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 自民党の「文化芸術懇話会」という‘勉強会’で、メディアを懲らしめるために広告収入を減らすよう、‘文化人’の百田に経団連に働き掛けて欲しいと言ったのは、大西英男という議員だった。
 まず、スポニチから引用する。
スポニチの該当記事

またあの人…マスコミ懲らしめろ発言はセクハラやじの大西英男氏

 自民党若手議員による勉強会で報道機関に圧力をかけるような発言が出た問題で、「マスコミへの広告料収入をなくせ」などと発言したのは大西英男衆院議員だったことが27日、分かった。過去には上西小百合衆院議員へのセクハラやじで問題になった当選2回の68歳。党執行部は勉強会代表の木原稔青年局長を更迭するなどの処分をしたが、“言論封じ”問題の余波はまだまだ続きそうだ。

 勉強会は安倍首相に近い若手議員37人が出席した「文化芸術懇話会」。冒頭の数分間を除き、マスコミには非公開となった。出席者への取材などによると、講演が終了し質疑応答に移った後、大西氏が「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。文化人や民間人の方々が、マスコミはとんでもないと経団連などに働き掛けてほしい」などと、講師として出席していた作家の百田尚樹氏に呼び掛けた。

 意に沿わない報道を排除しようとする考えがうかがえる問題ある内容。当初、誰の発言だったのか特定されていなかったが、取材が進められていた。

 大西氏は東京16区選出。江戸川区議、東京都議を経て2012年に初当選を果たした“安倍チルドレン”の一人。

 14年には、衆院総務委員会で、日本維新の会(当時)の上西小百合衆院議員が少子化問題について質問した際、「子供を産まないとダメだぞ」とのやじを飛ばし、騒動を起こした。大西氏は自身のやじだったことをいったん否定した後、上西氏に電話で謝罪。当時の石破茂幹事長から厳重注意を受けた。

 都議時代から大西氏を知る自民党関係者は「汚いやじを飛ばすことで有名だった。今回の発言者が大西氏だったと聞いても全く驚かない」とあきれ顔。別の関係者は「声が大きいので壁を通じて外まで届いてしまったのだろう」と話した。

 また、長尾敬衆院議員(比例近畿)は、「沖縄の特殊なメディア構造をつくってしまったのは戦後保守の堕落だった。左翼勢力に完全に乗っ取られている」との発言を自身のものと認めた。[ 2015年6月28日 05:30 ]

 長尾敬という男も、‘言論の自由’についてまったく分かっていない大馬鹿だが、大西は、昨年のセクハラ発言を含め、つい‘本音’を口に出すおっさんのようだ。
 声が大きいのが自慢な‘ヤジ将軍’とでも自負しているのだろうか。

 大西をはじめ、この「文化芸術懇話会」の議員の多くは「神道政治連盟国会議員懇談会」にも所属している。会長は安倍だ。
 Wikipediaから、同懇談会の説明を引用する。
Wikipedia「神道政治連盟国会議員懇談会」

神道政治連盟国会議員懇談会
自民党を中心に、289名の国会議員(衆議院211名・参議院78名)が超党派で参加している(2014年12月20日現在)。現在の会長は安倍晋三。

これまで元号制定化、国旗国歌法、昭和の日制定、選択的夫婦別姓制度導入の阻止などの活動を行ってきた。

活動等
2000年に内閣総理大臣(当時)の森喜朗が懇談会結成30周年記念祝賀会にて「神の国発言」を行った。その発言内容だけでなく、首相が宗教関係団体へ参加していることに対して政教分離の面から批判された。
2009年12月14日に天皇特例会見問題で鳩山由紀夫内閣の内閣総辞職及び天皇と習近平の会見中止を求める決議文をまとめ、日本会議国会議員懇談会や真・保守政策研究会と共同記者会見を開いた。
2010年9月27日には尖閣諸島中国漁船衝突事件への対応をめぐり、菅内閣の総辞職を要求する緊急声明を発表した。

 この懇談会の活動に対する批判も、Wikipediaにこう書かれている。

批判
神道という宗教の関連団体であることから、政教分離の面から批判されている。

例えば1996年に法制審議会において選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする「民法改正要綱案」が決定された際には、神道政治連盟国会議員懇談会に参加している議員の反対によって法案提出が先送りされたため、政教分離に反するものであるとの批判を受けた。

 連盟については、次の通り。
神道政治連盟
 神道政治連盟(しんとうせいじれんめい)は、日本の政治団体・宗教団体。略称名は神政連。神社本庁を母体とし、神社本庁の宗教的価値観の政治浸透をはかるために、1969年に結成された。主に自由民主党を支持しており、多くの自民党議員が神道政治連盟国会議員懇談会に所属している。

 日本人の神への信仰は、「八百万の神々」と言われるように、自然を対象とし、万物に霊魂や精霊が宿るとする考えが基本にあるのであって、いわゆる‘現人神’を崇めることは、実に怪しい考え方であり、危険な思想につながっていく。

 昨今の今上天皇、そして皇太子の発言や行動を思うと、神道政治連盟の考え方や行動は、決して皇室にとって嬉しいことではないと思う。もっと言うなら、迷惑千万な議員たちだ、と思われているのではなかろうか。
 
 そういった、時代錯誤の議員が、他にも大勢いるのは、安部晋三がそうであり、ボスの周囲に同じ偏向した思想をもった人が集まるからだろう。

 
 日刊ゲンダイには、この勉強会を仕切った他の議員の名前も登場する。
日刊ゲンダイの該当記事

「マスコミを懲らしめるには……」と発言した大西英男衆院議員は、過去に維新の会の上西小百合議員に対するセクハラやじで陳謝した“フダツキ”だ。

 とんでもない会合があったものだが、これは幼稚な若手議員の暴走ではない。この会は安倍応援団の会合で、官房副長官や安倍側近の萩生田光一筆頭副幹事長(東京24区・当選4回)が出席していた。実質的に会を仕切ったのは萩生田氏とされている。

「そこでこういう発言が出たということは、安倍首相の考え方を代弁するんだ、総理の代わりに我々が言おう、そうすれば、首相の覚えもめでたくなる。こんなムードがあったのは間違いないと思います」(ジャーナリストの横田一氏)

 総裁特別補佐でもある萩生田光一は、メディアでさまざまな問題発言をしている。
 河野談話については、「新しい事実が出てくれば新しい談話を発表すればいい」などと述べている。
 昨年、安倍は靖国神社を参拝したが、参拝を強く勧めたのが萩生田だと言われる

 こんなのが、安倍の周囲にいるのだ。
 ボスがボスなので、チンピラもこうなのである。

 警察は、他の暴力団を取り締まるが、その警察も‘安倍組’の息がかかっているので、国民が団結して、取り締まる以外にはないのかもしれない。
 沖縄などの地方のメディアは、結構この暴力団の脅しにも負けず奮闘しているが、大手メディアには組員がにらみをきかしており、メディアはみかじめ料を取られたくないので、弱腰だ。

 広域暴力団を肯定するつもりは毛頭ない。しかし、暴力団の悪事は国家そのものの崩壊につながらない。安倍組の悪事は、日本という国の将来、国民の生命を危うくしている。


 
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by koubeinokogoto | 2015-06-30 12:52 | 責任者出て来い! | Comments(0)

 先日行った落語会の場所は川崎だったが、その川崎に、落語で反戦を訴えるアマチュアの落語家の方がいらっしゃるのを、東京新聞の記事で知った。
東京新聞の該当記事

笑いで反戦 軽妙に訴え アマチュア落語家 寝床家道楽さん
2015年6月28日

 川崎市在住のアマチュア落語家、寝床家道楽(ねどこやどうらく)(本名・中島邦雄)さん(80)が、落語を通じ、平和への思いを訴え続けている。先の戦争で家族を失った寝床家さんは、国会で審議中の安全保障関連法案に関しても「『平和法案』なんてまやかし。起きるかどうか分からない危機で国民を不安にし、軍事予算を増やすだけですよ」と断じ、国の行方に危機感を強めている。 (山本哲正)

 落語の話に入る前に時事的な話題を入れて話す「まくら」のおもしろさが道楽さんの魅力の一つ。最近は「安倍さん(安倍晋三首相)は若だんなです。落語の世界では、ろくな若だんながいません」と話し、若だんなが身代をつぶす「山崎屋」へとつなげる。

     ■

 東京・浅草生まれ。小学四年生だった一九四五年、疎開先の宮城県で、父母と妹、弟二人の家族全員が三月十日の東京大空襲で亡くなったと知らされた。「死に目に会っていないから実感を持てない。『どこかで生きていてくれる』という思いを中学生ぐらいまで引きずっていました」

 都内の高校を卒業。親がいないことで就職に苦労したという。卒業した都内の高校の先生に勧められ裁判所の速記官になったが「悲しみ、苦しみに長く引きずられる人々を生み出す戦争は絶対いけない」との思いを強めた。

 戦後、ラジオから流れてくる落語に、両親との下町暮らしの記憶を重ねた。落語が心の支えとなり、聞き覚えて、速記官時代に寄席に出始めた。キャリアは約四十年。今も落語仲間の会や小学校の落語教室などで月四回ほど落語を披露する。東京大空襲資料展に合わせて三月十日前後に東京・浅草で開かれる寄席にも出演してきた。七月十五日には足立区で開かれる「憲法のつどい」に出演する。

     ■

 二〇〇四年ごろ、改憲に向けた政治の動きが出る一方、九条の会の発足など平和憲法を守る活動も活発化。そのころ落語「生き字引」を作った。八っつぁんが大切にする憲法を「新しいのと取り換えたい」と外国人が訪ねてくる。面白くも、かみ合わないやりとりが続き、見かねた子どもが「九条は世界遺産に登録しちゃえばいい」と言う。この話は時機に合って評判を呼んだ。

 最近、まくらの時事話とともに力を入れているのが禁演落語。戦時中の精神や雰囲気に合わない、酒や浮気話が出てくる落語は当時できなかった。それを禁演落語というが、あの嫌な時代に戻ってはいけないとの思いから、しゃべっている。

 話のタネには困らないようだ。「フグは毒があるから全部食べたら当たるが、肝を外せば食べられる」。横畠裕介内閣法制局長官はこう発言し、他国を武力で守る集団的自衛権をフグに見立て、「限定的」な行使なら合憲との考えを示した。寝床家さんは「次々出てくる迷言から、まくらを練りたい。こんな国にされて悔しいと言うにはまだ早い。自分にできることをしなければ」と意欲的。

 現政権については「国民の生命や幸福追求の権利を守るため集団的自衛権を行使するとおっしゃいますが、いま国民の命や幸福追求を守っているかといえば、全然そうじゃあないね」とチクリ。

 小学生の時に東京大空襲で親兄弟を失ってからの寝床家道楽さんのご苦労は、察するに余りある。

 それにしても「山崎屋」など、本職の噺家さんでも、なかなか手ごわいネタだが、凄い。
 私などは、とても出来そうにない。

 道楽さんは、これまでの人生で、深い悲しみを味わってきただろう。
 しかし、落語との出会いにより、心も平穏を取り戻されたのなら、落語愛好家としても嬉しいことである。
 
 少し調べてみたら、今年5月に「むさし寄席」という名で横浜にぎわい座の芸能ホールで落語会を開催していらっしゃる。
横浜にぎわい座サイトの該当ページ
 第35回だったとのこと。結構、歴史がある。

 自作のネタにおける、憲法第九条を世界遺産に、という発想は昨今‘九条にノーベル平和賞を‘という活動があり、私も署名したが、道楽さんは同じような精神を先取りされていたということだ。

 落語という芸により、笑いに乗せた社会風刺や権力批判こそ、言論の自由を知的に行使するものではないかと思う。
 自民党の若造たちが勉強会とやらで好き放題しゃべくっていることに、言論の自由も何もあったもんじゃない。彼らこそ、言論の自由の意味を知らずに、新聞という媒体の言論の自由を阻害しようとしていることを知るべきだ。

 その勉強会、「文化芸術懇話会」という名がついている。
 ぜひ道楽さんを呼んで落語を開いて欲しいものだ。
 しかし、若旦那の馬鹿ぶりを見て、「もしかして、あれってウチの親分!?」と笑える感性を持ち合わせた聴き手はいそうにないだろうから、無駄だね。

 にぎわい座の会が日曜開催を通例とするなら、私が行きにくい日なのだが、道楽さんの会の情報を調べ、何とかお聴きしたいと思う。

 若者も立ち上がり始めた。戦争を知る人、人生に大きな影響を受けた人たちも、それぞれの方法で主張している。

 この流れは、大きな奔流となって、安部政権の暴挙を阻むことにつながると信じている。


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by koubeinokogoto | 2015-06-29 18:05 | 戦争反対 | Comments(4)
 
 相変わらず、日本で起こっていることを、海外メディアから知る状況が続いている。
 23日の沖縄全戦没者追悼式で、会場に現れた安倍に「帰れ」コールがあったことについて、日刊ゲンダイから引用。(太字は管理人)
日刊ゲンダイの該当記事

沖縄慰霊の日 「安倍帰れ!」コールを海外メディアが一斉報道
2015年6月26日

 23日の沖縄全戦没者追悼式に安倍首相が登壇すると、会場からヤジが巻き起こった。県民の8割が反対する辺野古移転を強引に推し進めようとする安倍。民意無視のトップに沖縄の人々は怒りをぶつけたのだが、その抗議の声を海外メディアが大々的に報じている。

 24日付の英有力紙「タイムズ」は〈安倍首相は追悼式で怒りの群衆によって、ヤジられ、嘲笑された〉と伝えた英有力紙「ガーディアン」は〈平和憲法を読み替えようとし、最低水準の支持率に達した「国家主義者」の安倍に“帰れ”や“戦争屋”の叫びが投げかけられた〉と追随。英BBC放送も〈首相がヤジられるのは、日本ではまず絶対起こらないことだ〉とリポートした。

 AFP通信やロイター通信なども抗議のヤジを全世界に一斉配信。〈なぜ、安倍首相に「帰れ!」と言っている人々を映さないんだ〉と、AFP東京支局の副支局長にツイートされたNHKとは大違いである。

 いずれの論調とも沖縄県民に同情的で、安倍首相の振る舞いはあまりに乱暴でおかしいという視点で伝えています。タイムズやガーディアン、BBCの影響力は英国内にとどまらず、全世界が注目するオピニオンリーダーです。国際社会の安倍首相に対する視線は、ますます厳しくなるでしょう」(元外務省国際情報局長の孫崎享氏)

 ガーディアンは安倍を「国家主義者」とキッパリと断じたが、「仏版ニューズウィーク」と称される週刊誌「ヌーベル・オプセルバトゥール」の論調は強烈だ。

 先月21日号で「安倍晋三の隠された顔」という特集記事を掲載。4ページにわたって〈閣僚の4分の3が、歴史修正主義で権威主義の極右団体、「日本会議」に属している〉と指摘

 日本会議の夢は〈個人に天皇への全面服従を押し付けた1890年代の帝国時代の法にできるだけ早く近づくこと〉と分析した上で、〈大多数の国民は日本会議の思想に反対でも、アベノミクスに気をとられていて、安倍首相と日本会議の思惑通りに事が運ぶ可能性は十分ある〉と危惧していた。

 これだけ世界に危ぶまれる首相のままでいいのか。日本国民もよくよく考えるべきだ。

 
 AFPの副支局長のツイートに、NHKの人間は、どうリツイートしたのだろうか・・・・・・
 とても、何かを、つぶやける状況ではなかったのだろう。

 政府はアメリカに従属し、戦争ができる国を目指している。
 その政府に、国民は、老いも若きも「No!」を突きつけている。
 なぜ、それを、しっかり報道しないのか。

 日本のメディアは、欧米のジャーナリズムに学ぶべきことは多い。

 24日のデモについて、TBS、テレビ朝日、NHKのニュースを紹介した。少しは変化の兆しがあるようにも思ったが、まだまだだ。

 今後もSEALDsの若者を含め、戦争法案反対への国民の意思表示は続くだろう。

 大手メディアが、もし、政府の側に与するのなら、SNSをはじめとする草の根のネットワークがある。
 ちっぽけなブログでも、できることを模索し続けよう。


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by koubeinokogoto | 2015-06-26 12:43 | 戦争反対 | Comments(8)
 私は行けなかったが、24日の国会前デモに、なんと、三万人が集まったとのこと。

 ニュース映像を含め、それぞれのテレビ局のサイトで掲載されているので、紹介したい。

 まず、「TBS NEWS」のサイトから。
「TBS NEWS」サイトの該当記事

国会前で安保法案に“3万人”が抗議の声

 国会で審議中の安全保障関連法案に抗議して、国会議事堂を取り囲もうという大規模な反対集会が開かれました。

 国会議事堂を取り囲むように集まった人々。訴えるのは安保法案の廃案です。

 集会への参加を続けているという僧侶は・・・

 「(仏教には)人が人を殺しちゃいけないという教えがありますから、祈りを形に見せるということが大事」(僧侶)

 24日は、主催者発表で3万人が集まりました。(24日23:17)


 次に、朝日系「ANN NEWS」。
「ANN NEWS」サイトの該当記事

国会周辺で安保関連法案に反対する大規模なデモ
(06/24 23:20)

 もともとは国会の会期末だった24日、国会周辺では安保関連法案に反対する大規模なデモが行われた。仕事帰りの会社員や子どもを連れた家族の姿、首都圏だけでなく全国から詰め掛けた。
 デモ参加者:「名古屋からです」「大分県からです。絶対にこの安保法案を通させない、廃案に追い込むという気持ちで来た」「たくさんの人が反対していることをきちんと見せないと、黙っていたら、このままいいように決まってしまうだけ」
 警察関係者によると、24日夜の参加者は約8000人にまで膨らんだという。その声は安倍総理大臣に届くのか。デモが始まって30分後、総理が官邸から出てきた。法案の審議を巡っては、異例の大幅な会期延長に民主党などの野党が反発して空転していたが、24日、与野党は国会を正常化することで一致した。26日には総理も出席して安保法制の審議が再開される。

 最後に、NHKのNEWS WEB。
「NHK NEWS WEB」サイトの該当記事

安保関連法案 国会囲むように反対訴え
6月24日 18時58分

 集団的自衛権の行使を可能にすることなどを盛り込んだ安全保障関連法案に反対する人たちが24日夜、国会周辺に集まり、「憲法9条をまもれ」などと訴えました。

24日午後8時まで行われた集会には、国会を取り囲むようにして、主催者の発表で3万人が参加して抗議の声を上げました。
集団的自衛権の行使を可能にするなど、戦後日本の安全保障政策の大きな転換点となる内容が盛り込まれた安全保障関連法案に対しては、国会で議論が続いています。
集まった人たちは「憲法9条をまもれ」や、「戦争法案は許さない」などと声を上げて法案への反対を訴えました。
45歳の介護職の男性は「法案は憲法に違反していて、許すことはできません。このままでは本当に戦争に巻き込まれてしまうのではないかという危機感を抱いています」と話していました。
また65歳の女性は「平和は戦争によってではなく各国との話し合いで築いていくものだと思います。多くの人が犠牲になった過去の戦争や憲法9条の意味を改めて考えてほしい」と話しました。

 あくまで、主催者発表の、三万人を信じることにする。
 この数字は、大きい。
 
 安倍政権は国会会期を9月まで延長し、ゴリ押しを目論んでいるが、冗談じゃない。

 そんなことは「天が許さない!」(八代目桂文楽の言葉を借用)

 日テレ系、フジ系が放送しなかったのは、読売、産経が自民党機関紙であったり、安倍内閣の回覧板のようなものだから、当たり前とも言える。
 この両紙とグループのテレビ局は、先日書いているように、アメリカへの従属関係を維持することを阻もうとする者を攻撃する「画策者なき陰謀」の中心プレーヤーである。そして、原発推進メディアでもある。

 潮目は大きく変わってきている。
 9月まで国会が延期されたことは、戦争法案に反対する国民にとっても、数多くの人の力を結集する時間が出来たということだ。

 来月は、私もデモに参加するつもりだ。

「日本を取り戻す」のは、安倍ではなく、国民だ。

 


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by koubeinokogoto | 2015-06-25 23:57 | 戦争反対 | Comments(2)

 NHKが、元佐藤栄作首相秘書官だった楠田實の日記を元に、5月9日に総合テレビで最初に放送し、先日6月21日にはBS1で拡大版のスペシャルとして放送した「総理秘書官が見た沖縄返還~発掘資料が語る内幕~」は、実に興味深い内容だった。

 NHKのサイトの同番組のページでは、すでに詳細な説明は残っていない。
NHKサイトの該当ページ

 そこで、5月の放送に関する日刊ゲンダイの記事を引用する。(太字は管理人)
日刊ゲンダイの該当記事
 
Nスぺ「沖縄返還」が報じた安倍政権“対米従属”一辺倒の原点
2015年5月11日

 ヤラセ問題で大揺れのNHKが久々のスクープだ。9日放送されたNHKスペシャル「総理秘書官が見た沖縄返還~発掘資料が語る内幕~」。1972年に沖縄返還を実現した佐藤栄作元首相の秘書官が残した「極秘資料」をもとに、佐藤元首相が米国とやりとりした交渉経過の舞台裏を報じたのである。

 沖縄返還交渉をめぐる詳細な資料を残していたのは、故・楠田實秘書官。当時の日米間で「密約」があったことは知られているが、政権の中枢にいた総理秘書官の「極秘記録」だけに衝撃だ。楠田秘書官は、佐藤元首相が米国の要人との会談で発した言葉などを細かく記録していたほか、在沖米軍基地の位置づけについて米国がどう考えていたのか――などを詳しくつづっていた。

 とりわけ注目だったのは「核抜き本土並み返還」を求めていた佐藤元首相が米国に対し、「核の撤去」を求める代わり、「本土の基地活用」を提案していた事実だ。

 さらに国会で「日米安保条約で日本が戦争に巻き込まれた経験はない」「今後もさような発展は実はない」と答弁しながら、米国に対しては「朝鮮半島で米軍が出なければならないような事件が起こった場合、日本がそれに巻き込まれるのは当たり前だ」と“二枚舌外交”を展開。日本が戦争に巻き込まれないどころか、巻き込まれる事態を容認した上で、忠誠を誓っていたのである。

 このほか、那覇市内で行われた総理大臣歓迎式典で、佐藤元首相の原稿に米国が“横ヤリ”を入れ、〈極東における平和と安定のために沖縄がはたしている役割は極めて重要〉などの文言を盛り込むよう要請していたという。いやはや、これは間違いなく沖縄返還をめぐる日米交渉の詳細経過を記した「超ド級」の資料だ。外務省が持っていたら情報公開しても絶対出てこないシロモノだ。

 それにしても、楠田資料を見る限り、米国は沖縄返還を求める日本政府を当時から強く締め付け、総理大臣の挨拶文にも口出ししていたワケだ。とても日本を主権国家扱いしていたとは思えないし、これが今の日本政府の沖縄米軍基地をめぐる「対米隷属」一辺倒の姿勢につながっていると言っていいだろう。普天間基地移設をめぐって沖縄県と政府の対立が激しさを増す中、NHKの放送を見た沖縄県民も、返還交渉をめぐる日本政府の「欺瞞」と米国の「恫喝姿勢」をあらためて実感したのではないか。元外交官の天木直人氏がこう言う。

「佐藤元首相は結局、米国に譲歩し、密約まで結んで米軍基地を許した上、その事実を国民に隠しました。許せることではありませんが、それほど米国の壁は厚かったのです。番組を見た国民や沖縄県民は少なくとも、そんな米国の強硬な姿勢に疑問を感じたでしょう。ただ、佐藤元首相は後に交渉を振り返り、後悔しています。ところが、今の安倍首相はどうでしょうか。普天間基地の問題でも、ひたすら米国に唯々諾々と従うだけ。番組を見た国民は『安倍政権は一体何をやっているのか』と怒りを感じたと思います」

 NHKは繰り返し、放送した方がいい。

 NHKは、日刊ゲンダイの要望に応えて(?)、BSで拡大版を放送した。

 「内田樹の研究室」や、カレル・ヴァン・ウォルフレンの著作を元に、いかに、日本がアメリカに従属的で、主権を行使できない国であるかを書いたばかりだが、主権なき従属関係は、1972年の沖縄返還の時から、今もまったく変わっていない。
 いや、もっと状況は悪化していると言えるだろう。

 国の指導者の精神状況が、変わっている。

 日刊ゲンダイ記者が指摘するように、佐藤栄作には、葛藤があった。
 沖縄返還を優先するために、佐藤栄作が苦渋の決断をしていた様子が、この番組からは伝わってきた。いわば、‘忸怩たる思い’が、見て取れた。楠田實日記のおかげである。

 かたや安部晋三は、どうだろう。
 安倍は、先輩が味わった、アメリカに従属しなければならないことによる心の葛藤や無念さとは無関係な、まったく別の世界にいるような気がする。

 彼は、喜んで従属されている。そして、アメリカの‘汚れ仕事’を引き受け、戦争のできる国を目指している。
 
 あの番組を放送したことを思うと、NHKは、少しは危機的状況を脱しつつあるのかもしれない。
 他のメディアは、どうだろうか。
 
 カレル・ヴァン・ウォルフレンが「画策者なき陰謀」と唱えた、現状維持を妨げる者への攻撃ではなく、アメリカに従属して戦争をできる国になり、国民を殺そうとしている男に、「画策者なき弾劾」を下すことはできるのだろうか。

 沖縄は、果たして日本に復帰して幸福になったのだろうか・・・・・・。


 沖縄全戦没者追悼式で、沖縄県遺族連合会の照屋苗子会長は「沖縄にはいまだ広大な米軍基地がある。普天間飛行場の早急なる県外移設を熱望すると同時に、戦争につながる基地建設には遺族として断固反対する」と語っておられたようだが、まったくその通りだ。

 安倍晋三は、式典には参加しても、翁長知事との話し合うことはせず(空港で五分、なんてのは会談ではない)、トンボ帰り。税金の無駄だ。

 安倍政権は、今回の元秘書楠田實日記で明かされた佐藤栄作の無念を晴らすところではなく、喜んでアメリカの‘犬’になろうとしている。それも、狂犬病に侵された犬と言える。

 そんな政府と不毛な交渉をするのなら、いっそ、巷で囁かれる「沖縄独立」という道も、まんざら悪くないのではないか、と思う昨今なのだ。
 元々王朝だった島。本土が忘れてしまった、旧暦(太陰太陽暦)という生活に根差した暦による風習や文化の残った島々。
 
 もし、平成の西郷隆盛が沖縄に存在したら、内紛が起ってもおかしくないところまで、今の日本政府と沖縄の関係は危機的な状況にあるように思えてならない。

 楠田實日記のことから、いろんなことを考えてしまった。
 
 そうだ、SEALDsの若者たちに、ぜひ、沖縄でデモを企画してもらおう。
 私なんかがブログに書くまでもなく、きっとやってくれるかな。

 今、明るいニュースは、彼ら若者たちの行動だけかもしれないが、大きな救いになっている。


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by koubeinokogoto | 2015-06-24 18:35 | 戦争反対 | Comments(3)

 札幌で、19歳の女性が、戦争法案に反対するデモを企画したことを、北海道新聞が報道しているので、ご紹介。(太字は管理人)
北海道新聞の該当記事


19歳フリーター、デモ初企画 戦争怖くてふるえる 26日札幌
06/23 08:00、06/23 12:20 更新

 19歳、フリーター。音楽とおしゃれが好きで、政治には関心がなかった。そんな女の子が発起人となって26日、安全保障関連法案に反対するデモが札幌で行われる。呼びかけたのは札幌市中央区の高塚愛鳥(まお)さん。「戦争は怖い。イヤだ。許せない。むかつく…。若い世代が自分たちの言葉で反対の声を上げたい」と力を込める。

 デモの名は「戦争したくなくてふるえる」。若者に人気の歌手西野カナさんの曲の「会いたくて震える」という歌詞にかけた。<戦争が始まったら自由が奪われる。バカな政治家たちに自由で楽しいあたし達の暮らしを奪われてたまるか!>。インターネット上のデモの告知には、自身の写真とともにそんなメッセージを載せた。

 「人一倍怖がりで、戦争は特に怖い」と話す。幼稚園の時、戦争を扱ったアニメ映画「火垂(ほた)るの墓」を見て、夜眠れずにベッドの中で震えた。高校の修学旅行で訪れた広島では、原爆資料館の展示を直視できなかった

 中学時代、熱心な教師の影響で貧しいアフリカの子供を助ける仕事がしたいと夢見た。でも、高校時代は茶髪にピアス、短いスカートで、遊んでばかりいた。

 昨年、半年で大学を中退し、札幌ススキノの飲食店などで働いた。今春、語学留学したフィリピンでは児童養護施設で子供たちと遊ぶボランティアをした。全盲の父は娘の顔を見たことがなく、子供のころはよく顔をさすってくれた。そのせいか、人と触れ合う仕事がしたいと、今は「車いすの人権活動家」として知られる安積遊歩(あさかゆうほ)さん(59)=札幌市西区=を介助するアルバイトをしている。

 戦争は怖い、イヤだと思いつつ、デモでは何も変わらないと思っていた。友達と街を歩いてデモと出くわしても「うるさい」と思った。それでも、もし戦争になったら駆り出されるのは自分たちの世代。無関心で遊んでばかりいていいのか―。少しずつ考え始めた。

 今月中旬、若者が「円山公園」でデモをすると知った。(札幌の)円山なら行こうかなと思ったら、京都の円山だった。その話を安積さんにすると、だったら自分でしたらいいと言われた。「誰かがやんなきゃ誰もしない、何も変わらない」。その日のうちに安保法案についてネットで調べ、若い友人たちにデモの企画をネットでぶち上げた。

 行動力には自信がある。デモは許可が必要と知り、翌日、警察署に申請した。遊び仲間や大学生らに共感の輪が広がり、ネットの交流サイト、フェイスブックではデモへの「いいね!」が5日間で千を超えた

 デモは26日午後5時半に大通西8丁目集合。ススキノまで行進する。事前申し込みなしで誰でも参加できるが、特に若い人たちに来てほしいと願っている。「ススキノで遊んでる友達とか、飲み会サークルの大学生とか、あんまり関心なさそうな若者にこそ法案の怖さを知ってほしい。反対の声を伝えたい」と話す。「だって、自分たちの未来にかかわる問題なんだから」(報道センター 関口裕士)
 京都円山公園のデモは、先日紹介したSEALDsの企画だ。
 全国紙にはたぶん載らなかったと思うので、地元京都新聞から引用。
京都新聞の該当記事

学生ら「戦争法案、絶対反対」 京都で2200人デモ
京都新聞 6月21日(日)22時25分配信

 集団的自衛権行使を含め自衛隊の活動拡大を図る安全保障関連法案に反対する学生らのデモが21日、京都市中心部であった。「戦争法案、絶対反対」「民主主義って何だ」。ラップのリズムに乗せた訴えを響かせながら、約2200人(主催者発表)が練り歩いた。
 一行は東山区の円山公園を出発し、四条通や河原町通を約2時間にわたって行進。先頭のトラックに乗ったDJがコールを引っ張り、参加者は「平和を守れ」「国民なめるな」と気勢を上げた。学生がトラックから「僕らの手は銃を手に取るためにあるのではない」などと演説も行った。
 京都や大阪など関西の学生が5月に立ち上げた団体「シールズ関西」が、初めて行うデモとして学生の多い京都で企画した。開始前は500~600人程度の参加者を見込んでいたが、沿道から加わる人もいて予想以上に多かったという。
 メンバーの神戸大院生(24)は「こんなにも大勢の人が反対の声を上げてくれるとは。安保法制を止めるため、今後もできることを、やれる場所でやっていきたい」と手応えを感じていた。
 京都府生活協同組合連合会もこの日、市内中心部を歩いて平和を訴える「ピースパレード」を行い、組合員約150人が参加した。


 SEALDsの運動が、西でも多くの若者の共感を呼び、「円山」つながりで北の大地ともデモの連携ができたのは、実に素晴らしいことだと思う。

 まだまだ、日本の若者、捨てたもんじゃない。頑張れ!

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by koubeinokogoto | 2015-06-23 21:06 | 戦争反対 | Comments(2)

 久しぶりに「内田樹の研究室」で更新があった。
 題は、‘対米従属を通じて「戦争ができる国」へ’である。
「内田樹の研究室」の該当記事

 ある月刊誌のイタンビューに答えたものとのこと。
 前半は、日米「同盟」と言う言葉は嘘であり、日米「従属」であって、日本には主権がないということを認識する必要がある、という指摘。そして、安部晋三は、外交交渉の一環として従属しているのではなく、アメリカの「汚れ仕事」をする代りに、単に「戦争ができる国」になりたいだけ、と斬る。

 安倍の好戦的気質は、まったくその通りだが、対米従属の背景には、過去の歴史による、アメリカへの恐怖心もあるに違いない。
 内田は、その恐怖心の遠因を、後半で語っている。(太字は管理人)
── どうして、これほどまでに対米従属が深まったのでしょうか。

内田 吉田茂以来、歴代の自民党政権は「短期的な対米従属」と「長期的な対米自立」という二つの政策目標を同時に追求していました。
そして、短期的対米従属という「一時の方便」はたしかに効果的だった。
敗戦後6年間、徹底的に対米従属をしたこと見返りに、1951年に日本はサンフランシスコ講和条約で国際法上の主権を回復しました。その後さらに20年間アメリカの世界戦略を支持し続けた結果、1972年には沖縄の施政権が返還されました。
少なくともこの時期までは、対米従属には主権の(部分的)回復、国土の(部分的)返還という「見返り」がたしかに与えられた。その限りでは「対米従属を通じての対米自立」という戦略は実効的だったのです。
ところが、それ以降の対米従属はまったく日本に実利をもたらしませんでした。
沖縄返還以後43年間、日本はアメリカの変わることなく衛星国、従属国でした。けれども、それに対する見返りは何もありません。ゼロです。
沖縄の基地はもちろん本土の横田、厚木などの米軍基地も返還される気配もない。そもそも「在留外国軍に撤収してもらって、国土を回復する」というアイディアそのものがもう日本の指導層にはありません。
アメリカと実際に戦った世代が政治家だった時代は、やむなく戦勝国アメリカに従属しはするが、一日も早く主権を回復したいという切実な意志があった。けれども、主権回復が遅れるにつれて「主権のない国」で暮らすことが苦にならなくなってしまった。その世代の人たちが今の日本の指導層を形成しているということです。

── 日本が自立志向を持っていたのは、田中角栄首相までということですね。

内田 田中角栄は1972年に、ニクソン・キッシンジャーの頭越しに日中共同声明を発表しました。これが、日本政府がアメリカの許諾を得ないで独自に重要な外交政策を決定した最後の事例だと思います。
この田中の独断について、キッシンジャー国務長官は「絶対に許さない」と断言しました。その結果はご存じの通りです。アメリカはそのとき日本の政府が独自判断で外交政策を決定した場合にどういうペナルティを受けることになるかについて、はっきりとしたメッセージを送ったのです。

── 田中の失脚を見て、政治家たちはアメリカの虎の尾を踏むことを恐れるようになってしまったということですか。

内田 田中事件は、アメリカの逆鱗に触れると今の日本でも事実上の「公職追放」が行われるという教訓を日本の政治家や官僚に叩き込んだと思います。それ以後では、小沢一郎と鳩山由紀夫が相次いで「準・公職追放」的な処遇を受けました。二人とも「対米自立」を改めて国家目標に掲げようとしたことを咎められたのです。このときには政治家や官僚だけでなく、検察もメディアも一体となって、アメリカの意向を「忖度」して、彼らを引きずり下ろす統一行動に加担しました。

 この内容から、ある本を思い出した。
 『日本/権力構造の謎』や『人間を幸福にしない日本というシステム』などの著書があるカレル・ヴァン・ウォルフレンの『人物破壊 誰が小沢一郎を殺すのか?』だ。
 
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カレル・ヴァン・ウォルフレン『人物破壊 誰が小沢一郎を殺すのか?』

 角川から2011年に単行本発行、翌年文庫化された。
 少し話題としては古くなるが、決して、対米従属の基本的な構造は変わっていない。

 本書において、著者ウォルフレンは、あの“小沢一郎つぶし”の背景にあるものを「画策者なき陰謀」と名付けている。(第二章「霞が関というシステムの起源」より)

 この画策者なき陰謀は、どんなときに生み出されるのか?人間の管理下にあるべき行動や人間関係などが、そのような管理下をかいくぐる際、それは発生する。そしてそれは管理下を離れ、「独り歩きをはじめる」。たとえばアメリカの軍需産業に軍隊、また政府が加わって形成される軍産複合体は、画策者なき陰謀が巨大化した一例である。この軍産複合体が独り歩きをし、自己増殖しているために、アメリカの権力者たちは、自衛を目的としない戦争まで推進しなければならないのである。そして、避けようと思えばたやすく回避できるはずの、政治的な紛争をあおり立てているのである。アメリカ大統領、あるいはペンタゴン(国防総省)の最高司令官の力をもってしても、もはや軍産複合体を抑えることはできない。
 そして体制の現状維持を危うくする存在であると睨んだ人物に対して、その政治生命を抹殺しようと、日本の検察と大新聞が徒党を組んで展開するキャンペーンもまた、画策者なき陰謀にほかならない。検察や編集者たちがそれにかかわるのは、日本の秩序を維持することこそがみずからの使命だと固く信じているからである。そして政治秩序の維持とは旧来の方式を守ることにほかならない。そんな彼らにとって、従来のやり方、慣習を変えようとすることはなんであれ許しがたい行為なのである。


 アメリカの軍産複合体について、マスメディアで話題になることは、ほとんどない。
 現状維持を危うくする人物に、安倍はなりたくないのだ。そうすれば、「画策者なき陰謀」の餌食になるから。
 この「画策者なき陰謀」という言葉は、2010年に発行されたウォルフレンの著『アメリカとともに沈みゆく自由世界』で初めて使われた概念だが、本書では、体制の現状維持を危うくする小沢一郎という存在を亡き者にしようとする「人物破壊」(character assassination)という「画策者なき陰謀」の実態を、官僚組織の歴史的起源などを含め解き明かそうとしている。

 政治家に権力を握らせない、そして政治家は国のためではなく自分の利益を優先する汚い存在であり、反面、官僚は健気に国家に尽くす清い存在である、という虚像がマスコミを含む「画策者なき陰謀」で浸透していく。

 そして「人物破壊」の先頭に立つ検察と法律について、次のように説明されている。
 日本の法律には、検察がみずから達成しようとする目標に合わせてできるだけ自由に解釈できるような、意図的に曖昧な表現が使われている。この事実がとりわけ重みを増すのは、政治資金規正法に違反したとして、政治家が検察によって捜査された場合だ。法律の条文が意図的に曖昧に記されているからこそ、野心的な政治家のふるまいをそれに結びつけ、なんらかの違反行為があったと検察は主張することができるからだ。

 なぜ、あの時に小沢一郎が政治資金規正法の網にかかり、今日の自民党の政治家のミエミエの規正法違反が見逃されているのか、という理由は、明白だ。

 ウォルフレンは、当時の民主党を巡る「画策者なき陰謀」について、こう記している。
 (第四章「“政治的現実”と日本のメディア」より)

 民主党は政権党としてのキャリアを歩みはじめた時点で、すぐれた辣腕をなによりも必要としていた。なぜなら日本の政治システムを憲法に沿う形で変革するという、民主党がみずから任じた課題は、それほどまでに重いものであったからだ。日本の憲法には、主権は日本国民にあり、選挙によって選ばれた国会議員が国民を代表すると記されている。しかし本書でも述べたように、この国で実際に影響力を持つのは憲法規定ではなく、古い慣習である。
 これほど重大な任務をまっとうするには、民主党政府は党内のあらゆる政治的見識を結集させる必要がある。ただしそれができるのは小沢氏である。彼が鳩山氏や菅氏に打つべき手を指示するよう期待するしかなかったのだ。
 ところがメディアは鳩山政権が小沢氏を頼りにしすぎ、小沢氏の舞台裏での影響力が大きすぎると騒いで、この試みを邪魔立てした。ではそれ以外にだれに頼れと言うのか?小沢氏ではなく官僚たちを当てにすべきだったとでも言うのか?菅首相は小沢氏の影響を退けようとしたことで称賛された。だがなぜそのようなことで称賛されるのか?日本の新聞は聞こえのいい陳腐な決まり文句を繰り返しながら、日本に大変な悪影響を与えてきたが、こうした事例などその最たるものだ。菅氏の姿勢は、彼がメディアを恐れていたことのあらわれにすぎない。



 この本、たった三年前の発行なのに、角川のサイトには「在庫なし」となっている。だから、Amazonでも、中古しか買うことができない。不思議だ・・・・・・。

 大震災、そしてフクシマの際、「小沢一郎だったら・・・・・・」と思った人は私だけではないだろう。
 
 しかし、既得権にすがり現状を維持したい政治家、官僚、マスコミは、現状維持を破ろうとする政治家を「画策者なき陰謀」の標的とする。それは、アメリカへの従属と忖度を背景としている。

 マスコミが一致団結して「ダーティ小沢」キャンペーンを展開した。その結果、現状はどうだろう。民主党は崩壊したと言ってよいだろう。野党は存在意義を失っている。
 
 ジャーナリズムという言葉が、まだわずかにでも残っているなら、対米従属を喜んで受け入れ、戦争ができる国にしようとしている人間にこそ、「画策者なき弾劾」をすべきなのだが、メディアは安倍を恐れ、安倍はアメリカを恐れている。

 この状況を打破できるのは、老若男女を問わない、吉田松陰の言葉じゃないが、「草莽の士」の結集しかないのかもしれない。

 私は国会前にはなかなか行けないけれど、心はデモに参加しているつもりで、ブログだけでも、シュプレヒコールを叫んでいたい。

 戦争法案、反対。国民を、殺すな!

 

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by koubeinokogoto | 2015-06-23 12:19 | 戦争反対 | Comments(0)

 TBS「報道特集」で、現役自衛官へのインタビューが放送された。
 私が、安保法案(戦争法案)騒動の中で、もっとも知りたいことの一つだった。

 安倍が「安全」という言葉を振り回すことが、もっとも不安だ、という言葉が彼らの本音だろう。
 妻や子供が、「この法案が通ったら、お父さんは死ぬの?」と聞かれる、という彼ら自衛官と、安倍晋三や中谷は、一対一で話し合うだけの覚悟はできているのか・・・・・・。

 安倍晋三は、「後方」だとか詭弁を弄しているが、「機雷の掃海」という仕事が、決して生易しいものではないことについて書きたい。

 6月17日の「報道ステーション」には、朝鮮戦争においてアメリカの命令によって機雷の掃海にたずさわった「日本特別掃海隊」で、唯一犠牲になった中谷坂太郎さんのお兄さんが登場していた。
 
 太平洋戦争の終結後にも、機雷の掃海で、数多くの犠牲者が出ている。
 昭和20年8月15日の後も、日本近海には夥しい数の機雷があり、掃海をする中で、多くの犠牲者が出たことは、意外に知らされていない。
 もちろん、この時期、安部政権は、そういった報道に目を光らせているし、メディアは、お得意の‘忖度’をする。

 毎年、四国の香川県高松市琴平では、「掃海殉職者追悼式」が行われている。

 防衛省のサイトから、二年前第62回の追悼式の資料をダウンロードできる。
第62回掃海殉職者追悼式等(PDF)

 資料の冒頭部分を引用。
太平洋戦争中、瀬戸内海及び日本近海には6万7千個に及ぶ各種機雷が敷設されましたが、戦後、掃海部隊はこれらの膨大な機雷の掃海に従事して、総面積3万2千平方キロ、180カ所にのぼる主要な航路、港湾泊地を啓開し、我が国、産業経済の復興に大きく貢献しました。この間、各掃海隊員は風浪と戦い、寒暑を克服して、危険な作業に挺身しましたが、不幸にも79名の方が職に殉ぜられました。これら、掃海殉職隊員の偉業を永久に称えるため、海にゆかりの金刀比羅宮境内の中に「掃海殉職者顕彰碑」が建立され、毎年、その碑の前で追悼式が実施されています。
 ‘戦中’ではなく、‘戦後’に機雷の掃海で八十名近くの方が亡くなっているのだ。

 二年前の追悼式で、追悼の辞を述べられた海上自衛隊掃海隊群司令海将補の德丸伸一さんの追悼の辞から、引用したい。

私の父も戦後掃海に参加し、今年で八四歳になります。私は、この追悼式に参加するに当たり、父からこれまで幾度となく聞いてきた同僚が志し半ばで職に殉じられた情景について思いを致しております。
私の父は昭和二十年十二月から昭和二十七年五月の海上警備隊入隊までの間、佐世保掃海部、下関掃海部そして神戸海上保安部航路啓開部においてディーゼル員として勤務しておりました。その間、昭和二十五年十月の韓国元山沖の掃海業務にも従事しております。そして、三度危険と隣り合わせとなり、今考えても生き残れたのが幸運であったと申しております。一度目は玄界灘で掃海作業に従事している時でした。中学を中退し、十五歳で予科練に入り二 ヶ月で終戦を迎えた父は、幼い頃に病で父を亡くし母子家庭であったこともあり、針生にある第二復員省の地方局で職を探しておりました。その時、掃海艇乗組員の募集があったため、父は直ちにこれに応募しました。今回この追悼式に参加しております掃海母艦うらが艦長、触井園二佐の御尊父も予科練を経て戦後掃海の道に入り、定年まで掃海部隊において勤務されています。航路啓開開始当時の掃海艇には元パイロットが養成途上の者も含め多く乗り組んでいたとのことです。第二次大戦後、それまで船乗りであった者は復員船等の比較的安全でかつ待遇の良い業務に従事することが出来ましたが、掃海については、危険でかつ厳しい業務であることから志願者が少なく、乗船経歴が無くとも従事することができる職務であったため、予科練出身者等が多く乗挺していたそうであります。危険に果敢に挑むDNAの萌芽がここにも有るような気がします。さて、最初の危険との遭遇の話に戻りますが、戦後掃海の始まりにおいては、まだ復員省も組織だった業務を実施するには至らなかったようで、父が掃海艇乗組員に志願した際には、志願者は2 列に並ばされ、前列は駆潜特務艇248 号に、後列は250 号に乗り組むように指示されたそうです。一度前列に並んだ父は、友人の顔を後列に認めたため、そこに移動しました。その後、掃海作業中に、前列が乗船した248 号が触雷し、沈むこととなりました。二度目の危険は下関の満珠島付近での磁気掃海作業中の出来事です。父が乗り組んでいた駆潜特務艇は、当日は母船を支援する脇船として掃海作業に従事する予定でしたが、母船が出すべき電らんを作業員が誤って繰り出してしまいました。これを揚収するにはまた手間がかかるため、父の乗る艇は、そのまま母船として電らんを曳航することとなりました。母船になると発電機により電らんに電気を供給しなければならないため、ディーゼル員としての作業はきつくなります。父は、ついていないと思ったそうでありますが、共に作業をしている掃海艇3 隻で回頭している最中に脇船が触雷し沈みました。三度目は韓国の元山においてであります。まず、掃海開始前に陸から射撃を受けたそうです。
それに対し、米国は駆逐艦による艦砲射撃を行い、この攻撃を阻止しました。その後、4 隻で掃海作業を開始しました。父の乗艇する掃海艇には機雷敷設に詳しい者がおりまして、その者が、元山にある大きな木とそこから離れた岩を見て、これを結ぶラインは危険だから避けた方が良いと艇長にリコメンドし、そのとおりにしたそうです。後続してくる掃海艇はそのラインの方向に向かい、その後、触雷しました。皆様ご存知のとおり、この時、作業のため艇内に入った1 名の方が殉職いたしております。もし、父がこのいずれかの機会で殉職していたならば、私はここで追悼の言葉を述べることはできておりません。ここで眠られている79 柱のご英霊も、本来であるならばご家族と、そして新しく引き継ぐ命と共に幸せな家庭を築けたところ、その職に殉ぜられましたことは、痛恨の極みでありましょう。輝かしい航路啓開の偉業と共に、途半ばにして壮烈な殉職を遂げられた皆様のあったことは、我々掃海部隊の末裔のみならず、すべての日本国民の心にとどめられ、その誇りは長く語り継がれることでありましょう。

 機雷掃海の危険性を、安部晋三は、どれほど認識しているのだろうか。

 今年の追悼式について、毎日新聞の記事をご紹介。
毎日新聞の該当記事

殉職顕彰碑:掃海など79人 元司令、安保法制に「心配」
毎日新聞 2015年05月31日 09時05分(最終更新 05月31日 09時13分)

 太平洋戦争の終戦後、日本近海に残った機雷の除去(掃海)などで殉職した79人の顕彰碑が、海上安全にゆかりのある金刀比羅宮境内(香川県琴平町)に建っている。政府は安全保障関連法案の審議で、中東ホルムズ海峡での機雷掃海を集団的自衛権行使の事例に挙げる。時代が変わっても掃海作業は危険を伴う任務だ。安保論議を見守る遺族や海上自衛隊関係者は「二度と殉職者を出してはならない」と訴える。

 防衛省によると、米軍などは太平洋戦争中、日本近海に約6万7000個の機雷を仕掛けた。旧海軍省は1945年10月、掃海隊を編成して機雷の除去作業を開始。52年に全国の主要航路・港湾で安全宣言が出されたが、その間、作業中の爆発事故などで78人もの命が失われた。

 顕彰碑は全国の港湾都市の首長が発起人となって52年に建立された。縦約6メートル、横約2.4メートルの巨大な石碑で、碑文は吉田茂首相(当時)が揮毫(きごう)した。63年に掃海訓練中に事故死した海自隊員1人を含めて79人の名を刻み、毎年初夏に追悼式が催されている。

 毎年参列している櫛野弘さん(85)=広島県福山市=の兄勲さん(享年20)は45年10月、大分県沖の瀬戸内海で掃海作業中、船が機雷に触れて沈没し亡くなった。44年秋に徴兵され、終戦になって帰郷した翌月だった。

 安保関連法案の論議では機雷掃海が焦点になっているが、櫛野さんは「一般の人は機雷といわれてもピンとこないし、掃海の怖さを知らないと思う」と懸念する。「二度と人の命が奪われることがあってはならないが、上の人が決めたら行かなきゃいけないのは今も昔も同じ。国は残される人のことを考えてほしい」と訴えた。

 残存する機雷の掃海作業は、海自が引き継いだ。元掃海隊司令の松藤信清さん(67)=同県呉市=は「安倍首相がはっきり答弁しないので思惑がよく分からないが、法整備で自衛権の発動が明確化されるのはありがたい。できるだけしっかりした任務や目的を与えてほしい」と話す。

 掃海技術は時代を追って格段に向上し、安全性も高まった。91年には湾岸戦争後のペルシャ湾に海自の掃海部隊が派遣された実績もある。それでも松藤さんは「心配がないかというと、うそになる」と複雑な心境を語る。

 今年の追悼式は30日午前に営まれ、遺族や掃海部隊OBら約280人が参列。犠牲者の冥福を祈った。【伊藤遥】

 元掃海隊司令の松藤信清さんの「安倍首相がはっきり答弁しないので思惑がよく分からないが、法整備で自衛権の発動が明確化されるのはありがたい。できるだけしっかりした任務や目的を与えてほしい」という言葉には、いろいろと考えさせられる。
 あくまで、「自衛権」であって、「集団的」自衛権ではない。
 本来、攻撃を受けた場合に行使すべき「個別自衛権」が、今回の法案のせいで曖昧になっているとも言えるだろう。

 機雷の掃海が、「後方」で安全だと言うのなら、安部政権の閣僚が、率先して出かけてもらおうじゃないか。

 

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by koubeinokogoto | 2015-06-20 18:51 | 戦争反対 | Comments(4)

 今ほど、報道ステーションで、昨日の記事で紹介したSEALDsを中心とする若者たちのデモの様子が紹介された。
 今夜も2500人集まったとのこと。
 ゲームではなく、また、いわゆるチャットでもないSNSの効用が発揮されている若者たちの行動に、 「いいぞ、頑張れ!」と思いながら見ていた。
 
 昨日の国会前デモに93歳の瀬戸内寂聴さんが駆けつけてくれた姿には、私を含め多くの人の心に深く伝わるものがあったように思う。


 瀬戸内さんは大正11(1922)年生まれ。私の父と同じ、犬年生まれだ。

 瀬戸内さんより、ほぼ一回り上の明治42(1909)年生まれの作家、大岡昇平の本から紹介したい。

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大岡昇平『証言その時々』(講談社学術文庫)

 『証言その時々』は、昭和62(1987)年に筑摩書房から単行本が発行され、昨年、講談社学術文庫から再刊された。
 さまざまな本、雑誌などに掲載された大岡昇平の文章を集めたもの。

 その中から、昭和40(1965)年の『潮』8月号に掲載された文章を引用する。


二十年後                          
                               『潮』1965年8月号

 二十年前の八月十五日夜、私はレイテ島の俘虜収容所にいた。仲間といっしょに私は少しばかり泣いたが、祖国の将来について絶望していなかった。一度失われた艦隊は再建出来ない。日本はもう一等国とか、極東の覇者とかになることはあるまい。同時に明治初年以来の、極東を侵略する富国強兵政策は捨てなければなるまい。
 われわれはとても小さくなるだろうが、そのために罪悪感から免がれることが出来るだろう。文化的にも小さくなるだろうが、片隅の幸福を享受することが出来るだろう、というようなことを考えた。
 再建にかかる時間はまず十年だろう、というようなことを、俘虜の友人と話し合った。
 十年経った。アメリカとの単独講和を結んだが、アメリカの軍隊はまだ日本領土にいて、日本の主権は三分の二ぐらいしか返っていない感じだった。トランジスターラジオと造船によって、祖国は繁栄の道を歩み、朝鮮、ベトナムで、アメリカが生み出している戦争状態に協力していた。週刊誌は性的に無軌道な若い世代を謳歌していた。
 二十年経った。政府はアメリカと軍事同盟を結び、ベトナムにおける同盟国の拡大戦争の冒険に加わろうとしている。これは道義的不正であるだけでなく、祖国を核攻撃を受けるリスクにさらす危険な政策である。
 昭和二十年、私は歩兵一等兵続いて俘虜であった。それまではフランス文学の翻訳家にすぎなかった。戦後私は作家になった。そしてジャーナリズムの習慣により、こんな政治的な文章を書いている。
 しかし私は一人の日本人として、日本の将来について心配している、私自身と家族の安全と幸福を願っている。アメリカと手を切れば、真空状態が生じ、共産主義に侵される、とアメリカを礼賛する者はいう。しかしそれは不確な将来に属することにすぎない。戦後アメリカの支配を脱したという理由によって、悲惨に陥った国の例はない。
 ところが現にアメリカの従属国に甘んじることにより、重大な危険が生じているのである。従って少なくともアメリカがアジアで起した戦争に参加しないと宣言することは、さし迫った不孝を避ける唯一の道ではないか。
 私は二十年前、一兵卒として南方に送られ、戦争の惨禍を多少経験した。その経験を語ったこともある。現在作家として、アメリカに追随することによって生じた一時的繁栄の恩恵を受けている。しかし現に私と同じ国に生れ、同じ皮膚と眼の色を持った若い同胞が、同じ恩恵を受けることにより危険な戦場送られるのを見ていられない。
 二十年前、私は祖国がこういう事態に追い込まれようとは思いも及ばなかった。痛憤極りないといえば大袈裟であるが、幸い意見を述べる機会があるから、黙っていないのである。

 読んでいて、とても、五十年前に書かれた文章とは思えないのだ。

 昭和40(1965)年には、次のようなことが起った年だ。
 
  2月 7日 アメリカ軍による北ベトナム爆撃(北爆)開始
  2月21日 アメリカの黒人運動指導者マルコムXが暗殺される
  4月24日 小田実らが「北ベトナムに平和を市民・文化団体連合」(ベ平連)
       を結成

 たしかに、歴史的に大きな節目の年であったが、では、平成27年はどうなのか。

 ‘アメリカの従属国に甘んじることにより、重大な危険が生じているのである。従って少なくともアメリカがアジアで起した戦争に参加しないと宣言することは、さし迫った不孝を避ける唯一の道ではないか’ という主張は、北爆のことを非難しているのだが、50年前のこの主張は、今でも通用する。
 
 戦争法案が通ってしまえば、‘アメリカがアジアで起した戦争’に参加する危険性が増えることは言うまでももない。
 いや、戦争法案の成立は、起きなくてもよいアジアの戦争を引き起こしかねない。

 今が、正念場であることを、多くの方が認識している。
 行動する若者も現れている。
 まだまだ、捨てたもんじゃないよ、この国は。

 大岡昇平は、終戦を俘虜収容所で迎えた時、‘われわれはとても小さくなるだろうが、そのために罪悪感から免がれることが出来るだろう。文化的にも小さくなるだろうが、片隅の幸福を享受することが出来るだろう’と考えた。
 残念ながら、‘小さい’ながらも、罪悪感のない、片隅の幸福を享受する道を、日本は選ばなかった。
 戦後の日本の歴史を大雑把に言うなら、武力ではなく経済の大国となることを、アメリカを教師として突っ走ってきた70年、と言えるかもしれない。
 そして、現在、今後の十年、二十年につながる岐路に立っている。
 今度は、ふたたび、武力で大国を目指す、完全な‘逆コース’が選択肢となっている。

 アメリカは、もはや教師ではなく、‘反面教師’なのだ。
 もう、大きくなることも、アメリカに追従することも、きっぱりやめる時だ。

 デモなどの直接行動には、なかなか参加できないが、拙ブログでできることを続けたい。

 戦争体験者によって語られてきたさまざまな言葉を掘り起こすことも、その一つではないかと思っている。

 『俘虜記』『野火』『レイテ戦記』という小説という形式で自らの体験を生かし反戦を訴えた大岡昇平が、戦後の歴史の折に触れて戦争について訴えてきた思いが、このアンソロジーには詰まっている。今後も、何度か紹介することにしたい。

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by koubeinokogoto | 2015-06-19 22:28 | 戦争反対 | Comments(0)

 一つ前の記事にいただいた‘kousagi’さんのコメントで、若者たちの中にも、戦争法案に反対するために行動している人たちがいることを、教えていただいた。

 コメントにてお知らせのあった、記事を紹介したい。「オルタナ」サイトの記事を、Yahooニュースから引用。
Yahooニュースの該当記事

「本当に止める」 大学生が牽引する「戦争法案反対デモ」
オルタナ 6月16日(火)12時27分配信

政府が進める安全保障関連法案に反対するため大学生たちが動きだしている。若者に呼びかけている団体は、全国の大学生からなるSEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy-s)。同団体は毎週金曜日夜を中心に国会議事堂前でデモ活動を行い、今では参加者4000人を巻き込むなど一大ムーブメントとなっている。若者たちの合言葉は、「本当に止める」だ。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

同団体は6月14日、東京・渋谷でデモ活動を行った。そのデモには、若者を中心に約4000人が集まった。音楽に合わせて、政府が同法案の採決を国会の会期内で進める動きに対して反対の声をあげ続けた。

デモの回数を重ねるごとに参加人数が増えていくシールズの勢いに、著名人も加わる。同団体が国会議事堂前で主催したデモ活動には、元経済産業省官僚の古賀茂明氏、憲法学者の小林節慶応大学名誉教授らも足を運び、同法案に反対するスピーチを行った。

同法案は集団的自衛権の行使を可能にするため、衆院憲法審査会では自民党が推薦した学者を含め参考人全員が「違憲」と示した。これを受け、安倍首相は、1959年の砂川事件判決を挙げ、今回の法案は「合憲」と言い切った。

自民党青年局は国民に対して、同法案の説明をするため、街頭演説を全国100カ所で開いた。東京・新宿では、谷垣禎一幹事長が参加したが、聴衆は「憲法違反」「戦争反対」と声をあげ、谷垣幹事長は、「反対であっても国会でみなさんの代弁者を通じて、しっかり議論しようじゃありませんか」と反論した。

政府は同法案を成立させるため、国会の会期を9月まで延長して成立させたい考えだ。小林節慶応大学名誉教授は6月15日、外国特派員協会で会見を行い、「(同法案を)撤回すべき。撤回しないなら、次の選挙で倒すべき」と発言した。

若者の投票率は3~4割で、7~8割の50・60代以上の世代と比べ低い。しかし、「本当に止める」という合言葉のもと、政府に違和感を覚え、動き出した若者が増えてきた。デモ活動には、これまでにない数の若者が参加しており、若者による社会変革が加速している。


【SEALDs主催のデモ活動一覧】
6/19(金)19:30~21:30 戦争法案に反対する国会前抗議行動
6/21(日)戦争立法に反対する学生デモ in 京都 (SEALDs KANSAI主催)
6/26(金)19:30~21:30戦争法案に反対する国会前抗議行動
6/27(土)16:00~18:00 戦争法案に反対するハチ公前大集会
7/3 (金)19:30~21:30戦争法案に反対する国会前抗議行動
7/10(金)19:30~21:30戦争法案に反対する国会前抗議行動
7/17(金)19:30~21:30戦争法案に反対する国会前抗議行動
7/18(土) S4LON vol.2 「本当に止める。」
7/24(金)18:30~ 安倍政権NO!首相官邸包囲

 いるじゃない、こういう若者も!
 なんとも、嬉しくなるなぁ。

 SEALDs(「自由と民主主義のための学生緊急行動」)のサイトから彼らの主張を紹介。
SEALDsのサイト

私たちは、自由と民主主義に基づく政治を求めます。

 SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy - s)は、自由で民主的な日本を守るための、学生による緊急アクションです。担い手は10代から20代前半の若い世代です。私たちは思考し、そして行動します。

 私たちは、戦後70年でつくりあげられてきた、この国の自由と民主主義の伝統を尊重します。そして、その基盤である日本国憲法のもつ価値を守りたいと考えています。この国の平和憲法の理念は、いまだ達成されていない未完のプロジェクトです。現在、危機に瀕している日本国憲法を守るために、私たちは立憲主義・生活保障・安全保障の3分野で、明確なヴィジョンを表明します。
 日本の政治状況は悪化し続けています。2014年には特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認などが強行され、憲法の理念が空洞化しつつあります。貧困や少子高齢化の問題も深刻で、新たな生活保障の枠組みが求められています。緊張を強める東アジアの安定化も大きな課題です。今年7月には集団的自衛権等の安保法整備がされ、来年の参議院選挙以降自民党は改憲を現実のものとしようとしています。私たちは、この1年がこの国の行方を左右する非常に重要な期間であると認識しています。

 いまこそ、若い世代こそが政治の問題を真剣に考え、現実的なヴィジョンを打ち出さなければなりません。私たちは、日本の自由民主主義の伝統を守るために、従来の政治的枠組みを越えたリベラル勢力の結集を求めます。そして何より、この社会に生きるすべての人が、この問題提起を真剣に受け止め、思考し、行動することを願います。私たち一人ひとりの行動こそが、日本の自由と民主主義を守る盾となるはずです。

 まったく、同感だ。

 来年の選挙から18歳に選挙権が引き下げられることに、やや悲観的だった私だが、こういった若者が投票所に数多く向かってくれることを期待したい。
 もし、学生さんや若い社会人の方で、SEALDsの行動をいち早く知りたい方は、下記Facebookをご確認のほどを。
SEALDsのFacebook

 私は、残念ながらしばらくデモなどに参加するのは難しいので、拙ブログで、こういう情報をご紹介することしかできない。
 しかし、今日も、「戦争をさせない1000人委員会」などによる‘「戦争法案」を葬ろう 6.18院内集会’に参加されている佐平次さんや、SEALDsの若者に、行動を託したい。
 心は国会議事堂前に飛んで行っているつもりだ。
「戦争をさせない1000人委員会」のサイト

 砂川事件最高裁判決を盾にして集団的自衛権をゴリ押しすることの無理を、安部政権もそろそろ感じてきたように思う。
 戦場に「後方」も「前方」もないことは明白だ。

 明らかに潮目は変わってきた。

 今、反戦を共通項として連合する野党の受け皿があれば、もっと、この流れは強くなるのだが、それだけは残念だ。

 しかし、老若男女を問わない、反戦を共通項とする国民の絆ができたら、新たな季節を迎えるかもしれない。そんな気がする。

 
p.s.
‘kousagi’さんから、SEALDsのツイッターもコメントでご案内いただきましたので、掲載します。
SEALDsツイッター
こういった若者がいるうちは、日本も捨てたもんじゃない!

p.s.
紹介したツイッターに、今夜の「報道ステーション」で放送されることが案内されています。
↓報道ステーションの番組表から。
‘国会周辺に集う高校生・大学生の思い’
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by koubeinokogoto | 2015-06-18 20:33 | 戦争反対 | Comments(6)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛