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 安倍首相が、訪米している。
 日本時間の今夜、オバマ大統領との首脳会談があるが、「内田樹の研究室」で、訪米前4月20日付けのNew York Timesの社説を翻訳してくれたので、紹介したい。前段は下記でご確認いただくとして、記事部分のみ引用。(太字は管理人)
「内田樹の研究室」の該当記事

日本の安倍晋三首相の来週の訪米はいくつかのレベルで重要である。彼は上下院で演説する最初の日本の首相となる。
彼とオバマ大統領は共同防衛行動の促進という最重要課題について進展があったことをアナウンスするとみられている。可能であれば、第二の論点、貿易問題についても言及するかもしれないし、おそらく第三の難題であるアジアにおける中国の影響力増大についても議論すると予測されている。
どういう文脈での訪米であるかも重要である。
今年は日本が第二次世界大戦に負けて70年目に当たる。ある意味で、この訪米は戦後日本のめざましい再生と、アジアにおける安定の基盤となったかつての敵国との堅固な同盟関係を奉祝することを意図している。
しかし、訪米の成否は日本の戦時の歴史について、すなわち戦争遂行の意志決定、中国朝鮮半島の暴力的な支配、さまざまな暴虐、何千人もの女性を奴隷化し性奴隷あるいは「慰安婦」として戦時売春宿で強制労働させていた事実などに安倍氏がどの程度誠実に直面するかにかかっている
これらの問題はとうに決着を見ているはずであった。歴史問題が決着を見ていないのは主として安倍氏と彼の右翼の政治的同盟者たちが歴史に疑念を呈すばかりか、それを書き換えようと企て、アジア地域の緊張を高めているという失策がもたらしたものである。
安倍氏はこれらの論点について降伏の日である8月15日に多くのことを語るであろう。しかし、彼の議会での発言は重要なシグナルを発信することになる。
安倍氏のナショナリスト的見解と競合する政治勢力からのプレッシャーはこれらのデリケートな問題についての彼の判断に影響を及ぼしてきた。彼は公的には戦争について遺憾の意を表し、性奴隷制を含む侵略の過去についての謝罪を履行すると述べている。しかし、コメントに曖昧な形容詞を付け加えることで、彼は謝罪を真剣に引き受ける気がなく、むしろそれを洗い流そうとしているのではないかという疑惑をかきたてている。
彼の政府は歴史を改竄しようとする企てによってこれまでも繰り返し問題を起こしてきた。今月、韓国と中国は、日本の文科省が中学の教科書出版社に対して、領土係争中の島々と戦争犯罪を含む歴史的事実の記述を、より曖昧な政府の公式見解に合致させるよう書き換えを命じたことを批判した。去年は、安倍政府は日本が性奴隷化した女性たちについての1996年の人権レポートの書き換えを国連に求めて失敗している。 日本の右派は彼らの国が戦後アメリカとその同盟国によって不当に中傷されてきたと信じている。日本はすでにその軍国主義的行動と蛮行について十分な償いを済ませていると信じているという印象を安倍氏は与えてきた。そんなことよりもアジアにおけるアメリカの対中国政策を支援し、グローバルな責任を果すことのできる21世紀のリーダーとして彼の国を基礎づけることを優先させようとしている。
しかし、日本がその過去についての批判を退けようとする限り、今以上の大きな役割を引き受けることができるようには思われない。明仁天皇と彼の家族たちは首相よりずっとよい範例を示している。最近の談話の中で、あきらかに安倍氏を批判する意図で、皇太子は未来の世代に「正しく歴史を伝える」ことの必要性について言及した。 安倍氏とオバマ氏が拡大された日米の防衛協力の新ガイドラインについて最終合意に達し、TPPについての実質的な進展があれば、ワシントンでの日米会談は実りあるものになる可能性がある。成否はひとえに安倍氏が彼の右翼的支持者たちを振り切って、アジアの安定を脅かすのではなく、アジアの安定を強化できるようなトーンで語ることができるかにかかっている。

 内田樹は、記事を紹介する前段(マクラ?)で、日本ではスルーされる‘曖昧な形容詞’‘わかりにくい表現’に関するNew Yourk Timesの指摘のことに触れている。
 要するに、彼の日本語を英語に翻訳すると、何を言いたいかが伝わらない、あるいは、わざとわかりりにくい表現としていることが伝わる、ということだろう。

 皇室の方が、明確に‘よい範例’を示している、という指摘は、まったく同感だ。
 天皇皇后両陛下の言葉や行動、そして上記記事でも紹介されている皇太子の言葉の方が、形容詞で固めたヘンテコリンの安倍言葉より、ずっとわかり易いし、明確なメッセージを伝えている。


 ‘アジアの安定を強化できるようなトーン‘’で彼は語ることができるか、アメリカのメディアも注目している。もちろん、私も注目はしているが、あまり期待はしていない。せいぜい、オバマへのおべんちゃらと、日米協調のことが中心になるのだろう。
 
 それにしても、官邸に向かったドローンさえも防げないで、原発にテロ攻撃があったら、いったいどうなるのか・・・・・・。
 ‘積極的’に‘平和’を志向するなら、そういったリスクへの備えもしっかりして欲しいものだ。

 

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 FC2から引っ越しのきっかけとなった事件の記事を、毎日から引用したい。毎日新聞の該当記事

公然わいせつ容疑:FC2実質運営のネット関連社長逮捕

毎日新聞 2015年04月23日 10時59分(最終更新 04月23日 14時12分) 

 大手動画配信サイト「FC2」で投稿者がわいせつ動画を生中継した事件で、京都や三重、島根、山口、高知の5府県警による合同捜査本部は23日、FC2を事実上運営していた「ホームページシステム」(大阪市北区)の社長、足立真容疑者(39)=同市天王寺区清水谷町=と、FC2創業者の実弟で同社元社長、高橋人文(ともん)容疑者(38)=同市福島区福島1=を公然わいせつ容疑で逮捕した。2人は「この事実は間違っている」などと容疑を否認しているという。

 FC2を運営する法人は米国にある。海外に拠点を置く動画投稿サイトを運営する側の検挙は、全国で初めて。今後、わいせつ電磁的記録記録媒体陳列容疑での立件も視野に調べる。

 逮捕容疑は昨年6月、大阪市北区豊崎の自称ライブチャット配信業の男(31)=執行猶予付き有罪判決が確定=らと共謀。性行為の様子を映した違法なわいせつ動画を無修正のまま送信し、不特定多数が閲覧できる状態にしたとしている。 

 FC2は若者を中心に利用者が多い。今回のようなわいせつ動画は、有料会員向けの「FC2ライブ」と呼ばれるサイトで生中継され、動画の投稿者にも報酬が入る仕組み。 京都府警は実質的にサイトを運営していたホームページシステムが違法動画と認識していたとみて、昨年9月に公然わいせつほう助などの容疑で、大阪市北区中之島の同社を家宅捜索し、関連を捜査していた。 捜査本部は、動画の投稿を仲介する業者の存在も確認しており、業者と運営側の関係についても慎重に調べている。

 この記事でFC2については、次のように紹介されている。

◇FC2 インターネット上で動画配信やブログ、ネットショッピング、ゲームなど40以上のサービスを提供するサイト。運営会社は1999年7月に設立され、米ネバダ州ラスベガスにある。市場調査会社コムスコアによると、今年3月の国内のパソコンでの視聴者数は約1809万人で、動画サイトでグーグルやヤフーなどに次いで4位
 昨年から、FC2ライブについては、何かと問題が指摘されてきた。そして、この逮捕である。

 ブログを始めて八年目になる。
 最初はどこのサービスを使うか深く考えず、たまたま試してみたサービスがFC2だった。

 自分でもできそうだと思い、とりあえず始めることにした。
 それが今まで続くとは、自分自身が驚くばかりだ。

 Amazonのブックレビューや拙ブログのコメントなどでも、自ら経験したことだが、ネットの匿名性には功罪両面がある。
 自分も利用しているわけだが匿名だからブログができる、というメリットがある。しかし、匿名だからこそ陥る罪もあるわけで、今回の事件なども、そうした罪の一つだと思う。

 FC2ライブが行ったことは、まず品性がない。もちろん、犯罪である。
 別に聖人君子ぶるつもりはない。私もエロチックなブログや画像を一切見ない、とは言わない。男の“性(さが)”である。セクシーな女性、美しい裸体への興味がないことはない^^
 しかし、FC2ライブは登録もしていないから見たこともない。

 FC2は、今回逮捕された一人を含む兄弟が実質的な責任者であることを知ることになり、その会社のサービスを利用することに、自分自身がなんとも落ち着かない思いがあった。

 「ライブと、ブログは、別なサービスだから、ブログを続けることに問題はないだろう」
 という思いもあった。
 しかし、「どちらのサービスを提供しているのもFC2という会社である。経営者に近い関係者が、報道されているような事件を犯したのであれば、信頼される会社とはいえないだろう」
 という思いが強くなった。
 もちろん、FC2という会社の存続についても、不安を感じた。
 近い将来、慌てて引越しするよりも、思い立った今、引っ越そう、と決めた次第。

 引越し先は、いくつか検討したが、どこでも引越しできるだわけではなかった。
 例えば、FC2からの引越し自体ができないブログがあったし、データ要領が大きすぎて移管できないブログもあった。変換はできたが、改行などのレイアウトが保たれず、大幅な修正を必要とするブログもあった。テキストの移管は可能だが、画像が移管できない、とかコメントが引っ越せない、などのブログもあった。

 結果として、エキサイトさんにしたのは、ほぼ以前のレイアウトをそのまま生かして移管可能であったこと、そして、数多くいただいたコメントも移管できたことが、大きな理由。
 加えて、落語愛好家仲間で我らが先輩、佐平次さんもエキサイトを利用していることが、もうひとつの理由である。

 まだ、エキサイトに慣れるのに、結構苦労している^^
 
 FC2にあった「拍手」がないので、しばらく状況を見るつもりで記事に「いいね」ボタンをつけておこうと思う。
 

  こちらの記事の掃除をする必要があるが、できるだけ速やかに、そう、今日中にもFC2を退会したいと思っている。

 今回他のブログを試して、あらためて判明したことだが、FC2は機能的には使いやすいブログサービスだっただけに、実に残念だ。しかし、便利だからといって、経営者の了見があれでは、いけない。

 さて、まだまだエキサイトブログのお勉強しなくちゃ!

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「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とでもいうようなノリなのか、衆参106名の議員が、春の例大祭中の靖国神社を参拝した。
朝日新聞の該当記事

衆参106議員が靖国参拝 春季例大祭、首相は真榊奉納
2015年4月22日10時31分

 超党派の「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長=尾辻秀久・元厚生労働相)の衆参106議員が22日、春季例大祭が開かれている東京・九段の靖国神社に参拝した。

 安倍内閣からは小里泰弘・環境副大臣、赤池誠章・文部科学政務官が参加。党別では自民党が田村憲久・前厚労相ら計90人、民主党は羽田雄一郎参院幹事長ら5人、維新の党は下地幹郎元郵政民営化相ら5人、次世代の党も平沼赳夫党首ら5人が参拝した。

 安倍晋三首相は、23日まで開かれる春季例大祭の期間中の参拝は見送り、21日に供え物「真榊(まさかき)」を奉納した。尾辻氏は参拝後の記者会見で「ご英霊の皆さんは、国の平和を念頭に置いた首相のご判断については、首相にお任せしようと思っておられるだろう」と述べた。



 「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」会長尾辻秀久が、安部晋三が真榊(まさかき)」の奉納をしたが参拝しないことについて、「ご英霊の皆さんは、国の平和を念頭に置いた首相のご判断については、首相にお任せしようと思っておられるだろう」と述べたそうだが、200万人を越える太平洋戦争の犠牲者や、明治維新の直前に亡くなった人たちは、決して首相が「国の平和を念頭」に置いてなどいないことを、天国から見透かしている。

 たとえば、安政の大獄で亡くなった橋本左内は、靖国神社のサイトで、祀られている一人として名が記されている。
 橋本左内は、越前福井藩士で藩主松平春獄の優秀な開明的な側近として、多くの幕末の士から慕われていた人物。

 「左内と半面の識なきを嘆ず」は、吉田松陰の言葉。

 左内ともっとも気心を通じていたのは、西郷隆盛だったといえるだろう。
 
 南海の島に流されている時に橋本左内の訃報を聞き、西郷は「橋本迄死刑に逢い候儀案外、悲憤千万堪え難き時世に御座候」と大久保利通達への手紙で記している。

 また、西南の役で西郷が最後を迎えた際、彼が身につけていた手文庫に入っていたのが、橋本左内からの手紙だったと言われている。

 「先輩としては藤田東湖に服し、同輩としては橋本左内を推す」と語った西郷の御霊は靖国に存在しない。
 左内にしてみると、なぜ西郷がいないのかは、不思議でしょうがないだろう。

 また、水戸学の大家である藤田東湖は、「英霊」という言葉が藤湖の漢詩からの引用であることで有名だが、彼の四男藤田小四朗たちが起こした天狗党の乱の人々は、官軍への反逆者であるから靖国に御霊は存在しない。

 あらためて、靖国は、明治天皇により、あくまで官軍側の戦没者を弔うためにつくられた神社であるという原点に戻ることのほうが適切ではないかと、私は思う。
 彰義隊も天狗党も、西南の役の西郷軍も、靖国に御霊が存在しない、ということも認識すべきだ。

 幕末の彰義隊、天狗党の乱や戊辰戦争は、明治という子供を産むための‘陣痛’のようなものであったのではないか。その持って生まれた定めにより、佐幕、討幕のそれぞれの立場にいた人々は、与えられた役割の中で懸命に生きたのであろうと思う。もし、靖国神社が官軍側のみの御霊を慰める場所ならば、結果として徳川方や西南の役の西郷軍などに先祖をもつ人は、靖国には行かなければいいのだ。
 
 加えて、「平和への罪」と国際的には認識されているA級戦犯が合祀されていることを考え合わせると、私はとても参拝に行く気になれない。A級戦犯も、その立場上でやむをえなく戦争指導者になってしまった被害者である、という見方もあるかもしれないが、私は、戦争を食い止めることのできた立場にいた加害者、と考えている。
 靖国に合祀されている方の遺族で、A級戦犯と一緒であることに、忸怩たる思いを抱いている遺族の方もいらっしゃるだろう。

 あの戦争の被害者の霊を弔うのであれば、千鳥ヶ淵があるではないか。

 
 吉田松陰は、果たして靖国に自分が存在することを、どう思っているのだろうか。
 松陰は、その思想遍歴の最後には、幕府も藩も朝廷もあてにできない、「草莽崛起」が必要だと唱えた。
 彼は、「みんなで」参拝に来た議員たちを「草莽」とは、もちろん思ってはいない。
 
 明治維新の影には、たくさんの草莽が犠牲になった。彼らは、‘賊軍’と言われ、同じ靖国に存在しない人たちと一緒に祀られることを望んでいたかもしれない

 あの戦争でも、数多くの草莽が命をなくした。彼らは、強制的に戦地へ自分を追いやった戦争責任者と一緒に靖国に祀られることを、喜んでいるとは思えない。
 
 あくまで、一つの固有の対象を祀る神社として、靖国を位置づけるべきだったと思う。
 
 今の靖国神社は、「死ねば英霊」「お国のため」という考え方を助長し、権力者が政治的に利用しようとする道具になっているのではないか。
 もはや明治天皇の設立の主旨から、遠いところまで来ている。
 靖国の起源、そにいる人といない人、そういったことを、もう少し冷静に考えた上での議論が必要ではないだろうか。
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 安倍首相は、靖国神社の春季例大祭には、祭具の真榊(まさかき)を奉納するにとどめ、23日までの例大祭期間中の参拝を見送ったらしい。当然のことだろうと思う。
時事ドットコムの該当記事

 先週土曜、小柳枝と小里んの二人会が行われた会場、三輪田学園百年記念館は、靖国神社の隣、とも言える場所。
 少し時間があったので、初めて靖国神社に行き、散策した。
 靖国通りに面した塀の外壁には、この春季例大祭のことが、大きく案内されていた。
 このイベント、どのようなものなのか、靖国神社のサイトを確認した。次のように紹介されている。
靖国神社サイトの該当ページ

春季例大祭 4月21日~23日

靖国神社で最も重要な祭事は、春秋に執り行われる例大祭です。春の例大祭は4月21日から23日までの3日間で、期間中、清祓・当日祭・第二日祭・直会の諸儀が斎行されます。
当日祭に先立って斎行される「清祓」では、神職はもとより祭儀に用いる諸具に至る一切が祓い清められます。当日祭では、生前、お召し上がりになっていた御饌神酒や海の幸、山の幸などの神饌50台をお供えして神霊をお慰めし、平和な世の実現を祈ります。また、この日には、天皇陛下のお遣いである勅使が参向になり、天皇陛下よりの供え物(御幣物)が献じられ、御祭文が奏上されます。
春季例大祭の期間中、境内では、各種奉納芸能、特別献華展やさくらそう展などの奉祝行事も繰り広げられます。

祭儀日程
清祓 4月21日 午後 3時
当日祭 4月22日 午前10時
(勅使参向・午前10時30分)
第二日祭 4月23日 午前10時
直会 午後 6時

昇殿参拝
4月21日 午前8時~午後2時
4月22・23日 午前11時30分~午後3時
.
(春季例大祭期間中の社頭参拝は、午前6時から午後8時までとなります。)


 なるほど、春秋の例大祭が、重要な祭事らしい。

 そもそも、靖国神社の起源とは、そして、誰を祀っているのか、よく知られたことではあるが、サイトから引用。(太字は管理人)
靖国神社サイトの該当ページ

靖国神社の起源

靖国神社の起源は明治2年(1869)6月29日に建てられた東京招魂社に遡りますが、当時の日本は、近代的統一国家として大きく生まれ変わろうとする歴史的大変革(明治維新)の過程にありました。それ以前、日本は徳川幕府の政権下にあり、約250年にわたって鎖国政策をとり海外との交流を厳しく制限していました。ところが、アメリカや西欧諸国のアジア進出に伴って日本に対する開国要求が強まると、開国派と鎖国派の対立が激化し、日本の国内は大きな混乱に陥ります。そうした危機的状況を乗り切る力を失った徳川幕府は、ついに政権を天皇に返上し、日本は新たに天皇を中心とする近代的な国づくりに向けて歩み出すこととなったのです。

しかし、そうした大変革は、一方において国内に避けることのできない不幸な戦い(戊辰戦争)を生み、近代国家建設のために尽力した多くの同士の尊い命が失われる結果となりました。そこで明治天皇は明治2年6月、国家のために一命を捧げられたこれらの人々の名を後世に伝え、その御霊を慰めるために、東京九段のこの地に「招魂社」を創建したのです。この招魂社が今日の靖国神社の前身で、明治12年(1879)6月4日には社号が「靖国神社」と改められ別格官幣社に列せられました。

靖国神社の御祭神

靖国神社には、戊辰戦争やその後に起こった佐賀の乱、西南戦争といった国内の戦いで、近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落とされた方々をはじめ、明治維新のさきがけとなって斃れた坂本龍馬・吉田松陰・高杉晋作・橋本左内といった歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・大東亜戦争(第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して国家防衛のために亡くなられた方々の神霊が祀られており、その数は246万6千余柱に及びます。

靖国神社に祀られているのは軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々などの神霊も祀られています(参考資料)。

このように多くの方々の神霊が、身分・勲功・男女の区別なく、祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として一律平等に祀られているのは、靖国神社の目的が唯一、「国家のために一命を捧げられた方々を慰霊顕彰すること」にあるからです。つまり、靖国神社に祀られている246万6千余柱の神霊は、「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊」であるという一点において共通しているのです。

靖国神社と日本人

我が国には今も、死者の御霊を神として祀り崇敬の対象とする文化・伝統が残されています。日本人は昔から、死者の御霊はこの国土に永遠に留まり、子孫を見守ってくれると信じてきました。今も日本の家庭で祖先の御霊が「家庭の守り神」として大切にされているのは、こうした伝統的な考えが神道の信仰とともに日本人に受け継がれているからです。そして同様に、日本人は家庭という共同体に限らず、地域社会や国家という共同体にとって大切な働きをした死者の御霊を、地域社会や国家の守り神(神霊)と考え大切にしてきました。靖国神社や全国にある護国神社は、そうした日本固有の文化実例の一つということができるでしょう。



 起源は、明治維新という‘大変革’のために、戊辰戦争などで亡くなった人々を祀るために明治天皇がつくった「招魂社」である。
 とはいえ、上記では説明されていないが、官軍側の人しか祭られていない。吉田松陰、高杉晋作、そして坂本龍馬は反幕の官軍側ということ。戊辰戦争で亡くなった幕府側の人たちは、祀られていない。

 明治維新の官軍側戦死者のみを祀る神社だったら、それはそれで、特定集団のための神社として、その子孫の方々が祖先の御霊を慰めるために存在していればよかったのだ。祀られた方の数は、約8000柱。

 しかし、その後、だんだんと複雑な神社になってしまう。
 
 まず、西郷隆盛は、西南戦争で明治新政府に反抗したので、靖国の御霊には含まれない。
 あれだけ明治維新に功績があった西郷が、である。

 そして、日清・日露の戦死者を祀り、太平洋戦争の戦没者を、A級戦犯も含め、‘一律平等’に‘英霊として’祀られてしまったために、今日のアジア近隣諸国との軋轢を生むことになる。
 ちなみに、太平洋戦争によって祀られた方の数が200万を越える。

 ここで論議になるのが、A級戦犯の合祀。
 B級戦犯、C級戦犯と、A級戦犯は大きな違いがある。昭和34年からB級、C級戦犯のみが合祀されていた時代は、昭和天皇も靖国に参拝していた。
 しかし、昭和53年にA級戦犯が合祀されてから、昭和天皇は参拝していない。
 このことについては、後でまた書くことにする。

 靖国神社では、毎月「「社頭掲示」として、戦没者の遺書や書簡などが掲示されるようだ。
 私が散策した際にも掲示されていた内容を紹介したい。
 この内容は、掲示版の下の箱の中に、両面に和文と英文で印刷された紙も用意されていた。
靖国神社サイトの該当ページ

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4月の社頭掲示

靖国神社では、多くの方々に、祖国のために斃れられた英霊のみこころに触れていただきたいと、英霊の遺書や書簡を毎月、社頭に掲示しています。
社頭にこれまで掲示した遺書や書簡は、『英霊の言乃葉』に纏めて刊行、頒布していますので、是非ご覧下さい。

      遺言書

                          陸軍憲兵軍曹
                         相馬竹三郎命
                          昭和二十三年四月八日
                          セレベス島メナドにて法務死
                          青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身
                          二十九歳

(前略)

我が身は既に陛下に捧げ奉りし身にて、何等惜しくありませんが
戦ひ終りました今日、国の為にたてた勲が仇となり、刑場の露と
消えるのは残念至極です。只皇国の復興と郷里に遺せる祖父弟妹
の身上が案ぜられるのみです。今後の兄上様の前途は多岐多難な
るも祖父弟妹と御互に扶け合ひ、又夫婦仲良く暮されん事を望み
ます。今となっては何も思ひ残す事もありません。

(中略)

では兄弟よ、長い間の生涯本当に御世話様になりました。一足先
に永遠の庭へ心静かに旅立ちます。元気にて御身体を大切に、
さよなら。

昭和二十三年二月十七日
                                      相馬竹三郎

大日本帝國万歳
天皇陛下万歳
大アジア万歳 

 遺詠
国破れ捕はれの身となりつれど 天地の神に恥づる事なし 

(原文のまま)


 ‘法務死’とあるから、敗戦後に捕えられ、B級あるいはC級戦犯として、亡くなった方だろう。

 この方が、本意で、大日本帝國万歳、天皇陛下万歳、 大アジア万歳、と遺言に書いたのかどうかは、分からない。

 二十九歳の尊い命をセレベス島で失った方の御冥福をお祈りしたい。

 戦犯とはいえ、この方は戦争を起こした「平和に対する罪」を問われるA級戦犯とは違い、明らかに戦争の被害者の側であろう。B級、C級戦犯と、A級戦犯とは、明確に違うのだ。
 それは、「私は貝になりたい」を持ち出すまでもないだろう。

 この陸軍軍曹のような被害者を出さないために、後に残った国民が非戦を誓うことこそが、200万を越える御霊を慰めることになるのではないかと、私は思う。
 
 先週土曜に、落語会の前に散策してこの遺書の掲示を見た私は、周囲を散策する海外からの旅行者の方を思い、当惑した。
 靖国神社が、わざわざ英文の配布資料まで用意し、この遺書を掲示していることに大きな違和感を抱いたのだ。

 ちなみに、サイトの英文ページに、この社頭掲示も掲載されている。
靖国神社「今月の社頭掲示」英文のページ

大日本帝國万歳
天皇陛下万歳
大アジア万歳 
は、それぞれ
Long life to the Great Japanese Empire!
Long life to His Majesty the Emperor!
Long life to Great Asia!
と訳されている。

 これだけ首相や閣僚の靖国参拝がアジアのみならず、海外との摩擦を起こしているという状況において、この遺書を掲示することは、‘御霊を慰める’ことになるのだろうか。
 それも、ご丁寧に英文化もして配布しているのは、どんな意図があるのだろう。

 こういった遺書を掲示することは、日本が、未だに「大日本帝國万歳」「天皇陛下万歳」「大アジア万歳」という思想を美化している、という大きな誤解を与えることになりはしないか、と危惧する。

 そして、二十九歳でセレベス島で亡くなった陸軍軍曹は、自分の遺書がこのように開示されることを、果たして望んでいただろうか。

 神社とはいえ、ある意味での国際感覚を求められるだろう。海外からの旅行者も数多く訪問するのだ。
 そして、靖国神社は、決して軍国化、戦争を肯定する組織ではないはずだ。また、権力に利用されてもいけないと思う。

 そもそも、明治天皇の招魂社に起源を持つとはいえ、昭和天皇との関係を、靖国神社関係者は、よく振り返る必要がある。
 

 昨年、「昭和天皇実録」が公開された。その中で、いわゆる「富田メモ」を追認するような内容が確認されている。
 毎日新聞の記事を紹介。(太字は管理人)
毎日新聞の該当記事

昭和天皇実録:靖国神社不参拝の経緯…「富田メモ」を追認
毎日新聞 2014年09月09日 05時03分(最終更新 09月09日 08時09分)

 宮内庁は9日、昭和天皇の87年の生涯を記録した「昭和天皇実録」を公開した。この中で、天皇が靖国神社に参拝しないのは、A級戦犯の合祀(ごうし)が理由だと天皇自身が話したとする富田朝彦(ともひこ)宮内庁長官(当時、故人)のメモ(富田メモ)と符合する記述があったことが分かった。メモの中身には触れていないが、その存在と内容を報じた日本経済新聞の報道があったことをあえて記述した上、メモを出典として明示していることなどから実質的にメモの中身を追認したと受け止められる。

 実録は、昭和天皇の日々の動静の公式記録で、同庁が1990年から24年余りかけて編さんした。作業には、非公開の内部文書や戦前に侍従長を務めた百武(ひゃくたけ)三郎の日記など約40件の新史料を含む3152件の史料が使われたが、歴史の通説を覆す記述はないとみられる。

 体裁は和とじ本で計61冊、約1万2000ページ。黒塗りはなく全文公表され、8月21日に天皇、皇后両陛下に奉呈(提出)されていた。

 焦点となったのは88(昭和63)年4月28日の記述。同日午前、皇居・吹上御所で富田長官と面会したことが記され、「靖国神社におけるいわゆるA級戦犯の合祀、御参拝について述べられる」とある。内容の詳細は書かれていないが、続けて「なお、平成18年には、富田長官のメモとされる資料について『日本経済新聞』が報道する」と記載されていた。

 この報道は、2006年7月20日付同紙朝刊が「富田長官が残したメモから、昭和天皇がA級戦犯を合祀した靖国神社に強い不快感を示し、『だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ』と長官に語っていたことが判明」と報じたもの。実際、天皇は1978年のA級戦犯合祀以降は参拝をしていない。

 新聞報道を記載したことに対して、同庁は実録の説明の中で「社会的な反響、影響が大きかったことから報道があったという事実を掲載した」と述べ、「メモの解釈はさまざまで、A級戦犯合祀と昭和天皇の靖国神社不参拝をとらえた富田メモや報道内容を是認したわけではない」としている。

 しかし一方で、質疑の中では「(天皇と富田長官との面会と報道は)全く無関係というわけではない」ともしている。

 また、実録は天皇の動静を記述する依拠史料として、富田メモを約180回にわたり引用。87年は65回、88年も51回と多用しており、史料としての価値を認めている。



 富田メモについては、二年前の「昭和の日」に書いたことがある。
2013年4月29日のブログ

 昭和天皇がA級戦犯の合祀を不快に思って靖国に参拝しなかったのは、明白だろう。

 そう考えると、「天皇陛下万歳」と遺書にしたためて亡くなっていったB級、C級戦犯の人達は、天国でどう思っているのだろう。

 とは言っても、靖国神社の考え方は、英霊は‘神’になったわけで、それを弔う対象ではないのかもしれない。

 ‘死者の御霊はこの国土に永遠に留まり、子孫を見守ってくれる’ものであり、そういう‘伝統的な考えが神道の信仰とともに日本人に受け継がれている’と靖国神社のサイトでは説明しているが、果たして「天皇陛下万歳」と書かれた遺書を掲示することが、そういった霊を‘守り神」として大切’にすることなのだろうか。

 そもそも、この遺書を開示するにあたって、ご親戚の方の同意をとっているのだろうか。
 この方は昭和23年で29歳で亡くなっているので、ご両親も鬼籍に入られていることだろう。お子さんがいらっしゃったかどうかは分からないが、もし、ご親戚にも無断で開示していたとしたら、それは重大な問題ではないか。
 
 ご親戚が了解されているにしても、こういう遺書を開示することは、私は問題があると思っている。

 神社としては、あくまで御霊と慰める場所でしかない、という立場かもしれないが、国際問題にも関る重要な組織であることも認識すべきだろう。
 靖国神社の特定の人物が、何か発言したわけではない。しかし、建築物やホームページで開示されている情報は、その背景に何らかの主張が存在すると理解されかねない。

 ただ、やみくもに遺書や書簡を開示することが‘御霊を慰める’ことなのか。
 戦後70年、ということが何かと言われる。
 あの敗戦による200万以上の犠牲者を祀る靖国神社にとっても、あらためて自分たちの存在意義、反戦のためにできること、そして、権力者に利用されず、国際的にも適切な情報を発信することを、考える機会ではなかろうか。
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テレビ朝日の「報道ステーション」は、見る気がしなくなった。

 古舘のニタリ顔が、どうも嫌になってきた。

 私は、古賀茂明も恵村順一郎もMチーフプロデューサーもすでに存在しないあの番組に、かつては抱いていた期待感を急激に失った。
 かと言って、報道機関としてのテレビ朝日を諦めたわけではない。

 自民党が明日17日、テレビ朝日とNHKの幹部を呼び出すことに関しては、異議を唱えたい。

 東京新聞の社説をご紹介。(太字は管理人)
東京新聞の該当社説

【社説】
権力と放送法 統治の具と成す不見識
2015年4月16日

 権力者はなぜ、かくも安易に放送法を振りかざすのか。放送内容に誤りなきを期すのは当然だが、放送局側を萎縮させ、表現の自由を損ねてはならない。

 きっかけは三月二十七日夜、テレビ朝日系列で放送された「報道ステーション」だった。

 この日が最後の出演とされたコメンテーター、元経済産業省官僚の古賀茂明氏が「菅義偉官房長官をはじめ、官邸の皆さんからバッシング(非難)を受けてきた」と述べると、菅氏は三十日の記者会見で「事実無根」と反論し、こう付け加えた。「放送法という法律があるので、テレビ局がどう対応するか、しばらく見守りたい」

◆表現の自由を目的に

 自民党はあす、テレビ朝日などの経営幹部を呼び、番組内容について説明を求めるという。

 放送事業を規定する放送法は不偏不党、真実、自律を保障することで表現の自由を確保し、健全な民主主義の発達に資することが目的だ。放送番組は法律に基づく以外は誰からも干渉されないことが明記され、同時に政治的な公平、真実を曲げないこと、意見が対立する問題は多くの角度から論点を明らかにすることも求めている。

 放送は、政権や特定勢力の政治宣伝に利用されるべきではない。大本営発表を垂れ流して国民に真実を伝えず、戦意高揚の片棒を担いだ先の大戦の反省でもある。

 政治的に偏ったり、虚偽を放送しないよう、放送局側が自ら律することは当然だが、何が政治的公平か、真実は何かを判断することは難しい。にもかかわらず政治権力を持つ側が自らに批判的な放送内容を「偏っている」と攻撃することは後を絶たない。

 さかのぼれば一九六八年、TBSテレビ「ニュースコープ」のキャスターだった田英夫氏(二〇〇九年死去)がベトナム戦争報道をめぐり「解任」された件がある。

◆自民党の圧力で解任

 田氏は前年、北ベトナムの首都ハノイを西側陣営のテレビ局として初めて取材し、戦時下の日常生活を伝えた。以前からTBSの報道に偏向との不満を募らせていた自民党側は放送後、TBS社長ら幹部を呼び「なぜあんな放送をさせたのか」と批判する。

 このとき社長は、ニュースのあるところに社員を派遣し、取材するのは当然、と突っぱねたが、翌六八年に状況は大きく変わる。

 成田空港反対運動を取材していた同社取材班が、反対同盟の女性らを取材バスに乗せていたことが発覚し、政府・自民党側がTBSへの圧力を一気に強めたのだ。

 田氏は自著「特攻隊だった僕がいま若者に伝えたいこと」(リヨン社)で当時の様子を振り返る。

 <当時の福田赳夫幹事長が、オフレコの記者懇談で、なんと「このようなことをするTBSは再免許を与えないこともあり得る」という発言をしたのです。

 これを聞いたTBSの社長は、翌日すぐに私を呼んで、「俺は言論の自由を守ろうとみなさんと一緒に言ってきたのだけれども、これ以上がんばるとTBSが危ない。残念だが、今日で辞めてくれ」と言われ、私はニュースキャスターをクビになりました>

 田氏解任の決定打は権力側が免許に言及したことだ。放送は電波法に基づく免許事業。五年に一度の再免許を受けられなければ事業は成り立たない。同法は放送法に違反した放送局に停波を命令できる旨も定める。権力が放送免許や放送法を統治の具としてきたのが現実だ。

 昨年の衆院選直前、安倍晋三首相はTBSテレビに出演した際、紹介された街頭インタビューに首相主導の経済政策に批判的な発言が多かったとして「おかしいじゃないですか」などと批判した。

 自民党はその後、在京テレビ局に選挙報道の公平、中立を求める文書を送り、報道ステーションには経済政策に関する報道内容が放送法抵触の恐れありと指摘する文書を出した。そして菅氏の放送法発言、自民党による聴取である。

 報道の正確、公平、中立の確保が建前でも、権力が免許や放送法に言及し、放送内容に異を唱えれば放送局を萎縮させ、結果的に表現の自由を損ねかねない。歴代政権は、自らの言動がもたらす弊害にあまりにも無自覚で不見識だ。

◆「報道に意気込みを」

 キャスターを解任された田氏は七一年、参院議員となる。二〇〇七年に政界を引退する直前、本紙のインタビューに「メディアはもっと姿勢を正さなくちゃいけないね。報道に意気込みが感じられない。引きずられているんだよ」とメディアの現状を嘆いていた。

 政権による圧力に萎縮せず、それをはね返す気概もまた必要とされている。放送のみならず、私たち新聞を含めて報道に携わる者全体に、大先輩から突き付けられた重い課題である。


 海外メディアによる日本のメディアの惨状に関する指摘を何度か紹介したが、同じ言論の世界にいる東京新聞のこの主張について、テレビ朝日他のメディアは、いったいどう思うのだろう。

 放送法という言葉を使って、許認可権を振り回しメディアを恫喝する政府の言うがままでは、この国は、まさに独裁国家であることを容認するに等しいのではないか。

 「よぉーし、やったろうじゃないか。政府や自民党が何を言おうと、うちは政府に問題があれば、批判報道をするぞ!」というメディアの経営者はいないのか。

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むのたけじ(聞き手 黒岩比佐子)『戦争絶滅へ、人間復活へ』

 田英夫などよりも、もっと大先輩の方のこと。

 以前にも紹介したことがあるが、黒岩比佐子さんの聞書きによる、むのたけじ『戦争絶滅へ、人間復活へ』は、2008年7月に岩波新書で発行された本。

 今年百歳となった硬骨のジャーナリストの言葉を引用する。

 「第2章 従軍記者としての戦争体験」から引用。先に黒岩さんの問いかけがある。

「すりかえる」権力、「するぬける」民衆

 ‐私は明治の日露戦争に関心があるのですが、昭和の戦争の前に、二十世紀に入ってすぐ、日本はロシアと戦っています。日露戦争では、日本が大勝したように報じられていましたが、あと一年続いていたら日本は兵力も資金も使い果たして、多分ロシアに負けていただろうという状況でした。ところが、ポーツマス講和条約で償金はなし、領土も樺太の半分しか取れなかったため、怒った群衆による日比谷焼打ち事件という大暴動が起こります。でも、戒厳令が若かれて軍隊が出動すると、あっという間に鎮圧されて、政府の責任を問う声はうやむやになってしまいました。結局、そのときの教訓がまったく生かされていない、という気がします。 

 本当は、あの日露戦争のあとで、きちんとけじめをつけなければいけなかった、でも、その深い根っこについて言うと、日本の支配権力と支配される民衆の相互関係に、そういうふうにさせるものがあるんです。それは何かと言うと、支配階級は「すりかえる」んだ、いつでも。
 この「すりかえる」手口というのはさまざまで、たとえば、戦争体制の準備を「有事」なんていう言葉でごまかす。こうしたことは、一朝一夕にできたものではありません。まるで、呪いをかけて人間を金縛り状態にしてしまうような、そんな支配力が民衆の中に作用している。
 私の考えでは、それは四百二十年前に豊臣秀吉が行った刀狩りの手口に行きつく。農民の武装解除をするための「刀狩り」なのに、「その刀で梵鐘をつくってお寺に納めれば、極楽へ行ける」というように言う。農民から武器を奪っておとなしくさせるために、秀吉が編み出したのは、まさに「すりかえ」を武器にした支配構造でした。
 でも、民衆はそれにだまされているばかりではなかった。徳川時代の正味二百七十年間のうち、後半の百二十年から百三十年のあいだに、だいたい三千件の百姓一揆が起こっている。そのうち、一番多いのが東北地方でした。成功した一揆というのは、岩手で一件だけありますが、それ以外はほとんど全部、首謀者もその家族もみな処刑されました。
 そして、明治になった一年目から、福島の郡山で、もう一揆が起こっているんですよ。いまの固定資産税に相当する税金があまりに高いので、地主階級が各地で一揆を起こした。これは八年ぐらい続いて、四十数万人lが処罰されています。ですから、これほどの闘いをする力も日本の民衆のなかにあるといえますが、権力との闘いにはじつに多くの犠牲を作った。
 そのため、「すりかえる」権力に対して、民衆の側は「すりぬける」ということを考えたのです。要するに、真正面からぶつからない。だから、日露戦争が終わったときにも、立ち止まっていったん総括する、ということをしなかった。なんとなく「すりぬける」ことですませてしまう。それが、ずっと続いてきたのです。



 権力者の「すりかえ」に、真っ向から立ち向かえば、たしかに血が流れるかもしれない。
 しかし、メディアが、いつまでも「すりぬけ」てばかりいては、何も変わらない。

 自分の体験を反省し、「たいまつ」の発行と行動で体制批判を続けてきたむのたけじさんの思いを、メディアの世界の後輩たちはよく噛みしめるべきだろう。

 そうでなければ、軍国化を急ぐ安部政権の暴走を止めることができず、悲しい歴史を繰り返すだけではないのか。

 むのたけじさんは、二年前の五月に「報道ステーション」に出演した。

 今の「報道ステーション」に、むのさんを再登場させる意欲、気概は残っているだろうか。もし、まだジャーナリズム精神の火がかすかにでも灯っているのなら、ぜひ、百歳のむのさんに語ってもらうべきだろう。

 むのさんであれば、「放送法なんて持ち出す政府の恫喝に、負けるな!」と、きっとおっしゃるはずである。
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脱原発のために、久しぶりの嬉しいニュース。
 高浜原発再稼働の差し止め仮処分を福井地裁が決めた。
朝日新聞の該当記事

高浜原発再稼働を差し止め 福井地裁が仮処分決定
室矢英樹、太田航 2015年4月14日14時03分

 関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町、定期検査中)について、福井地裁の樋口英明裁判長は14日、再稼働を差し止める仮処分決定を出した。原発の運転をただちに禁じる司法判断は初めて。2基の原発は当面動かせず、関電がめざす11月の再稼働も難しくなる可能性がある。

 仮処分を申し立てたのは福井、京都、大阪、兵庫4府県の住民9人。

 住民側は、高浜原発の使用済み核燃料プールは原子炉のように堅固な施設に囲われていないなどとして、その安全性は「確たる根拠がない脆弱(ぜいじゃく)なものだ」と主張。「重大事故が起きれば、生存権を基礎とする住民らの人格権が侵害される」と訴えていた。

 一方、関電側は、津波の被害を受けても原子炉の冷却ができるよう発電装置を準備していることなどを挙げ、安全性を強調。「具体的な危険はない」と申し立ての却下を求めていた。

 樋口裁判長は昨年5月、関電大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転をめぐる訴訟で差し止めを命じる判決を出した。だが、関電が控訴して判決は確定せず、原子力規制委員会が新規制基準にすべて適合すると判断すれば再稼働できる状態にある。

 このため住民らは昨年12月、より法的な即効力がある仮処分の手続きをとり、大飯、高浜両原発の再稼働差し止めを求めて訴えた。樋口裁判長は、再稼働に向けた規制委の審査に今年2月に合格した高浜原発についての判断を先行させる考えを表明。慎重な検討を求める関電側の主張を退け、3月に審理を打ち切っていた。(室矢英樹、太田航)



 今回の仮処分決定のために中心となって活動した「美浜の会」の情報を元に、昨年11月28日に記事を書いた。
2014年11月28日のブログ

 その際、11月の「美浜の会ニュース」を引用したが、重複をお許し願って、今回の関電の暴挙を振り返りたい。
2014年11月の「美浜の会ニュース」(PDF)

◆急ピッチで進められる高浜3・4号の再稼働
関電は、10 月31 日に高浜3・4号の設置変更許可申請の「補正申請書」を提出し、規制委員会は年内にも基本設計の「合格書」にあたる「審査書(案)」を仕上げようとしている。川内原発の場合には実施した全国からのパブコメは、今回は「やるかどうか決めていない」として、パブコメ期間の約1ヶ月を省略することも念頭に、強引に進めようとしている。
福井県知事は早々と「県主催の住民説明会はやらない」「地元同意は福井県と高浜町」と表明した。それは、30 ㎞圏内の京都府での住民説明会を求める声を封じ込めようともする発言だ。関電も、地元同意は「福井県と立地町」と発言し、福井県知事と歩調を合わせている。さらに、プルサーマルについては、既に破綻している電事連の計画(2015 年度までに16~18 基で実施)は見直しを表明しているが、他方で、既にMOX 燃料を使用した高浜3・4号では来春の再稼働で「プルサーマルを積極的に進めたい」とも述べている(日経新聞2014.11.15)。


 全体的な仕組みにおいて、完全に破綻しているのがプルサーマル計画なのに、関電がMOXという危険極まりない燃料を使う原子炉を再稼働させようとしていたのである。

 その動機は、関電の経営の論理のみ。廃炉にすることで嵩む費用を、先延ばしにしたいだけだったのだ。

 「地元同意は福井県と高浜町」と言う言葉は、まったく原発事故の危険性を度外視している。

 地図を含め、昨年11月の「美浜の会ニュース」からの引用を続ける。

◆再稼働にあたっては、30 ㎞圏の京都をはじめ、関西の住民・自治体の同意が必要
高浜原発から30 ㎞圏内には、福井県(高浜町・おおい町・小浜市・若狭町)の約5万4千人と、京都北部の約12 万6千人も含まれる(京都北部の4市2町:舞鶴市・綾部市・京丹波町・南丹市・宮津市・伊根町)。30 ㎞圏内で立地県よりも隣接県の人口が圧倒的に多いのが若狭の原発の地理的特徴だ。さらに、避難先である兵庫県全市町は、兵庫県が実施したシミュレーションで高い被ばく予測が出ており、兵庫に避難できるのか、兵庫県民の避難はどうするのかという問題もある。また、事故で琵琶湖が汚染されれば滋賀はもとより、大阪も含め、琵琶湖を生命の水瓶とする関西1,300 万人に被害が及ぶ。30㎞圏内はもとより、これら周辺自治体・住民の民意を無視することは許されない。

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 NHKの朝のドラマ「ちりとてりん」で有名になり、その後、オバマ大統領誕生でも話題になった小浜市や舞鶴市など30キロ圏内。京都、琵琶湖の西端は50キロ圏内に入る。

 原子力村はかつて、‘老朽化’という言葉を、‘経年化’と誤魔化してきたが、間違いなく高浜原発は老朽化しており、内部のケーブルなどはすべて交換しなければならない。そういった手間とコストと、廃炉によるコストとのバランスシートの悪化を算盤を弾いて、再稼働の方が、‘当面は’得であると考えているのだ。

 仮処分が本日決定になることを想定し、その事実を多くの方が認識してもらうため、美浜の会ではチラシを掲載している。
「美浜の会」のサイト

 読みにくいかとは思うが、そのチラシを掲載する。

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 美浜の会のサイトでもご確認のほどを。

 また、「脱原発弁護団全国連絡会」のサイトでも、今回の決定を報じているので、ご参照いただきたい。
「脱原発弁護団全国連絡会」のサイト


 福井地裁は、今では貴重な良識の府として、しっかり仕事をしている裁判所だと思う。
 しかし、これは、どこの裁判所でも行われるべき判断だろう。
 
 三権分立の危機を迎えている今の日本だが、今回の仮処分決定を一つのきっかけとして、安部政権の原発再稼働への前のめりの動きを止めていかなければ、日本の、そして地球の将来が危ない。放射能を国境で止めることはできない。

 まずは一歩づづ前進だ。今回の決定は、脱原発を前提に日本の将来を考えるための、大きな礎となったと思う。いや。礎としたいではないか。
 「美浜の会」を始めとする関係者の皆さんには、心から感謝したい。

 原子力村は、何かと理屈をつけて反撃に出るだろう。
 しかし、ここが正念場だ。
 今後も脱原発のために手弁当で頑張っている人や組織を、拙ブログでは応援したいと思う。
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「内田樹の研究室」で、ドイツのジャーナリストが日本での滞在を終えて帰国するにあたって書いた記事を、翻訳して紹介してくれている。日本を知るためには、海外のメディアに頼らざるを得なくなった。内田の労力に感謝して紹介したい。(太字は管理人)
「内田樹の研究室」該当記事

ドイツのあるジャーナリストの日本論

ドイツのある新聞の東京特派員が過去5年間の日本の政府と海外メディアの「対立」について記事を書いている。
安倍政権の国際的評価がどのようなものかを知る上では貴重な情報である。
でも、日本国民のほとんどは海外メディアが日本をどう見ているのかを知らない。
日本のメディアがそれを報道しないからである。
しかたがないので、私のような門外漢がドイツの新聞記者の書いたものをボランティアで日本語に訳して読まなければならない。
このままでは「日本で何が起きているのかを知りたければ、海外のメディアの日本関連記事を読む」という傾向は止まらない。
そんなことまで言われても日本のジャーナリストは平気なのか。


 太字部分、まったく同感だ。

 さて、ここからが、ドイツの日刊紙Frankfurter Allgemeine Zeitungの東京特派員だったゲーミス記者の記事内容。

「ある海外特派員の告白 5年間東京にいた記者からドイツの読者へ」
Carsten Germis

さて、荷造りも終わった。ドイツの日刊紙Frankfurter Allgemeine Zeitungの特派員として東京で5年以上を過ごしたあと、私はもうすぐ東京から故国へ旅立つ。
私が今離れてゆこうとしている国は、2010年1月に私が到着したときに見た国とはもう別の国になってしまった。表面的には同じように見える。けれども社会の空気は緩慢に、だがあらわに変化しつつある。その変化は過去1年間の私の書いた記事にしだいに色濃く反映するようになった。
日本の指導層が考えていることと海外メディアが伝えることの間のギャップは日々深まっている。それによって日本で働く海外ジャーナリストたちの仕事が困難になっていることを私は憂慮している。もちろん、日本は報道の自由が保障された民主国家であり、日本語スキルが貧しい特派員でも情報収集は可能である。それでもギャップは存在する。それは安倍晋三首相のリーダーシップの下で起きている歴史修正の動きによってもたらされた。
この問題で日本の新しいエリートたちは対立する意見や批判をきびしく排除してきた。この点で、日本政府と海外メディアの対立は今後も続くだろう。


 このドイツ人記者の太字部分の指摘も、同感。
 日本のメディアは日本政府に懐柔され、海外メディアとの対立が深まっている、ということだ。なんとも情けない状況。
 引用を続ける。

日本経済新聞は最近ドイツ首相アンゲラ・メルケルの2月の訪日についてベルリンの同社特派員のエッセイを掲載した。特派員はこう書いた。
「メルケルの訪日は日本との友情を深めるよりも日本との友情を傷つけるものになった。日本の専門家たちを相手に彼女はドイツの原発廃止政策について議論し、朝日新聞を訪問したときも安倍と会談したときも彼女は戦争をめぐる歴史認識について語った。野党第一党民主党の岡田克也代表とも対談した。彼女が友情を促進したのはドイツ企業が経営している工場を訪れて、ロボット・アシモと握手したときだけであった。」

これはドイツ人にとってはかなり気になる発言である。百歩譲ってこの言い分に耳を傾けるとして、彼の言う「友情」とは何のことなのか? 友情とはただ相手の言い分を鵜呑みにすることなのか? 友人が間違った道に踏み込みそうなときに自分の信念を告げるのは真の友情ではないというのか? それにメルケル訪日にはいくつかの目的があり、単に日本を批判するために訪日したわけではない
私自身の立場を明らかにしておきたい。五年を過ごした日本に対する私の愛着と好意は依然として揺るぎないものである。出会った多くのすばらしい人々のおかげで、私の日本に対する思いはかつてより強いものになった。ドイツ在住の日本人の友人たち、日本人の読者たちは、私の書いた記事に、とりわけ2011年3月11日の出来事からあとの記事のうちに、私の日本に対する愛を感じると言ってくれた。
しかし、残念ながら、東京の外務省はそういう見方をしていないし、日本メディアの中にも彼らと同じように私をみなしている人たちがいる。
彼らにとって私は、他のドイツメディアの同僚たち同様、日本に対して嫌がらせ的な記事を書くことしかできない厄介者らしい。
日経のベルリン特派員の言葉を借りて言えば、日独両国の関係が「フレンドリーなものでなくなった」責任は私たちの側にあるようだ。
本紙は政治的には保守派であり、経済的にはリベラルで市場志向的なメディアである。しかしそれでも本紙は安倍の歴史修正主義はすでに危険なレベルに達しているとする立場に与する。これがドイツであれば、自由民主主義者が侵略戦争に対する責任を拒否するというようなことはありえない。もしドイツ国内にいる日本人が不快な思いをしているとしたら、それはメディアが煽っているからではなく、ドイツが歴史修正主義につよい抵抗を覚えているからである。


 第二次大戦における同じ敗戦国のドイツと日本。しかし、現在のメディア事情は、大いに異なっているということだ。
 ドイツは、いまだにナチスの残党を裁くための活動を続けている。しかし、日本の政権は、憲法の解釈一つで戦争をできる国にしようとしている。
 「歴史修正主義」への感度の大きな違いを、日本人、そして日本のメディアは認識すべきだ。

 さらにドイツ人ジャーナリストは次のように、外務省からの‘攻撃’について語る。

反動は2012年12月の選挙直後から始まった。新しい首相はフェイスブックのような新しいメディアにはご執心だったが、行政府はいかなるかたちでも公開性に対する好尚を示さなかった。財務大臣麻生太郎は海外ジャーナリストとはついに一度も話し合おうとしなかったし、巨大な財政赤字についての質問にも答えようとしなかった。
海外特派員たちが官僚から聴きたいと思っていた論点はいくつもあった。エネルギー政策、アベノミクスのリスク、改憲、若者への機会提供、地方の過疎化などなど。しかし、これらの問いについて海外メディアの取材を快く受けてくれた政府代表者はほとんど一人もいなかった。そして誰であれ首相の提唱する新しい構想を批判するものは「反日」(Japan basher)と呼ばれた。
五年前には想像もできなかったことは、外務省からの攻撃だった。それは私自身への直接的な攻撃だけでなく、ドイツの編集部にまで及んだ。
安倍政権の歴史修正主義について私が書いた批判的な記事が掲載された直後に、本紙の海外政策のシニア・エディターのもとをフランクフルトの総領事が訪れ、「東京」からの抗議を手渡した。彼は中国がこの記事を反日プロパガンダに利用していると苦情を申し立てたのである。
冷ややかな90分にわたる会見ののちに、エディターは総領事にその記事のどの部分が間違っているのか教えて欲しいと求めた。返事はなかった。「金が絡んでいるというふうに疑わざるを得ない」と外交官は言った。これは私とエディターと本紙全体に対する侮辱である


 その後、政府の海外メディアへの懐柔策として、ランチへの招待などが行なわれるようになったらしいが、状況は2014にまた悪化したようだ。

2014年に事態は一変した。外務省の役人たちは海外メディアによる政権批判記事を公然と攻撃し始めたのである。首相のナショナリズムが中国との貿易に及ぼす影響についての記事を書いたあとにまた私は召喚された。私は彼らにいくつかの政府統計を引用しただけだと言ったが、彼らはその数値は間違っていると反論した。
総領事と本紙エディターの歴史的会見の二週間前、私は外務省の役人たちとランチをしていた。その中で私が用いた「歴史をごまかす」(whitewash the history)という言葉と、安倍のナショナリスト的政策は東アジアだけでなく国際社会においても日本を孤立させるだろうとうアイディアに対してクレームがつけられた。口調はきわめて冷淡なもので、説明し説得するというよりは譴責するという態度だった。ドイツのメディアがなぜ歴史修正主義に対して特別にセンシティブであるのかについての私の説明には誰も耳を貸さなかった。



 安倍政権のメディアへの干渉は、国内に留まっていない。しかし、国内メディアから、このような‘圧力’に関して暴露する記事は見当たらない。あすが、ゲルマン魂、とでも言おうか。
 ドイツ人ジャーナリストは、最後に次のように記事を締めくくっている。

過去5年間、私は日本列島を東奔西走してきた。北海道から九州まで東京以外の土地では私が日本に対して敵対的な記事を書いているという非難を受けたことは一度もない。反対に、さまざまな興味深い話題を提供され、全国で気分のよい人々に出会ってきた。
日本は今もまだ世界で最も豊かで、最も開放的な国の一つである。日本に暮らし、日本についてのレポートを送ることは海外特派員にとってまことに楽しい経験である。
私の望みは外国人ジャーナリストが、そしてそれ以上に日本国民が、自分の思いを語り続けることができることである。社会的調和が抑圧や無知から由来することはないということ、そして、真に開かれた健全な民主制こそが過去5年間私が住まっていたこの国にふさわしい目標であると私は信じている。



 先日紹介したニューヨーク・タイムズ東京支局長の指摘のように、日本のメディアは、その存在理由を問われている。
 今回の統一地方選の結果を踏まえ、安倍政権は自分たちの政策が支持された、と言うのだろう。
 しかし、それは民主党を筆頭に、野党がだらしなさすぎるための結果でしかないし、メディアの不毛の反映でもあるだろう。
 また、投票率の低さは、国民の政治への虚無感の広がりを表している。10知事選の確定投票率は47.14%、41道府県議選の投票率は45.05%と、いずれも過去最低を記録。
 以前書いたが、自民党は嫌がるだろうが、そろそろ投票の義務化を真剣に検討すべきだろう。2014年12月17日のブログ

 海外メディアから、日本のことを知り、海外ジャーナリストからのみ真っ当な主張を聴く傾向は、残念ながらしばらく続きそうだ。

 なお、このゲーミス記者の記事は、LITERAでも取り上げており、部分的に日本語の内容を紹介している。
 ご興味のある方は、こちらもご参照のほどを。
LITERAの該当記事

P.S.
この件、「日刊ゲンダイ」も取り上げました。
日刊ゲンダイの該当記事
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元々は、落語会の備忘録として始めたブログの内容を分離したのが、このブログの始まりです。

 落語を中心とした内容にご興味のある方は、「噺の話」をご覧ください。
 なお、一部、当ブログと内容が重複しますが、ご了解のほどを願います。

「噺の話」
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昨年末の衆院選前に、テレビ朝日に自民党からの圧力があったことを、毎日が記事として掲載した。(太字は管理人)
毎日新聞の該当記事

テレビ朝日:衆院選前、自民が中立要請 アベノミクスで
毎日新聞 2015年04月10日 07時40分(最終更新 04月10日 08時43分)

 テレビ朝日の「報道ステーション」でアベノミクスを取り上げた報道に対し、自民党が「特殊な事例をいたずらに強調した」と批判し、「公平中立な」番組作りを要請していたことが分かった。自民党は要請を認め「圧力はなかった」と説明するが、編集権への介入との指摘も出ている。

 要請書は衆院解散後の昨年11月26日、自民党衆院議員の福井照報道局長名で出された。同月24日放送の「報道ステーション」について「アベノミクスの効果が、大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいないかのごとく、特定の富裕層のライフスタイルを強調して紹介する内容」だと批判。「意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにしなければならないとされている放送法4条4号の規定に照らし、特殊な事例をいたずらに強調した編集及び解説は十分な意を尽くしているとは言えない」として「公平中立な番組作成に取り組むよう、特段の配慮を」求めている

◇自民「圧力」否定

 自民党は同月20日にも、在京テレビ局各社に選挙報道の公平中立などを求める要請書を渡していた。自民党報道局は毎日新聞の取材に「(要請書を)送ったことは間違いない」と認めたうえで「報道に対する圧力ではないかと言われるが、文面を見ればそういうものではないと理解してもらえると思う」と話した。

 テレビ朝日広報部は「文書を受領したことは事実。番組では日ごろから公平公正を旨としており、特定の個人・団体からの意見に左右されることはありません」とコメントした。【青島顕、須藤唯哉】



 11月24日の放送について、2日後に「要請書」を送っている。よほど、腹が立ったのだろうなぁ^^

 ‘公平中立な番組作成に取り組むよう、特段の配慮’などと表現しているが、早い話が「アベノミクスは失敗だ、という政府批判をやめろ」、という恫喝ではないか。

 これは明らかに‘圧力’である。

 ‘意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにしなければならないとされている放送法4条4号の規定’に照らして、とする要請だが、選挙直前に、特定の番組を対象として「要請」をすること自体が、あまりにも露骨である。

 「電子政府の総合窓口」と題する「e-Gov(イーガブ)」に「放送法」が掲載されている。
「e-Gov」の「放送法」のページ

 第一章、第一条の「目的」を引用する。

(目的)
第一条  この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
一  放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。

二  放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。

三  放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。



 自民党から「放送法」の第四条を盾に「要請」という名の「圧力」を受けたテレビ局は、同じ法律の第一条から、‘放送による表現の自由’の確保を盾に、対抗すべきだろう。

 そして、「放送法」よりも何よりも、「憲法」の「表現の自由」をこそ、メディアは盾とすべきだ。

 「e-Gov」の「憲法」のページから引用する。
「e-Gova」の「憲法」のページ

第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。


 
 まさに、今の日本では、この「表現の自由」が危機を迎えている。

 自民党の「要請」は、圧力を越えて、「検閲」に近いのではないか。

 毎日は、テレビ朝日への自民党の圧力を、新聞界、そして放送界全体への危機と認識して、この記事を掲載したのではなかろうか。私は、そう思いたい。

 「負けるな、朝日!」と毎日が声をかけているのだ。

 もう一つの大新聞は、自民党機関紙と化している。

 朝日新聞、そしてテレビ朝日は、毎日の記事を意気に感じて欲しい。

 かつて、その名も、「朝日ジャーナル」という雑誌を発行しているのが朝日新聞である。
 「右手にジャーナル、左手に(少年)マガジン」が、安保闘争盛んなりし頃の学生の必需品だった。

 私自身は、団塊の世代の後の世代なので、60年はおろか、70年安保にも間に合っていないが、「朝日ジャーナル」の存在とそのメディアの世間での評価は、もちろん知っていた。

 まさに、‘ジャーナリズム’が生きていた時代を「朝日ジャーナル」は象徴しているように思う。
 そして、‘ジャーナル’という言葉は、‘リベラル’という言葉を連想させる。

 カタカナが多くて申し訳ないのだが、「リベラル」が醸し出すイメージと同等の日本語が、思いつかない。
 朝日が「リベラル」なメディアであった、のは間違いがない。しかし、それを過去形で終わらせるのは、残念でならない。

 今回の毎日の記事は、そんな朝日への叱咤激励のような気がした。

 メディアが「公正中立」であることは大事なことだ。そして、対立する意見がある場合に、さまざまな角度から意見を拾い挙げることも重要だ。
 しかし、その視点は、権力側よりも国民側に向けられるべきであり、なかでも、弱者や少数者への配慮をこそ大切にすべきなのである。それが「リベラル」なメディアの取るべき姿勢だと思う。

 放送法を盾に圧力をかけられた末に、何らメディアとしての主張、オピニオンを発しなくなったら、それは自ら「表現の自由」を放棄することであり、メディアとしての存在意義を失うことである。

 ニューヨーク・タイムズ東京支局長や、ドイツの新聞の指摘を前回の記事で紹介したが、日本の大手メディアにいる人たちは、もっと危機感を持って、‘お上’(おかみ)と戦って欲しい。

 朝日と毎日、そしてテレビ朝日とTBSに残っている良心が根っこのところでつながることで、今の閉塞した言論界に希望の灯がともることを期待している。


p.s.
毎日にWebサイトへの掲載では遅れたが、朝日も本件について記事を掲載した。しかし、あまりにもよく似た内容だなぁ。
朝日新聞の該当記事
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日海ゲンダイの高野孟 のコラム「永田町の裏を読む」で、ニューヨーク・タイムズのマーティン・ファクラー東京支局長が、神奈川新聞のインタービューで、日本のメディアの弱腰に関し大いに怒っていることを紹介している。(太字は管理人)
日刊ゲンダイの該当記事

永田町の裏を読む/高野孟
国際基準に照らしてヒドすぎる日本のメディア報道
2015年4月9日

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」のマーティン・ファクラー東京支局長が、日本の大手紙の報道ぶりに本気で怒っている。「イスラム国」によって邦人2人が殺害された事件に関連して、「神奈川新聞」(3月3日付)のインタビューに答えてこう語っていた。

日本のメディアの報道ぶりは最悪だと思います。事件を受けての政府の対応を追及もしなければ、批判もしない。安倍首相の子どもにでもなったつもりでしょうか。保守系新聞の読売新聞は以前から期待などしていませんでしたが、リベラルの先頭に立ってきた朝日新聞は何をやっているのでしょう。もはや読む価値が感じられません。私がいま手にするのは、日刊ゲンダイ、週刊金曜日、週刊現代といった週刊誌です。いまや週刊誌の方が、大手紙より読み応えがあるのです

 いやあ、NYタイムズ支局長が本紙の愛読者とはビックリ仰天だが、裏返せば、日本の大手紙が国際基準に照らしてそれだけ酷くて「読むに値しない」ということである。



 まったく同感だ。

 この後、ドイツのメルケル首相が、せっかく朝日新聞で講演したのにも関らず、朝日が肝腎な内容を報道しなかったことを指摘している。

 朝日が、従軍慰安婦報道によって叩かれていることに関するドイツの新聞の次のような動きを紹介されている。

朝日が政府・国会・マスコミから袋だたき状態に遭った時に、独有力紙「フランクフルター・アルゲマイネ」は「安倍政権はリベラルなメディアの息の根を止めようとしている。メルケル首相は安倍にクギを刺すべきだ」という論調を張っていた。



 あの時、ここぞとばかり朝日叩きをしていたのが、安倍自民党広報紙である読売と産経だった。

 ドイツには、強固な「ペン」の力が、存在している。 


 同記事は、マーティン・ファクラー支局長の次の言葉を締めで紹介している。

ファクラーは「日本はいま、重大な局面を迎えています。平和主義を守り続けるのか、米国や英国のように『列強』としての道を歩むのか」と言うが、その重大局面に正面から向き合っているのが本紙だけだとしたら余りにも寂しい。



 まさに、日本のメディアは、‘正念場’を迎えていると思う。
 
 特に朝日は傘下のテレビ局テレビ朝日を含め、重要な岐路に立っている。

 このままでは、将来、「かつて、朝日新聞というリベラルな新聞があった」と過去形で言われかねない。

 権力の「剣」に対抗する、「ペン」の力を取り戻して欲しい。
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