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朝日新聞が、他紙から一日遅れで、政府による「エネルギー基本計画」について社説で論じた。(太字太字は管理人)
朝日新聞サイトの該当社説

エネルギー政策—これが「計画」なのか
2014年2月27日(木)付

 安倍政権が新しいエネルギー基本計画の政府案を決めた。

 昨年末の原案から少し手直しがあったものの、焦点の原発については依存度を「可能な限り低減させる」としながら、何の手立ても示していない。

 これではとても「基本計画」とは言えない。

 原発による発電の比率は、原子力規制委員会の審査状況が見通せないため、具体的な数字が盛り込めないという。

 私たちは社説で原発ゼロを目指すべきだと主張してきた。安倍政権は原発維持の立場だが、「減らす」というからには、数字が出せなくても、その手順を示すのは最低の条件である。

 ところが、政府案は「規制委の判断を尊重し、再稼働を進める」というだけだ。

 福島第一原発の事故が起き、規制が強化された。おのずから動かせる原発の数は減る。それ以上のことは何もしないなら、ただの現状追認でしかない。

 使用済み核燃料を全量再処理する核燃料サイクル事業も、行き詰まりを直視せず、相変わらず「推進」とうたっている。

 詰める点はほかにもある。

 老朽化した原発を円滑に閉めさせるため、政府は何をするのか▼30キロ圏内の自治体に義務づけた防災計画を再稼働の判断にどう位置づけるのか▼使用済み核燃料棒の保管場所を確保できる見通しがたたない原発は、その段階で運転を止めさせるべきではないか……。

 電力市場の活性化も原発と密接に関連する。

 電力会社は原発の再稼働をにらみ、老朽化して燃料効率の悪い火力発電の建て替えに動こうとしない。政府が原発以外への電源へシフトさせる策を示さなければ、代替電源の開発は進まない。化石燃料費の圧縮にもつながらない。

 原発への回帰は、再生可能エネルギー事業者など新電力にとっても投資意欲を失わせる。当面のコスト競争では既存の原発が有利だからだ。政府が原発の低減に強い意志がないと見れば、リスクをとって新規参入したり、新技術を開発したりしようという企業は出てこない。

 原発は政府の支援がなければ成り立たない電源だ。事故の反省をもとにエネルギー計画を立てる以上、まず政府自身が原発に偏ってきた政策を改めるべきだ。そうしない限り、政権が進めようと意気込む電力改革も挫折する可能性が高い。

 政府案はこれから、自民、公明両党のワーキングチームで議論するという。国民がしっかり見ていることをお忘れなく。



 毎日、東京から一日遅れにしては、やや筆鋒の鈍さを感じる。

 たしかに、これまでも「原発ゼロ」を主張してきたのだろうが、今の大事な局面でこそ、もっと切れ味の良さを期待したい。
 特に赤字で示した部分。再生可能エネルギーの普及は、政策として計画に入れて予算も用意すべきものであって、“原発回帰”“投資意欲衰退”という論調で語るべきことではない。
 “原発ゼロを前提として、再生可能エネルギーの拡大政策を計画に盛り込むべき”とはっきり明記して欲しい。

 そして、原発のコストのこと。「当面」という形容詞はあるが、この文章では、原発のコストが安いという誤解を与える。

 “これでは「基本計画」ではない”という言葉を借りるなら、“これでは社説ではない”と言いたい、切れ味の悪い内容である。

 マイナビニュースから、もう少し明確な主張を引用する。
マイナビニュースの該当記事

原発「リスクとコストは国民もち。再稼働は反対」と専門家
[2014/02/25]
 
 脱原発の敗北——舛添要一氏(65才)の圧勝で幕を閉じた東京都知事選挙は、そう受け止められている。

 開票日翌日、それまで原発再稼働に関する発言を避けていた安倍晋三首相(59才)が衆院予算委員会でこう語った。

「新たなエネルギー基本計画を踏まえ、再生可能エネルギーの導入状況や原発再稼働の状況を見極め、できるだけ早くベストミックス(火力・水力・原子力など、各電源を最適なバランスで組み合わせること)の目標を設定する」

 これは事実上、原発の再稼働に向けた号砲なのだという。いったいどういうことなのか。民主党参院議員で、元内閣官房副長官の福山哲郎氏(52才)が言う。

「再生可能エネルギーの導入状況についてわざわざ言及したのは、要するに充分に導入されていない、だから原発を重要な電源として活用しなければならないという論法です。

 しかしそれは間違いです。再生可能エネルギーの導入を支援する仕組みを整えれば、それが広がっていくのは、ぼくらが政権にいた時に実証済み。きっちり予算をつけて普及を進め、技術革新を促進していけば、日本の技術力からいって、脱原発の実現は可能なのです。

 ところが、残念ながら安倍政権は、ともすれば原発を再稼働したいと考えているため、対応が後手に回っている
のです」

 安倍首相が語った “原発再稼働の状況”については、福山氏はこう批判する。

「都知事選の結果を受けて、再稼働に向けた状況が整ったと言いたいのでしょうが、それは選挙結果をあまりにも自分たちの都合のいいように解釈しています。

 勝った舛添さんも原発を減らしたいと主張していたのですから、むしろ都民のメッセージは、脱原発に向けて現実的な対応をしてくださいということだと考えるのが自然でしょう」

 現在、全国にある54基(うち福島第一原発の1~6号機は廃炉が決定)すべての原発は運転をストップしている。それで特に大規模な停電などが起きていないにもかかわらず、安倍首相が原発を急いで再稼働させようとするのはなぜか。

 立命館大学国際関係学部の大島堅一教授(環境経済論)が言う。

「安倍首相は、原発のエネルギーコストが安いと考えているようですが、それは大嘘。事故のリスクを考えれば、コストは高く、しかもどれだけかかるか、計算できません。現に今、事故の損害賠償費用や収束費用が捻出できなくなっています。

 その結果、何をしているかと言えば、すべて国民に負担を押しつけている。いわば、リスクとコストはすべて国民持ち。再稼働に反対するのは当たり前ですよ」


 にもかかわらず安倍政権は、再稼働へと大きく舵を切ろうとしている。

※女性セブン2014年3月6日号



 この記事の出所は「女性セブン」ですよ、朝日さん。

 もう一つの社説では、次のようなTPP推進を主張する内容。朝日新聞サイトの該当社説

 日本にも、問題は多い。

 全品目のうち関税を撤廃する品目の割合である自由化率で、日本の提案は米国を含む他の国より大きく見劣りしている。重要5項目は細かく分けると586品目あるが、この4割は輸入実績がない。品目ごとに関税を下げたり撤廃したりする余地は十分あるはずだ。

 甘利TPP相は、日本の事情は理解されたとしつつ、「何もしなくていい、という理解ではない」と強調した。当然だ。

 重要5項目は、衆参両院の委員会が決議で示したとはいえ、貿易の実態を反映していないことを踏まえねばならない。

 アジア太平洋は今後、高い成長が期待できる地域だ。そこに新たな貿易・投資ルールを打ち出し、地域の活力を取り込むことが欠かせない点は、日米両国に共通する。

 TPPの目的は何か。両国政府は改めて確認し、粘り強く交渉する必要がある。


 当初から朝日はTPP参加賛成派だったとは言え、現在の状況を踏まえても、まだ交渉を続けろという立場をとるのは、私には解せない。アメリカが一歩も引かないなら、日本はどうすべきなのか。「聖域」を守ると言いながら、どんどん後退していく姿が予想される。

 ちなみに、今日の東京新聞のTPPに関する社説は、こうである。東京新聞サイトの該当社説

NAFTA(北米自由貿易協定)をテコに米国がカナダやメキシコで経済権益を強大化したように、TPPも環太平洋地域で米国が利益を享受するために対象国の制度や法律まで作り変えるのではないかとの懸念が強い。今回、米国はまさに自国流のルール押しつけに終始し、交渉相手国の国内事情への配慮を欠いた。

 例えば、マレーシアは安価な後発薬(ジェネリック医薬品)に道を開く薬の特許期限短縮を求めたが、企業の利益にこだわる米国は譲歩しなかった。問題は命か経済かの選択である。TPPは環境など国民の安心、安全に関わる多岐の分野を扱うが、交渉妥結まで秘密を強いるために国民には伏せられたままである。

 さらにISDS条項といって投資家が規制などで不利益を被った場合に対象国に賠償を求めることができる制度まで含まれている。

 日本政府はTPP参加で実質国内総生産(GDP)が0・66%、三・二兆円底上げされると試算、成長戦略の柱と位置付け早期妥結を目指している。だが、その経済効果と引き換えに失うものが何か、本当に「国益」にかなうのか、この機会に再考してほしい。



 どちらが、国民の視線に立ったオピニオンかは、明白ではなかろうか。

 朝日はかつての朝日ではなくなってきた。もっと、本質に迫る論法で迫って欲しいのだが、読売、産経の記事を切れ味鋭い論調で蹴散らしてもらえないなら、しばらくは東京新聞に「脱原発新聞連合」の先頭を走ってもらうことになるなぁ。
 特に、脱原発、反TPPとなると、東京(中日)新聞が、オピニオンリーダーに相応しいのは間違いなさそうだ。
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by koubeinokogoto | 2014-02-27 07:31 | 原発はいらない | Comments(0)
3.11とフクシマを経験した日本に、“学習能力”があるのか否か、まさにそれが問われている正念場を迎えている。

 原子力村が、ゾンビのように復活しようとしている。政府は、原発稼動を前提とした「エネルギー基本計画」を認可した。3月末までに閣議決定という国民無視の仕組みで、原発稼動、核燃料サイクルという、人類を破滅に向わせる政策を国の方針として認めさせようとしている。


 今日の東京新聞は、政府が閣議決定を急ごうとしている「エネルギー基本計画」について、社説と記事の両方で“正論”を展開している。

 まず、政治覧の記事から。自民、公明の両党が衆院選で掲げた公約を無視していることを批判するとともに、Q&A形式で、問題を分かりやすく解説している。(太字は管理人)
東京新聞サイトの該当記事

公約無視の再稼働推進 エネ計画政府案
2014年2月26日 07時11分

 政府は二十五日、中長期のエネルギー政策の指針となるエネルギー基本計画案を決めた。自民、公明両党が政権に復帰した二〇一二年の衆院選で掲げた「脱原発依存」の公約を無視。逆に、公約にない「重要なベースロード電源」と原発を位置付け、原発の維持・推進方針を明確にした。 (金杉貴雄)

 自民党は衆院選で再稼働には積極的な一方、公約の「政策BANK」のエネルギー項目で「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立を目指す」とし将来的には「脱原発依存」を目指す姿勢を示した。安倍晋三総裁も「原発に依存しない社会をつくる」と訴えていた。

 公明党は期限こそ明示しなかったが、「一年でも五年でも十年でも早く、可能な限り速やかに原発ゼロを目指す」と公約した。


 ところが、基本計画案は原発について「依存度を可能な限り低減」とするにとどまった。どの程度、依存度を減らすのか明らかでなく、自民、公明両党の公約から大きく後退した。

 一方、公約には出てこない専門用語の「ベースロード電源」を国民に説明がないまま持ち出して、原発を「重要電源」として活用する考えが盛り込まれた。

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 政府は昨年十二月、基本計画の原案をまとめた。しかし、与党から「党内で積み重ねてきた議論が全く無視され、国民に約束した公約も反映されていない」などと批判が上がったため、一月の予定だった閣議決定を先送りし、年度内の決定を目指している。ただ、今回の案も基本路線は維持されているため、再び批判が出る可能性がある。

◆原発に固執「ベースロード電源」

 政府が二十五日に決めた「エネルギー基本計画」案で、原発を「重要なベースロード電源」と位置付けた。どういう意味なのか。 (西尾玄司)

 Q ベースロード電源とは。

 A 昼夜を問わず、一日を通して一定量の電力を供給し続ける発電設備のことだ。政府は原発のほか、石炭火力、地熱発電などを挙げている。電気の使用量は夜よりも昼の方が多いなど、時間帯や季節によって変わる。電力会社は変化する需要に確実に対応するため、複数の発電設備を組み合わせて使っている。

 ベースロード電源で足りない分は、発電量の増減が簡単で、需要が最も大きくなる時間帯に使う石油火力発電といった「ピーク電源」などで賄う。

 Q なぜ、原発はベースロード電源なのか。

 A 一度稼働すれば、少なくとも一年間は連続して運転でき、ほかの発電設備に比べて発電コストが安いというのが、政府や電力会社の理屈だ。

 Q 本当に安定していて安いのか。

 A 東京電力福島第一原発事故のような大規模な事故がいったん起きれば、ベースロードとしての役割を果たせなくなることは明らか。現実的な事故対策費や廃炉費用などを加えればコストも安くない。廃棄物の最終処分の立地場所も全く決まっておらず、費用も見通せていない。政府は原発をベースロードと位置付けて再稼働のお墨付きにする狙いがありそうだ。

 Q 原発を使い続けるとする一方で、「原発依存度を可能な限り低減させる」とも書いてある。

 A どう依存度を下げていくのか、具体的な方法や時期などを示していない。将来的に残す原発の数についても非常にあいまいだ。原発の新増設にも含みを残しており、本当に依存度を下げるつもりなのか疑問が残る。


◇基本計画案ポイント

▼原発は重要なベースロード電源。

▼原子力規制委員会が規制基準に適合すると認めた場合、その判断を尊重し原発の再稼働を進める。

▼原発依存度は可能な限り低減。安定供給やコスト低減の観点から、確保の規模を見極める。

▼核燃料サイクルは、再処理やプルサーマルを推進。

▼もんじゅは徹底的な改革を行い、研究計画に示された成果の取りまとめを目指す。

▼再生可能エネルギーは2013年から3年程度導入を最大限加速し、その後も積極推進。

▼福島を再生可能エネルギー産業拠点化。

(東京新聞)



 次に社説。実に真っ当な主張だ。
東京新聞サイトの該当社説

エネ計画政府案 未来を誤る“原発頼み”
2014年2月26日

 原発を「重要なベースロード電源」とした政府のエネルギー基本計画案は、将来の原発頼みを明確にうたっている。このまま閣議決定に至れば、目先に惑わされ大計を誤ることにもなりかねない。

 ベースロード電源とは、昼夜を問わず供給し続ける電源。それなしでは、経済も暮らしも立ちゆかない。

 問題は大きく二つある。

 一つは、原発をベースロード電源とすることの危うさだ。

 単純に、また物理的に考えてもたとえば、増え続ける核のごみの処理策もないままに原発を重要な電源として動かし続けてもいいのだろうか。

 また、もし事故があった場合の住民の大規模な避難計画は机上では策定しているが、実際に過酷事故で十万人単位の規模の住民を速やかに避難させることなどできるのだろうか。

 政府案では、原子力規制委員会が規制基準に適合すると認めた場合、原発を再稼働させるとなっている。法律に従えばその通りである。慎重を期すのは当然であり、科学的に十分実証できるとするのなら、いいのかもしれない。

 だが、実証は難しく、国民の不安はなおぬぐいきれていないというのが実情ではあるまいか。

 再び、経済産業省の官僚たちが机上で考えたプランが動きだすのか、と想像を巡らす国民は少なくないだろう。

 問題のもう一つは、原発の重視によって失われかねない新技術への意欲、投資の低減である。

 外国ではドイツをはじめ、イタリア、スイスなどが脱原発を表明している。ベース電源としては、太陽と違ってそれこそ昼夜を問わない風力(ドイツ)また水力(スイス)発電が重視されている。

 将来、蓄電技術が進めば、ベース電源のありようは、より自然エネルギーに向けられるだろうし、それこそ国家百年の大計にふさわしい。化石燃料はいずれ底をつき、核燃料サイクルは行き詰まっている。


 きのうの政府案は再生可能エネルギーの積極的推進を述べてはいる。

 しかし、おおもとのところで原発に頼れば、新たなエネルギーへ踏み出す勢いは大きくそがれる。かつて石油危機の時、日本が世界を牽引(けんいん)するような省エネ技術や環境対策を実現させたことを、今こそ思い出したい。

 原発に頼らぬことは、夢物語ではないのである。



 毎日も今日の社説で、両党の公約違反を非難している。毎日新聞サイトの該当社説

社説:エネルギー計画 原発維持は公約違反だ
毎日新聞 2014年02月26日 02時35分

 政府が、新しいエネルギー基本計画の原案を決めた。素案にあった原発重視の表現を一部修正するにとどめ、原発を活用し続ける方針を打ち出した。

 案じたとおりの結果だ。これでは2012年末の衆院選で自民党が掲げた「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立」という公約に反する。計画の閣議決定に先立つ与党協議で、公約に即した軌道修正を図るよう求めたい。

 原案は「可能な限り原発依存度を低減させる」との目標を掲げた。それ自体は否定するものではない。問題なのは、その目標への道筋を描かず、むしろ原発の存続を前提にしていることだ。

 原子力規制委員会の規制基準に適合した原発について「再稼働を進める」と明記した。将来の原発の規模に関しても、コスト低減などの観点から「確保していく規模を見極める」とした。将来的にも原発ゼロは想定していないと読める。

 原発依存を続けるためには、新増設や建て替えが必要になるが、「脱原発」を打ち出した民主党政権時代のエネルギー政策は、新増設禁止を原則としていた。今回の原案はその原則を盛り込まず、新増設にも道を開いた格好だ。

 政府は東京都知事選への影響や経済産業省の審議会がまとめた素案の表現に対して自民、公明両党内から「原発偏重」と懸念する声が上がったことに配慮し、原案の決定を先送りしていた。その結果、例えば「基盤となる重要なベース電源」という原発の位置づけは、「基盤となる」が取れて「重要なベースロード電源」に変わった。

 いったい何が変わったのか。茂木敏充経産相は記者会見で「基本的に方向性が変わったとは認識していない」と説明した。反原発派の批判をかわすために表現を微調整しただけということらしい。これでは「可能な限り原発依存度を低減させる」という目標達成の意欲も疑われる。

 自民党が国民に約束した原発に依存しない社会を実現するには省エネを進め、再生可能エネルギーや効率の良い火力発電を普及・拡大する必要がある。しかし、それには電気料金引き上げなどの高い社会的コストが伴う。脱原発を「可能な限り」ではなく着実に実現するためには、政府の強い決意が不可欠なのだ。

 国の中長期的なエネルギー政策の方向性を決める基本計画は、脱原発の目標をはっきりと掲げるべきである。そして、そこに至る政策を打ち出す必要がある。計画は自民、公明両党との協議を経て年度内に閣議決定される。国民の将来に責任を持った協議を求める。



 朝日の今日の社説はNHK会長のこと。おいおい、それはいつでもいいだろ、と言いたくなる。
 関連記事としては、結いの党の江田代表の談話を紹介している。朝日新聞サイトの該当記事

「福島の原発事故は何だったのか」結い・江田代表
2014年2月25日21時01分
■江田憲司・結いの党代表

 従来、自民党が選挙のときに訴えた「脱原発依存」と、(安倍政権のエネルギー基本計画案にある)原発は「重要なベースロード電源」という位置付けとの整合性はどこで取るのか。根本的な問題がある。

 昔、通商産業省で電力行政に携わった身からして、「重要なベースロード電源」というのは当時からそうなので、何十年も経って一切変わっていないとなれば、一体、福島の原発事故は何だったのかという思いを持たざるを得ない。

 我々は新エネルギー大国を目指し、ピンチをチャンスに変えていく道筋の中で、いきなり自然エネルギーをベースロードにするわけにいかないから、LNG火力のコンバインドサイクルを、とりあえずはベースロード的な役割を果たす電源と位置づけて、将来の原発ゼロに向けて新エネ開発をしていく。(国会内での記者会見で)


 これだけではまったく不十分。社説で主張すべきことがあるだろう。そのタイミングも、まさに今日であるべきだ。
 なぜなら、案の定、読売は次のような社説なのだ。
読売新聞サイトの該当社説

エネルギー計画 「原発活用」への妥当な転換だ
(2月26日付・読売社説)

 資源の乏しい日本にとって、原子力発電所の活用を続けていくことが、最も現実的なエネルギー戦略である。


 これ以上は読む気がしない。まるで時代が昭和30年代に逆行したかと錯覚する。正力初代科学技術庁長官が社主の時代のような、原子力の平和利用礼賛記事と変らない。こんなメディアは、必要ない。
 
 ついでに、産経の記事のさわりだけ。MSN産経ニュースの該当記事

エネルギー計画案 安定供給の原点忘れるな
2014.2.26 03:16[主張]

 エネルギー政策の中長期的指針となる基本計画の政府案がまとまった。原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、安全性が確認されたものを再稼働させる方針を明記した。

 民主党政権の無責任な「原発ゼロ」から転換した昨年末の当初案を踏襲したものだ。今後も原発を重要エネルギー源として活用する姿勢を示したのは当然だ。


 こんな新聞も、読む価値はない。


 今日のニュースの中に、こんな記事もあった。
47NEWSの該当記事

政府、米にプルトニウム返還へ 不拡散アピール

 日本政府は、米国などから冷戦時代に研究用として提供された核物質プルトニウムを返還する方向で最終調整に入った。オバマ米政権が核物質や原子力施設を防護・保全する「核セキュリティー」強化の観点から早期返還を求めており、日米同盟重視や、核不拡散に取り組む姿勢をアピールする必要があると判断した。複数の政府関係者が25日、明らかにした。

 安倍晋三首相は3月24、25両日にオランダで開かれる「第3回核安全保障サミット」に出席し、核テロ対策の強化を表明したい意向だ。それまでに米国との合意にこぎ着け、核不拡散の具体的な成果として公表することを目指す。

2014/02/26 02:00 【共同通信】


 このプルトニウム返還と、自民党のエネルギー基本計画ほど矛盾するものはなかろう。
 原発を稼動させ、使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出してMOX燃料として原発で使用したり、あの事故続きの高速増殖炉「もんじゅ」で使おうなどという悪魔の考えと言ってもよい「核燃料サイクル」を進めようとしているのだから、日本は大量のプルトニウムを今後も保有することになる。もちろん、すでに、相当量のプルトニウムを国内にも、そして再処理を依頼しているイギリス、フランスに保有している。オランダのサミットで研究用のほんの少量のプルトニウムの返還を約束するなど、まったくの茶番である。

 記事の質と量、今のところ脱原発でもっともジャーナリズムの名残りを感じることのできるのが東京新聞と言えるだろうか。

 しかし、今は、まさに日本の将来を決める重要な瀬戸際である。原子力村の広報紙である読売と、安倍自民党政権の機関紙である産経の連合は、なかなかにしぶとい。東京、朝日、毎日は、読産連合と、メディアとしての存在意義を賭けた戦いの時なのだ。脱原発に絞り、孤立することなく、メディア連合として結集すべきなのではないか。

 このまま、安倍自民党の数の暴力でが原発が再稼動され、核燃料サイクルが進められるなどという、3.11とフクシマを経験した国とは信じられないことが行なわれるのなら、メディアにおいては、読売や産経の勝利ということになる。そんなことが許されていいのか。

 脱原発か、それともフクシマ以前に舞い戻るのか。これは、新聞各社にとっても、存在意義が問われる正念場の戦いである。
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by koubeinokogoto | 2014-02-26 07:35 | 原発はいらない | Comments(0)
一部の読者の方からは、「おい、落語のブログだろ!」とお叱りを受けそうだが、原発を巡る永田町や霞が関の現在について、やはり書き続けたいと思う。

 少し長くなるが、お付き合いのほどを。

 予想はしていたものの、原子力規制委員会は、何ら“規制”のできない、原子力村の“寄生”委員会に成り下がろうとしている。 
 茂木の意向を受けて、目いっぱい“前のめり”になっての再稼動審査を意図していることについて、原子力資料情報室の声明をご紹介。原子力資料情報室サイトの該当ページ

声明:原発再稼働に前のめり? 原子力規制委員会の姿勢を問う

2014年2月24日

NPO法人 原子力資料情報室

 2月18日の閣議後記者会見で、茂木敏充経済産業大臣が、原発再稼働に向けた新規制基準適合性審査の「見通しを示すことは、事業者が経営に一定の見通しを持つうえで有益だ」と述べた。翌19日、原子力規制委員会は「審査の今後の進め方について」という原子力規制庁作成の「たたき台」を了承した。「基準地震動及び基準津波高さが確定し、かつ、他に重大な審査上の問題が無い原子力発電所については、申請書の補正及び『審査書案』の作成のステージに入ることとし」「審査チームの総力を結集して優先的に取り組む」というものである。そのために2~3週間後くらいに「審査状況を島崎委員長代理と更田委員に判断していただく」とした。

 委員会後の記者会見では、茂木発言との関係に質問が集中、「総力を結集して優先的に」というのは「前のめり」ではないか、審査が始まった時に「先頭集団の原発を作らない」方針だったのが変わったのかなどの声が上がった。それに対し、原子力規制委員会の田中俊一委員長は「茂木大臣が言ったとか、そういうことは私たちにとっては別に関係ないこと」「先週からこの話はもう進んでいて」と茂木発言との関係を否定、優先については全部一緒にやる力量がないと言い訳をした。

 そもそも茂木発言を呼び込んだのは、「先週」の原子力規制委員会で審査状況について原子力規制庁の一般的な報告があった以前に、玄海、川内、高浜、大飯の現地調査で原子力規制委員会の更田豊志委員が「よほどのことがない限り、夏まで審査をやっていることはない」などと踏み込んだ見通しをしゃべり散らしたことかもしれない。1月15日の原子力規制委員会後の記者会見では、田中委員長が「私はいつも審査会合、時間があればYou tubeで淡々と見て、ああ、こういう御議論がされているというのを見ているだけ」「更田さんが何か言ったみたい」と他人事で、まさに無責任きわまりない姿勢をさらけ出した。

 原子力規制委員会の審査が信用されない理由のひとつは、その点にある。地震・津波の審査は島崎邦彦委員長代理、プラントの審査は更田委員と、それぞれひとりの委員にお任せなのだ。とくにプラントの審査は有識者会合もなく、委員と原子力規制庁の職員、原子力規制庁に編入される予定の独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)の職員のみで進められている。それも、もともと原子力安全・保安院で電力会社の言いなり審査をしてきた職員たちである。科学的・技術的審査の正統性に疑問なしとしない。

 そこでなのかどうか「今後の進め方」では、「『審査書案』に対する科学的・技術的意見を広く募集する」とした。意見募集と、立地及び周辺自治体からの要請に基づいて実施する公聴会である。しかし、それらが「科学的・技術的意見」を求める方法として適切だとは思えない。とりわけ立地地元での公聴会には期待できず、再稼働に向けた説明会の様相となることは目に見えている。

 茂木発言の後で原子力規制委員会が審査の見通しを示し、総力を結集して「審査書」なるものをまとめたとして、誰が素直に「安全性が確認された」と信用するだろう。安倍政権の言う「世界で最も厳しい水準の新規性基準の下で原子力規制委員会によって安全性が確認された原子力発電所について再稼働を進める」前提が、目下の状況ですでに崩れていることとなるのだ。

 原子力規制委員会があくまで政治的圧力とは無縁であり、再稼働にお墨付きを与える意識はないというのであれば、私たちもそうであることを信じたい。信じられるような姿勢を明確に示していただきたいと強く要望する


 田中俊一委員長の、まるで、“どうでもいいん(で)ちょう”的な発言部分を、今ふたたび。

 “そもそも茂木発言を呼び込んだのは、「先週」の原子力規制委員会で審査状況について原子力規制庁の一般的な報告があった以前に、玄海、川内、高浜、大飯の現地調査で原子力規制委員会の更田豊志委員が「よほどのことがない限り、夏まで審査をやっていることはない」などと踏み込んだ見通しをしゃべり散らしたことかもしれない。1月15日の原子力規制委員会後の記者会見では、田中委員長が「私はいつも審査会合、時間があればYou tubeで淡々と見て、ああ、こういう御議論がされているというのを見ているだけ」「更田さんが何か言ったみたい」と他人事で、まさに無責任きわまりない姿勢をさらけ出した”

 こんな当事者意識の薄い人を委員長にしていること自体が問題なのだが、この人、3.11の後で、過去の自分の行いについて、自発的に“謝罪”している。2011年4月1日の行動を振り返りたい。

 その日のブログに、私はNHKのサイトからの次のニュースを紹介した。(太字は管理人)
2011年4月1日のブログ

原子力委員会元委員らが陳謝
 事態収束の兆しが見えない東京電力の福島第一原子力発電所について、国の原子力委員会や原子力安全委員会の元委員らが、1日、記者会見し、原子力の利用を先頭に立って進めてきた立場から国民に陳謝するとともに、政府は国を挙げて事態に対処する強力な態勢を作るべきだなどと訴えました。

 記者会見したのは、原子力委員会の元委員長代理の田中俊一氏や原子力安全委員会の元委員長の松浦祥次郎氏、それに東京大学名誉教授の石野栞氏の3人です。3人は、日本の原子力利用を支えてきた研究者や技術者16人を代表して、1日、文部科学省で記者会見し、「これまで原子力の平和利用を先頭だって進めてきた者として、今回の事故を防ぎえなかったことについて、国民に申し訳なく思います」と述べました。そして、事態は次々と悪化し、収束の見通しは得られていないとして、電源と冷却機能を回復させ、原子炉や燃料プールを冷却し、大量の放射性物質の拡散を防ぐための対策を急ぐ必要があるとしました。具体的な対策としては、▽安定した冷却機能の復旧に向けて、24時間態勢で作業を進める一方で、作業員の人数を増やして1人当たりの作業時間を制限し、被ばく量を少なくすること、▽放射性物質の拡散を防ぐとともに、汚染の影響を評価し、避難している住民が帰れるまでの手順を示すことなどを挙げました。そのうえで、危機的な事態に専門家の知識や経験が十分に生かされていないとして、政府の下に、原子力事故の解析や放射線の計測評価など経験と技術を持った専門家を結集し、国民に情報を提供し協力を求めながら、国を挙げて事態の収束に当たることが重要だと訴えました。


 
 私はこの記事を紹介した後、彼等の行動を肯定的に捉える文章を書いた。しかし、彼等が真から反省していると思ったのは、大きな勘違いだったようだ。

 なかでも、原子力規制委員会のリーダーになった田中俊一は、いったい何を思い、重要なこの組織を動かしているのだろう。昭和12(1937)年8月生まれの今年77歳。高齢者である。彼は、あの日の行動、言葉をもう忘れたのだろうか。あの謝罪はまるで「4月1日のエイプリルフール」だったとでも言うのだろうか。

 「電子政府の総合窓口」と謳われる「e-Gov」によれば、原子力規制委員会の委員長の報酬は月額114万4000円。単純に12倍して年間1720万円になる。委員は月額報酬119万8000円、年間1437万円になる。民間でこれだけの報酬を得るのは大変なことである。彼等がこの報酬に見合う仕事をしているとは、到底思えない。
e-Govサイトにある俸給一覧
 
 2011年4月1日の謝罪を忘れたような無責任な田中俊一には、「恥を知れ!」と言いたい。


 政府は、ベース電源を、ベースロード電源に替える言葉遊びをしただけで、原発再稼動を根底にしたエネルギー基本計画の閣議決定を着々と進めようとしている。47NEWSの該当記事

政府、原発再稼働方針変えず エネ計画案決定

 政府は25日、関係閣僚会議を開き、新たなエネルギー基本計画案を決定した。原発再稼働を進める方針を維持しており、与党との協議を経て3月中の閣議決定を目指す。

 原発依存度を可能な限り低減させるとしつつ、再稼働を進める方針を明記し、原発を成長戦略の中に位置づける安倍政権の方針を反映した内容となった。

 政府案は、原子力規制委員会の規制基準に適合しているかを確かめる審査を通過した原発を「規制委の判断を尊重し再稼働を進める」と表明した。

 規制委に責任を負わせたとも読み取れる表現ぶりで、今後の与党との協議などで批判が出る可能性がある。
2014/02/25 10:18 【共同通信】


 すでに“寄生”委員会になった組織は、政府の意向を反映した行動しかできないだろう。

 もはや、原発推進の国を誤らせる政策を押しとどめるには、政治的な対抗勢力の組織化しか方法はないのではなかろうか。

 自民党は、東電の法的整理を阻み、国が支援することで債務超過に陥らないようにするためにできた疑惑の法律「原子力損害賠償支援機構法(原賠機構法)」を一層改悪し、東電の責任を問わず、廃炉や汚染水対策に置いてもむやみに国税を投入するための仕組みをつくろうとしている。
時事ドットコムの該当記事

原賠機構法改正案を了承=村上氏、反対唱え退席−自民総務会

 自民党は25日の総務会で、原子力損害賠償支援機構を改組して、東京電力福島第1原発の廃炉支援機能を持たせる原賠機構法改正案を了承した。ただ、総務の一人の村上誠一郎元行革担当相は「政府には(廃炉への道筋に)どこで終着点を見つけるのか具体的な見通しがない」などと厳しく批判。「法案には賛成できない」として退席した。
 執行部から出席した河野太郎副幹事長も「株主や経営陣が責任を取らないのに、税金で東電を助けるのはおかしい」と法案に異論を唱えた。(2014/02/25-13:14)


 2011年8月にできた原賠機構法は、単純に言えば、東電を破綻から救い、東電も株主も融資している銀行にもお得な仕組みを作るための法案だった。膨れ上がる損害賠償を国が血税を使って支援するための法律であり、機構はそのための組織である。
 原賠機構法には、たしかに廃炉や汚染水対策など収束のための費用について規定がなかった。しかし、廃炉や収束をするための国税の投入を、東電を潰さないために存在する法案に単に上乗せするのでは、問題は解決しない。
 これまで以上の多額な税金が機構を通じて投入されても、その税金がいったい何に使われるのかを機構が管理できるのかは、大いに疑問である。

 廃炉のためには、海外を含む専門家集団が管理と支援を行い、汚染水対策なども世界の英知を集約しないと、今の状態を解決できようには思えない。東電には、その力も意欲もない。しかし、形だけでも廃炉や収束のための業務をし、そのために資金が必要だと言えば、機構は国債を現金化することで、我々の血税を注ぎ込むことになる。

 地震も津波も想定して対策を取ることを怠った東電の責任は、ますます闇に葬り去られようとしている。

 原子力損害賠償支援機構法を自民党は改悪し、今まで以上に手厚く東電を国税で救おうとしている。

 しかし、その東電にすくだけの価値などあるのだろうか。東電は、原賠機構法の当初の目的である被災者への損害賠償においても、姑息な手段で、被災者への賠償金をケチろうとしている。(太字は管理人)
毎日新聞サイトの該当記事

福島第1原発事故:東電の独自賠償基準 被災者に不安の影
毎日新聞 2014年02月23日 05時52分(最終更新 02月23日 12時11分)

 福島第1原発事故の被災者に対し、東京電力が立ち入り制限区域から転居した時点で賠償を打ち切る独自の基準を作成していることが、毎日新聞が入手した内部文書で分かった。東電社員はこの基準を根拠に賠償を受けられず、返還請求も受けている。「次は我々の番か」。一般の被災者は不安を隠さない。一方、賠償問題を所管する文部科学省は問題視はするものの「文科省には電気事業者を指導する権限はない」と及び腰。直接の監督官庁である経済産業省資源エネルギー庁は基準を容認し、異常な状態が続いている。【高島博之、神足俊輔】

 2011年5月、福島県富岡町の帰還困難区域(年間積算放射線量50ミリシーベルト超)に指定された借家から、いわき市の借家に避難した自営業の男性(39)は、事故後に生まれた2歳の長女と一緒に暮らしたことがない。妊娠中だった妻(36)を埼玉県内の借家に移し、男性は仕事を続けるためにとどまったからだ。週末ごとに車で家族の元に通う二重生活で、2年前に購入した乗用車の走行距離は6万キロを超えた。「これを避難と言わないで、何だというのか」。男性は怒りを隠さない。

 家族3人で約2000万円を受け取った。しかし、東電の基準によれば、いわき市に転居した時点で避難終了とみなされ、ほぼ全額を返還請求される可能性がある。

 東電に原子力損害賠償支援機構を通じ国から既に貸し付けられたり、今後融資されたりする賠償資金は総額約4兆7888億円。男性は「東電は賠償総額を減らすため、様子を見ながら、いずれ我々のような一般の被災者にも基準を適用するのではないか」と危惧した。

 賠償金を不当に減額する東電の基準を、国は放置している。

 「居住形態で区別する発想は国の指針にはない。東電は指針を拡大解釈し過ぎている気がする」。文科省原子力損害賠償対策室の藤吉尚之次長は先月21日、記者の入手した内部文書を見ると、問題視する姿勢は示した。そこで記者が「省としてどう対応するのか」と尋ねると「東電の言い分を聞いておらず『けしからん』とか『だめだ』とか言いにくい」。取材から1カ月過ぎても、同室は調査に乗り出さない

 一方、エネ庁の原子力損害対応室は昨年1月に東電から文書の提出を受け、説明も受けた。森本英雄室長は取材に対し「(個人的には)国の指針を逸脱しているとまでは思わない」と容認する姿勢を見せつつ、「是非は行政庁が判断すべき内容ではなく、最終的には裁判所が判断する」と述べ、エネ庁の指導すべき事柄ではないとの見解を示した。

 ◇慶応大の平野裕之教授(民法)の話

 原子力損害賠償法や国の指針に照らせば、持ち家か借家かなど原発事故前の居住形態によって区別する理由はなく、東京電力の基準は不合理だ。基準に基づいて賠償を打ち切ったり、支払い済みの賠償金の返還を求めたりするという東電の主張は通らない。指針の内容に法的な拘束力はないが、原賠法18条の規定に基づき原子力損害賠償紛争審査会が策定したものであり、尊重すべきだ


 原子力損害賠償紛争解決センターを所轄する文科省の、“文科省には電気事業者を指導する権限はない”の言葉にはあきれる。原発推進を本分(?)とする経産省などの傘下に置いては監視の意味がないから文科省にあるのではないのか?
 文科省は、賠償問題の紛争の事例として、東電や機構に対して物言いすべきなのである。

 霞が関も怠慢だが、永田町も含め、今は東電を救いたい思いが政官ともに浸透しているようなので、こんな不合理なこをが見逃されている。

 あらためて書くが、東電は法的整理をし、収束と廃炉を進める組織と、電力供給を業務とする組織体を分けるべきだ。支援機構に期待していた数少ないことに発送電分離がるが、到底行われるはずもない。機構は、東電の単なる無尽組織になりつつある。積まれる金は増えようとしている。あるいは、ほとんど“死に体”の東電に血液やら酸素を送っているのが機構の役割と言っても過言ではないだろう。

 安倍は数の暴力で、ますます東電を救い、原発を進めるために、血税をつぎ込もうとしている。もはや、自民党内で“たった一人、二人の反乱”をしても、バラバラに原発反対の声をあげても、事態は変わりようがないだろう。
 政財官の“原子力村”が、以前にも増して力をつけて猛威を振るおうとしているのが、今の状況と言えるのではなかろうか。

 河野太郎、村上誠一郎、小泉、細川、宇都宮、そして小沢も加わるかもしれないが、とにかく“脱原発”で力を結集するなら、まさに“今でしょ”と強く言いたい。

 安倍軍国主義・原発推進政権に対抗するために、

 (1)脱原発
 (2)反TPP
 (3)反軍国化


 で合意できる多くの人々の団結が、求められている。
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by koubeinokogoto | 2014-02-25 07:01 | 原発はいらない | Comments(1)
先日、TPPに関して琉球新報の、まさに“正論”と言える社説を紹介したが、フクシマ問題についても、非常に真っ当なの本日付けの社説が掲載されていた。(太字は管理人)琉球新報サイトの該当社説

汚染水漏れ対策 東電任せにせず国主導で
2014年2月24日

 東京電力福島第1原発でまた高濃度汚染水が漏えいした。地上タンクを囲むせきの外に漏れた量は約100トン。汚染水にはストロンチウム90などベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり2億4千万ベクレルと極めて高濃度で含まれていた。
 東電は付近に排水溝がないため「海洋流出はない」と見るが、ストロンチウム90を原発外に放出する際の法定基準は1リットル当たり30ベクレルであり、極めて深刻な事故である。
 当初は「配管の弁の故障」と説明されたが、その後何者かが誤って弁を開けた後にミスを隠蔽(いんぺい)した可能性にも言及。隠蔽が事実なら倫理観の欠如も深刻だ。東電は原因究明と再発防止を徹底すべきだ。
 今回漏えいしたのは「フランジ型」と呼ばれるタンク。鋼材をボルトで締めてつなぐ構造のため、溶接型に比べ接続部の劣化による漏えいの可能性が高い。東電は溶接型への切り替えを進めている。だが、溶接型も塩水による腐食に強いステンレス製ではなく鋼鉄製のため、識者の中には耐久性に疑問を指摘する向きもある。
 政府事故調委員を務めた吉岡斉九州大教授は、汚染水の漏えいをめぐる東電の企業体質について「事前に危険を察知しながら何の対策も講じない」と批判する。後を絶たない汚染水漏えいを見るにつけ、東電経営陣の不作為は許し難い。
 政府も問題だ。昨年、国費470億円を投じて総合的対策の前面に出ると決めたはずなのに、その後も事実上、東電任せだからだ。

 福島第1原発では1~3号機で溶融した燃料の冷却を続けるため、建屋地下にたまった高濃度の汚染水を浄化し循環させている。吉岡氏は原子炉建屋内にあるとされる核物質の発熱量が下がるのを見据えて現行の循環注水冷却システムの空冷方式への移行ができれば、追加的な放射能漏れの抑止が可能と提案する。検討に値しよう。
 政府は省庁横断的な対策チームを組織し、予算と人材を投入して実効ある対策を強化すべきだ。
 東電の破綻処理も不可避だ。与党内からも、早くから汚染水対策への国費投入には「東電に返還させるか、破綻処理させて政府が全責任を負うのか、どちらかしかない。納税者にツケが回るのはおかしい」(河野太郎衆院議員)との批判が出ている。東電の破綻先送りがリスクの放置にほかならないことを政府は悟っていいころだ。


 場当たりな対応をしていいるから、このままでは、放射能汚染水の漏洩はとどまることがないだろう。

 それは、東電に任せっぱなしにしている政府の責任でもある。もはや全国紙の社説には、こういった主張にお目にかかることが少なくなった。そして、大新聞より地方紙、新聞より夕刊紙、というようにジャーナリスティックな記事の掲載されるメディアが移行している。次は国境を超えた移行なるだろう。日本のことを正しく知るために海外メディアしか頼れなくなるの日がそう遠い将来ではないかもしれない。

 まだ、真っ当な主張や問題提起が掲載されているうちに、地方紙の記事にも目を配りたいと思う。


 東電の破綻処理は待ったなしである。このままでは、放射能汚染水が海を越えて地球環境を破壊する。アメリカ西海外にだって、遠く地中海にだって到達するかもしれない。
 そんな地球に対する環境破壊を放任している国で、六年後のオリンピックなど、とても開催できないと思うのが、常識になるだろう。

 あえて、こんなことをイメージしてみたらどうか。

 福島を五輪会場にできないか?

 それこそ、大震災とフクシマから復興した日本を世界にアピールすることができるだろう。
 しかし、そのためには何をしなくてはならないか・・・・・・収束させないわけにはいかないだろう。
 汚染水漏れを放置しておけないのは明白だし、除染や被曝対象地域の方々への健康管理など、ポスト・フクシマとしてやるべきことをしなければ、福島で開催などできようはずがない。

 3.11とフクシマを経た日本でのオリンピック開催。東北や福島も会場にして世界に復興状況を見てもらう絶好の機会である。しかし、それは、復興の道筋をしっかり歩まなければ出来ることではない。今のままでは、六年後に、政府は海外のメディアの立入り禁止地域を広く設定せざるを得ないだろう。
 狭い東京での五輪開催は、裏社会への便宜供与が伴う“街壊し”ばかりが進みかねない。壊れた町を放っておいて、新たにブルドーザーで都内を掘り返すオリンピックは、いったい誰のために開催されるのだろう。

 話は戻る。東電破綻処理、これは待ったなしの政府の重要課題である。河野太郎は、いつまで獅子身中の虫として頑張るつもりなのだろうか。都知事選を契機に、小泉、細川、そして宇都宮といった人たちが、最後の国へのご奉公として、河野をリーダーに立て、“脱原発新党”を立ち上げてはどうか。そうすることで、都知事選の活動は無駄にならない。

 誰か、動いてているのかどうか。今のままでは、安倍軍国化・原発推進政権は、日本が破滅する道を歩もうとするばかりである。
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by koubeinokogoto | 2014-02-24 19:12 | 原発はいらない | Comments(2)
自民党も明らかな公約違反であり、民主党政権時代から今に至るまで、なんら戦略性がなく未来への展望が開けないTPP参加交渉が、明日からのシンガポールでの閣僚会合に持ち越された。
東京新聞サイトの該当記事

TPP 日米溝埋まらず 農産品関税協議 結論持ち越し
2014年2月21日 朝刊

 環太平洋連携協定(TPP)交渉で焦点となっている日本の農産品五項目の関税をめぐって東京都内で開かれていた日米協議は二十日、三日間の日程を終えた。しかし、今回の事務レベルでの話し合いでは決着せず、二十二日からシンガポールで始まる閣僚会合に結論を持ち越す見込みとなった。

 五項目のうちコメや「甘味資源作物」の一部は例外扱いにする見通しとなったが、米側は業界団体の要望が強い牛・豚肉を中心に100%に近い品目の関税撤廃を求めているといい、双方の溝は埋まっていない。

 日本の交渉関係筋によると、今回の事務レベル協議に入る前からコメの中の主要品目である精米や、甘味資源作物の主要品目の砂糖などは関税を撤廃しないことで決着のめどが立っていた。焦点は牛肉と豚肉について米国がどのような譲歩案を示すかだったが、米通商代表部(USTR)のカトラー次席代表代行は歩み寄りを見せず、従来通り関税撤廃を求めているという。

 甘利(あまり)明TPP担当相は十五日にUSTRトップのフロマン代表と会談し、関税交渉はUSTRナンバー2のカトラー氏と日本の大江博首席交渉官代理の協議に委ね、互いに譲歩し合うことで合意したと説明。両氏の会談で「互いに(譲歩案の)カードを何枚か切る」と歩み寄りに期待していた。

 日本側は米国の歩み寄りを前提に、牛肉に低い関税率の輸入枠を設けることや、低価格帯の豚肉の関税を引き下げるなどの譲歩案を練ったが、米国が強硬な姿勢を続けているため「一方的な譲歩はしない」(甘利氏)として案は提示していない。


 「一方的な譲歩はしない」と甘利は言うが、彼が百戦錬磨の相手に対して交渉を有利に進めることができるとは、とても思えない。

 甘利は、昨年末、USTRのフロマン代表との会合でも、まったく相手にしてもらえなかった。
朝日新聞サイトの該当記事


TPP最終攻防:1 譲らぬ米、甘利氏誤算
2014年1月15日05時00分

 2013年12月1日昼、ホテルオークラ(東京・虎ノ門)の日本料理店「山里」。米通商代表部(USTR)代表のマイケル・フロマン(51)を待つTPP担当相の甘利明(64)の隣には、店の裏口から忍び入った官房長官の菅義偉と農林水産相の林芳正の姿があった。ふたりの同席はフロマンにも知らせない「サプライズ」だった。

 オバマ大統領のハーバード大時代の同級生で「腹心」としても知られるフロマンは、5時間だけ日本に立ち寄った。シンガポールでの閣僚会合を6日後に控え、目標に掲げた「年内妥結」に向けて「最終決戦」に挑むためだ。

 交渉を年内にまとめようと、甘利とフロマンは10月から何度か電話会談を重ねてきたが、交渉は一向に進まなかった。すべての輸入品の関税をなくすよう要求するフロマンに対し、コメや乳製品など「重要農産物」の関税を残すことが甘利にとっても譲れない一線だからだ。

 平行線が続くうち、甘利と話し合っていても譲歩は引き出せないと考えたのか、フロマンが少し前から菅や林との会談を要求してきた。甘利が菅と林を連れて交渉にのぞんだのは、安倍政権が「一枚岩」だと見せつけるねらいだった。

 「日本は農産物の話ばかりでずるい。今日は自動車を話し合おう」。菅を見ながらフロマンは切り出した。輸入が急増した場合に高い関税に戻すなどの米国の要望に「内諾」を引き出したかったようだ。だが、菅は「TPPの担当は甘利だ」と相手にしなかった。

 「農産物の関税維持を少しも認めないなら(閣僚会合を開く)シンガポールにはもう行かない」。甘利は菅の発言を受けて、強気のカードを切ってみた。だが、結局、フロマンには通じなかった。料理は一品も出ず、コップの水だけで2時間が過ぎた。

 7月から途中参加した日本は、知的財産の分野などで対立する米国とマレーシアやベトナムなど新興国との「調整役」を意欲的に担った。知的財産の中間会合を急きょ、東京で開いたこともある。そこには、日本の唯一の弱みである農産物の関税を認めてほしい、との思惑もあった。

 「妥結の締め切りが近づけば、米国は建前を引っ込める」。汗をかいてきた甘利や交渉幹部らはそんな見通しを持っていた。そうならなかったのは、フロマンの頑固さのせいだけではない。関税を原則ゼロにするTPP交渉に、関税撤廃のための国内調整を進めずに臨んだ「甘さ」もある。


 アメリカは、自民党政権になって不安だったものの、公約破りによる日本の交渉参加を「いらっしゃい、カモさん!」とばかりに待ち構えていたのだ。日本に都合の良い例外ばかり認められるほど、この交渉は甘くはない。その点、日本の大臣は名前の通り、甘い^^

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 これが、一昨年末の衆院選での自民党のポスターである。

 「TPP断固反対」「ブレない」と衆院選の公約としていた自民党政権に対し、昨夏の参院選以降「聖域は守る」という条件のもとに、国会が“ブレる”ことを許したのも事実だ。

 しかし、もはやその「聖域」などなかったことは明白である。琉球新報の社説が光っていた。(太字は管理人)
琉球新報の該当社説

TPP譲歩案 公約破りは国益も損なう
2014年2月21日

 環太平洋連携協定(TPP)交渉をめぐり、日本政府が「聖域」に掲げる農産物の重要5項目のうち、牛・豚肉の関税引き下げなどの譲歩案を検討していることが明らかになった。
 選挙公約で守ると訴えた関税の引き下げは、国民を欺き裏切る行為にほかならない。よもや安倍晋三首相は「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」と交渉参加を決断したことを忘れてはいまい。
 昨年の参院選で自民党は、コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、甘味資源作物の5項目や国民皆保険制度を「聖域」に掲げた。衆参両院は5項目を関税撤廃の例外とするよう求める決議を採択。自民党も「聖域の確保を最優先し、それが確保できないと判断した場合は脱退も辞さない」と決議している。
 政府の譲歩案では、牛肉は相手国に有利な輸入枠を日本が設け、枠内に限り通常38・5%の関税を大幅に引き下げる。豚肉は低価格帯の輸入が増えるよう関税の仕組みを改める方向とされる。これに対し、今でさえ輸入物との厳しい価格競争にさらされている農家からは「畜産をやめるしかない」との悲痛の声が上がる。
 交渉妥結を急ぐあまり、自国民に犠牲を強いてまで、米国におもねる理由はどこにもないはずだ。公約破りは日本の国益を損なうと同時に政治不信をも増大させる。安倍政権は公約の重みに今こそ真摯(しんし)に向き合うべきだ。

 TPP問題の本質は、農産物や工業製品の関税撤廃だけではない。医療や雇用、金融サービス、食の安心・安全など影響は国民生活の多岐にわたる。企業が投資先政府を訴えられる「投資家と国家の紛争解決(ISDS)条項」など、国家主権や地方自治の根幹に関わる重大な問題もはらむ。
 しかも、その徹底した秘密主義が懸念や不信感を一層膨らませる。「国のかたちを変える」と形容されるにもかかわらず、交渉参加国は秘密保持契約を結ぶため、具体的な交渉過程や協定の内容について、詳細が一切明らかにされないためだ。国民不在の交渉はあまりに危うい。
 TPPが本当に国益にかなうのであれば、何も隠し立てをする必要はないはずだ。22~25日の閣僚会合については、協議内容を包み隠さずオープンにしてもらいたい。選挙公約を破るくらいなら、交渉から潔く脱退すべきだ。


 自民党の機関紙になった産経が使う言葉だが、これが“正論”というものだ。

 安倍の思惑は、TPPでアメリカに貸しをつくって、日本の憲法改正を認めさせ、原発再稼動→プルトニウム再生産→核の保有、あたりまで幼稚で危険な頭でシナリオを書いていたかもしれない。

 しかし、TPPで大幅な譲歩をし、日本の農業、畜産業、医療などをことごとく弱体化させても、もはやその代償に相当する見返りなど期待できまい。
 すでに、靖国参拝を含む安倍の右傾化は、アメリカが日本を踏み台にして中国市場を利用して自国の産業界の便益と雇用確保につなげるためのリスクになりつつある、と判断されているはずだ。

 中国にとって、アメリカが安倍軍国化政権を容認しているとみなされるかぎり、アメリカとの経済的な交渉のテーブルにはつかないだろう。TPPを拡大したFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)に中国を参加させようとする広大な計画がTPPの背後にあるとしても、現状の日本とアジア隣国との対立が続く限り、実現性は低い。

 もし、「聖域」を守ることができたにしても、日本のTPP参加はリスクが大きすぎる。その約束さえ守れないようなら、即刻撤退すべきである。
 TPPで関税撤廃を迫られている産業の関係者は、死活問題として成り行きを注目している。自民党の“後出しジャンケン”に負けた野党もだらしないが、これ以上“ブレまくる”政治、ウソばかりの政権にかき回されるのは、うんざりである。
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by koubeinokogoto | 2014-02-21 19:23 | TPP反対 | Comments(0)
さぁ、想定通り、原子力ムラの「原発停止」→「電気料金値上げ」という“脅し”の大合唱が始まった。

時事ドットコムの該当記事

電力業界、再値上げの動き拡大も=原発稼働せず苦戦

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原発再稼働の見通しが立たない中、北海道電力が2013年9月に続く電気料金の再値上げの検討に入った。原発を代替する火力発電の燃料費増大で、収益が悪化しているためだ。こうした懐事情は、原発を保有する他の電力会社にも大なり小なり共通する。各社が採算改善の切り札と位置付ける原発の稼働が進まなければ、再値上げの動きが広がる可能性がある。(2014/02/17-19:57)


 さすがに、北電の地元の道新は批判的記事を掲載している。
北海道新聞サイトの該当記事

「原発維持が目的か」 北海道電力の再値上げ方針に批判、反発
(02/18 07:55)

 北海道電力が電気料金を再び値上げする方針を表明した17日、負担増を強いられることになる道民からは批判や反発が相次いだ。

 道消費者協会の木谷洋史専務理事(65)は「昨年9月の値上げ以来、道民がどんな思いで節電、節約しているか、北電は分からないのだろうか」と憤る。

 再値上げは泊原発(後志管内泊村)の「再稼働時期が見通せないため」(川合克彦社長)だ。17日には同原発の廃炉を求める訴訟の第8回口頭弁論が札幌地裁であった。原告の一人で空知管内南幌町の元教員山根正子さん(71)は「値上げの真の要因は原発の維持管理費ではないか。必要ない原発を推進したツケを道民に回すのは納得できない」と批判した。

 原発を持つ全国の電力会社の中で、再値上げの表明は北電が初めて。

 再値上げに道民の理解は得られるか。17日の会見でそう聞かれた川合社長は「理解する、しないの判断は、こちらが言えるものではない」とだけ述べた。<北海道新聞2月18日朝刊掲載>



 通信社や他の新聞は北電の発表に第三者的な姿勢で記事を掲載している。政府自民党の機関紙である産経は、相変わらずさまざまなスペースを使って、原子力ムラの後押しをしている。再稼動しないと国が亡びる、的な論調だ。

 値上げ申請を機に、あらためて“フクシマ後の日本のあり方”を、問わなければならないと思う。

 原発ゼロを目指せば、決して電力会社の言い分通りの値上げなど必要がない。
 NPO法人九州・自然エネルギー推進ネットワーク 代表の小坂正則さんのブログから引用する。2012年6月11日の記事で、『原発のコスト』(岩波新書)の著者である立命館大学国際関係学部の大島堅一教授へのインタビューの内容。小坂正則さんのブログの該当記事

(2012年6月11日)
総括原価方式で東電は6000億円余分に儲けていた
電気料金値上げの前にまず電力会社の財務調査を


全国の原発が停止するなか、東京電力は4月からの電気料金値上げを申請。原発を止め続ければさらに電気料金は上がるのか?資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本問題委員会で原発のコスト問題に切り込んでいる、立命館大学国際関係学部教授の大島堅一さんに話を聞いた。

停止しても莫大な
固定費がかかる原発


—4月から燃料費高騰を理由に電気料金が値上げされますね

 原発を止めて火力発電を稼働させると、化石燃料の焚き増し分が生じることは事実です。しかし、同時に問うべきなのは、「原発を止めたのになぜその経費は浮かないのか」ということです。
 原発を止めても、維持・管理のための固定費は全然減りません。人件費や修繕費、維持管理費はそのまま必要になる。その上に火力の燃料費が上乗せされるわけです。
 もし原発を止めたらほとんど固定費がいらないとすれば、電気料金の値上げなど必要ないかもしれない。具体的には電力会社の財務資料を詳しく分析しないと分かりませんが、いずれにしても原発は発電しなくても膨大な経費がかかるシステムであり、電気料金値上げのもう一つの重大な理由はそこにあります。
 止めていてもお金がかかるのですから、今一番無駄なお金がかかっているといえます。もし中途半端に止めるのではなく、全廃すると決めれば、こうした費用のほとんどは必要なくなります。残る必要経費は廃炉や放射性廃棄物の処分だけで、これは今止めようが後に止めようがいずれ必ず必要とされる経費です。

—推進側は原発再稼働の口実にしたくてたまらないのでは

 経産省にしろ電力会社にしろ、本音はそうでしょうね。原価償却が終わった古い原発などは、動かせば動かす分だけ儲けになるわけですから。しかしそれは3・11前には通用したかもしれませんが、もう無理だと思います。
 少なくとも現在の野田政権も、原発への依存度をできる限り減らしていくと表明しているわけですから、電気料金値上げを脅しにして無理矢理再稼働するのは難しいでしょう。
 本来なら、具体的データに基づいた中味のある議論が行われるべきです。電気料金についても、原発を全廃したらどうなるのか、一部再稼働したらどうなるのか、再稼働せずに止めておいたらどうなるのか、それぞれシミュレーションすれば分かるはずです。
 私は、廃炉せず、原発を適当に止め、それに火力を上乗せしている現在の状況は、電気料金のピークではないかと思います。それでも10%~15%の値上げだと言っているわけですから、「この程度なのか」とも思います。10%~15%節電すれば同じ電気料金で済むわけですから。
 ですから、仮に「原発を止めたら電気料金が上がる」という議論に乗ったとしても、この程度の値上げ負担と、万一の事故の際に被るリスクを比較すれば、私は原発を全部止めてもいいと考えています。全部止めれば膨大な固定費のほとんどは無くなるわけですから、これ以上電気料金が上がることはないはずです。
 具体的なデータなりシミュレーションを国民に開示していけば、多くの人が納得できる結論が出ると思います。

—総合資源エネルギー調査会基本問題委員会での議論は?

 先日も電気事業連合会の方のヒヤリングが行われて、原発必要論を主張されました。その内容は従来と変わらないものでしたので、いくつか具体的なことを質問しました。
 「どの発電方式をどのような比率でいつ稼働させているのか、そして電力がどのような使われ方をしてどのくらい足りないのか」と。残念ながら私の質問には一切答えてくれませんでした。
 震災後、ようやく各電力会社は発電能力と需要予測を公開するようになりましたが、それでも、ある特定の時間にどのような電力構成となっているのかは一切ブラックボックスのままです。深夜の余剰電力を利用する揚水発電がどう動いているのかも分かりません。
 さらに私は、「国民に大きな不信を抱かせている原子力ムラの構造を変えるつもりはあるのか?立地自治体への寄付など止める意思はあるのか?」と問いましたが、真っ赤な顔をして原発の必要性を主張するだけで、肝心の質問には全然答えてくれませんでした。   一番大きな問題はやはり、冷静な議論の前提となる具体的な情報について開示しようとしないことです。東電についてはさすがに、第三者委員会である経営財務調査委員会が財務状況についてメスを入れ、その報告書が昨年出ました。ところが未だに他の電力会社については一切メスが入っていません。
 東電の財務状況の精査で分かったことは、11年間で6000億円も余分に電気料金を徴収していたことです。加えて、3000億円以上のお金が事業報酬として余計にとられていました。違法ではないとはいえ、適切とは到底いえない状況でした。


 “11年間で6000億円も余分に電気料金を徴収していたこと”が、違法ではないのは、その法律が適正ではないからだ。
 
 原発稼働ありき、の制度や法制を前提でコスト計算をしている以上、停止していてもかかる経費負担も値上げの根拠になる。維持費ではなく廃炉のための費用を計上させるなら、分かる。

 何度も書いてきたが、問題は、未だに放射能汚染水を垂れ流し、その原因究明もままならぬフクシマを直視し、地震国日本にとってのエネルギー政策のあるべき姿を長期的視点で考えることである。今期や来期の企業の財務の問題ではないし、いわば、原発ありきでの経営は、日本の電力会社において「過去の成功体験」にしがみついているだけなのだ。
 エレクトロニクス分野を筆頭に、現在世界市場で競争力を失った企業の大きな要因が「過去の成功体験」への執着であることは周知のことである。フクシマによって、原発は「成功」した体験から「大失敗」の施策であったことが明白である。

 そして、原発ありきの税制も早急に見直すべき対象である。
 山口県上関町の町議選で過半数の当選者が原発推進派であるのは、「電源三法」という天下の悪法による交付金が存在し続けているからだ。
 「よくわかる原子力」のサイトにも説明があるが、この「迷惑料」が欲しいがために原発を建設すると、その“麻薬”によって、次々と原発を増設させる悪循環に陥る。
「よくわかる原子力」サイトの該当ページ

 「総括原価方式」や「原燃料費調整制度」という電力会社が損をしない仕組みも撤廃すべきである。原発のコスト計算のでたらめさも、「よくわかる原子力」でご確認のほどを。
「よくわかる原子力」サイトの該当ページ

 原発ありき、の仕組みをなくすことなく、「値上げ」など認めるわけにはいかない。


              原発ゼロを目指す
                   
     総括原価方式や原燃料費調整制度を廃止する
                          
           電源三法交付金を廃止する
                    
   再生可能エネルギーを基準とするエネルギー計画を策定する

 これが、日本が取るべき道のはずなのだが、安倍軍国主義・原発推進政府のやることは、まったく逆である。

 電力料金の再値上げの動きを機会としてとらえ、「原発ゼロ」を前提に議論を復活させ、フクシマ後の日本が歩むべき道を模索しなければならないのではないか。 “原発ありき”を前提として値上げのみ押しつける“原子力ムラ”の横暴に負けるわけにいかない。
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by koubeinokogoto | 2014-02-18 07:43 | 原発はいらない | Comments(0)
脱原発派候補による都知事選の敗戦は、“一本化”ができなかった時点で、ある程度は予想できたことだった。
 毎日新聞の2月6日の記事を振り返る。(太字は管理人)
毎日新聞サイトの該当記事

都知事選:脱原発一本化ならず 「多くの政策不一致」
毎日新聞 2014年02月06日 21時34分(最終更新 02月06日 22時49分)

 東京都知事選(9日投開票)で「原発即時ゼロ」を訴える宇都宮健児氏(67)と細川護熙(もりひろ)氏(76)に対し、話し合いによる一本化を申し入れていたグループが6日、都内で記者会見し、両陣営から「申し入れは受けられない」とする回答を受け取ったと発表した。

 申し入れをしていたのは、ルポライターの鎌田慧(さとし)氏ら文化人や学者など19人でつくる「脱原発都知事選候補に統一を呼びかける会」。3日、両陣営に要請書を渡していた。

 会によると、宇都宮氏陣営は「告示後であり期日前投票も始まっている」「原発以外の多くの政策が一致していない」、細川氏陣営は「生まれたムーブメントを今後につなげるやり方もある」「政策の優先順位も異なる」などと回答。さらに宇都宮氏陣営は「選挙終了後は結果にかかわらず、両候補の胸襟を開いての懇談の場を設けることで合意した」と答えた

 同会の河合弘之弁護士は「非常に残念。脱原発運動にとっては千載一遇のチャンスだったのに」と語った。

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脱原発候補の一本化を呼びかける鎌田慧氏(右端)や、むのたけじ氏(右から4人目)ら
=東京都千代田区の日本プレスセンターで2014年2月3日、町田結子撮影

【町田結子、藤沢美由紀】


 告示後の“一本化”の動きは、傍目には相当な無理と映ったが、それでも行動した人たちの気持ちは、痛いほど分かる。
 
 「脱原発都知事選候補に統一を呼びかける会」の一員として、最後の望みのために一本化を呼びかけた人の中に、“あの人”もいた。

 大正四年生まれ、今年で99歳のむのたけじ。

 私は、むのたけじや、「TPPを考える国民会議」の代表世話人を務める宇沢弘文などの、高齢をものともしない硬骨漢を、心底尊敬している。
 むのたけじの『たいまつ十六年』については、そのうち記事を書くつもりである。

 宇沢弘文の最新作『経済学は人びとを幸福にできるか』についてご興味のある方はこちらをご参照のほどを。
2014年1月6日のブログ

 大正生まれのジャナーナリストや、昭和一桁生まれの経済学者が、文字通りに体を張って軍国化や脱原発、市場原理主義による国の衰退を防ぐために行動している。私などの若い日本の後輩達は、彼等人生の大先輩たちに学ばずに、日本人として胸を張るこをができるだろうか。

 都知事選の勝利に便乗し、安倍政権はなし崩し的に原発を再稼動させ、軍国化を進めようとしている。

 あらためて都知事選を振り返ってみれば、細川+宇都宮で、低い投票率の中でも約200万人の都民の支持を獲得したことは揺るぎのない事実である。

 “両候補の胸襟を開いての懇談の場を設ける”という約束を、国民のために果たして欲しい。そして、今回の都知事選の敗戦を学び、脱原発に関しては、他の草の根原発反対陣営とも大団結をして大きな流れをつくって欲しい。

 小泉&細川&宇都宮、そして今回彼等を支持した文化人の輪をもっと広げることで、安倍政権の暴走を食い止めなくては、フクシマを経験した国民に、まったく学習効果がなかったと歴史に悪名を残すのが日本民族ということになる。

 小泉を党首に「脱原発党」(名前は替えたほうがいいが)を結党しても良いだろうし、老骨に鞭打っていただき、むのたけじを党首とした「たいまつ党」の結党でも良いではないか。

 都知事選は、日本が3.11とフクシマから再生するための、重要なステップであった、と将来振り返りたいと願うばかりだ。
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by koubeinokogoto | 2014-02-14 18:35 | 原発はいらない | Comments(0)
朝日新聞が、NHK経営委員の軍国的な言動に関する海外メディアの記事を紹介している。(太字は管理人)
朝日新聞サイトの該当記事

NHK経営委の言動、非難せぬ政権に懸念 海外メディア
2014年2月13日10時05分

 NHK経営委員の百田氏、長谷川氏の言動については、海外メディアでも報道が相次ぎ、公共放送と政権との距離の近さに懸念の声が広がっている。

視聴者からの批判に危機感
 英フィナンシャル・タイムズ紙は4日、「安倍首相の介入でNHKの姿がぶれる」と題する記事を配信。「東京裁判は広島などで日本が受けた虐殺をごまかすためのもの」という趣旨の都知事選の応援演説での百田氏の発言を報じ、首相が選んだ両経営委員の考え方により、日本で何がまともな保守主義と考えられているか、その境界線が試されている、と表現した。

 記事を書いたジョナサン・ソーブル東京支局長は「多くの海外メディアが関心を持って見るのは、靖国参拝以降、右傾化に向かう安倍政権であり、NHKの一連の問題も、その一環として捉えられている。ひとつの放送局の問題ではない」と語る。経営委員の言動が規則や法律上問題であるかを問う以前に、そのような歴史観の人物を選んだ安倍首相が世界をどう見ているのかが焦点だという。

 公共放送の使命は公平中立な報道だ。その難しさは英BBCでも共通、とソーブル氏は話す。「私の知る限り、BBCにはこのような人物はいない。仮に彼らと同じような歴史認識で問題発言をしたならば、当然罷免(ひめん)もありうるし、大きな社会問題となるだろう」

 米紙ワシントン・ポスト(電子版)は11日の社説で、籾井会長や百田氏の発言を取り上げ、「なぜ日本政府は明快に非難しようとしないのか」と安倍政権の姿勢を批判した。「米政府当局者たちも、首相がナショナリストなのか改革者なのか疑問に感じている。報道の独立を支持し、破壊的な歴史否認主義を拒絶するかどうかを明確にできるのは首相だけだ」と論評した。

 AFP通信は5日に配信した記事で、長谷川氏が新右翼の活動家に寄せた追悼文を引用。「識者の間でNHKが安倍首相の政策に従順になるのではと懸念の声が増えている」と伝えた。

 英紙インディペンデント(7日)は、百田氏の発言を、南京大虐殺記念館の写真と共に配信。安倍首相に選ばれた人物と紹介した。集団的自衛権の行使容認を目指す安倍首相の意向は国内で半数以上の反対が推測されるが、「公共放送を味方につけることは間違いなく有効だろう」と論じた。


 この記事については、“人の褌で相撲を取る”と言えなくもないが、こういった海外の論調を示すことも意味はあるだろう。

 英フィナンシャル・タイムズ紙東京支局長が、“BBCにはこのような人物はいない。仮に彼らと同じような歴史認識で問題発言をしたならば、当然罷免(ひめん)もありうるし、大きな社会問題となる”と言う、そのBBCの日本人記者の記事を紹介したい。

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 記者の名は大井真理子。彼女のプロフィールは、BBC WORLD NEWSサイトのプレゼンター・プロフィールのページに詳しいが、一部抜粋する。(BBC WORLD NEWSは日本語化されていて、実に有益)
BBC WORLD NEWSサイトの該当ページ

2012年11月にBBC.comで発表した「日本の最後の忍者」、及び2013年3月に発表した「私が経験した日本の歴史教育」の記事は、1日で全世界の100万人近くに閲覧され、BBCテレビ・ラジオ・ウェブサイトで、最も注目されたレポートとなった。近年はニュース報道だけでなく、ドキュメンタリーも担当。PC遠隔操作事件における誤認逮捕で注目の集まった日本の司法制度、海外では珍しい日本の婿養子制度、また福島での低線被爆の健康への影響について追及した。

2013年7月から4か月間、アメリカ、ニューヨークでビジネスレポーターとして活動予定。
また2014年にはロンドン本社でレポーターとして半年間の勤務が決定している。

1981年東京都生まれ、慶応大学環境情報学部に入学、1学年終了時にジャーナリズム修学のため、オーストラリア、RMIT大学ジャーナリズム学部に入学。在学中にはコミュニティチャンネルのテレビ向けニュース番組や学生ラジオ局SYN FMで番組制作の経験を積み、Australian Broadcasting Corporationなど、数々の在オーストラリア放送局でインターンとして勤務。
2004年、アメリカに渡りロイター通信でインターンを経験。2005年、日本のブルームバーグテレビジョンにプロデューサーとして入社、経済報道を手がける。
2006年12月より、フリーランスプロデューサーとして、BBCワールドニュースのシンガポール支局に入局、現在はレポーター、キャスターも務める。

レギュラー出演番組

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by koubeinokogoto | 2014-02-13 12:04 | 戦争反対 | Comments(0)
NHKの新会長や経営委員のトンデモ発言が相次いでおり、安倍の発言や行動でアジアの隣人との関係についた火に油を注いでいる。

 しかし、これも、安倍の取り巻きばかりを選任した必然的な結果である。

 その背景に共通するのは、自民党の憲法改正(改悪)案においても露骨に示された軍国主義化である。いわば、この度の舌禍事件と同根にあるのが、安倍自民党の軍国化精神なのである。

「公共放送」と言う言葉の「公共」について、実は自民党は憲法改正案においても、この言葉をできるだけ、自分達に都合よく替えようとしている。

 去年の憲法記念日に、自民党の憲法改正案の問題点について書いた。2013年5月3日のブログ

 まだ、自民党の改正草案をご覧ではない方は、「Q&A」を含め、現行憲法と対比した草案のPDFを下記からダウンロードできるので、ご覧のほどを。
自民党サイトの該当ページ


 現行憲法の「第三章 国民の権利及び義務」の最初の部分は次の通り。

第三章 国民の権利及び義務
第十条 日本国民たる要件は、法律でこれを定める。
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
② 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
③ 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。



 次に自民党案の「第三章」はこうだ。

第三章 国民の権利及び義務
(日本国民)
第十条 日本国民の要件は、法律で定める。
(基本的人権の享有)
第十一条 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

(人としての尊重等)
第十三条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
(法の下の平等)
第十四条 全て国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、障害の有無、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に
限り、その効力を有する。



 現行憲法の第十二条、
“この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ”という内容には、国民の権利の行使が、「公共の福祉」のためであることを規定している。

 しかし、「国民の責務」と題された自民党案の第十二条
“この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない”は、権利行使の条件について規定している。これは、権利行使のあるべき姿ではなく、あくまで、権利の適用範囲に関する制限事項なのである。


 同じ「公」のつく言葉だが、現行憲法の「公共の福祉のため」という目的から、「公益及び公の秩序に反してはならに」という制限の定義に、十二条を替えているのだ。


 三省堂の「新明解国語辞典」から。

 公共
 社会一般の人びと(に関すること)。「—事業・—の建物」
 【—性】公共の生活(利害)にかかわる度合。「—が高い(強い)」

 福祉
 [「祉」も、幸福の意]満足すべき生活環境。「社会—」

 公益
 公共の利益。「—性」⇔私益
 【—法人】営利追求ではなく、公益を目的とする社団(財団)法人。
 「学校法人」「宗教法人」「社会福祉法人」など。

 だから、「公共の福祉のため」とは、「社会一般の人びとの満足できる生活のため」を意味する。
 しかし、「公益」は、字義の通りなら、「社会一般の人びとの利益」となるが、「利益」であって、「生活」ではない。

 そして、自民党案には、「公」→「国家」→「政府」(政権与党)という転化を意図しているように思えてならないのだ。

 「公共の福祉」には、何ら「国家」や「政府」に転化する言葉の“スキ”はないが、「公益及び公の秩序」という言葉には、“お上”というニュアンスが含まれているのではなかろうか。

 基本的人権を行使する目的を「公共の福祉」にする憲法と、権利行使に伴う責務が「公益及び公の秩序」に反しないように定義する憲法の、どちらが人間らしくあって、どちらが生産的で未来志向かは、それほど考えなくても分かるだろう。


 第9条以外にも自民党案は、あの暗い戦前の警察国家復活につながる改悪案を散りばめている。

 そして、こういった憲法改正(改悪)ができやすいように、国会での三分の二、というハードルを下げるべく、第92条を変えようとしている。

 まるで、あの戦争前の「国家総動員」体制へ逆行させようとでもするかのようなを安倍政権の行動こそが、「公共の福祉」に反するのである。もちろん、NHK新会長や新経営委員の発言が外交面で悪影響を与えるのなら、間違いなく「公益」に反する行為でもある。
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by koubeinokogoto | 2014-02-07 00:52 | 戦争反対 | Comments(0)
私は、ほぼ同世代の百田尚樹という作家の本を読んだこともないし、今後も読むことはないだろう。学生時代からの身のこなし方を、ネットで観たことがあるが、どうもこの人の了見は疑わざるを得ないし、品性が実に下劣であると思っているからだ。

 同じ方角を向いている安倍のお気に入りでNHKの経営委員になったらしいが、先日の新会長のトンデモ発言と同様、好き勝手なことを都知事選の応援演説で並べているようだ。
「時事ドットコム」の該当記事

百田氏、放送法に反せず=菅官房長官

 菅義偉官房長官は4日午前の記者会見で、作家でNHK経営委員の百田尚樹氏が東京都知事選候補者の応援のため街頭演説したことについて、「個人の候補者を応援することは放送法に違反するものではない。百田氏が個人的に行ったことだ」と述べ、問題はないとの認識を示した。

 百田氏は3日に都内で演説し、特定の候補者に支持を訴えた。この際、極東国際軍事裁判について「東京大空襲、広島・長崎の悲惨な状況をごまかすための裁判だった」と主張、「蒋介石は南京大虐殺を宣伝したが世界は無視した。そんなことはなかったからだ」などと語った。
 菅長官は会見で、百田氏のこうした持論と経営委員起用の関わりを問われ、「評論活動や小説家として国民からも理解されている点を踏まえ推薦した」と説明した。 (2014/02/04-11:56)


 朝日に、もう少し詳しく彼の応援演説の内容が書かれていた。
朝日新聞サイトの該当記事

 朝一番の新宿駅西口では米軍による東京大空襲や原爆投下を「悲惨な大虐殺」と話し、東京裁判について「これをごまかすための裁判だった」と自身の歴史観を披露。「1938年に蔣介石が日本が南京大虐殺をしたとやたら宣伝したが、世界の国は無視した。なぜか。そんなことはなかったからです」「極東軍事裁判で亡霊のごとく南京大虐殺が出て来たのはアメリカ軍が自分たちの罪を相殺するため」と持論を展開した。

 また、第2次世界大戦での日本の真珠湾攻撃に触れ、「宣戦布告なしに戦争したと日本は責められますが、20世紀においての戦争で、宣戦布告があってなされた戦争はほとんどない」と話し、「(米軍の)ベトナム戦争の時も湾岸戦争の時もイラク戦争もそうです。一つも宣戦布告なしに戦争が行われた」「第2次世界大戦でイギリス軍とフランス軍がドイツに宣戦布告しましたが形だけのもんで宣戦布告しながら半年間まったく戦争しなかった」と主張した。

 憲法についても言及。「憲法改正派です。今の憲法は戦争は起こってほしくないなあと願っているだけの憲法だと、私は作家としてそう解釈します」「絶対に戦争を起こさせない。そういう憲法に変えるべきだと僕は思っています」と述べた。

 午後5時、秋葉原駅前。「戦争では恐らく一部軍人で残虐行為がありました。でもそれは日本人だけじゃない。アメリカ軍もやったし、中国軍もやったし、ソ連軍もありました。でもそれは歴史の裏面です。こういうことを義務教育の子どもたち、少年少女に教える理由はどこにもない。それはもっと大きくなってから教えれば良い。子どもたちにはまず日本人に生まれたこと、日本は素晴らしい国家であること、これを教えたい。何も知らない子どもたちに自虐史観を与える必要はどこにもない」と訴えた。


 「戦争」そのものへの賛成、反対という「What」のテーマではなく、宣戦布告の有無「How」の方がこの人には大事なのだろうか。早い話が、戦争に反対していない。
 改憲についても「絶対に戦争を起こさせない」ために、どんな改正をすべきなのかが、これでは分からない。
 自虐史観を与えることはないかもしれないが、戦争の悲惨さは伝えるべきだろう。しかし、この人には、そんな考えはなさそうだ。フィクションの零戦英雄物語をつくる位だから。

 百田尚樹という人には、歴史を見る真っ当な常識があるように思えない。
 
 同じ零戦を扱った対照的な人物が宮崎駿である。

 宮崎は、ほぼ明確に百田の作品を批判している。昨年の引退表明直後の発言である。
「ビジネス・ジャーナル」の該当記事

宮崎駿、『風立ちぬ』と同じ百田尚樹の零戦映画を酷評「嘘八百」「神話捏造」
2013.09.25

 9月6日、引退会見を行ったアニメ界の巨匠・宮崎駿監督。引退作となった『風立ちぬ』(東宝)は興行収入100億円を超え、「最後の作品はスクリーンで」という人も多く、観客動員数は1000万人を突破すると見られている。

 そんな映画人生の有終の美を飾ろうとしている宮崎だが、ここにきて『風立ちぬ』と同じ“零戦”をテーマにした“あの作品”を猛批判しているのをご存じだろうか。

 宮崎が“あの作品”の批判を展開しているのは、「CUT」(ロッキング・オン/9月号)のロングインタビューでのこと。その箇所を引用しよう。

  「今、零戦の映画企画があるらしいですけど、それは嘘八百を書いた架空戦記を基にして、零戦の物語をつくろうとしてるんです。神話の捏造をまだ続けようとしている。『零戦で誇りを持とう』とかね。それが僕は頭にきてたんです。子供の頃からずーっと!」

 「相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」



 「相変わらずバカがいっぱい」のリストに、安倍、石原、橋下、百田などの名を並べても、宮崎は否定しないだろう。

 戦争責任を誤魔化したり、美化することから、何ら生産的な未来は展望できない。

 宮崎の批判は続く。

戦争を美化する作品を糾弾する構えの宮崎

 宮崎がここで挙げている「零戦の物語」というのは、どう考えても人気作家・百田尚樹の原作で、12月に映画が公開される『永遠の0』(東宝)のこと。よほど腹に据えかねているのか、このインタビューで宮崎は“零戦神話”を徹底的に糾弾。

 「戦後アメリカの議会で、零戦が話題に出たっていうことが漏れきこえてきて、コンプレックスの塊だった連中の一部が、『零戦はすごかったんだ』って話をしはじめたんです。そして、いろんな人間が戦記ものを書くようになるんですけど、これはほとんどが嘘の塊です」と、『永遠の0』をはじめとする零戦を賛美する作品をこき下ろしている。

 もちろん、自身が『風立ちぬ』で基にした零戦設計者・堀越二郎の戦争責任についても言及。堀越の著書である『零戦』は共著であり、もう一人の執筆者が太平洋戦争で航空参謀だった奥宮正武だったことから「堀越さんは、自分ではそういうものを書くつもりはなかったけど、説得されて、歴史的な資料として残しておいたほうがいいんじゃないかっていうことで、書いたんだと思うんですけど」と前置きし、「堀越さんの書いた文章っていうのは、いろんなとこに配慮しなきゃいけないから、本当のことは書かないんだけど、戦争責任はあるようだけれども自分にはないと思うって書いています。面白いでしょう? 僕はこの人は本当にそういうふうに思った人だと思います」と弁護。

 さらに、「僕は思春期の頃、親父と戦争協力者じゃないかってもめた経験があるんですけど。そうやって断罪していくと、ほとんどの人が戦争協力者だと言わざるをえない。隣の韓国とか北朝鮮とか中国とかフィリピンとかインドネシアとかね、そういう側から考えると、それは加害者であるという」と話し、「職業をもつということは、どうしても加担するという側面を持っている。それはもうモダニズムそのものの中に入ってるんだと思ってるんです」と、到底美談では語れない戦争の加害性について論及している。

対照的な立場の宮崎と百田

 確かに同じ零戦をテーマとして扱っているとはいえ、宮崎と百田とはその政治的スタンスもまったく真逆だ。宮崎は憲法改正反対論者で、かたや百田はほとんど“右派論客”といってもいい活躍を見せている。

 百田は今年6月、朝日新聞で自身の作品が「右傾エンタメ」「愛国エンタメ」と評されたことに激怒し、苛烈に反論していたが、一方で首相再任前の安倍晋三との対談では「もう一度、自民党総裁選に出馬して総理を目指してもらいたい」と背中を押し、保守系論壇人である渡部昇一との対談でも「安倍政権では、もっとも大きな政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつくっていかねばなりません」と語るなど、政治的発言を連発。朝日批判の際も「自虐史観とは大東亜戦争にまつわるすべてを『とにかく日本が悪かった』とする歴史観です」とネトウヨ(ネット右翼)が大喜びしそうなツイートをしていた。

 宮崎があえてインタビューで『永遠の0』批判を繰り出したのは、戦争を肯定する百田と一緒にされるのが耐えられなかったのかもしれない。

 しかし、一方の百田は、「先日、アニメ『風立ちぬ』の試写を観た。ラストで零戦が現れたとき、思わず声が出てしまった。そのあとの主人公のセリフに涙が出た。素晴らしいアニメだった」と同作を大絶賛。反戦主義の宮崎が零戦映画の製作をしたことで、方向転換したと勘違いして思わずはしゃいでしまったのかもしれないが、今回の宮崎の発言で見事にはね返された格好だ。

 歯に衣着せぬ言動や論争好きで知られる百田だが、果たして世界の巨匠・宮崎にはどのように反論するのか。大いに見ものである。(文=エンジョウトオル)


 宮崎駿が、これ以上は百田など相手に発言する必要はないと思う。宮崎から見れば、右寄りの“子供”である。

 以前にスタジオジブリが発行している小冊子『熱風』が、「憲法」を特集したことを紹介した。
2013年7月19日のブログ

 参院選を前にしたサイトからのダウンロードサービスは終了したので、再度、以前の記事から引用したい。
「スタジオジブリ」サイトの該当ページ

 まず、ダウンロードサービスについて、次のような説明があった。

『熱風』7月号の特集は「憲法改正」です。
この問題に対する意識の高さを反映したためか、7月号は多くのメディアで紹介され、編集部には「読んでみたい」というたくさんの問い合わせがありました。
しかし取扱書店では品切れのところが多く、入手は難しいようです。今回編集部では、このような状況を鑑みて、インターネットで、特集の原稿4本を全文緊急配信することに決定しました。
ダウンロードは無料、配信期間は8月20日18時までです。



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 上図が表紙。

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 宮崎駿のメッセージが熱い。まさに“熱風”である。

 すでにダウンロードサービスが終ったので、前回より多めに引用したい。(太字は管理人)

父は戦時中飛行機の部品を作っていた

 そんな子ども時代の戦争の記憶ですが、世の中の様相が、いわゆる戦時下のような状態になるのは、昭和19年(1944年)以降、国全体がヒステリックになってからです。ただ、うちの親父は現実主義で、ニヒリストで「天下国家、俺は知らん」というような人物でしたから、親父の話だけを聞いてると、また全然違いました。
 親父は関東大震災の時に、墨田区にあった陸軍被服廠跡という、人がいちばん死んだところを逃げ回って生き残った人間なんです。まだ9歳だったのに妹の手を引いて逃げたというのが自慢でした。戦時中は東京大空襲の翌日に、親戚の安否を尋ねて東京に入ってるんです。だから、二度の死屍累々を見ています。
 学生時代の思い出を聞くと、小津安二郎の戦前の映画の「青春の夢いまいづこ」にそっくりで、徹底した刹那主義者。
 戦時中は病気の伯父貴に代わって、飛行機の部品を作るような軍需工場の工場長をしていました。知り合いがみんな「もうこの戦争は負けるんだからやめろ」って言うのに、昭和20年(1945年)になっても銀行からカネ借りて投資したりして。話を聞いていると、親父は世界情勢がどうこうということを認めたくなかったんですね。「戦争は俺がやってることじゃない。商売としては今、客がいて注文があるんだから、それに応えて作れば儲かる」ということでやったんだと。だから全然、後悔もしてないですよ。大局観なし


 宮崎駿にとって、父親の戦時中の行動は、戦争のもたらす悲劇の、非常に身近な実例だったのだろう。
 
 だから、宮崎の父親を視る目に、家族だから、という甘えはない。父親への客観的な視線にこそ、彼の反戦論の原点があるように思う。

 そんな親父が戦争について何と言ったと思いますか。「スターリンは日本の人民には罪はないと言った」それでおしまいです。僕は「親父にも戦争責任はあるはずだ」と言って、喧嘩しましたけど、親父はそんなものを背負う気は全然なかったようです。戦後もすぐアメリカ人と友人になって「家に遊びに来い」と言うような人でしたから。「アメリカのほうがずっといい。ソ連は嫌いだ」って言ってました。何でソ連が嫌いなんだと言ったのかは知らないけど、自由がないのが嫌だったのだと思います。本人は自由にやってましたから(笑)。


 この「スターリンは日本の人民には罪はないと言った」という父親の発言、百田の発言と相通ずるものがある。

僕が日本を見直したのは、30代になってから

 今、半藤一利さんの『昭和史』を読んでいるんですけどもう辛くて。読めば読むほど日本はひどいことやってるわけですから。何でよその国に行ってそんな戦争をしたのかと思います。他の道はなかったのか、満州事変を起こさずに済んでいたら、何か変わったんだろうかと思います。日露戦争が終わった時に、日本は遼東半島についても「これはやっぱり中国のものですから返しますよ」と言わなきゃいけなかったんです。そういう発想は日本の中に欠片(かけら)もなかった。帝国主義の時代ですから世界にもなかったと思いますが
 中国の周りには、ソ連もいたけど、イギリスはいる、ちょっと離れりゃフランスもオランダもアメリカもいて、世界中が集まっていた。そういう歴史を人間が踏んできた、ということを抜きにして、日本だけが悪人ということではないと思いますけど、そうかといって「最後に入っただけなのに、俺はなぜ捕まるんだ?」と言うのもおかしい。「おまえは強盗だったんだよ」ということですから。満州に行った知人たちが、どういうことをやって、どういう風に威張りくさってたかという話もおふくろから随分聞きました。そういう話を聞く度に、本当に日本人はダメだと思いました


 
 「日本だけが悪いのではない」という主張は、戦争には相手がある以上、部分的には正しい。しかし、「日本も悪い」という発想がないことには、次の展望は開けない。

 さて、昨年も紹介した、憲法についての宮崎の見解を再度ご紹介。

 憲法を変えることについては、反対に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います。
 法的には96条の条項を変えて、その後にどうこうするというのでも成り立つのかもしれないけれど、それは詐欺です。やってはいけないことです。国の将来を決定していくことですから、できるだけ多数の人間たちの意見を反映したものにしなきゃいけない。多数であれば正しいなんてことは全然思っていないけれど、変えるためにはちゃんとした論議をしなければいけない
 それなのに今は、ちょっと本音を漏らして大騒ぎを起こすと、うやむやに誤魔化して「いや、そういう意味じゃないんだ」みたいなことを言っている。それを見るにつけ、政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから。それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから。



 百田には、これを読ませればいいのであるが、彼には猫に小判だろうなぁ。限りなく「常識0」の男のようだから。

 年齢や経験も影響はしているだろうが、それにもまして百田の好戦的な姿勢は特筆すべきものがある。百田と宮崎との間には、何万光年もの距離がるように思えてならない。しかし、人気作家の言うことだから、と付和雷同したり、「ゼロ戦、かっこいい!」と安易に戦争を美化する若者も増える恐れはある。

 あまり、「絶対」という言葉は使いたくない。しかし、戦争は、絶対にいけない。
 百田の発想は強い軍隊を持つことで戦争をなくそう、ということのようだが、軍隊を持てば、つい戦争をしたくなるのだ。軍備の競争の行きつく先には、核のボタンを誤って押してしまう狂った独裁者の姿だってイメージできる。

 百田の「0」か、宮崎の「零」か、これは疑いようのない選択なのである。


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by koubeinokogoto | 2014-02-04 12:12 | 戦争反対 | Comments(7)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛