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 20日の党首討論で、共産党の志位委員長の質問への安倍晋三の答えから、安倍が「ポツダム宣言」を読んでいないということが暴露された。

 すでに、反省して読んでいるかどうか知らないが、Wikipedia「ポツダム宣言」から、現代語訳を引用。
Wikipedia「ポツダム宣言」

日本の降伏のための定義および規約
1945年7月26日、ポツダムにおける宣言

1.我々(合衆国大統領、中華民国政府主席、及び英国総理大臣)は、我々の数億の国民を代表し協議の上、日本国に対し戦争を終結する機会を与えることで一致した。

2.3ヶ国の軍隊は増強を受け、日本に最後の打撃を加える用意を既に整えた。この軍事力は、日本国の抵抗が止まるまで、同国に対する戦争を遂行する一切の連合国の決意により支持され且つ鼓舞される。

3.世界の自由な人民に支持されたこの軍事力行使は、ナチス・ドイツに対して適用された場合にドイツとドイツ軍に完全に破壊をもたらしたことが示すように、日本と日本軍が完全に壊滅することを意味する。

4.日本が、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者の指導を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ。

5.我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。

6.日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。

7.第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。

8.カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。

9.日本軍は武装解除された後、各自の家庭に帰り平和・生産的に生活出来る機会を与えられる。

10.我々の意志は日本人を民族として奴隷化しまた日本国民を滅亡させようとするものではないが、日本における捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。日本政府は日本国国民における民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除するべきであり、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立されるべきである。

11.日本は経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものが保有出来る。また将来的には国際貿易に復帰が許可される。

12.日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。

13.我々は日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について日本政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる壊滅があるのみである。


 戦争の勝者によって敗者に突きつけられた、という言い分もあるが、その内容だけに目を向ければ、決して間違った内容ではないものを含んでいる。

 それよりも重要なことは、次のような内容が、今の日本政府に対しても妥当性を持つ内容であることだ。

‘4.日本が、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者の指導を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ’

‘6.日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである’
 など、今の安部政権に突きつけたい内容ではなかろうか。

12条の、‘日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める’という要求は、まだ存在意義を失っていない。

 大手新聞やテレビでは、他のつまらない討論などは取り上げたが、ポツダム宣言のことは、ネットを中心に広まった後で、慌てて追いかけた印象。
 
 朝日は22日に、次のような記事を掲載。
朝日新聞の該当記事
 志位氏は、自民党幹事長代理だった首相が月刊誌「Voice」2005年7月号の対談で、「ポツダム宣言というのは、米国が原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えた後、『どうだ』とばかり(に)たたきつけたものだ」と語っていたと指摘。だが、宣言は1945年7月26日に米英中の名で発表され、同8月6日と9日の原爆投下後、日本が同14日に受諾を決定した。志位氏は「(宣言は)二つ原爆が落ちた後に『たたきつけられた』ものではない。事実誤認がある」と述べた。

 20日の党首討論では、志位氏がポツダム宣言について「日本の戦争について世界征服のための戦争であったと明瞭に判定している。総理はこのポツダム宣言の認識を認めないのか」と質問。首相は直接答えず、「その部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい。先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがある」と述べていた。
 
 安倍は、本来は、ポツダム宣言を読む気がないのだろう。
 目を通したとこころで、この内容を現在の日本政府の責任者として吟味するような思いは、到底持ち合わせていないだろう。

 せっかく、ポツダム宣言のことが話題になったのだから、「歴史を繰り返させるな」と、大きな声で訴えるメディアがあっても良いように思うが、日本のメディアも「大本営」時代に戻りつつあるように思えるのが、なんとも嘆かわしい。

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 「内田樹の研究室」、久しぶりの更新。
 
 安倍晋三の言葉について、明快にその詭弁性を解き明かしている。

 神奈川新聞の記事の‘ロングヴァージョン’とのこと。
「内田樹の研究室」の該当記事

 まず、「日本近海」という怪しい言葉について。
安倍首相の声明は、聞く人、読む人を欺くための作文です。これほど不誠実な政治的文書が公的なものとして通用するということは、それ自体が日本国民と日本の政治文化にとって屈辱的なことだと思います。
安倍首相の言葉は詭弁の典型です。キーワードのすべてが読者の誤読を当てにして選択されている。例えば「日本近海」という言葉がそうです。
〈日本が攻撃を受ければ、米軍は日本を防衛するために力を尽くしてくれる。そして、安保条約の義務をまっとうするため、日本近海で適時、適切に警戒、監視の任務に当たっている。私たちのため、その任務に当たる米軍が攻撃を受けても、私たちは日本自身への攻撃がなければ、何もできない。何もしない。これがこれまでの日本の立場だった。本当にこれで良いのでしょうか〉
「日本近海」とは何を意味するのか。近い、遠いというのは主観です。外交の用語でもないし、国際法上の概念でもない。東シナ海でも南シナ海でもマラッカ海峡でもインド洋でも、どこでも「日本にとって死活的に重要な海域」であると首相が認定すれば、それは「日本近海」になる。これは中国大陸侵略を正当化した「満州は日本の生命線」と同じレトリックです。
 「日本近海」という言葉を聴けば、日本国民の多くはそれは日本の「領海」のことだと理解するでしょう。しかし、日本領海なら、そこで米軍が攻撃を受けたら、それは安保条約で規定されたとおり、日米共同で対処すべき事態です。「何もできない、何もしない」というはずがない。
だとすれば、ここで安倍首相が言った「日本近海」は日本領海外の公海や他国の領海内のことだということになる。そこで米軍が攻撃されたときに、「何もできない、何もしない」のはそれが日本領土内での出来事でない以上、当たり前のことです。
日米安保条約5条にはこう書かれています。
「日本の領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和および安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定および手続きに従って共通の危険に対処する」
安倍首相が日本領海外や外国の領海内にいる米軍への攻撃に対しても、日米が共同的に対処したいと願っているのであれば、何よりもまず日米安保条約第五条を「日本は世界中どこでも米軍への攻撃に対して共同的に対処する」と改定するのがことの筋目でしょう。
安保条約の条文を知らない日本人が首相の会見を聞いたら、日本の現状を「日本領海内で米軍が攻撃を受けても、共同的に対処することができない(九条のせいで)」と誤解することでしょう。「日本近海」という語は法律をよく知らない国民をミスリードするために意図的に選択されたものです。

 安倍晋三の「日本近海」という言葉の詭弁性に、大手新聞などで噛みついたところはあったのだろうか。
 九条どころではなく、安保の条文すら度外視しているのが、安倍晋三なのだ。

 次に、ネットでは結構話題になっている、「絶対」について。
〈米国の戦争に巻き込まれることは、絶対にあり得ません〉
その直前に首相は「米軍が攻撃を受けても、私たちは何もできない。本当にこれで良いのでしょうか」と言っています。では、米軍が攻撃を受けたときに、日本は何をする気なのか。まさか「祈る」とか「後方から声援を送る」とか言うことではないでしょう。「ともに戦う」以外のどういう行動がありうるのか。「戦争をすること」以外のなにをする気なのでしょう。たしかにそれなら日本がみずから進んで主体的に「戦争に参加する」ことになります。だから、これを「戦争に巻き込まれた」とは言えない、と。首相はそう強弁したいのでしょうか。
もう1点、気になる言葉があります。
〈今回、PKO協力法を改正し、そして新たに国際平和支援法を整備することにした。これにより、国際貢献の幅を一層広げていく。我が国の平和と安全に資する活動を行う米軍を始めとする外国の軍隊を後方支援するための法改正も行う〉
「後方支援」とは軍事用語では「兵站」業務のことです。武器弾薬の輸送、衛生、糧食、兵員の補給・教育、そして情報、通信管理もここには含まれます。現代の戦争では情報と通信は戦争の核心部分です。距離的に前線からどれだけ離れていようと、情報、通信を管轄する部門は敵からの攻撃の最重要目標となります。
「後方支援」という言葉の「後方」から、聴く人は前線のはるか彼方で燃料を補給したり、医療活動をしたりする「非戦闘的」なボランティア活動のような微温的なものを想像するかもしれませんが、兵站は軍事活動の重要な一環であり、それに従事する兵員は端的に「殺すべき敵」です。戦闘兵科の兵員と補給兵科の兵員に対しては攻撃の強度が違うというようなことは現実にはありません。
後方支援とは、端的に軍事活動です。「米軍を始めとする外国の軍隊を後方支援する」ということは、まさに「米国が行う戦争に参加する」ということ以外の何ものでもありません。そのための法整備を「戦争法案」と呼ぶ以外にどう呼べばいいのか。「戦争法案などといった無責任なレッテル張りは全くの誤りです」というのは全くの誤りです。
安倍政権は安保条約に手を付けるつもりもないし、日米地位協定に手を付けるつもりもありません。安保条約に手を着けないまま、安保体制の根本的な変更を国内法だけで処理しようとしている。そこに今回の安保法制の根源的な難点があります。

 「絶対」という言葉の不適切なことよりも重要なのは、「戦争に巻き込まれる」のはなく、「積極的に戦争する」国を安部政権が目指している、ということだ。
安保条約と矛盾する安保法制はどうやっても整合的には説明できません。だから、首相は嘘をつく以外にないのです。安全保障法制関連法案の閣議決定を受けた会見で、安倍首相は法整備がなぜ緊急に必要なのかの根拠をついに説明しませんでした。そればかりか、いくつもの点で、事実ではないことを述べています。
〈平和安全法制の整備は不可欠だと確信している。例えば、海外で紛争が発生し、そこから逃れようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助し、わが国へ輸送しようとしているとき、日本近海で攻撃を受けるかもしれない。このような場合でも、日本自身が攻撃を受けていなければ、救出することはできない〉
去年7月に集団的自衛権行使容認の閣議決定した際もこれと同様の説明をしていました。しかし、調べてみたら、そもそも過去に紛争国から在留邦人が米軍艦船で脱出したケースは一つもありませんでした。米軍からもそのような事態は想定できないと指摘されている。こういった反証をすべて無視して、「起こり得ない事態」に対処するために法整備が必要だと首相は述べているわけです。これは「同じ嘘でも何度も繰り返すと聴く人は信じるようになる」という詐欺師の経験則を適用しているのでしょうか、それとも国民は短期記憶しかないので、去年の7月に言ったことが反証されたこともすっかり忘れていることを当てにしているのでしょうか。

 「あり得ない」という言葉が、一時流行したような気がするが、その言葉は、国民が、安倍の上のような発言に対し、一斉にぶつけるべき言葉かもしれない。

 次に、一部の新聞が指摘した、とんでもない詭弁が次のものだ。
〈まるで、自衛隊の方々が殉職していない方がおられるという認識を持っている方がいらっしゃるかもしれないが、自衛隊発足以来、今までも1800人の方が殉職されている〉
これは、一体どういう命題を帰結したくて口にした言葉なのでしょうか。
自衛隊の年間殉職者数はここ数年ほぼ一桁台で推移しています。ほとんどが災害派遣と訓練中の事故です。22万人の隊員で事故死者一桁というのは、かなり安全管理の徹底した職場だと言っていいと思います。
首相が「これからどうやって殉職者をゼロにするのか」という実践的課題に取り組むために「殉職者は1800人いる」という数字を挙げたのであれば、話はわかります。でも、これから先もこれまで通り災害復旧に参加し、訓練も続けながら、それに加えて、これまでしたことのない海外での米軍の戦闘行動への参加に踏み切るとしたら、いったいどうやって「殉職者数を減らす」つもりなのか。これまでしなかった軍事活動を行うことで、殉職者数が減るということは誰が考えてもありえない。だとすれば、ここで引かれた18000人という数字には、「もう1800人も死んでいるのだから、このあと100人や200人死んでも大騒ぎするような話ではない」という方向に世論をリードする以外に目的はありません。

 この「殉職1800人」には、たまげた。

 北海道新聞からも、この件への反論を引用する。
北海道新聞の該当記事

首相「殉職自衛隊員1800人いる」 「戦死者」への批判かわす狙い
北海道新聞 5月16日(土)7時30分配信

大半は任務中の事故死 「論理のすり替え」

 新たな安全保障関連法案を閣議決定した14日の記者会見で、安倍晋三首相が自衛隊員のリスクについて「今までも1800人の隊員が殉職している」と述べたことに波紋が広がっている。殉職者の大半は任務中の事故によるもので、戦闘に巻き込まれて亡くなった隊員は、過去1人もいない。隊員に「戦死者」が出かねないとの批判をかわす狙いとみられるが、性質の違う数字を挙げる首相の論法に、専門家は「論理のすり替えだ」と批判している。

 「まるで今まで殉職した隊員がいないかのように思っている方もいるかもしれないが、1800人が殉職している。私も遺族とお目にかかっており、殉職者が全く出ない状況を何とか実現したい」。首相は14日の会見で、新たな法整備によって隊員が死亡するリスクが高まると指摘した質問に対し、こう述べた。

 防衛省によると、自衛隊の前身である警察予備隊が発足した1950年以降、殉職者数は今年3月末現在で1874人。車両や航空機、艦船による訓練など任務中の事故が7割以上を占め、残りは過剰業務による病気などが原因のケースが目立つという。

確実に高まる隊員のリスク

 首相はまた「自衛隊は日ごろから日本人の命、幸せな暮らしを守るために苦しい訓練を積んでいる。こういう任務をこれからも同じように果たしていく」と強調した。

 だが、関連法案が成立すれば「非戦闘地域」に限定されていた他国軍への後方支援が、より戦場に近い地域でも可能になる。法人救出や「駆け付け警護」などの任務で攻撃を受ける可能性は高まり、危険性は格段に増す。政府高官も15日、「自衛隊の活動場所や内容は広がり、隊員のリスクは確実に高まる」と認める。

 憲法9条の下、戦後、自衛隊員が戦闘で殉職した例はなく、野党は「今回の法整備によって、戦闘に巻き込まれて死亡する隊員が出かねない」と危惧する。専門家からも「首相は戦死者が出ても驚くことではないと言っているようだ」「自衛隊員の殉職はやむを得ないとも聞こえる」と批判の声も上がる。

 自衛隊の幹部は、こういう安倍の詭弁、嘘に、何ら反論できない存在なのだろうか・・・・・・。
 彼らこそ、安倍内閣の「解釈」一つで生命の危機を迎えている当事者なのだ。
 ぜひ、発言して欲しい。

 安倍晋三の詭弁や嘘が、今に始まったことではないことを指摘し、国民への警鐘を鳴らす内田樹の文章で、締めたい。
安倍首相は年金問題のときに「最後のひとりまで」と見得を切り、TPPについては「絶対反対」で選挙を制し、原発事故処理では「アンダーコントロール」と国際社会に約束しました。「あの約束はどうなったのか?」という問いを誰も首相に向けないのは、彼からはまともな答えが返ってこないことをもうみんな知っているからです。
ここまで知的に不誠実な政治家が国を支配していることに恐怖を感じない国民の鈍感さに私は恐怖を感じます。

 いつから、日本国民は、こんなに「鈍感」になったのだろうか・・・・・・。
 
 このブログには、「TPP断固反対」の自民党ポスターを掲示しているが、まさに、これは自分自身が「鈍感」にならないためなのだ。

 「解釈」と「詭弁」で、この国を危うくさせている安部政権の暴走を、許すことはできない。
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 国際平和支援法案を含む安全保障関連法案が昨日閣議決定され、今日、国会に提出された。
 4月21日に、自民党と公明党が合意した後、日刊ゲンダイは次のような記事を掲載した。
日刊ゲンダイの該当記事

「平和支援法」自公合意…今後4年で自衛隊70人死傷の恐れ
2015年4月23日

 他国軍への後方支援を随時可能にする恒久法、「国際平和支援法案」について、自公が21日、合意した。国会の事前承認に例外を設けるかどうかが焦点で、「例外なき国会承認」を求める公明に自民が譲ったとか何とか大新聞は書いているが、こんなのは目くらましだ。

 この法案の本質は、これによって、自衛隊は地球の裏側まで派兵されることになり、他国の紛争で、死傷者が続出することなのである。公明党は安全保障法整備の協議に際して、「国際法上の正当性」などと一緒に「自衛隊員の安全確保」を大原則として求めていた。それをぬぐって合意したのであって、歯止めも何もありゃしない。

 軍事評論家の田岡俊次氏は米軍もイラク戦争「勝利宣言」後の治安維持活動で4000人以上の死者が出たことを指摘、検問所がゲリラやテロリストの標的になりやすいうえに、彼らはむしろ、正面戦では勝ち目がないから、後方の補給を妨害するのが定石だと言っている。「戦闘地域じゃない」「後方支援だ」なんて言ったところで、何の保証にもならないわけだ。となると、自衛隊員にどれだけの犠牲がでるのか。

「参考になるのが米英軍のアフガン攻撃の際に『国際治安支援部隊』に加わったオーストラリアです。オーストラリア軍は2007年に907人を送ったのを皮切りに、2013年まで毎年平均1290人を参加させ、年平均で約6人が死亡しました。イラク戦争では比較的治安が良い場所を担当したため死者3人でしたが、戦争は悪い方を考えた方がいい。自衛隊もオーストラリア軍と似たような規模、内容の活動になるでしょうが、この比率なら、仮に年平均1000人を4年間派遣すれば18人の死者が出て、負傷者は3倍程度として50人くらいになる。22万人の自衛隊員総数からみれば軽微な損害かもしれないが、自国の防衛ではなく、他国の紛争に付き合って自衛隊に人的被害が出たらどうなるのか」(田岡俊次氏)

 安倍政権はグラグラになるだろう。

「当初はこの死を無駄死にと言うな、との論が出て、世の中が応援ムードになりがちです。だが、棺桶が次々と戻ると政権に対する批判が高まるというのが従来の他国のパターンです」(田岡俊次氏)

 安倍首相が「その時は政権にいない」なんて思っているのだとしたら、ますますもって無責任の極みである。

 私は、自衛隊の犠牲者は、もっと増えるのではないかと思っている。
 戦場にいる敵は、「前方」だろうが「後方」だろうが、そこにある彼らにとっての‘危機’に対処するはずだ。

 テレビのニュースで、自衛隊員の奥さん数名へのインタビューを見たが、放送できる内容だから、反政府的な発言のものはなかった。

 今日の朝日に、次のような記事があった。
朝日新聞の該当記事

長崎)安保法制に何思う 自衛官、被爆者らそれぞれの声
具志堅直 小野太郎、八尋紀子 聞き手・小野太郎
2015年5月15日03時00分

 平和のためなのか、戦争に近づく一歩なのか。安倍政権が14日に閣議決定した新しい安全保障法制の関連法案の行方を、県内の自衛官らは淡々と任務をこなしながら見守る。一方、市民団体や被爆者らは反対の声を上げた。

■海自隊員・家族らの思い

 自衛隊の任務は様変わりするのか――。13日、佐世保市の佐世保港を母港とする海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」(乗組員約160人)の乗組員家族向けの体験航海に同乗して任務の一部を垣間見るとともに、隊員らの思いを聞いた。

 午前9時、きりさめは整備のため三菱重工業長崎造船所(長崎市)に向けて佐世保港を出港した。

 新たな安保法制は「切れ目のない対応」を名目に、あらゆる事態で自衛隊の活動範囲を拡大させる内容だ。きりさめはテロ対策特別措置法の施行後、インド洋に3回派遣され、海賊対処法に基づいてソマリア沖にも派遣された。

 艦長の横田和司2等海佐は新安保法制について「どのような法制に変わろうが政府の命令に従い、淡々と任務を実行することに変わりはない」と語る。

 佐世保港は、港湾の約80%が在日米軍に提供されている。出港後、米海軍のエアクッション型揚陸艇LCAC(エルキャック)が港内の横瀬駐機場(西海市)付近から姿を見せ、ドック型揚陸艦ジャーマンタウンのハッチへ水しぶきを上げて滑り込んでいく様子が見えた。

 こうした揚陸艦や輸送艦を使った水陸両用作戦は、海洋進出を図る中国を念頭に自衛隊も力を入れる離島防衛の手段であり、新たな安保法制とも絡んでくる。海自幹部の1人は「東日本大震災などでの人員や物資輸送も揚陸作戦と同じ手順だった。すべては日々の訓練の応用。(新たな法制でも)それを越える任務はあまりないと思う」と話す。

 若い隊員はどう思うのか。レーダーの保守業務などをしている10代の隊員は「今は任務を覚えることが精いっぱいで、そこまでは考えきれません」。別の隊員は「戦争になったら、家族から辞めろと言われているけど、隊から『君が頼りだ』と言われると、自分だけが抜ける訳にはいかない」と話した。

 体験航海には家族ら50人ほども搭乗。都内の自衛隊父兄会の男性は「自衛隊の任務は警察や消防と一緒で、法に従って我々の命を守ってくれる。彼らを誇りに思う」。別の男性は「家族が心配するのは当たり前。それと本人の志や任務は別のこと」と話した。(具志堅直)

■市民団体・被爆者ら批判

 市民団体「戦争への道を許さない! ながさき1001人委員会」など4団体が主催したJR長崎駅前での緊急集会には約500人が詰めかけ、安保法制関連法案の廃案などを訴えた。

 県平和運動センターの上川剛史議長は「特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認に続く非常に危険な法案だ」と批判。政府が関連11法案を「平和安全法制」と呼ぶことについて、「日本は先の大戦でも『平和のため』と、戦争に突き進んだ」と指摘した。

 憲法を教える活水女子大の渡辺弘准教授は「これまでは自衛隊が海外に出て行く場合、その度に必要な法律を作っていたが、今回は恒久法。その都度、反対することが難しくなる」と危機感を示した。

 県内の被爆者5団体は安倍晋三首相あてに抗議文を送った。安倍首相が新安保法制の背景に激変する国際情勢を挙げることに対して、「意図的に誇大に作られた変化で、平和外交に徹することで克服できる」と指摘。「戦争法を作るのではなく、平和憲法という名の財産を世界に広げる努力をすべきだ」としている。

 長崎市役所で会見した県被爆者手帳友愛会の中島正徳会長(85)は「戦争を知らない人は、戦争と平和の境目を知らない。平和を守ることは外国に出て行って攻撃することではなく、戦争をしない国を広めていくことだ」と訴えた。県平和運動センター被爆者連絡協議会の川野浩一議長(75)は「今、死力を尽くして抗議しないと、70年前に戻ってしまう」と話した。(小野太郎、八尋紀子)

 〈県弁護士会憲法委員長の山下肇弁護士の話〉 安倍首相は先日、米国議会で新安保法制の整備を約束した。国会の承認前に行政がアドバルーンを揚げて法律を整え、さらに憲法改正を進めようとするなし崩し的な動きに見える。憲法とは国家権力を縛るもの。集団的自衛権の行使などを認めるのなら、正面から憲法改正を議論すべきだ。

 上位の法律になるほど文言が抽象的になり、憲法にあいまいな言葉が多いのは仕方ない。だからこそ(国会論戦や憲法解釈の)過程や積み重ねが尊重されるべきで、行政の判断で簡単に変えていいものではない。

 今回の新安保法制は「重要な」といった、あいまいな言葉の羅列が目立つ。武力行使や自衛隊の運用の要件を定めているようで、実は定めていない印象を受ける。結局、その時の政権の判断に委ねられている。

 「後方支援」とは味方から見た言い方で、敵から見れば、それは敵以外の何者でもない。安倍首相は、本当にそういったリスクを考えているのだろうか。(聞き手・小野太郎)
 実に曖昧なままで、自衛隊員を戦地に送ろうとしているのが、この度の法案である。

 昨夜、安部晋三は、日本が武力を行使するのは国民を守るためで「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にあり得ない」「日米同盟の抑止力は高まり、日本が攻撃を受ける可能性は一層なくなっていく。『戦争法案』といった無責任なレッテルは誤りだ」と語ったようだが、すべからく詭弁である。

 朝日の記事から、自衛隊員と家族の言葉を含む部分を、再度紹介。

‘艦長の横田和司2等海佐は新安保法制について「どのような法制に変わろうが政府の命令に従い、淡々と任務を実行することに変わりはない」と語る。’

‘若い隊員はどう思うのか。レーダーの保守業務などをしている10代の隊員は「今は任務を覚えることが精いっぱいで、そこまでは考えきれません」。別の隊員は「戦争になったら、家族から辞めろと言われているけど、隊から『君が頼りだ』と言われると、自分だけが抜ける訳にはいかない」と話した。’

‘体験航海には家族ら50人ほども搭乗。都内の自衛隊父兄会の男性は「自衛隊の任務は警察や消防と一緒で、法に従って我々の命を守ってくれる。彼らを誇りに思う」。別の男性は「家族が心配するのは当たり前。それと本人の志や任務は別のこと」と話した。’

 軍国化を進める安倍政権の暴挙により、「お国のため」でもなく、「アメリカのため」に犠牲になることを、自衛隊員は本当に厭わないのか・・・・・・。

 あるいは、彼らは、敵と向かい合った時、「淡々と」殺人という「任務」を実行するのだろうか・・・・・・。

 家族は、そんな彼らを、本当に「誇り」と思えるのか・・・・・・。

 
 そして、問題は戦地にだけあるのではない。
 帰還してからも、戦争は彼らの心の中で続いているという事実を、考えざるを得ない。

 「日経ビジネス」に掲載された、イラクからの米軍帰還兵に関する記事を紹介したい。

日経ビジネスの該当記事

この現実を見よ! 戦争から戻っても自殺が絶えない米復員軍人
堀田 佳男
2014年11月18日(火)

1日22人が自殺している―。

 11月11日の米ベテランズデー(復員軍人の日)に合わせて、反戦イラク帰還兵の会が発表した復員軍人における自殺者数である。

 「復員軍人」というのは、日本では第2次世界大戦から戻った軍人を指すが、米国でいま注目されているのは2001年に始まったアフガニスタンでの戦争と03年から始まったイラク戦争から本国に戻った米兵たちを指す。

 22人という数字は過去2カ月の平均で、単純に計算すると1年に約8000人が自ら命を絶っていることになる。アフガニスタンとイラク両国で戦死した米兵は過去13年で約6800人なので、これと比べると、どれほど多くの若者が自殺しているかがわかる。

 多くの兵士たちは戦地で想像を絶するような試練を経験して帰国する。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患う帰還兵も多い。最近まで高校に通っていた普通の若者までも、従軍により生活環境が一変し、最悪の場合は自殺に追い込まれてしまう。

心を病んでも再びイラクへ

 今回、当欄で記すのは少しばかり憂鬱な内容である。けれども、それが米国の直面する戦争の現実だ。戦地に赴いた兵士たちが抱えるそれぞれの「戦後」と呼んでいいかもしれない。

 ワシントン州に住んでいたデリック・カークランドさんは高校卒業後、米陸軍に入隊。軍事訓練を受けた後、08年にイラクに派兵された。

 ある日、彼の所属する小隊が、テロリスト殲滅を目的とした掃討作戦をイラクの小村で行うことになった。カークランドさんは他の兵士たちと、ある民家のドアを打ち破った。侵入後、中にいたイラク人男性を撃った。イラク人男性は床に倒れたが、すぐに死亡したわけではない。

 小隊長がカークランドさんに命令した。
「そいつの胸を踏みつけろ。そうすれば出血が加速して早く絶命する」
「そんなことしなくとも彼は死にます。早く立ち去りましょう」
 反論したものの、カークランドさんは小隊長の命令に従わざるをなかった。
 この時の光景が脳裏から消えることはなかった。

 その後、米国への帰還を許可されたが、再びイラク行きを命じられる。彼はイラクの戦場で精神を病み、再び米国に戻って陸軍病院にしばらく入院した。その時医師が「自殺する危険性は低いので、小隊に戻るべき」との判断を下し、3度目のイラク行きとなった。

 小隊に戻ると、小隊長が「お前は弱虫だ。くそったれだ」と叱責。カークランドさんはイラクで何度か自殺未遂事件を起こした。それでも任期を終えてワシントン州の自宅に戻った。

 だが精神状態は芳しくはならなかった。母親に「僕は人殺しだ」とつぶやき、ふさぎ込む日が多くなった。精神科医のところに通ったが、最後は自宅の押し入れで首を吊った。21歳だった。
 戦場に送られた1人の若者が直面した現実がここにある。入隊前のカークランドさんは、パソコンやスマホに興じる、日本の若者と同じような若者だったかもしれない。だが入隊して半年後には戦場に赴任し、死に直面する体験をして戻ってきた。同じ体験をした他の人間が、その時に真っ当な精神状態を保っていられるかどうかは誰にもわからない。

 日本の自衛隊は、「後方支援だから、大丈夫」なんて安倍晋三が言うまやかしに騙されないで欲しい。
 戦場に行ったら、米軍だろうが、日本の自衛隊だろうが、危険は免れないし、相手を殺傷する可能性もある。

 そして、その心の傷は、戦場から帰っても、癒されないということを、アメリカの「失敗」から学ぶべきだろう。

 自衛隊内部からだって、この法案に反論することは許されるのではないか。

 なぜなら、彼らは日本国憲法を正しく解釈した上で、入隊したはずだからである。

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 3日の憲法記念日に放送されたNHKの大河「花燃ゆ」で、「フレーヘード」という、オランダ語で「自由」に相当する言葉が登場した。

 これは、松陰亡き後に萩に久坂玄瑞を訪ねた坂本龍馬が、「松陰さんが生きていたら、フレーヘード、自由という言葉の意味を聞きたかった」と文に向かって呟いた。

 「フレーヘード」は、松陰が亡くなる安政6(1859)年4月に、北山安世(佐久間象山の甥)に送った手紙の中にある。

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古川薫『吉田松陰-独り、志に生きる』(PHP文庫)

 この手紙の内容を含め、古川薫著『吉田松陰-独り、志すに生きる』(PHP文庫)から、紹介したい。
「独立不羈三千年の大日本、一個人の羈縛を受くること、血性ある者視るに忍ぶべけんや。那波列翁(ナポレオン)を起してフレーヘード(注、オランダ語 vrijheid 自由の意)を唱えねば腹悶医(いや)し難し。僕固(もと)よりその成すべからざるは知れども、昨年来微力相応に粉骨砕身すれど一つも裨益なし。徒に岸獄に坐するを得るのみ。この余の処置、妄言すれば則ち族せられん(注、罪一族に及ぶ)。なれども、今の幕府も諸侯も最早酔人なれば扶持の術なし。草莽崛起の人を望む外頼みなし」
 (中略)
「那波列翁を起してフレーヘードを唱える」とは、「自由をわれらに」という松陰の叫びなのだった。この時期、日本人は近代思想でいう「自由」の概念にあてはまる言葉を持っていなかった。だから松陰はフレーヘードというオランダ語を使ったと考えてよいだろう。
「那波列翁を起して」とはどういうことか。
 松陰は平戸で『近時海国必読書』を読んだとき「余、樸那把児的(ボナパルト)の暴を憎む」と感想を述べている。1812年、ナポレオンがロシア遠征で挫折していらい、プロイセンを中心にヨーロッパ諸国民が一斉に反ナポレオン闘争を展開して彼の軍事支配から脱したあの「自由戦争」を想起しようといっているようにも受けとれる。しかし「恢復の策は劉項(漢の高祖劉邦と楚の項羽)、那波列翁等に非ざれば出来がたし」とも書いているので、変革を指導する強力な人物があらわれることを期待していると解さなければならない。幕府という強大な権力を倒すための「暴」の必要性を、松陰は感じているのだ。

 「花燃ゆ」で龍馬が、「フレーヘード、自由という言葉の意味を聞きたかった」と、「自由」という言葉を語ったことは、やや時代考証的には問題があるだろう。

 龍馬が萩に久坂玄瑞を訪ねたのは文久2(1962)年、とされている。

 そして、諸説あるが、一般的に英語の「フリーダム」に「自由」という日本語を充てたのは、福沢諭吉の『西洋事情』だと言われている。
日本にない西洋の事物を紹介するのであるから、福沢は新たに訳語を作り、その訳語に長々と説明を加えるなどして、読者の理解を助けるために苦心した。たとえば、フリードム又はリバアティの語に「自主任意」「自由」などの訳語を与え
と、慶応大学のデジタル・ギャラリーでも解説されているが、同書は慶応2(1966)年から明治にかけて書かれた本だ。
慶応大学デジタルギャラリーの「西洋事情」のページ

 慶応3(1867)年に龍馬が亡くなる直前に、彼が「自由」という言葉を知っている可能性はある。しかし、その五年前に口にすることは、なかったはずだ

 この「自由」、今では誰もが知る言葉であるが、松陰が亡くなる直前に、英語のフリーダムを知らずオランダ語のフレーヘードを使ってその概念の素晴らしさを称え、坂本龍馬は、その言葉が日本語として定着する前に亡くなった。
 
 我々が日常会話として使っている、この「自由」は、実に危機的な状況を迎えているように思う。

 憲法によって定義されている自由には、「精神の自由」「経済的活動の自由」「身体の自由」の大きく三つがあるが、その中の「精神の自由」だけでも、次のようなものがある。Wikipediaから引用。
Wikipedia「自由権」
精神の自由
内面の自由
・思想・良心の自由(日本国憲法第19条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)第18条)
・信教の自由(日本国憲法第20条、自由権規約第18条)
・学問の自由(日本国憲法第23条)

外面的な精神活動の自由
・表現の自由(日本国憲法第21条、自由権規約第19条)
・集会の自由(日本国憲法第21条、自由権規約第22条)
・結社の自由(日本国憲法第21条、自由権規約第22条)
・通信の秘密(日本国憲法第21条第2項、自由権規約第17条)
・幸福追求権(日本国憲法第13条)
法の下の平等、差別から保護される権利(日本国憲法第14条、自由権規約第2、24条、26条)
法的に承認される権利(自由権規約第16条)
プライバシーの権利 (自由権規約第17条)

 明治維新という激動の中で、多くの志士の犠牲の末に勝ち取ったはずなのが「自由」であったはず。
 松陰は海外からの脅威について深く憂慮していたからこそ、ペリー艦隊に乗り込んで見聞を広めようとした。

 今の政府は、欧米、アジアの状況を果たして、どれほど的確に把握して行動しているのだろうか。

 すでに世界の警察としての役割を担うことができないアメリカに追随し、国民にアメリカの戦争の片棒を担がせ、その犠牲になるよう憲法の改悪をしようとしていることに、松陰や龍馬は、どんな思いを抱くであろうか。

 長州出身の安部晋三がやっていることは、幕末の長州ではなく徳川幕府の姿にこそ似ている。

 反原発、反戦の活動に、今あらためて「草莽」の結集が必要な時期にあると思う。

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