幸兵衛の小言

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新国立競技場の問題について、反対派の中でもっとも強い影響力を持っているのが、建築界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を受賞している世界的建築家、槇文彦(85歳)だろう。
*このブログの従来通り、敬称は略します。

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 公益社団法人日本建築家協会の機関誌「JIA Magazine」の昨年8月号に、槇文彦は「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」という記事を寄稿している。同協会のサイトからPDFをダウンロードできる。一部を引用したい。
日本建築家協会サイトの該当ページ

 発表された新国立競技場案のパースが一葉、日本のメディアに公表された時、私の第一印象はその美醜、好悪を超えてスケールの巨大さであった。私自身がすぐ隣接する所で体育館を設計したその経験から直感的に抱いた巨大さであったが(図2)、このパースはよくこの2つの体育施設のスケールの差を示している。



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 *同誌に掲載されている写真。左が東京体育館。右が新国立競技場を東京体育館と対比させたもの。

 次に私がこの案に対して持った関心は、その接地性、言うなれば与えられた場所の中で、目線のレベルでその対象建築が様々な距離、角度からどう見えてくるかであった。もしもこの案の正確な立面、平面を与えられれば、コンピューターグラフィックによって即座に数十箇所からその見え方を検証することができたのだが、残念ながら私はそのインフォメーションを持っていないので、当分こうしたイメージをもとに検証を進めていかなければならない。そして、おそらく新国立競技場案の場合、我々の時と異なって、現存の施設の規模を遥かに超える「超超法規」が適用されたのではないかと思われる。

 

 この「超超法規」の一つの事実として、ザハ案選定後、競技場を管理する「日本スポーツ振興センター」(JSC)側から要請を受けた東京都都市整備局が、昨年6月に、一帯の高さ規制を75メートルに「緩和」した。
 
 槇文彦が、“残念ながら私はそのインフォメーションを持っていない”のは、競技場を管理する「日本スポーツ振興センター」(JSC)が情報を公開しないからである。

 日刊ゲンダイの今年1月24日の記事から引用する。日刊ゲンダイの該当記事

 日刊ゲンダイ本紙は建設予定費の積算根拠について、所管の文科省に情報公開法に基づき、開示請求を行った。すると、文科省の出してきた「見積書」は真っ黒け。A4判26ページの資料の中身といえば、工事内容や設計仕様、用いる資材の名称と数量、単価にいたるまで、すべてが墨塗りで隠されていた。

 文科省は「工事発注時の予定価格が類推される恐れがある」(スポーツ・青少年企画課)と説明したが、これでは建設予定費が当初より膨らんだ理由が、さっぱり分からない。積算根拠を何ひとつ明かさず、べラボーな税金を勝手に使うなんて許されない。


 血税が使われるにも関わらず、都合の悪いことを隠すのはどの役所も同じである。

 槇文彦の記事に戻る。

 私がハーヴァード大学に学んだ時、デザイン学部学部長は当時、都市デザインの権威ホセ・ルイ・セルトであった。次の彼の言葉が一生忘れられない。彼は、「都市で道を歩く人間にとって最も大事なのは、建物群の高さ15m位までの部分と人間のアソシエーションである」と言った。つまり人間と建物の視覚的関係には様々な距離が介在する。しかし建物に近づくに従って彼の触覚も含めた五感的体験はこの原則に支配されていく。それが人々の建築に対する好意を持つかの判断のベースにもなる。道行く人々にも様々な生態がある。そこを訪れるもの、散歩するもの、ジョギングをするもの……。今回のこの提案では東京体育館と現国立競技場の間の外苑西通りに沿った南北に延びる都市公園はほとんど消失し、2つの体育施設を結ぶ道路の上部には広場のスケールに近いプラットフォームが提案されている。
 計画の段階で建築の接地性、周縁の環境との関係を単に俯瞰するだけでなく、先に述べた目線からもチェックし、理解するに最も有効な手段は対象プロジェクトの縮尺模型である。我々は普通それをスタディモデルという。1990年に現東京国際フォーラムの国際コンペに、私は丹下健三、I. M. Pei氏等と共に審査の一員として参加した。Pei氏以外の二人の海外からの審査員に対しても周縁の状況をよりよく理解してもらうために、有楽町、東京駅、皇居のお堀端、JRを越えた銀座方面までを含めた敷地模型を用意し、参加者の提出したモデルを一つずつ落とし込み、様々な角度から数百の応募案を検討していった。もちろん目線からのチェックも当然なされた。その時、モデルが図面よりも何よりも一つひとつの案を絞り込んでいくのに効果的であったことを今でも鮮明に覚えている。主催者東京都の当時の知事は鈴木俊一氏であった。
 今回新国立競技場のコンペに参加する設計者には、模型提出は求められず、4枚のパースのうち外観パースは鳥瞰図一葉だけが求められた。一方このコンペにも二人の外国人建築家が審査員に含まれていた。
 また、今回の新国立競技場のような巨大な施設には充分なゆとりのある敷地が与えられていることが望ましい。何故か。それはイベント終了時における多数の人間をいかにさばくかという機能上のゆとりへの要請だけでなく、こうした施設が一般市民に必ずしも愛されるものでない、あるいは好ましくない時に生じる問題が常に存在するからである。


 模型の提出も求められず、外観パースは鳥瞰図一葉のみの提出・・・・・・これでは完成時点の周囲との関係などを推し量ることができないだろう。多額の税金の使い道を決めるにあたって、今回は選考の前段階からあまりにも杜撰であったと言わざるを得ないのではないか。

 紹介した中の文章を強調し再確認。

 “新国立競技場のような巨大な施設には充分なゆとりのある敷地が与えられていることが望ましい。何故か。それはイベント終了時における多数の人間をいかにさばくかという機能上のゆとりへの要請だけでなく、こうした施設が一般市民に必ずしも愛されるものでない、あるいは好ましくない時に生じる問題が常に存在するからである”

 すでに、“愛される”ものでも、“好ましい”ものでもないことが明白ではなかろうか。
 
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 記事中の画像を拝借。左がイチョウ並木と絵画館。右が新国立競技場案と絵画館の想像図。

 人によっては、右の光景にSF的な未来を感じて好ましいと思う方もいるかもしれないが、私にはグロテスクにしか見えない。絵画館を邪魔するだけの景色である。

 そして、空間的な問題のみならず、歴史という時間的な側面も重要だ。
 この特別寄稿記事は次のように締めくくられている。(太字は管理人)

 最後に、私は今まで述べたどのシナリオになろうと、少なくとも絵画館前の広場を大正15年に完成した当時のデザインに戻すことを強く提案したい。先に触れた西側の建物を除去し、もしも駐車場が必要とあれば地下駐車場を設ければよい。大正12年(1923年)の関東大震災では7万人余の尊い人命が失われた。その頃造営に着手していたこの絵画館と前庭の計画は、その3年後に完成する。私は冒頭「歴史的遺産として貴重」という言葉を引用したが、更にここの歴史を振り返る時、それは大震災で亡くなった人々に対する鎮魂のみちにも見えてくる。
 それが平成の都民が未来の都民に対して、また大正の市民に対するささやかな贈り物なのではないだろうか


 私は、こういう主張を明確に打ち出すことのできる日本人が少なくなったと思うので、この文章を読んで、なんとも言えない熱い思いがした。
 今回の競技場問題は、明治神宮、外苑、絵画館、イチョウ並木・・・・・・その全体の歴史や地理的な意義を考慮して、検討されるべきだろう。

 “建設という名の破壊”の象徴、新国立競技場などは必要はない。現在の国立競技場を修理、補強することで、歴史の遺産として残し、神宮外苑の緑も残すことが大切である。それが、“もったいない”の日本人の精神を示すことにもなると思う。
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by koubeinokogoto | 2014-05-28 00:41 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)
現在の国立競技場は、先日のラグビーの日本対香港戦を最後に7月から解体され、2020年に向けた新国立競技場建設が進められることになっているのだが、この計画には各方面から反対の声が上がっている。

 北海道新聞の記事が、これまでの経緯を含めよくまとまっているので引用したい。しかし、4月の毎日や朝日の記事が、すでにリンク切れになっているのが、なんとも不可思議だ。(太字は管理人)
北海道新聞の該当記事

国立競技場 著名建築家ら解体見直し求める 景観破壊、費用…不透明な建設計画
(05/25 11:57、05/25 14:32 更新)

 2020年東京五輪・パラリンピックのメーン会場となる新国立競技場の建設に向け、7月から現国立競技場(東京都新宿区)の解体工事が予定される中、建築界を中心に取り壊し延期を求める声が高まっている。3月末までに完了するはずだった新競技場の基本設計が示されていないなど計画が不透明で、巨大な施設が明治神宮外苑の歴史的景観を壊してしまうという危機感がぬぐえないからだ。建設費が一層膨らむのではないかという懸念も根強く、計画を見直すべきだという意見は少なくない。

 ■市民知らず進展

 「市民が知らないところで計画が進む。こうしたことが成熟した国で行われることが信じられない」—。建築界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を受賞している世界的建築家槙文彦氏(85)は4月23日、都内で開いた記者会見で、新競技場建設計画の進め方を嘆いた。

 会見は、明治神宮外苑の中心ともいえる聖徳記念絵画館前に、新競技場建設に伴う陸上サブトラックを設置する計画が突如明らかになったことなどから開かれた。イチョウ並木の美しさでも知られる場所で、会見に臨んだ槙氏ら6人は、景観への悪影響を心配した。

 12年に行われた新競技場のデザインコンペで最優秀賞に選ばれたのは同じプリツカー賞受賞者で英国の建築家ザハ・ハディド氏のデザイン。槙氏は昨年9月の東京五輪招致決定前から、高さ70メートル超ともいわれる新競技場の巨大さに違和感を示し、絵画館や広場との不調和を指摘。神宮外苑の歴史的経緯を抜きに進められたコンペを批判した。

 ■国などに要望書

 五輪招致決定で新競技場建設がクローズアップされると、槙氏の指摘は一層注目され、建築や景観の専門家らの共感を集めた。同11月には槙氏ら約100人が結集し、国などに新競技場の規模縮小や情報公開の徹底などを求める要望書を提出した。

 こうした要望も本質的には考慮されず、新競技場建設計画は進展。会見で槙氏は「異論が噴出している現段階で、取り壊し開始は拙速だ」と、立ち止まって計画を見直すよう訴えた。

 槙氏同様、プリツカー賞受賞者で日本を代表する建築家の伊東豊雄さん(72)は今月12日、都内で開かれた市民有志によるシンポジウム「新国立競技場のもう一つの可能性」で現競技場の改修案を公表した。

 伊東氏は新競技場のコンペに参加しており、「敗軍の将、兵を語らず」と発言を控えていたが、計画に疑問を抱く人類学者の中沢新一氏(63)に説得され改修案作りに取り組んだ。伊東氏も「コンペから1年半もたっているのに、いまだにどういうものができるのか、ほとんど一般の人には知らされていない」と、計画の進め方を問題視。コスト面から現行計画を遂行する難しさにも言及した。

 ■“遺産”残す改修

 改修案は、現競技場の一部を取り壊し観客席を8万人収容まで増設。聖火台を残すなど、1964年東京五輪のレガシー(遺産)としての現競技場の価値にも注目した。コンサート会場としての機能は考慮せず、開閉屋根をやめることで、「競技場本体の建設費はラフにみて半分ほどで済むのでは」と述べた。

 改修案が実現されたとしても自身が設計を引き受けることはないと強調し、「コンペに参加したからこそ分かったこともある。今は改修が一番いいと思う」と話した。また、シンポでは中沢氏も登壇し、「まずは解体を延期し、改修も含め国民的な議論をすべきだ」と主張した。

 「どちらも指摘しているのは日本の公共建設の問題点だ」。こう語るのは、インターネットなどを通じて新競技場問題について積極的に発言している建築エコノミスト(一級建築士)の森山高至氏(48)。建築界の権威でもある槙、伊東両氏が異議を唱えていることを「プロ野球界でいえば、長嶋と王がそろって発言しているようなものだ」と驚きの目でみつめる

 森山氏は「大物2人が発言することで建築界の議論は活発になっている」と感じる。「建設費が高騰している中、本当に計画の予算でできるのか。基本設計が示されれば『このままでいいのか』という声がより大きくなるのでは」と話す。

 市民の立場で競技場問題を考える「神宮外苑と国立競技場を未来に手わたす会」の共同代表の一人で作家の森まゆみ氏(59)は「多くの専門家が疑義を唱える計画が省みられないのはおかしいが、これは建築界だけの問題ではない。税金の使われ方が適切かなど国民全体の問題だ。説明不足のまま、なし崩し的な解体は許されない」と訴える。(編集委員 佐藤元彦)



 建築界の“長嶋、王”に、あの森まゆみさんも登場。 長嶋・王・森・・・・・まるでV9時代の巨人だ!

 森さんが共同代表を務める「神宮外苑と国立競技場を未来に手わたす会」のサイトから引用。(太字は管理人)「神宮外苑と国立競技場を未来に手わたす会」のサイト

11万平米の土地に29万平米の広さの競技場を建てるこの計画、
予算の1300億では出来そうにありません。3000億とも噂されています。

しかも70メートル(マンションでいうと20階建て以上)のため、
東京都の都市計画審議会は日本で最初の風致地区、神宮外苑の高さ規制を20メートルから75メートルへとまともな論議もないままに緩和してしまいました。
このままいくと、神宮外苑のあの美しい銀杏並木、重要文化財の聖徳絵画館の左後ろに、この巨大な競技場が建ってしまいます。そんなこと認めるわけにはいきません。
そうしたらきっとたくさんの木が切られるでしょう。
そうしたら霞ヶ丘都営アパートの住民も二度目の移転を迫られます。

コンクールの粗雑さ、デザインや防災面での不安については
建築家たちも異論を唱えています。
わたしたちは市民の目線から、この新国立競技場計画を考えたいのです。
巨大な建物を造っても需要がなければそれは子孫への巨大なお荷物です。
たくさんの都民、国民がこの問題に興味を持って、東京の空を
もうこれ以上狭くしないこと、東京一極集中をこれ以上進めないようにしませんか?

国民の税金でつくられるのですから。
そう考えて「神宮外苑と国立競技場を未来へてわたす会」をつくりました。

わたしたちは1964年の歴史ある思い出のあるスタジアムを
直して使うことを提案します。



 同会が安倍首相や舛添都知事宛てに5月21日に提出した要望書の内容を引用。(太字は管理人)

                              記


 現国立競技場は、1940 年に開催が決まりながら、幻となったオリンピックの記憶、雨の学徒出陣の記憶、さらに1964 年東京オリンピックへと神宮外苑の歴史の記憶を連綿と感じさせることのできるスタジアムです。これには、神宮外苑の歴史の継承と景観の保全に取り組んだ先人の努力の結果として現国立競技場があります。これは軽々に壊して良いはずがありません。


 現在進められている計画は、陸上競技、サッカー・ラグビー会場として、どちらにも使い勝手の悪い計画です。中途半端な計画を推し進め、維持費ねん出のために音楽イベント会場化するのは本末転倒です。もっと、スポーツを市民生活の中に活かしていけるような整備をするべきです。


 2020 東京オリンピック・パラリンピックでは、「もったいない」という、モノを大切にする日本人の美徳を世界に発信するチャンスです。現国立競技場を改修して使いつづけてこそ、『さすが日本人』といわれるオリンピックとなるでしょう。また、改修して使い続けるための技術こそ、今、確立していかなければならない急務であると考えます。


 新国立競技場のために膨大な費用をかけるより、建設費を抑制して、その分、遅れている震災の被災地への復興に向けるべきです。東日本大震災から3 年以上経過してなお、多くの人たちが避難生活を余儀なくされていることを忘れてはなりません。


 ザハ・ハディット氏の作品が、先ごろソウルでオープンいたしましたが、新国立競技場よりも小さな規模でありながら設計から完成まで8年の歳月がかかっており、費用も増大しています。隣国の事例を見ても、新国立競技場案が2020 東京オリンピック・パラリンピック、いや2019 年ラグビーワールドカップ開催に間に合うかどうか確証がありません。確証がない中で国立競技場を解体することは、オリンピック開催を危うくするものです。

以上


 私は、このすべての主張に賛成だ。
 
 同会のサイトから、森まゆみさんのメッセーも、全文ご紹介しよう。

共同代表 森まゆみ(作家・谷根千工房)

わたしたちは「いちばん」をのぞまない

「世界最高のキャパシティ」
「世界最高のホスピタリティ」
(以下、かっこ内はJSCのコンクールのメッセージより)

そんなものが何になるのか、この放射能汚染にふるえる日本で。
いまもふるさとを追われさまよう15万人を置き去りにして。
仮設住宅で冬の訪れを待つ無口な人びとの前で。

「この国に世界の中心を作ろう」
「スポーツと文化の力で」
「世界で「いちばん」のものをつくろう」

私達が東京に欲しいのは「いちばん」の競技場ではない
神宮外苑の銀杏をすかして降り注ぐ柔らかな光だ。
その向こうの伸びやかな空だ。
休みの日に子どもと一緒にあそべる自転車練習場だ。

1964年、アジアで初めてのオリンピックが東京で開かれた。
それは戦争に負け320万人が死んだ日本、その復興を示すイベントだった。
植民地支配を脱したアジア・アフリカの参加国、その民族衣装の誇らしさ。
「世界史にその名を刻む」のなら、この競技場を残すべきだ。
灯火台をつくった日本の誇る職人技とともに。アベベや円谷の記憶とともに。

ベルリンでは1936年のナチス政権下のオリンピックスタジアムを今も使う。
それは同じ過ちを繰り返さないことを己が記憶に問うモニュメントでもある。
22年後、1958年築の国立競技場を残す道がないわけはない。
いまこそ「もったいない」の日本を世界につたえよう。

人口減、資源の枯渇、非正規雇用、食料自給率、そこから目をそらして
「世界一楽しい場所」なんてできるのか?
”パンとサーカス”に浮かれたローマ帝国末期のようではないか。

わたしたちは「いちばん」をのぞまない。
子どもの時代に、健やかな地球が存続していることを願う。
「世界一楽しい場所」は私たちの近所につくりたい。

風と木と匂いのある町を。路地や居酒屋のある町を。
赤ちゃん、子ども、お年寄りを見守る町を。
若者が自由に仕事を作り、みんなで応援できる町を。
お金がなくても、助け合って暮らせる町を。
あたたかく、風通しのいい、つつましい町を。


 かつて話題になった「一番じゃなけりゃダメなんですか」と、ここで言う「いちばん」は、まったく意味が違う。
 
 五輪開催のために、生活と密着した自然と歴史や文化的遺産をないがしろにして、“ハコモノ”の「いちばん」を作るのが、いったい誰のためなのか考えなければならない。

 同会のサイトには、問題を整理し署名用にも使えるチラシがある。抜粋してご紹介。 該当チラシ

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 この問題提起に賛同できる方は、ぜひ同会のサイトからご署名のほどを。

 2020年の東京五輪のための“建設という名の破壊”の象徴的な暴挙が、新国立競技場建設だと思う。
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by koubeinokogoto | 2014-05-26 19:39 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
雑誌「DAYS JAPAN」を発行する広河隆一さんのサイト「DAYSから視る日々」で、チェルノブイリにおける実証的なデータを元にした記事が掲載されているので引用したい。
Days Japanサイトの該当記事

 まず、アンケートの概要から。

90 年、IAEAはチェルノブイリの調査団を派遣し、翌年、健康被害の不安を打ち消す報告書を発表している。その報告に疑問を持った私たちは、広河事務所とチェルノブイリ子ども基金(当時は私が代表だった)共同で、現地NGOの協力を得て、1993年8月から1996年4月まで、避難民の追跡調査を行ったのだ。

調査項目は数百にのぼり、アンケート形式で本人あるいは家族に書いてもらった。回収できたアンケートは2万5564人分である。チェルノブイリ避難民のこれほど大掛かりなアンケート調査は、ほかにはないと思われる。私たちにそれができたのは、これが救援目的におこなった調査だからである。人々の健康状況を把握できなければ、どのような救援を行っていいのかわからないからだ。

アンケート調査は困難だったが、私たちにはIAEA にはない強みがあった。それはそれまでの救援活動の実績と現地の人々との信頼関係、チェルノブイリ支援の現地NGOとのつながり、である。ほかならぬ被災者に会うことが、私たちの仕事だったということもある。

この報告書は日露版の冊子の形で発行され 、この3・11後にその一部を『暴走する原発』(小学館)に収録した。その結果から、鼻血と疲労に関する数字を中心に見ていきたい。ただ人々を襲ったのはもっと多様な症状だったので、それらも記載しておきたい。



 IAEAについては何度か書いてきたが、基本的には原発を推進するための組織である。原発の影響を真っ当に検証する姿勢は、はじめから存在しない。

 さて、そのアンケート結果。

●プリピャチ市(原発から約3キロ)の避難民アンケート回答者9501人
「事故後1週間に体に感じた変化」という質問に、人々は次のように答えた。
頭痛がした 5,754 人 60.6%
吐き気を覚えた 4,165 人 43.8%
のどが痛んだ 3,871 人 40.7%
肌が焼けたように痛んだ 591 人 6.2%
鼻血が出た 1,838 人 19.3%
気を失った 880 人 9.3%
異常な疲労感を覚えた 5,346 人 56.3%
酔っぱらったような状態になった 1,826 人 19.2%
その他 1,566 人 16.5%

「その人々の事故から約10年後の健康状態」
健康 161 人 1.7%
頭痛 7,055 人 74.3%
のどが痛む 3,606 人 38.0%
貧血 1,716 人 18.1%
めまい 4,852 人 51.1%
鼻血が出る 1,835 人 19.3%
疲れやすい 7,053 人 74.2%
風邪をひきやすい 5,661 人 59.6%
手足など骨が痛む 5,804 人 61.1%
視覚障害 2,773 人 29.2%
甲状腺異常 3,620 人 38.1%
白血病 50 人 0.5%
腫瘍 440 人 4.6%
生まれつき障害がある 34 人 0.4%
その他 1,715 人 18.1%

「現在の健康状態は事故の影響だと思っているか」
100%事故が原因である 47.3%
かなり事故が影響している 14.5%
全く事故と無関係ではない 38.2%
事故とは無関係である 0.0%
健康である 0.0%


 原子力村の村民は、どんな根拠を元に、「鼻血など出ない」と主張するのだろうか。

 私は『美味しんぼ』の作者の姿勢を支持する。小学館以外のメディアは、風評被害という非難などで同じメディアの世界で孤軍奮闘する仲間の足を引っ張るのではなく、真実を隠蔽し原発を再稼動させようとする統治者に向かって“ペンの力”をふるうべきだ。

 原発は、いらない。
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by koubeinokogoto | 2014-05-15 07:10 | 原発はいらない | Comments(2)
「美味しんぼ」の“鼻血”騒動、人によっては騒ぐことで原発の真の問題が見えなくなる、などの指摘もあるが、原子力村の嘘は許せない。

 NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」のサイトには、事故後に横浜で行われたセミナーで鼻血やノドの痛みがあったか、という問いかけに多くの方が挙手で事実としてあったことを表明している動画がある。
NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」のサイト

 また、同サイトのブログでは、西尾正道北海道がんセンター名誉院長による見解が掲載されているので、引用する。
「チェルノブイリのかけはし」サイトの該当ブログ

【 鼻血と放射能の関係 】

西尾正道北海道がんセンター名誉院長に見解を求めた。
そのコメントが以下。(ご本人の承諾を得て公開)

長崎大学のj御用学者をバッサリ!3.11以降に実際に鼻血を出した多くの人達に否定派は納得する説明ができていない!否定派は福島県民を愚弄しているか、無能の学者と言わざるを得ない!

『基本的には放射線の影響は被ばくした面積や体積によって異なります。セシウムの微粒子(実際には光子ですが)は呼吸と経口により、口腔粘膜・鼻腔粘膜・咽頭粘膜の他に気管粘膜や食道粘膜にも影響を与えますが、粘膜の粘液に付着してとどまるため、こうした広範な被ばくの場合は低線量でも症状が出ても不思議ではありません。

その一つの症状として、粘膜の易刺激性が高まり、のどの痛みとか鼻血があります。鼻血は出血点がはっきりしないタイプでにじみ出るような出血のタイプとなります。こうした被ばくでは特に一過性に放射線が突き抜けるだけでなく、粘膜に付着するため、比較的影響が強くなると考えられます。

鼻血は低い線量でも広範な粘膜が被ばくした場合は出ても不思議ではありません。放射線治療をしていない先生には全くこの感覚は分からないでしょう。線量だけではないのです。被ばくした範囲が大きく関与します。

私は放射線の影響だと答えています。

子どもの場合は鼻腔内のキーゼルバッハという場所でよく鼻血がでる場所がありますので、鼻腔の何処から出ているのかを診察すけばわかることがあります。御用学者は鼻腔を診察したことがないでしょうし
診察もできないので、一般論の線量だけでしかものが言えないのです。』

西尾拝



 鼻血は出ない、と主張する人たちは、落語の世界の言葉で言うなら、「血も涙も出ない、丸太ん棒」と言えるだろう。
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by koubeinokogoto | 2014-05-14 17:55 | 原発はいらない | Comments(4)
3Dプリンターで銃を製造した大学職員が、銃刀法違反(所持)容疑で逮捕された。殺傷能力のある銃を作ったことが罪になったようだが、この件の是非を述べるのは置いておいて、今の政治状況と対比して、私は『チャップリンの殺人狂時代』を思い浮かべた。

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『チャップリンの殺人狂時代』(原題:Monsieur Verdoux、1947年製作、日本公開1952年)は、不況のため銀行での職を失ったアンリ・ヴェルドゥの物語。

allcinemaのサイトから、あらすじを引用。
allcinemaサイトの該当ページ

35年間まじめな銀行員だったアンリ・ヴェルドゥは不況のあおりで失業、足の悪い妻と幼い息子を抱えて新しい職を捜さなければならなかった。一方ヴェール家では、3ヵ月程前にヴァーネイなる男と結婚したまま消息を絶ったテルマの身を案じて警察に届けていた。奇妙な事に彼女はパリの銀行から預金を全額おろしていた。すでにフランス各地で婦人の失踪事件が12件も発生している事実を重視した警察は、誘拐殺人事件とみて捜査を開始するが……。チャップリンが第二次大戦後の1947年に発表した、現代版“青ひげ”一代記。6人もの妻を殺したというフランスの伝説的人物よろしく、虫も殺さぬやさしい紳士が実は希代の背徳漢で、金持ちの未亡人と結婚しては殺害して遺産をせしめてゆく--。オーソン・ウェルズの原案をチャップリンがシナリオに構成、2年を費やして完成させた。人間に対するシニカルな考察を持って、笑いと紙一重の恐怖を描いた、天才映画作家チャップリンの傑作。ラストシーン、逮捕された主人公ヴェルドゥが“一つの殺人は悪漢を生み、100万の殺人は英雄を生む”というセリフは、戦争という大量殺人行為に対する痛烈な警句であり、観る者の胸を締めつける名セリフである。


 有名な台詞を、英語の原文を含めて補足する。

1人殺せば悪党で、100万人殺せば英雄になる。
数が殺人を神聖なものにする
One murder makes a villain. Millions a hero.
Numbers sanctify


 27歳の大学職員は銃を造って逮捕されたが、集団的自衛権を憲法の“解釈”というごり押しで正当化しようとし、国民投票法の改悪などどんどん日本を好戦的な国に変えようとしている政治家は、逮捕されることはない。

 いくら小さな字で歯止め条項を付け加えようと、集団的自衛権は、自分たちの子供や孫や隣人や友人などに銃を持たせ同じ人間と殺し合いをさせることにつながる。

 数で殺人を神聖化、正当化させようとする日本の政治家を、チャップリンはいったいどう評するだろうか。

 残念ながら安倍晋三はこの映画を観たことがないのだろう。週末はテレビ局の経営者や、この度勲章をもらったJRの元経営者たちとの楽しいゴルフで忙しいのだから。

 もちろん、造れるからと言って3Dプリンターで銃を製造することを支持するわけではない。庖丁を造るのとは同列には扱えない。庖丁には本来の料理のためという機能があり存在価値がある。銃には、武器として使う以外に存在価値はない。釘を打つなfらカナヅチを使えばいいのだ。

 それを考えると、原子力は核分裂によってとてつもない熱を発生させ巨大なヤカンを沸騰させて発電させるか、計り知れない殺傷能力のある武器になるしか機能はなく、後はその後始末の方法が見当たらず、何万年にも渡って管理が必要な放射性廃棄物を残すだけ。百害あって一利なしの見本なのである。

 太陽も水も風だって地熱だって、発電以外に重要な機能と存在価値がある。

 3Dプリンターを製造した人の逮捕をニュースにするメディアは、その十倍、いや百倍のスペースで、国民を戦争に引きずり込もうとする政官財に対する批判を展開すべきではなかろうか。
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by koubeinokogoto | 2014-05-10 14:04 | 戦争反対 | Comments(0)
安倍晋三がロンドンで原発再稼動を明言した。
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原発再稼働、進める方針を明言 安倍首相、ロンドンの講演で

【ロンドン共同】安倍晋三首相は1日夜(日本時間2日早朝)、ロンドンの金融街シティーで講演し、経済成長の実現に向けて原発再稼働を進める方針を明言した。日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)に関し、2015年中の交渉妥結に意欲を示した。

 経済成長のためには安定的で安いエネルギー供給の実現が不可欠とし「世界のどこにも劣らないレベルの厳しい安全基準を満たした原発を、慎重な手順を踏んで再稼働させる」と表明。英国と原子力技術の開発に取り組む考えを明らかにした。

2014/05/02 07:05 【共同通信】



“経済成長のためには安定的で安いエネルギー供給の実現が不可欠”
 
 安倍にとっては、経済がすべてであり、国民の安全や平和が二の次。経済が、もし豊になっても、健康や生活が脅かされては、それを楽しむことができない、という当たり前のことを、この男は分かっていない。もちろん、原発は決して“安定的”でも、“安く”もない。

“世界のどこにも劣らないレベルの厳しい安全基準を満たした原発を、慎重な手順を踏んで再稼働させる”
 いったいどこに、そんな安全基準があるのか?
 原子力規制委員会は、ほとんど“寄生”委員会に陥っている。
 
 世界中に向かって、性懲りもなく大嘘をつく首相など国民にとって百害あって一利なしである。


 原子力資料情報室のサイトから原発再稼動反対の署名ができる。その呼びかけの文章を全文引用する。(太字は管理人)原子力資料情報室サイトの該当ページ

川内原発も玄海原発も、再稼働を認めないでください。

(第3次集約:5月31日まで)福島原発事故はいまだ収束せず、危険な状態です!
川内原発も玄海原発も、再稼働を認めないでください。

鹿児島県知事 伊藤祐一郎 様
佐賀県知事 古川 康 様
福岡県知事 小川 洋 様
長崎県知事 中村 法道 様
大分県知事 広瀬 勝貞 様
熊本県知事 蒲島 郁夫 様
宮崎県知事 河野 俊嗣 様

 福島第一原発事故は、事故発生から2年6カ月が経過してもいまだ収束せず、危険な状態が続いています。事故直後から続いていた高濃度汚染水の漏出問題は、ようやく「重大な異常事態」と認識されました。しかし、それを止める手立ては見つかりません。被災地では、いまなお、放射能汚染と被ばくの脅威にさらされており、把握されているだけでも約15万人の人々がふるさとを追われ、家族や地域が分断されたまま、厳しい避難生活を強いられています。
 原子力規制委員会は新たな規制基準を策定しました。しかし、それは原発の安全を保障するものではありません。そもそも事故原因が不明のままです。国会事故調査委員会は昨年7月、「安全上重要な機器の地震による損傷はないとは確定的には言えない」との結論を国会に報告しています。これは、津波に襲われる前に1号機の非常用復水器が地震によって壊れた可能性を指摘したものですが、いまだその調査は行われていません。
 今年2月、政府の地震調査研究推進本部は川内原発周辺の活断層評価を大きく見直しました。それによると活断層の長さは九電評価の2倍以上、エネルギー規模では約10倍にもなるM7.5という大地震の可能性が指摘されています。玄海原発も川内原発も加圧水型であるため、肉厚1.3mmしかない蒸気発生器細管の破断から大事故に至る弱点を持っています。さらに、一基の原発に使われる配管は総延長で約120㎞、総数で約5万本にも達します。その配管が1か所でも壊れれば大事故に至る可能性があります。
日本の西に在る九州の原発で大事故が起これば偏西風のため(※)九州だけでなく日本全体に放射能を降らせることになります。原発の再稼働は新たな巨大リスクと処理しようのない新たな放射能を生みだし、将来世代に負の遺産を押しつけることに他なりません
(※)玄海原発付近の地上観測データでは北東の風が最多


署名取扱団体:特定非営利活動法人 原子力資料情報室
〒162-0065 東京都新宿区住吉町8-5 曙橋コーポ2階B

署名集約先:さよなら原発!11.10九州沖縄集会実行委員会
〒803-0277 北九州市小倉南区徳吉東1−13−24



 安倍の大嘘への反論は、この文章を読むだけでも可能だ。

 私はもちろん署名した。

 3.11とフクシマを経た国民が、学習効果がなく同じ過ちを犯した、という歴史だけは残したくない。

 ご賛同いただける方は、ぜひ原子力資料情報室サイトからご署名ください!
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by koubeinokogoto | 2014-05-02 07:28 | 原発はいらない | Comments(2)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛