の安全神話を形成してきた考え方、いまだに言われるその基礎をなす考え方というのはどういうことなのか、また、原子力の安全とはどのように確保されているのかを、ここであらためて見ておきましょう。
 まず、注意が必要なのですが、原子力の安全という場合に問題となるのは、原子力システム全体というよりは、今まで、原子力発電所の安全性にほとんど問題がしぼられてきていた、ということです。しかも、工学的設計上の安全という点に問題がしぼられてきました。一連の動燃の事故とかJCO事故を踏まえて今日の実態を見ると、原子力発電所の中だけに目を向ける、しかも工学的システムの成り立ちだけに目を向ける安全の議論の仕方というのは、いかにも視野が狭いということがわかっていますけれども、とりあえずこの問題を考えてみます。
 ふつうに考えると、たしかに原子力発電所に最大の放射能が集中するわけですから、それが安全上のポイントであることは間違いありません。ただ、その安全性というんほは、多重防護という考え方によって担保されるんだ、と言われてきました。多重防護というのは、深層防護とも言われ、もともとは英語の“Defense in depth”という軍事的な観念からきています。



 まず、この“Defense in depth”という考え方が、今回の海江田による「安全宣言」の背景にあるとは、到底思えないということを、ここではっきり言っておきたい。
 「多重防護」の危うさについて高木さんは次のように指摘する。

たった一つの要因で、防護システムが総崩れになることもある
 まず、第一の壁と言われる燃料ペレットだとか、第二の壁の被覆管などというのは、ちょっとしたことがあれば、かなり頻繁に壊れることがあって、大きな事故を考えたら、これらはほとんど何の役にも立ちません。
 いちばん肝心なのは第三の壁、原子炉容器(圧力容器)の健全性ですが、この原子炉容器が爆発し、これが吹っ飛ぶようなことがあれば、その外側にある第四の壁、格納容器もまずもたないでしょう。第五の壁、原子炉の建屋に至っては、放射能という観点からみれば、かなりスカスカにできていて、役に立たないというのが実状だと思います。比較的客観的に公正に言えば、原子炉容器と格納容器の二つは、それなりに放射能を閉じ込められる容器として、かなり強固に作られています。しかし、かつてチェルノブイリ事故のように、これが一気に吹っ飛ぶこともあるし、スリーマイル島事故でも、この健全性がかなりの程度に傷つけられました。
 スリーマイル島の原発事故では、たとえば圧力容器は底にひび割れまで起こしたけれども、かろうじて大破壊までは至りませんでした。きわめてきわどいところまでいったけれども、幸運にもそこで止まり、このおかげで大惨事にはならなかった事故だったという気がします。そうしたことからも、この五重の壁は考えられているほどに意味がない、つまり五重であることの意味はないように思います。



 この高木さんの指摘が、フクシマで証明されたばかりではないか。“平時”であっても、原発は安全ではない。そして3.11の大地震によるプレート移動の影響で、余震のみならず日本のあらゆる地域で大地震の恐れが残っているのが、まさに今の状況なのだ。

 今回の海江田の発言の背景には、とても“Defense in depth”の考え方があるとは思えない。夏の電力供給問題という目の前の短期的課題のために、電力会社の言い分を丸呑みしたか何らかの政治的な判断を元に、「安全」と宣言しているだけである。非常に“浅く”考えているとしか思えない。

 フクシマの後に、休止している原発の安全問題がこんなに早く確認できるはずがない。今回の大震災を踏まえ、少なくとも地震の揺れにおいて2000ガルを基準にするのなら、耐震構造だけで全ての原発は失格なはずだ。これ以上、日本の政治の無能さ、無謀さで国民が被害に遭遇するのはまっぴらである。
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by koubeinokogoto | 2011-06-19 20:06 | 原発はいらない | Comments(2)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛