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フクシマが起こる前に、自国の原発運営のため、あるいは原発の存続の有無の判断に関して、もっと深く検証すべき原発大事故事例は、言うまでもなくスリーマイル島とチェルノブイリだが、最初の「メルトダウン」事故のスリーマイルから、早や34年が経過した。

 京都大学原子炉実験所のサイトに「米国スリーマイル島原発事故の問題点-事実が示した原子力開発の欠陥-」というレポートが掲載されている。
京都大学原子炉実験所サイト内の該当資料

 事故が1979年3月28日、このレポートは6月に書かれている。

 レポートより、執筆者の顔ぶれを確認。
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 原子炉実験所のある大阪府泉南郡熊取町に由来した、“熊取六人衆”の名が並ぶ。

 しかし、フクシマが起こってから有名になどなりたくなかった、というのが小出さん達六人の本音に違いない。できるものなら、日本から原発がなくなる歴史の中で、さりげなく彼らの名前が残れば良かった、とご本人たちは思っているのではなかろうか。

 このレポートは、物理的な側面と人為的な面も含め、事故発生後三か月にしては、非常に適切な分析がされており、次のようにまとめられている。
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“新たな安全審査の体制が確立するまで停止するのが物事の順序”という提言は、自民政権を含む当時の原子力ムラからは、まったく無視された。

 もちろんスリーマイル島事故の検証はアメリカの然るべき組織であるNRC(アメリカ原子力規制委員会)でも行われ、改善命令も出されているのだが、当時のNRCはアメリカの原子力ムラの意向を元に、“人災”を強調し、人間の管理能力を超える巨大で危険なシステムそのものの問題を指摘することはなかった。

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 34年前のスリーマイル島事故に関し、当時の日本の原子力ムラは、「原発のタイプが違うから、日本は大丈夫」とか、「日本人スタッフは優秀で訓練されており、あのようなミスは起こさない」などと“安全神話”を上塗りしていた。

 しかし、真っ当な提言を無視したためにフクシマは起こった。

 さて、「熊取六人衆」と同様、いやそれ以上に、フクシマ後に自分の名が知れ渡った歴史の皮肉に、雲の上で心を痛めているだろうと察するのが、高木仁三郎さんだ。
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高木仁三郎著『原子力神話からの解放』

 以前にも紹介したが、高木仁三郎さんの『原子力安全神話からの解放-日本を滅ぼす九つの呪縛-』(講談社+アルファ文庫、初版は2000年発行の光文社カッパ・ブックス)から、引用したい。

「多重防護システム」で放射能は閉じ込められるのか
 原子力の安全神話を形成してきた考え方、いまだに言われるその基礎をなす考え方というのはどういうことなのか、また、原子力の安全とはどのように確保されているのかを、ここであらためて見ておきましょう。
 まず、注意が必要なのですが、原子力の安全という場合に問題となるのは、原子力システム全体というよりは、今まで、原子力発電所の安全性にほとんど問題がしぼられてきていた、ということです。しかも、工学的設計上の安全という点に問題がしぼられてきました。一連の動燃の事故とかJCO事故を踏まえて今日の実態を見ると、原子力発電所の中だけに目を向ける、しかも工学的システムの成り立ちだけに目を向ける安全の議論の仕方というのは、いかにも視野が狭いということがわかっていますけれども、とりあえずこの問題を考えてみます。
 ふつうに考えると、たしかに原子力発電所に最大の放射能が集中するわけですから、それが安全上のポイントであることは間違いありません。ただ、その安全性というんほは、多重防護という考え方によって担保されるんだ、と言われてきました。多重防護というのは、深層防護とも言われ、もともとは英語の“Defense in depth”という軍事的な観念からきています。


 この“Defense in Depth”という考え方が、今後の安全基準にも求められるはずなのだが、規制委員会は、どんどん本性を露呈しはじめ、まったく薄っぺらな規準や対策になる危険性がある。

 「多重防護」の危うさについて高木さんは次のように指摘する。

たった一つの要因で、防護システムが総崩れになることもある
 まず、第一の壁と言われる燃料ペレットだとか、第二の壁の被覆管などというのは、ちょっとしたことがあれば、かなり頻繁に壊れることがあって、大きな事故を考えたら、これらはほとんど何の役にも立ちません。
 いちばん肝心なのは第三の壁、原子炉容器(圧力容器)の健全性ですが、この原子炉容器が爆発し、これが吹っ飛ぶようなことがあれば、その外側にある第四の壁、格納容器もまずもたないでしょう。第五の壁、原子炉の建屋に至っては、放射能という観点からみれば、かなりスカスカにできていて、役に立たないというのが実状だと思います。比較的客観的に公正に言えば、原子炉容器と格納容器の二つは、それなりに放射能を閉じ込められる容器として、かなり強固に作られています。しかし、かつてチェルノブイリ事故のように、これが一気に吹っ飛ぶこともあるし、スリーマイル島事故でも、この健全性がかなりの程度に傷つけられました。
 スリーマイル島の原発事故では、たとえば圧力容器は底にひび割れまで起こしたけれども、かろうじて大破壊までは至りませんでした。きわめてきわどいところまでいったけれども、幸運にもそこで止まり、このおかげで大惨事にはならなかった事故だったという気がします。そうしたことからも、この五重の壁は考えられているほどに意味がない、つまり五重であることの意味はないように思います。


 スリーマイル島とチェルノブイリ、そしてJCO事故を経て指摘された正論に、原子力ムラは、まったく耳を貸さなかった。

 原発賛成か反対か、という二元論をいったん棚に置いて、“Defence in Depth”という観点で直近の原発安全対策を考えると、フクシマ後でさえ、まったく浅いものであるのは明白である。なぜ、二年間も「仮」の配電盤のままだったのか、を振り返るだけで良いだろう。“小動物によるショート”は、想定して然るべきものであり、あと五~六日冷却活動が止まっていたらと思うと、ゾッとする。

 そして、新たな“原子力規制委員会”の活動を見ていると、とても彼らが“Defense in depth”という観念で仕事をしているようには見えない。どんどん原子力ムラの勢力に捲き込まれていると危惧している方は多いだろう。

 しかし、安倍自民党は、脱原発とは言わない。“アベノミクス”に浮かれているマスコミも、もちろん脱原発路線について、及び腰になってきた。

 フクシマのことを忘れてはならない、ということは、スリーマイル島の事故に学べなかった愚かな民族がいたことを忘れてはならない、という意味も持つだろう。もちろん、もうじき事故から27年が経過するチェルノブイリにも学ぼうとしていない。
 くどいようだが、避難基準の年間20ミリシーベルトがまかり通っているが、とんでもないことだ。これは、4月26日の前後に書くつもりでいる。


 スリーマイルの「メルトダウン」の教訓を真摯に受け止め、高木仁三郎さんや“熊取六人衆”の提言に従っていれば、フクシマはなかったはずだ。

 愚かな過ちは繰り返してはならない、そう肝に銘じる記念日が、今月と来月は続く。
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「核融合発電」と言う、原発と同様、あるいはもっと危険かもしれない「神に背く」行為に賛成しようとしている自治体がある。
毎日新聞サイトの該当記事

重水素実験:岐阜の3市同意 核融研と協定締結へ
毎日新聞 2013年03月23日 02時09分

 国の核融合科学研究所(岐阜県土岐市)が計画している「重水素実験」について、土岐、多治見、瑞浪の3市は22日、今年度内の実験実施の同意を求める要望書を、3市長連名で古田肇知事に提出した。県は地元3市の意向を尊重する姿勢を示しており、実験実施に必要な環境保全に関する協定書と実験同意書が年度内にも核融研と県、3市により調印される見通しとなった。【小林哲夫】

 多治見市の古川雅典市長は同日の記者会見で同意を表明し、「総合的に民意の判断をした。首長として大きな責任を負う」と述べた。市議会に実験の危険性についての調査と見解表明を求める請願を、同市議会が同日、不採択にしたことなどを理由にあげた。土岐、瑞浪両市はすでに同意を表明していた。

 重水素実験は、重水素を使い1億2000万度の超高温のガス(プラズマ)生成を目指す。太陽で起きている核融合反応を炉の中で実現する核融合発電へのステップと位置づけられる。

 核融合発電は原子力発電に代わる仕組みとされる。07年に核融研の安全評価委員会が「安全管理計画は妥当」と答申したが、東日本大震災の発生で安全管理計画を見直し、地元説明会などを開いてきた。

 一方、多治見市の市民グループなどは実験に反対して署名活動を展開した。

 同市が実施したパブリックコメントには1421件の意見が寄せられ、うち実験に肯定的な意見が58%、反対が41%だった。



 土岐、多治見、瑞浪の三市の行動は、かつて原発誘致で経済的なメリットを得ようとしてきた地方行政の過ちを繰り返す愚行としか言えない。「パブリックコメントで肯定的な意見が58%」などというアテにならないデータを背景にしているようだが、どんな情報を得てどんな「パブリック」な人がコメントしたものか、まったく怪しいかぎり。原発の「公聴会」が、どれほど原子力ムラの“やらせ”だったかを思い出すまでもない。賛成陣営がたくさん肯定的なコメントを発信すれば、過半数など超えるだろう。

 この問題は、多数決で決めるようなものではない。日本の原発は、然るべき専門家の声など無視され、政治家と自己の利益を求める一部の産業人たちの独走で、ここまで来たことを忘れてはならないだろう。

 もし将来、「核融合発電」による大きな人命と自然を破壊する事故などが発生したら、この三人の市長の名を忘れるてはないらないと思うし、そんなことにならないよう、今のうち愚行を止めなければならない。

 「パブリックコメント」より、もっと重要な「コメント」は、ノーベル賞受賞者から寄せられていたのに、古川多治見市長は、世界の頭脳からの警告を“ご意見として、うけたまわった”、が、彼の市政にはまったく反映しなかったようだ。
毎日新聞サイトの該当記事

重水素実験:核融合研の計画に小柴さん「反対」の手紙
毎日新聞 2013年03月01日 01時39分

 核融合科学研究所(岐阜県土岐市)が計画している重水素実験に対し、02年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さん(86)が反対する見解を記した手紙を、隣接する同県多治見市の古川雅典市長に送付していたことが28日、分かった。「多治見を放射能から守ろう!市民の会」の井上敏夫代表(63)の依頼を受けて送ったという。

 ◇多治見市長に手紙

 手紙には「現在使われている核分裂の発電施設から発生する中性子の10倍も高いエネルギーの中性子が出ることを防ぐ方法が全くない」などと記され、小柴さんは毎日新聞の取材に「現状での実験は時期尚早」と話した。

 実験は、重水素を使って1億2000万度の超高温のガス(プラズマ)を作ることが目標。太陽で起きている核融合反応を、炉の中で実現する核融合発電に向けた基礎研究として行う。土岐、多治見、瑞浪の地元3市は今年度中に実験開始に同意する方向だが、反対住民は約2万人の署名を古川市長に提出する準備を進めている。

 手紙について古川市長は「ご意見として、うけたまわりました」とコメントした。【小林哲夫】


 「核融合炉」の危うさは、後述するが、以前に震災復興予算から、核融合発電の研究のための国際熱核融合実験炉(ITER)研究支援事業に42億円が“不正”に流用されていたというニュースを紹介したことがある。
2012年10月19日のブログ

 その際に、原子力資料情報室(CNIC)のサイトにある「ITERは希望の星ではない」という記事も紹介したので、ご興味のある方は、CNICのサイトもご覧のほどを。
原子力資料情報室サイトの該当ページ
その中から一部だけ引用しておきたい。

■核融合はどんなものですか。

□水素の原子核が反応して、大きなエネルギーが放出されることを核融合といいます。水素には、原子核の性質が異なる3つの同位体があります。普通の水素(1H)、重水素(2H、D)と三重水素(トリチウム、3H、T)です。

■太陽で核融合が起こっていますか。

□太陽の熱源は核融合です。太陽の中では、普通の水素が核融合を起こしています。水素が大量に集まり、起こりにくい反応が続いています。地上で太陽は再現できません。

■「核融合炉」とはどんなものですか。

□核融合炉は、核融合によって発生するエネルギーを用いて発電する設備です。ITERはそれを実現するための実験炉です。核融合炉内では、高温の水素原子核同士の核反応(熱核反応)が起こらねばなりません。

■核融合炉はどうすれば実現できますか。

□起こりやすい核反応は「D-T反応」です。重水素とトリチウムが反応してヘリウムと高速中性子が生じます。反応で発生するエネルギーの8割を中性子が持ち出します。核融合炉では、中性子を冷却材に吸収させ、吸収されたエネルギーを水に伝え、そこで発生する水蒸気でタービンを回して発電します。トリチウムの製造を考えると冷却材として、リチウムを含む物質を用いねばなりません。
 リチウムはナトリウムと似た性質をもつ金属です。溶融リチウムを冷却材に用いれば、溶融ナトリウムを冷却材に用いる高速増殖炉と核融合炉は似てきます。

■燃料はどのように用意するのですか。

□重水素は水素に0.015%の割合で含まれていて、エネルギーさえあれば純粋な重水素が得られます。問題はトリチウムです。
 トリチウムを得るには、リチウムを遅い中性子で照射する以外の道はありません。出力100万キロワットの核融合炉を1日運転するには、0.4キログラムのトリチウムが必要です。半減期が12.3年と短いためこのトリチウムの放射能の強さは非常に高いのです。低エネルギーベータ線を放出するトリチウムの放射能毒性の評価は難しいのですが、このトリチウムの100万分の一を水の形で口から摂取するとき、ヒトの健康に重大な影響をおよぼすおそれがあります。



 昨年10月のブログでは、高木仁三郎さんの著書からも引用したが、再度紹介したい。
 『科学は変わる-巨大科学への批判-』で核融合について書いた部分の引用。
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 この本は、1979年に東洋経済新報社の東経選書として発行された。本が書店に並んだ頃にスリーマイル島事故が起こり、事故を予言した書として話題になった。その後チェルノブイリの翌年1987年に社会思想社から現代教養文庫として発行。残念ながら現在は古書店で入手するしかないが、ぜひ再刊を望みたい好著である。私はこれまでも本書から「マンクーゾ報告」などを引用してきた。
 さて、「核融合」について、高木さんはどう書いていたか、確認したい。

 核融合への批判は槌田敦が詳しく展開していますが、槌田によりながら、核融合のもたらす歪みについて考えてみましょう。
「無尽蔵エネルギー源」といわれながら、核融合は、多様な希少資源に依拠した技術です。「無尽蔵」といわれるゆえんは、主たる燃料である重水素が海水中に存在することにありますが、海水中から多量に重水素を取り出すのも容易なことではなく、エネルギー収支的にも成算のあるものか、槌田は疑問を提出しています。重水素の問題はさておくとしても、現在想定されている核融合技術は、重水素と三重水素の融合に基づくものであり、その三重水素の製造は、リチウムの原子核反応によって可能となります。つまり、リチウムも核融合の一つの燃料と考えられるわけですが、そのリチウムはよく知られた希少資源の一つです。
 リチウムの産出地はきわめて偏在化しており、しかも推定される利用可能な資源量は絶対的にきわめて少ないのです。世界といわず、ほんの数カ国の“先進国”が、本格的な核融合の発電を実現化するようになれば、リチウムは底をついてしまうはずです。


 原発は、本来地球に存在しなかったものを燃料とし、核融合は、希少資源を必要とし、太陽と同じ論理でエネルギーを生み出そうとしている。そして、どちらも原子核反応を伴う技術に頼っているのだ。放射能とは切っても切れない手法なのである。その危険性は推して知るべしだ。

 岐阜県の三市の首長は、小柴さんや高木さん、そして、今回も新聞等で実験に反対コメントを表明している槌田さん達の意見を、まともに聴くべきだ。そして、この問題について反対の「コメント」や記事を掲載しないメディアは、新たな「核融合ムラ」の仲間とみなすしかないだろう。日本からジャーナリズムという言葉が死語になっていきつつあるが、“マス”がだめなら“ミニ”でもブログでも何でもいいから、この愚かな試みに明確に「No!」と言うべきだろう。

 まだ実験が始まる前の今、“太陽を人工的につくる”なとど言う“神に背く”無謀な行為を、フクシマを経験した日本は、止めなければならない。

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一昨日、本来あってはならない停電によって、フクシマでは冷却活動が停止した。フクシマが、まったく収束の道など歩んでいないことの、象徴的な事故である。
 
 人間の管理の限界を超えた巨大システムであり、人類滅亡につながる危険性を常に包含している原発を、いまだに守ろう、推進しようという自民党の動きがある。
朝日新聞サイトの該当記事


発送電分離案、自民部会で骨抜き 提出時期は努力目標に
 
2013年3月20日7時49分

【大津智義、藤崎麻里】電力会社から送配電部門を切り離す「発送電分離」などの電力改革が、骨抜きになるおそれが出てきた。経済産業省が「(改革を進める法案を)2015年の国会に提出する」という改革案を示したところ、自民党の部会が19日、「提出を目指す」という努力目標に後退させて了承した。背景には電力業界の抵抗があり、自民党政権になって改革が巻き戻されつつある。

 政府が3月上旬にまとめた改革案では、発送電分離を「18~20年をめどに実施する」として、その関連法案を「15年通常国会に提出する」とはっきり書いた。だが、自民党の経済産業部会などの合同部会で「原発などの将来の電源構成がわからないうちは決められない」との反対が相次いだ。

 このため、「15年の通常国会に提出を目指す」という表現に後退させた。「18~20年をめどに実施する」という表現は残したが、法案の提出時期があいまいになったため先送りされるおそれがある。

 自民党は週内に政調審議会と総務会を開いて改めて議論する予定で、さらに表現が変わる可能性もある。これらを経て、月内にも閣議決定される見通しだ。

 電力改革は1990年代から検討されてきたが、なかなか進まなかった。発送電分離などに電力業界が抵抗し、業界の支援を受ける自民党も反対したからだ。

 しかし、東京電力福島第一原発事故後、自然エネルギー普及などのために改革が必要だとして、民主党政権が検討を進めた。安倍政権でも茂木敏充経産相が「方向性は出ている」と話し、改革を進める意向を示していた。


 発送電分離は、電力会社による地域独占状態を解消するための、第一歩ともいえる施策である。民主党政権の数少ない良い施策でもあったとも言える。自民党は、「原子力村」の中核として、この施策を葬り去ろうとしているのだろう。

 そして同じ日、また「原子力村」の悪行に関する新たなニュースだ。時事通信の該当記事

検討会15人が資金受ける=原発関連から6830万円超−新基準策定に関与・規制委 

 原子力規制委員会が外部の専門家を集めて設置している検討会のメンバーのうち少なくとも15人が、電力会社などから寄付や共同研究費などの資金提供を受けていたことが分かった。検討会では原発の新たな安全基準の策定などが行われており、「信頼性にかかわる」との批判も出ている。
 規制委はこれまでに13の検討会を設置。このうち商用原発の規制に関わる9検討会のメンバーについて、原則として3年以内に電力会社や原発メーカーから個人や研究室が寄付を受けた額や、講演などの報酬の有無を自主申告してもらい、ホームページで公開している。
 公表資料によると、2008~12年度、14人が総額6830万円余りを寄付や共同研究費などとして受け取っていた。金額は少ない人で30万円、多い人は2714万円だった。このほか、共同研究費の提供を受けたが「企業秘密に当たる」として、金額を明かさなかった専門家が1人いた。
 2714万円の資金提供を受けた山本章夫名古屋大大学院教授は、原発の新安全基準検討会と福島第1原発の作業評価検討会のメンバー。他に3業者から09~12年度、毎年計50万円以上の報酬を受け取っていた。(2013/03/20-15:32)



 民主党政権時代から続く原子力村のための便宜を、自民党はしっかり継承しているわけだ。

 “アベノミクス”という新たなバブル騒ぎの勢いに乗った「原子力村」の悪行を許すわけにはいかない。

 フクシマにも学ばず、ドイツや北欧の再生可能エネルギーによる脱原発の試みにも学ばず、ただただ自分達の既得権にのみしがみついて、「夢をもう一度」とばかり原発という魔物を再生させようとする悪人一行には、大震災やフクシマの被害者の人々への思いやりや、市民の視点、自然との共生といった考えは皆無である。

 TPPもしかり。安倍自民党は、マスコミを味方につけてこの日本を滅ぼそうとしているとしか、私には思えない。

 一昨日の現場での停電が、もし未だに回復していなかったら、という「IF」は、決してありえないことではない。そういった危機は、どんなに注意したところで、原発には、そして地震国日本にはついてまわることを忘れてはならないだろう。
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自民党の昨年12月の衆院選における公約は、今でも党のサイトで確認できる。自民党サイトの2012年12月衆議院選挙の公約ページ
 「外交再生」の中で、

「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、TPP交渉参加に反対します。


 とあったが、その「聖域なき関税撤廃」という前提が消滅したわけではないのに、交渉参加を表明したのは、公約違反である。
 しかし、「アベノミクス」をおだててはしゃぐばかりのマスコミは、この公約違反を批判するどころか、TPPに関しては賛成多数である。

 そういった状況において、日刊ゲンダイは、なかなか頑張っている。TPP参加が誰のためなのか、について真っ当と思われる記事を紹介したい。日刊ゲンダイ Gendai.Netの該当記事

 会見では取ってつけたように「聖域」についても触れた。しかし、「守るべき項目をしっかりと胸に、強い交渉力を持って結果を出したい」と言っただけ。質疑応答で「(聖域の重要5品目の関税を)堅持できない場合、TPP交渉から離脱するのか」と突っ込まれると、「今ここで離脱するかどうかを申し上げるのは国益に反する」とゴマカした。

 最初から交渉参加ありき。それがものの見事に露呈した記者会見だったのである。

 東大大学院教授の鈴木宣弘氏は「民主党の公約破りをあれだけ非難してきたのに、自民党の公約破りは許されるのか。有権者に対する信じがたい背信行為だ」と言ったが、本当だ。
 一事が万事で、安倍や政府が説明するTPPに関する話はことごとくデタラメだ。とにかく、米国に言われたから、TPPに参加する。国益は二の次三の次。そのために、二枚舌を弄して、国民を騙(だま)し続けてきたのが真相だ。

<国民皆保険は揺らぎ、食の安全もなし崩し>

 安倍は会見で「TPPはアジア太平洋の未来の繁栄を約束する枠組みだ」「日本の国益だけでなく世界の繁栄をもたらすものと確信している」とも言った。

 すべてウソッパチである。TPPについては医師会は連日、意見広告を出して反対している。JAは4000人デモ行進で反対した。未来の繁栄を約束するのであれば、なぜ、かくも反対運動が起こるのか。すべてが詭弁(きべん)だからである。前出の鈴木宣弘氏が言う。

「医師会が反対してるのはTPP参加によって、国民皆保険が揺らいでくるからです。米国は長年、日本の医療制度を攻撃し、崩そうとしてきた。国民健康保険があると、米国の保険会社は商売がやりにくいし、日本の薬価制度は米の製薬会社には参入障壁になるからです。企業にとって邪魔なものは排除する。政府が従わなければ、ISD条項で訴える。これがTPPですから、当然、国民皆保険もターゲットになる。TPPは皆保険崩壊を加速させることになるのです。農業についても同じです。米国は乳製品と砂糖を例外品目にしようとしたが、オーストラリア、ニュージーランドの反発で、認められそうにない。聖域なき関税撤廃が前提なのですから、日本の農業の聖域が守られるはずがないのです。米国は日本の厳しい食の安全基準も問題視している。TPPに参加すれば、農業が大打撃を受けて、地域経済、コミュニティーが崩壊するだけでなく、食料自給率は低下し、食の安全基準の緩和も余儀なくされ、国民の健康不安も増大することになります」

 バラ色の未来なんて、とんでもない話なのだ。


 安倍が会見で言った重要部分を太字で再度確認。

「(聖域の重要5品目の関税を)堅持できない場合、TPP交渉から離脱するのか」と突っ込まれると、「今ここで離脱するかどうかを申し上げるのは国益に反する」とゴマカした。


 完全な公約違反である。「重要品目の関税を維持できない場合は、TPP交渉への参加は難しい」と言うことが、なぜ「国益に反する」のか。守るべき産業や食の安全確保などをないがしろにして、容赦のない競争の渦に国民を放り出すことこそ、「国益に反する」のだ。

 先日も書いたが、竹中平蔵という“郵政民営化”における失政の責任者を、「産業競争力会議」という政治の舞台に復帰させ、楽天やローソンなどの「競争至上主義」「新自由主義経済支持」と思しき、アメリカで学び、あの国に好意的と思われる経営者と一緒に、TPP参加へ拍車をかけようとする安倍自民党は、まさに選挙民への裏切り行為を平然と進めているのである。

 しかし、産経のような自民党機関紙は別にしても、他のマスコミには、自民党の変貌に批判しようとしない。こんなメディアは、ないほうが良いだろう。彼らにとってTPPによる実害は想定できないので、まったく当事者意識はないが、同じ日本人でメディアという公器を扱っている者ならば、やるべきこと、書くべきことがあるはずではないか。

 日刊ゲンダイの記事は、なかなか歯切れが良い。

<これから参加する日本に交渉の余地なし>

 安倍や政府は「各国とも聖域はある」「交渉次第だ」みたいな言い方もしているが、これも大ウソだ。

「遅れて交渉に参加したカナダやメキシコは、すでに決まっている条件については口出しできず、今後、決まることについても先に交渉に参加している国の意向が優先されることになっています。そういう念書が交わされたのですが、日本も同じですよ。つい最近、シンガポールで行われた交渉で米国の担当官は『日本は交渉する時間も権利もないんだよ』と言ったといいます。交渉次第で聖域が守られるというのはマヤカシです」(鈴木宣弘氏=前出)

 そうこうしているうちに、事前協議で米国の自動車の関税維持や日本は米国車の安全基準を受け入れること、最低輸入台数の設定、学資保険の内容変更などを求められていることがバクロされた。もちろん、安倍政権はグニャグニャだろう。

 自民党は先の選挙で、自動車など工業製品の数値目標は受け入れない、国民皆保険は守る、食の安全は守る、ISD条項には合意しない、など6項目の公約を掲げた。これらが守れないなら、直ちに交渉から脱退すべきなのに、安倍は言を左右にしてしまう。

 国民には情報を開示しないまま、国益に反する秘密交渉が進んでいる証拠だ。いや、交渉ではなく、一方的な譲歩を迫られ、ドンドン、それに応じている。それが真相に近い。こりゃ、国民生活や日本の産業は大変なことになる。米国を筆頭に他国の草刈り場になってしまう。それがTPPの現状、惨状なのである。

<すべては安倍首相の政権維持のため>

 元外交官で、あまたの国際交渉を経験してきた孫崎享氏は「TPPで日本は得るものは何もない。ひとつの例外を除いて……」と言った。

 その例外こそがTPPの本質だ。
「米国の言いなりになって、政権維持をしてもらうこと。それしかメリットはありません。つまり、安倍首相のためだけのTPPです」



 安倍は政権を維持し、アメリカの新自由主義派の産業や企業が潤い、そして、一部の日本企業が漁夫の利を得る。国民には、何ら良いことなど見当たらないのがTPPではないのか。百歩譲っても、重要品目の関税を堅持しなければ、TPPなど参加する意味も大義もない。


 あらためて、東谷暁著『郵政崩壊とTPP』(文春新書、2012年4月20日初版発行)から引用したい。
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東谷暁著『郵政崩壊とTPP』(文春新書)

 竹中平蔵という男が、「産業競争力会議」で、あたかも日本の産業が「自由競争」のおかげで発展してきた、などという歴史認識を度外視した嘘っぱちは披露していることは、すでに書いた。彼が「お手本」としているアメリカは、本当に「自由競争」「競争原理」の国なのかどうか。
 先日の記事で、米韓FTAで韓国郵政の保険部門は、アメリカに「拉致」されたかのように、手かせ足かせをはめられたことを紹介した。その次の章の冒頭から引用。

アメリカにとって金融は国策産業
 前章で、TPPを金融という側面から見た。では、なぜアメリカはそこまで金融に傾斜しているのだろうか。それはいうまでもなく、アメリカが1980年代以降、金融を含むサービス産業にシフトして、いまや同国の経済の支柱となっているからだ。
 そのことを象徴的に示すのが、83年のロナルド・レーガン大統領の訪日だった。このとき日米は牛肉・オレンジの輸入問題で交渉を続けていた。当然、レーガンは牛肉・オレンジについて述べるかと思われていた。ところが、そうではなかったのである。
 かつて通産省のキャリア官僚だった小林興起氏は、レーガン演説を回想しつつ、このときの驚きを語ってくれた。
「当然、レーガン大統領は牛肉・オレンジの輸入自由化を求めると思われていた。しかし、レーガンが語ったのは日本の金融市場開放だった。牛肉・オレンジについては、ただの一言も述べなかったのですよ」
 前年、アメリカ政府は秘密文書「国家安全保障決定指令」62号において、日本の金融市場開放を促進することを国策としていた。
<アメリカ政府は・・・・・・日本が引き続き金融市場を開放するように促し、アメリカの商業銀行、証券会社、保険会社が、最低限日本の同業者と同様の扱いを受けるように求める>
 すでにアメリカの家電産業は後退し、自動車産業においても陰りが見えていた。アメリカは47年以来、GATT(関税と貿易にかんする一般協定)において製造業の自由貿易を促進してきたが、86年のウルグアイ・ラウンドからはGATS(サービスの貿易にかんする一般協定)の交渉を持ち込んだ。
 このGATSにおける「サービス」とは、金融を含むサービスであり、国内での金融緩和を急速に進めるとともに、国際市場を開拓していくことにも、アメリカ政府は国の政策として取り組み始めたのである。


 この件について書いた記事の内容の繰り返しになるが、日本の産業、そして個々の企業が競争する相手は、中国、韓国、ロシアなどに限らず、アメリカを含む“国家資本主義”体制なのである。
 そのアメリカが、金融を戦略的な重要産業と定めたことが、実は「郵政民営化」につながったことを、本書では何度も指摘している。

 繰り返しになるが、小泉政権の郵政民営化をバックアップしたのはアメリカ保険業界であり、その狙いは、郵政の簡保市場の開放だったことは、当時のい在日米国商工会議所やアメリカ保険業界のいアピールによって知ることができる。
 ここでは、そうしたアメリカ保険業界や政府の要求を早々と集約していた『年次改革要望書』1999年版から引用しておこう。
<米国は日本に対し、民間保険会社が提供している商品と競合する簡易保険(簡保)を含む政府および準公共保険制度を拡大する考えをすべて中止し、現存の制度を削減または廃止すべきかどうか検討することを強く求める>


 この『年次改革要望書』については、関岡英之著『拒否できない日本-アメリカの日本改造が進んでいる』に詳しいので、後日紹介したい。

 郵政民営化で簡保を国からはずそうとしたアメリカは、TPPを利用して、本格的に混合医療の認可を含む医療保険分野などで日本市場に浸食しようとしている。

 繰り返すが、TPP交渉参加を標榜した民主党に対し、「反TPP」を掲げていた安倍自民党の公約違反を糾弾する声を、日刊ゲンダイ以外のマスメディアでは、目にしない。

 古い話になるが、2011年11月11日と、1が並んだ日に、当時の各新聞のTPPに関する社説を並べてみたことがある。2011年11月11日のブログ
当時は、もちろん民主党政権。あの時に味わったマスメディアへの失望感は深まりこそすれ、決して明るくなれない。今では、日刊ゲンダイなどの夕刊紙や地方新聞にこそ、真っ当な記事を見出すことが多い。

 朝日も読売も毎日も、そして日経も、勢いにのる安倍自民党には逆らえないのか・・・・・・。

しかし、「ペンは剣よりも強し」という言葉はまだ死語にしてはならないのではなかろうか。

 誤りを正すための「朝礼暮改」なら肯定できるが、たった三か月ほど前の衆院選で大勝利した自民党の豹変を、見過ごすどころか支持している状況が続くなら、そんなメディアこそ、本来の「競争」の中で「淘汰」されても致し方ないはずなのに、なかなかそうはならない。TPPの一点だけで、その新聞の存在意義を問うのは暴論だろう。しかし、読者の目が光る緊張感の中で、メディアは常に「国民」の視点を忘れず、良い意味での「朝令暮改」を恐れないで欲しい。
 真実を飽くことなく追及し、政府や官僚など“お上(かみ)”側ではなく、国民の視点に立つメディアが増えることは、その国に住む者にとって幸せなことだと思う。このままでは、「マス」コミは“お上”側の“扇動”メディアであって、「ミニ」コミだけが、国民を“先導”してくれることになりかねない。
 
 最後はつまらない地口になってしまったが、現状のメディアの状況は、決して幸福な国の姿とは言えないだろう。
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安倍首相の会議参加表明で、TPP論議があらためて熱くなってきた。参加した場合のメリット・デメリット論がいろいろと交わされるだろうが、それぞれの産業の立場から、「参加賛成」「参加反対」を一方的に言い合っていても、そこに生産的な議論への発展は期待できないのではないかと思う。

 ここは、実際に別の国でアメリカがした事実を見る必要がある。
 TPPでアメリカが日本市場進出の対象としている分野には、農業のみならず保険などを含む金融もある。今後の動静を見守るための参考として、お隣の国で、アメリカがやったことを振り返りたい。
 アメリカが韓国とのFTAを利用して、韓国の保険業界がどうなったか、東谷暁著『郵政崩壊とTPP』(文春新書、2012年4月20日初版発行)から引用したい。
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東谷暁著『郵政崩壊とTPP』(文春新書)

韓国郵政の保険部門は「拉致」された
 韓国郵政(韓国ポスト)については、日本ではあまり詳しく知られていないので、日本の場合と比較するのが難しいが、日本郵政の経営企画部調査室が2011年11月9日に「米韓FTA(保険分野)による韓国ポストへの影響」を作成している。これはいよいよTPPが現実のものになってきたので、これから日本郵政グループに何が起こるか、慌てて調べたものといえる。
 同文書などを参考にしながら、まず、韓国郵政がどのような事業体であるのかを見てみよう。韓国ポストはかつて日本がそうだったように政府機関として継続しており、韓国政府の「知識経済部」の管轄とされてきた。
 韓国郵政は「企画・管理局」「郵務局」「郵便貯金局」「総務部門」からなっている。企画・管理局の下に郵便局が三千五百五十九局(2010年度)あり、郵務局の郵便収益が約二千三百六十億円(2009年度、以下同様)、郵便貯金局の貯金収益が二千三百九十四億円、郵便保険局の収益が四百十二億円ある。
 単純に比較できないが、いちおう日本郵政グループと比較しておくと、日本の郵便局会社は直営・簡易郵便局を合わせて二万四千百七十六局(2008年度、以下同様)、郵便事業会社の経常収益が一兆八千八百七十四億円、郵便局会社の経常収益は一兆三千二百六十一億円、ゆうちょ銀行の経常収益が二兆四千八百八十五億円、かんぽ生命の経常収益は十五兆五千三百三十七億円ということになる。
 一見して明らかなのは、人口や経済規模を考慮しても、日本郵政グループにくらべて韓国郵政はコンパクトだということで、その意味ではアメリカ側が日本郵政の民営化を強く望んだことは分かるが、韓国郵政の保険部門にここまで固執したのは意外だという気がしないでもない。韓国郵政郵便保険局の保険料収入は国内の一割を占めるにすぎないのだ。
 しかし、アメリカ生命保険協会はアメリカ上院で、「韓国は保険市場として世界で十番目の規模を持つ」ため、「米韓FTAがアメリカにとって大きな意味をもつ」と証言した。また、韓国政府の郵便保険局がすでに第三分野つまり医療保険やがん保険にも進出していることも、アメリカ保険業にとっては気になるところだろう。
 これは日本での外資系保険会社のビジネスを考えれば、ぜひとも韓国郵政の郵便保険局を限度額(約二百九十万円、日本は一千万円)以外でも抑制しておきたいと考えたとしても不思議ではない。ちなみに、郵政民営化後も日本のかんぽ生命保険には、さまざまな「上乗せ規制」が課され、医療保険や癌保険の販売は認められていない。
 韓国郵政の保険に対して、「ここまでやるか」と思わせるのが、「商品の変更」や「新商品の販売」について「確認文書」までつけてあれこれ細かく制限していることだ。
 たとえば、商品の変更については金融監督委員会の勧告を受けることが必要であり、新商品の販売にいたってほぼ完全に禁止となり、韓国郵政の郵便保険局は変額生命保険、損害保険、退職保険などの新製品はまったく扱うことができないこととされてしまった。
 これは「制限」という生易しいものではなく、まるで韓国郵政の郵便保険局がアメリカに「拉致」されたようなものではないだろうか。


 FTAとTPPの違い、日本と韓国の違いはあるが、アメリカがやろうとしていることを探るには、参考になる事例だろう。とにかく、自分達の有利になるよう、相手が不利になるような契約を画策するのが常套手段であり、そこには、「あうんの呼吸」とか「気配り」などが入り込む余地はない。
 そして、契約書というものは、そういった肝腎な部分になればなるほど、相手の目に届かないように隠されているのが、国際間ビジネスでは常識だ。財務省(旧・大蔵省)の強い誘導で始まるTPP交渉だが、これからは外務省をはじめとする官僚は日本という国の産業を守り育てるために、ぜひしっかり働いて欲しいものだ。武器による戦争ではないが、これはアメリカとの経済戦争と認識する必要がある。

 そして、アメリカに注意するのは当然なのだが、私はあの「郵政民営化」の際に、施策に乗っかって漁夫の利を得ようとした人や企業があったことを思い出し、このTPPの流れを利用しようとする政治家や企業人の動きにも留意すべきだと思っている。

 あらためて、同じ書から、あの郵政民営化騒ぎの中で、「かんぽの宿」がどう扱われてきたのかを振り返りたい。
 
 2009年1月17日、当時の鳩山邦夫総務省は、大分県日田にある「かんぽの宿」を視察に訪れた。

「こんな立派な国民の財産を、日本郵政はオリックスに安値で譲渡しようとしている」
 そういった鳩山総務相は、その「立派な」建物である「かんぽの宿」を、いかにも思慮深げに眺めている写真を撮らせた。
 これに先立つ同月6日夜、都内のホテルで開かれた「九州選出国会議員の会」を中座するさい、突如、記者団に次のように述べてもいた・
「オリックスは立派な会社だが、譲渡に国民が納得するか。出来レースと受け取られかねない。率直に、まずいと思う。日本郵政は考え直してほしい」


 私は、この鳩山邦夫のパフォーマンスに接するまで、「かんぽの宿」を巡る悪行に気が付いていなかった。そういう意味で、鳩山邦夫は、この時良い仕事をしたと評価できるだろう。

 鳩山総務相が日本郵政による「かんぽの宿」売却に待ったをかけた理由として挙げたのは、第一に、なぜ宮内義彦氏が会長を務めるオリックスの子会社に売るのか、第二が、なぜ価格も上がらず買い手もつきにくいこの時期に売るのか、第三に、なぜバルク売り(一括売り)をしなくてはならないのか、だった。
 このとき日本郵政の西川善文社長(当時)は、この三点について、まず、入札で最も高い金額を提示したのがオリックス不動産であったこと、次に、赤字が膨らむ前に早く売った方が有利と考えたこと、さらに、全国ネットワークが維持されたまま売った方が価格も高くなると思ったことを挙げている。
 こうした説明は、後に刊行された西川氏の自伝『ザ・ラストバンカー』(講談社)でも改めて繰り返されている。

 

 出版社のネーミングかもしれないが、“ザ・ラストバンカー”などと言うタイトルの自伝本を出す神経をしている西川善文という人物の個性として、謹厳実直とか品格と言う言葉は似合いそうにない。さて、当時の西川日本郵政社長の鳩山邦夫総務相の疑問への回答の検証である。

 鳩山邦夫総務相の問いに対する三つの答えから見てみよう。
 まず、第一の反論だが、西川社長のいう「入札」という言葉からして不正確だった。たしかに、日本郵政はインターネット上などで「公告」を行なってはいるが、当初は二十七社あった入札希望者をふるい落とし、候補を二社に絞り込んでからは個別に条件交渉に入っている。これではとても「競争入札」と呼べるものではなく「任意契約」だろう。


 この「競争入札」について日本郵政は、事件発覚後、いったん「企画提案」であって、「競争入札」ではないと表明し、それがまた問題となってあらためて「競争入札」そして、総務省への報告では再び「企画提案」に戻るという不可解な行動をとっている。
 
 日本郵政には、アドバイザーがいた。

 日本郵政とアドバイザリー契約を結んでいたメリルリンチ日本証券が「企画提案」を望む企業に配った文書には、次のようにある。
<日本郵政は、本件譲渡の実行を約束するものではなく、その裁量より、いつの時点においても、理由の有無・内容を開示することなく、本プロセス及び本件譲渡を変更又は終了する権利を有し、その単独の意志により、本件譲渡の対象となる施設等の範囲を変更できるものとします。
 何とも無責任な文書で、これでは当初の約束など守る気がないといっているようなものだろう。それもそのはず、伊藤氏は私たちの取材に対して「最初からこれはM&A(企業合併・買収)だといっておけば、問題が起こらなかったかもしれない」などと、今回の事業譲渡の真意を明かしてもいる。


 この伊藤氏とは、当時日本郵政で執行役で資産ソリューション部の部長だった伊藤和博のこと。

 公的資産を、本音のところはM&Aで売却したかったのが日本郵政であり、そこに、オリックスの子会社や外資系証券会社がはびこっていたわけだ。

 先日書いた竹中平蔵が委員として政治の舞台に復帰した「産業競争力会議」のメンバーのみならず、TPPによって競争の様相が替わる産業で、漁夫の利を得ようとする企業があっても、まったく不思議はない。
 竹中だって、どこかの企業の「アドバイザー」になっているかもしれない。
“やはり自由貿易を拡大すること、そして、経済連携を深めていくこと、とりわけ、アメリカとの連携においてそのような関係を深めていくことは世界の利益であり、いうまでもなく日本の利益である。そして、日本の産業は自由貿易による競争を通じて強くなってきたという歴史的事実がある。これは基本認識ではないか。”などと詭弁を使う竹中を、私はまったく信用できないのだ。
 歴史的事実は、たとえば城山三郎の『官僚たちの夏』にこそ存在している。ネットビジネスのリーダー達を中心にした「産業力競争力会議」の中に、あの男いるのは、胡散くさくてしょうがない。

 私は、農産物や、医療、保健などが、ただ「便利」とか「安い」という観点でのみ語られるべきものだとは思わない。TPPへの参加による産業構造の変化は、たぶんにインターネットによるビジネス形態と関係性を深くするだろう。しかし、そこに「安全」や「人間性」「品格」という言葉が薄れていうくことを危惧する。

 TPP問題は、外のアメリカに注意するだけでなく、内に漁夫の利を得ようとする水面下の活動にも、十分に目を光らせる必要があるだろう。
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あれから二年・・・・・・。

 メディアでの大震災とフクシマに関する特集がここのところ増えている。実は、昨夜から当ブログのアクセスが異常に増えているのだが、どうも、私も見た「NHKスペシャル 3.11 あの日から2年 メルトダウン 原子炉"冷却"の死角」をご覧になった方が、「非常用復水器(イソコン)」で検索されて訪問された方が多いようだ。NHKサイト「NHKスペシャル」内の該当ページ

 他の番組でも登場しているのかもしれないが、たしかに「イソコン」で検索すると、結構上位に私が2011年12月18日の「NHKスペシャル」を見て書いた記事が並んでいる。2011年12月19日のブログ 
 この記事は、どちらかと言うと、その番組がフクシマを「人災」として誘導するような危険な香りを感じたので書いた。たしかに、イソコンが正常に稼働していれば、という歴史の「IF」は問われて良いかもしれないし、事実として人的ミスを含めて期待する機能は発揮されなかったが、そもそも、そういった装置が必要な巨大システム自体が問題なのである。決して、現場作業員の方の人的なミスが、問題の本質ではない。
 そういう意味では、見続けるのが辛くなってほんの少ししか見なかったが、あの時にヘリコプターで空から、給水車で地上から水をかけた人たちの英雄譚をドラマ化した番組が土曜にあったが、私には解せなかった。まだまだ、フクシマの英雄を語る時期ではないと思うし、もしドラマ化するにしても、違った視点が必要な気がした。特定の人や組織を過度に英雄扱いするのは、逆に特定の人や組織をスケープゴートにするのと同様、危険だと思う。


 二年の月日と、アベノミクスとやらによる景気上昇期待で、大震災からの復興がまったく停滞していること、フクシマは決して収束のメドが立っていないこと、などの危機感が薄くなっているように思う。

 新聞各社の今日の社説を眺めてみた。どの新聞が、この“記念日”に、本来忘れてはいけないことを指摘するのメディアなのか、あるいは風化の片棒を担ぐメディアなのかを、読み取りたいと思ったからだ。

 まず、東京新聞から。東京新聞の3月11日の社説

フィンランド「オンカロ」訪問のことから書き出されている。

 ことし一月、フィンランドのオンカロ(隠し場所)を取材した。使用済み核燃料を地中深くに埋設する世界初の最終処分場である。

 オンカロを運営するポシバ社の地質学者のトーマス・ペレさんが、その巨大な洞窟の道案内を務めてくれた。

 二〇二〇年ごろから核のごみを搬入し始め、八十年で処分と管理を終えて埋め戻し、入り口はコンクリートで固く閉ざして、元の自然に返すという。

◆ゼロベースで見直すと

 「地上には何の印も残さない。そこに何かがあるとは、誰も気付かないように。ここは忘れるための施設なんだよ」

 ペレさんのこの言葉こそ、忘れられるものではない。

 あれから二年、安倍政権には後戻りの風が吹いている。

 首相は一月の国会答弁で「前政権が掲げた『二〇三〇年代に原発ゼロ』の方針は具体的根拠を伴っていない。ゼロベースで見直す」と、脱原発の方針をあっさり打ち消した。

 先月末の訪米時には、ゼロ戦略の見直しと原発維持を、オバマ大統領に告げている。

 また施政方針演説では「妥協することなく安全性を高める新たな安全文化を創り上げます。その上で、安全が確認された原発は再稼働します」と、早期再稼働に意欲を見せた。

 安倍首相の発言に呼応して、霞が関も回帰を急ぐ。エネルギー基本計画を話し合う有識者会議から、脱原発派を一度に五人も追い出した。

 核のごみでは、前政権が打ち出した直接処分の検討を撤回し、使用済み燃料からプルトニウムなどを取り出して再び使う再処理を維持しようという動きもある。再処理を維持するということは、トラブルだらけの核燃料サイクル計画を続けていくということだ。


 最後は、オンカロの後で訪ねたデンマークの風力発電の取材記事を少しからめて、次のように締めている。

 オンカロを見学したあと、デンマーク南部のロラン島を訪れた。沖縄本島とほぼ同じ広さ、人口六万五千人の風の島では、至る所で個人所有の風車が回り、「エネルギー自給率500%の島」とも呼ばれている。

 デンマークは原発をやめて、自然エネルギーを選んだ国である。ロラン島では、かつて栄えた造船業が衰退したあと、前世紀の末、造船所の跡地に風力発電機のブレード(羽根)を造る工場を誘致したのが転機になった。

◆福島の今を忘れずに

 当時市の職員として新産業の育成に奔走した現市議のレオ・クリステンセンさんは「ひとつの時代が終わり、新しい時代への一歩を踏み出した」と振り返る。

 二度目の春、福島や東北だけでなく、私たちみんなが持続可能な未来に向けて、もう一歩、踏み出そう。そのためにも福島の今を正視し、決して忘れないでいよう。


 安倍政権による歴史の逆回転を牽制する点で、主張に正当性を感じる。

 さて、お次は「プロメテウスの罠」の朝日。朝日新聞の3月11日の社説
 フクシマの現場取材の件から書き始めている。

 記者を乗せたバスが東京電力福島第一原発の構内へ入る。

 周辺のがれきは片付き、新たな設備や機器が並ぶ。一見、ふつうの工事現場だ。

 ところが、海沿いの原子炉建屋に近づくと状況は一変する。

 水素爆発の衝撃で折れ曲がった巨大な鉄骨、ひっくり返った車——。1~3号機の周辺で測った放射線量は、毎時1ミリシーベルトを超えた。まだ人が入っての作業はできない。

 炉内は冷却を保っている。だが、建屋には毎日400トンの地下水が流入し、その分、汚染水が増え続ける。貯水タンクの増設でしのいでいるが、2年後には限界がくる。「収束」とはほど遠い現実がそこにある。

 防護服と全面マスクに身を包んだ人たちが黙々と働く。多くは、東電以外の協力会社や下請け企業の作業員だ。

 事故直後、命がけで対応にあたった人たちは「フクシマ50(フィフティー)」と世界から称賛された。

 いま、線量計をつけて働く作業員は1日約3500人。6割以上が地元・福島県の人たちだという。「フクシマ3500」の努力があって、私たちは日常の生活を送っている。



 この後、次のように続く。

■広がる孤立感

 原発周辺の町は先が見えず、苦しんでいる。

 浪江町復興推進課の玉川啓(あきら)さん(41)は、町の人と話す時、安易に「復興」という言葉を使わないようにしている。会話が進まなくなるからだ。

 「復興」には、災害そのものは終わったという語感がある。「しかし、避難している人たちにとって事故はまだ現在進行形なんです」。住民は今、約600の自治体に分散する。

 被災者には孤立感が広がる。

 福島市内の仮設住宅に移った双葉町の60代の男性。東京に住む娘に近い埼玉県に戸建てを買い、終(つい)の住み家にしたいと思うが、東電が提示する賠償金ではまったく足りない。

 福島県内とされる「仮の町」にも行くつもりはない。「放射能を気にして孫も来ないようなところでは意味がない」

 新しい町長にも、議会にも期待はしていない。「誰を選んでも何を訴えても、そこから先に届かないもの」

 原発が立地する他の自治体との距離も開くばかりだ。

 自民党本部で2月15日、原発のある道県の議会議長を招いた調査会が開かれた。相次ぐ「原発の早期再稼働を」の声に、福島県の斎藤健治議長は「これ以上、一緒に議論できない」と途中で席を立った。

 大震災の前までは、福島第一に原子炉の増設を求めるなどバリバリの原発推進派だった。

 「『原発は必要』という人ほど事故後の福島を見に来ない。会合の場でも言ったよ、自分で3号機の前に立ってみろって。そしたら再稼働なんて簡単に言えなくなる」



 福島県議会斎藤議長の次のコメントは、なかなか結構だった。
「『原発は必要』という人ほど事故後の福島を見に来ない。会合の場でも言ったよ、自分で3号機の前に立ってみろって。そしたら再稼働なんて簡単に言えなくなる」
 まず、自民党の全大臣は、フクシマの現場に行き、自分達が進めてきた人間の管理能力を超えた巨大システムの末路を、よく見るべきだろう。
 朝日には「プロメテウスの罠」も、しっかり続けてもらいたい。

 次は毎日。毎日新聞の3月11日の社説
 書き出しは、朝日と同じような、現在のフクシマの現場に関した内容。その後に、こう続く。

 安倍晋三首相は、民主党政権が掲げた「2030年代に原発ゼロ」という目標を見直すという。経済界を中心に早期の原発稼働を望む声も強まる。しかし、「原発ゼロ」からの後退は認められない。再出発する原子力政策の起点は、あの事故であることを忘れてはならない。 未来にツケを回すな 福島第1原発では、溶け落ちた核燃料を冷やすための注水が続く。建屋からは放射能に汚染された水が毎時30~40トンも排出される。汚染水は敷地内のタンクに貯蔵される。東電はタンク増設を計画しているが、それもあと2年あまりで満杯になる。

 水素爆発で建屋の上部が吹き飛んだ4号機は、1500本余りの使用済み核燃料を入れたプールが露出している。プールから燃料を取り出す作業は11月にも始まるが、敷地内に一時貯蔵した後の処分方法は決まっていない。

 こうした問題は、原発が抱える矛盾そのものだ。原発を稼働させるのであれば、放射性廃棄物の処分問題は避けて通れないはずだ。

 安倍政権は、使用済み核燃料の再処理を国策として継続するという。しかし、再処理して原発の燃料にする「核燃料サイクル」は行き詰まっている。

 日本原燃が青森県六ケ所村に建設中の再処理工場は、10月に完成予定だが、トラブル続きで工期は19回も延期されてきた。再処理で取り出したプルトニウムを使うはずの高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)も、トラブルで止まっている。技術や安全性、コストを考えれば核燃サイクルには幕を引くべきだ。

 高レベル放射性廃棄物は、地下数百メートルの安定した地層に埋める考えだ。しかし、放射能が十分に下がるまでの数万年間、地層の安定が保たれるかは分からない。原子力発電環境整備機構が最終処分地を公募しているが、応じた自治体はない。

 その結果、全国の原発には行き場のない使用済み核燃料がたまり続けている。未来にこれ以上「核のごみ」というツケを回さないためにも、できるだけ速やかな「脱原発依存」を目指すべきだ。


 意外、と言えば毎日に失礼だが、実に真っ当な主張だ。

 次は、読売。読売新聞の3月11日の社説

 前半は、避難生活者の数字的な実態を並べ、復興が進んでいないことを指摘。その後、このように続いている。

◆復興庁の責任は重大だ

 巨額の復興費の消化率が低い実態は看過できない。岩手、宮城、福島の3県と34市町村で、約1・4兆円が今年度中に予算執行できず、新年度に繰り越される。

 復興住宅などの事業用地買収が難航したり、利益の薄い工事を業者が敬遠して入札が不調だったりしているためだという。

 岩手、宮城両県の沿岸部では、がれきの撤去は進んだものの、津波で地盤沈下した土地のかさ上げや防潮堤建設などの工事に着手できていない地域が多い。

 この上、時間を浪費すれば、被災地の再生は遅れるばかりだ。

 司令塔機能を発揮すべき復興庁の責任は重い。各自治体との連携を一層強化し、被災地対策を主導する必要がある。

 復興庁が最近、復興交付金の使途を広げ、漁業集落の跡地のかさ上げなどにも使えるようにしたのは妥当だ。工事の停滞を解消し、復興予算執行のスピードを上げなければならない。

 被災地には、過疎の市町村が多く、その場所にすぐに活気を取り戻すのは容易ではない。

 かつて大地震と津波で被災した北海道奥尻島では、住民の高台移転などで多額の復興費が投じられた。しかし、その後は人口の減少に直面している。

 東北の被災地も、奥尻の教訓を生かす必要があろう。

 青森市、富山市などでは、住民を一つの地域に集め、病院や学校、郵便局も整備して利便性を高める事業を進めている。「コンパクトシティー」と呼ばれる。

 被災地の過疎対策への応用も検討に値するのではないか。

 安倍首相は、「復興は日本経済再生と並ぶ最重要課題だ。一日も早く結果を出すことで信頼を得たい」と強調している。復興なくして、首相が掲げる「強い経済」は実現できないだろう。

 ◆問われる具体的成果

 政府は今月6日、復興策を点検し、首相に改善を提言する有識者会議「復興推進委員会」のメンバーを大幅に入れ替えた。6月をめどに中間報告をまとめる。

 民主党政権が策定した現行の国の復興計画には、被災地の実情に照らすと、見直すべき点が多々あるだろう。復興の遅れは何が原因か。新たにどのような施策が必要か。東北の再生につながる提言をまとめてもらいたい。

 大震災から3年目に入り、求められているのは、具体的な行動と成果である。

 首相の決意通り、復興を加速させることが政府の使命だ。


 原発のことを触れずに書くには、「復興」しかなかったのかもしれない。冒頭に

 亡くなった人は1万5881人、行方不明は2668人に上る。

 避難生活を送る被災者は31万5000人を下らない。うち約16万人が、東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きた福島県の避難者である。


 と書いておきながら、福島県の16万人の避難者の方にとって、この社説が心に響くものがあるとは、到底思えない。なぜ避難者の半数の方が福島県の方か、ということを辿る上で必然的な言葉である原発の「げ」の字も、後半には登場しない。この新聞の原発推進・擁護の姿勢は不変だ。

 産経は、社説ではなく「主張」。さすが、安倍自民党の機関紙的な始まり方である。
産経新聞の3月11日の「主張」

 この2年、復興の歩みはあまりに遅すぎた。

 民主党政権のもと、政治家は保身と権力争いに奔走し、官僚組織の硬直化を招いた。それが被災自治体の手足を縛り、初動を遅らせた。発災当時の首相を起点とする「負の連鎖」といえるだろう。

 昨年末の政権交代後、安倍晋三首相は、強い権限を持つ「福島復興再生総局」を新設した。

 復興庁の司令塔機能の強化、現地采配の効果が表れるのはこれからだが、復興に取り組む意思と実行力を示し、被災者が前を向く環境に変えた。ようやく「原点」に立った感がある。



 次の「主張」は風評被害。

岩手、宮城、福島の東北3県の自治体では仙台市などを除いて人口減少に歯止めがかからない。仮設や民間の賃貸住宅で避難生活を送る人も31万人以上いて、1年前(約34万人)からそれほど減っていない。原発周辺の福島の被災者は、住み慣れた土地に帰還することすら、まだかなわない。

 こうした人々を支えるために、実践すべきことがある。まず風評被害の根絶だ。福島の農水産物は厳格な安全基準と検査を経て、市場に流通している。だが、売れない。放射線に対する拒絶反応が肥大しているからだ。さらに国は、年間1ミリシーベルトまで除染するという非現実的な目標も掲げている。

 風評の範囲は東北全県や茨城にも及ぶ。震災がれきの受け入れ拒否も、根っこは同じだ。過剰な自己防衛が被災者を傷つけていることを認識すべきだろう。



 締めでは、「教訓」を学び、正しく「継承」することを訴えている。

 気象庁は今月7日から、新しい津波警報の運用を始めた。大震災を教訓に、津波の規模が過小評価にならないよう改善し、避難行動を強く促すこととした。

 しかし住民の避難意識が低下すると、命を守るための警報が「オオカミ少年」的な情報になる恐れがある。システムやマニュアルは、いずれ形骸化する。

 今世紀前半に発生する可能性が高い南海トラフ(浅い海溝)の巨大地震は最悪の場合、「東日本大震災を上回る被害が発生し、国難ともいえる巨大災害になる」(中央防災会議)とされる。東日本と同じ海溝型地震で、最大級でなくても津波は起こる。首都直下地震にも備えなくてはならない。

 「3・11」の記憶は、列島を今後襲う巨大地震、津波を乗り切るために不可欠な日本の財産だ。一人一人が重い教訓に学び、正しく継承したい。


 自民党機関誌が、反原発、脱原発を語るわけもないが、見出しを含め「風評被害」を主役にするという点、最後の精神論的な締めくくり方が、ある意味この新聞の特徴とも言えるのだろう。

 日経は昨日と今日、上下に分けて社説を掲載しているが、その11日の内容から引用。
日経の3月11日の社説

廃炉へ次の目標示せ

 前政権が「原発敷地内で事故は収束した」と宣言してから1年3カ月。福島原発の状況に大きな進展はなく、むしろ廃炉への道のりの険しさを浮き彫りにした。

 原子炉を冷やし続けるには大量の水を循環させる必要があり、毎日400トンもの汚染水が生じる。それをためるタンクが林立し、大雨などで敷地外に漏れる懸念も消えない。溶けた核燃料や建屋に残る使用済み核燃料を安全に取り出す技術の開発も手探りが続く。

 廃炉は40年間に及ぶ長期戦になり、炉の冷却が不要になる時期も見通せない。それだけに、2~3年先に達成可能な目標が要る。それがないと、避難を強いられた住民は将来への不安を拭えない。被曝(ひばく)と闘いながら懸命に働く3千人の原発作業員の士気を保つためにも、政府と東電は新たな目標を示すべきだ。

 汚染水対策では放射能をできるだけ除いて量を減らす。核燃料の取り出しでは遠隔操作やロボットを最大限活用する。これらの技術の確立に全力を挙げるときだ。国産技術にこだわらず、海外の知恵ももっと活用すべきだろう。

 廃炉の費用も数兆円規模に膨らむとみられ、東電にとって負担は重い。福島で培った技術を国内外の他の原発の廃炉にも活用することを考え、政府と東電で費用の分担を真剣に探ってほしい。

 周辺地域の除染も、現実を踏まえた計画の練り直しが必要だ。

 原発から20~30キロメートル圏の田村市や楢葉町などでは昨年4月以降、警戒区域が順次解除された。住民は一時的に帰れるようになったが、除染が本格化しているのは一部の地域にとどまる。

 最初に警戒区域が解かれ、村民の4割が戻った川内村は「2年間で住民の被曝量を半減(子どもは6割減)する」との目標を掲げ、独自の除染計画を作った。まず居住地とそれに近い森林、農地の順に除染し、学校や病院など施設ごとに優先順位もつけた。

 こうした例は他の自治体にも参考になる。国は除染の目標として「(他の地域と同じ)放射線量年1ミリシーベルトに下げる」としたが、目標が高すぎて逆に足かせになっている面がある。段階的な目標を立て、達成状況を点検しながら除染できるよう、国が定期的な放射線計測の体制を整えるべきだ。


 基本的には産業界応援団的な新聞だろから、原発のことは避けるかと思っていたが、廃炉についての主張は、意外だった。しかし、避難地域の放射線量については、あくまで傍観者的なスタンスでの記事で、決して年間1ミリシーベルト堅持、を主張しているわけではない。
 しかし、それを言ったら、東京も朝日も、20ミリシーベルトという避難基準について、今日の社説では触れていないなぁ。「1ミリシーベルトでは避難地域が拡大するから20ミリシーベルト」という政治的な論理は、間違っていると言うべきだろう。ロシア・ウクライナ・ベラルーシといったチェルノブイリを経験した国の基準を踏まえることが優先されなければ、大事故からなんら教訓を得ていないということだ。

 あらためて書くが、チェルノブイリ事故後にソ連(正確にはロシア・ウクライナ・ベラルーシ)で設定された避難基準には2段階あって、一つは公衆被曝の1mSv/年を超えると「移住権利」が発生する。もう一つ5mSv/年を超える場合、「移住義務」になる。 
 原子力規制委員会が通そうとしている避難基準は、政府が定めた20mSv/年であり、チェルノブイリ地域の「移住権利」の20倍、「移住義務」の4倍だ。。

 「故郷に帰りたい」という思いに、「ここは帰れます」と国がお墨付きを与えれば帰る人は多いだろう。しかし、帰った子供達が将来被るかも知れない放射線被害について、チェルノブイリの尊い犠牲を生かさなかった現政権の為政者たちやマスコミ、本来責任を取る者達は、その時にはそこにいない。

 問われているのは、将来を見越した現在の政治とメディアである。常に、あの大震災とフクシマを風化させようとする動きに注意をしていきたい。それが、今生きている日本人の責務でもあると思う。
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これから3月11日にかかて、大震災とフクシマから二年ということで、特別番組が続くだろう。
 
 その中から、NHK総合で3月3日(日)の午後放送される内容をご紹介。

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NHKアーカイブス「小良ヶ浜ふたたび~震災2年 原発の浜の漁師たち~」
 上記URLのNHKサイト内の番組ページに、次のように書かれている。

東日本大震災からまもなく2年、東京電力福島第一原発の事故で、今も15,000人余りの全町民の避難が続く双葉郡富岡町。第一原発から南へ6キロ、第二原発との間に挟まれたその浜に、かつて日本一小さい漁港があった。富岡町大字小良(おら)ヶ浜—、平成5年、新港ができるまで、6組の家族が代々、漁業を続けてきた。
その暮らしぶりを描いた番組が残されている。
ぐるっと海道3万キロ「小良ヶ浜はオラが浜 ~福島県・浜通り~」(1986年放送)である。
番組では、NHKの過去の映像を紹介しながら、震災から2年、今も県内各地の仮設住宅や借り上げアパートで避難生活を送る小良ヶ浜の元漁師たちのその後を訪ねる。原発が地方にもたらしものは何だったのか、家族たちのそれぞれの人生を掘り起こしながら、ふたたび、故郷の海で生きる日々を模索する姿を伝えていく。



 原発が稼働した当時の海のこと。

福島第二原発が運転を開始した1980年代初頭、彼らの漁を記録したNHKの映像がある。—未明、まだ暗いうちから、わずか2~3トンの小型漁船が荒海に乗り出していく。そろばんと呼ばれる枕木を船底にあてがい、船を押し出すのは女房たちの役目だ。息のあった夫婦たち、家族たち全員が力をあわせて行う命がけの作業だ。冬はホッキ貝やシラウオ、夏はカレイ、ヒラメ、アワビ、スズキ、原発にその海をせばめられながらも、そこは豊かな漁場だった。



 なお「小良ヶ浜」がある、福島県双葉郡の中央にある富岡町の「災害版」ホームページにも、この番組のことが案内されている。
福島県富岡町「災害版」ホームページ内の番組紹介ページ

 原発が稼働しても、まだ「豊か」だった漁場は、あれから二年で、いったいどうなっているのか。

 ゲストはルポライターの鎌田慧さん。
 このブログでは、鎌田さんの著『原発列島を行く』を、何度か取り上げた。
2011年6月3日のブログ
2011年6月4日のブログ
2011年6月28日のブログ
2011年7月30日のブログ

 大震災とフクシマの後、福島の海がどうなっているのか、その海の恵みで暮らしていた漁師達の生活はどうなっているのか。非常に興味深い。録画して見るつもりだ。
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