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元外務官僚吉野文六さんの訃報を目にした。共同通信「47NEWS」から引用。
47NEWSの該当記事

沖縄密約認めた吉野文六氏が死去 元外務官僚

 1972年の沖縄返還をめぐる日米間の密約を政府関係者として初めて証言した元外務省アメリカ局長の吉野文六(よしの・ぶんろく)氏が29日午前9時10分、肺炎のため横浜市の自宅で死去した。96歳。長野県出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は長男豊(ゆたか)氏。

 東京帝国大法学部在学中、41年外務省に入省。駐米公使などを経て、71年1月~72年6月に外務省アメリカ局長を務め、米国との沖縄返還交渉を担当した。その後、外務審議官や駐西独大使を歴任。退官後は国際経済研究所の理事長を務めた。

2015/03/31 10:18 【共同通信】


 
 元毎日新聞記者の西山太吉さんが、まさに冤罪で罰せられた沖縄密約事件において、重要な証言をした人だ。

 吉野さんが、どのように真実を明らかにしたのか、昨年の7月に書いた記事と重複するが再度掲載したい。
2014年7月15日のブログ

 北海道新聞の過去の記事からご紹介。(太字は管理人)
北海道新聞サイトの該当記事

2006/02/08(水)朝刊
1971年 沖縄返還協定 「米との密約あった」
佐藤首相判断で400万ドル肩代わり 外務省元局長が認める

 沖縄の祖国復帰の見返りに、本来米国が支払うべき土地の復元費用を、日本が肩代わりしたのではないかとされる一九七一年署名の沖縄返還協定について、当時、外務省アメリカ局長として対米交渉にあたった吉野文六氏(87)=横浜市在住=は、七日までの北海道新聞の取材に「復元費用四百万ドル(当時の換算で約十億円)は、日本が肩代わりしたものだ」と政府関係者として初めて日本の負担を認めた。

 この肩代わり問題は外務省密約事件として知られ、警視庁が当時の毎日新聞記者西山太吉氏(74)を逮捕、国民の知る権利をめぐる論議になった。

 四百万ドルは、米国が軍用などに接収していた土地を、元の田畑などに戻すための費用。「米国が自発的に払う」と同協定四条で決めた。一方、七条は、沖縄にあるとされる核兵器の撤去や、米国資産の買い取りのため日本が米国に三億二千万ドル払うと決めており、西山氏らは電文などをもとに「三億二千万ドルの中に四百万ドルが含まれている」と主張してきた。

  吉野氏は「当時のことはあまりよく覚えていない」と断った上で「国際法上、米国が払うのが当然なのに、払わないと言われ驚いた。当時、米国はドル危機で、議会に沖縄返還では金を一切使わないことを約束していた背景があった。交渉は難航し、行き詰まる恐れもあったため、沖縄が返るなら四百万ドルも日本側が払いましょう、となった。当時の佐藤栄作首相の判断」と述べた。

 また、日本政府が、円と交換して得た返還前の通貨、米ドルを無利子で米国に預託し、自由に使わせたことも明らかにした。金額には言及しなかったが、米側文書によると、連邦準備銀行に二十五年間無利子で預け、利息を含め計算上約一億千二百万ドルの便宜を与えたとみられる。

 これらの肩代わりや負担は、これまでマスコミや沖縄の我部政明琉球大教授(国際政治)が、米国の情報公開法で米側外交文書を入手し、指摘してきた。しかし、日本政府は否定し続け、情報公開もしていない。外務省は「現在、西山氏から当時の報道は正しかったと謝罪を求める裁判を起こされており、コメントできない」としている。

 我部教授は「証言が正しければ、米側外交文書を裏付けたことになる。日本政府は負担を三億二千万ドルと言っているが、米側文書によるとこのほか、基地の施設改善移転費などが七千五百万ドルあり、現在の巨額の思いやり予算につながっている。政府はきちんと説明すべきだ」と話している。


 こういう証言があったにもかかわらずの、昨年7月、最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)は、西山太吉さんら原告側の逆転敗訴とした二審判決を支持し、上告を棄却し、西山さんらの敗訴が確定した。
 行政機関が存在しないと主張する文書について「開示の請求者側に存在を立証する責任がある」との初判断を示した、裁判官四人の全員一致の意見は、どう考えても政府の強い意向に沿ったものだろう。

 「臭いものに蓋」なのである。過去の歴史は、為政者によって、どうにでも作り変えられる。

 今回の辺野古にしても、将来は政府側の暴挙を正当化するために、歴史を捏造しようとするだろう。


 北海道新聞から、吉野文六さんの言葉を続ける。

 「西山さんの言ってることは正しい」

 吉野文六元外務省アメリカ局長は、続けてこう言って苦笑した。

  「だから機密扱いなんです」

 一九七二年、国会で横路孝弘衆院議員(現副議長)から「沖縄返還には密約がある」と追及された。証拠の外務省機密電文のコピーを持っているというので、電文の原本を持ち、国会内の小部屋で見せ合った。本物だった。

 秘話がある。吉野さんは、横路氏と見せ合う前に、総裁派閥佐藤派の実力者二人に相談した。そして二人の言葉に驚く。「おまえ、何言ってるんだ。外務省の電報なんて前からおれたちのところにもこんなに来ているぞ」

 政府与党は一体だから外務省が実力者に情報提供することはあるだろう。だが、もし、別ルートの情報流出が常時あったとすると、問題の様相はまったく異なってくる。
二人は故人となり、真相はやぶの中だ。

 電文を見せ合った直後、警視庁は、外務省女性職員が毎日新聞の西山太吉記者に国家機密を漏らしたとして、二人を国家公務員法違反の疑いで逮捕する。吉野さんは西山さんをよく知っていた。

 「新聞記者なら機密を書くのが本能でしょうから、西山さんのやったことは仕方がない。でも、交渉の最中に機密の話が漏れると、相手から信頼されなくなる。米国側から苦情を言われたわけではないですよ。だが、過程を明かさないのは外交の常識。西山さんの書いたことが真実かどうかという問題と、機密漏えいを司法が罰するかどうかは別問題です」

 事件で、毎日新聞を退社、現在北九州市に住む西山さんは反論する。

  「機密は権力の都合のいいよう、時には秘匿され、時には世論誘導のため漏らされる。外務省の立場には何ら拘束されず、新聞は過程を報道しなければならない」

  昨年「政府はウソをついた。報道は正しかった」と国に謝罪を求める民事訴訟を起こした。怒りは募る。

 「四百万ドルを肩代わりしたという吉野さんの言葉が本当だとすると、私の主張を事実上認めたことになる。米国の情報公開文書も正しかったということだ。先進国なら二、三十年もたてば公文書を公開する。日本はなぜしない」

 問題は四百万ドルにとどまらない。協定七条で日本側が負担する三億二千万ドルの内訳は、水道、電気など米国が造った資産の買取費一億七千五百万ドル、沖縄に貯蔵されていたとされる核兵器撤去費用七千万ドル、人件費増加分七千五百万ドルだ。しかし、吉野さんは言う。

  「はじめ米国が無償で沖縄を返すというので、佐藤首相も無償返還をバーンとぶち上げた。ところが、まず大蔵省が折衝を始めたら、米国はこれだけ日本でもってくれとリストを出してきた。外務省は驚きましたよ。三億二千万ドルだって、核の撤去費用などはもともと積算根拠がない、いわばつかみ金。あんなに金がかかるわけがない。費用を多くすればするほど『核が無くなる』と国民が喜ぶなんていう話も出た。三億二千万ドルの本当の内訳なんて誰も知らないですよ」

 マスコミや琉球大の我部政明教授らが米国の情報公開で調べた日本側の財政負担は、このほかに《1》円と交換した返還前の通貨、米ドルを二十五年無利子で米国に預金(一億千二百万ドル相当)《2》基地施設改善移転費六千五百万ドル《3》労務管理費千万ドル−がある。吉野さんは無利子預金については一部認めたが、他は「よく覚えていない」という。

 現役時代、国会答弁では、知らぬ、存ぜぬを繰り返してきた。だが今「もう年で記憶がない」と言いながら、知られていない背景説明を語り、固有名詞を次々に繰り出す。吉野さんはこうつぶやいた。

  「国会で『記憶にありません』と答弁したら、本当に記憶に無くなる。過去を振り返らないようになります。意識的に忘れようとする。大部分は不愉快なことですから。覚えていることを覚えていないというんだから」 (編集委員 往住嘉文)



 吉野さんは亡くなる前に、貴重な証言をしてくれたにもかかわらず、西山太吉さんの冤罪が晴らされることはなかった。

 今も変わらぬ為政者の横暴であり、沖縄の‘闇’の一つである。

 しかし、吉野さんの証言の貴重性は変わらないし、発言された勇気は、今も賛辞されて良いと思う。

 
 数少なくなった‘公僕’、吉野文六さんのご冥福をお祈りしたい。

 合掌。
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辺野古の問題も大事だ。
 しかし、目の前の問題にばかり心を奪われていると、その陰で進行している、別な悪事に目が届かない恐れがある。

 安倍政権を頭に抱く原子力村の悪行は進んでいる。

 たとえば、福島の子供たちの甲状腺がんの問題について。

 大手メディアは、原発との因果関係を否定する側の発言しか報道していないのではないか。

 ネットを検索していて、「福島原発事故後の日本を生きる」というサイトを発見した。

 福島の子供たちの甲状腺がんの最新の状況を、同サイトから発生地域マップを含めご紹介したい。
 やや読みにくい部分は、リンク先でご確認のほどを。
「福島原発事故後の日本を生きる」サイトの該当ページ

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 地図からも、原発事故の影響は明らかなのに、これまで山下俊一をリーダーとする‘もみ消し’グループは、原発由来を否定してきた。山下俊一の後任達も、見事なまでに原発事故と甲状腺がんとの因果関係を認めない発言を繰り返している。

 因果関係を否定する理由として使われる‘スクリーニング効果’について、矢ケ崎克馬琉球大学名誉教授が明確に反論している。
 同サイトから引用する。
「福島原発事故後の日本を生きる」サイトの該当記事

■スクリーニング効果ではない

山下俊一福島県立医科大学副学長は、福島県で小児甲状腺がんがたくさん見つかったのはスクリーニング効果…つまり福島県の子供たち全員を対象に検査したことによって、潜在的な甲状腺がん患者がたくさん見つかったからだ。だから小児甲状腺がんは増えていないと言いますが、とんでもない。あえて言う、非科学的な物の見方だと思います。

というのは1998年に山下俊一氏自身がベラルーシまで出かけていって、調査をしているんです。調査の内容はこうです、チェルノブイリ原発事故があった1986年4月26日にすでに産まれていてヨウ素を吸い込み内部被曝をした子供達と、チェルノブイリ原発事故後しばらくしてから生まれヨウ素を吸い込まなかった子供達と、小児甲状腺がんの発症に違いはあるのか?

それぞれの子供達を1万人近くスクリーニングしてるんです。下記がそうです。

≪ベラルーシ/ゴメリ州・小児甲状腺がん≫
生年月日によるスクリーニングの結果の比較

           事故前に誕生 事故後に誕生
甲状腺がん         31人      0人
調査人数         9720人    9472人

チェルノブイリ原発事故当時に生まれてた子供達を、1万人近くスクリーニングした結果は31人甲状腺がんが見つかりました。

ところがチェルノブイリ原発事故当時に生まれていなかった子供達を、1万人近くスクリーニングした結果のほうは発がん者0人だったのです。

つまり小児甲状腺がんの原因である放射性ヨウ素を吸い込まなかった子供達を、いくらスクリーニングしても甲状腺がんの子供はいなかったんです。

それなのに山下俊一氏は今回、スクリーニング効果のおかげで今まで発見できなかったがんが見つかっただけだ、なんて突然言い始めている。

山下俊一氏自体はもちろん医師の免許は持っているけれども、医師の良心は全く持っていない。もはやドクターというのは肩書だけで、今や彼の頭の中は国家官僚として福島県民を切捨てる役割を今後どういう風に進めていくか?ばかりに終始しているように私の眼には映る。


 大手メディアは、「原発由来とは言えない」という原子力村の嘘ばかりを報道するが、それに反論することは、ほとんどない。
 矢ケ崎名誉教授が指摘する‘医師の良心は全く持っていない’人間の言動ばかりを、メディアは宣伝しているようなものではないか。

 何事においても、大手メディアは、安部晋三に牙を抜かれてしまった。

 もし、牙は抜かれたが、まだ、‘爪’が残っているのなら、ぜひ権力の首根っこに飛びかかって爪を立ててもらいたいものだ・・・・・・。

 山下俊一という人間について、2012年6月21日の記事から、あらためて紹介したい。
2012年6月21日のブログ

-----------2012年6月21日のブログより---------------------------------------
 あの山下俊一が、またとんでもないことをしている。週刊金曜日のサイトから紹介したい。
週刊金曜日ニュースの該当記事

異常数値が出る子どもを放置——山下氏の指示を黙認する政府に怒号
2012 年 6 月 20 日 5:56 PM

「放射能を年間一〇〇ミリシーベルト浴びても安全」などと、数々の問題発言を繰り返して福島県民の不信を買っている「県民健康管理調査」検討委員会の山下俊一座長が、子どもの甲状腺再検査を封じている問題で六月一日、衆院議員会館内で政府交渉が開かれた。

 県ではこれまで、一八歳以下の県民三万八一一四人の甲状腺検査を実施したが、うち三五・三%にあたる一万三四六〇人に五ミリ以下の結節や二〇ミリ以下の嚢胞が認められた。さらに五・一ミリ以上の結節や二〇・一ミリ以上の嚢胞が認められたのは一八六人に上り、二次検査の対象となった。

 ところが山下座長は今年一月、日本甲状腺学会会員に対し、この一万三四六〇人は「細胞診などの精査や治療の対象とならない」という理由で、事実上次の二年半後の検査まで保護者の追加検査の要求には応じないよう指示した。

 このため県内では、「なぜ二年半もの間、成長期の子どもの検査を求めないのか」といった批判が出ている。これを受け、環境団体FoE Japanなど市民団体が中心となり、政府の原子力災害対策本部生活支援チームの医療班員を招いて交渉することになった。

 交渉には、福島からの避難者ら三〇〇人が参加。席上、市民側が「異常が出ること自体おかしいのに、なぜ一万三四六〇人もの子どもたちを『異常なし』とし、経過観察もないまま二年半も放置するのか」「山下座長のセカンドオピニオンを封じるような指示は撤回させるべきだ」など、一八項目に上る質問や意見を突き付けた。

 これに対し政府側は、「国として答える立場にない」「専門的なところは県の検討委員会で進めている」といった回答に終始。山下座長の行為についても無視を決め込んだ。このため、会場から「無責任だ」「子どもの命がどうなってもいいのか」といった怒号が飛び、一時騒然となる場面もあった。

(成澤宗男・編集部、6月8日号)


 この政府交渉について、大手メディアが取り上げた様子はない。

 FtoEは、6月1日の政府交渉に先立つ案内で、次にように呼びかけていた。

福島の子どもたちを守ろう!県民健康管理調査のあり方~甲状腺検査を例に

★5月30日に予定していた政府交渉は、6月1日に変更になりました。ご注意ください

県民健康管理調査のあり方が問題となっています。
最近発表された子ども38,114人を対象としたの甲状腺検査では、386人の子どもに結節(しこり)が認められましたが、5ミリを超えないものについては、2年半もの間、経過観察なしで放置されてしまいます。

また、画像や医師の所見などが患者にわたされず、あろうことかセカンド・オピニオンを封じるような通知が、山下俊一・福島医大副学長から発せられています。

そもそも、影響がないことを前提とした県民健康管理調査では、子どもたちの健康は守れません。
これらの問題を問うため、原子力災害対策本部に対する交渉を行います。ぜひ、ご参加ください。



FtoEは、質問事項として次の内容をリストアップしていた。

◆福島県健康管理調査についての質問事項:

<甲状腺検査について>
福島県健康管理調査の4月時点での発表では、子ども38,114人を対象としたの甲状腺検査について以下の結果となっている。

A1:結節やのう胞がみとめられなかった人:24,468人(64.2%)
A2:5.0ミリ以下の結節や20ミリ以下ののう胞が認められた人:13,460人(35.3%)
(結節 202人、のう胞13,379人)
B:5.1ミリ以上の結節や20.1ミリ以上ののう胞が認められた人186人(0.5%)
(結節:184人、のう胞1人)
(福島県「県民健康管理調査」検討委員会資料より)

B以外の99.5%を異常なしとしている。A2とされた子どもが再検査を受けられるのは2年半後である。また、診断結果としては「A1」「A2」「B」のいずれに属するかのみが通知され、エコー画像や医師の所見がわたされていない。山下俊一・福島医科大学副学長は、甲状腺学会の会員宛に、問い合わせがあっても「追加検査は必要ない」旨を説明する趣旨の文書をだしている。多くの親たちが不安をかかえ、疑問を感じている状況である。

1.A2を異常なしとしてしまってよいのか。ある大きさ以下は問題がないとしてもよいのか

2.5.0ミリ以下の結節でもB判定とされた1名について、判断基準は何だったのか。

3.2年半後に再検査としているが、その間に経過観察は必要ないのか

4.診断画像や医師の所見が、受検者にも知らされないのは問題ではないか。積極的にセカンド・オピニオンを受けられる状況にすべきではないか

5.甲状腺機能を確認する血液検査は実施しなくてよいのか

6.B判定の子どもがうける二次検査はいつ何を行うのか

7.山下俊一氏によるセカンド・オピニオンを封じるような甲状腺学会員宛の文書に関しては、これをただちに撤回し、むしろセカンド・オピニオンを奨励すべきだと考えるが、ご見解はいかがか。

8.対照群(コントロール)をとるべきではないのか。

9.この検査結果に関して事故の影響の有無を検討しているか。

10.「9」を判断するにあたり、結果を地図に落とすマッピングであると考えられるが、そのような作業を行っているのか。その結果を開示させていたっだきたい。

11.子どもだけでなく、大人の検査も必要ではないか


 これらの質問に、政府側はまともな回答をしなかったようだ。

 成長段階にある子どもの放射能による被害の進行の速さは、すでに多くの日本人が知るところだろう。
 なぜに二年半も時間を空ける必要があるのか。コストセーブという言葉が思い浮かぶ。その政府の目論見を、山下俊一という人間をつかって操作しているのが、今の政府の実態なのではないか。そもそも山下俊一という男が、福島医大副学長に就任し、「県民健康管理調査」検討委員会の座長に未だに座り続けていることが、不思議なのである。
----------------2012年6月21日のブログ引用はここまで------------------------

 「健康管理調査委員会」検討委員会の座長は二年前に降りたが、この人が行ったことの弊害は小さくない。

 このブログを書いた当時は、民主党政権だった。
 安部自民党政権は、民主党政権から、自分たちに都合の良いことは継承し、都合の悪いことを捨てている。

 3.11から4年。
 
 状況は改善されているどころか、悪化の一途なのではないか・・・・・・。

 FtoEサイトから、今年一月に掲載された内容を引用したい。
FtoEサイトの該当ページ

原発事故に伴う健診対策  環境省専門委の「中間取りまとめ」 の13の問題
「甲状腺がんの深刻な実態、被ばく影響の研究踏まえ、施策の見直しを急げ」
2015年1月13日

昨年末、環境省の「原発事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」が「中間取りまとめ」を発表。 これにもとづき、環境省は健康管理に関する「当面の施策」をとりまと め、1月21日までパブリック・コメントにかけています。

FoE Japanが事務局をしている「放射線被ばくと健康管理のあり方に関する市民・専門家委員会」では、この環境省の中間取りまとめに対して、福島原発事故後 の子どもたちの深刻な甲状腺がんの実態を踏まえていないなど、13の問題点を指 摘するカウンターレポートを取りまとめ、環境省に提出しました。


 その13の質問を紹介。

1.「基本的な考え方」ではUNSCEAR2010年報告、ICRP2007年勧告の内容を意図的に曲解し、100mSv以下のリスク評価を行っている
2.現在、福島県県民健康調査において明らかになってきている事象、とりわけ甲状腺がんについての疫学的な分析や、個々の症例についての分析・考察が行われていない
3.福島県で行われている甲状腺検査について、「疫学追跡調査」へ見直すよう提言。個々人の健康管理が蔑ろにされた
4.「専門家会議」では、実態を検討せず、一般論に基づき「偽陽性」「過剰診断」の議論が繰り返された
5.放射線による健康影響について、甲状腺がん以外の癌や、非がん疾患について検討していない
6.福島県内外で被ばく量を比較することは非科学的である。県外の被ばく量は低いとして、県外における健診を切り捨てることは認められない
7.甲状腺の初期被ばく線量評価は、プルームや短半減期核種のデータが限られていることを前提とすべきである。「中間取りまとめ」では、 甲状腺スクリーニング1080人のデータが非常に不確かなのにもかかわらずそれを採用している。
8.国際機関の評価として、WHOとUNSCEARのみに依拠しているが、内容に関する検証を行っていないばかりか、原典に書いていないことが引用されていたり、恣意的に引用されたりしている。また、WHOとUNSCEARにおける警告的な部分を十分踏まえていない
9.福島原発事故における発がんリスクを「統計的な有意差を検出することは困難」とし、低線量被ばくにおける発がんリスクの有意性を示す多くの論文を無視している
10.会議に招聘した外部専門家の意見を検討していない
11.被害当事者の聞き取りをしておらず、そのニーズを踏まえていない
12.被爆者援護法による総合的な保健・医療・福祉政策を手本にすべきである
13. 中間取りまとめは、あくまで「中間」であり、最終報告書ではないにもかかわらず、なぜそれに基づいた施策(案)が出されるのか


 
 こういった質問などを、政府側はほとんど考慮しない。

 早く原発事故は「終わったこと」にしようとしている。

 まだまだ、大震災と原発事故の被害から、とても復興したとは思えない。
 現行政権による原発再稼働への前のめり状況を考えると、原発稼働に不利な情報は、大手メディアではほとんど隠されてしまうのではなかろうか。
 
 せめて、ネット上から、真実を捜し歩いて、拙ブログで紹介していくつもりである。
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辺野古での政府の暴挙を、引き続き。

 まず、琉球新報の社説からご紹介する。
琉球新報の該当社説

<社説>県の停止指示無視 法治国家なら作業を止めよ
2015年3月25日

 翁長雄志知事が沖縄防衛局に対して、普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設に関連する海域での作業停止を指示した。それにもかかわらず、防衛局は翌日、県の指示を無視して現場での作業を継続した。この国に民主主義は存在するのだろうか。
 菅義偉官房長官は県の停止指示について「この期に及んで」と前置きし「甚だ疑問だ」との見解を述べ、県の指示に従わない意向を示している。
 「この期に及んで」とは「何を今さら」という意味合いだ。つまり「辺野古移設は進んでいるのに、国の方針に何を今さら歯向かっているのか。つべこべ言わずに従えばいい」と言いたいのだろう。地方分権、地方自治を踏みにじる国のおごりが言葉ににじんでいる。
 政府は県の停止指示の翌日、作業継続と同時に県の指示は「無効」(菅氏)だとして、行政不服審査法に基づく審査請求と執行停止申し立てを農水省に出した。
 行政不服審査法の第1条には法の趣旨が記されている。行政庁の違法、不当な処分に対して「国民に対して広く行政庁に対する不服申し立てのみちを開く」「国民の権利利益の救済を図る」とある。
 強大な権限を行使して移設作業を強行している国が県の停止指示を阻止するために、国民の権利利益救済を主眼とした法律を使うのが果たして許されるのだろうか。制度として可能だとしても菅氏の言葉を借りれば「甚だ疑問だ」と言わざるを得ない。
 そもそも県が出した停止指示は県が防衛局に出した岩礁破砕許可に付した条件に基づいた正当な手続きだ。「公益上の事由により(知事が)指示する場合はその指示に従うこと」「付した条件に違反した場合は許可を取り消すことがある」と記されている。
 防衛局が臨時制限区域外に設置したコンクリートブロックがサンゴを押しつぶしていた。県は許可を得ずに岩礁破砕が行われた可能性が高いと判断し、停止指示を出している。
 菅氏や中谷元・防衛相が政府の作業継続の正当性を主張する時、知事承認を引き合いにことさら持ち出すのが「法治国家」という言葉だ。許可外での岩礁破砕は明らかだ。ならば防衛局こそ、許可条件に従って作業を停止することが「法治国家」の正しい姿ではないか。指示に従わず、審査請求などもっての外だ。


 第二次安倍内閣発足当初、安倍の暴走にブレーキ役になることをささやかながら期待した菅義偉官房長官は、もはや、安部晋三というお化けの言葉を伝える‘イタコ’になり下がった。

 この人には、愛想が尽きた。

 菅が、よって安倍が、「この期に及んで」という言葉は、前知事が就任期間満了ギリギリで下した工法変更承認を盾に取っているのだろう。
 復習のため、当時の朝日の記事を再確認。
朝日新聞の該当記事

沖縄・仲井真知事、辺野古の工法変更を承認 退任直前に
2014年12月5日19時32分

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡り、仲井真弘多知事は5日、工法の一部を変更したいとする沖縄防衛局からの申請を承認した。移設阻止を掲げる翁長雄志(たけし)・前那覇市長の知事就任を10日に控え、任期切れ目前の仲井真氏が昨年末の辺野古の埋め立て承認に続き、国に「お墨付き」を与えたことに、県内では反発の声が上がった。

 沖縄防衛局は9月、仮設道路の設置や護岸の追加など4項目の変更を県に申請。うち2項目について県は5日までに審査を終え、仲井真氏が承認した。仲井真氏は「標準的な処理期間を大幅超過しており、判断すべき時期と考えた」とするコメントを発表。しかし、移設反対派の市民団体は同日、県土木建築部長を訪ね、「(承認の公印の)押し逃げだ」と批判した。

 新たに知事に就く翁長氏は変更申請について、「私に判断をお任せ願いたい」と述べていた。移設工事を巡る国の変更申請は今後も繰り返し出される見通しで、知事就任後の翁長氏の対応が焦点となる。(山岸一生)


 自分が五日後には知事の職を辞する人物、言わば、相撲なら‘死に体’の状態で最後っ屁のように行ったことである。もちろん、背後に安部政権の力が働いたのは間違いない。
 第三者委員会が埋め立て承認の妥当性を検証しているが、その正当性は、甚だ疑わしい。

 菅の言葉を使うなら、あの埋め立て承認こそが、「この期に及んで」行われた「甚だ疑問」な行為である。

 しかし、あの承認がなされた際も、東京のメディアの批判は、そんなに強かったとは思われない。

 あえて、その中でもジャーナリズムの最後の姿を見せていたのはTBS「報道特集」だったように思う。

 沖縄タイムスは、その報道特集のキャスター金平茂紀による「新・ワジワジー通信」というコラムを掲載している。
 同コラムの最新記事をご紹介。(太字は管理人)
沖縄タイムスの「金平茂紀の新・ワジワジー通信」該当記事

 特にこの1、2カ月の間に沖縄の名護市辺野古周辺で起きていることは、率直に記せば、常軌を逸している。常軌を逸していることは、通常であればマスメディアにとってみれば、報道すべき基準の必要条件のひとつなのだが、現実はそうなっていない。常軌を逸しているにもかかわらず、メディアの多くが(それは地元の一部テレビ局をも含む)、それをなかったことのように振る舞っている(振る舞っていないか?)。その対応自体が常軌を逸しているという事態が生まれているのだ。

 辺野古に米軍の新基地を造ることに反対の声が多くあり、その反対運動の一翼を担っていた沖縄平和運動センター議長の山城博治さんが、2月22日に米軍キャンプ・シュワブのゲート前で、米軍警備員によって身柄を拘束され、その後、沖縄県警に身柄を引き渡され逮捕された。約32時間後に山城さんは釈放されたが、米軍直属の警備員による行動は、常軌を逸した形だった。山城さんは、抗議行動をしていたメンバーらにイエローラインの内側に入らないように自制を呼びかけていたところ、警備員がやってきていきなり山城さんを後ろから押し倒し、その後両足を持ち上げて体を引きずって(まるで重いごみ袋を引きずるようなモノ扱いにして)身柄を拘引(けんいん)し、続いて米海兵隊兵士が金属製の手錠を後ろ手にかけて、基地内敷地にしばらく放置した。

 本紙北部支社の浦崎直己記者がこの一部始終を目撃していた。彼は携行していたデジカメで何枚かのシーンを撮影した。奇異なことに、山城さんが拘束された瞬間、現場には、米軍当局、沖縄県警がビデオカメラ数台で(確認できるだけで4台いた)拘束の模様を撮影していた。撮影用のバーまで用意して高い視点からの俯瞰(ふかん)映像を撮る念の入れようで、まるでドキュメンタリー映画か何かを撮るような体制が組まれていた。テレビ局は1局もその場にいなかった。後日、米軍のカメラで撮られた映像が外部に流出した。いや、この表現は不正確なので言い直せば、(この原稿の校正段階で発覚した事実だが)米海兵隊政務外交部次長ロバート・エルドリッジ氏が利害関係を同じくする第三者に映像を提供し、それがネット上にアップされた。その動画は、念入りに編集されたもので、ある意図を感じさせる代物だ。エルドリッジ氏は流出の責任を問われ、事実上解任された。

 山城さん拘束という事態が生じた日、NHKは全国ニュースとしてこの出来事をまったく報じなかった。NHK沖縄は、ローカルニュースとしてこの出来事を報じたが、それは大規模な基地反対集会が開かれたというニュースの最後に、付け足しのように10秒ほどで伝えただけだった。「植民地の傀儡(かいらい)放送局のようだ」と僕の友人は言い捨てた。

 この出来事の前にとびきりの常軌を逸した出来事があった。件(くだん)のエルドリッジ氏が、日本の良識ある英字新聞のひとつジャパンタイムズが「ファーライト(極右)・チャンネル」と表現する某インターネットTVに出演し、辺野古の基地反対の声を「ヘイトスピーチ」と同一視する発言をした。その昔、エルドリッジ氏は、大阪大学で日米関係論を学ぶ学者の卵だった。当時の彼のことを「日本のことをよく理解してくれるアメリカ人が生まれた」などと褒めそやす学者もいた。日本語を流ちょうに話し、一見人当たりのソフトな物腰の故だったからか。「ファーライト・チャンネル」に出演したことで、「彼の化けの皮がはがれた」とは、沖縄在住の政治学者ダグラス・ラミス氏の言葉である。


 同じメディアの人間としての、金平のやりきれなさが滲む文章だ。

 安倍政権は、すでに自民党機関紙に成り下がった読売と産経以外のメディアを、恫喝している。
 反政府的なメディアには、過剰な攻撃を加えている。
 その攻撃を恐れて忖度し、政権に批判的な記事を掲載しないメディアばかりになっているのが、今日のテレビや新聞の状況だ。

 ここ数か月にわたって辺野古で行われている‘常軌を逸した’行為は、近い将来、歴史的な‘傷’、‘過ち’として振り返られるべきものだ。また、この時期の大手メディアの状態についても、‘過ち’として、のちに反省されるべきだろう。
 しかし、その過ちを正すのは、早い方が良いに決まっている。

 もちろん、一部のメディアは、頑張っている。日刊ゲンダイは特筆ものだ。
 今日の日刊ゲンダイの記事をご紹介。
日刊ゲンダイの該当記事

「辺野古」で突っ走る安倍政権 知事の指示も“抹殺”の異常事態
2015年3月25日

 沖縄・米軍普天間基地の辺野古移設をめぐるバトルが抜き差しならない状況になってきた。政府と対立する翁長雄志知事は23日の会見で、沖縄防衛局が辺野古沿岸部で進めるボーリング調査の7日以内の停止を指示。応じない場合、岩石採掘や土砂採取などの岩礁破砕に関する「許可取り消し」を警告した。

 沖縄県民の意向を無視して突っ走る安倍政権にとうとう県側が実力行使に出た格好だが、政府側は猛反発。沖縄防衛局は「昨年7月に県側と『ボーリング調査は許可行為でなく、事前協議で構わない』と決めた」(報道室)などとし、菅官房長官も「作業を中止すべき理由は認められない」と突っぱねた。翁長知事の警告を無視して、工事を続行する可能性が高い。

■法治国家が沖縄の民意を放置

 辺野古沖では連日、抗議住民が乗ったカヌー船と海上保安庁の監視ボートが衝突を繰り返し、ケガ人が続出。陸上でも住民と沖縄県警のにらみ合いが続いている。もはや現地は一触即発の鬼気迫る雰囲気で、成田空港工事をめぐる三里塚闘争を彷彿させる。「流血事件」も必至だが、ここまで問題がこじれたのはもちろん、政府のかたくなな姿勢が原因だろう。

「昨年12月の沖縄県知事選で『辺野古移設反対』の翁長知事が誕生し、衆院選でも移設容認の自民党議員が小選挙区ですべて落選した。民意はハッキリ示されたのに、安倍政権は翁長知事との面会すら断り、サンゴを破壊しながらボーリング調査を続けている。そもそも防衛局が主張する『協議』は昨年11月末日で期限が切れている。県の要望はまず、工事を中断して話を聞いて欲しいということ。そうでなければ県は現地調査すらできない。このまま、なし崩しに工事を続行させることだけはどうしても阻止したいのです」(沖縄県政関係者)

 沖縄国際大教授の前泊博盛氏がこう言う。

「今、辺野古で起きていることは政府による『イジメ』です。それに対抗するため、沖縄県はギリギリの抵抗をしている。おそらく、この先、国は法律をネジ曲げてでも強行しようとする。政府は『法治国家』というが、沖縄の民主主義を『放置』しているのです。それが果たして民主主義国家と言えるのでしょうか」

 沖縄だけでなく、国民全体の民主主義に対する意識が問われている。


 センセーショナルに煽る記事ではなく、ごく真っ当な内容だと思う。
 日刊ゲンダイに対して安部晋三は相当毛嫌いしているらしいが、脅しにも負けずに頑張って欲しい。

 しかし、影響力を考えると、問題は読売、産経以外の大手新聞の奮起が必要だ。

 朝日、毎日、東京などの‘共闘’の時期ではないか。

 「反戦・脱原発を目指す新聞連合」として、手を組んで、安部政権の恫喝に、点ではなく線、できれば面になって挑んで欲しい。

 連帯して、今の民主主義の危機、報道の自由の危機からジャーナリズムの復権を目指す心意気を見せて欲しい。

 「この期に及んで」「甚だ疑問」なのは、政府である、とメディアは一斉に声を上げるべきだ。
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翁長知事は仲井真前知事が出した埋め立て承認を検証する第三者委員会の結論が出るまで、作業の中止を要求した。それを無視した政権側の暴挙には、呆れるばかり。

 まず、東京新聞の24日の社説から引用する。
東京新聞の該当社説

 安倍内閣が名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部で進めている米軍基地新設に向けた作業は、あまりにも乱暴ではないのか。

 翁長氏はきのう、沖縄防衛局が海底掘削調査のために投入したコンクリート製ブロックがサンゴ礁を損傷した可能性が高いとして、県が海底調査を実施してあらためて指示するまでの間、すべての作業を一時停止するよう指示したことを明らかにした。

 指示に従わなければ、海底の岩石採掘と土砂採取など、岩礁破砕に関する許可を取り消すことも検討する、という。

 政府側は「現時点で作業を中止すべき理由は認められない」(菅義偉官房長官)として、指示に従わない方針のようだ。

 菅氏は常々「法令に基づいて粛々と対応する」と述べているが、県の指示も法律や県の規則にのっとった法的手続きだ。安倍内閣が日本は法治国家だと自負するのなら、まず県の指示に従い、作業を停止させるべきではないか。

  

 第二次安部政権で、安倍の暴走を止める役目を担う側近として一縷の望みをかけていたのが菅義偉官房長官だったが、もはや安倍の代理人になり下がった。

 琉球新報の電子版から、24日午前中の状況をご紹介。
琉球新報の該当記事

辺野古 掘削作業続く 知事の停止指示を無視
2015年3月24日

【辺野古問題取材班】米軍普天間飛行場の移設に向けたボーリング調査が進む名護市辺野古の海上で24日午前、2基のスパット台船に作業員の姿が確認された。調査が行われているとみられる。翁長雄志知事は23日、作業を30日までに停止するよう沖縄防衛局に指示しているが、それを無視した形で1日明けた24日も作業は継続されている。
 米軍キャンプ・シュワブのゲート前では市民らが「工事を止めろ」「強行許さんぞ」と抗議の声を上げた。ゲートを出た沖縄防衛局の車両を市民らが取り囲み、機動隊ともみ合いを繰り広げている。海上では市民のカヌー16艇や抗議船が抗議行動を展開している。
 沖縄平和運動センターの山城博治議長は「政府が30日以降も海上作業を続けるのなら、県警に沖縄防衛局の作業をやめさせてもらうよう、県に要望したい」と話した。
【琉球新報電子版】



 会見希望も無視、中止要請も無視。
 
 こんな政権に、「民主主義」を語って欲しくない。 

 もし、沖縄県警と沖縄防護局が、睨みあうことになったら・・・・・・。

 このまま政府が沖縄の人々の思いや、知事の要請を無視して、沖縄県民同士の争いが起こったら、それこそ悲劇である。

 沖縄の叫び、反戦の声、そして、国民の嘆きを聴く耳を持たない政府に、存在意義はないし、国を誤らせるだけである。
 
 軍国化と原発を推し進める政権の悪行を許すことはできない。
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「八紘一宇」という、できれば死語にして欲しい言葉を復活させようとしている三原じゅん子について、日刊ゲンダイの記事から引用。
日刊ゲンダイの該当記事

「八紘一宇」をブログで解説…三原議員に警戒強める国際社会
2015年3月18日

 こういうオソマツな議員ばかりだから、国際社会が安倍政権に警戒感を抱くのだ。参院予算委で、自民党女性局長の三原じゅん子議員(50)の口から出た「八紘一宇」発言。一昔前の国会なら大騒ぎだが、今は国会はもちろん、大新聞・テレビもなぜかスルーだ。

 三原議員は17日のブログでも〈八紘一宇というのは、「日本書紀」において、初代神武天皇が即位の折りに「掩八紘而爲宇」(あまのしたおおひていえとなさむ)とおっしゃったことに由来する言葉です〉と書いている。あくまで、日本が先の侵略戦争を正当化するために使ったスローガンと認めたくないのだろう。

 しかし、国際社会の見方は違う。日本と同様に戦争に突き進んだドイツが掲げた「ゲルマン民族の優越性」と並び、右傾化した国家主義を表す言葉だ。くしくも、7年ぶりに訪日したメルケル独首相が安倍政権の右傾化を牽制する発言をしていたが、三原議員の耳にはナ~ンも届いていなかったのだ。立正大教授の金子勝氏(憲法)もこう言う。

 「戦前の軍国主義を肯定する言葉を国会で、しかも女性議員が発したことに驚きます。国際社会から見れば、日本の政権は首相だけでなく、女性議員も好戦的なのか、と映るでしょう。ますます世界から孤立しますよ」

 歴史修正主義のタカ派政権だから、過去を顧みないのだろうが、「八紘一宇」は過去の国会でも度々、取り上げられ、問題視されてきた。例えば、82年3月の参院文教委員会では、社会党の本岡昭次議員が三原議員のような見解に対し真っ向から反論していた。

〈八紘一宇なんていうのはね、字引を見ても「太平洋戦争期におけるわが国の海外進出を正当化するために用いた標語」だ。(略)八紘一字というようなものがどんどん前へ出ていってそれが真の平和主義だと、(略)民主主義とか、自由主義とか言ったら八紘一宇精神によって断罪された時代があったんですよね〉

 タダでさえ「戦前回帰」の動きが目立つ安倍政権だ。下村文科相が「道徳の教科化」を声高に叫ぶ姿を見ていると、三原議員は次に「教育勅語の復活」を口にするんじゃないか。


 安倍政権の体質を見事に露呈する三原じゅん子の行動だ。

 実際に国会でどんなことを三原議員が言ったのか、J-CASTニュースからご紹介。
J-CASTニュースの該当記事


 三原氏は2015年3月16日の参院予算委員会で、アマゾンをはじめとする多国籍企業の課税回避の問題について質問する中で、

  「そもそも、この租税回避問題というのは、その背景にあるグローバル資本主義の光と影の、影の部分に、もう私たちは目を背け続けることはできないのではないか」

と問題提起。その後、「八紘一宇」という単語を持ち出した。

  「そこで、今日、皆様方にご紹介したいのが、日本が建国以来大切にしてきた価値観『八紘一宇』」

 「八紘一宇」とは、日本書紀の文言をもとに戦前の宗教家、田中智学が1913年に使い出した言葉だ。「八紘=8つの方角=全世界」「宇=家」を意味し、「全世界を一つの家にする」という意味だが、三原氏は「昭和13(1938)年に書かれた『建国』という書物」から引用しながら、こう説明した。

  「八紘一宇とは、世界が一家族のように睦(むつ)み合うこと。一宇、すなわち一家の秩序は一番強い家長が弱い家族を搾取するのではない。一番強い者が弱い者のために働いてやる制度が家である。これは国際秩序の根本原理をお示しになったものであろう。現在までの国際秩序は弱肉強食である。強い国が弱い国を搾取する。力によって無理を通す。強い国はびこって弱い民族を虐げている。世界中で一番強い国が、弱い国、弱い民族のために働いてやる制度が出来た時、初めて世界は平和になる」


 この人は、歴史を知っているように装っているが、まったく歴史を、生きた歴史を学んでいない。
 言葉そのものの意味が大事なのではなく、その言葉を利用して日本が何をしたかという歴史的事実が、問題なのである。

 少しでも調べれば、この言葉を安易に使うことの愚が分かるという意味で、あえて、Wikipediaから引用する。
Wikipedia「八紘一宇」

昭和32年(1957年)9月、文部大臣松永東は衆議院文教委員会で、「戦前は八紘一宇ということで、日本さえよければよい、よその国はどうなってもよい、よその国はつぶれた方がよいというくらいな考え方から出発しておったようであります。」と発言した。昭和58年(1983年)1月衆議院本会議では、総理大臣中曽根康弘も「戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持った、日本だけが例外の国になり得ると思った、それが失敗のもとであった。」と説明した。


 かつての松永東文部大臣の言葉に加え、自民党の大先輩、中曽根康弘だって、「失敗のもと」と振り返っている考え方である。
 どこが、「日本が建国以来大切にしてきた価値観」なのか・・・・・・。

 国家総動員体制をつくるため、そして侵略戦争を正当化するための言葉が「八紘一宇」であり、元の意味には、そんな要素は含まれていない。「欲しがりません、勝つまでは」と同様の国民を騙すための言葉でもあった。


 大手メディアはほとんど沈黙しているようだが、どんな感性をしているのか、今日のメディア人たちは。
 こういう言葉を正当化する風潮が是認されると、道徳教育を押し付けようということを含む安倍政権の悪行は、いっそうやりやすくなるわけで、少しでも懸念される事象には、時期を逸せずに反論すべきである。

 こんなとんでもない発言を見逃してはならないし、こんな議員を野放しにしてはいけない。
 言葉が独り歩きし、日本の軍国化、右傾化を周囲が警戒し、それは経済面でも影響を与えかねない。
 国民にとって、こんな迷惑なことはない。

 「発光ダイオード」は日本の科学技術力を象徴する言葉だが、「八紘一宇」は、日本の過ちを象徴する言葉だ。
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 いま起っている途方もない災厄について、何か分析したり、評言めいたことを書くことは私にはできない。だけど関東大震災について、東京大空襲について、書き遺されたリアルタイムの日録を読んで、あとでまとめた感想や記憶とは違うと納得することがある。新聞やテレビは大所高所から報道する。私は26年間、『谷根千』で小所低所から人々のかそけき声を聞き取ってきた。地域の日常を、被災地で見たものを聞いたことを書いておこうと決めた(3・21記)。



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森まゆみ著『震災日録-記憶を記録する』(岩波新書)

 紹介したのは、森まゆみさんの『震災日録-記憶を記録する』冒頭の文章である。

 この本は、いつか紹介しようと思いながら、ついそのままになっていた。
 四年目の3.11に、遅ればせながら、紹介したい。
 
 森まゆみさんは、1984年から2009年まで発行された地域雑誌『谷根千』の発行人であり、ノンフィクションライター、エッセイスト、そして市民運動家でもある、なんともバイタリティ溢れる方。
 私は、兄弟ブログ「噺の話」で、円朝ネタの記事で『円朝ざんまい』を何度も引用したことがある。

 その森さんの『震災日録』は、岩波新書で2013年2月に発行されたが、副題にあるように、ご自分の活動を通して、あの大震災の「記憶を記録」しようという、大変素晴らしい本だ。
 本書は、岩波の月刊『世界』2011年5月号に本書収録の「発災直後」を掲載し、その後、「谷根千ねっと」と「映像フドキュメント」の二つのホームページに「震災日録」と題して書かれたブログの内容が中心となっている。

目次をご紹介。
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 発災直後-2011年3月・九州放浪記

 映像ドキュメントの伝えた3.11
  -3月27日脱原発デモとおにぎりにぎり隊

2011年4月 マンガと絵本を届ける旅

2011年5月 いわきに炊き出しに行く

2011年6月 津波は東京駅の屋根まで

2011年7月 谷中コミュニティセンター防災建て替え計画

2011年8月 古い建物は古い友だち

2011年9~10月 食べ物の安全、なやむ農家

2011年11~12月 石巻復興牡蠣祭、志賀原発を訪ねて

2012年1~2月 北上のヨシ、雄勝のスレート

 あとがき
 
 略年表
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 「谷根千ねっと」は、雑誌『谷根千』刊行中に速報性が必要なイベントガイドもかねて始まったもの、「映像ドキュメント」2006年、「九条の会」の映像サポーターグループとして始まった、と本書で説明されている。


 まず、「発災直後」から、引用。森さんは3月12日から、シンポジウムのたま九州を訪れていた。

3/17 九州放浪記 東京の映像ドキュメントの荒川俊児さんと電話。『パシフィカ』の元編集長で、アジア太平洋の公害や環境問題について詳しい。チェルノブイリ事故の際の放射性物質はヨーロッパに及び、多くの人がガンになったと言われる。少なくとも800人、多くて800万人、でも因果関係は証明されていない。「これ以上ドカンといけば日本中影響がある。風向きにもよるけど、天気なら上空に立ち上がって拡散。雨が降るとそれが落ちたところがホットスポットになる。特に用がないなら九州にそのままいた方がいいよ」。


 ‘これ以上ドカン’の意味は、もちろん、爆発のことだが、その少し前の様子を、 「映像ドキュメントが伝えた3.11」から、引用する。

 3・15 「起きてみたら事態は大変なことになっていた。動いていなかった4号で爆発音がして火災。2号でも爆発音がして圧力抑制プールが破損、つまり格納容器が破損。3号周辺で40万マイクロシーベルト/時が出て、30キロ圏が屋内退避。東京、埼玉、神奈川、千葉で放射能が検出されていうという」(荒川俊児)
 3・24 「東北関東地方のすべての子どもたちを被曝させないように西日本に疎開させないといけない時が来ていたとしても、政府は対処しないし、マスコミは後手にまわるでしょう・・・・・・はっきり言えるのは「子どもはみんな‘死んじゃいけない人たち’」だということです」(喜多野由希)
 私は21日に帰京して以降、丸森の友だちに福島原発の現況、SPEEDI(スピーディ)の拡散予報などをメールで送った。情報がない、と友人たちが求めていたから。地震で携帯やパソコンが壊れてしまい、友人のアドレスを指定してくる人もいた。


 丸森は、森さんがかつて畑を持っていた宮城県最南端の町。  
 

3/27 東京で初の脱原発デモ
 九州から帰ってきて最初に行ったのが3月27日、日曜の東京での一般市民による初の脱原発デモである。私はデモの中に入って参加した人々の声を撮りながら聞くことにした。これは予想以上に難しかった。後ずさりしながら、歩く人にインタビューしながら映す。取り締まりの警官は「危ないことをしないでください」「歩道にあがってください」と規制し続ける。
 今まで反原発運動に携わってきた人々の発言も貴重であった。大熊町から避難してきた女性の証言も、地方議会から原発はいらないということを決議していきましょうという老夫人の発言もあった。「福島の汚染地域から子どもたちを避難させよ」と言った仲間の荒川俊児の発言も撮ることができた。
 この日撮ってきた映像にはさまざまな声が「映って」いた。桜井均さんに見せると「最初のデモにほとんどすべtの要素がある」と言う。参加者の一言一言が考えるよすがとなった。


 この後に、インタビューした人々の言葉が四頁にわたって並んでいる。
 この最初のデモの映像は、ぜひどこかで拝見したいと思う。

 引用を続ける。

3/30 結城さんの語る漁業の復興
 出版社勤務のTさんは、社内でもかりかりして仕事にならない人が多いという。「子どもがいたりして不安なのはわかるけど」。有休をとって遠くへ避難した社員のとあとを、時給1000円のアルバイトが埋めている。
 きのう中国の人が帰った話を書いた。そういうことを書くと、中国人への偏見を広めるかもしれない。ある研究者はうちの留学生は帰っていない、と書いている。でも働きにきた国が危なければ、故国に帰るのはあたりまえではないかと思う。テレビによると東京にいたフランス人、6000人中2500人しか残っていないとのこと。ピーター・バラカンさんは大危機における日本人の自制心と助け合いに敬意を表しつつも、「自分で判断すべき時には判断する」という民主主義と個人主義の力が弱いのではないか、と述べていた。そのとおり。
 友人の同僚の友人が亡くなった話を聞いた。岩手で里帰りお産をして、赤ちゃんとともに亡くなって発見された。「産まれて10日しか一緒にいられなかった」と聞くとこちらも心弱くなる。よく知っている宮城・福島に比べ、縁んも薄い岩手にはずっとリアリティがもてずにいる。取材に行った種市のホヤ漁師佐藤さん、どうしているかな。
 3・20 「私はいま安置所の当番があります(亘理と山元で見つかった方の安置所です)。子どもが四人、まだ引き取り手が見つからず・・・・・・すでに二週間たつのに。大人は三桁の方がまだ引き取り手見つかっていません。安置所にいると・・・・・・親族が見つかって泣く方 見つからなくて泣く方・・・・・・とても辛い空間です」宮城県・Yさんより)。
 被災企業の高校新卒内定取り消しなどのニュースにもぎくっとする。「十八の春は泣かせない」という別の会社はらわれないか。松井秀喜選手が5000万義捐金、これも普及効果あれがいい。日本財団は漁業者に最大一億円無利息で貸す。船舶振興会だからだろうが、よかった。

コミュニテイで支える漁業復興
 仙台の結城登美雄さんから二度目の電話があった。
 「神戸の震災を都市型だとすれば、今回は漁村型、海辺の町が襲われたと言っていい。阪神淡路は倒壊した建物と火災で亡くなったが、東北・関東大震災では死者・行方不明者の九割が津波でさらわれている。久慈のちかくの野田村では220艘の漁船のうち使えるのは三艘のみ。気仙沼では漁船から油が流れ出して、大火災になった。仙台の荒波はNHKのドキュメンタリー『イナサ』の舞台だったが、あそこに登場した漁師も含め七人亡くなった。日本の海岸線は3万5000キロ。5、6キロごとに漁村があり、12キロごとに漁港がある。その漁船の九割が被害にあった。電気はまだ来てないし、携帯の充電もできないので、集落は今なお孤立している。
 日本人は鮮魚を一年に小売値段で5万5000円分食べている。100人の都会生活者が6万円ずつだして一軒の漁業者を支える仕組みができないかな、そうすると年600万の収入で漁業を続けられるのではないか。農業ではCSA(コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー)を提案してきたけど、漁業においてもCSF(コミュニティ・サポーテッド・フィッシュリー)を考える。かつて唐桑で「お魚クラブ」を組織したでしょ。東京の小売までいくと魚もけっこう高くなる。多少送料はかかっても、安く新鮮な魚を直接届けるシステムが、たとえば唐桑と谷根千とかでできないだろうか」。

 ネットを使わない結城さんは自分の考えをブログで伝えてくえれば嬉しいといいことだった。夕方、読売新聞都内版で始まるはずだった私の連載は紙の供給が足りないため、スタート遅れるとの連絡あり。家計的にも痛い。


 結城登美雄さんは、民俗研究家で、『地元学からの出発』などの著作もある方。
 あれから四年、果たして震災で打撃を受けた地域に漁業はどれほど復興したのだろうか。それは、別途、調べてみたいと思う。
 引用を続ける。

4/3 ニュークリア・シネマ
 「谷根千・記憶の蔵」で、桜井均さんがNHK時代に制作に関わった『ゾーン-原爆から原発へ』(2004年)と荒川・吉川繁さんが制作した高木仁三郎さんナレーションの『ドキュメント・チェルノブイリ』(1984年)を上映した。事故直後、発電所の中に鉛の防護服を来たソ連の決死隊が入っていく。彼らの中からも撮影者からも死者が出た。3月27日の脱原発デモの映像も見せた。蔵は地域の人でいっぱいになった。
 私は平成19(2007)年に毎年100万人に五人しか発症しない原田病にかかり、病人継続中である。この何年かは自分の体をいたわる方に傾いていたが、「そんなこと言ってる場合じゃない」と再起動してしまった。精神医学の中井久夫先生が「加圧的躁状態」と名づけられたのに近いが、かえって体調もいい。このところ「まず原発をやめさせる方が先。そうしないと被災地支援も遅れる」と言う人も。しかし被災地に多くの友人がいると、そういう言葉に腹が立つ。
 角田の農家・面川義明さんの息子、常義さんより。
 「今感じているのは、メディアの情報にあまりにも偏りがあること。被災地でよく取り上げられているのは、気仙沼、石巻、陸前高田など、みな北部ばかりで、角田の隣町で同じく津波の被害が大きかった亘理、山元と言う南部の街の名前は一向に出てこない。・・・・・・トラクターで田おこしを行っていると、ラジオから亘理のいちご農家からのメッセージが読まれた。この津波で95%のいちご農家が被害にあい、亘理のいちごブランドが壊滅の危機に瀕しているという。農家自体の高齢化も相まって、今後の再建は難しいと話していた。でもその人のハウスは無事で、亘理のいちごを廃れさせないように、被災者に配ったり、出荷も再開している。同じ農業を志す者としてものすごい勇気をもらった」。
 東京電力は汚染水を流し、海を汚し続けていた。4月4日の「茨城県のコウナゴが1キログラム当り4000ベクレルを越える放射性ヨウ素検出」に絶句。それでも政府は「食べても直ちに健康に影響なし」。5日には「2号機の取水口の海水から国の基準の750万倍のヨウ素を検出」に慄然。こんどは「茨城のコウナゴからセシウムを検出。コウナゴ漁中止に」。原発は東京に住むわれわれの命にも関わることだから関心も高い。そして原発の厚い雲のかなたに被災者たちはいた。


 大震災、そして原発事故から一か月たたずに、紹介した映画会を開催していたのだ。

 さぁ、この後、森さんの行動に拍車がかかるのだが、その内容は、ぜひ本書でご確認いただきたい。

 最後にあとがきの後半を引用。

 原発なしで暮らす道筋を学びに2012年10月にはドイツに行き、いろんな人に教わった。
 「原発と電気だけでなく、エネルギー全体を考える」「巨大技術に頼らずにできることをする」「再生可能エネルギーで地域循環型経済を作る」といったいくつかの基本を学んだが、このほとんどは1993年の拙著『抱きしめる、東京』に書いている。基本を確認した、といった方がいいかもしれない。ヒーターよりセーター、クーラーより打ち水や団扇、朝顔やゴーヤ、車より自転車を用い、ビンボーでも友だちのいる楽しい暮らしをしよう、というのがわが地域雑誌『谷中・根津・千駄木』はずっと提案してきた。
 一方、東日本大震災は崩壊寸前だった東北の産業への大きな打撃になった。そうでなくともすでに漁業や農業は当事者の努力にもかかわらず厳しい情況に追い込まれていた。減反政策や圃場整備はじめ補助金漬けのなかで、自分の頭で考える努力が足りなくなってはいなかったろうか。中央で税金を吸い上げ、公共事業や補助金で過疎地にばらまく。そのかわりそこに廃棄物処理や原発、ダムを押しつけていく、というのは長年の棄民党政治が産んだものだ。これをどう脱するか。
 自然の中で子育てをし、つつましいながら充実した暮らしをおくれないか? 田舎でおいしいレストランでやレベルの高い芝居やコンサートを享受できないか? 長いものにはまかれろでない、自由に行動し発言できるコミュニティはできないか? CO2を削減し、原発を停止させることはできないか? 誰かにお金を吸い取られるのでなく、地域の中で循環型経済ができないか? そんな町や村をめざして、いくつかの過疎地に通っている。
 この本を犠牲者の三回忌の前に出すことになったのはすまないと思う。とはいえ、民俗学者の宮本常一も言うように「記録されないことは記憶されない」ともいえる。本書は私自身にとっても過去最大の厄災からの一年をふりかえる備忘録となるだろう。
 これからも来るなと言われない限り、第二のふるさと丸森や友人のいる石巻を行ったり来たりするだろう。そうした縁が震災前からできていたことに感謝するしかない。里で、浜で、風に吹かれて「もう一度、ここで」と海に向ってつぶやいてみる。

 
 この本が出て、すでに二年経過しているのに、問題は、本質的には何ら改善されていないのではなかろうか。
 安倍政権による原発再稼働への動きは、復興への前進ではなく、明らかに後退へのシナリオである。
 電源三法交付金という悪法がある限り、原発が立地する自治体では、交付金という麻薬から脱せないために、再稼働、原発の増設までを支持しかねない。
 長期的なエネルギー政策とビジョンを描き、法整備を根本から改善するような、大志を抱いた政治家も見当たらない。

 私自身あの頃のブログを振り返ってみたが、果たして、当時問題としてあげた諸々が四年たって改善されたのかと思うと、暗鬱になる。

 もちろん、あの当時は、自分自身のテンションの上がっているので、やや乱暴かと思うことも書いていた。
 しかし、政府や東電などの問題指摘そのものを間違っていたとは思わない。

 東電は、いまだに信頼に値しない企業であり、政府は、23万人の被災者のことより、憲法改悪による軍国化を優先しているように思えたならない。

 とにかく、四年たった、3.11に、森さんの本を、ようやく紹介できた。
 冒頭に紹介した文章を借りるなら、へたな表現や分析より、地道な記憶の記録が、時間を経れば経るほど、貴重なものになるのだと思う。

 関東大震災、そして太平洋戦争のことや、東京大空襲の記憶を記録することに、数多くの人生の先輩たちが努力してこられた。
 大震災や原発事故を経験した世代も、その歴史を決して風化させてはいけないだろう。
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フランスのテレビ局の‘リアリティ番組’制作中に起こったヘリコプター事故で、五輪メダリストを含む犠牲者が出たらしい。
 まず、時事ドットコムより。時事ドットコムの該当記事

五輪金メダリストら10人死亡=ヘリ2機衝突、TV撮影中−アルゼンチン

【サンパウロ時事】アルゼンチン北西部ラリオハ州で9日、ヘリコプター2機が空中で衝突し、墜落した。治安当局は、ヘリに乗っていた五輪金メダリストらフランス人8人とアルゼンチン人パイロット2人は全員死亡したと発表。詳しい原因を調べている。

 ナシオン紙(電子版)などによると、事故はスポーツ選手らが出演するフランスのテレビ番組の撮影中に起きた。犠牲者には2012年のロンドン五輪競泳女子400メートル自由形金メダリスト、カミユ・ムファさん(25)や08年の北京五輪ボクシング男子ライトウエルター級銅メダリスト、アレクシス・バスタンさん(28)が含まれている。
 墜落現場は山間部で、事故が起きた午後5時ごろの天気は良好だった。ヘリのうち1機は州政府の所有だった。(2015/03/10-13:01)



 ロイター日本語版からも引用。ロイターの該当記事(日本語)

アルゼンチンでヘリ2機衝突10人死亡、仏五輪金メダリストも犠牲
2015年 03月 10日 13:50 JST

[ブエノスアイレス/パリ 10日 ロイター] - アルゼンチン西部ラリオハ州で9日、ヘリコプター2機が衝突し、地元当局者によると10人が死亡した。フランスの大統領府は10日、死者のうち8人はフランス国籍で、五輪金メダリストのカミーユ・ムファさん(25)らが含まれると発表した。

大統領府は声明で、ムファさんのほか、ボクシング選手アレクシス・バスティーヌさん(28)、セーリングで知られるフローレンス・アルトーさん(57)らが搭乗していたと発表。衝突はテレビチャンネルTF1の番組撮影時に起きたという。

ムファさんは、2012年のロンドン五輪競泳女子400メートル自由形で金メダルを獲得。バスティーヌさんは08年の北京五輪で銅メダルを獲得した。

地元メディアなどによると、生存者はおらずアルゼンチン人操縦士2人も死亡。撮影していたのはリアリティー番組「Dropped」で、同番組に出演しているサッカーの元フランス代表シルバン・ビルトール氏は、「友人のことを思うと悲しい。震えている。恐ろしい話だ」とツイッターに投稿した。

ラリオハはアルゼンチン西部の山岳地帯。


 非常に痛ましい事故だ。亡くなった方のご冥福をお祈りしたい。

 リアリティ番組とは、台本や演出がなく、現実の予測できない状況下で制作される番組のことで、元祖はあの‘どっきりカメラ’と言って間違いなかろう。私は、度を越して人の心をもてあそぶ‘どっきり’が嫌いだった。
 リアリティ番組は、かつて素人の出演が主流だったが、昨今は俳優、タレント、スポーツ・アスリートなども出演し、なかでもサバイバル・ゲームなどが人気があるようだ。また、複数の人間を動物園の檻に入れるように一か所に閉じ込めて、それを覗き見るような番組もある。そういった番組が残念ながら視聴率を稼いでいるのは、世界的な風潮のようだ。

 たしかに、テレビ番組がマンネリ化する中で、視聴率を稼いだり、ペイテレビの収入を上げるために、ハプニング性が高いリアリティ番組、なかでも、さまざま危険と背中合わせのサバイバル・ゲームは、制作者としては飛びつきたくなる魅力があるのかもしれない。

 しかし、ぎりぎり‘危険と隣り合わせ’だが、周到に事故対策が準備され‘安全’が担保されていなければならないはずだ。
 サバイバル・ゲームでは、フランスや韓国で自殺者が出ているようだ。もちろん出演者への精神的なケアも必要だろう。しかし、抜本的な対策は、そういった番組を作らないことだ。

 今回のような事故を防げなかったことを、フランスのみならず、世界中のテレビ関係者が深く反省する機会とすべきだと思う。一線を越えている、と認識すべきだろう。
 
 歯止めがないと、人間の欲望は際限なくエスカレートし、より‘おもしろい’ものを求めるようになる。その、おもしろさが、つい、非人間的な残酷性を持つことになることに気がつかないのならば、それは、社会の病気と言ってよいだろう。
 どこかで、歯止めをしないといけないし、そうする理性を発揮することこそが、人間たる所以ではかなろうか。

 理性の歯止めを失ったリアリティ番組の行き着く先は、映画の『バトルランナー』(原題:ランニングマン)の世界ではないか、と私は思っている。

 スティーヴン・キングが別名リチャード・バックマンで書いた原作を元に、アーノルド・シュワルツェネッガーが主演した、1987年のアメリカ映画を覚えている方もいらっしゃるだろう。

 Movie.Walkerから同映画のあらすじを引用する。Movie.Walkerサイトの該当ページ

21世紀。TVによって国民をコントロールする全体主義国家アメリカで、ベン・リチャーズ(アーノルド・シュワルツェネッガー)は警察官としてまじめに勤めていたが、ある日上司の命令にそむいたため、大量殺人の汚名をきせられて投獄された。だが、強制労働の監獄で知り合ったラフリン(ヤフェット・コットー)、ウェイス(マーヴィン・J・マッキンタイア)らと脱獄、リチャーズは2人と別れ、弟の住むアパートヘ向かった。が、弟はおらず、かわりに住んでいたのは放送局に勤めるアンバー・メンデス(マリア・コンチータ・アロソン)だった。彼女はリチャーズがTVニュースで報道されている殺人犯と知り恐怖におののく。リチャーズは彼女を道連れに国外逃亡を計画した。そのころ、ロサンゼルスのICSネットワークでは、視聴率トップの殺人ゲーム・ショー「ランニングマン」の企画者でホストのデーモン・キリアン(リチャード・ドーソン)が、低迷の兆しの出てきた番組をテコ入れすべく“獲物”としてリチャーズに白羽の矢を立てた。一方、そのリチャーズは空港でアンバーが警察に助けを求めたため逮捕された。監獄に逆戻りかと思ったリチャーズは「ランニングマン」に出場するよう強制される。無事に生き残れれば釈放するというのだ。「ランニングマン」が華麗なダンサーたちの踊りで始まった。ホストのキリアンは冒頭にリチャーズがいかに残虐かをデッチ上げフィルムで紹介する。憎悪をむきだしにする観客。だが、彼と一緒に空港にいたアンバーは映しだされた映像がウソであることに気づき、TV局の資料室に忍び込んだ。一方、リチャーズは戦闘場である“ゾーン”へ放り込まれた。共に闘うのは一緒に脱獄したラフリンとウェイスだった。彼らも逮捕されていたのだ。“ゾーン”で彼らを待ち受けていたのはホッケーのスティックを殺人武器に変えたサブゼロ(トール・タナカ)。リチャーズは激しい闘いの末倒す。“ゾーン2”にはチェインソーを自在に操るバズソー(ガス・レスウィッシュ)が待っていた。しかも、資料室で見つかってしまったアンバーが放り込まれて来た。ラフリンがバズソーにやられ、怒ったリチャーズが逆襲。3人目は装甲バギーに乗るダイナモ(アーランド・ヴァン・リドス)。ダイナモが放つ電流によりウェイスが倒れた。そのダイナモを葬り去ったリチャーズに、観衆の中で拍手する者も現われた。苛立つキリアンが切り札として送り込んだのはナパーム放射器を装備したファイアーボール(ジム・ブラウン)。追いつめられたリチャーズが目にしたのは、このゲームで生き残り、リゾート地で悠々自適の生活をしているはずのかつての優勝者たちの死体だった。リチャーズはファイアーボールも倒した。意外な展開にあせったキリアンは、ビデオ合成でリチャーズがキャプテン・フリーダム(ジェシー・ヴェンチュラ)に倒されるシーンをデッチ上げ、観衆をなんとか誤魔化す。そのころ、レジスタンスに助けられたリチャーズとアンバーは武装してTV局を襲撃。同時に、通信衛星をジャックしてリチャーズが汚名を着せられていた真実の映像をアメリカ全土に流した。そして、リチャーズは怒りの銃弾をキリアンにぶち込むのだった。


 より‘おもしろいもの’を望む視聴者、より‘儲かるもの’を求める制作者側の、いわば社会病理的な際限のない欲望が、ついに殺し合いを番組化する恐ろしさに警鐘を与える作品だ。
 また、メディアの娯楽を為政者が操ることで、やらせ番組を見ている国民の知らないところで不正がどんどん進んでいるという、政府によるメディアの支配という問題にも目を向けた内容だった。

 映画としての出来は賛否あろうが、原作と映像が訴求する未来への警鐘は、私には強く印象づけられた。

 もっと最近の映画を例にするなら、『ハンガー・ゲーム』(2012年)がある。こちらも、あらすじをMovie.Walkerから引用。
Movie.Walkerサイトの該当ページ

巨大独裁国家パネム。最先端都市キャピトルと12の隷属地区で構成されるこの国では、国民を完全服従させるための見せしめ的イベントとして、毎年1回、ハンガー・ゲームが開催されていた。その内容は、パネムの全12地区それぞれの12~18歳の若者の中から、男女1人ずつの合計24人をプレイヤーとして選出し、最後の1人になるまで戦わせるサバイバル・コンテスト。一部始終が全国に生中継され、パネムの全国民に課せられた義務で、キャピトルの裕福なエリート層にとっては極上の娯楽コンテンツだった。第74回ハンガー・ゲームが開催されることとなり、プレイヤー抽選会が開催された第12地区。カットニス・エバディーン(ジェニファー・ローレンス)は、不運にもプレイヤーに選ばれた12歳の妹プリムローズ(ウィロー・シールズ)に代わってゲーム参加を自ら志願する。男子のプレイヤーに選ばれたのは、同級生ピータ・メラーク(ジョシュ・ハッチャーソン)だった。キャピトルに到着すると、専属スタイリストのシナ(レニー・クラヴィッツ)と対面。ゲームを有利に進めるには、見栄えを良くして積極的にアピールし、スポンサーを獲得する必要があるのだ。続いてカットニスたちは、教育係ヘイミッチ(ウディ・ハレルソン)の指導の下、厳しいトレーニングに打ち込む。そこでサバイバル術や武器の使い方を学びつつ、お互いの力量を探り合う24人。優勝候補は第2地区代表で冷酷非情なケイトー(アレクサンダー・ルドウィグ)。彼は、幼いころからハンガー・ゲームに勝つための特殊訓練を受けてきたプロフェッショナルだった。いよいよ訪れる開戦の日。24人は、カウントダウン終了と同時に、鬱蒼とした森に囲まれた草原のスタート地点から全力で駆け出す。家族のため、自分の未来を切り開くため、狩りで鍛えた弓矢の腕前を生かして戦うカットニスは、やがて想像を絶するクライマックスに身を投じてゆく……。

 

 スーザン・コリンズの原作はスティーヴン・キングも評価し、ベストセラーとなった。
 また、この翌年には「ハンガー・ゲーム2」が映画化された。

 原作者のスーザン・コリンズは、テレビのチャンネルを切り替えているときに『ハンガー・ゲーム』のアイディアを思いついたと言う。一方のチャンネルではリアリティ番組で競争する人々がいて、もう一方のチャンネルではイラク戦争の模様が映されていた。その二つの世界の境界が曖昧になっていくのを感じたことが、発想の元だったと言う。

 コリンズの執筆の動機が物語るように、テレビのサバイバル・ゲームは、人間同士の殺人ゲームを描く映画の世界のすぐ近くまで来てしまったように思う。

 私も、湾岸戦争の様子を映すテレビ画面に、SF映画を見ているような錯覚をしたことを思い出す。
 人は、それが、画面の中で繰り広げられるから自分は安全、と思っている。
 しかし、今の日本は、見ているミサイルの行先が自分の家かもしれない、という発想を、そろそろしなくてはならない危険な状況にあるのではないか。

 東京大空襲から70年目の今日、海外での残念な事故のニュースを見て、こんなことを考えていた。
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週刊新潮が、実名を掲載したらしい。

 弁護士会が、少年法に照らして、加害者少年の立ち直りへの影響などから抗議しているようだ。

 かたや、国会では18歳からの選挙権が成立し、16年参院選から実施される見込みらしい。
47NEWSの該当記事

 もちろん、今は、いくつから大人と認めるのか、過渡的な時期にあたるのだろう。

 私がこの事件で、ここ数日の報道で気になるのは、もう、被害者の写真を掲載する必要がないのではないか、ということ。

 被害者の名前だってもはや明かさなくてもよいだろうし、彼の写真は論外ではないのか。

 あの笑顔を見て、被害者のご家族、かつて暮らした隠岐の島の友人たちに訪れる悲しみがいかばかりかと思う。

 報道の速報性、という面では、被疑者の供述内容が目下の関心事だろうし、詳細な後追い記事としても、被害者の情報は必要ないと思う。

 少年の人権ばかりが語られるが、被害者の周囲の人々への‘気配り’については、ほとんど語られていない。

 いや、被害者の実名や写真を公開することだって、人権に反する行為ではないのか。

 もちろん、世の中、‘法’がすべてを支配しているわけではない。
 また、法律からの抜け道がたくさんあるのは、企業献金問題でも明らか。

 テレビや週刊誌の電車の中吊りを見ることで、心がどんどん暗くなる人がいるだろうという想像力を失ってはいけないと思う。

 そして、教育評論家を称する者が、ブログなどで発する加害者側に対してのヒステリー気味の発言などは、まったく問題の本質を分からない、から騒ぎでしかない。

 すでに書いたが、彼らが固有の‘テリトリー’にこ籠らざるを得なかった社会病理をこそ考えるべきであり、事件が起こってからの個々の振る舞いについてあげつらうことは、何ら未来に展望を見出すことにつながらない。

 まずは、相手を思いやる気持ち、ちょっとした表情や言葉から、その心のあり様を読み取れる優しさなどについて、もっと語られてよいように思う。

 時間の経過によって、一気にメディアに溢れた名前や写真は、また一気に消え去るだろう。

 その時に残るべきものは、相互扶助や思いやりなど、3.11以降には一度熱く語られた普遍的な課題であって欲しい。

 日本人が尊敬されてきた美徳について、また語られることが、残念な事件の再現を防ぐことにつながるのではないか。
 もちろん、それは、政府から押し付けられた道徳教育などでは養うことはできない。


 3.11が、また訪れる。あれから四年・・・・・・。

 その日を機に、あらためて、普段の生活の中で、お互いが助け合う、思いやることの重要性が語られることを祈りたい。
 本来、そういった心の交流は、日本人が誇れる美徳であったはずなのだがなぁ。
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落語仲間の佐平次さんの弟さんである、弁護士の鈴木篤へのインタビュー記事が、朝日新聞の東京版に掲載されていたので、ご紹介。
 佐平次さんのブログ「梟通信~ホンの戯言」で知ったのだが、佐平次さんの記事では、他の書籍の内容が中心で、同記事の内容はほんの一部しか引用されていないので、私が代わって(^^)ご紹介したい。「梟通信~ホンの戯言」の該当記事

朝日新聞の該当記事

東京)憲法「自ら」語る本 葛飾の弁護士が出版
編集委員・林美子
2015年3月3日03時00分

 憲法が1人語りする本「わたくしは日本国憲法です。」(朗文堂)に、静かな注目が集まっている。作者は、子どもの安全や労働問題などに取り組んできた弁護士の鈴木篤さん(69)。憲法の精神をどのように生かすかを説いている。

 「あなたがた日本国民が、平和のうちに幸せな生活を送れるように、あなたがたを守るために生まれてきました」。憲法は「わたくし」と一人称で語りかける。

 「多数決は民主主義の原則」という考え方は間違いだと語る。多数決は使い方を誤ると個人の尊厳を奪い、民主主義を骨抜きにしかねないと訴える。一方で、民主主義をうたう市民団体なども、根回しをして少数意見を封じがちだとも釘を刺す。

 冒頭、「最近わたくしを葬りさろうとする動きが急になっている」の一文で始まる。鈴木さんは、急速に進む憲法改正の動きに危機感を抱き、執筆を思い立った。昨年8月に1500部出版すると、インターネットなどを通じて評判が広まった。鈴木さんが勤める江戸川法律事務所(葛飾区)への注文だけで1千部を超え、10月には1千部を増刷した。

 鈴木さんは山梨県石和町(現・笛吹市)で生まれた。幼いころに父を亡くし、生活に苦労する母を見て育った。近所の人にも助けられ、「こういう人たちを裏切らない生き方をしたい」と思うようになる。

 1970年に弁護士になると、ふたのないどぶ川に子どもが落ちて亡くなる事故が相次いだ問題を追及したり、出稼ぎ労働者の労災訴訟や薬害訴訟の弁護団に参加したりした。多発性骨髄腫を患った原発作業員が、東京電力を相手取った損害賠償請求訴訟でも弁護を務めたが、2010年に最高裁で敗訴が確定した。

 地元の人たちとつくる「江戸川憲法を読む会」の代表を務め、06年から毎月、憲法の学習会を続けてきた。鈴木さんは「何度も憲法を読み直し、深い意味に気づいていった。読んだ人には本の内容を広げ、憲法の思想を自分のものにしていってほしい」と話す。(編集委員・林美子)


 鈴木篤さんの言葉からは、やはりご兄弟、お兄さんのお人柄と重なる部分が多いように感じる。

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鈴木篤著『わたくしは日本国憲法です。』(朗文堂)
鈴木篤著『わたくしは日本国憲法です。』(アマゾン)

 この本「わたくしは日本国憲法です。」は、ほんとに良い本である。だから、版を重ねることができた時は、実に嬉しかった。朗文堂さんにお祝いのメールを出したことを思い出す。

 しかし、まだまだ売れて欲しい本だ。

 著者の‘読んだ人には本の内容を広げ、憲法の思想を自分のものにしていってほしい’という思いは、実に深いものがある。与えられたものでもなければ、他人事でもないのが、憲法だと思う。

 我々の生活に密着している。逆に、改悪することで、どんどん普通に生活をすることが出来にくくなる。

 私は佐平次さんからこの本のことをお聞きし、発行元の朗文堂さんに行って片塩社長にもお会いでき、直接買い求めることができた。

 読後に拙ブログと兄弟ブログ「噺の話」の両方で四回に分けて掲載した。

 ご興味のある方は、ぜひお読みのほどを。
2014年8月25日のブログ
2014年8月26日のブログ
2014年8月27日のブログ
2014年8月28日のブログ

 本書から、憲法批判の理屈としてよく言われる「押しつけ論」について、‘憲法さん’がどう考えているか、紹介しよう。

 「押しつけられた憲法だから、そんな憲法は無くしてしまえ」
 という改憲派の考え方に対置すべき考え方は、
 「いや、決して押しつけ憲法ではない」
 ということではなく、
 「確かに押しつけという側面があったことは事実だ。だからといって、そのことはこの憲法のなかみが持っている価値とは別の問題だ。この憲法の中身は決して否定されるようなものではない。むしろ問題は、押しつけであったがために、憲法の持っている本当の価値が、その後のこの国の生活や政治の中で十分理解されず、活かされてこなかったことにこそあるのだ」
 ということにあるはずだ。


 まさに、その通り。問題は、中身である。
 この本を読めば、憲法を大事にすることこそ、国民の生活を守ることにつながる、ということが、しみじみ分かる。

 この本は、一家に一冊あって然るべきだと思う。読みやすいし、もちろん、ためになる。
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川崎での中学一年生殺害事件は、加害者と思われる十八歳の少年が自白を始めたらしい。

 とにかく、この事件に関しては、なぜあの子の命を救うことができなかったのか、という虚しさが募るばかりだ。

 事後に第三者による勝手な言い分であることは十分に承知して、どうしても消せない「なぜ?」を記したい。


 なぜ、被害者の親は、顔にアザができるほどの暴力を受けたのに、
 警察に届けなかったのか?


    本人は「なんでもない」と言うかもしれないが、親は子どもを守るための
                               行動をすべきではなかったのか・・・・・・。

 なぜ、被害者への暴力を告げられた人たちが加害者宅へ訪れて警察沙汰に
 なったのに、神奈川県警は、その後の事件を未然に防げなかったのか?


    加害者宅を訪れた人たちは、被害者への暴力沙汰を伝えたはず。
    いくら被害者本人が「仲直りした」と電話で応えたとしても、その言葉の信憑性を
    疑がい、報復措置を予見できなかったのだろうか・・・・・・。

 なぜ、担任は、本人に会うことができなかったのか?

    あえて書くが、真剣に会おうと思えば、
    彼と会って話すことはできたはずではないか・・・・・・。

 なぜ、学校側と市教委は、スクールソーシャルワーカーの派遣を
 行わなかったのか?


    全国で最初に「子どもの権利に関する条例」を制定した川崎市にしては、対策が後手だったのでは・・・・・・。
    川崎市のサイトの該当条例ページ

 これらのすべてが後の祭り、なのだが、今後同じような事件を防ぐために、ぜひ振り返って欲しい「なぜ」だと思う。

 また、これらは、事件の直前における事象である。本質的に問題を解決しようとするなら、時間軸ではもっと長く、空間的にも広い範囲を対象にしなければならないだろう。

 ずいぶん前のことだが、兄弟ブログの「噺の話」で、二日に渡って中島梓著『コミュニケーション不全症候群』に関した記事を書いたことがある。
2011年3月5日のブログ
2011年3月6日のブログ

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中島梓『コミュニケーション不全症候群』

 その記事の中で、同書を読んで、著者の主張を私なりにまとめてみたのが、次の内容。
 
(1)現代社会は、自分自身が安心していられる“テリトリー”が、常に侵害される恐れがある
(2)そのテリトリー外の人とのコミュニケーションが、なかなか上手く行えない傾向にある
(3)いわば「コミュニケーション不全症候群」と言うべき病は、必ずしも“ヘンな人”や
   “異常な人“といった特定個人の問題ではなく、現代人がすべからく侵されかねない
   社会病理である
(4)そういった環境に過剰適合したものとして、「おタク」や「ダイエット」、そして行き
   過ぎたダイエットによる摂食障害などの問題がある。
(5)しかし、こういった社会病理に起因する問題は、特定個人が何か問題を起こしたり、
   ニュースになるような事態になって初めて、あくまで“個人”の問題として警察が扱い
   マスコミも取り上げるが、本質的な社会病理のことは滅多に話題にならない
(6)重要なのは、その特定個人による“事件”の背景にある社会病理の実態を知ることと、
   それをどう解決するかという議論なのである


 こんなことを書くと、今回の事件は「おタク」「や「摂食障害」の問題とは違う、と批判を受けるかもしれない。

 しかし、‘テリトリー’ということを考えると、やはり、共通する社会問題が背景にあるような気がしてならない。
 また、加害者と被害者の共通の趣味としてアニメがあった、という夕刊紙の情報もある。

 もちろん、加害者が悪い、ということは動かしがたいことだ。

 しかし、加害者、そして被害者が、なぜ、一時的にせよ、彼らが‘テリトリー’を同じくしたのか。
 また、片方はそのテリトリーを離れようとし、一方がそれを阻止しようとして対峙することになったのか。

 そもそも、加害者が、学校へ行かず、自分のテリトリーを組織するに至った背景は何なのか。
 そして、被害者が、そのテリトリーに、当初は自分の居場所を見出した背景は何だったのか。

 なぜ、二人は、もっと安全なテリトリーに居場所を見つけることができなかったのか。

 二人とも、幼い頃を知ると思しき人からのコメントは、決して悪い子ではなく、せいぜい普通の子ども、という印象だ。

 なぜ、‘普通’でいることができなかったのか・・・・・・。

 単純に、加害者が悪い、その親や家庭が悪い、では済ますことのできない社会的な背景も見据えない限り、同じような事件が起こり、また、なんとも言えない虚しさをおぼえるだけなのではないか。
 だから、ネットで加害者と想定される本人や、家族のことを暴露している人たちは、決して問題の解決や、同じような事件が起こることを防ぐことに益してはいない。ネット犯罪すれすれの行為であり、問題の本質を見えなくしているだけである。

 ネットでの加害者側情報のリークは、少年法に付随して、加害者のプライバシーが被害者に比べて守られ過ぎているから、という理由で弁護されるものではない。
 私は、加害者と思しき人も、メディアで公開されている被害者も含め、固有名詞は書かない。
 
 この事件の背景を考えるにおいて、経済的な問題も避けては通れない。
 もちろん、世の中きれいごとばかりでは、済まない。
 食べていくだけで精一杯、という家庭もある。

 では、いわば経済的に厳しい生活をしている人や家族に対して、国はどんな姿勢をとっているのか。
 それを考えると悲観的にならざるを得ない。
 安倍政権は「市場原理主義」「新自由主義」「競争第一主義」を元に、経済的な弱者を増やす方向に拍車をかけているとしか思えない。
 それでは、いっこうに、今回の問題を解決する方向に社会を向けさせることにはならないだろう。

 川崎市の「子どもに関する権利条例」から引用する。

(安心して生きる権利)
第10条 子どもは,安心して生きることができる。そのためには,主として次に掲げる権利が保障されなければならない。
 (1)命が守られ,尊重されること。
 (2)愛情と理解をもって育はぐくまれること。
 (3)あらゆる形態の差別を受けないこと。
 (4)あらゆる形の暴力を受けず,又は放置されないこと。
 (5)健康に配慮がなされ,適切な医療が提供され,及び成長にふさわしい生活ができること。
 (6)平和と安全な環境の下で生活ができること。


 
 川崎市の条例の内容は、もっともであるし、全国に先駆けて制定したことを含め、素晴らしいとも思う。
 問題は、これらの条文の実現のために、何が為され、何が為されなかったのか、ということ。

 これは、川崎市という一つの地方自治体のみの問題でないことは、明白。

 ネット社会は、便利な面も多いが、弊害もある。
 あえて言えば、ネット社会ならではの‘コミュニケーションの不全’が、今回の事件においても大きな原因の一つだと思う。
 LINE、ゲームなどが、今回の事件に関して語られる小道具だが、そういった道具が、顔と顔を合わせなければならなかったコミュニケーションを変貌させてきた。そこには、メリットもデメリットも存在する。
 
 そして、ネット時代ならではの‘テリトリー’が構築される。

 若者と、彼らのテリトリーとの関係を踏まえ、‘犯罪’が起こる前に、背景にある問題をどう解決していくか、それが、今の日本人一人一人へ提起された課題のような気がする。

 ‘普通の生活’を阻むものは何なのか、それを問いかけ続けるしか、解決の道を歩むことはできないように思う。

 非常に難しい問題だが、明らかなことは、競争を第一として、勝ち残った者が生き残ればいい、などという発想からは、到底解決への糸口は見つからない課題であるということだ。
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