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昨23日、皇太子は55歳の誕生日を迎えた。
 誕生日前の20日、記者会見を行っており、その内容が宮内庁のサイトに掲載されている。

宮内庁サイトの該当ページ

皇太子殿下お誕生日に際し(平成27年)

皇太子殿下の記者会見
会見年月日:平成27年2月20日
会見場所:東宮御所



 二つ目の問いが戦争と平和に関する内容。全文引用したい。(太字付けは管理人)

問2 今年は戦後70年の節目の年です。戦争と平和への殿下のお考えをお聞かせください。先の大戦や戦没者慰霊については天皇,皇后両陛下からどのようにお聞きになり,愛子さまにはどう伝えられていますでしょうか。

皇太子殿下

先の大戦において日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ,多くの方々が苦しい,また,大変悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。広島や長崎での原爆投下,東京を始め各都市での爆撃,沖縄における地上戦などで多くの方々が亡くなりました。亡くなられた方々のことを決して忘れず,多くの犠牲の上に今日の日本が築かれてきたことを心に刻み,戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め,平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。そしてより良い日本をつくる努力を続け,それを次の世代に引き継いでいくことが重要であると感じています。

両陛下には,これまで様々な機会に,戦争によって亡くなられた人々を慰霊し,平和を祈念されており,今年は,戦後70年に当たり,4月にパラオ国をご訪問になります。戦後60年にはサイパン島をご訪問になりましたが,お心を込めて慰霊されるお姿に心を打たれました。また,両陛下には,今年戦後70年を迎えることから,昨年には広島,長崎,沖縄で戦没者を慰霊なさいました。私は,子供の頃から,沖縄慰霊の日,広島や長崎への原爆投下の日,そして,終戦記念日には両陛下とご一緒に黙祷とうをしており,その折に,原爆や戦争の痛ましさについてのお話を伺ってきました。また,毎年,沖縄の豆記者や本土から沖縄に派遣される豆記者の人たちと会う際に,沖縄の文化と共に,沖縄での地上戦の激しさについても伺ったことを記憶しています。

私自身もこれまで広島,長崎,沖縄を訪れ,多くの方々の苦難を心に刻んでまいりました。また,平成19年にモンゴルを訪問した際に,モンゴルで抑留中に亡くなられた方々の慰霊碑にお参りをし,シベリア抑留の辛苦に思いをはせました。

私自身,戦後生まれであり,戦争を体験しておりませんが,戦争の記憶が薄れようとしている今日,謙虚に過去を振り返るとともに,戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に,悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています。両陛下からは,愛子も先の大戦について直接お話を聞かせていただいておりますし,私も両陛下から伺ったことや自分自身が知っていることについて愛子に話をしております。

我が国は,戦争の惨禍を経て,戦後,日本国憲法を基礎として築き上げられ,平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が,日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し,平和の尊さを心に刻み,平和への思いを新たにする機会になればと思っています。


 非常にしっかりしたメッセージだと思う。

 この内容がAFP通信で配信されたようだが、その記事を引用する形でRecord Chinaが次のような記事を掲載していた。
Record Chinaの該当記事

皇太子さま、55歳の誕生日の会見で「歴史が正しく伝えられることが大切」=海外ネット「過去は過去」「いつの日か中国と韓国は…」
配信日時:2015年2月24日 8時45分

2015年2月23日、AFP通信の報道によると、皇太子さまが55歳の誕生日を迎えられ、記者会見で第二次世界大戦の歴史が正しく伝えられることが大切であると述べられた。

AFP通信の報道によると、皇太子さまが23日、55歳の誕生日を迎えられ、記者会見で戦後70年を迎えたことを踏まえて、「戦争の記憶が薄れようとしている」と述べられ、「日本がたどった悲惨な経験と歴史が正しく伝えられていくことが大切」と述べられた。また記事では、今年8月に安倍晋三首相が発表する戦後70年談話について、安倍首相が先週、16人の有識者会議のメンバーを発表し、これから内容を詰めていくことも報じている。また、慰安婦問題をめぐっては、主流の歴史学者は、おもに韓国から20万人の女性が日本軍によって強制的に連行され慰安婦として働かされたとしているが、日本の右派勢力は日本軍が慰安婦を強制連行したとの主張を裏付ける証拠はないとの立場を取っており、韓国と中国は苛立ちを募らせていると伝えている。

この報道に、海外のネットユーザーがコメントを寄せている。

「どの国でも過去に残虐行為というのは行われていて、それらから学ばなければいけない。ドイツと日本は第二次世界大戦から学ぶ必要があるし、アメリカは奴隷制度などから学ぶ必要がある。自分たちの国が過去に犯した残虐行為について十分に学ぶことは大切だ。歴史を学ぶ視点を失えば、人間はまた同じ過ちを犯してしまうだろう」

「過去は過去であって、変えられない。私たちは今を生きているのだから、過去から学んで、未来に向かって生きていこう!」

「歴史は天皇や政治家によって書かれるのではない。兵士や歴史家によって書かれるのでもない。歴史は出版社を支配している者によって書かれるのだ」

「皇太子殿下は賢明な方だな」

「なぜ日本の近隣諸国は日本に対して不信感を抱いていて、憎んでいるんだ?」

「いつの日か、中国と韓国は日本を消滅させようとするかもしれない」

「今生きている日本人が謝罪する必要はない。今生きている白人が奴隷制度について謝罪する必要がないのと同じようにね」

「“戦争犯罪”を犯したことがない国なんてあるのか?」(翻訳・編集/蘆田)



 この記事を読むと、皇太子の談話が伝わったことは、日本への印象を好転させることにつながっているように思う。

 日本のメディアも取り上げているようだが、もっと、皇太子の言葉は、良い意味で‘拡散’すべきだろう。
 
 皇室が政治的な発言を遠慮してはいけない、そんな危険な状況にあることを、皇太子はよく分かっているように思う。
 
 今一度、紹介部分の最後を引用。安倍晋三は、この皇太子の言葉を胸に刻むべきだ。

‘我が国は,戦争の惨禍を経て,戦後,日本国憲法を基礎として築き上げられ,平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が,日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し,平和の尊さを心に刻み,平和への思いを新たにする機会になればと思っています’

 皇太子の思いは、戦争を経験した人も、戦争を知らない人も含め、国民の大多数と共鳴しているのではなかろうか。
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16日の衆院本会議でのホルムズ海峡機雷除去に関する安倍発言は、彼が何も分かっていないということをあらためて暴露したものだが、日刊ゲンダイで高野孟が、分かりやすく説明してくれたので、ご紹介したい。(太字や色づけは管理人)
日刊ゲンダイの該当記事

永田町の裏を読む/高野孟
ホルムズ海峡の機雷除去に集団的自衛権を発動の錯乱
2015年2月19日

 安倍政権の集団的自衛権容認論は、いよいよ錯乱気味となっている。安倍晋三首相は16日の衆院本会議の答弁で、ホルムズ海峡に機雷がまかれた場合「わが国が武力攻撃を受けたのと同様に深刻、重大な被害が及ぶ」ことは明らかで、「わが国の存立が脅かされ国民の生命が根底から覆される明白な危険がある場合などとした集団的自衛権行使の新3要件に当たる」と明言した。

 しかし、第1に、これはいったい誰に対する集団的自衛権の発動なのか。言うまでもなく集団的自衛権とは、軍事同盟関係にある同盟国が武力攻撃を受けた場合に、自国は攻撃されていなくてもそれを我が事と思って一緒に戦う権利である。日本の同盟国は米国のみであり、米国艦が機雷除去作戦を実施するから参加しろと言ってきた場合には自衛隊が出て行くことはありうるが、米国がいなければ、集団的自衛権の名目で出て行くことはできない

 第2に、佐藤優氏が指摘しているように、ホルムズ海峡の航路帯は公海ではなくオマーンの領海にある。他国の領海に機雷をまくのは侵略であり、宣戦布告と同様の意味を持つから、武力攻撃を受けているのはまずもってオマーンである。ところがオマーンは日本と同盟関係にない

 第3に、集団的自衛権を発動できない場合に、それでも「わが国の存立が脅かされ国民の生命が根底から覆される明白な危険」に軍事的に対処しようとすれば、個別的自衛権の超拡大解釈で出て行くか、あるいは国連決議に基づく「集団安全保障」措置に参加するかのどちらかで、これらはいずれも集団的自衛権とは関係がない

 第4に、では誰が海峡に機雷をまく可能性があるかといえばイラン以外にない。イランとオマーンが交戦状態にある中で(停戦後なら話は別だが)、日本がオマーンの領海に入って機雷除去作戦を行うということは、日本がイランと戦争するということである。そういう国際法の理解も、イランと戦うことの重大性の認識も覚悟もなしに、言葉だけをもてあそんでいるのが安倍である。

 自民党ベテラン議員は、「イランも石油輸出国だし、ホルムズ海峡をふさげば自国を封鎖するのと同じだから、そんなことはしない。万が一、あるとすれば、イスラエルがイランの核疑惑施設を空爆して大戦争になった場合だろう。そういう事態を起こさないために中立の立場で外交力を発揮すべき時に、安倍はイスラエルに肩入れする姿勢をとっている。もう、支離滅裂だよ」と嘆く。

 安倍はすでにこの国を危険な道に引きずり込んでいる。

▽〈たかの・はじめ〉1944年生まれ。「インサイダー」「THE JOURNAL」などを主宰。「沖縄に海兵隊はいらない!」ほか著書多数。


 実に理路整然とした、真っ当な指摘だ。

 国際法のイロハも知らない、こんな答弁が、また海外で伝播されると、日本のリーダーがどれほそ馬鹿か露呈するが、それにしても、霞が関の面々は、なぜこういう暴言を放置しているのだろうか。

 国のために何か事を成すために政治家のパワーは必要だが、その暴走を止めるのが官僚のはずではなかったのか。
 首相に睨まれたら怖いので、誤ったことを言ったり、国際的な常識を無視した発言をしようとしても、諫言どころか、真っ当な助言すらできないのであれば、彼らの存在意義はない。

 16日の安倍発言に関しする東京新聞の記事には、元内閣法制局長官、阪田雅裕弁護士のコメントが載っている。
東京新聞の該当記事

首相の機雷掃海や米艦防護に関する答弁について、元内閣法制局長官の阪田雅裕弁護士は本紙の取材に「閣議決定のどこを読めば、そうした状況で機雷掃海や米艦防護が可能だと読めるのか。これでは(新たな憲法解釈は)従来の論理の延長線上にあるとは言えず、武力行使の歯止めとして機能していない」と述べた。


 これが、首相のブレーンとなるべき人の、本来のまともな感覚だと思う。
 
 それでは、現在の横畠裕介内閣法制局長官は、どんな‘感覚’の人なのか。
 昨年5月の長官就任時のコメントを、日経から引用する。日経の該当記事

「しっかりやってください」。首相は16日の辞令交付の際、横畠氏にこう声をかけた。この後、横畠氏は記者団に、行使容認の憲法解釈変更に関し「およそ不可能という前提には立っていない」と従来の姿勢を転換する意向をにじませた。


 どうも、これまでの長官と違う‘感覚’を持っているようだ。それは、安倍に押し付けられたものでもあるだろう。自分が大事なのだ。

 イエスマンばかりを周囲に集め、‘解釈’だけで戦争ができる国にしようとする安倍晋三。

 もし、ホルムズ海峡に機雷が撒かれたら、安倍晋三に‘蛮勇’をふるって飛び込んで除去してもらおう。
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最近の「内田樹の研究室」は、もっぱら、海外メディアの貴重な記事の紹介。それを、私も続けて紹介。
 
 あの曽野綾子の産経コラムにおけるトンデモ発言について、海外ニュースの翻訳をしてくれている。(太字は管理人)
「内田樹の研究室」の該当記事

アパルトヘイトをめぐるThe Daily Beast の記事から

 曾野綾子が産経新聞のコラムに掲げた「アパルトヘイト支持」発言について、海外のメディアはこれを大きく取り上げない日本の主要メディアと政府の不誠実さに対してつよい懸念を抱いている。
 一人の人間が人種差別的な思想の持ち主であることは、その想念がその人の脳内にとどまる限り咎めることはできないし、咎めるべきでもない。けれども、それを公開するときは、それが伴う「社会的責任」がどのようなものかを意識する必要がある。大人なら、誰でもそうしている。
 曾野綾子の知性が不調なのは、彼女の個人的信念が世界標準では「許されない非人道的なもの」として認定されているという「事実」を勘定に入れることを怠った点にある。
そして、さらに問題なのは、このように低調な知性の持ち主に定期的なコラムを掲載していた新聞が存在し、そのような人物を教育政策の諮問機関に「有識者」として登用してきた政府が存在するという事実の方である。
 個人の頭の悪いのは処罰ではなく教化の対象である。だが、公的機関が愚鈍であることについては、そのような教化的善意では応じることはできない。
それははっきりと国益を損なうふるまいであり、それが私たち日本人ひとりひとりに長期にわたって有形無形の損害をもたらすからである。
The Daily Beast の記事はその記事内容の適否とは違う水準で「このような記事が海外メディアで配信されているという事実がもたらす国益損失」がどういうものかを教えてくれる。


 この後から記事の翻訳なのだが、これまでは、私がオリジナルの記事を探してリンクしてきたが、今回は、しっかり(?)と下記のURLを紹介してくれている。
The Daily Beastの該当記事
 では、同記事の内田先生の翻訳である。

南アフリカ、日本の作家をアパルトヘイト支持を糾弾

 曾野綾子が人種隔離体制を称賛して、これを日本がめざすべきモデルとして示唆したコラムが憤激と反響を巻き起こしている。
2月11日、著名な作家であり、日本の総理大臣の教育政策についての元アドバイザーである人物が日本の全国紙の一つのコラム内で南アフリカにおける人種隔離政策(アパルトヘイト)を日本の移民政策のモデルとして称賛する文章を発表した。
 以来、曾野綾子(83歳)のこのコラムは国際的なスキャンダルと困惑の種となっている。
 このスキャンダルを日本の主要メディアは当初は無視した。だが、2月13日日本の南アフリカ大使館がこのコラムを掲載した産経新聞に抗議文を送り、新聞と作家と日本それ自体をきびしく批判した。大使館は月曜夜に抗議文のコピーを日本語と英語で大使館のフェイスブックに掲示した。
アパルトヘイトは人道に対する犯罪である。これは21世紀において正当化されることのできぬものである。産経新聞は翌日オンライン記事内で南アフリカ政府からの抗議を受け取ったことを認めた。産経新聞は抗議内容を要約して、すでに本紙宛てに示されたステートメント(本紙はひとつの意見を掲載しただけであり、それに対してさまざまな反応があると思う)を繰り返した。産経新聞はさらに新聞はアパルトヘイトを支持したり、許容したことはなく、「人種差別もどのような差別も許されるべきではないと考えている」と付け加えた。
 共同通信その他の日本の新聞はその段階になってはじめてこの消息を伝えた。だが、日本最大の日刊紙である保守系の讀賣新聞は曾野綾子が安倍晋三首相の教育政策についてのアドバイザーであった事実も、彼女が日本の文科省によって昨年全国の中学に配布されたテキストブックに大きく取り上げられた事実も報道しなかった。この「私たちの道徳」とタイトルされたテキストブックの中で彼女は「誠実」のモデルとして取り上げられていたのである。
 日本の主要メディアが曾野および産経新聞の批判に及び腰である理由の一つは安倍首相が日本のメディアグループのトップたちと定期的にほぼ同時期に(たいていは重要な政治的アナウンスメンや政治的決定の直前に)ワインとディナーを共にしていることにあるように思われる。そのように親密な関係を構築することでメディアが首相や首相周辺の人物を批判することに気後れや困難さを感じる雰囲気が日本文化の中に醸成されてきている
この議論に対する非体制的メディアとインターネットの対応はきわめて激烈なもので、10万人以上の人々が怒りと嫌悪感を表わしている。本紙の英訳コピーは1万以上のビューを記録した。
 安倍首相は問題発言をする人々とのかかわりやレイシストを閣僚に指名したことで同様のニュースをたびたび提供している。
2月15日版の産経新聞において、曾野綾子は批判に対して次のように回答した。「私の文章の中で、私はアパルトヘイト政策が日本において進められるべきだとは述べていない。私はただ生活習慣の異なる人たちと暮らすことは難しいという個人的な経験について書いただけである。」
これでは南アメリカ大使Mohau Phekoから産経新聞編集者宛ての抗議文に作家も新聞も答えているとは言えない。抗議文はこれまで書かれたどのようなものよりもはっきりとこの問題を論じているからである。
 重要なのは、いかなる国においても人種隔離を政策的選択として称揚することを許さないために、アパルトヘイトをその正しい文脈に置くことである。 
 南アフリカ国民は人種的に三つのカテゴリーのうちのいずれかに分類されていた。白人、黒人(アフリカ人)または有色人種(混血系)、およびアジア人である。これらのカテゴリーへの分類は皮膚の色、外見、社会的承認および血統に基づいてなされた。不服従は厳しく処罰された。これらの法律に基づいて、アパルトヘイト体制下では黒人たちを恣意的に拷問し、拘禁することが可能になり、黒人たちはわずかな賃金を稼ぐためにきわめて屈辱的な条件で働くことを強いられたのである。
 著名なコラムニストであり、作家である曾野は本気でこのような危険でアルカイックな法律を介護移民の日本への導入のために提案しているのだろうか?国連の名誉あるメンバーであり、2016年の国連安保理事会の非常任理事国の席を目指している日本に、このような法律を考慮するいかなる理由があるというのだろうか?
アパルトヘイトは人道に対する犯罪である。世界中のどこであれ、皮膚の色やその他の指標に基づいて他の人間を区別しようとすることは21世紀においては決して正当化されることではない。
ネルソン・マンデラ大統領はかつてこう語った。「いかなる人間も皮膚の色や、その出自や、その宗教ゆえに他の人間を憎むように生まれついてはいない。人は憎むことを学ばねばならない。そしてもし人が憎むことを学ぶことができるのだとしたら、同様に愛することも教えられるはずである。なぜなら愛は人間の心にとって憎しみよりも自然なものだからだ。」
 日本政府ははっきりと曾野との立場の違いを強調しようとして、彼女はすでに首相の諮問機関であり日本の現在の「道徳教育」の創造を支援している教育再生実行会議のメンバーではないことを指摘している。
ロイターによれば、菅義偉内閣官房長官は定例の記者会見で曾野の発言についてはコメントせず、ただ「わが国の移民政策は平等に基づいており、それは日本においては保証されている」と繰り返した。
 曾野は長きにわたって安倍首相が総裁である自民党のアドバイザーであり、首相夫人の友人でもあると伝えられている。


 安倍晋三は、グローバルという言葉が好きなようだが、アパルトヘイトに関する、グローバル・スタンダード(アメリカン・スタンダードではない)な見解は、上記の記事で示されている通りである。

 口先だけで、「人種差別に反対する」と唱えていても、周囲に曽野綾子のような人物がいることで、安倍政権を不安視するのは、当たり前だ。
 そして、つい最近の安倍晋三の靖国参拝への発言である。
 彼は、私人であろうが、公人であろうが、その発言が世界でどう受け取られるかという配慮をしなければならない立場にいる。無防備で、軽率な発言が、尊い生命を失うことにもつながるのだ。

 たとえば日中関係にしても、せっかく、春節の休暇で、多くの中国の方が日本を訪れて親日家が増えようと、彼の一言により、政治的に経済的に日本が打撃を受けることを十分に認識すべきである。
 
 実は、今日はウォールストリート・ジャーナルの来日中のアメリカ議員団の安部政権への危惧表明の記事を紹介しようと思っていた。関連するので、一部引用する。
ウォールストリート・ジャーナルの該当記事

安倍首相の歴史観で日米関係にかげり 訪日米議員が漏らす
By JACOB M. SCHLESINGER
2015 年 2 月 18 日 11:14 JST

 【東京】今週東京を訪れている米国の議員らによると、安倍晋三首相の歴史観が日米関係の将来にとって最大の懸念材料になっているという。

 ダイアナ・デゲット下院議員(民主)は16日、一部の記者団との会見で、「第2次世界大戦終戦70周年に関連したこれらの問題の一部が両国関係にひびをもたらす可能性がある」と述べた。

 同議員は「日本が慰安婦問題やその他の終戦時期あたりのいくつかの問題で逆戻りをしていると見なされないことが本当に重要だ」とし、慰安婦問題に関する米国歴史学者と日本政府の間の論争に言及した。

 デゲット議員らとともに10人の超党派訪日下院議員団に参加したジェームズ・センセンブレナー議員(共和)は「われわれの道にはでこぼこがあったが、今はこれを平らにする時だ」とし、安倍首相の「修正主義歴史観」は「近隣諸国との関係」に打撃を与えていると述べた。その上で、「これはクールダウンさせなければならない」と付け加えた。

 議員団の訪日は、米国議会日本研究グループと笹川平和財団USAがスポンサーとなった。前者の共同座長を務めるデゲット議員は、今回の訪問について、同グループが1993年に設立されてから行われている訪日の一環だとし、人数は1年前の4人の倍以上になったと指摘した。

 参加者は民主党が6人、共和党が4人で、この中にはジョセフ・ケネディ議員(民主)もいて、同議員は日本で特にキャロライン・ケネディ駐日大使に会いたいとしている。ケネディ議員は、大使の父である故ケネディ大統領の弟、故ロバート・F・ケネディ氏の孫。


 このように、アメリカの議員も、安倍政権を大いに不安視し、その発言や行動を注視している。

 産経や読売に対して、他の日本のメディアが適切な問題指摘をしないようであれば、残念ではあるが、今後も海外メディアに頼るしかないかもしれない。

 よって、「内田樹の研究室」の記事も、海外メディアの翻訳が続きそうだ。
 もちろん、その場合は、適宜、拙ブログでも紹介したい。
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「内田樹の研究室」で、またロイターの記事を翻訳してくれているので、ご紹介したい。(太字は管理人)
「内田樹の研究室」の該当記事
ロイターの記事はこちら。ロイターの該当記事


またまたロイターの記事から

2月11日のロイター発の記事が日本政府の歴史問題についての広報活動が結果的に日本にとって痛い結果をもたらすだろうという観測を述べている。
アメリカの歴史家たちの声明に続いて、英米から安倍政権の歴史認識についての批判的なコメントが続いているが、日本のメディアは国際社会から安倍政権がどういう評価をされているかについてほとんど報道しない。
こうやってSNSで手仕事をするしかない。こういう手立てがあるだけありがたいといえばありがたいけれど。日本のメディアに対する信頼が急落していることについて、もう少しメディア関係者は危機感を持って欲しい。

記事はここから。

日本の戦時下の行為についての偏見を訂正しようとする日本政府の運動が引き起こした騒動は、海外に友邦を創り出そうとする巨額のPR活動の積極的なメッセージを台無しにするリスクがある。
PRの予算規模は5億ドルを超えるが、これは日本の戦前戦中における行為について、これまでのように謝罪一辺倒ではないスタンスを採り、日本の戦後の防衛政策に課された平和憲法の足かせを外そうとする安倍晋三首相の意を体したものである。

歴史問題だけがPRプログラムの唯一の焦点ではない。多くのファンドが「親日」国の開発のためのソフトパワー事業(大学における日本研究の支援、「日本ブランド」プロモートのための「ジャパン・ハウス」センターの設立など)のために投じられる。
しかし、それと同時に日本政府は同時に海外の教科書出版社の日本の戦時下での行動についての記述などを日本のイメージに悪影響を与える不正確なものと見なしてこれを標的にしている。
このような試みに対してはすでに反撃が始まっている。
アメリカの19人の歴史学者たちが、日本政府がMcGraw-Hill社に対して「慰安婦」(戦時中に日本軍の売春宿で強制労働させられていた人々について日本で使われている呼称)に関する記述を改めるように要請したことに抗議して声明を発表した。
記述変更の要請は却下された。

「われわれは第二次世界大戦中になされた蛮行を明るみに出すために働いてきた日本をはじめとする国々の多数の歴史家たちと立場を共にしている。われわれは過去から学ぶことで歴史を実践し、歴史を創り出す」と声明は語っている。この声明は米国歴史協会のニューズレターの3月号に掲載される。
「われわれはそれゆえに出版社や歴史家に対してその研究成果を政治目的のために変更するように圧力を加えてくる、国家や特定団体の企てに反対する。」
安倍自身はさらに積極的なPR攻勢をする方針を固めている。「穏健でいるだけでは国際社会において信認を受けることができない。われわれは必要とあらば論争を辞すべきではない」と彼は最近国会で述べた。
日本政府の動きは、アジア諸国とりわけ戦争の苦い記憶がまだ生々しい中国と南北朝鮮が第二次世界大戦終戦70周年を迎える敏感な時期に当たってなされている。
十年にわたって広報活動予算を削減してきた日本の外務省は戦略的コミュニケーションのために700億円の予算(2014−15年の補正予算と四月から始まる次年度の当初予算)を組んだが、これは前年度の当初予算よりも200億円増額されている。

日本の多くの政治家と官僚たちは、日本が地域のライバル国である中国と韓国の積極的な広報外交によって圧倒されてきたことに不安を抱いている。
「多くの国々はこの分野に巨額の予算を投じているが、日本の予算は十分ではない」とある外務省の役人は述べている。

保守派は予算増額を歓迎しているが、彼らのプライオリティは歴史についての誤謬訂正にある。
「日本の歴史に対する多くの誤解や偏見を知ると、少なくとも記録を正すことはしたい」と櫻井よしこ(ジャーナリスト、保守派のシンクタンク国家基本問題研究所の理事長)は語る。
「われわれはすでに(情報戦で)敗北している。押し戻す必要がある」と彼女はロイターのインタビューの中で語った。
反撃の危険を察知して、外交官たちは「ジャパンハウス」センター(2016年にまずロンドン、ロサンゼルス、サンパウロに設立される予定)を日本政府の公的歴史観の宣布拠点にするようにという圧力を緩和しているように見られる。その代わりに、これらの機関を、ある官僚の言葉を借りれば、論争的なトピックについて例えばセミナーを開催するなどして「バランスのとれた議論の土台」とすることをめざしている。
しかし、保守派の政治家たちはより大胆なステップを望んでいる。
「まだやりたいことの半分もできていない。あらゆる手立てを通じて、われわれは日本の情報戦略を強化して、本当の意味で日本のどこがすばらしいのかを他国に適切に理解させることが必要である」と与党自民党の衆議院議員原田義昭(党のコミュニケーション戦略改善のための委員会の委員長)は語っている。
専門家たちは歴史記述について変更を求める政府の努力は、日本の戦時中の問題に公的な焦点を当て続けることになり、意図とは逆効果を招くと見ている。
「歴史についての長い議論のうちに引きずり込まれた人々は結果的に日本について残虐な国という印象を抱いてしまうことになるだろう」とダートマス大学のJennifer Lind 教授は語る。「それこそ敗北だ。」



 税金を使って、海外で過去の史実を歪曲させようとしていることなど、日本のメディアは一切報道しない。

 安倍政権がやっていることと、先日葬儀があったヴァイツゼッカーが遺した有名な言葉、「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」との間には、何光年とも言える距離がある。

 過去に目を閉ざす、どころか、日本政府は過去を捏造しようとしている。
 
 彼が「テロと戦う」と言うたびに、彼の心臓の鼓動は「軍備、軍備」と脈を打っているのだろう。

 日本に限らず、戦争は、人間が本来秘めている残虐性、攻撃性を表出させる。

 イスラム国の残虐性を糾弾するメディアは、なぜイスラエルのガザ空爆は、国家のテロだ、と指摘しないのか。

 チャップリンが『殺人狂時代』のラストシーンでヴェルドゥに言わせた、“一つの殺人は悪漢を生み、100万の殺人は英雄を生む”という言葉が今の時代でも色褪せないということは、チャップリンの警句が活かされていない悲劇が続いている、ということだ。

 戦争は、人間の悪の本質を表出させる。その結果行われた惨劇は、未来のために、冷静に振り返られるべきである。

 過去を捏造し歪曲する行為は、日本という国の支持者を増やすどころか、日本ファンをも敵に回す暴挙である。

 そして、そういった事実を海外メディアに頼らざるを得ない現実を、内田樹と同じように寂しく思えてならない。

 ‘結果的に日本について残虐な国という印象を抱いてしまう’というダートマス大学教授の言葉を、日本のメディアは肝に銘じて欲しい。

 日本のメディアよ、そろそろ目覚めてくれ!
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今朝の朝日新聞のオピニオン欄“言論空間を考える”「人質事件とメディア」では、映画監督で作家の森達也と、フリージャーナリスト土井敏邦の二人へのインタビューが掲載されている。久し振りの朝日の持ち味の良さが発揮された内容。
 
 この記事を読んだ後で落語仲間の佐平次さんのブログ「梟通信」を開くと、佐平次さんもこの記事を取り上げていたので、リンクさせていただく。「梟通信~ホンの戯言」の該当記事

 一部引用したい。まず、森達也へのインタビューから。(太字は管理人)
朝日新聞の該当記事(森達也へのインタビュー)

集団化と暴走を押しとどめよ
聞き手 編集委員・刀祢館正明 2015年2月11日07時17分

 渦中の報道を見聞きしながら、気になったことがあります。安倍晋三首相は事件について語るとき、まずは「卑劣な行為だ、絶対に許せない」などと言う。国会で質問に立つ野党議員も、いかにテロが卑劣か、許せないかを、枕詞(まくらことば)のように述べる。そんなことは大前提です。でも省略できない。

 この光景には既視感があります。オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたときも、オウムについて語る際には、まずは「卑劣な殺人集団だ、許せない」などと宣言しなければ話ができない、そんな空気がありました。

 大きな事件の後には、正義と邪悪の二分化が進む。だからこそ、自分は多くの人と同じ正義の側だとの前提を担保したい。そうした気持ちが強くなります。

 今の日本の右傾化や保守化を指摘する人は多いけれど、僕から見れば少し違う。正しくは「集団化」です。集団つまり「群れ」。群れはイワシやカモを見ればわかるように、全員が同じ方向に動く。違う動きをする個体は排斥したくなる。そして共通の敵を求め始める。つまり疑似的な右傾化であり保守化です。

 転換点は1995年。1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件があった。ウィンドウズ95が発売された。巨大な天災と未経験の人災に触発された不安や恐怖感が、ネットを媒介にして拡大していく。その始まりの年でした。

 不安と恐怖を持ったとき、人は一人でいることが怖くなる。多くの人と連帯して、多数派に身を置きたいとの気持ちが強くなる。こうして集団化が加速します。

 群れの中にいると、方向や速度がわからなくなる。周囲がすべて同じ方向に同じ速度で動くから。だから暴走が始まっても気づかない。そして大きな過ちを犯す。

 ここにメディアの大きな使命があります。政治や社会が一つの方向に走りだしたとき、その動きを相対化するための視点を提示することです。でも特に今回、それがほとんど見えてこない。

 多くの人は「テロに屈しない」という。言葉自体は正しい。でも、そもそも「テロ」とは何か。交渉はテロに屈することなのか。そんな疑問を政府にぶつけるべきです。「テロに屈するな」が硬直しています。その帰結として一切の交渉をしなかったのなら、2人を見殺しにしたことと同じです。


 まったく同感だ。
 共産党議員からの質問で、自分の中東訪問での発言が人質事件につながったのではないか、と問われた安倍晋三は、失敗の原因分析として重要な課題を問われたことに、まるで、そういう分析をすること自体が、テロリストを利することになるというニュアンスの返答をしたが、これも自分達が正義の側にいるという前提を強調したいがため。
 テロが卑劣であることは論を待たない。問題は、事後にもあり、先日紹介した「内田樹の研究室」におけるロイターの記事のように、イスラム国との交渉に関して、日本政府はせっかく使える人的ネットワークを駆使しようともせず、単に「テロリストが悪い」という叫び声のみを響かせた。

 メディアも営利企業です。市場原理にあらがうことは難しい。でも今は、あえて火中の栗を拾ってください。たたかれてください。罵倒されながら声をあげてください。朝日だけじゃない。全メディアに言いたい。集団化と暴走を押しとどめる可能性を持つのはメディアです。それを放棄したら、かつてアジア太平洋戦争に進んだ時の状況を繰り返すことになる。

 「イスラム国」の行為に対して「人間が行うとは思えない」的な言説を口にする人がいます。人間観があまりに浅い。彼らも同じ人間です。ホロコーストにしても文化大革命にしてもルワンダの虐殺にしても、加害の主体は人間です。人間はそうした存在です。だからこそ交渉の意味はあった。そうした理性が「テロに屈するな」のフレーズに圧倒される。利敵行為だとの罵声に萎縮する。こうして選択肢を自ら狭めている。

 違う視点を提示すれば、「イスラム国」を擁護するのか、などとたたかれるでしょう。誰も擁護などしていない。でもそうした圧力に屈して自粛してしまう。それはまさしく、かつての大日本帝国の姿であり、9・11後に集団化が加速した米国の論理です。米国はイラクに侵攻してフセイン体制を崩壊させ、結果として「イスラム国」誕生につながった。このとき日本は米国を強く支持したことを忘れてはいけません。同じ連鎖が続きます。

 多数派とは異なる視点を提示すること。それはメディアの重要な役割です。(聞き手 編集委員・刀祢館正明)


 人間が本来保有する弱さ、攻撃性を否定して、テロリスト=邪悪、反テロリスト集団-正義、などという二者択一論こそが危険なのである。
 森の例示に、あえて日中戦争での日本も加えたい。戦争は人間に潜む邪悪性をむき出しにする。それも、「皆で渡れば恐くない」という集団化による暴走が、少数派の声を踏み潰して、他人の命を平然と奪うことにつながる。

 森が言うように、罵倒されようと、政府から恫喝されようと、集団化と暴走を止める論をメディアは発信すべきだ。

 次にフリージャーナリスト土井敏邦のインタビュー。朝日新聞の該当記事(土井敏邦へのインタビュー)

 中東でパレスチナ・イスラエル問題の取材を30年近く続けています。フリージャーナリストの役割の一つは、組織ジャーナリストが入れない地域にも入って被害者たちの現状と痛みを伝えることだと思います。人質となり殺害されたとみられる後藤健二さんも同じ思いだったはずです。

 だからこの間、テレビも新聞も日本人の生死に関する報道で埋め尽くされたことに、私は強い違和感を覚えます。過去にも紛争地で日本人が巻き込まれるたびに似た報道が繰り返されました。2004年にイラクで高遠菜穂子さんらが人質となり、07年にはビルマ(現ミャンマー)の民衆デモを取材していた長井健司さん、12年にはシリアを取材中の山本美香さんが殺され、メディアはその報道一色になりました。

 同じ日本人の生死に関心が集まるのは当然だとしても、報道がそれで埋め尽くされると、肝心の現地の実情が伝えられなくなります。例えば長井さんが亡くなったとき、その葬儀がトップニュースになる一方、ビルマで民主化を求めた僧侶らに激しい弾圧が行われていたことは黙殺された。ビルマ問題が「長井さん殺害問題」に変わってしまったのです。

 今回も後藤さんが本当に伝えたかったであろう、内戦に巻き込まれて苦しむシリアの女性や子ども、寒さと飢えに苦しむ何十万人というシリア人避難民のことはどこかへ行ってしまった。日本人の命は、ビルマ人の、イラク人の、シリア人の何千倍も重いのでしょうか。これは日本人の国際感覚の問題だと思います。


 人の命は地球より重い、と誰かが言っていたようだが、その人が“日本人”に自動的に置き換わるのが、日本のマスメディアの悪弊である。土井の指摘は、彼がジャーナリストであるからこその説得力を持つ。

 紛争の現場に行くと、遠い日本では見えなかった、現地の視点が見えてきます。今回の事件の最中、積極的平和主義を唱える安倍晋三首相は、イスラエルの首相と握手をして「テロとの戦い」を宣言した。しかし「テロ」とは何か。私は去年夏、イスラエルが「テロの殲滅(せんめつ)」を大義名分に猛攻撃をかけたガザ地区にいました。F16戦闘機や戦車など最先端の武器が投入され、2100人のパレスチナ人が殺されました。1460人は一般住民で子供が520人、女性が260人です。現地のパレスチナ人は私に「これは国家によるテロだ」と語りました。

 そのイスラエルの首相と「テロ対策」で連携する安倍首相と日本を、パレスチナ人などアラブ世界の人々はどう見るでしょうか。それは、現場の空気に触れてはじめて実感できることです。

 自民党の高村正彦副総裁は、後藤さんの行動は政府の3度の警告を無視した「蛮勇」だと非難しています。しかし政府の警告に従っているばかりでは「伝えられない事実を伝える」仕事はできません。悪の権化と伝えられる「イスラム国」。その支配下にある数百万の住民はどう生きているのか、支配者をどう見ているのか。それは今後の「イスラム国」の行方を知る上で重要な鍵であり、将来の中東の政治地図を占う上で不可欠です。現在は危険で困難ですが、それを伝えられるのは現場へ行くジャーナリストです。


 「蛮勇」発言には、まったく呆れた。それは高村の親分にあてはまる言葉だ。
 何らイスラム国との人的パイプ活用の努力をせず、「テロと戦う」などと気勢を上げることこそが、「蛮勇」である。

 たとえば高村は過去に名を残した戦場カメラマン、ロバート・キャパ、沢田教一、一ノ瀬泰造などの行為をも「蛮勇」と言うのだろうか。
 
 なぜ彼らが戦場を伝えようとするのかは、土井が言う通りである。のうのうと安全に暮らす人間に、世界にはこんな惨劇、悲劇があり、生きるのに必死な人々もいるのだと知らせる行為は、ジャーナリズムの本質的な行為である。

 攻撃的で残虐性も本性であるからこそ、集団化し暴力を何ら厭わず行使するのも人間なのだ、という森の指摘を十分に踏まえた上で、多数派の罵倒にも負けない勇気をふるって少数派としてペンの力を発揮するのがジャーナリストの使命であり、今や日本人一人一人の使命でさえあるかもしれない。
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「内田樹の研究室」で、イスラム国日本人人質事件に関する新たな記事が掲載された。

 日本政府が明かさない背景について明かすロイターの記事の翻訳で、実に興味深い。引用したい。(太字は管理人)
「内田樹の研究室」該当記事
 ロイターの該当記事(英文)はこちら。ロイターの該当記事

ロイターの記事

2月8日にロイターの記事で人質問題での中田考先生の関与について報じられた。
「報道特集」で語った内容とだいたい同じ話だけれど、CTSS Japan というセキュリティ・コンサルタント会社名が出て来たのは、はじめてではないかと思う。
政府は自分たちが一体何をしたのか、何をしなかったのかについて「コメントしない」としているが、それでは彼らがの対応の適否についての判定は下せない。

政策の適否について国民が判断できる情報をいっさい提供しないというのは、それ自体が「口に出せないような致命的失策を繰り返し犯していたこと」ことの証拠である。常識はそう解釈する。それにしても、日本国内で何が起きているのかを外国のメディアを経由して知らなければならないというのは、ほんとうに悲しいことである。



---ここからがロイターの記事の翻訳 by管理人---

「過激な学者、人質事件でISとの交渉チャンネルを提供」


日本政府は人質危機の決定的局面においてISとのコミュニケーションチャンネルを開いたが、それを用いて交渉に入ることを望まなかった、と一時的に交渉の間に入った東京在住のイスラム法学者は語った。
ハサン中田考(54歳)は警察からはISのリクルーター容疑をかけられているが、先月の人質事件の決定的局面で外務省から集団あてにメッセージを手渡すように依頼された。
これまで明らかにされてこなかったが、この要請はシリアで身代金のために拘留されていた二人の日本人を解放するために日本政府が、テロリズムには屈しないと公的には表明しながら、ある時点までISと話し合いをする準備をしていたことを示している。
ISが二人の人質(一人は自称セキュリティ・コンサルタント、一人はベテランの戦場レポーター)を斬首したのは日本政府が人質問題に対処するためにヨルダン政府と連携することを決定した後のことである。この対応の適否については今日本国内では吟味がなされている。
ISからのヨルダン市民の解放の手立てを求めていたヨルダン政府とのみ排他的に連携するというこの決定は、中田経由のコミュニケーション回路を閉ざしただけでなく、後藤健二(47歳)の妻とISの間で開かれていた別のコンタクトも事実上終結させることになった。
「政府は使えたはずの私的なコミュニケーション・チャンネルを制約したが、過激派との直接交渉の回路は最終局面までついに持つことができなかった。これは失敗だった」と日本政府のために動いていたセキュリティ・コンサルタント会社CTSS JapanのNils Bildt社長は語っている。
外務省のテロ対策タスクフォースは中田の主張についてのコメントを拒否している。
「日本政府は人質問題についてできる限りの手立てを尽くし、すべてのオプションを検討した。しかし、政府が何をしたのかについての個別的はコメントを控えたい」とタスクフォースのハヤシタカノリは回答している。
中田は現在ではISを支持する立場にはないが、昨年9月に自発的にシリアに渡航し、最初の人質、湯川遙菜の解放を試み、そのときに人質事件にかかわることになった。
後藤も同様のミッションを果すべく去年10月湯川の解放に向かったが、彼自身が拘留されることになった。
その直後、後藤の妻はIS代表部からメールを受け取り、イギリスのセキュリティ・コンサルタントと中東での後藤の仕事仲間たちからの支援を受けて、ISとの話し合いに入ろうとしていた。
日本の当局は湯川と後藤の家族にはたとえ請求があっても身代金を払うことはないと私的には伝えていた。
その後、シリアから日本に戻ってきた中田はISと行動を共にしてシリア北部にいるチェチェンの活動家Umar Ghuraba と外務省の間の橋渡し役をすることになった。

「この事件を解決する一助として、私のISとの個人的なコネクションを使いたいと思った」と中田は語っている。
中田は1979年にイスラムに改宗した。彼はかつてはISへの支持を表明し、IS国旗の前で銃を擬している写真をTwitterで公開してもいるが、現在ではもうISを支援していない。それでも活動家たちとの友情は継続している。
1月21日、ISが後藤と湯川のために2億ドルの身代金支払いまで72時間の期限を宣告した一日後、日本政府のテロ対策タスクフォースは中田の友人Shiko Ogata(31歳)宛てにメールを送った。
メールにはIS宛てのメッセージが含まれており、それを先方に手渡すように要請された。Ogataは中田にメールを転送した。
メッセージは英語とアラビア語で書かれており「われわれは集団が二人の日本国民に危害を加えることなく、ただちに解放することを強く要求する」とあった。身代金についての言及はなかった。
中田はこのメッセージを転送しなかった。このメールは日本政府が対話を拒んでいるという印象を抱かせるものだったからだ。「もしこれを先方に送ったら、それは人質を殺せというメッセージを送ることになる」と中田は言う。

外務省からはメッセージについてもISからの返信についてもその後問い合わせはなかった。
しかし、1月23日、身代金の支払い期限が近づくと、中田はWhatsapp(スマートフォンアプリ)経由でUmarからのメッセージを受信した。日本時間の午前4:30,シリアでは夜9:30のことである。
「もうあまり時間が残されていない。ISは約束を実行するだろう」とUmarからのアラビア語メッセージは告げた。Umar の身元と、彼と人質捕獲者たちとの関係は確認されていない。
Umarは中田に対して「交渉のチャンネル」経由で得られた音声メッセージについて、それが信頼できるものであるかどうか訊ねてきた。
その音声メッセージの中では、一人の男が自分はヨルダンの日本大使館の外交官Masayuki Magoshiであると名乗っていた。日本語で語られたこのメッセージで、彼は日本政府は人質の安全に「真剣」であると語り、人質たちの氏名と生年月日を告げた。
ロイターはこの音声録音の真正性については確認がとれなかった。
「これはたぶん本物だろう」と中田は深夜外務省テロ対策タスクフォースのトップに電話を入れてステートメントの確認を求めた後にそう返信した。
「ISの条件が満たされることが重要だ」とUmarは返信してきた。

翌日、湯川の斬首とされるビデオがネット上に配信された。後藤はその一週間後に殺された。
中田はその後テロ対策タスクフォースからは音信がないと語っている。Umarとの連絡も途絶えたままだ。



 安倍晋三は、あらゆる努力をするとかなんとか言っていたのに、結果として、使えるはずの大事な仲介ルートを活かすことはしなかった。
 北大生とイスラム国との仲介役とされ、家宅捜索を受けたことがあろうと、中田考が、テロ組織との重要なパイプを持つことは事実だろう。

 本当に自国民を救いたいと思っていたら、ヨルダン頼みだけではなく、イスラム国とのパイプづくりのために藁にもすがろうとするのが人情ではないのか。

 あえて言えば、安部晋三は日本人人質を見捨てて、この事件を軍国化に利用しようとしているのだ。
 彼にとって、悲劇性が高まり、日本国民に大きな悲壮感や無力感、イスラム国への憎悪が起こることを望んでいたのである。
 そして、犠牲者利用し、日本を戦争ができる国、アメリカの戦争を支援できる国にしようとしている。
 
 その安倍の目論見の一つが、下の記事にあるODAの解釈変更による他国軍支援の実現である。
47NESWの該当記事

他国軍への支援を可能に ODA新大綱を閣議決定 

 政府は10日、政府開発援助(ODA)の新たな在り方を定めた「開発協力大綱」を閣議決定した。大綱の見直しは約11年ぶり。他国軍への支援を対象外としてきた原則を変更し、非軍事目的に限って容認する。安倍政権が掲げる「積極的平和主義」を反映させ、国際情勢の安定に一段と関与を強める。軍と関係しない民生分野に限った途上国支援を続けてきた日本のODA政策にとって、大きな転換点となる。

 政府は2013年12月に国家安全保障戦略を閣議決定し、ODAの「積極的・戦略的活用」を打ち出した。
2015/02/10 10:00 【共同通信】


 非軍事目的に限る、などという言葉が、イスラム国などのテロ組織に意味を持たないことは、今回の中東訪問での安倍の発言以降の悲劇を振り返れば明らかだろう。

 ロイターのような記事が日本のメディアで期待できないのは、政府による恫喝があるからだ。

 ジャーナリストのシリア渡航を旅券返却で防いだところで、本質的な問題は解決しない。
 
 戦争を否定することから始めなければ、日本も報復の連鎖構造に巻き込まれるだけである。

 なぜ、広島、長崎を経験した唯一の国は、こんなことになっているのか。

 日本が戦争をしない国、戦争を否定する国、戦争をする国への協力を拒む国であることで、世界のあらゆる悲劇的状況を救う姿勢を示すことが重要なのに、ますます軍国化を進める以上、いつどこで、どんな組織から日本人が攻撃を受けるか分からない危険性がある。

 報復の連鎖では何も解決できない、と声を大にして言えないようにメディアを脅す政府のあり方に、一人一人の国民が、「ノー(NO)!」と言う勇気が、今求められていると思う。
  
 まさに馬鹿に刃物を地で行こうとしているのが、安倍政権なのである。
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「内田樹の研究室」で久しぶりの更新があった。

 英ガーディアンの記事の和訳だった。
 私も別な記事だが、今回のイスラム国の人質事件に関連して引用した。日本では、今になって一部の議員やメディアが、安倍晋三の中東訪問での発言と事件との因果関係について指摘しているが、ガーディアンは最初のイスラム国の動画投稿のすぐ後で記事にしていた。

 全文を紹介したい。(太字は管理人)「内田樹の研究室」」の該当記事
 ちなみに、ガーディアンの該当記事は、こちら。Guardianの該当記事

2015.02.05
人質殺害後、岐路に立つ日本

The Guardian 紙が2月1日に東京特派員発のKilling leave Japan's pursuit bigger foreign role at the crossroad (「死者が出たせいで、国際関係で目立とうと思っていた日本の足が止まった」)という記事を掲載した。
現在の日本の政治状況について、日本のどのメディアよりも冷静で、かつ情報量が多い。たった一人の特派員(取材対象から見て、たぶん日本語ができない記者)の書く記事の方が、何十人何百人を動員して取材し、記事を書いているマスメディアより中身があるというのは、どういうことなのだろう・・・


国際関係においてこれまで以上に目立つ活躍をしたいという日本政府の決意は、イスラム国(ISIS)の活動家による市民二人の暴力的な死を迎えて、岐路に立っている。
日曜の朝、日本は後藤健二の斬首という残酷なニュースで目覚めた。同国人湯川遙菜が同じ運命をたどったその一週間後のことだった。日本はそのとき自分たちがISISの標的リストに登録されたことを知ったのである。
「積極的平和主義」とは記録的な軍事費支出、武器輸出、戦後日本の外交的なレゾンデートルに対する法改正による攻撃といった一連の政策を正当化するために安倍晋三首相が用いてきたこれまでより強硬な防衛構想のことであるが、その適否がこれから問われることになる。
ISISに対する非難を一通り済ませたあと、安倍はシリアでの出来事に関与するものと見られている。それが結果的に日本国民を危険にさらすことになろうとも、アメリカの有力な同盟国であり、かつ中東の石油の輸入国という立場にある以上、日本はこの地域の安全を保証するためにこれまで以上に大きな役割を演ずるべきだということを示すためにである。
後藤の斬首映像が発表された後も、安倍は強硬姿勢を変える様子がない。
「ご家族の悲しみを思うと、言葉もありません」と明らかに動揺した様子で語ったあと、安倍は日本は引続きISISと戦う国々への人道的支援を続けると述べた。
後藤の死は激しい嫌悪感をもって迎えられたが、安倍はこれを奇貨として、憲法が彼の国の軍隊に課している制約(憲法九条の下では自衛隊の活動は専守防衛に限定されている)を緩和したいという彼の宿願を達成しようとしている。「今回の悲劇は九条の再解釈と自衛隊の海外活動の軍事的権限の拡大を計画する安倍の決意を強めただろうと私は見ている」とMark Mullins (オークランド大学教授、日本研究)は語っている。 「彼がこれまでこの問題のために注ぎ込んだ政治資本を考えると、彼が立場を転換させるということはありえない。」
二年前に首相の座に就いて以来、安倍は過去10年以上にわたる軍事費削減の方向を反転させ、中国の領海侵犯と北朝鮮の核兵器プログラムに対して強硬姿勢を示してきた。
これらの問題は日本の安全と領土の保全に直接かかわる地域的な問題である。しかし、複数の専門家によれば、安倍は最近の中東歴訪中に、2億ドルの人道支援に加えて、ISISに対する軍事作戦を公然と支持するという無謀な挑発行為をとった。
中野晃一(上智大学教授・政治学)は、日本人の多くは同胞の死のあと、安倍外交に対してはこれまでより用心深く対応するものと見ている。
しかし、かれはこう付言している。「政府はこれから先、この事件を根拠に、軍事活動についての憲法上の制約を解除することの必要性が一層高まっており、『テロとの戦い』においてこれまで以上に大きな役割を引き受ける必要が出て来たと主張することになるだろう。」
「過半の日本人がこの問題について『なんだかわからない』『自分には関係ない』という態度をとる一方で、相当数の日本人はこの考え方に同意するだろう。」
にもかかわらず、昨年末の総選挙で、歴史的な低投票率で彼を政権の座に送った有権者たちが安倍の最大の敵になる可能性もある。
「日本の軍事的役割を拡大することを求めた法律はこれから議会を通過しなければならない。だが、近年の事件を考えると、法案は簡単には議会を通らないだろうし、議案の審議過程で日本がこれから向かおうとしている方向についての国民的な議論が巻き起こることになるだろう」とMullinsは述べている。
安倍は今のところは憲法9条の即時改定については断念している。国民投票で過半数をとれる確信がないからである。
その代わり、彼はアメリカの起草した文書を再解釈しようとしている。彼と彼の率いる保守勢力は、70年に及ぶ平和と繁栄にもかかわらず、憲法こそが戦争の歴史についての『自虐史観』を創り出した元凶と見えているのである。
憲法の再解釈と、関連法制の整備によって、日本の軍隊は戦後はじめて外国領土での戦闘が可能になる。ただし、それは同盟国が攻撃を受けたときにそれを防衛する場合に限られるが。
少なくとも、安倍は人質危機に対する日本の危機管理能力を強化するだろうと見られている。2013年はじめのアルジェリアでの起きたテロリストによる攻撃に際しては、救出のための軍事行動が法律で禁じられていたせいで、対処の不適切さが露呈したからである。
しかし、外交的な冒険主義は結果的に日本をアメリカの「副保安官」にしてしまう可能性があるが、そのような冒険主義に対する世論の傾斜はこのところ少しは緩和しているようにも見える。
それに、自民党内のハト派勢力が、安倍が70年にわたる平和主義的ドクトリンを根こそぎにするのを座視しているという保証はない。
「斬首のニュースを受け止めて、恐怖感を覚えた後に、世論がどういうふうに振れるかは予測できない」とJeff Kingstonテンプル大学教授(アジア研究)は述べる。
「安倍支持の旗の下に結集するという動きがあるだろう。彼がこの危機を無駄にするはずがない。今期の国会審議を利用して、日本の自衛隊の活動強化とアメリカとの安全保障上の協力の必要性を言い立てることだろう。しかし、大衆は安倍の安全保障政策と、反ISIS勢力に同調することの明らかなリスクに対して、深い懸念を抱いている。」



 ガーディアンの記事は、無駄に問題を煽り立てるわけでもなければ、もちろん安倍政権のヨイショをするわけでもない。あくまで、安倍政権、あるいは安倍晋三のこれまでの姿勢、動機、性格などを元にした識者のコメントなどを踏まえて、できるだけ客観的な姿勢で今後の見通しを述べている。

 賛成、でも、反対とも言わないが、‘危険’であることはしっかり指摘している。
 あえて、ガーディアンの言い分を考えると、最後に引用したテンプル大学教授の言葉だろう。
 国民は、安倍の前のめり姿勢を、大いに懸念(原文でmisgive)している。 

 自民党の機関紙と化した産経新聞が、安倍晋三の中東訪問や発言に批判的な政治家などを‘イスラム国寄り’などと形容して名指ししているが、まったくとんでもない話だ。
 
 今の日本は、重要な岐路にいると思う。
 朝日や東京新聞は、もっと鋭い論調で政権批判をすべきだろ思うが、政府からの脅しも強いのだろう。
 しばらくは夕刊紙や海外メディアなどに、重要な情報や主張を求めていくしかないかもしれない。
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私は、イスラム国が日本人人質を拘束していることを知りながら、中東へ行き、かつイスラム国に対立すると理解され得る発言をした安部晋三が、今回の人質殺害の引き金を引いたと思っている。

 先日紹介した東洋経済オンラインの孫崎享・元駐イラン大使のインタビュー記事でも、安部晋三の稚拙さが指摘されている。

 しかし、世の中には、この度の事件について、安部晋三、あるいは安部政権の批判を封じようとする論調がある。
 
 たとえば、「現代ビジネス」の高橋洋一の記事。
 彼はこう書いている。「現代ビジネス」サイトの該当記事

1日の菅官房長官の記者会見でも、記者から、「首相の中東訪問が誤解されたのでは?」という質問があった。記者のウラの質問意図に、「首相の中東訪問が引き金になった」とか「首相の中東訪問に責任がある」というものを正直感じた。おそらく菅官房長官も同じだったのだろう。「テロに対して正当性は全くないじゃないですか。こんな卑劣極まりないテロをやって!」と強く言い放った。

このように、日本政府を悪者にしてはISILの思う壺である。



 この文の前には、先週の「報道ステーション」への印象が書かれているのだが、たしかに報ステは、ややイスラム国を擁護するような印象を与えたのは事実だろう。

 しかし、記者の質問を取り上げて、「日本政府を悪者にしてはISILの思う壺」という指摘は、私には解せない。

 イギリスの新聞ガーディアンでは、1月20日の記事でイスラム国の人質事件と安倍の中東訪問の関係を指摘していた。
英ガーディアンの該当記事

 タイトルの‘Isis threat to Japanese hostages exposes risk in Abe’s counter-terror strategy’は、「イスラム国の日本人人質事件は、安倍の対テロ戦略の危険性を露呈している」とでも訳せるだろう。
 
 日本の大手新聞は、まったくそういった論調はなかった(できなかった?)し、今でも政府の睨みが怖いので書けない。

 このまま安倍晋三、安部政権が行ったことを無批判で受け入れて良いのか。

 ヨルダンもよくやってくれた、日本政府も精一杯努力した。悪いのはテロ組織であるイスラム国である、ということで、良いのか・・・・・・。

 もし、今回の政府の対応を是認した場合、次に日本人が彼らに拘束されたら、果たしてどうなるのか・・・・・・。

 安倍が最悪のタイミングで中東を訪問し、イスラム国を挑発しかねない発言をし、加えてイスラエル国旗はためく場所で会見という映像での刺激も与えたことが、今回の事件の引き金になったことは、間違いがない。

 そして、最初の動画が投稿された後の対策にしても、政府の努力はけっして最大限でも精一杯でもない。

 まず、よく指摘されていることだが、中山泰秀という外務副大臣をヨルダンに派遣したが、彼は日本・イスラエル議員連盟の事務局長である。イスラム国が調べれば、すぐ分かることだ。
 そんな人間が、現地対策の責任者では、最初から、日本政府とイスラム国との交渉ルートなど開拓できようもない。

 中東については、外務省に専門家がいるはずなのに、イスラエル寄りの若手政治家などを派遣したこと自体に問題がある。

 また、現地対策本部の場所は、なぜヨルダンであり、トルコではなかったかも、今一度検証されるべきだと思う。

 サイゾーが運営するLITERAのサイトにある記事から引用。 
LITERAサイトの該当記事

 日本政府は少なくとも後藤さんがイスラム国に拘束された昨年11月にヨルダンに現地対策本部を置き、以来、交渉窓口をヨルダン政府に委ねてきた。しかし、ヨルダンは親米国であるだけでなく、現状、もっとも激しくイスラム国と対立している国であり、イスラム国空爆の有志連合にも参加している。当然、イスラム国との直接的な交渉ルートがあるわけでもない。むしろ、その選択がイスラム国を硬化させ、解決を大幅に遅らせたのではないかというのだ。

 いや、解決を遅らせただけではない。日本がヨルダンに現地対策窓口を置いたことで、イスラム国側は敵対国に揺さぶりをかけようと、リシャウィ死刑囚の解放を持ち出したと考えられる。つまり、日本政府の選択が無関係なヨルダンを巻き込み、イスラム国側に新たなカードを与えてしまった可能性が高いのだ。

 では、日本はどうすればよかったのか。同志社大大学院教授で中東問題の専門家・内藤正典氏は、26日のテレビ朝日『報道ステーション』に出演した際、こう話した。

「今となっては遅いのですが、事件発生当初の段階で、(日本政府が協力を)トルコに要請をしていれば、まず、トルコ国民は日本の要請に関していえば、ほぼ100パーセント好意的にみるんですね。日本の為になにかしなければいけないと(トルコは)思う」
「しかも人質を49人昨年とられて、3ヶ月におよぶ交渉のすえ、全員無事解放している。なおかつ米軍の対イスラム国の攻撃要請に対しては頑として首を縦に振らない。攻撃のためには基地を貸していない」


 
 安倍晋三の発言、対策本部がヨルダンで日本から行った責任者がイスラエル友好議員、これで、政府の行いを肯定しろ、というのは無理である。

今日の国会で、安倍晋三は、こう言ったらしい。

「自民党は既に9条の改正案を示している。なぜ改正するかと言えば、国民の生命と財産を守る任務を全うするためだ」

 冗談じゃない。戦争を肯定することで、国民の生命を守ることはできないし、日本が世界で信頼し尊敬される肝腎な信条を失いかねない。

 後藤健二さんの願いは、戦争のない世界ではなかったのか。

 そうであるなら、今回の事件を、もし安部政権が憲法改正、集団的自衛権の拡大解釈、武器輸出の解禁など、戦争のできる日本にすることに利用しようとするなら、彼の死は報われない。

 日本は、戦争に一切加担しないという姿勢を貫くことで、テロと戦うべきである。
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