幸兵衛の小言

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高木仁三郎著『市民の科学』(講談社学術文庫)
 高木仁三郎さんの『市民の科学』は、1999年に朝日新聞から『市民の科学をめざして』というタイトルで朝日選書の一冊として発行され、講談社学術文庫から今年3月10日に再販された。

 前回はドイツの反原発運動は、ヴィールに始まる四十年の歴史があることを書いた。そして、ヴィールの原発建設に反対する市民運動から「緑の党」の誕生させ、そして「独立研究機関」を生み出すことにつながったのである。

 独立した批判的な専門家組織について、本書から紹介したい。(太字は管理人)

 エコ研究所は、ヴィール原発訴訟の弁護活動の中心になった弁護士デ・ヴィッドらを中心にしてG・アルトナーやロベルト・ユンクらの著名な人たちも呼びかけ人に加わって1977年に設立され、1978年から活動を開始している。
 その設立の呼びかけ文には、

「反原発運動を中心に、住民側の立場にたった科学者・弁護士・技術者など専門家の協力の必要性はますます増してきています。しかし、単に専門家の自発的な協力に俟つというやり方では、政府や企業からのいろいろなしめつけのもとで、状況に立ち遅れることになりかねません。また、専門家の側からしても、経済的・政治的に孤立を強いられ、意志はあっても十分に協力できなかったり、同じ志をもつ専門家間でも十分に情報の交換や議論がやり切れないのが現状です。
 このような状況を考慮し、専門家たちを住民側の主体性において獲得・養成し、方向づけ、活動の場を保証するものとして、このセンターの設立を現実化することにしました」

と述べられている。
 そして、活動の内容としては、

①環境と消費者の保護に関連した学問的な共同作業の組織化
②これらの分野における科学的資料の作成・検討・発行などの住民運動への情報提供
③国や企業の研究機関から締め出された科学者への援助・保証
④独自の測定器の装備と小さな実験室の設立
⑤情宣活動

があげられている。


 著者の高木仁三郎さんは、この活動内容を、高木さんが志向した「専門的批判の組織化」に、かなり正確に重なると言っている。

 高木さんは、ダルムシュタットのエコ研究所を実際に訪問している。そこでは原子力部門と化学部門を持ち、スタッフが十二名、うち十名が研究者だという。
 委託研究費や寄付による収入をもとにした、経験・年齢によって1200~2500マルク、日本円で10万から20万円の給与は、「生活費が安いといっても、ぎりぎりの額」とのこと。
 しかし、「若い人たちの間に入所希望者は多く、理科系の大学や大学院で学んだ人、一定の研究歴をもつ研究者などで、ぎりぎりの生活に甘んじても志を貫くために」このような研究所に仕事を求める人が多いらしい。
 給料だけではないのだ。社会心理学用語を借りるなら、給与は「衛生要因」ではあっても、やりがい、生き甲斐のような「動機付け要因」ではない、ということだろう。

 この研究所での当時の成果を四つ(①軽水炉の危険性研究 ②再処理施設の安全問題 ③ALKEM核燃料会社問題についてのエコ研究所の見解 ④NUKEM核燃料会社問題についてのエコ研究所の見解)あげて、このように紹介されている。

 ①は州政府(研究・技術者)の委託によって行なわれた委託研究で、原子力グループの全メンバーがほとんど二年近くを費やして行なった作業で、その研究報告は三巻2000頁の大部なものである(彼らの仲間うちでは、“電話帳”の呼称があった)。その内容は、この研究に先立って行なわれた西ドイツ政府による原子炉危険性研究(これは確率論的な原発事故研究で、いわばアメリカにおけるラスムッセン報告[原子力規制委員会のもとで行なわれた原子炉安全けんきゅう]の西ドイツ版)の逐条的な徹底批判である。政府の報告書が原発のメルトダウンといった大事故の確率は無視できるほど小さい、としているのに対し、その分析の問題点を摘出し、大事故の確率が無視しえないことを指摘している。この業績は報告が出された当時から、西ドイツのなかで評価の高かったものだが、チェルノブイリ事故によってあらためて脚光をあびた。
 ②は、緑の党の委託によって行なわれたもので、再処理工場の危険性の洗い出し作業で、これも相当の専門性と作業量を要するものである。ただし、この研究は、エコ研究所の単独の作業ではなく、後から述べるハノーバーの「グルッペ・エコロギー」との共同研究である。
 ③、④は前二者のように委託研究報告の形をとっておらず、報告書もそれぞれ50頁ほどで大部なものではない。しかし、これらは西ドイツ内ではかなり話題を呼んだ報告書である。



 原発の批判的な委託研究の依頼元が、州政府であったり、政党であるということは、日本では考えられない。

 この研究所の作業の大きな部分は、政府、州、地方自治体、さらには政党による委託研究である。もちろん右には掲げなかったが、市民の要請に応えての日常的な啓蒙活動や住民運動の委託による作業などもあり、とくにエコ研究所の現在の重要課題の一つは、ヴァッカースドルフ再処理工場の差し止めの住民訴訟へも参加である。しかし、この側面は日本のわれわれの経験からしても容易に想像がつくが、公的な機関や政党からの委託研究ということは、日本の現状では考えられないことである。



 高木さんは、この他のドイツの独立系批判的な専門組織も、訪問記を含め紹介している。

 原子力資料情報室の活動をしながら、さまざまな障害に苦労している頃、「専門的批判の組織化」の発想は高木さんより遅かったが、実際の組織化については日本より先を行くことになったドイツを、羨ましい気持ちで訪ねたのだろう。

 科学的であること、客観的であることに強く執着するドイツの民族性や文化とわが国との超えられない相違点は存在する。しかし、相互扶助、平和志向という日本人の持ち味を生かした「専門的批判の組織」は存在し得るように思う。

 理研のように国に許認可権を握られている以上、“利権”のために、客観的で中立的で持続的な研究は、構造的にはできにくいのだろう。「誰のため」の研究なのか、が問われている。市民のためではない研究が、フクシマを経た日本ではますます重要なはずだ。
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by koubeinokogoto | 2014-04-26 14:12 | 原発はいらない | Comments(0)
先日六回のシリーズ掲載があった東京新聞「ドイツは失敗したか」について、読者からどのようんな反応があったかを、同紙が紹介していたので引用したい。(太字は管理人)
東京新聞の該当社説

ドイツは失敗したか<読者から> 見習うことが多いはず
2014年4月24日

 今回もたくさんのご意見、ご感想をいただきました。ありがとうございました。

 名古屋市名東区のNPO法人代表石田紀克さん(69)は「ドイツの選択(脱原発、再生可能エネルギーへの転換)は正しいと思います。正解です」と考えます。

 「経済の成長と脱原発を対立させず、脱原発を優先させ経済を作り直していく姿には感銘を受けます。ドイツに見習う点は、大切にすべきことの優先順位を決めて、それを成功させる仕組みを作る決断だと感じています」と。

 さいたま市西区の主婦石川文恵さん(55)も「再生エネルギーの普及によって地方への経済効果が生まれていること、送電網を通じて消費者が電源を選択できることなど、具体的に日本がドイツから学べることはきっと多いはずです」と、脱原発による経済効果に希望を感じています。

 かつて商社の駐在員としてドイツに十年間勤務したという東京都東村山市の阿部直(ただし)さん(83)は昨年夏、半世紀ぶりに訪れたドイツの観光名所、ロマンチック街道沿いの変貌ぶりに驚きました。

 「牧草地や農地に巨大な風力発電塔が林立し、銀色に輝くソーラー・パネルが南バイエルンの地平線まで一面に連なって、脱原発を掲げるドイツのクリーン・エネルギー政策の姿勢が明白に感じ取れた」という。

 阿部さんはその時の機中でドイツの有力紙、フランクフルター・アルゲマイネの「次世代のエネルギー源として水素が有力」という記事を目に留めました。そして「水素エネルギーの技術開発状況や将来見通し等、取り上げていただければありがたい」と提案しています。早速調べてみます。

 千葉県柏市の司法書士佐々木利夫さん(71)からは、A4判用紙二十一枚にも及ぶ、毎回の感想が届きました。「どのようにして、脱原発が(ドイツ)国民の希望になったのか。その点が知りたくなった」と、注文をいただきました。

 ドイツへの移住を夢見ることがあるという東京都北区の司書上石啓子さん(64)は「自国をもっと愛せるような、そして一生住みたいと思えるような日本であってほしいと、心から願わざるをえませんでした」と結んでいます。

 安全・安心で持続可能な日本でありますように、一緒に考え続けましょう。(論説委員・飯尾歩)


 私は、何ら感想や要望を送っておらず、このブログで感想や補足を書いてきた。せっかくの企画なので、あまり小言めいたことは書かなかったが、千葉県柏市の方が長文のお手紙の中で書かれていたらしい、「どのようにして、脱原発が(ドイツ)国民の希望になったのか。その点が知りたくなった」というご意見は、まったく同感である。

 ドイツの反原発の歴史は、前回高木仁三郎さんの『市民の科学』からの引用で紹介したように、ヴィールから四十年の歴史を経ている。そういう背景があるからこその“国民の希望”なのであろう。

 昨日は電気事業連合会と原子力規制委員会との初めての意見交換会があったようだが、あまりにもドイツと日本の原発を取り巻く構図が違いすぎる。東京新聞には、今後も頑張ってもらいたい。

 もう少し拙ブログでドイツのことを紹介する内容が増えたら、東京新聞にも何らかのコンタクトをとろうか、などと思っている。
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by koubeinokogoto | 2014-04-24 19:56 | 原発はいらない | Comments(0)
東京新聞の「ドイツは失敗したか」という六回のシリーズでは十分に述べられなかったドイツのことを書きたい。

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高木仁三郎著『市民の科学』(講談社学術文庫)
 高木仁三郎さんの『市民の科学』は、1999年に朝日新聞から『市民の科学をめざして』というタイトルで朝日選書の一冊として発行された。
 この本を底本として講談社学術文庫から今年3月10日に再販されたのは、うれしい限りである。

 「第1部 第2章 専門的批判の組織化について」から、ドイツの反原発運動の歴史について引用する。

 独立研究機関の設立ということに限らず、西ドイツで環境や科学技術の問題に関連して、対抗文化的な運動が質的飛躍をとげたのは、1970年代半ばから始まったヴィール原発反対運動を通じてであった。
 巨大な資本の力と官僚機関、専門的研究機関の権威の総力をあげて原発建設を強行しようとする側と、体を張って建設を阻止しようとするライン河畔のぶどう栽培農民たちという、この時代の象徴ともいえる図式の前で、1960年代後半に科学や技術、知のあり方などについて、多分に抽象的に問われてきたものが一挙に具体的な形で問われることになった。この状況に敏感に反応した層の中心は、したがって60年代後半の運動に参加した人たちだったといえよう。
 ヴィールの原発計画は、バーデン電力会社が、バーデン・ビュルテンベルク州ヴィールに130万キロワット原発二基(加圧水型)を建設しようとしたもので、1973年に建設予定地としてヴィールが決まり、その年から反対運動も始まった。以後74、75、76年と運動は次第に盛り上がったが、政治権力に守られた電力会社側の攻勢も強く、両者の拮抗関係のなかで運動側は大いにきたえられた。ヴィール原発反対闘争自体は、1977年3月のフライブルク行政裁判所によって、原告住民が勝訴して第一段階を終わる(その後逆転される)のだが、そのころには他の原発反対運動の活性化と相まって、単に個別の原発反対という次元を超えた問題意識が生まれてきた。エコロジー思想の広がり、風車づくりなどAT(AT:appropriate technology 適正規模技術)運動、「人民大学」の試みなどがあり、そしていわばこのような対抗文化的な試みからより政治的な結集へと向かった。「緑のリスト」や「アルタナティーフェのリスト」による選挙への取り組み—後の「緑の党」に至る—、といった一連の社会的流動状況のなかで、「独立研究機関」の運動も始まったのである。
 その運動のスタートとなったのは、フライブルクのエコ研究所である。


 ドイツは、フクシマを見て、短絡的に脱原発を決めたのではない。東京新聞で「四十年戦争」と表現していたが、ヴィールに端を発した反原発運動の長い歴史の上での判断なのである。

 ドイツについては、ビール、だけではなく“ヴィール”も覚えておくことが大事なのである。

 次回は、そういった一連の運動から誕生した、独立した専門的批判組織について紹介したい。
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by koubeinokogoto | 2014-04-21 06:45 | 原発はいらない | Comments(2)
東京新聞の社説「ドイツは失敗したか」は、本日16日付けの第六回でお開きのようだ。
 まず、“トリ”の内容をご紹介。
東京新聞の該当社説

ドイツは失敗したか<6> 脱原発という合理主義
2014年4月16日

 二〇〇九年に発効した改定欧州憲法とも言われるリスボン条約は、エネルギーに関するルール(一九四条)を初めて規定した。

 「どんな電源をどう使うかは、加盟国の選択に委ねる」というのが、その趣旨だ。

 二二年までに原発をゼロにすると決めたドイツは欧州連合(EU)内でも少数派に属し、隣のオーストリアとともに「孤独な戦い」と評されることもある。オーストリアは去年、原発による電力も一切輸入しないと宣言した。

 ドイツは日本と同じ、資源小国、そして輸出大国だ。だが日本と違い、原発への回帰は、もうあり得ないと、誰もが言う。

 日本では、脱原発が原発立地地域の雇用を奪うと不安視されている。向こうでは、むしろ多くの自治体が、再生可能エネルギーを地域振興の柱に据えている。

 今のところ、ドイツの脱原発が抱える最大の課題は送電線の拡充だ。風力が豊かな北の海から、自動車産業など製造業の集積がある南部に向けて“電力のアウトバーン(高速道路)”と呼ばれる送電網を築く必要がある。ところが、これがなかなかはかどらない。

 高圧線の敷設による景観阻害や地価の下落、健康への影響などを心配し、反対を唱える人が少なくないからだ。脱原発には賛成だし、送電線が必要なのもよく分かる。しかし「ノット・イン・マイ・バックヤード(わが家の裏庭はだめだ)」なのである。

 脱原発は、かの国に特有の環境ロマン主義の産物とは言い切れないようである。ならばなぜ「孤独な戦い」に挑むのか。

 社会民主党(SPD)のジョー・ライネン欧州議員は言った。

 「私たちは二十一世紀の世界が求めるものを先取りし、新時代の輸出産業を育てています」

 再生可能エネルギーは時代の要請だ。ドイツは先頭走者をめざしている。その挑戦は「原発ゼロ」にとどまらない。温暖化対策とは両輪で、省エネと技術革新による社会基盤の変革、そして産業革命や新たな輸出戦略の構築にまで及ぶ壮大な構想に違いない。

 ドイツは失敗したか。答えはノーだ。環境合理主義を奉じて着実に前へ進んでいる。
(論説委員・飯尾歩)=おわり



 社会民主党(SPD)のジョー・ライネン欧州議員の、「私たちは二十一世紀の世界が求めるものを先取りし、新時代の輸出産業を育てています」という言葉は、たしかにドイツ人らしい経済合理性を物語る。

 アメリカの経済人の多くも、危険性のみならず経済合理性を考慮して、もはや原発は儲からないと思っている。

 日本の原子力村やメディアだけが、確信犯的な虚偽の計算をすることで「原発は安い」などと言っている。

 このシリーズを最初からフォローしてきた私としては、やや唐突な幕切れと思わないでもないが、この試みは形を変えて続けて欲しいので、まずは、“お疲れさま”とねぎらいたい。

 今後、ドイツの企業や政府から独立した専門家集団のことや、原発の正しいコスト計算のこと、脱原発を目指す日本の市民団体のことなどを、追って書いていきたいと思う。
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by koubeinokogoto | 2014-04-16 07:11 | 原発はいらない | Comments(0)
途中で中休み(?)が入ると、「あれっ、このシリーズお開きになったのか?」と思わないでもないが、何とか続いているようだ。
東京新聞の該当社説

ドイツは失敗したか<5> 染みだした核のごみ
2014年4月15日

 北西部ニーダーザクセン州のアッセという町を訪れた。丘の中腹に「A」という大きな文字が描かれていた。「Aufpassen(注意しろ)のAですよ」。核廃棄物処分場建設に反対する住民運動のリーダー、ペーター・ディッケルさんが言う。

 そこは、岩塩の廃坑跡だ。

 地下七百五十メートルの空洞に一九六七年から十一年間、中低レベルの核廃棄物を詰めた約十三万個のドラム缶が研究名目で投入された。

 問題が明らかになったのは八八年のことだった。一日一万二千リットルの地下水が浸出し、崩壊の恐れがあるという。二〇〇八年には浸出水からセシウムなどの放射性物質が検出された。

 ドイツでも、使用済み核燃料の処分は悩みの種だ。

 高レベル放射性廃棄物の最終処分場は、同じニーダーザクセン州にあるゴアレーベンの岩塩層が有力だった。だが、アッセのような地下水の浸出などを心配する住民の反対運動が強くなり、連邦政府は三年前、白紙撤回を決めた。

 ところが、昨年末の大連立政権発足時に交わされた百八十ページの協定書には、わずか十五行だが、処分場選定についての記述がある。その中に「ゴアレーベンを視野に入れて」と明記されている。

 最終処分場は、新たにつくる委員会であらためて選定される。

 しかし、ディッケルさんは「政府の方針を追認するための形式的な委員会になってしまう」と不安を抱く。廃棄物の種類や性質、処分量などと地質を突き合わせ、科学的知見を積み上げながら候補地を絞り込んでいくべきなのだ。

 決定までの道のりは、決して平たんなものではない。

 ただドイツでは「二二年に原発ゼロ」を決めており、処分量は確定できる。放射線防護庁の試算では、高レベルが三万立方メートル、中低が三十万立方メートルになるという。

 日本政府は原発回帰をめざす。核のごみを増やし続けるということだ。処分場選定にドイツ以上の困難があることは、想像に難くない。(論説委員・飯尾歩)


 原発を考える際、“核のゴミ”の処分も非常に重要だ。原発が“トイレのない家”に譬えられるのは、廃棄物の処理場所が見当たらないからである。

 核廃棄物の最終処分方法には、未だに最適解が存在しない。いわば、招かれざる、いやこの世に存在することが許されない客が、核廃棄物である。

 安倍政権が画策するように原発が再稼動されたなら、行き先の定まらない核廃棄物が今後も増える一方なのだ。

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石橋克彦編『原発を終わらせる』

 石橋克彦編『原発を終わらせる』(岩波新書)は、2011年7月20日に発行された。編者も執筆者も“ニン”で構成もまとまった好著として推薦したい。

 三年前にも紹介したが、「第四章 原発をどう終わらせるか」の山口幸夫原子力資料情報室共同代表による「原発のない新しい時代に踏みだそう」から引用。あの映画のことが紹介されている。

10万年後の不安
 「オンカロ」(ONKALO)という聞きなれない言葉がある。フィンランドにつくられつつある地下岩盤特性調査施設のことだが、「隠された場所」という意味があるらしい。オンカロは首都ヘルシンキの北西250キロ、バルト海のボスニア湾沿岸に近いオルキルキト島にある。世界でただ一つの放射性廃棄物の地下処分場の予定地だ。工事は2004年に始まった。地下520メートルまで掘る計画で、2011年4月現在、440メートルに達した。操業開始は2020年、100年後の2120年まで使用する予定だ。その後、厳重に封鎖される。10万年後までの安全を見込んでいるという。
 明日のことも分からぬは人の世の常である。しかし、放射能は違う。放射能の半減期は放射性の核種に固有の値であり、その核種の放射能の量が半分になるまでの時間のことである。放射能は、時間とともに指数関数的に減ってはいくが、消え去ることはない。半減期の20倍の時間を、放射能の影響が実質的になくなる一応の目安にしてみよう。もちろん、放射能の量は放射性物質の総量によるので、それをもって、安全になるまでの時間とみなすわけにはいかない。ここでは、半減期の20倍を「待ち時間」と呼んでおこう。一半減期ごとに二分の一になるので、半減期の20倍の時間が過ぎると、1/2x1/2x・・・1/2と20回かけあわせて、放射能の量は、およそ100万分の1になる。
 福島第一原発から大量に放出されたヨウ素131の半減期は8.04日なので、その20倍は160日、およそ半年の「待ち時間」だ。セシウム137は、半減期30.1年の20倍の600年、プルトニウム239ならば、その半減期は2万4100年だから、ざっと50万年を待たなければならない。
 原発を運転すると、燃料のウランから、長短さまざまの半減期を持つ放射性物質がたくさんできてしまう。この後始末がじつに厄介なのである。原発で使い終わった燃料の中の放射能の害を無視してもよい状態になるまで、きちんと保管・管理しておかなければならない。ヨーロッパでは、この「待ち時間」を10万年とみなしているいる。オンカロはこの目的のためにつくられつつある。

絶対に触れないでください
 2009年に制作された国際共同ドキュメンタリー作品『100,000年後の安全』を見た。原題は、「Into Eternity」である。「永遠の中へ」という意味だろう。オルキルオト島の十八億年前に形成されたという頑丈な地層の中に、一大近代都市に似た、しかし殺伐とした地下構造物が建設されている現場が映し出される。地上では、雪の降り積もった針葉樹林の中をゆったりと歩むヘラジカが姿をみせる。絵に描いたような北欧の世界だ。まさか、その地下に、危険このうえもない放射性廃棄物が閉じ込められているとは、まさに「隠された場所」(オンカロ)である。10万年後までの安全を確保するというが、その頃、人類は存在しているにだろうか。仮に、人類が存在したとしても、標識に書かれた警告の言葉は通じるだろうか。ひょっとして、そのころの誰かが、ここを発掘するかもしれない。
 監督のマイケル・マドセンは、「未来のみなさんへ」と題するメッセージで映像をしめくくっている。

 未来のみなさんへ

ここは21世紀に処分された放射性廃棄物の埋蔵場所です。
決して入らないでください。
あなたを守るため、地中奥深くに埋めました。
放射性物質は大変危険です。透明で、においもありません。
絶対に触れないでください。
地上に戻って、我々より良い世界を作ってください。
幸運を。



 小泉純一郎はオンカロを訪問して、脱原発を決意したと言っていたように思う。

 もはや、言うまでもないだろう。「10万年後」にも不安を抱かざるを得ない原発が必要か否かは。

 しかし、安倍政権は問題を先送りして許されざる客を招こうとしている。加えて、海外への原発売り込みにも熱心である。その背景に「世界一安全な日本の原発」と言う信じられないセールストークが使われているが、輸入をしようとする国は、フクイチの現状を見に来て考えて欲しいものだ。小泉純一郎がオンカロを見て考えを変えたように、きっと彼等の思いにも変化が訪れるように思う。スリーマイルもチェルノブイリも地震や津波とは無縁の事故だった。ましてや、地震や津波が起こり得る地域なら、フクシマの再現がないとは言い切れない。なぜなら、フクイチの原因究明や抜本的な対策などは“思考停止”のまま、安倍は原発を再稼動させようとしているのだから。
 
 ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経ても原発に明確なノーを言えない国の国民であることが、なんともやるせない。“隠された場所 オンカロ”に、全世界の放射性廃棄物を収容する能力などはない。もちろん、オンカロに閉じ込められた廃棄物が10万年に渡って安全であるかも、今日の人類には知りえることではない。

 当座の問題の時間稼ぎをしているにすぎない。原発が稼動している間、日々放射性廃棄物は増える一方である。海外にまで原発を売り込もうとしている人間には、事故への対策という問題とともに、「放射性廃棄物をどうするのか?」という疑問に対し、明確に答えてもらわなければならない。「時間が解決する」などと答える政治家には、オンカロに潜ってじっくり解決策を模索してもらいたい。

 東京新聞のシリーズ、さて、いつまで続くかな。
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by koubeinokogoto | 2014-04-15 07:35 | 原発はいらない | Comments(0)
市民団体の「原子力市民委員会」が、先週12日に、脱原発実現のための政策大綱を発表した。
時事トッドコムの該当記事

原発ゼロ「難しくない」=政策大綱発表、エネ計画批判−市民団体

 政府に政策提言を行う市民団体「原子力市民委員会」(座長・舩橋晴俊法政大教授)が12日、脱原発を実現するための政策大綱を発表した。原発ゼロ社会について「実現は難しくない」と強調。政府が目指す原発再稼働についても「認めるべきではない」と訴えている。
 東京都内で記者会見した舩橋教授は、政府が原発再稼働を明記したエネルギー基本計画を閣議決定したことに、「後ろ向きのものしか政府は出さない。国民からかけ離れている」と述べた。メンバーの吉岡斉九州大大学院教授も「なぜ原発を続けるのか。無責任なレトリックでごまかそうとしており、とんでもないことだ」と批判した。
 政策大綱では、東京電力福島第1原発事故で原発の安定供給性や経済性などが否定されたと指摘。今後の日本社会では、エネルギー消費の自然減や省エネが進むとして、「脱原発は困難ではない」と結論付けている。(2014/04/12-14:41)



 船橋座長の、、「後ろ向きのものしか政府は出さない。国民からかけ離れている」という指摘も、吉岡座長代理の、「なぜ原発を続けるのか。無責任なレトリックでごまかそうとしており、とんでもないことだ」という言葉も、まったくその通りである。

 「原子力市民委員会」のサイトから、「原発ゼロ社会への道」という資料をダウンロードすることができる。
原子力市民委員会サイトの該当ページ

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(「原発ゼロ社会への道」の表紙) 

 同資料の「はじめに」より抜粋。

はじめに

 原子力市民委員会は2013 年4 月に発足した。当初の目標どおり発足からちょうど1 年後に、「脱原子力政策大綱」を発表することができた。「政策大綱」に対応する英語は「ポリシー・アウトライン」(policy outline)である。つまりこの「脱原子力政策大綱」は、私たち原子力市民委員会が原発ゼロ社会を一日も早く建設するために必要であると考える公共政策の骨子について、できる限り包括的な全体像を示す文書である。原子力政策の重要事項の多くをカバーできたと自負している。
 具体的政策の細部まで詰めることは「アウトライン」という文書の性格上、原則として避けているが、それでも「アウトライン」と呼ぶには分量が相当に多くなり、約200 ページを越える大部の作品となった。それはメンバーのできるだけ完成度を高めたいという熱意の賜物である。
 しかし通読する時間のない読者に便宜をはかるべく、冒頭に3 ページの「要旨」を置くこととした。私たちはこの「脱原子力政策大綱」が、日本における〈脱原子力基本法〉制定ののち、日本政府が〈脱原子力基本計画〉を定める際に、そのたたき台として活用されることを願っている。「脱原子力政策大綱」の内容が完璧なものであるとは、私たちは考えていない。そもそも人材・時間等の制約から取り上げられなかったテーマも少なくない。この政策大綱に記載した数々の論点について、読者の方々がさまざまな視点からご意見を寄せてくださることをお願いしたい。
 また原子力市民委員会としてこの政策大綱の内容に関して、双方向的な対話の場をできるだけ多く設けるので、ぜひ参加をお願いしたい。当委員会の方針に基本的に賛同いただける方はもとより、原子力発電を廃止することに反対または躊躇される方々や、将来の脱原発という方向性に共感しつつも、即時または早期に実現することにともなう副作用を懸念する方々が、対話に加わってくださることを期待したい。政府の原子力政策がきわめて硬直的であることを反面教師として、私たちは原子力発電について異なる考え方を持つ者同士が議論を重ね、相互理解を深めつつ、政策大綱の内容を改善し、柔軟に進化させていくことが重要だと考える。
 そしてそれが政府の原子力政策をも流動化させる作用を及ぼしうるものと信ずる。


 「要旨」については、次回ご紹介することにして、同委員会のメンバーをご紹介したい。
 サイトからもメンバーを確認できるが、この資料の作成や大綱発表につながる各部会のメンバーも含め、長くなるが資料の巻末からご紹介。

原子力市民委員会 メンバー紹介
(本政策大綱作成時点。肩書きは4 月12 日現在)

【委員】
座長 舩橋 晴俊 ( 法政大学社会学部教授、日本学術会議連携会員、
            一般社団法人大磯エネシフト理事)
座長代理 吉岡 斉 ( 九州大学大学院比較社会文化研究院教授、
            元政府原発事故調査委員会委員、高木基金顧問)
荒木田 岳 (福島大学行政政策学類准教授)
井野 博満 ( 東京大学名誉教授、柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・
          技術者の会代表)
大島 堅一 (立命館大学国際関係学部教授)
大沼 淳一 ( 元愛知県環境調査センター主任研究員、中部大学非常勤
       講師、市民放射能測定センター運営委員、高木基金顧問)
海渡 雄一 (弁護士、脱原発弁護団全国連絡会共同代表)
後藤 政志 ( 元東芝 原発設計技術者、NPO 法人APAST 理事長、明治
      大学・芝浦工業大学・國學院大學非常勤講師)
島薗 進 (上智大学神学部教授、東京大学名誉教授、日本学術会議会員)
満田 夏花 (国際環境NGO FoE Japan 理事)
武藤 類子 (福島原発告訴団団長)

【アドバイザー】
 50 音順
アイリーン・美緒子・スミス(グリーン・アクション代表)
鮎川 ゆりか(千葉商科大学政策情報学部教授)
飯田 哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
植田 和弘(京都大学大学院経済学研究科教授)
上原 公子(元国立市長、脱原発をめざす首長会議事務局長)
枝廣 淳子( 環境ジャーナリスト、幸せ経済社会研究所所長、NGO
  ジャパン・フォー・サステナビリティ代表、有限会社イーズ代表)
大林 ミカ(公益財団法人自然エネルギー財団事業局長)
小澤 祥司(環境ジャーナリスト、飯舘村放射能エコロジー研究会世話人)
金森 絵里(立命館大学経営学部教授)
金子 勝(慶應義塾大学経済学部教授)
河口 真理子(社会的責任投資フォーラム共同代表理事)
崎山 比早子(元放射線医学総合研究所主任研究官、元国会福島原発
        事故調査委員会委員、高木学校)
立石 雅昭(新潟大学名誉教授)
朴  勝俊(関西学院大学総合政策学部准教授)
長谷川 公一 (東北大学大学院文学研究科教授)
フィリップ・ワイト(アデレード大学大学院博士課程)
真下 俊樹(日本消費者連盟共同代表)
八巻 俊憲( 福島県立田村高等学校教諭、東京工業大学社会理工学
       研究科博士後期課程)
吉野 裕之(NPO 法人シャローム災害支援センター)
吉原  毅(城南信用金庫理事長)
米本 昌平(科学史家、東京大学教養学部客員教授)
渡辺 満久(東洋大学社会学部教授)

【部会メンバー】
〈第1部会:東電福島第一原発事故被災地対策・被災者支援部会(福島原発事故部会)〉
部会長 島薗 進 (上智大学神学部教授、東京大学名誉教授、
           日本学術会議会員)
部会コーディネータ 細川 弘明(京都精華大学人文学部教授、アジア
            太平洋資料センター共同代表、高木基金理事)
荒木田 岳(福島大学行政政策学類准教授)
石井 秀樹(福島大学 うつくしまふくしま未来支援センター特任准教授)
大沼 淳一(元愛知県環境調査センター主任研究員、中部大学非常勤
      講師、市民放射能測定センター運営委員、高木基金顧問)
小山 良太(福島大学経済経営学類教授、うつくしまふくしま未来支援
       センター副センター長)
中下 裕子(弁護士、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議事務局長、
         高木基金理事)
福田 健治(弁護士、福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク)
満田 夏花(国際環境NGO FoE Japan 理事)
武藤 類子(福島原発告訴団団長)
除本 理史(大阪市立大学大学院経営学研究科教授)

〈第2部会:核廃棄物管理・処分部会(核廃棄物部会)〉
部会長 吉岡 斉( 九州大学大学院比較社会文化研究院教授、
         元政府原発事故調査委員会委員、高木基金顧問)
部会コーディネータ 伴 英幸(原子力資料情報室共同代表)
大島 堅一(立命館大学国際関係学部教授)
川崎  哲(ピースボート共同代表)
志津里 公子(地層処分問題研究グループ事務局長)
茅野 恒秀(信州大学人文学部准教授)
舩橋 晴俊( 法政大学社会学部教授、日本学術会議連携会員、
       一般社団法人大磯エネシフト理事)

〈第3部会:原発ゼロ行程部会〉
部会長 大島 堅一(立命館大学国際関係学部教授)
部会コーディネータ 松原 弘直(環境エネルギー政策研究所主席研究員)
海渡 雄一(弁護士、脱原発弁護団全国連絡会共同代表)
関根 彩子(グリーンピース・ジャパン)
高田 久代(グリーンピース・ジャパン)
竹村 英明(エナジーグリーン株式会社取締役副社長)
平田 仁子(気候ネットワーク理事)
吉岡 斉 (九州大学大学院比較社会文化研究院教授、
        元政府原発事故調査委員会委員、高木基金顧問)
吉田 明子 (国際環境NGO FoE Japan)

〈第4 部会:原子力規制部会〉
部会長 井野 博満(東京大学名誉教授、柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える
            科学者・技術者の会代表)
部会コーディネータ 菅波 完(柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・
           技術者の会事務局長、高木基金事務局)
青木 秀樹(弁護士、浜岡原発差し止め訴訟弁護団)
東井  怜(東京電力と共に脱原発をめざす会代表世話人)
小倉 志郎(元東芝 原発技術者、軍隊を捨てた国コスタリカに学び平和を
       つくる会世話人)
海渡 雄一(弁護士、脱原発弁護団全国連絡会共同代表)
川井 康郎(プラント技術者の会)
後藤 政志 (元東芝 原発設計技術者、NPO 法人APAST 理事長、明治
      大学・芝浦工業大学・國學院大學非常勤講師)
阪上  武(福島老朽原発を考える会代表)
滝谷 紘一(元原子力技術者、元原子力安全委員会事務局技術参与)
只野  靖(弁護士、脱原発弁護団全国連絡会事務局長)
筒井 哲郎(プラント技術者の会)
内藤  誠(現代技術史研究会)
奈良本 英佑(法政大学名誉教授、福島こども支援・八王子)
藤原 節男(元三菱重工 原発設計技術者、元原子力安全基盤機構検査員)

【事務局】
 事務局長 細川 弘明
 事務局次長 村上 正子
 事務局研究員 春日  匠
 事務局スタッフ 水藤 周三
  同 廣瀬 勝之



 舩橋晴俊座長は、勉強不足でよく存じ上げないのだが、環境社会学分野では中心的人物らしい。

 吉岡座長代理は、高木仁三郎さんの良き理解者であった人だ。そして、メンバーの中に高木学校や高木基金の名が見受けられるのが、うれしい。私も原子力資料情報室の会員のはしくれなのである。部会のメンバーには伴共同代表の名もある。

 原子力市民委員会は、高木仁三郎さんの思いをつなぐ組織と位置付けても良いと思う。

 安倍政権の暴走を止めるためにも、この組織にも、そして長期間にわたって原発に反対してきた他の市民団体の皆さんにも頑張っていただきたい。拙ブログでも、できる限り活動を取り上げさせてもらうつもりだ。
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by koubeinokogoto | 2014-04-14 07:45 | 原発はいらない | Comments(0)
STAP細胞の存在は、まだ闇の中。エネルギー基本計画は、これだけ重要な問題を“閣議決定”されてしまった。

 あまり明るいニュースがない中、久し振りに爽やかなニュースだ。

 私の自宅の近くである神奈川県座間市に住む一人の主婦の思いが実って、「憲法九条」がノーベル平和賞候補として正式に認められた。
朝日新聞の該当記事

「憲法9条をノーベル平和賞に」推薦受理 実行委に連絡
2014年4月11日11時34分

 戦争の放棄を定めた憲法9条をノーベル平和賞に推した「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(事務局・神奈川県相模原市)に、ノルウェー・オスロのノーベル委員会から推薦を受理したとの連絡があり、正式に候補になったことがわかった。

 連絡はメールで9日夜、実行委に届いた。「ノーベル委員会は2014年ノーベル平和賞の申し込みを受け付けました。今年は278の候補が登録されました。受賞者は10月10日に発表される予定です」との内容だ。

 事務局の岡田えり子さん(53)は「受理されてうれしい。受賞者は個人か団体となっているが、受賞者を日本国民としたことを委員会は受け入れてくれた。これで日本国民一人一人が受賞候補者になった」と話した。

 推薦運動は、神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)らが始めた。推薦資格のある大学教授、平和研究所所長ら43人が推薦人になった。実行委は2月1日までに集めた2万4887人の署名を添えて、委員会に送っていた。署名は11日現在、4万人を超えているという。鷹巣さんは「一人ひとりの小さな平和への願いがつながって、候補にまでたどりつくことができました。たくさんの方々の協力に感謝でいっぱいです」と話した。



 事務局の方の言葉にあるように、“受賞者を日本国民としたことを委員会は受け入れてくれた”というのは、素晴らしいことだと思う。

 推薦運動を始めた主婦のニュースも目にしていたのだが、その時は、「候補になったら凄いけど、まさかねぇ・・・・・・」と、私は思っていたことを反省。

 4月2日付けの、その最初のニュースはこちら。朝日新聞の該当記事

憲法9条にノーベル賞を 主婦が思いつき、委員会へ推薦
柳沼広幸 2014年4月2日18時43分
 
 戦争の放棄を定めた憲法9条にノーベル平和賞を——。神奈川県座間市の主婦鷹巣直美さん(37)が思いつきで始めた取り組みに共感の輪が広がり、ノルウェー・ノーベル委員会への推薦に至った。集団的自衛権の行使や改憲が議論される中、「今こそ平和憲法の大切さを世界に広めたい」と願う。

 鷹巣さんは20代のころにオーストラリアのタスマニア大学に留学。そこで出会ったスーダンの男性難民から、小学生の時に両親を殺され、正確な年齢も知らずに育ったと聞き、平和や9条の大切さを実感した。

 今は小学2年と1歳半の子育てに追われる日々。「子どもはかわいい。戦争になったら世界中の子どもが泣く」。家は空けられないので集会やデモには参加できない。自宅でできることを考えた。

 2012年の平和賞は231件の推薦の中から欧州連合(EU)が受賞した。「欧州の平和と和解、民主主義と人権の向上に貢献した」とされた。鷹巣さんは「EUには問題もあるが、ノーベル平和賞は、理想に向かって頑張っている人たちを応援する意味もあるんだ。日本も9条の理想を実現できているとは言えないが、9条は受賞する価値がある」と考えた。

 昨年1月、インターネットで見つけたノーベル委員会に、英文で「日本国憲法、特に第9条に平和賞を授与して下さい」とメールを送信。その後も計7回送ったが、返事はなかった。

 友人にやり方を教えてもらい、5月に署名サイトを立ち上げると、5日で約1500人の署名が集まった。ノーベル委員会に送信すると、すぐに返事があり、ノミネートの条件がわかった。推薦締め切りは毎年2月1日。国会議員や大学教授、平和研究所所長、過去の受賞者らが推薦できる。受賞者は人物か団体のみ。憲法は受賞できない。

 考えた末、鷹巣さんは受賞者を「日本国民」にした。「9条を保持し、70年近く戦争をしなかった日本国民の受賞に意味がある。みんなが候補として平和を考えるきっかけになれば」

 この取り組みを相模原市の市民団体「9条の会」などに報告すると、協力者が次々現れ、8月には「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会が発足。実行委は今年2月1日までに大学教授や平和研究所長ら43人の推薦人を集めた。推薦状に2万4887人の署名も添えてノーベル委員会に送った。

 推薦人の一人で、非戦を主張する民間のエラスムス平和研究所(神戸市)の岩村義雄所長は「子育て中の主婦を応援しないわけにはいかない。9条は子々孫々に残すべきだ」と話す。

 今年10月発表の際の受賞を目指しているが、何度でも挑戦するため、実行委は署名サイト(http://chn.ge/1bNX7Hb)を続けている。鷹巣さんは今、「一人ひとりの声が集まれば、世の中は変わる」と感じている。(柳沼広幸)



 EUが受賞していたことなど、私は知らなかったの(赤面)。

 なるほど、その組織に問題はあっても(完璧な組織などありえないしね)、ノーベル賞が、“理想に向かって頑張っている人たちを応援する意味”を持つのなら、今の日本国民こそ、その応援が必要かもしれない。
 
 あらためて、「日本国憲法」「九条」を確認。
-----------------------------------------------------------------
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
  国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を
  解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
  国の交戦権は、これを認めない。

-----------------------------------------------------------------

 憲法で戦争を放棄している国は、他にもある。しかし、世界で日本だけが原爆を落とされた国であることが、受賞に価するように思うし、ウクライナ情勢を巡る米ロの緊張などを考えると、世界に反戦を訴えるに相応しい時機でもあるだろう。

 私も早速署名した。すると、事務局からメールが届き、次のようなメッセージを友人に送って欲しい、とのこと。

 せっかくなので、ご紹介!

こんにちは。

突然ですが、Change.orgをご存知ですか?

Change.orgは「変えたい」気持ちを形にする、ソーシャルプラットフォームです。

先ほど、 「 世界各国に平和憲法を広めるために、日本国憲法、特に第9条、を保持している日本国民にノーベル平和賞を授与してください please award the Nobel Peace Prize to the Japanese citizens who have continued maintaining this pacifist constitution, Article 9 in particular, up until present.」というキャンペーンに署名しました。

一緒にこのキャンペーンを応援していただけますか?



ぜひ下記にて皆さんもご署名を!
署名サイト

 10月に受賞して、「憲法九条へのノーベル平和賞は、日本国民が受賞しました。安倍首相、あなたも日本国民でしたよね!」と言いたいではないか。
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by koubeinokogoto | 2014-04-13 23:10 | 戦争反対 | Comments(0)
東京新聞サイトの該当社説

ドイツは失敗したか<4> 電力会社が勝てぬもの
2014年4月11日

「チャタムハウスルールでお願いします」。大手電力会社の幹部は、切り出した。

 情報の利用は自由だが、発言者の身元は秘すという英国流ルール。さあ、本音を聞いてみよう。

 「電力をつくるだけなら、原発が一番安上がり。でもドイツの脱原発に後戻りはあり得ません。北欧ほどではないですが、国民は原発が大嫌い」

 ドイツの脱原発は、宗教者なども参加した「倫理委員会」の提言に基づくメルケル首相の政治的判断によるものだ。

 この国には、地震はほとんどない。しかし「四十年戦争」とも呼ばれる長い原発対住民運動の歴史がある。その中から生まれた環境政党「緑の党」は支持者を広げ、連立政権の一翼を担うほど力を蓄えた。保守与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)を率いるメルケル首相は国民の大きな意思を読んだのだ。

 大手電力各社は原発に膨大な資金をつぎ込んできた。福島の事故後、原発拡大路線に急ブレーキをかけた政府に対し、数十億ユーロの損害賠償を求めて提訴した会社もある。しかし、国民の政治的意思にあらがうほどの力はない。

 原発の代わりに火力発電を増強し、再生可能エネルギーの方には、乗り遅れた感がある。

 消費者にも不公平感はある。

 再生エネ普及のための経費として、各家庭には賦課金が課されている。ところが、国際競争力を保つためとして、連邦政府は二千以上の企業に対し、賦課金を免除した。昨年各家庭が負担した賦課金の約四分の一は、その分を肩代わりしたことになるという。

 「家計への配慮は何もないのに…」と、ベルリンに住む四十歳代の主婦は不満を訴える。

 不満は解消できるのか。再生エネ普及に支援を要する助走期間は、そろそろ終わりにすべきだろうか。原発ゼロでも豊かな社会に向けて、誰もが納得できるかたちで水平飛行に移れるか。
(論説委員・飯尾歩)



 ドイツの脱原発、再生可能エネルギー推進の施策には、まだ改善の余地はあるだろう。
 重要なことは、すでにドイツは助走だろうと“走っている”ということだ。

 このシリーズで今後紹介されるかもしれないが、今回はやや内容が薄かった(ゴメン!)ので、同じ東京新聞の記事から、ドイツの状況を補足する。

 東京新聞は、昨年の5月、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」(日経BP)の著者であるミュンヘン在住のジャーナリスト熊谷徹を招いて、「日本のエネルギーの未来図 脱原発国家ドイツに学ぶ」というテーマでフォーラムを開いた。
 その概要を東京新聞のサイトで確認することができる。その記事から熊谷徹の講演内容の一部を引用。
東京新聞の該当記事

 私が日本で講演を行うたびによく受ける質問があります。「ドイツは自国では原子力をやめるというが、原発で作られた電力をフランスから輸入している。矛盾ではないか」と。

 欧州では各国で、需要と供給の原則にのっとり電力をやりとり(輸出入)しています。したがってドイツはフランスからの電力に原子力が使われていることを理由に「輸入したくありません」ということはできないし、物理的に原子力と再生可能エネルギーで作られた電力を分けることは不可能です。さらに、国家安全保障との絡みもあり、原子力の比率を下げろとフランスに言うのも内政干渉にあたり難しいわけで、ドイツは自国の原発からまず始めたわけです。七基の原発を止めたため、一時的にドイツの電力輸入量が増えましたが、通年では輸出量が輸入量を超え、二〇一二年の輸出超過量は前年の四倍に増えました。

 ドイツでは原子力をめぐる論争は一九七〇年代に始まり、脱原子力などを求める市民らが集まり八〇年に緑の党が結成されました。ドイツではこれまで少なくとも十カ所の原発、高速増殖炉などの核関連施設が建設中止、計画放棄されました。八六年のチェルノブイリ事故では、連邦政府の情報開示が遅いと批判が高まりました。原子力事故について、政府への根強い不信感があるのも確かなようです。

 エネルギー革命の柱は(1)脱原子力(2)温室効果ガス、特に二酸化炭素の大幅な削減(3)再生可能エネルギーの拡大(4)省エネ−の四つです。


 途中に1970年代から続く「四十年戦争」のことも、少し説明されている。「緑の党」(現在の正式名は「同盟90/緑の党」)は、1970年代の反原発運動が結党の背景にある。

 ドイツの実態を批判する人は、「未だに原発を稼動させている」とか「フランスの原発による電力を買っている」とか、「再生可能エネルギーによって国民負担が増えている」などなどの今時点の“現象”を引っ張り出す。

 しかし、熊谷の講演でも分かるように、それは、あくまで制約に基づくものであり、過渡的な現象である。

 問題は、その「国」をどうしたいのか、というリーダーの意思であり、その決断に基づく計画の実施なのだ。

 ドイツ国民の大半は、メルケルの決断を支持している。そして、将来の脱原発社会を強く希求している。今の負担を我慢することで、その先の未来に明るい展望を持っている。

 あまりにも、フクシマを経験した日本とは違うのではなかろうか。
 
 繰り返すが、ドイツは、しっかりと行先を定めて走っている。助走から安定走行に移る時期を迎えている。

 原発依存を改めず、核燃料サイクルも温存しようとするエネルギー基本計画を、閣議決定という民主主義をないがしろにする方法だけで決めてしまう日本政府は、走るどころか、スタートラインからまた何十歩も後ずさりしてしまった。

 百歩譲って前に進んでいるとしても、それは牛の歩みでしかない。それも、健康な国産牛ではなく、薬漬けのアメリカからの輸入牛の、病的な歩みかもしれない。
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by koubeinokogoto | 2014-04-11 07:42 | 原発はいらない | Comments(0)
東京新の「ドイツは失敗したか」シリーズ三回目。
東京新聞サイトの該当社説

ドイツは失敗したか<3> エネルギー不安に備え
2014年4月10日

 欧州連合(EU)で消費される天然ガスの約三割がロシアから輸入され、その半分はウクライナ経由で運ばれる。

 しかし、ウクライナの混迷が、直ちにエネルギー危機に結びつくかといえば、そうではない。

 多少の値上がりはあるだろう。だが深刻な供給不安に陥ることはないというのが、現地の大方の予測である。ただし、この危機はEU諸国に対し、他国へのエネルギー依存の危うさを、より強く印象づけた。

 特に日本と同じ資源小国のドイツでは、エネルギーの地産地消、太陽や風が無限にもたらす再生可能エネルギーへの関心が、一層深くなったに違いない。

 世界に降り注ぐ太陽エネルギーの総量は、世界のエネルギー消費量の二千八百五十倍になるそうだ。しかも無料。ドイツがロシアなどに支払うガスや石油の代金は、年に九百二十億ユーロ(約十三兆円)にもなる。太陽や風を、もっと活用しないという手はない。

 国内でも依存は終わる。かつてドイツの発電力の七割と送電網の八割が、E・ONやRWEなど大手四社に握られていた。

 大量の電力を一度に供給可能な原発は、大手寡占には都合のよい電源だった。ところがチェルノブイリに続き、科学立国日本で起きた原発事故が、安全神話にとどめを刺した。電力は一極集中から地域分散の時代へ向かうべきだと、ドイツは読んだのだろう。

 電力の小規模分散化は、地域や中小企業を活性化させ、地方に新産業が生まれる可能性も秘めている。再生エネの普及は昨年、ドイツの地方自治体に百七十一億ユーロ(約二兆四千億円)の経済効果をもたらしたという調査もある。(1)業者の利益(2)労働者の所得(3)税収−などの合算である。日本には、そういう大きな策がまだ見えない。(論説委員・飯尾歩)



 電力の“地産地消”は、再生可能エネルギーの普及を考える場合には、対となる考え方である。

 大手電力会社から、お金を払って、まるで、“恵んでもらっている”ような構造になっているのが、現在の日本の状況である。他の産業さなら独禁法違反に問われても不思議ではない特権を国が擁護しているのが、日本の電力産業構造と言ってよいだろう。

 それを、購入者である市民に選択権を持つ大きな構造の変革を起こすことが重要な課題となっている。

 市民が地元の再生可能エネルギー会社の株主になって、大手電力会社に“売ってあげる”こともできるだろう。

 環境エネルギー政策研究所、ユナイテッドピープル、greenz.jp、ピースボートという複数の団体が事務局を務める、「Community Power Initiative」(地域でつくる、地域のエネルギー)という組織がある。

「地域でつくる、地域のエネルギー」(Community Power Initiative)のサイト
 サイトには団体の概要が次のように紹介されている。

団体概要

コミュニティパワー・イニシアチブは、地域エネルギー主権とエネルギーの民主化のために連携、協力し、さらにその動きを加速するためのオープンネットワークです。参加するそれぞれのイニシアチブを活かしながら、地域エネルギー事業に取り組むキーパーソンや組織がつながる場を創り出します。

コミュニティパワーの三原則
1.地域の利害関係者がプロジェクトの大半もしくはすべてを所有している
2.プロジェクトの意思決定はコミュニティに基礎をおく組織によっておこなわれる
3.社会的・経済的便益の多数もしくはすべては地域に分配される


 サイトには、各地での活動が紹介されている。東京の調布、長野の飯田、北海道などの事例は結構有名ではなかろうか。

 飯田哲也の環境エネルギー政策研究所が2月に開催した「コミュニティーパワー国際会議2014 in福島」で採択された「福島コミュニティパワー宣言」という記事をサイトから引用する。

福島コミュニティパワー宣言

巨大な原発事故が起こった。
いま、怖るべきモラルハザードが始まっている。
われわれは、人智が制御しえぬモノに、われわれの未来を委ねることを拒絶するか、それとも思考停止のままに受容し続けるのか、という分岐点に立たされている。
福島の人々はすでに早く、原発事故の三カ月後には、原発に依存せずに持続的に発展してゆく将来へのシナリオを選択し、それを宣言した。
しかし、この福島の意志は無視され、黙殺されてきた。

いま、福島に踏みとどまり、そこで生きてゆくことは、見えない生存の不安のなかで、まったく新しい暮らしと生業のスタイルを創造してゆく努力なしには不可能である。
傷付き、足掻いている福島は、あくまで前向きにみずからの将来を創造してゆく、そのための始まりの土地になりたいと願う。

再生可能エネルギーとは、風土とテクノロジーの結婚である。
それはわれわれにとって、地域社会の自治と自立のための大切な拠り所であり、方法である。
われわれは原発事故によって深く傷付いた福島の地に拠るがゆえに、原子力エネルギーという人智が制御しえぬ荒ぶる神の火を捨てようとしている。
そうして、風や陽光や水の流れ、大地の熱や森の間伐材などからエネルギーを贈与していただく再生可能エネルギーへの転換を進めてゆくことを願う。
人と自然との境界が引き直されねばならない。

福島はいま、再生可能エネルギーを携えて、始まりの土地になろうとしている。
そして、福島が率先して変化を起こすことで、日本各地が変わり、世界が大きく変わってゆくにちがいない。

そのために私たちは、今日この福島の地で、以下の3つの行動を約束する;
•このネットワークを活かして「21世紀の電事連」(こちら側の電事連)を立ち上げる
•福島からの変革を支援するための「福島コミュニティパワー基金」を立ち上げる
•いま、ここから歴史を変える

2014年2月2日 喜多方



 各地の活動報告の中から、調布の近況をご紹介。

2014年2月時点で、調布まちなか発電は公共施設での分散型メガソーラー(合計33カ所に、926キロワットの出力)の設置をすすめています。事業資金については全額を地域の金融機関からの融資で調達しています。発電した電力は東京電力に売電されますが、停電時には施設に電源供給できるようになっています。また、協議会では2014年春にまちなか発電とは別の事業会社を立ち上げ、民間施設での太陽光発電事業を具体化させていく計画を立てています。
現状は、最初の事業を安定化させることに重点を置き、その実績をもとに今後も取り組みを拡大させていく方針です。また、一般市民にはまだまだ認知されていないので、設備設置とともに、啓発活動も進めていく予定です。将来は、都市部のエネルギー事業者として、大量に出る食品残さなどを活用したバイオマス事業なども検討する予定です。

 

 再生可能エネルギー、地産地消の動きは、3.11とフクシマより以前から活動しているNPOや、まさに3.11とフクシマを契機に始まった活動も含め、数が次第に増えている。

 問題は、これらの“草の根”市民運動を、市民運動の枠組みだけで終わらせないことだと思う。

 東京新聞のシリーズだが、そろそろ独立した専門家団体のエコ研究所などを紹介してくれることを期待している。

 ドイツには、高木仁三郎さんがつくった原子力資料情報室(CNIC)よりも発想は遅かったが組織化はCNICを追い抜いた、エコ研究所などの、どの組織にも属さない独立した専門家集団がある。それらは原子炉や使用済み放射性廃棄物の問題などに批判的な調査や研究を行なっているのだが、日本と大きな違いは、ドイツ政府や自治体が、これらの独立組織に費用を支払ってレポートを作成してもらっていることだ。
 そういうバランス感覚があるからこそ、ドイツは脱原発に踏み切れたとも言えるだろう。

 東京新聞が書かなければ、私がそれらの組織について、高木さんの著作から紹介するつもりである。

 さて、このシリーズ何回続くのかなぁ。
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by koubeinokogoto | 2014-04-10 07:11 | 原発はいらない | Comments(0)
東京新聞の社説「ドイツは失敗したか」の第二弾。まず、全文をご紹介。(太字は管理人)
東京新聞サイトの該当社説

ドイツは失敗したか<2> 何が家計にやさしいの

 ドイツでは、個人による電力市場への参入が、日本よりはるかに簡単だ。

 「(送電会社に)電話を一本かけて、手紙を一通書けば、手続きはおしまいですよ」と、ベルリンにある公益法人、再生可能エネルギー・エージェンシーの副代表ニルス・ベーニクさんは言う。

 二〇〇〇年施行の再生可能エネルギー促進法は事業者に、太陽や風でつくった電力を高く買い取り、優先的に送電網につなぐよう、義務付けた。

 高く買って安く売る。その差額を埋めるのが、電気料金に上乗せされる再生エネ普及のための賦課金だ。日本もこれにならった。

<五〇年までに、総発電量の80%以上に引き上げる>

 メルケル政権は一昨年、より高い導入目標を打ち出した。

 法による“追い風”を受け、再生エネの発電比率は現在24%になった。だがその反動で賦課金の負担が増え、生活者の不満が高まったと、日本でもしばしば報道される。本当は、どうなのか。

 法が定めた昨年の賦課金は、電力一キロワット時あたり五・三セント(七円四十銭)、平均的な家庭では、月およそ十五ユーロ(二千百円)になるが、暖房やガソリン代を含むエネルギー費用全体に占める割合は、4%にすぎない。

 再生エネが、しばしばやり玉に挙がるのは、助成金がガラス張りになっているからだ。

 一方で、原発には隠れたコストがつきまとう。政府の支援や税制上の優遇などを賦課金に換算すると、一キロワット時十二セント(十七円)で、再生エネを大きく上回る。それでも氷山の一角という。

 使用済み核燃料の処分や事故の補償などまで考えに含めると、同じく二ユーロ(二百八十円)の賦課金が必要になるという試算もある。これらを負担するのは、誰か。

 「何が家計にも、やさしいか。結局は風や光だと思う」

 ドイツで直接耳にしたのは、むしろこんなつぶやきだった。
(論説委員・飯尾歩)



 先に紹介した日経、そして相変わらずの読売や産経は、上記にもある、原発の“隠れたコスト”のことに触れようとしない。

 あくまで、再生可能エネルギーは高くつく、原発は安い、の論調で原発再稼動を促すばかり。

 東京新聞のこのシリーズが何回になるか分からないが、もちろん、ドイツでも問題がないわけではないので、多角的にドイツの現状を取り上げて欲しい。それは、日本にとっても先行者に重要な情報となる。

 ドイツでは、まず政治が“五〇年までに、総発電量の80%以上に引き上げる”という目標設定を示して、その実現のために施策を打っている。そして、大手メディアも大半の国民も政府をの脱原発政策を支持し、家計の負担が増えようとも再生可能エネルギーへの転換を進めようとしていることは間違いないだろう。

 メルケルだって、かつては原発擁護派だった。選挙における緑の党への対抗策という面もあったが、フクシマ後に脱原発に舵を切ったのは事実である。

 しかし、当の日本においては、フクシマ後にも原発を「重要なベースロード電力」とし、エネルギー基本計画に、再生可能エネルギーの導入目標の設定するしない。地資大国の日本が脱原発ではなく原発温存、地震の少ないドイツが脱原発に向けて再生可能エネルギー導入を推進、というのは、まったく不思議な現象ではなかろうか。

 自民党の機関紙や原子力村の広報紙は、ドイツに渦巻くノイズばかり拾いまくるし、いわゆる評論家は、日本における再生可能エネルギー普及の難しさばかりを主張する。「脱原発は無理だ」とか「ドイツは失敗する」などなど。

 
 福岡を本拠とするデータ・マックスという会社が運営するネットアイビーニュースというサイトがあり、今年正月に行なわれた飯田哲也と河野太郎の対談が掲載されているので、一部引用したい。(太字は管理人)
「NET IB NEWS」の該当ページ

<日本はエネルギー分野で立ち遅れている>
飯田哲也氏(以下、飯田) ドイツ、北欧など世界のエネルギー先進国を見たうえで、俯瞰的に日本を見てみると、いかに、日本が自然エネルギーの分野で立ち遅れているかがわかる。

河野太郎氏(以下、河野) 日本で原発を推進している人たちは、「脱原発を叫ぶ国民が間違っている」と言う。それは違うだろうと。日本の経営者は、一面的な議論しかしていない。『原発を止めたら、電気代が高くなるから嫌です』というのは、議論が浅い。電気代が...と後ろ向きの議論をしているが、為替が1円、円高に振れる方が、よっぽど企業の業績に影響する。

飯田 ドイツでも一朝一夕に実現できたわけではなくて、国民的な議論をして、それを進めるのに、20年ぐらいの時間を要している。今、脱原発を目指す河野さんは自民党にいて、一番、原発を進めているのは、安倍政権と首相官邸。原発イケイケの人が自民党、安倍政権の内部にいる。そのあたりの矛盾をどう捉えていらっしゃるのか

河野 安倍総裁のもと選挙を戦った自民党も、原発の依存度を下げるという公約を掲げた。その公約がありながら、国内では依存度を下げても、海外に売っちゃうというのは正直困ります。トルコの原発予定地に活断層があるかどうかの調査に行ったのは、「日本原電」です。お前、敦賀で隠してたじゃないか、と。そのあたりのガバナンスが利いていないのが困る。

<原発輸出はそもそも儲からない>
飯田 原発推進国のフィンランドでは、フランスのアレバ社が原子炉をつくっていますが、建設費が当初の3倍にもなる1兆円を超えてしまってもまだ完成の見通しが立たない。赤字をフィンランド政府が埋めるのか、企業が埋めるのか、訴訟になっている。自国のフランスでつくっている原発も赤字になってしまって、まだ1基もできていない状況。原発に関しては日本より進んでいるフランスの企業でもそう。日本の企業が、アラブの国に行ってまともなものをつくるなどありえない

河野 日立や東芝は、海外に原子炉を売って、そもそも儲かるのかという疑問がある。経産省に「原子炉を海外に売って、儲かるの?」と聞いたら、「相当、努力が必要です」という答えが返ってきた。あの経産省がそう言う。もっとシビアにやった方がいい。国内で売るのであれば、コストが予定価格を超えても電力会社が払ってくれるだろうが、海外でそういうわけにはいかない。原子炉を海外に売って、もし赤字になったとしたら、税金で補てんするなんてことがないように、しっかり見ておかなければならない


 私も疑問に思っていたこと、なぜ自民党にいるのかついての飯田の質問に河野は逃げた印象だが、この二人は今後の脱原発活動において重要な役割を果たすように思う。

 脱原発のような問題こそ、政治の課題なのである。そういう意味で、メルケルは政治家だ。

 ガラス張りの再生エネルギー・コストと対照的に隠蔽される原発コストの問題は大きいが、コスト比較の問題以前に、日本をどんな国にしたいのか、国民にどのような生活をして欲しいのか、という大義が、永田町からも霞ヶ関からも聞こえてこないことが問題だ。

 デジタル時代ではあるが、数字では説明しきれないものの重要性が忘れられている。

 そういう意味では、東京新聞の社説の最後の部分、“やさしい”という言葉が、含蓄がある。

 家計にやさしい、と表現しているが、それは地球や環境、なにより人間にやさしいという意味を包含してているのだろう。

 日本は、まさに今、この国をどうしたいのか、という政治的な大問題を問われている。ドイツは脱原発を決めて、再生エネルギー導入に向けて国家と国民がが一緒に目標達成に挑戦している。もちろん、コスト負担などに関する批判もあるだろうし、ドイツ人はとことんそれらの問題について議論を尽くすだろう。そういう民族なのだ。

 かたや、“空気”が支配する極東の島国では、安倍政権は、まるで3.11もフクシマもなかったかのように、原発再稼動、核燃料サイクルでプルトニウムを生産することによる核兵器保有の可能性維持、という無謀な道を走ろうとしている。

 それは、“やさしい”人間が行うことではなく、“卑しい”政治家が行う悪行である。
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by koubeinokogoto | 2014-04-08 07:58 | 原発はいらない | Comments(0)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛