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先日、震災のため中止になっていた「新原子力政策大綱策定会議」が、明日9月27日から再開されることを書いた。明日は通算で六回目の会合である、
 原子力資料情報室のサイトに、この会議に関するページがある。その中から少しだけ引用。原子力資料情報室の「新原子力政策大綱策定会議」のページ

原子力委員会は、2005年に策定された原子力政策大綱を、その後の現実の変化を踏まえて見直す必要があると判断し、26名からなる新委員会を発足させ、2010年12月21日に第1回の会合を開催。当室の伴英幸・共同代表も前回に引き続いて、委員の一人に就任しました。
このページに提出した意見書など、順次アップしていきます。



 委員になっている伴英幸共同代表は、同サイトに「奮闘記」なども掲載しているが、各会合に提出した「意見書」のPDFをダウンロードできる。前回五回目は、今年の3月8日、震災の直前での開催だった。その時の意見書の冒頭のみを引用する。奮闘記をご覧になったり、意見書のダウンロードは上記のURLからお願いしたい。

第5 回新大綱策定会議
意見書(5)
                            2011.3.8 於: 砂防会館
                              原子力資料情報室
                                     伴英幸
1. 原子力からの撤退の方向を示し、放射性廃棄物の発生量を減らすべき
1.1. 放射性廃棄物に対する基本的な考え方
 放射能は微量でも人体への影響があるとする「閾値なし直線仮説」の考えの上に、原子力のメリットとデメリットを天秤にかけて、諸規制体系が成り立っています。
 この考えに広く市民の理解と合意が得られていると言えませんが、それはともかく、放射性廃棄物の処分では、漏洩した放射能の影響を受けるのは未来の世代になります。この未来世代が原子力の恩恵を受けるとは考えられません。原子力の恩恵を受けない世代に現世代のデメリットを押しつける考えは許されません。すなわち、処分場からの環境への漏出は絶対にあってはならないのです。
 こう考えると、日本が原子力を始めるにあたって、放射性廃棄物をどう考えるかについて極めて楽観的で、突き詰めて考えなかった、何とかなるだろうとしたことを、まず第一に認めるべきです。その上で、反省の証として、少なくともこれ以上放射性廃棄物を作りださないことを基本にすべきです。
   ・
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 今ちょうど読んでいる最中の長谷川公一書『脱原子力社会へ-電力をグリーン化する』(岩波新書、9月21日第一刷発行)は、まさに求めていた本で、読了後にぜひ紹介したいが、その中で次の部分だけを先に引用したい。「第一章 なぜ原子力発電は止まらないのか」から。長谷川公一著『脱原子力社会へ』(岩波新書)

 道路整備五ヶ年計画に基本的に対応する位置にあるのが、長期エネルギー需給見通しと原子力開発利用長期計画(2005年から「原子力政策大綱」に名称変更)である。1965年に発足した、通産大臣の諮問機関、総合エネルギー調査会(01年1月以降、総合資源エネルギー調査会)が審議し答申する長期エネルギー需給見通しは、単なる需給見通しにとどまらない実質的なエネルギー政策である。3~4年に一回、ほぼ15~20年後を目標年度とする長期エネルギー需給見通しを発表し、それにもとづいて電源立地がすすめられてきた。国会審議を経ることなく、閣議決定により政策決定される点も、実質的な道路政策である道路整備五ヶ年計画の位置づけとよく似ている。


 このように、これから議論が再開される「政策大綱」は、非常に重要な意味がある。3月8日の第五回目直後のフクシマ以降最初の会合が明日開催され、一般傍聴も可能なようだ。あらためて会合の案内をご紹介する。原子力委員会の同会議の案内


              原子力委員会
        新大綱策定会議(第6回)の開催について
                               平成23年9月20日
                               内    閣    府
                               原子力政策担当室

  標記会合について、下記のとおり開催することといたしましたので、お知らせいたします。なお、本会合は公開により行います。

                  記
1.開催日時:平成23年9月27日(火)9:00~12:00

2.開催場所:全国都市会館 大ホール
          (住所:東京都千代田区平河町2−4−2)

3.議題:        

(1) 東京電力福島原子力発電所事故以降の原子力を取り巻く状況について

(2) その他


4.傍聴登録:
<一般傍聴を希望される方>
 事前の登録は不要ですので、会議開催時に現地にお越しください(受付開始は8時30分を予定しています)。ただし、会場の都合(座席数200席程度)上、一定の人数に達した際は、座席が確保できずに立ち見をお願いする場合や入場を制限させていただく場合がございますので、あらかじめ御了承ください。



 しがないサラリーマンが会社を休んで出かけるのは難しい。しかし、今後も原子力資料情報室のサイトにおいて伴さんの報告があると思う。この会合の成り行きをウォッチしていくことはできるだろうし、必要に応じて署名をしたり、ささやかなブログで紹介することもできそうだ。単なるオール・オア・ナッシングの議論ではなく、長期的な視野に立ち再生可能エネルギー利用の模索を含めた“再生日本”につながる議論を期待したいものだ。

 最後に、この会合の全委員の名を掲載しておく。
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 伴共同代表にとっては、なかなか戦い甲斐のある手ごわい顔ぶれが並んでいるのである。フクシマ後でも、野田“どじょう”政府と一緒に歴史の過ちを繰り返そうとする原子力村の村民の圧力に屈指ない、伴代表や他の常識ある委員達の頑張りを応援したい。
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野田“どじょう”首相は、予想通りに原子力村の村民であることを国連で世界に向けて再表明した。時事ドットコムの該当記事

野田首相、原発安全性「最高水準に」=再稼働念頭、国連会合で表明
【ニューヨーク時事】原子力安全に関する首脳級会合が22日午前(日本時間同日夜)、国連本部で開かれた。冒頭に演説した野田佳彦首相は、東京電力福島第1原発の事故について、年内の原子炉の「冷温停止」に全力を挙げていると表明。また、「日本は、原子力発電の安全性を世界最高水準に高める」と述べ、停止中の原発の再稼働や新興国への原発輸出を念頭に、安全対策に取り組む意向を強調した。
 首脳級会合は原子力の安全対策について各国で議論するため、潘基文国連事務総長が呼び掛け、国連総会に合わせて開かれた。首相は既に来夏に向けて原発再稼働の意向を示しており、国際社会の場で、日本が直ちに「脱原発」の方向に進むのではなく、原発の安全性を高めて利用していく考えを明確にした。
 首相は演説で、福島第1原発事故について「人類が原子力にどのように関わっていくべきかという深刻な問いをわれわれに投げ掛けている」と指摘。「事故の早期収束のため、国家の総力を挙げて取り組んできた」とし、原子炉の冷温停止も来年1月までとしていた予定を前倒ししたことなどを説明した。
 事故原因については「津波への備えに過信があった」と述べた上で、今後、原発安全性の総点検を進め、「事故の全てを迅速かつ正確に国際社会に開示する」と表明。「原子力安全庁」を創設するなどして安全規制の強化を図る考えも示した。(2011/09/22-22:06)


 原発の安全性について「最高水準」を目指す、と全世界に約束した以上、来年の再稼動の是非を握る「ストレステスト」は、3.11やフクシマを経た今日、“想定内”の地震や津波への対策を含む「最高水準」の厳格さであるべきだが、残念ながら、今のままでは、世界中に大嘘をつくことになる。

 原子力資料情報室(CNIC)は、現時点のストレステストの内容について、下記のような申し入れを政府に突きつけている。原子力資料情報室サイトの該当ページ

野田佳彦内閣総理大臣様
藤村修内閣官房長官様
枝野幸男経済産業大臣様
細野豪志原子力担当大臣様

2011.9.15
NPO法人原子力資料情報室共同代表
山口幸夫/西尾漠/伴英幸

安全を確保するためのストレステストに関する申し入れ

電力各社は原子力安全・保安院の指示に基づき順次「東京電力株式会社福島第一原子力発電所における事故を踏まえた既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合評価の実施」(以下、ストレステスト)を実施しています。政府はこれに基づいて定期検査終了後の原発の再稼働の可否を判断するとしています。
福島原発事故はいまだ収束しておらず、事故の影響は非常に長く続くと考えられます。他の原発の安全は十二分にも確認されなければなりません。しかしながら、今回、原子力安全・保安院が実施を求めているストレステストの中身を検討しますと、これではとても安全が確保できるものではないと考えざるを得ません。
その大きな理由は、地震動そのものが配管の破断を招いて冷却材喪失事故に至った高い可能性の視点(専門家の指摘 があります)、あるいは原発の老朽化による設備劣化の視点が抜け落ちているからです。加えて、内容の面からも問題があると私たちは考えています。
それは、①事故発生のシナリオの検討においても地震以外について決定論的手法が採用されているのに対して、日本では確率論的手法が認められています、②日本では原発の安全性に関して網羅的な検証を求めていない、③過酷事故時の管理体制(放射線管理や被ばく管理を含む)の検証と改善策に関する報告を求めていない、④これらに対して「過度の保守性を考慮することなく現実的な考慮を行う」としている、そして何より、⑤「公開と透明性の原則」とこれに基づく住民合意を明記していない、などです。これらはヨーロッパで行われるストレステストとはずいぶんと異なる点で、換骨奪胎の感があります。
しかも1次評価の後に運転を認めるといった、再稼働優先の対応となっています。これでは原発の安全は確保できず、第二のフクシマ事故が起こる恐れがぬぐえません。
運転再開の判断に際しては、少なくとも2次評価までのストレステストをもって行ってください。かつ、原子力安全委員会の現行の安全審査指針が今回の事故によって破たんしたことが明らかになり、目下、同委員会で指針の見直しが進められていますが、この見直し指針に基づいて、これまで原子力安全・保安院によって進められてきた耐震バックチェックをもう一度やり直し、十二分に耐震安全性が確認されてから判断してください。さらに、これらの内容が十分に公開されて、住民の合意を得るように努めてください。



 「最高水準」を目指すなら、EUのストレステストの内容に、地震大国日本としての更なる厳しい条件が加わって当たり前なのに、EUの厳格ささえ骨抜きにした内容で、再稼動を前提とする“儀式”“通過儀礼”としてストレステストを位置づけていることは明白である。

 “どじょう”やその周囲の“なまず”やら“アメンボ”達、そして彼らにドングリを与えている原子力村の村民達が、このまま「電力不足」を煽り「原発再稼動」を声高に唱える姿を見て、どれだけ“異常”と感じる国民、そしてジャーナリスト、市井の科学者や技術者がいるかということに、この国の未来がかかっているように思う。
 
 ABK(Anyone But Kan)と誰もが感じていた“菅ピューター”のことを、実効性はないにしても、思いつきであるにしても、「脱原発」という方向性だけは、すでに懐かしく思えるではないか。原子力村にとって目の上のタンコブであった菅なき今、好き放題に日本滅亡への道を進ませる原子力村の道連れにはなりたくない。
 加えて、アジアを中心に原発を輸出することで、日本が地球規模での危機を助長することになるが、そんな国に血税を払いたくはないし、ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経ても学べない国の国民であることは、あまりにも辛い。

 何度も書いてきたし、さまざまな著書も紹介してきたが、長期的なエネルギー政策、これからの日本人の生活のあり方、地球環境との共生への取り組み、などの文脈の中で、初めて期間限定の原発再稼動と言われなければならないと思う。たとえば、電力需要予測そのものを従来の右肩上りから右肩下がりに設定できさえすれば、「電量不足」→「原発再稼動」の論理が崩れる。

そして、フクシマにより中断されていた新大綱策定会議の再開が原子力委員会より発表され、第6回(再開第1回)会議が9月27日(火)に始まる。原子力委員会サイトの該当ページ


              原子力委員会
        新大綱策定会議(第6回)の開催について
                               平成23年9月20日
                               内    閣    府
                               原子力政策担当室

  標記会合について、下記のとおり開催することといたしましたので、お知らせいたします。なお、本会合は公開により行います。

                記
1.開催日時:平成23年9月27日(火)9:00~12:00

2.開催場所:全国都市会館 大ホール
          (住所:東京都千代田区平河町2−4−2)

3.議題:        

(1) 東京電力福島原子力発電所事故以降の原子力を取り巻く状況について

(2) その他


4.傍聴登録:
<一般傍聴を希望される方>
 事前の登録は不要ですので、会議開催時に現地にお越しください(受付開始は8時30分を予定しています)。ただし、会場の都合(座席数200席程度)上、一定の人数に達した際は、座席が確保できずに立ち見をお願いする場合や入場を制限させていただく場合がございますので、あらかじめ御了承ください。



 国の原子力政策は、この大綱を元に国会審議を必要とせずで閣議決定で進めることができる、という仕組みそのものの欠陥があるが、いずれにしても一般傍聴も可能なこの会議の成り行きには注意を向ける必要があるだろう。原子力資料情報室の伴英幸共同代表が参加されることが、何よりの心の支えでもある。原子力資料情報室サイトの該当ページ
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野田首相が、原発の来夏までの再稼動意向を明らかにした。時事ドットコムの該当記事

原発再稼働「来夏までに」=電力不足なら経済に悪影響−野田首相
 野田佳彦首相は21日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで、運転停止中の原子力発電所について「来年の春以降、夏に向けて、再稼働できるものは再稼働していかなければいけない」と表明した。その理由として「電力不足になった場合は、日本経済の足を引っ張ることになる」と説明し、「そこはきちんとやらなければならない」と述べた。
 首相は電力需給に関し「今年の冬も大丈夫だろう」との見通しを示す一方、来年も原発再稼働は必要ないとの指摘に対しては「あり得ない」と否定した。(2011/09/21-09:53)


 
 やみくもに「原発反対」を唱えるのも問題かもしれないが、中長期のエネルギー政策や、フクシマ後の日本がどうあるべきかという、生活の質も含めた議論もないままの発言に、この人の本音が見える。
 
 “電力不足”→“原発再稼動”という論理は、ほとんど原子力村の発想である。コンピューター上でのその基準に疑問の残る“ストレステスト”さえ通過すれば稼動ということであれば、今後心配される東海、南海地震での事故の危険性は消えない。
 国内の大新聞の取材なら出なかったかもしれない発言に、やはりこの“どじょう”にドングリを配給している主人の多くが原子力村の村民であることが透かして見える。

 短期的な問題ならば、老朽化して休眠中の火力発電所の修理などによる再稼動という手を今からでも打てるはずだ。もちろん、原発を稼動させないことで、産業の活力を極力落さないよう知恵を絞り、相互扶助の精神で企業や市民が一致協力して節電して来年の夏を乗り越えることもできるのではなかろうか。今年の節電が、異常から日常に近くなることもあり得るし、これまで電力をムダに使ってきたことを多くの日本人は反省していると思う。

 車は急に止まれない、ということは十分に分かる。原発関連ビジネスの企業に数多くの社員とその家族が依存していることも事実だし、現場での仕事によって生活している近隣住民の方もいるだろう。
 しかし、車はスピードを段階的に落として徐行しなければ安全には止まれない、とも言える。これまでの電力消費量が、本当に必要なのか、ということから議論がなされるべきではないだろうか。そして、何より重要なのは、人間としての「生き方」や「あるべき姿」という問題なのだと思う。

その仕事は社会に貢献しているのか、それとも社会への脅威となっているのか。
その仕事には生き甲斐や、やりがいはあるのか。
危険と隣り合わせの緊張感の続く仕事が、果たして人間的と言えるのか。
都会の電力需要のために、地方が犠牲になっていいのか。
原発は、事故がなくても日常的に人間社会にとって危険性があるのではないか。


 高木仁三郎さんが、数多くの著書で指摘していることだが、何らかの「差別」や「不平等」を強いる仕組みは、やはり正しくないのだ。

 せっかく節電の習慣が日常化しつつあり、少し急ぎすぎた日本人が生活のあり方を問い直そうという機会でもあるのに、“野田どじょう”の発言は、フクシマを学ばない人間達を代表した発言であり、やはりこんな男では国を任せられないということが露呈したように思う。そして、その背後には経団連などの存在が見えるが、もう短期的な経済の論理だけで物事を考える時期ではないのだ。原子力村の組織が、巧妙な計算の元に「原発は安い」と言っている主張を、百歩譲って認めたとしても、「原発は危険だ」という論理が優先すべきだと思う。
 
 ドイツのシーメンスは、政府の方針に従い、タービンなどの他の発電設備でも使用可能な機器の生産は続けるが、原発に特化したビジネスからの撤退を表明した。asahi.comの該当記事

独シーメンス、原発事業撤退 独の脱原発政策受け
2011年9月19日22時26分

 ドイツ電機大手シーメンスが原子力発電事業から撤退することが明らかになった。ドイツでは、メルケル政権が東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて2022年までの原発閉鎖を決定している。政策転換が企業の戦略にも影響を与え始めた。

 レッシャー最高経営責任者が18日の独誌シュピーゲルで撤退の方針を表明。同社の広報担当者は19日、「今後は原子力発電所建設を率いることはないし、原子炉事業にも関わらない。ドイツの脱原発を踏まえた戦略的な決定だ」と語った。

 ただ、どの発電所にも使えるタービンなどを原発にも供給することは続ける。提携関係にあるロシア国営原子力企業ロスアトムへの協力のあり方も再検討するという。(ロンドン=有田哲文)


 国と企業のあり方を、日本はドイツに学ぶ必要があるだろう。そして、スウェーデンなど、試行錯誤し苦労しながらも脱原発に取り組んでいる国の経験を、そのネガティブな面のみ重箱の隅をつつくように取り上げるのではなく、参考になる面をポジティブに吸収することこそが大事なのだと思う。「あれは失敗だ!」という短絡した二者択一の論議は、あの不毛な電力の無駄遣い番組「朝まで生テレビ」だけで十分だ。

 スリーマイルの経験をアメリカが伝授すると言っている。その協力には感謝しなくてはならないが、できることなら事故の後始末ではなく、事故を起こさない社会を築く知恵を他国から学びたいものだ。しかし、今回の“野田どじょう”の発言には、他国どころか、自国のフクシマの経験からも学ぶ姿勢が微塵も感じられない。今回の発言は、近視眼的なリーダーが再び日本に誕生したことを知らしめた。そこには、戦略もビジョンも見当たらない。
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玄葉が東電の値上げ意向に不快感を示そうが、野田が国民に見かけだけのリップサービスをしようが、この新政権の原発への取り組みには、しばらく注意する必要がある。時事ドットコムの該当記事

着工済みは容認の可能性=官房長官が示唆−原発新設
 藤村修官房長官は6日午後の記者会見で、原子力発電所の新設を否定した野田佳彦首相の発言に関し、「『新規建設』を言葉通りに取ると、今から土地を手当てし、新たに建設するという意味だ」と述べ、一定程度計画・工事が進んでいる原発の完成、新規稼働はあり得るとの認識を示唆した。
 今年3月の東京電力福島第1原発事故を受け、電力各社は原発の新設計画・工事を全面的にストップ。首相は2日の就任会見で、「新規の建設予定は14機あると思うが、新たに造るのは現実的には困難」と明言した。藤村長官は個別の原発建設の可否については、「厳密には答えられない。首相に聞いていただいた方がいい」と言及を避けた。
 新設予定の14機のうち3機は着工済みで、中国電力島根原発3号機はほぼ建設が完了している。藤村長官の発言は、エネルギーの安定確保の観点から、進捗(しんちょく)状況や地元の意向によっては、計画続行、工事再開の余地を残しておいた方がいいとの判断があるとみられる。(2011/09/06-21:27)



 “着工済み”だから稼動させる、という論理が、たぶん政府の基本見解なのだろう。野田は、そのうちいろんな理屈をつけで稼動させようとするはずだ。
 そして、玄葉の発言に代表されるように、フクシマの責任は東電になすりつけようとするだろう。しかし、言うだけ言ってから、電気料金値上げを抑えたところで、政府は我々国民の税金を使うような施策を実行するはずだ。

 震災、そしてフクシマ、誰のためにこの国があるのか、その大義が問われている中、この新政権のトップの野田に対して、半年後に“菅のほうが、まだ良かった”と言われないようになるのかどうか、それは“菅前”“菅後”の国民への評価でもあるのかもしれない。日本国民が、それほど馬鹿ではないことを世界に示すのが、実はこれからの一年なのかもしれない。そんな気がする。
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『決定版 原発大論争!』(別冊宝島編集部編)
 先日紹介した2011年8月31日のブログこの本から、チェルノブイリ事故の後で電力会社が内部資料として作成した原発擁護のQ&Aで、彼らが「地震」「と「津波」について構築していた“嘘”と、その「内部資料」に対する地質学者生越忠さんの反論を紹介する。 
 まず、「内部資料」の“大嘘”から紹介。

Q 地震、津波がきても大丈夫なのか。
(答)
 原子力発電所は、その地方で想定され得る最大級の地震に対しても十分な耐震性を持たせてあります。
 また、津波が来ても重要な機器や施設が被害を受けないよう設計しています。
(説明)
(地震対策について)
○地震の多いわが国では、原子力発電所の地震に対する備えを厳重に行い、安全性の確保をはかることが必要です。
 このため、原子力発電所の耐震設計は、一般の建物に比較して一段と厳しく設計されています。建設にあたっては、敷地周辺地域の地震歴などを詳細な調査により、想定され得る最大の地震に対しても、十分余裕をもって耐えられるような設計が基本となります。 
 たとえば、安全上特に重要な設備(原子炉および重要な機器)などは、建築基準法で定められている「一般建物の設計耐震力」の3倍の地震に対しても十分安全であるように設計されています。
 (中 略)
(津波対策について)
○わが国では原子力発電所が海岸沿いに設置されること多いので、以下のような津波対策が講じられています。
①敷地の選定に当っては、そこで予測される津波の規模を想定し、その津波による影響を十分考慮しております。
 このため敷地の地盤面は、安全上重要な機器や施設が津波の影響を受けないような適切な高さになるよう整地が行われます。
②また、非常用冷却海水ポンプなどの安全設備は津波の影響を受けることのないよう機器の設置レベルが決められます。
③津波警報については、気象庁が各所のデータに基づき津波のおそれのある沿岸市町村、放送局その他関係機関に通報します。そして警報を受けた原子力発電所は、ただちに警戒等の措置を講ずるようになっています。
 したがって、原子力発電所においては、津波による被害は考えられません。


 
 この説明が正しいのなら、もちろんフクシマは起こらなかった・・・・・・。

 次に生越忠さんの反論から抜粋。本書のオリジナルである別冊宝島81号の発行が1988年の9月であることを、お断りしておく。

「ここではM=6.5以上の直下型地震は起こりえないと断言できます」
 1980年9月18~19両日、北海道原発反対共闘会議は、小林恒人衆議院議員(日本社会党)を団長とする泊原発現地調査を派遣したが、同調査団は調査終了後、泊原発の建設準備を進めていた北海道電力原子力発電所岩内調査事務所を訪れ、同原発の耐震性の問題などをただした。そのとき、同事務所の小泉幸雄所長が口にしたのが、右の言葉であった。
 現在の地震学の水準では、いつごろ、どのへんに、どの程度の規模および強さの地震が起こるかの予知は、東海道地震を除いては不可能に近く、とくに直下型地震の予知は、当分の間は絶望的とさえいわれている。
 ゆえに、泊原発の立地点またはその付近で起こりうる直下型地震の上限をM=6.5と予知することは、だれにもできないはずだが、それにもかかわらず、原発建設にかかわる電力会社の一幹部が右のような言葉を平然と言い放ったのは、一体全体、いかなる根拠があってのことなのだろうか。
 (中 略)
 我が国の原子力委員会は1979年9月末(原子力委員会と原子力安全委員会とに改組される直前の時期)に、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を作成し、そのなかで、直下型地震についてはM=6.5に限定して考慮することを定めている。小文の冒頭に紹介した小泉所長の発言は、実は、この指針に沿って出されたもので、べつに科学的根拠に基づいているわけではなかったのである。


 「指針」がM=6.5となっていて、その指針を元に耐震設計をしているから、M=6.5を越える地震が来ないと“断言”できる、というのが、この頃の原子力村の論理だったわけである。では、なぜそんな非科学的な論理にしがみつく必要があったのか。

岩盤が崩れてしまえば耐震設計は無意味だ! 

 地震には、発震機構によって、海のプレートが陸のプレートの下にもぐり込む場所で起こる海洋型地震と、陸のプレートの内部にある活断層の再活動によって起こる直下型地震との二種類があるが、ある地点における震害の大きさという点からみると、震源距離の遠い海洋型巨大地震よりも、震源距離の近い直下型地震のほうが、たとえ規模(M)は小さくても、より大きな震害をもたらしたという例が、これまでに少なからず存在している。
 とくに、M=6.5以上、震源深さ20キロメートル以浅の直下型地震が起こると、地震断層がしばしば出現するが、もし万一、原子炉の基礎岩盤が出現し、水平または垂直方向に大きなずれが生じた場合には、どんな耐震設計も無意味なものになりかねない。
 日本には、これまでに二十一例の地震断層が知られているが、前記の濃尾地震の際に出現したものが最大で、変位は、水平方向に最大8メートル(水島地震断層)、垂直方向に最大6メートル(根尾谷地震断層)に達した。この二十一例のうち、海洋型地震によるものは、安政東海地震および関東大震災の際に出現した各一例ずつあるだけで、残りの十九例は、すべて直下型地震によるものだった。さらに、二十一例のうちの十七例までは、M=6.5以上の地震に際して出現している。
 しかし、現在の地震学の水準では、地震断層の出現しそうな場所、出現した場合の延長距離や変位の程度などの予測は、まったくできない。また、地震時に生じる地盤変形には、地震断層によるずれのほかに、隆起・沈降・陥没や地割れなどもあるが、これらの予測も不可能である(ただし、たとえば東海地震が起こった場合、御前崎が隆起するだろういったようなことは、ある程度予測できる)。
 そのため、これらの地盤変形は、地震時における原子炉事故の原因になりうるにもかかわらず、耐震設計では考慮外におかれている。原子炉が地震に襲われた場合、耐震力がたとえ一般建築物の三倍以上あったとしても、基礎岩盤自体が大きく変形してしまえば、原子炉が破壊されるという最悪の事態が起こりうることも予想されるのに、である。
 このように、原子炉の耐震設計には、大きな落とし穴が存在する。そしてこのことは、直下型地震はM=6.5に限定して考慮すると定めた前記の耐震設計審査指針に、きわめて具体的に現われている。
 地震断層は、前述したように、M=6.5以上の地震に際して出現すやすいものである。だからこそ、現行の原子炉設置基準が地震断層に対してまったく無力なものであることを隠すためには、電力会社や通産省にとって、原子炉立地点で地震断層の出現のおそれがあるような、M=6.5以上の地震は、絶対に起こってはならないのである。これが「科学」ではなく「政治」であることは、言うまでもない。



 原発の耐震基準は、この1981年と2006年に改定されたが、どちらも本質的かつ科学的な基準設定ではなく、「政治」的なルールであることには変わりない。
 
 “大地震が起こっては困る”→“大地震は起こりません”という政治の論理、
 “原発に事故が起こっては困る”→“原発は安全です”という悪魔の論理、という構造は、未だに変わらないと思ったほうがよいだろう。

 まだまだフクシマは「現在進行形」だが、原子力村の“フクシマ後”の陰謀は、すでに動き出していると警戒すべきだと思う。野田だって、“どじょう外交”で原発を海外に売り込んでいた男であることを、忘れるわけにはいかない。
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