幸兵衛の小言

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参院選は、予想通りの低投票率が、組織で戦った政党と、いわゆる保守的な高齢者の支持を背景にして政権与党に有利に働いた。「朝日新聞」サイトの該当ページ

2013年7月22日1時23分

参院選投票率52.61% 戦後3番目の低さ

 今回の参院選選挙区の投票率は、各都道府県が発表した結果などを朝日新聞社が集計したところ、52・61%だった。前回の2010年参院選の57・92%を5・31ポイント下回り、戦後3番目の低さだった。

 高かったのは島根の60・89%、山形の60・76%、鳥取の58・88%だった。低かったのは青森の46・25%、岡山の48・88%、千葉の49・22%だった。沖縄以外の46選挙区すべてで前回より投票率が低下した。

 参院選の投票率は1980年に74・54%を記録して以降、低下傾向が続き、95年に最低の44・52%となった。98年に投票時間を2時間延長してからは56~58%台で推移していた。

 政治とカネをめぐる問題や「消えた年金」問題が争点となった前々回の07年は58・64%(04年比2・07ポイント増)と近年では比較的高い投票率を記録。前回10年は消費税引き上げなどが争点だったが、投票率は07年比で0・72ポイントの微減だった。

 今回はインターネットを使った選挙運動が国政選挙で初めて解禁されたことから、若年層を中心に選挙への関心が高まるかどうかに注目が集まっていた。

 公示翌日の5日から20日までの16日間に期日前投票をした人は、総務省の速報値で47都道府県で1294万9982人となり、前回10年参院選の1208万5636人に比べ7・15%増えた。全体の有権者に占める割合は12・36%だった。参院選で期日前投票が始まった04年以降、増加が続いている。



 昨年の衆院選翌日のブログでも引用したが、総務省のサイトから「目で見る投票率」と言う資料(PDF)をダウンロードすることができる。2012年12月17日のブログ
総務省サイトの該当ページ

 参院選の前回までの投票率の推移のグラフを紹介。
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 2009年の民主党政権誕生から一時持ち直した投票率が、まさに民主党の崩壊につながる惨敗とともに、投票率の下降傾向に戻ったのだ。
 “二大政党制”への期待は、それが幻影だったと知ることで、再び政治への“無気力”、いわば“有権者の引きこもり”という病を悪化させた、とも言えるだろう。

 一度期待させただけに、民主党の責任は極めて大きい。小沢も鳩山も菅も全員同罪である。民主党という薬は、日本の有権者の政治不信という病気にいったんは効果的だったが、この薬の内部構造が勝手に自己破壊することで、健康を害する毒薬になったとも言えるだろう。薬(drug)が、麻薬(ドラッグ)に変った。

 しかし、民主糖という処方箋の代りに共産糖という薬が、今の日本の症状に効果的とも思われない。

 薬ではなく、ここは日本の有権者に“お灸”が必要だと思う。

 ちなみに、参院選前二回の年齢層別の投票率は、次のようになっている。

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 今回の選挙の統計が発表されるのは少し先になるだろうが、二十歳代後半から、四十歳代の投票率は、前回よりさらに下がったであろうと予想できる。

 今回、彼ら重要な日本の働き手を襲っていた“空気”は、次のようなものではなかろうか。

 “たぶん、自民党が勝つだろう。民主党はどうしようもない体たらくだし、橋下じゃしょうがない。他に自民党に対抗できるのは・・・共産党位かなぁ。まぁ、アベノミクスがいつまで持つか分からないが、景気は回復しつつあるようだし、今は自民党でもいいかもしれない・・・どうせ自分が投票に行かなくても、結果は変わらないさ”

 こんな思いで棄権した有権者は、決して少なくないだろう。もっと、政治に冷めている若者も多いに違いない。

 ちなみに過去最低、2007年の投票率44.52は、第一次安倍政権で閣僚の不祥事が続いたことによる有権者のシラケムードが大きく影響している。


 政治的な“引きこもり”を発症させた原因は、環境にもある。たしかに、政治に期待できない状況が政権交代前の自民党、そして民主党時代を経て続いたのは事実だ。しかし、だからと言って、投票の「権利」を四割以上の有権者が放棄していることの言い訳になならない。


 衆院選の後にも書いたが、投票は「権利」ではなく、「義務」化すべき時に来ていると思う。

 その仕組みが効果的に機能していないかもしれないが、投票を媒介とする「間接民主主義」を選んだ国民は、投票でしか、政治に対して主体的、具体的な影響を行使することはできない。

 衆院選の後にも書いたように、世界には「義務投票制」によって、棄権した場合に「罰則」のある国や地域がある。Wikipediaから、罰則規定の厳格な国のみを引用する。Wikipedia「義務投票制」

義務投票制を採用している国

罰則適用の厳格な国

ウルグアイ  
  :罰則は、罰金・権利の一部制限。罰則適用は、厳格。
キプロス   
  :罰則は、罰金(500キプロス・ポンド以下)・入獄。罰則適用は、厳格。
オーストラリア
  :罰則は、罰金(原則20豪ドルだが、裁判所で争うと50豪ドル以下)。
   罰則適用は、厳格。
シンガポール 
  :罰則は、選挙人名簿からの抹消。棄権がやむを得ないものであったこと
   を明示するか、5シンガポール・ドルを支払えば、選挙人名簿再登録
   可能。罰則適用は、厳格。
スイス   
  :シャフハウゼン州のみ。州法により、連邦選挙における投票も法的義務。
   罰則は、罰金(3スイス・フラン)。罰則適用は、厳格。
ナウル   
  :罰則は、罰金。罰則適用は、厳格。
フィジー  
  :罰則は、罰金・入獄。罰則適用は、厳格。
ベルギー  
  :罰則は、罰金(初回は5-10ユーロ。二回目以降は10-25ユーロ。)・
   選挙権制限(15年間に4回以上棄権の場合は、10年間選挙資格停止)。
   罰則適用は、厳格。
ルクセンブルク
  :罰則は、罰金(99-991ユーロ。初回の棄権から6年以内に再度棄権する
   と、重い罰金が課せられる。)。ただし、71歳以上の者と投票日に海外
   にいる者との投票は任意。罰則適用は、厳格(初回の棄権に対しては
   通常は警告文書が送られるだけだが、棄権が重なると裁判所での判決
   を受けることになる可能性がある。)。



 義務化しなくても投票率の高い国は北欧に多い。最近の国政選挙で、スウエーデン、アイスランド、デンマークは80%を超えている。しかし、他の西欧諸国では、ドイツが約70%、イギリスが60%台、フランスやアメリカの大統領選以外の選挙は50%台で日本に近い。
 しかし、日本の50%とアメリカ、フランスの50%は、同じように語ることはできないだろう。もし投票(間接民主活動)を行なわない場合でも、ボランティアやNPOなど、直接的に社会貢献のための活動を行なう国民が欧米では多いということを考慮すべきだ。ある意味、それはキリスト教精神が背景にある博愛精神の発露でもある。
 
 もちろん、日本にだって「相互扶助」の精神は昔からあったし、味噌・醤油を借りあう長屋文化はあった。しかし、その農耕民族として自然に培ってきて日本の協調の美徳は、今や古典芸能の世界にしか遺されていないのではないか。

 あえて問おう。日本の若年層の棄権者は、投票行動に代わって何か社会のための行動をしているのか。選挙という方法以外に社会と積極的に関わっている若者は決して多くはないだろう。逆に、そういう若者は決して棄権しそうに思えない。

 そんなことも考えると、私は、投票は「権利」から「義務」に変えるべき時を迎えていると強く感じる。どうしても投票しなければならないならば、きっとその投票行動に主体性を持つだろうし、情報も収集するだろう。しかし、「義務化」し、投票率が上がって困るのが、政権与党であろうから、このパラダイム・シフトは、そうそう生易しいことでは進まない。「棄権する自由」も重要だ、という主張もあるだろう。

 私見だが、一票の格差問題と同様に、ここは「三権分立」の「司法」が、「国民の半数が投票しない選挙は無効である」位の主張をしないだろうか。

 しかし、「行政」と「立法」を動かすためにも、結局「投票」によって「投票の義務化」を進める政府を選ばなけれなばならない、というループに陥るのが、何とも残念だ。
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by koubeinokogoto | 2013-07-22 20:29 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
映画『風立ちぬ』で話題のスタジオ・ジブリ、そして宮崎駿だが、ジブリが発行している小冊子『熱風』の7月号の特集が「憲法」で、大いに話題になっているため、急遽、サイトからPDFでダウンロードのサービスを開始してくれた。
「スタジオ・ジブリ」サイトの該当ページ

 次のような説明がある。

『熱風』7月号の特集は「憲法改正」です。
この問題に対する意識の高さを反映したためか、7月号は多くのメディアで紹介され、編集部には「読んでみたい」というたくさんの問い合わせがありました。
しかし取扱書店では品切れのところが多く、入手は難しいようです。今回編集部では、このような状況を鑑みて、インターネットで、特集の原稿4本を全文緊急配信することに決定しました。
ダウンロードは無料、配信期間は8月20日18時までです。



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 上図が表紙。

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 宮崎駿のメッセージが熱い。まさに“熱風”である。

 一部を紹介したい。

 憲法を変えることについては、反対に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います。
 法的には96条の条項を変えて、その後にどうこうするというのでも成り立つのかもしれないけれど、それは詐欺です。やってはいけないことです。国の将来を決定していくことですから、できるだけ多数の人間たちの意見を反映したものにしなきゃいけない。多数であれば正しいなんてことは全然思っていないけれど、変えるためにはちゃんとした論議をしなければいけない。
 それなのに今は、ちょっと本音を漏らして大騒ぎを起こすと、うやむやに誤魔化して「いや、そういう意味じゃないんだ」みたいなことを言っている。それを見るにつけ、政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから。それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから。



 ぜひ、一人でも多くの方に、目前に迫った参院選投票日までに読んで欲しい内容だ。

 大手メディアが安倍右傾化政権に睨まれるのを恐れ、真っ当なオピニオンを発信しない今の状況において、非常に価値あるオピニオンである。

 ジブリや宮崎駿は、アニメを作るだけではない。日本人の了見までも鍛え直してくれようとしている。

 子ども達に夢を与えるアニメ作品。その子ども達が将来武器を持って異国の地での戦闘の途上で、「ああ、トトロは楽しかったなぁ」などと振り返らせる“平和な時代の思い出”にしてはいけないだろう。


 ぜひ、上記ジブリのサイトからダウンロードして、全文をご覧ください。
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by koubeinokogoto | 2013-07-19 06:56 | 戦争反対 | Comments(0)
予想されたことだが、フクシマの地下が放射能まみれになっている。
「時事ドットコム」の該当ニュース

新設井戸でも高濃度汚染水=建屋側で9万ベクレル−福島第1

 東京電力は12日、福島第1原発2号機タービン建屋海側に新たに堀った観測用井戸で、ストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質を1リットル当たり9万2000ベクレル検出したと発表した。
 東電は昨年末に掘った井戸から放射性物質が検出されたため、周囲4カ所に新たに井戸を掘り、汚染経路などを調べている。9万2000ベクレルが検出されたのは、このうち西側の建屋寄りの井戸で、最初に問題になった井戸より放射性物質の濃度が約60倍高い。
 4カ所のうち南側の井戸では90万ベクレルが検出されており、東電はこの近くで2011年4月に高濃度汚染水が海に大量漏出した際、地中に残った分が井戸に浸透したとみていた。だが、南側だけでなく西側の井戸でも高い濃度が確認されたことで、他にも地中に漏れたルートがある可能性が出てきた。(2013/07/13-00:37)



 福島第1原発は、1号機のみならず、2号機、3号機でも炉心溶融が起こり、少なくとも圧力容器の底まで、最悪の場合は格納容器までメルトダウンからメルトスルーがあったのだ。MOX燃料を使っている3号機も相当やっかいだ・・・・・・。

 冷却のために、大量の水を使っている。地震による亀裂を考えると、放射能を含んだ水は至るところから地下に流れ出ているだろう。

 では、フクシマにどれほどの放射性物質があったと想定できるのか。
 
 2011年5月に書いたブログを再度引用したい。2011年5月17日のブログ

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高木仁三郎著『プルトニウムの恐怖』

 原子炉が停止した後、どんな放射性物質が原子炉にあるのかを知るために、高木仁三郎著『プルトニウムの恐怖』(岩波新書、1981年11月20日第1刷発行)の第3章「核燃料はめぐる」から引用したい。

下流の放射能
 原子炉で燃料が燃えると、燃えかすとしてさまざまな放射能が発生する。燃えかすの主な放射性物質の発生量とその毒性を、表3-1にまとめて掲げる。

表3-1 原子炉の内蔵放射能の目安(100万kw軽水炉停止後1日)
——————————————————————————————
主な核種      半減期   およその放射能量  許容量*の何倍か
                    (100万キューリー)
——————————————————————————————
クリプトン-85      10.8年       1.1         —
他の希ガス       —         200         —
ストロンチウム-89   54日        70      175兆(骨)
ストロンチウム-90   28年         9        45兆(骨)
ジルコニウム-95    65日       140       70兆(全身)
ヨウ素-131         8日        50      710兆(甲状腺)
セシウム-137       30年        9       3兆(全身)
プルトニウム-238    87.7年        0.28    175兆(肺)
プルトニウム-239  24100年        0.033     20兆(肺)
——————————————————————————————
 合  計              3500   1000-2000兆(全身)
——————————————————————————————
*各決定臓器に対する最大許容負荷量の10分の1

 この表で、「許容量」とは、職業人の対する最大許容負荷量の十分の一を意味する。また、(肺)とか(骨)とかいうのは、その臓器に対する負荷量をもとに計算したことを示す。このように線量評価や規制をある臓器(組織)に着目して行う場合、それを決定臓器(組織)と呼んでいる。
 この表に掲げられた巨大な放射能が一つの原子炉で毎年生産されることが、いわば原子力問題のアルファでありオメガであるといってもよい。原子力発電所の最大の問題は、これだけの放射能を炉心に内蔵させながら運転しなければならない、ということであり、再処理工場はそれらの放射能を化学処理しなくてはならない、ということである。
 表3-1にみられるように、一つの炉心に一年間に生まれる放射能は、ひとりの人間の許容量にすればおよそ2000兆倍(2000兆人分)に相当する。もちろんこの放射能が、そのまま環境に漏れ出るわけではなく、環境に漏れたものがそのまま人体に入ってくるわけでもない。しかし、かりにその1000万分の1が漏れ出ても、二億人の許容量にあたる量が環境を汚染する。閉じこめの信頼度を1000万分の1に保つことは、現在の技術では最高水準に属することだが、それでもなお膨大な放射能が環境に放出されることになる。実際、このレベルを上まわる環境放出が、核燃料サイクルのどこか(とくに再処理工場)で日常的に起こっている。
 そして仮に環境放出や事故などなくても、いったん閉じこめた放射能(放射性廃棄物)を最終的にどうするかが、核燃料サイクルが回転するためには大きな問題となる。



 見出しの「下流」について補足。核燃料サイクルには、ウランの採掘から始まって、その燃料の加工、原子力発電での燃焼、さらに放射性廃棄物へと至る流れがあり、その中の“原子炉へ向かう”流れを「上流(アッパーストリーム)」と呼び、“原子炉から先”の流れが、「下流(ダウンスオリーム)」と呼ばれる。

 福島第1原発は、1号機が46万kw、2号機が78.4万kw、3号機も78.4万kwなので発電量の合計は202.8万kw。高木さんの表は100万kwを想定しているから、ほぼこの倍の放射性物質が停止後の炉心にあったと想定できる。ということは許容量で4000兆人分相当の放射能が、理論上あったことになる。約70億人の全地球人口を、いったい何回消滅させるだけの放射能が発生しているのだろうか。
 それに加えて3号機がプルトニウムそのものを燃料に含むMOX燃料なので、放射性物質はウランのみを燃料とする1号機、2号機より種類も量も多くなる。アクチノイド系の放射能が多く発生しているはずだ。加えて、MOX燃料は融点も低く溶融しやすい。

“原子力発電所の最大の問題は、これだけの放射能を炉心に内蔵させながら運転しなければならない、ということであり、再処理工場はそれらの放射能を化学処理しなくてはならない、ということである”という高木さんの指摘をよく噛みしめれば、とても再稼動をしようとか、MOX燃料を使うリサイクルをしようなどという「悪魔のささやき」を受け容れることはできない。

 汚染水の問題は、調査を急ぐことも重要だし、そのデータに基づきワーストケースを想定していち早く警報を発すべきだろう。関東地区の水道の検査結果も毎日公開すべきだしメディアも掲載すべきだろう。市民の安心な生活のための情報公開が、今も求められている。これまでのような、情報公開の遅れは許されない。

 フクシマは、まだまだ収束などしていない。未だに放射能を撒き散らしているし、地下では日々地下水が汚染され、それが濃縮されているはずだ。憲法改正やTPP参加、アジア近隣諸国との緊張を高めるだけの無用で幼稚な発言をする暇などないはずだ。

 大震災とフクシマからの復興をどうするのか。その課題は3.11以降最大の課題として変わらない。その中でも放射能被害を最大の努力と知見で防ぐことが重要だ。とても、現在の政府や関連組織が、そのような行動をしているようには思えない。

 放置してはならない国家の緊急課題に真っ向から取り組まない政治によって多くの国民が被害を蒙るのは、真っ平御免である。
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by koubeinokogoto | 2013-07-13 08:39 | 原発はいらない | Comments(2)
 1955年の7月9日は、世界に誇る二人の偉人の名で、核兵器廃絶と戦争廃絶を訴えるメッセージが発表された日である。

 米ソが原爆のみならず水爆実験を行い、あの第五福竜丸の被爆が全世界のニュースとなった次の年、イギリスの哲学者で論理学者、数学者でもあるバートランド・ラッセルと、アルベルト・アインシュタインが中心となり、ロンドンにて当時の第一級の科学者ら11人の連名で核兵器廃絶、戦争の廃絶と科学技術の平和利用を訴えた宣言が「ラッセル・アインシュタイン宣言」である。

 この宣言が公開される約三か月前1955年4月18日にアインシュタインが没しており、この宣言への署名は死の一週間前だったらしい。よって、この宣言は“アインシュタインの遺言”とも言われている。

 この宣言から二年後1957年にカナダのパグウォッシュ村で科学者の会議が開催され、日本からは、湯川秀樹、朝永振一郎等が参加した。その後、この会議は第一回目の開催地の名で開催されるようになった。

 「宣言」の日本語全文を、「日本パグウォッシュ会議」のサイトから引用したい。
「日本パグウォッシュ会議」サイトの該当ページ

ラッセル・アインシュタイン宣言(1955)

人類が直面している悲劇的な情勢の中、科学者による会議を召集し、大量破壊兵器開発によってどれほどの危機に陥るのかを予測し、この草案の精神において決議を討議すべきであると私たちは感じている。

私たちが今この機会に発言しているのは、特定の国民や大陸や信条の一員としてではなく、存続が危ぶまれている人類、いわば人という種の一員としてである。世界は紛争にみちみちている。そこでは諸々の小規模紛争は、共産主義と反共産主義との巨大な戦いのもとに、隠蔽されているのだ。

政治的な関心の高い人々のほとんどは、こうした問題に感情を強くゆすぶられている。しかしもしできるならば、皆ににそのような感情から離れて、すばらしい歴史を持ち、私たちのだれ一人としてその消滅を望むはずがない 生物学上の種の成員としてのみ反省してもらいたい。

私たちは、一つの陣営に対し、他の陣営に対するよりも強く訴えるような言葉は、一言も使わないようにこころがけよう。すべての人がひとしく危機にさらされており、もし皆がこの危機を理解することができれば、ともにそれを回避する望みがあるのだ。

私たちには新たな思考法が必要である。私たちは自らに問いかけることを学ばなくてはならない。それは、私たちが好むいづれかの陣営を軍事的勝利に導く為にとられる手段ではない。というのも、そうした手段はもはや存在しないのである。そうではなく、私たちが自らに問いかけるべき質問は、どんな手段をとれば双方に悲惨な結末をもたらすにちがいない軍事的な争いを防止できるかという問題である。

一般の人々、そして権威ある地位にある多くの人々でさえも、核戦争によって発生する事態を未だ自覚していない。一般の人々はいまでも都市が抹殺されるくらいにしか考えていない。新爆弾が旧爆弾よりも強力だということ、原子爆弾が1発で広島を抹殺できたのに対して水爆なら1発でロンドンやニューヨークやモスクワのような巨大都市を抹殺できるだろうことは明らかである。

水爆戦争になれば大都市が跡形もなく破壊されてしまうだろうことは疑問の余地がない。しかしこれは、私たちが直面することを余儀なくされている小さな悲惨事の1つである。たとえロンドンやニューヨークやモスクワのすべての市民が絶滅したとしても2、3世紀のあいだには世界は打撃から回復するかもしれない。しかしながら今や私たちは、とくにビキニの実験以来、核爆弾はこれまでの推測よりもはるかに広範囲にわたって徐々に破壊力を広げるであろうことを知っている。

信頼できる権威ある筋から、現在では広島を破壊した爆弾の2500倍も強力な爆弾を製造できることが述べられている。もしそのような爆弾が地上近くまたは水中で爆発すれば、放射能をもった粒子が上空へ吹き上げられる。そしてこれらの粒子は死の灰または雨の形で徐々に落下してきて、地球の表面に降下する。日本の漁夫たちとその漁獲物を汚染したのは、この灰であった。そのような死をもたらす放射能をもった粒子がどれほど広く拡散するのかは誰にもわからない。しかし最も権威ある人々は一致して水爆による戦争は実際に人類に終末をもたらす可能性が十分にあることを指摘している。もし多数の水爆が使用されるならば、全面的な死滅がおこる恐れがある。——瞬間的に死ぬのはほんのわずかだが、多数のものはじりじりと病気の苦しみをなめ、肉体は崩壊してゆく。

著名な科学者や権威者たちによって軍事戦略上からの多くの警告が発せられている。にもかかわらず、最悪の結果が必ず起こるとは、だれも言おうとしていない。実際彼らが言っているのは、このような結果が起こる可能性があるということ、そしてだれもそういう結果が実際起こらないとは断言できないということである。この問題についての専門家の見解が彼らの政治上の立場や偏見に少しでも左右されたということは今まで見たことがない。私たちの調査で明らかになったかぎりでは、それらの見解はただ専門家のそれぞれの知識の範囲にもとづいているだけである。一番よく知っている人が一番暗い見通しをもっていることがわかった。

さて、ここに私たちが皆に提出する問題、きびしく、恐ろしく、おそらく、そして避けることのできない問題がある——私たちは人類に絶滅をもたらすか、それとも人類が戦争を放棄するか?人々はこの二者択一という問題を面と向かってとり上げようとしないであろう。というのは、戦争を廃絶することはあまりにもむずかしいからである。

戦争の廃絶は国家主権に不快な制限を要求するであろう。しかし、おそらく他のなにものにもまして事態の理解をさまたげているのは、「人類」という言葉が漠然としており、抽象的だと感じられる点にあろう。危険は単にぼんやり感知される人類に対してではなく、自分自身や子どもや孫たちに対して存在するのだが、人々はそれをはっきりと心に描くことがほとんどできないのだ。人々は個人としての自分たちめいめいと自分の愛する者たちが、苦しみながら死滅しようとする切迫した危険状態にあるということがほとんどつかめていない。そこで人々は、近代兵器さえ禁止されるなら、おそらく戦争はつづけてもかまわないと思っている。

この希望は幻想である。たとえ水爆を使用しないというどんな協定が平時にむすばれていたとしても、戦時にはそんな協定はもはや拘束とは考えられず、戦争が起こるやいなや双方とも水爆の製造にとりかかるであろう。なぜなら、もし一方がそれを製造して他方が製造しないとすれば、それを製造した側はかならず勝利するにちがいないからである。軍備の全面的削減の一環としての核兵器を放棄する協定は、最終的な解決に結びつくわけではないけれども、一定の重要な役割を果たすだろう。第一に、およそ東西間の協定は、緊張の緩和を目指すかぎり、どんなものでも有益である。第二に、熱核兵器の廃棄は、もし相手がこれを誠実に実行していることが双方に信じられるとすれば、現在双方を神経的な不安状態に落とし入れている真珠湾式の奇襲の恐怖を減らすことになるであろう。それゆえ私たちは、ほんの第一歩には違いないが、そのような協定を歓迎すべきなのである。

大部分の人間は感情的には中立ではない。しかし人類として、私たちは次のことを銘記しなければならない。すなわち、もし東西間の問題が何らかの方法で解決され、誰もが——共産主義者であろうと反共産主義者であろうと、アジア人であろうとヨーロッパ人であろうと、または、アメリカ人であろうとも、また白人であろうと黒人であろうと——、出来うる限りの満足を得られなくてはならないとすれば、これらの問題は戦争によって解決されてはならない。私たちは東側においても西側においても、このことが理解されることを望んでいる。

私たちの前には、もし私たちがそれを選ぶならば、幸福と知識の絶えまない進歩がある。私たちの争いを忘れることができぬからといって、そのかわりに、私たちは死を選ぶのであろうか?私たちは、人類として、人類に向かって訴える——あなたがたの人間性を心に止め、そしてその他のことを忘れよ、と。もしそれができるならば、道は新しい楽園へむかってひらけている。もしできないならば、あなたがたのまえには全面的な死の危険が横たわっている。

決議

私たちは、この会議を招請し、それを通じて世界の科学者たちおよび一般大衆に、つぎの決議に署名するようすすめる。

「およそ将来の世界戦争においてはかならず核兵器が使用されるであろうし、そしてそのような兵器が人類の存続をおびやかしているという事実からみて、私たちは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されないことを自覚し、このことを公然とみとめるよう勧告する。したがってまた、私たちは彼らに、彼らのあいだのあらゆる紛争問題の解決のための平和的な手段をみいだすよう勧告する。」

1955年7月9日 ロンドンにて
マックス・ボルン教授(ノーベル物理学賞)
P・W・ブリッジマン教授(ノーベル物理学賞)
アルバート・アインシュタイン教授(ノーベル物理学賞)
L・インフェルト教授
F・ジョリオ・キュリー教授(ノーベル化学賞)
H・J・ムラー教授(ノーベル生理学・医学賞)
ライナス・ポーリング教授(ノーベル化学賞)
C・F・パウエル教授(ノーベル物理学賞)
J・ロートブラット教授
バートランド・ラッセル卿(ノーベル文学賞)
湯川秀樹教授(ノーベル物理学賞)



 この宣言に署名した湯川秀樹は、「原子力の平和利用」という詐欺まがいの謳い文句で、時の政府が原発を推進しようとするために設立した科学技術庁傘下の原子力委員会の委員として、政治の世界に巻き込まれた。
 その科学技術庁のトップは、「原子力大臣」と自称した正力松太郎だった。

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三宅泰雄著『死の灰と闘う科学者』(岩波新書)

 2011年4月に、まだ重版されていなかった三宅泰雄著『死の灰と闘う科学者』を元に、日本の原発行政の「あの時」を紹介したので、あらためて引用したい。
2011年4月13日のブログ

原子力大臣の出現 
 このときの内閣総理大臣は鳩山一郎氏(第三次)であった。閣僚の一人に正力松太郎氏がいた。正力氏は入閣をもとめられたさい、防衛大臣のポストをあたえられようとしていた。しかし、彼は「原子力大臣ならやる」と自ら原子力担当大臣を買って出た。
「彼(鳩山総理)はキョトンとした。“原子力って何だね”総理大臣が知らないのも無理はない。この時初めてわが国政府機構の中に原子力を中心とする科学技術全般を専管する大臣のポストが決り、その本格的政治が動き出したのだった」と正力氏はのちに、こう書いている(『原子力開発十年史』)。
 現代国家の総理大臣ともあろう人が「原子力」を知らないとは、おそれいった次第だが、それを「無理もない」とする正力氏にも問題がありそうだ。アイゼンハワー大統領が、「原子力を平和へ」の大演説を国連総会でおこなったのは、すでに二年も前のことであった。また、1954年の国連総会は、最大の政治的課題として、原子力平和利用の決議を採択した。1955年8月には、ジュネーブで国連主催の原子力平和利用会議が開催されたばかりであった。
 正力氏は翌年(1956年)1月1日に発足した原子力委員会の初代委員長になった。ついで、その年の5月19日にスタートした科学技術庁の初代長官のポストにおさまった。原子力委員会の委員の人選のさい、学術会議原子力問題委員会委員長藤岡由夫博士を、委員にすることに、正力氏はきわめて消極的であった。しかし、彼はノーベル賞受賞の湯川秀樹教授(京都大学、物理学)を入れて、委員会を内外ともに権威づけようとした。それとひきかえに、しぶしぶ藤岡氏の委員就任を承諾したのであった。
 藤岡博士の背後にある日本学術会議が、正力氏らが考えているような、原子力政策を、真向から批判することは目に見えていた。それが藤岡博士を忌避した理由である。しかし、懇請のすえ、ようやく入ってもらった湯川教授は、性急に輸入によって原子力発電を実現させようとする正力氏の意見との間に、本質的な相違を感じた。湯川教授は、はやくもその四月には辞表を出し、病気欠席のまま、翌年(1957年)には正式に辞任した。こんなことなら、面倒をかける大学人とは、むしろこちらから縁をきりたいと正力氏が考えたのは、当然のことであろう。
 すでに原子力委員会は、大学とは公式交流はしないことになっていた。委員の中には、社会党からの推せんをうけて、有沢広巳教授(東京大学、経済学)が入っていた。委員就任のさい、矢内原総長から、原子力委員会が大学の自治をおかさぬという約束をかたくなに守るようにいわれていたことは、いうまでもないことであった。
 科学技術庁設置法案を起草するにあたって、大学との絶縁状を法文化し、「こちらから」積極的に大学との縁をきろう、という一石二鳥の妙案が、正力氏はじめ、政府高官の間で練られていたことは、たしかなことである。



 1955年7月という時期を考えると、「ラッセル・アインシュタイン宣言」が、同年8月にジュネーブで予定されていた国連主催原子力平和利用会議を意識したものと察せられる。「平和利用」という言葉の欺瞞性をラッセルとアインシュタインも、そして他の署名した科学者もよく分かっていたからこその意思表明だったのだろう。

 それにしても、当時の総理大臣鳩山一郎の原子力に対する“感度”の低さには、情けないほど呆れてしまう。この“感度”の低さは、彼の孫にも引き継がれているようだ。

 湯川秀樹が、「ラッセル・アインシュタイン宣言」に署名した後に参加した原子力委員会で、正力委員長の独断専行でアメリカからの輸入による原子力発電所の早期建設という動きに抵抗して委員を辞任した行動は、よく分かる。しかし、いくらノーベル賞受賞者にしても、残念ながら、正力が進める原子力政策について歯止めをかけることは出来なかった。

 原子力委員会と科学技術庁が発足した昭和31(1956)年当時、鳩山一郎は73歳、正力は二歳年下の71歳と年齢は近い。しかし、政治家としてのキャリアは、正力が前年昭和30年の選挙で富山二区から立候補して初当選したばかり。政治家年齢なら、大人と子供の開きがあったと思うが、昭和28(1953)年に日本テレビ開局によって波に乗る正力と、三年後の昭和34年3月に亡くなった鳩山とでは、心身ともに勢いの違いがあったのかもしれない。

 正力松太郎が、自らの読売グループを最大限に原発の広報部門として活用した過去と、現在の安倍政権と読売や産経との関係を比べると、まさにデジャブ(既視感)に襲われる。


「ラッセル・アインシュタイン宣言」は、まったく色あせてはいない。

“戦争の廃絶は国家主権に不快な制限を要求するであろう。しかし、おそらく他のなにものにもまして事態の理解をさまたげているのは、「人類」という言葉が漠然としており、抽象的だと感じられる点にあろう。危険は単にぼんやり感知される人類に対してではなく、自分自身や子どもや孫たちに対して存在するのだが、人々はそれをはっきりと心に描くことがほとんどできないのだ。人々は個人としての自分たちめいめいと自分の愛する者たちが、苦しみながら死滅しようとする切迫した危険状態にあるということがほとんどつかめていない。そこで人々は、近代兵器さえ禁止されるなら、おそらく戦争はつづけてもかまわないと思っている。
この希望は幻想である”


 ラッセルやアインシュタイン、そして当時の世界を代表する科学者が「核の廃絶、戦争の放棄」を強調したのは、まさに“地球市民”としての視点からだったと思う。

 しかし、まだ地球には戦争も核兵器も残ったままである。

 そして、現在の日本。
 戦争廃絶どころか、憲法改正をして、“自前の軍隊で戦争ができる”ことを目指すことは、58年前のアインシュタインの遺言を、まったく無視した蛮行である。そして、原発を再稼動させることで原発自体が持つ人類と地球環境へ与える危険性に加え、テロにより核兵器として悪用される脅威も拡大する。

 日本の原発のテロ対策については、ほとんど無防備と言ってよいと思う。
 朝日新聞が「プロメテウスの罠」シリーズでも主張してきたことだが、もっとテロ対策を強化しておけば、フクシマは防げたという指摘がある。
「朝日新聞」サイトの該当記事


2013年7月2日0時37分
(核リポート)原発テロ対策 「不作為」の重い責任

【編集委員・前田史郎】日本ではテロなど起こるはずがない。そう思いこんで「無策」の連鎖を続けていた——。原子力規制に携わる官僚や事業者の感覚は、おおむねそんなものだったのではないか。「プロメテウスの罠(わな)」で、原発のテロ対策について連載した。関係者の証言から見えたのは、危機感の低さと先送り体質だった。

(プロメテウスの罠) テロ大丈夫か 一覧
     ■

 取材を始めたのは、ある米国人の言葉がきっかけだ。

 「もし日本がテロ対策をとっていれば、福島第一原発の被害は軽減されていた」

 震災から約半年後、米原子力規制委員会(NRC)のニルス・ディアズ元委員長が来日し、多くの日本人の前で語った。

 米のテロ対策とは、原子炉が自爆テロなどで全電源を失っても最低限、冷却機能を保てるようにすること。たとえば非常用電源や遠隔操作できる施設の設置、複数のポンプ、配管類を備えておくことだ。

 いずれも福島の事故対応で役立った可能性が高い。

 もちろん人為的な攻撃と自然災害による被害は違う。しかし、米国は9・11をきっかけに原発の弱点を見抜き、備えた。緊張感をもってテロの脅威と向き合っていたからだろう。

 NRCは危機感を日本と共有するため、旧原子力安全・保安院に2度も情報提供した。その情報は組織のなかで埋もれ、何の対策もとられないまま3・11を迎えてしまった。



 アインシュタインやラッセル、そして湯川秀樹といったノーベル賞受賞者たちは、天国からどんな目で地球を眺めているだろうか。

 「まだまだ、地球市民は“青い”なぁ」と、ガガーリンが表現した“色”ではなく、その未熟性を嘆いているに違いない。
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by koubeinokogoto | 2013-07-09 00:17 | 原発はいらない | Comments(0)
安倍晋三は、肝腎な問題に関して“歴史家”にゲタを預けるのが好きだ。昨日の会見と自民党マニフェストについて、韓国「朝鮮日報」日本語版は次のように報じている。
「朝鮮日報」日本語版サイトの該当記事

安倍首相「植民地支配や侵略行為を否定したことはない」

自民党、参院選マニフェストで「『竹島の日』行事開催の検討」盛り込む

 日本の安倍晋三首相がまたも、過去の日本による侵略行為を事実上否定する発言をした。安倍首相は3日、日本記者クラブの主催で行われた各政党の代表による討論会の席上「日本が中国や韓国を侵略したと思うか」という質問に対し「政治家ではなく歴史家に(判断を)委ねるべきだ」と答えた。その上で安倍首相は「侵略や植民地支配に対し、私は判断をしない。私は歴史について定義する立場ではなく(政治家が)歴史について定義するということは謙虚だとはいえない」と語った。

 さらに安倍首相は「日本が植民地支配や侵略行為をしなかったと述べたことはない」というあいまいな発言も繰り返した。安倍首相は今年4月の国会での答弁で「侵略の定義は学界でも、国際的にも定まっていない」と発言し、国際的に非難を浴びている。一方、与党・自民党はこの日、今月行われる参議院議員選挙に向けたマニフェストに「領土・主権・歴史問題に関する研究機関の新設」や、「竹島(独島)の日」の行事の開催を検討するという内容を盛り込んだ。共同通信は最近、自民党が韓国との関係を考慮し、今回の参院選のマニフェストから「竹島の日」についての内容を削除するとの見方を示していたが、実際にはマニフェストに盛り込まれた。だが、昨年の衆議院議員総選挙の際には、「竹島の日」の行事を(島根県主催から)政府主催に格上げすると公約していたが、今回は「行事の開催を検討する」という表現に改められた。


東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版


 安倍のイメージしている“歴史家”が誰なのか分からないが、真っ当な歴史家なら、間違いなく日本は「侵略」したと判断している。安倍の発言には、「侵略していない」と言いたい気持ちが明らかに透けて見えるから、中国も韓国も、そして最近ではアメリカも彼の歴史認識の誤りを非難するのは当然である。

 そして、安倍のような態度は、ますますアジア近隣国の態度を硬化させる。

 今後の中国と韓国の大きな関心は靖国参拝のことだろうが、8月15日を外してこっそり参拝するようなことも含め、彼は参拝すべきではない。
 個人の信条の問題を超えた、一国の総理大臣の外交活動の一環として、参拝することの是非を考えなければならないはずだ。しかし、この男は止まらないだろうなぁ。周囲も止める力は持っていそうにないだろう。困ったものだ。

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『九条どうでしょう』(筑摩文庫)

 さて、『九条どうでしょう』シリーズ、まずは平川克美。

 内田樹とは東京大田区で近所に住んでいた幼馴染。「内田樹の研究室」のある記事によると、当時の最寄駅で言うと内田が目蒲線の下丸子、平川が池上線の久が原だったようだ。

 平川は現在はリナックスカフェ社長。内田ほどではないが著書も何冊か発行されている。

 この人の次の主張は、この本全体に流れる基調を説明しているような気がする。

 戦後六十年の長きにわたって、日本が一度も戦争や紛争に巻き込まれなかったのは、紛れもなく憲法の第九条を順守するという「手かせ足かせ」の功績である。
 国際社会の中でも、日本が憲法によって自ら手足を縛っているという事実は認知されていただろう。おそらく、この憲法の平和主義に対する評価は、人によって異なっている。いや、人間であれば誰でもが平和を希求する。その意味では憲法に謳われた平和主義それ自体は誰も異議を表さないだろう。
 評価は、その条文と日本をめぐる現実との間に横たわっている。理想と現実との間にあるギャップがそれである。「平和主義者」という言葉は、しばしばリスクを回避するだけの臆病者に投げつけられる侮辱の感情とともに発せられる。歴代の自民党の政治家は、ある場合には憲法の非戦条項を交渉の戦略的なカードとして使って、紛争地域への武力行使の要請をかわすということもあったと想像するに難くない。
「いや、ご協力したいのはやまやまなんですが、憲法で派兵を禁じられていますもんで。ここはひとつ、金銭的な支援ということでご勘弁を」「海外派兵は、国民的なコンセンサスがとれません。いや、日本には兵がいないことになっているんです。ここはなんとか、お金で解決ということにしてくれませんでしょうか」。
 確かにこのとき、当事者である政治家はある種の屈辱感を抱いていたかもしれない。多くの先進国が
多国籍軍の名のもとに、紛争地域に自国の軍隊を派遣している折、ひとり経済協力を申し出ることは、自分だけが卑屈な傍観者になっているというような屈辱を覚えるのかもしれない。
「お前の国の経済的な繁栄は、結局のところアメリカの軍事的庇護の下でなされたものだ。日本は自分が平和のフリーライダーであることを忘れるべきではない」。こういった難詰があったとしても、「いや、だから金を出そうとい言っているじゃないでうか」と、苦しい言い訳をする他はなかった。駅代の大臣も、外交担当者も、この憲法を世界に向かって積極的アピールし、どのような場合において武力による解決という手法をとるべきではないと主張するほど、自らの信念に自信を持ち得なかった。いや、実のところ憲法の理想などはじめから信じてはいなかったのかもしれない。



 「手かせ足かせ」の憲法のために“屈辱感”を政治家が味わおうが、平和のほうがいいに決まっている。平川の主張は次のように続く。(傍点部分を太字にした)

 しかし、このように積極的に武力以外の紛争解決の決意と方策をアナウンスしえなかった場合においても、国益は守られたと言うべきだろう。国家の最も重要な役割が、国民の生命・財産を守ることであるとするならば、戦後六十人間、国際紛争を直接の原因として一般国民の死者をひとりも出していないのだから。
 このような明らかな薬効にもかかわらず、現在も多くの政治家、日本人が憲法を改正したいと思いなしているとすれば、それは憲法そのものが持っている(であろう)瑕疵によるものではなく、もっと別の理由によると考える方が自然である。



 改憲派の背後にある、“憲法そのものが持っている(であろう)瑕疵によるものではなく、もっと別の理由”にも、いろいろあるだろうが、改憲すること、あるいは改憲しやすい法改正を主張することで、彼らは何を望んでいるのだろう。
 それは、六十余年にわたって得られた平和以上に国家と国民にとって重要なことなのか。

 平川克美も内田樹も昭和25(1950)年生まれ。

 その内田樹の見解は、5月3日の憲法記念日のブログで、自民党の改正草案の問題点を考える中「内田樹の研究室」の引用によって紹介したが、再び一部を紹介したい。
2013年5月3日のブログ
 「内田樹の研究室」の六年前、2007年5月3日の内容から。
「内田樹の研究室」の該当ページ

『九条どうでしょう』以来、私が憲法について言っていることはずっと同じである。
それは交戦権を否定した九条二項と軍隊としての自衛隊は拮抗関係にあり、拮抗関係にあるがゆえに日本は「巨大な自衛力」と「例外的な平和と繁栄」を同時に所有している世界で唯一の国となった、ということである。
先日も書いたから、みなさんはもう聞き飽きたであろうが、二つの対立する能力や資質を葛藤を通じて同時的に向上させることを武道では「術」と言う。
「平和の継続」と「自衛力の向上」を同時に達成しようと思ったら、その二つを「葛藤させる」のがベストの選択なのである。
九条と自衛隊が矛盾的に対立・葛藤しているという考え方は、『九条どうでしょう』でも詳述したように、戦後の日本人がすすんで選んだ「病態」である。
本当の対立・葛藤は日米間にある。
九条はアメリカが日本を「軍事的に無害化する」ためにあたえた「足かせ」であり、自衛隊はアメリカが日本を「軍事的に有用化」するためにあたえた「武器」である。
日本はGHQが敗戦国民に「押しつけた」この二つの制度によって、「軍事的に無害かつ有用」な国になった。
ここには何の矛盾もない。
しかし、「ここには何の矛盾もない」という事実を認めることは、そのまま「日本はアメリカの軍事的属国である」と認めることになる。
それは壊滅的な敗北の後の日本人にとってさえ心理的に受け容れがたい「現実」であった。
それゆえ、日本人は「狂う」ことを選んだ。
耐え難い現実から逃避しようとするとき、人間は狂う。
日本人は暗黙の国民的合意によって「気が狂う」ことにしたのである。
それは「九条と自衛隊は両立しがたく矛盾しており、そこに戦後日本の不幸のすべての原因はある」という「嘘」を信じることである。
護憲派も改憲派もそれを同時に信じた。


 あらためて書くが、“日本は「巨大な自衛力」と「例外的な平和と繁栄」を同時に所有している世界で唯一の国となった”ことを、今後も「狂う」ことで日本人が受容することを、私は支持する。

 そして、必ずしも「狂う」ことなく、「第九条」の意義を積極的に捉えなおそうとする新たな主張も数あることは、5月3日のブログや、今回の『九条どうでしょう』シリーズで紹介した通り。

 
 過去の侵略戦争について“歴史家”の手に判断を委ねる、などという誤魔化しの言葉を使い、無駄に近隣諸国の緊張を煽る発言をする政治家にこの国を任すことの危険性は、“歴史家”になど委ねなくても分かる。
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by koubeinokogoto | 2013-07-04 19:30 | 戦争反対 | Comments(2)
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『九条どうでしょう』(筑摩文庫)
 
『九条どうでしょう』シリーズ、今日は小田嶋隆の巻。
 
 「危険な理屈はどっちだ」の章から。(本書では傍点部分を太字にした)

 まず、本筋から検討しよう。
 国防の観点から第九条の危さを指摘する議論は、ずっと昔からあった。
 というよりも、第九条への批判として、本質的かつまっとうな議論は以下の一点に尽きている。
「憲法第九条は、果たして、国防政策として有効なのか」
 という問いだ。
 このほかにも、九条に対する反対論の中には、「普通の国」としての「品格」を保つ上で、九条が邪魔になっているという意見がある。これはけっこうな有力な説で、かなり広範囲の論客が同じ問題を指摘している。
 憲法そのものが「お仕着せの条文」である点に非を鳴らす議論もある。まあ、伝統的なアプローチだ。屈辱。
 これらとは別に、「愛国心」や「青少年教育」との関連で、九条が果たしているネガティブな影響力を問題視している向きもある。
 いずれも、簡単な問題ではないが、とりあえず、以上の論点については、後述することにして、まずは、国防についての質問を片付けておくことにする。
 九条は国防放棄の規定ではない。国防のための条文だ。そう。国防が第一。
 国が滅んで、九条だけが残ったというのは、寓話としては面白いが、国民はたまったものではないだろうからして。
 で、いきなり、答えを述べる。
 イエスだ。

 
 小田嶋隆は1956年生まれで、私とほぼ同年代のコラムニスト。

 彼は、なぜ「イエス」と言えるのか。この続きは次のようになっている。

 つまり、九条は日本の国防政策の基本方針として十分に現実的かつ有効だ。九条のもとで、十分に国は守れる。
 理由は、戦後からこっち、われら日本国民が、六十有余年の間、ひとたびの戦争も経験せず、具体的な侵略の脅威にさらされることもなく、平和のうちに暮らしてきたという実績を挙げれば足りる。
「これまで大丈夫だったから、これからも大丈夫だなんていうのは、無責任だ」
 という人々があるかもしれない。
 が。コトは国防だ。
 新機軸や新体制を試すよりは、現状がうまく機能しているのなら、現状維持が一番だ。安全第一。徐行運転。平和ボケと言わば言え、だ。



 これまでの“実績”が物語る、ということも一つの重要な証左だが、このあとに、こう続く。

 一体に、軍事オタクの人々は、戦地にこそ平和があるといった背理に陥りがちだ。
 具体的に言うと、
「国の安全をまったきものにするためには、来たるべき戦争に備えて、軍備の更新を怠らず、常に周辺国の動向に警戒の目を配り、さらに、隣国の侵略意図を事前にくじくべく、時に威嚇と恫喝をカマしておくだけの用心深さが必要だ」
 式の理屈は、細心なようでいて、かえって危険だったりするということだ。
 右の「常在戦場」的な心構えは、内乱勃発中の国や、常に国境紛争をかかえこんでいる第三世界の小国や、過去五年以内に、実績として戦争が勃発していた地域では有効かもしれないが、日本には当てはまらない。っていうか、現今の極東アジア情勢において周辺国に察知できる形で「戦争準備」を遂行したり、「軍事的な示威行動」をやらかすのは、いたずらに緊張を高めるだけ。愚の骨頂だ。
 結局、表面的にであれ平和が保たれている場所では、少なくとも表面的には「平和ボケ」の表情をうかべて日々暮らすことが、最も平和的な生き方なのである。



 安倍が、「村山談話」について、また頓珍漢なことを言っているが、彼の発言がアジア近隣国に、どれだけ無用な緊張を強いているかを考えると、私は小田嶋の主張する「平和のための“平和ボケ”」のすすめ、まんざら悪いことではないと思っている。

 自民党が「憲法改正」を叫べば叫ぶほど、他の国に「何のために?」という問いかけを誘発する。その質問に「普通の国になるため」と答える“普通じゃない”政治家に、この夏一票を投じるつもりは、さらさらない。
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by koubeinokogoto | 2013-07-03 21:21 | 戦争反対 | Comments(2)
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『九条どうでしょう』(筑摩文庫)
 2006年に毎日新聞から単行本発行、昨年筑摩文庫の仲間入りをした。

 内田樹、平川克美、小田嶋隆、町山智浩の四人が、それぞれの観点から「九条」について語っている。

 内田樹の内容は、すでにブログでも書かれている彼の説と共通なので、何度か紹介済みの内容もあるので割愛。

 町山智浩の内容を紹介したい。1962年生まれの映画評論家で、アメリカに拠点を置いている。いわゆる在日であることを明らかにしながら、彼独自の主張が印象的である。「改憲したら僕と一緒に兵隊になろう」という題。

 書き出しがこうである。

 気が進まない原稿である。今でも断ればよかったと後悔している。
 憲法については、どうせ何を書いても敵を増やすだけで、いいことなんか何もない。それに僕の立場は憲法を語るには、極めて微妙で複雑なのだ。
 というのも僕は日本国民で母は日本人だが、父は韓国人で、僕は十八歳まで韓国籍だった。おまけに僕は現在、永住権を取得してアメリカに住んでいる。



こういう町山が、「九条」に関して次のように指摘する。

 「平和憲法があるのは世界中で日本だけだ」と護憲派は誇り、改憲派は憤るが、そんなことはない。「平和」や「不戦」を憲法に謳った国は世界中に百二十ヵ国以上ある。
 たとえば、「国際紛争解決の手段としての戦争放棄」を謳った憲法は1931年のスペイン憲法や1935年のフィリピン憲法のほうが日本よりも古くて、それが日本国憲法の下敷きだとも言われている。
 日本と同じく第二次大戦の敗戦国ドイツも「ドイツ基本法」第二十六条一項で「諸国民の平和的共存を阻害するおそれがあり、その意図でなされた行為、特に侵略戦争の遂行を準備する行為は違憲である」という文面で戦争を禁じている。


 町山、なかなか勉強している。なるほど、日本だけが戦争を放棄しているわけではない。平和憲法と軍隊について、町山はこう書いている。

 平和憲法を持つ国のほとんどが自衛のための軍隊を持っているが、ねじれや矛盾が日本のように問題になっているという話は聞いたことがない。
 ところが歴史を見れば、侵略戦争はいつも「自衛」の名前で行なわれてきた。あのナチスドイツの軍隊でさえ「国防軍」という名で「生存権の確保」を口実に諸外国を侵略したように。そこで日本国憲法は九条二項ですべての戦力の保有を否定してしまった。そこまでやったのは世界中でも日本国憲法だけだ。
 従って九条二項こそは日本国憲法のアイデンティティである。憲法前文の「政府の行為によって再び戦争の惨劇が起ることのないようにすることを決意し」「恒久の平和を念願し」「全世界の国民が・・・・・・平和のうちに生存する権利を有することを確認」し、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想な目的を達成することを誓ふ」を条文化したものだともいえる。だから九条二項の変更は、自民党などが試案を出している日本国憲法の前文の書き換えとセットになっている。
 改正は九条だけだと思ってる人も多いと思うが、それだけでは終わらない。なぜなら、日本国憲法には改正への歯止めがないからだ。



 こういった他の国の憲法を踏まえた指摘や、「九条」を改正することで波及する問題などは、なかなかマス・メディアでは指摘されない。

 今回は、町山の問題提起の“序”ということで、今後もこの本から紹介したいことは多い。


 最後に「文庫版のためのまえがき」の中で内田樹が四人について書いている部分を引用したい。

 四人に共通するのは、私見によれば、「人を怒らせておいて、その怒り方で相手の器量を判断する」という作法である。誰に教わったわけでも、誰の真似をしたわけでもないのに、私たちは四人ともこの作法の忠実な実践者であった。



 「九条」で何が問題なのかを主張することが、「人を怒らせる」のなら、これから参院選に向けこのブログも、結構読む「人を怒らせる」ことを書くことになるかもしれないが、ご容赦のほどを。

 安倍右傾化政権は、現状の新聞の「世論調査」と言われる「世論操作」を追い風に、憲法改正への勢いをつけようとしているかもしれないが、とんでもないことだ。

 「普通の国」という言葉の持つ意味を、安倍も周囲も何も分かっていない。彼らは「普通」の人ではない。そのソフトな見かけに騙されてはいけないと思う。

 尖閣のことは「棚に上げて」会話をしようと中国が声をかけているなら、そうすべきだろう。

 韓国の新大統領が安倍右傾化政権の行動を非難し会談を拒否しているのなら、まず隣人との関係強化を優先する外交があるべきだろう。

 残念ながら、どの野党も安倍右傾化自民への反対勢力を結集することができそうもないが、「九条」に限らず、今の安倍政権は、世界的視野に立って日本という国を先導するには、あまりに未熟であると私は思う。やはり、「銀の匙」をくわえて生まれてきた人間のやることは、その根底に市民としての視点が欠けている。
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by koubeinokogoto | 2013-07-02 19:30 | 戦争反対 | Comments(0)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛