幸兵衛の小言

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 共産党の志位書記長が提唱する「国民連合政府」構想について、社民党と生活との党首会談が始まった。
 「東洋経済オンライン」からの引用。
「東洋経済オンライン」の該当記事


共産党が提唱する「国民連合政府」の現実味
高いハードルを乗り越えられるか

安積 明子 :ジャーナリスト  
2015年09月29日

安保関連法案に反対する市民運動を通じて指導力を発揮した日本共産党が、国会内においてもその存在感を高めている。

9月28日午後4時。国会議事堂の3階にある委員長室で、共産党と生活の党と山本太郎と仲間たち(以下、生活の党)の会談が始まった。

「国民連合政府」構想

共産党からは志位和夫委員長、山下芳生書記局長、穀田恵二国対委員長、生活からは小沢一郎代表と玉城デニー幹事長兼国対委員長が参加。志位氏が9月19日の第4回共産党中央委員会総会で発表した「国民連合政府」構想について説明するために呼びかけたものだ。

同構想は安保関連法制の廃止と安倍政権打倒、戦争法廃止で一致する政党・団体・個人が共同して国民連合政府を結成、及びそのための国政での選挙協力の3点で構成される。

「もう何回になるかな」「6回目ですね」「ほう、そんなになるか」。会談の冒頭で、志位氏と小沢氏の間の軽い会話が交わされた。

最初の志位・小沢会談は今年6月17日のこと。9月6日に予定された岩手県知事選で、共産党は独自候補を擁立せず、民主党、維新の党、生活の党が支援する現職の達増拓也知事を支援することで合意している。

そして8月19日には、野党5党の党首がそろって盛岡市で記者会見を行った。この時、志位氏は「(安保関連法制は)日本の戦後の歩みを根底から覆す、戦後最悪の法案。安保法案を廃案に追い込む上での共闘だ。今日言えるのはここまでです」と述べて、にっこりとほほ笑んだ。後に「『国民連合政府』構想はお盆の頃に考えた」と言う志位氏だが、すでにこの時、同構想が彼の中で具体化しつつあったのが見てとれる。

 この構想について、最大野党の民主党は、どう臨もうとしているのか。
ただし道のりは容易ではない。同日午後1時から行われた社民党との党首会談では、吉田忠智党首から「大胆な踏み込んだ提案だ。前向きにしっかりと議論を進めていきたい」「様々な困難があるかもしれないが、連立政権の方向性には賛同する」と同意をもらったものの、25日午後3時半からの民主党との党首会談で岡田克也代表は、「共産党と政府をともにするのはハードルが高い」と及び腰だったからだ。

確かに民主党内部では、“共産党アレルギーなるもの”が存在する。9月24日の幹部会で細野豪志政調会長が「『国民連合政府』は到底実現できる中身ではない」と、党首会談自体に反対。また前原誠司元外相も同日の凌雲会の会合で、「逃げる票の方が多い」と批判している。

 私は共産党員ではないが、“共産党アレルギー”などはなく、“安倍政権”アレルギーは強い。
 もし、細野や前原の言葉が民主党の総意に近いのなら、野党第一党としてどうやって安倍政権に挑みたいのか、ぜひとも党としての構想、主張を聞かせて欲しいものだ。

 民主党は、戦争法案反対で沸き起こった国民の声の背景にあるもの、その精神を支えるものを理解していないのではないか。

 党派性などは飛び越え、文字通りに老若男女が連帯して、法案反対、安倍政権打倒を叫んだのである。
 
 今回の国会論議を機に、真の民主主義運動の絆ができつつある。

 それを、民主党は、どう今後につなげようとしているのか。

 戦争法案のみならず、原発、辺野古、TPPなども含め、国民よりもアメリカや経団連、一部の富裕層などのためにのみ存在する安倍政権を打倒するということを拠り所として、これまでの活動をさらに発展させるのが、野党第一党の責務ではないのか。

 「国民連合政府なんて、無理」とか「票が逃げる」などという言葉で、どれほど多くの国民が、民主党に失望するか、想像できないのだろうか。

 国会前や全国でデモに参加したり、さまざまな参加の仕方であの法案に反対してきた国民は、「もう少し頑張れば、自分たちの力で安倍政権を倒すことができる」という希望を持っているし、持っていたいのだ。

 民主党は、党としての存在意義をどう考えているのか。

 もし、野党第一党としての責任を果そうと思うなら、そして、「国民連合政府」に参画しないのなら、民主党としての政権構想や主張を明らかにすべきだろう。その主張に沿って、野党が連帯できるのなら、それにこしたことはない。
 しかし、そんな料簡があるのか、どうか。

 今は、野党が内輪もめをしている時ではない。

 党派を越えて、反安倍政権で連帯してこそ、国民の連帯にもつながり、芽生えた民主主義の芽が蕾となり花を咲かせるのではなかろうか。
 
 共産党・社民党・生活のグループと民主党・維新のグループに分かれてしまって、国民の声を束ねることができなくなって喜ぶのは、安倍政権である。

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by koubeinokogoto | 2015-09-29 18:03 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

下村文科相は辞任せよ!

 戦争法案の国会審議も安倍晋三は初めから、形式だけの「時間潰し」と考えていた確信犯だと思うが、下村文科相の辞意表明と内閣改造までの慰留も、まさに時間潰しの茶番だ。
 朝日から引用。
朝日新聞の該当記事

下村文科相が辞意 首相に慰留され内閣改造まで続投
阿久津篤史 2015年9月25日11時09分

 下村博文文部科学相は25日、閣議後の記者会見で、新国立競技場問題の責任を取るため、24日夜に安倍晋三首相に辞意を伝えたことを明らかにした。安倍首相からは10月上旬に予定する内閣改造まで続投することを要請され、了承した。また下村文科相は、大臣俸給から議員歳費を除いた額の6カ月分など、計約90万円を返納すると発表した。

 新国立競技場については旧建設計画が白紙撤回に至った経緯を検証する文科省の第三者委員会が24日、「難度が高く複雑なプロジェクトに求められる適切な組織体制を整備できなかった」として下村文科相の結果責任を明記した報告書を公表。これを受けて下村文科相は24日午後9時半ごろ、安倍首相に電話で報告書の内容を伝えるとともに「自ら責任を取りたい」として辞意を伝えた。安倍首相からは「今までの経緯の中では辞任に値しないがそういうことなら受け止めたい。近々内閣改造をするので、それまでは続けて欲しい」と慰留されたという。

 下村文科相は25日、「一連の経緯で非違行為があったわけではないが、国民全体のムーブメントの先頭にたって盛り上げる立場の中、それができなかったことについて政治的責任があると考えていた。(第三者委の)報告書が出てけじめをつけた」と述べた。

 最近、朝日は通信社のような事実関係の羅列でとどまり、オピニオン不在だと不満に思っている。
 この件、毎日の記事からも引用する。
毎日新聞の該当記事

<下村文科相辞意>説明責任どこへ 遅すぎた「けじめ」
毎日新聞 9月25日(金)11時45分配信

 下村博文文部科学相が25日、新国立競技場問題で、安倍晋三首相に辞任を申し出ていたことを明らかにした。硬い表情でやや顔を紅潮させながらの「遅すぎるけじめ表明」だった。首相から慰留され、給与を自主返納するというが、関係者からは「遅きに失した」「説明責任はどうなった」などと厳しい声が相次いだ。

 日本陸上競技連盟の尾県(おがた・みつぎ)貢専務理事は、慰留されたとはいえ辞意を申し出たことについて、「これだけ大きく国民を巻き込む問題になった。下村氏は責任ある立場でありその判断はやむを得ない」と冷静に受け止めた。事業主体となる日本スポーツ振興センター(JSC)の体制強化に加えて、10月1日にスポーツ庁が発足する。「指揮系統を含めて組織間の連携をはっきりさせる必要がある」と指摘した。

 槙文彦氏ら建築家グループで計画見直しを訴えてきた大野秀敏・東大名誉教授は「新国立競技場建設は日本の公的事業の構造的な問題を露呈した。責任があいまいな有識者会議が存在したり、第三セクターの予算などへの行政チェックが甘くなりがちな実態を示した」と指摘。「大臣が辞めれば済むのでなく、構造的な病巣をえぐり出す好機とすべきだ」と述べた。

 スポーツ評論家の玉木正之さんは「7月に計画が白紙撤回された時点で辞めるべきだった。今世紀最大級の国家プロジェクトに失敗した責任者が辞めないのはおかしい。モラルハザードだ」と話した。

 組織論が専門の太田肇・同志社大教授は新国立競技場問題について「意思決定のプロセスや変化への対応が密室で行われたような印象を受け、集団的無責任体制という日本の組織の悪い面が表れている」と指摘。給与返納という責任の取り方については「自分に罰を与えたのだから許してくれという意味でしかなく、責任を取ったとはいえない。なぜ悪かったのか、どこに責任があったのかを国民の前に明らかにすべきだ」と注文する。

 文科省のある幹部は「全然知らなかった」と驚きを隠せない様子。ただ、「記者会見が始まる時の大臣の表情を見て何かあるのかなと思った」と振り返った。別の幹部は「辞任といっても(10月予定の)内閣改造までの話だからねえ……」と淡々と受け止めた。

 一連の問題では、JSCを所管するスポーツ・青少年局の前局長が定年まで1年半を残して既に退職し、事実上の更迭とみられている。【田原和宏、藤野智成、太田誠一】

 両紙の違いは明白。
 毎日には、少なからず主張が含まれているし、コメントの取材先と内容も、適切なように思う。

 とにかく、今の時期まで下村というダメ大臣が居座っていたのが、許せない。

 戦争法案の審議中に、第三者委員会の報告書の発表がなかったのは、もちろん、閣僚辞任が野党からの追求に拍車をかけることになるのを怖れ、安倍政権がコントロールしたからに違いない。

 原発事故はコントロールできないままだが、そういうことは、アンダー・コントロール、なのだ。

 下村の辞意表明->安倍の慰留は、茶番、出来レース。

 辞意を表明することで、周囲の非難をかわすつもりだ。
 俸給から90万の返納・・・庶民にとっては大金だが、彼にとっては、何ら懐は痛くない額だろう。
 もっと早く辞めていれば、ダメ大臣への俸給として税金を無駄にすることもなかった。
 
 
 辞めるのと交替するのでは、政治家の経歴として大きな違いがあるのは確かだ。
 同じ政治家として安倍は下村の経歴に傷を残したくない、ということだろうが、そんな甘いことを許してはならない。

 もちろん、JSCの河野理事長だって辞任すべきだ。

 しかし、どちらが責任が重いかと言えば、もちろん大臣である。

 スポーツ・青少年局局長の辞任は、トカゲのしっぽ切りであり、その人は被害者といえるのではないか。
 いつも、下の者が詰め腹を切らせられる。

 そもそも、下村は新国立競技場問題よりも、献金問題の段階で辞任するべきだった。
 「道徳」教育を論じている文科省の責任者が、企業献金問題を抱えたままでいいはずがない。

 安倍政権は、第一次内閣の時の悪夢を繰り返さないために、下村を辞めさせなかった。
 メディアも、批判の切っ先が鈍っていた。
 
 マスメディアは、一斉に下村の政治家としての「出処進退」を問うべきである。

 何のための第三者委員会だったのか。
 あれだけの混乱を招来させ、莫大な税金の無駄遣いをさせた責任者として名指しされて、本人も辞めると言っているのだ。

 責任をとってもらいましょう。
 それも、速やかに。

 第一次安倍内閣の時の閣僚辞任の時に比べ、メディアは随分ひ弱になったものだ。

 メディアにいる人間が「もうじき内閣改造だから」なんて思っているのなら、安倍の作戦がまんまとはまっている、ということだ。

 血税をたれ流しされた国民は、騙されないし、責任者を許さない。

 そして、下村を任命した人間だって、責任をとるべきなのだ。
 なぜ安倍は下村を慰留しているのか・・・安倍を逃げさせてはならない。


 戦争法案の強行採決で、国民劇「安倍政権を許さない」の第二幕が上がった。

 安倍晋三というワルの傲慢さや詭弁を、国民、そしてメディアも、日常的に追及し指弾するということが、この第二幕のシナリオの主題である。

 戦争法案のみならず、新国立競技場問題も、辺野古も、原発再稼働も、そして国会中継をしないNHKの受信料義務化などの不穏な動きなども含め、悪代官と越後屋をこらしめる正義の戦いの対象である。

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by koubeinokogoto | 2015-09-25 17:50 | 責任者出て来い! | Comments(2)
ある本の引用から。

 人間が武器で身を固め、衣服をまとい、社会を組織することによって、外から人間を脅かす飢えや、寒さや、大きな捕食者につかまるという危険をどうやら取り払い、その結果これらの危険がもはや人間を淘汰する重要な要因とはならなくなったとき、まさにそのときに種の内部に悪しき淘汰が現れてきたにちがいない。こうなると淘汰の腕を振るうのは、敵対する隣合わせの人間どうしがする戦争ということになった。戦争は、さまざまないわゆる「軍人精神」を養い育てるのに役立ったに違いない。そんな精神を今なお本気で養うに値する徳だと思っている人間が残念ながら多いのだ

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『攻撃 -悪の自然誌-』(ローレンツ、みずす書房)

コンラート・ローレンツの『攻撃-悪の自然誌』(日高敏隆・久保和彦訳、みすず書房、昭和45年1月初版発行)からの引用だ。
 
 作者コンラート・ローレンツは動物行動学、動物心理学の権威で、『ソロモンの指環』と本書が有名。1973年にノーベル医学生理学賞を受賞。

 私が持っているのは、ⅠとⅡの上下巻に分かれた版だが、今では一冊になって発行されている。
 発行は、あのピケティ『21世紀の資本』の、みすず書房。

 私は、ローレンツの指摘するように、残念ながら、軍人精神を養うべき“徳”と考えている人間が、今の日本の政権の中枢に少なくない、と思えてならない。

 本書で、ローレンツは次のような主張をしている。

 生物は本来、同じ種の仲間に対する闘争の衝動があり、人間の場合それが理性で抑制されている。
 理性で抑制されているからストレスが生じる。
 そのストレスを解放するために、スポーツなどへの「熱狂」と、緊張を解きほぐす「笑い」が有効であると述べている。

 そして、ローレンツは「笑いは熱狂よりもっと高尚な意味で人間固有のもの」であり、「吠える犬は噛みつくことも多かろうが、笑っている人間が発砲することは決してない」と言う。

 こんな言葉を紹介すると、「いや、笑いながら引き金を引く殺し屋もいるだろう」などと反論されそうだが、その笑いは、ローレンツの言う笑いではない。

 ローレンツは、人間の本能の衝動である攻撃は、種外の環境との関係において、少しでも有利な生存の可能性を確保しようとする「淘汰」の作用だとも言う。

 
 この指摘は、引用した文章にあるように、戦争などを考えると、実に示唆に富んでいる。

 人間の場合、敵対すべき他種をも駆逐してしまい、環境からの脅威のない「万物の霊長」になってしまったがために、その本能は空回りをして、非常に危険な状態にあると彼は主張する。

 そして、ストレスの爆発を回避するためには、抑制よりも「熱狂」や「笑い」による積極的な解放が重要であることを提起している。

 東京五輪による熱狂で、果たしてストレスの爆発は回避できるのだろうか・・・・・・。

 それよりも、「笑い」が、攻撃という本能のブレーキになることのほうが、実に健全ではないかと思っている。

 これからは、困った価値観を持った人間によって成立した憲法違反の法案を、民主主義の力であらためて葬り去るための長い戦いが続くだろう。
 
 常に、熱狂でいることはできない。

 笑いのある日常生活を続けながら、侵略主義者たちに負けないようにしたいと思う。
 そして、できることなら、相手も気の利いた冗談、小咄で笑わせてやる、くらいの心の余裕をもっていたい。

 同じ種への攻撃は、動物の本能。
 理性で抑制することでたまったストレスを、いかに解放するか。

 ローレンツの指摘は、今後の日本の政治状況を考えるにあたっても、実に示唆的だと思う。

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by koubeinokogoto | 2015-09-23 11:28 | 戦争反対 | Comments(2)
 戦争法案の成立過程で、既成のマスメディアの凋落ぶりに落胆するばかりだった。
 
 確信犯で政府や自民党、軍国主義派の広報役となってしまった新聞や、国会生中継を放棄したNHKなどには呆れるばかりだし、他のメディアも昨年の閣議決定からの時間を考えると、安倍政権の暴力に立ち向かうには、あまりにも頼りないと言わざるを得なかった。

 そんなことを思いながら、本棚から取り出して読み返した本がある。
 須田禎一さんの本だ。

 若い時、高校から大学の前半、新聞記者を目指した時期がある。
 結果として、私は大学を出てから広告の世界に入り、その後、民間企業で広報の仕事などに就くことになった。

 新聞記者を目指していた頃、座右の書であったのは、須田禎一さんの『ペンの自由を支えるために-若いジャーナリストへの提言-』(評論社、昭和46年7月15日初版)や「氷焔-『エコノミスト』連載コラム-」(評論社、昭和49年10月20日初版発行)だった。

 著者須田禎一さんは、1909年に茨城県で生まれ、東大文学部を卒業し朝日新聞に入社。戦時中は上海などに赴任。戦後朝日を退社し、一時教職に就いたが、その後、北海道新聞の論説委員となった。60年安保で北海道新聞の鋭い政府批判を書いたり、後年は道新のコラム「卓上四季」を担当された。北海道に生まれ高校卒業まで暮らした私には、馴染み深いコラムだった。須田さんはフリーとなってから上記を含む著作を発表されている。
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*古本うしおに堂さんのサイトに綺麗な写真があったので拝借しました。
古本うしおに堂サイトの該当ページ 

 『ペンの自由を支えるために』から引用する。

 燕が一羽とんできただけでは春とは言えない、といわれる。しかし、桐の一葉が池に落ちるのを見て“天下の秋”を予知する能力を、ジャーナリストは必要とする。最も重要なことは、その予知力を“先物買い”や“バス先乗り”に用いるのではなく、大衆のための耳目として活用することである。つまり、来るべき“秋”を“凋落の秋”ではなく“結実の秋”とするような方向へ持ってゆくことである。そのためには、いわゆるマスコミが“社是”として掲げる「公正」「不偏不党」を偽善として冷笑するのではなく、自らの位相に立って活用することである。
 果たして、今の新聞人には、桐の一葉が池に落ちるのを見て“天下の秋”を予知する能力はあるのか・・・・・・。
 もしその能力があっても、大衆のための耳目として活用する料簡はあるのか・・・・・・。

 須田さんは、紹介した文章の後で、著書『独絃のペン・交響のペン』から、1968年3月の成田空港反対闘争において、TBSのマイクロバスが反対同盟のプラカードを載せたことが“報道の中立性を侵す行為”として大量処分となったことに強く抗議している内容を紹介しているが、その中に次のようにある。
 報道の中正、主張の公正、ということは、右と左との算術的中間、ああでもないこうでもないの曖昧性を意味するものであってはならない。また惰性的な生活意識に基づく“社会通念”の上に寝そべるものであってはならない。侵略者の暴力と被侵略者の暴力とが対峙するとき、被侵略者の側に立って報道することこそが、中正で公正なのだ。

 戦争法案の成立は、私は、民主主義“凋落の秋”ではなく、民主主義“結実の秋”の序章だと思っている。

 SEALDsが象徴する若者の政治への目覚めは、実に重要だ。
 法案成立後の、「選挙へ行こうよ!」の合唱は、決していっときの熱が言わせていることではない。
 もちろん、国会前や全国各地に集った高齢者たちの戦争法案への怒りは、それぞれの人生経験や信条を根っこに持っている強固なものであり、その焔が消えるはずはない。
 私などの会社員たちも含め、多くの国民は、安倍政権の横暴、アメリカと現代の武器商人たちのためだけにあるような法案が、強行採決で決せられたことへの怒りは根強いものである。

 一部のメディアは“侵略者”側の立場を変えることはない、あるいは、できにくいかもしれない。
 しかし、それらの組織にも、「うちは、これでいいのだろうか?」と疑問を持つ記者や若い社員などもいるだろう。

 「公正」とは「中正」とは何か・・・・・・。

 甘い、と指摘されそうだが、私はマスメディアへの期待、希望を、まだ、ぎりぎりのところで失なっていない。
 やはり、ネットだけでは、侵略者の暴力に勝つことはできないのだ。

 今回の法案成立が、既成メディアが立ち直る契機となり、大衆の、被侵略者の側に立って「公正」な報道を取り戻すきっかけになって欲しいと思う。
 民主主義の危機は、脱しつつあるのは、国会前や全国のデモを見れば明らかだ。
 侵略者の暴力に対抗するには、新聞が迎えているメディアの危機を、いかに脱するかが重要だ。

 IWJやHUNTER、そして日刊ゲンダイなども頑張っている。
 頼りなかった野党も、反戦の二字を旗頭に結託したくてはならないが、メディアだって、連携して安倍内閣という侵略者の暴力に立ち向かう必要がある。
 
 そうなってこそ、民主主義が結実する季節を迎えることができるはずだ。


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by koubeinokogoto | 2015-09-21 10:48 | 幸兵衛の独り言 | Comments(6)
 鴻池委員長の側でボディーガード的な役割を務めていた男。

 そして、前言撤回ばかりの防衛大臣。

 どちらも、元自衛官だ。
 
 彼らが戦争法案を巡る国会に登場することが、まるで戦前の国会のようだ、と指摘する記事を「HUNTER」から引用したい。

HUNTERの該当記事

軍人が主役 ― 国会はすでに戦前
2015年9月16日 10:00

 国会 集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の審議が大詰めを迎える中、軍人政治家が国会で質疑を交わす光景に背筋が寒くなった。頭に浮かんだのは、白黒映像でしか見たことのない戦前の帝国議会。軍人や軍人出身の政治家たちが幅を利かせた時代のことである。
 「戦争ができる国」に向けてひた走る安倍晋三政権と自民・公明の姿は、まさに戦前の大政翼賛会。現在の国会の姿は、あらゆる意味でその頃と同じである。
 安保法案は、きょう16日にも強行採決される見通しで、武断政治の前に、この国の民主主義や70年間かけて築き上げられた「平和国家」が、一気に崩れ去ろうとしている。

元軍人が戦争法案を賛美する茶番

 戦前の内閣では陸軍、海軍からそれぞれ陸相、海相が閣僚に就任していたため、軍服姿が国会に登場するのが常。さらに、現役の軍人が国会の壇上に立ち、政党政治家を威圧していたのが当時の実情。武断主義で国を動かした結果が、昭和20年の敗戦である。

 こうした状況を二度と再現させてはいけなかったはずだが、戦後70年の節目にテレビの国会中継で映し出されているのは、軍人政治家が戦争法案を賛美する光景だ。

 14日、参院平和安全法制特別委員会で自民党を代表して質問に立ったのは佐藤正久参院議員。「ヒゲの隊長」として知られる元自衛官だ。答弁する防衛大臣はといえば中谷元氏。こちらも元自衛官である。

 経歴を調べてみると、中谷氏は陸上自衛官を4年間務めて政界入り、佐藤氏は20年以上を自衛官として勤務した後、参院議員に転身している。共に防大卒。先輩・後輩の仲である上、実働期間は違えど共に元軍人だ。

 中谷氏は、自衛官出身で初の防衛庁長官(2001年4月~2002年9月)。2014年12月に、防衛相として2度目の入閣を果たしている。佐藤氏は、自衛隊のイラク派遣で第一次復興業務支援隊長を務めた人物。「ヒゲの隊長」として有名になり政界に転じたが、実戦部隊の指揮官を務めた筋金入りの「軍人」である。

 現在、自衛官あがりの国会議員は中谷、佐藤両氏を加えて4人。あとの二人も自民党所属で、衆議院に中谷真一氏、参議院に宇都隆史氏がいる程度だ。

 数こそ少ないが、今国会の最終盤、主要な役を演じているのは防衛相である中谷氏と、参院自民の顔となった佐藤氏。元軍人が、そろって国の方向性に影響を与えているのは確かだ。

 中谷が昭和32(1957)年生まれ、佐藤は昭和35(1960)年生まれ。
 どちらも私より年下であるが、年齢は近い。

 昭和30年代生まれにとって、安保闘争を経験したのは兄や姉の世代であり、「遅れてきた世代-レイトカマ (Late Comer)ー-」などと形容されることもあった。

 だから、あまり政治的な思考は強くない世代、とも言える。
 子供の頃には、すでに、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」を経た、カラーテレビ・カー・クーラーの「3C」の時代を迎えた。

 昔の言葉であるが、「ノンポリ」が大半、という世代と言える。

 当時、進学するにあたって防衛大学を選ぶ人の理由は、一つは経済的事情があっただろう。また、防大から民間企業に入る人も多かったが、自衛隊に進む人の多くは、いわば右翼的思考が背景にあったと言ってもよいかもしれない。
 しかし、その思想の背景に、確固として憂国の精神があったとは思えない。

 中谷、そして佐藤の二人は、果たして何を思って防大に進み自衛官になったのか。

 中谷は、高知出身で、祖父貞頼が警視庁を経て弁護士、衆議院議員を務め、実業家として日活社長なども経験した人だ。

 Wikipediaによると、彼は次のような政策の人であるらしい。
・日本の核武装については、将来にわたって検討すべきでないとしている。
・選択的夫婦別姓制度の導入に反対。
・憲法9条の改正に賛成しており、集団的自衛権の行使にも賛成している。
・内閣総理大臣が靖国神社に参拝することに関して「問題ない」としている。
・村山談話、河野談話については「見直すべきでない」としている。


 「ヒゲの隊長」の政策は次のようなものらしい。
・自衛隊の国軍化を主張
・憲法改正に賛成。
・集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を見直すことに賛成。
・日本のTPP参加に賛成。
・日本の核武装について国際情勢によっては検討すべきだとしている。
・村山談話および河野談話について、いずれも見直すべきとしている。
・選択的夫婦別姓制度の導入に反対。

 政策に違いはあるが、二人とも戦争法案を実現させようとする自民党の重要人物であることは確かなのだろう。

 彼等は、いったい、何を守ろうとしているのだろう。

 
 入隊前の信条はともかく、自衛隊では「国のため」という思いは強かっただろう。

 しかし、今現在彼らがしていることは、果たして国のためなのか・・・・・・。

 国会前デモに参加している泥憲和さん達元自衛官は、間違いなく国民の立場で戦争法案を語っている。
 ちなみに、泥さんは昭和29年生まれ、同じレイトカマー世代だ。
 
 同じ元自衛官でも、中谷、佐藤は国会議員となったことで、国や国民よりも、自分たち自民党のボスの子分としての役割を果たすことが大事らしい。

 昨今では、右翼思想の人たちは、一人一人が強固な信念や思想を持っているのではないからだろう、表層的に同じような考え方の他人と群れたがるようだ。

 中谷、佐藤、そして安倍は、そういった群れているだけの人たちで、実に表面的な軍国主義者だと思う。ポツダム宣言を知らない、なんてぇことからも分かる。

 彼らに、命を賭けて国民を守るなどという精神は、まったく存在しない。
 まずは、自分たちの群れである自民党のために行動するだけである。
 その背景には、もちろん、政党助成金などの金のため、という本音が存在する。

 レイトカマー世代は、兄や姉に当る団塊の世代のような子供の頃からの競争の荒波を受けずに育っていて、上の世代からは、生ぬるい奴、と思われるむきがある。
 しかし、その分、熱に浮かされるだけではない、知性的な面もあるはず、と勝手に私は思っている。

 しかし、少年から青年に向けて心身の鍛え方が足りなかった世代であることは間違いがなく、考え方が中途半端で精神的にも弱い分、群れたがる者が多いのも事実だろう。

 しかし、何に対して群れるかは、人それぞれだ。

 戦争することで群れてはならない。

 同じレイトカマーの世代として、あまりにも情けないぜ、元に正久、そして晋三よ。

 レイトカマーの意味通り、君たちの考えは、時代に遅れているぞ!


 今、もっとも頼りになるメディアは、岩上安身さんのIWJ(Independent Web Journal)。

岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal
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by koubeinokogoto | 2015-09-17 12:25 | 戦争反対 | Comments(8)
 私は行けなかったが、昨夜も国会前に約4万5000人が詰めかけた。

 あの場における元自衛官の泥憲和さんのスピーチの内容をハフィントンポストから紹介したい。
ハフィントンポストの該当記事

安保法案】国会前デモで元自衛官「遠い外国で人殺しするために入った人なんていない」(動画)
投稿日: 2015年09月15日 07時04分 JST

参議院での審議が大詰めを迎えている安全保障関連法案に反対する大規模な集会が9月14日夜、国会前であり、主催する「行動予定 | 戦争させない・9条壊すな!総がかり行動」によると約4万5000人が集まった。

学生団体「SEALDs」に招かれてスピーチした元陸上自衛官の泥憲和さんは、豪雨による鬼怒川などの決壊で災害救援にあたった自衛隊員の活躍を讃え「遠い外国で人殺しするために自衛隊に入った人なんていない」と訴えた。

「議員会館である集会に参加してきました。自衛官の人権を守る集会です。私ね、びっくりしました。自分が自衛隊いたとき、自衛官は大学に来るな、学ぶ権利はない、お前たちに人権はないと言われていたのに、なんて日本の民衆の人権感覚は深く広くなったんだろう。本当にびっくりしました。嬉しくて嬉しくて。

私が自衛隊にいたとき、ベトナム戦争の真っ最中でした。全国で反戦デモがあふれてました。私たちは教官に教えられました。『自衛隊なくせ』という国民をも、有事の際は命をかけて守るんだ。だから自衛隊は崇高な使命なんだ。ところが今、安倍総理は、その自衛隊をとんでもないものに変えようとしています。遠い遠いアフリカに行って、外国軍と一緒になって、縁もゆかりもない国々の人々をもしかしたら自衛隊が殺すかもしれない。

大洪水あったじゃないですか。陸上自衛隊、災害派遣の隊員たちが一生懸命、市民を救出していました。あれが自衛隊の姿ですよ。ああいう仕事がしたくて自衛隊という職業を選んだんです。遠い遠い外国で人殺しするために自衛隊に入った人なんていませんよ。ところが自衛官は政治的活動に関与してはならない。自分では声を上げられません。だから私たちOBが現役に成り代わって彼らの胸の内を語らなければならないと思っています。

この前、国会で自衛隊の秘密文書が出てきたじゃないですか。24万7000人いる自衛隊で、たった350人しか出席できない会議だったんですよ。そこで配られた資料ですよ。エリート中のエリートからリークされました。リークがばれたら一生台無しですよ。守秘義務違反で刑事罰が下ります。懲戒免職されたら退職金もない。自衛隊関係者内での信用もなくなる。だけどそのリスクと、日本が戦争に手助けしていくリスクを天秤にかけたら、やっぱり俺の人生をかけるときだと思ってリークしてくれた幹部自衛官がいたということですよ。この決意を引き出したのは皆さんのこの集会、デモです。本当に感謝します。

安倍総理は、日本は国際貢献が足りないと言うでしょう。じゃあ国連常任理事国がPKOにどれだけの兵隊を出しているか、国連資料で去年の数字が上がっています。ドイツ204人、イギリス280人ぐらいです。自衛隊は250人近く出しています。もう西側先進国並みの貢献はちゃんとしてるんですよ。アメリカは去年1年間、113人しか出していない。自分の勝手な戦争には何万人も送り込むアメリカですけど、国連が頼んでも、たった113人しか出さない。そんな国なんですよ。そのアメリカが自分たちのする戦争「低強度戦争の軍事戦略」という教科書があります。いちばん初めに「テロとの戦いは、アメリカの国際的利益を推進するためだ」と書いてあります。自分の都合でやってるんですよ。何もテロから世界を守るんじゃない。こんなアメリカと自衛隊が一緒になって海外に出ていったらどんな使い方されるかわからない」

“24万7000人いる自衛隊で、たった350人しか出席できない会議”に参加した、“エリート中のエリートからリーク”という説明で、リークした本人が、どれほどの強い決意をもって体を張ったのかが、伝わる。

 該当する情報は、8月11日に、共産党の小池議員が明らかにした「日米防衛協力指針(ガイドライン)および安全保障関連法案を受けた今後の方向性」のことだろう。

 河野統幕長の昨年12月アメリカでの記録「統幕長訪米時の(ママ)おける会談の結果概要」は、それほど多くの人に共有されてはいなかったと思う。

 ただし、リークした自衛官は同一人物かもしれない。

 前者の資料が作られたのは今年5月末で、法案が衆議院に提出されてまだ審議が始まったばかりの時期。
 同資料では、「最も早いパターン」として8月に「法案成立」、2016年2月ごろ「法施行」となっている。
 この、「最も早いパターン」ならば、南スーダンPKOを年明けから今度の法制に基づいて運用する、と極秘文書には書いてあった。

 すでに、最も早いパターンは消え去った。
 最も遅いパターンも含めて葬り去ろう。廃案まで、あと一歩。
 
 体を張ってリークしたエリート自衛官は、国が命じるままに他国の戦争に加担することとなる戦争法案への疑問を晴らすことができなかったのだろうし、泥さんと同じように、「遠い外国で人殺しするために自衛隊に入ったんじゃない」という思いも強かったのだろう。

 泥憲和さんについては、昨年7月にも新聞記事を引用して紹介したことがある。
2014年7月29日のブログ
 この記事にあるように、昨年4月、がんで余命一年を宣告されていた。
 その病状がどうなっているのは分からないが、昨夜もマイクを握ることができたのは、元自衛隊員として反戦の思いを伝えたい、という強い情熱と精神力が命を支えているからではなかろうか。

 極秘文書をリークした自衛官も、そして泥さんも、体を張り、命を賭けて戦っている。

 ご高齢の方からSEALDs、そして高校生まで、これまでにない民主主義の炎が全国で燃え上がっている。

 なかなかデモに行けない状況ではあるが、なんとか、自分ができることをしたいと思う。
 
 その小さな一つとして、国会前デモの動画放送なども行っており、今、もっとも頼りになるメディア、日本の数少ないジャーナリスト岩上安身さんのIWJ(Independent Web Journal)のリンクバナーを貼る。

岩上安身責任編集 – IWJ Independent Web Journal
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by koubeinokogoto | 2015-09-15 12:59 | 戦争反対 | Comments(3)

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*Studio Robinさんからお借りしたフリー素材
Studio Robinさんのサイト

 実は、この記事は兄弟ブログ「噺の話」に書いたもの。
 歴史ドラマや江戸時代について書くことがあり、NHK木曜時代劇「まんまこと」についても、何度か記事にしている。
 今回は、物語の素材となっている河童のことを取り上げたのだが、そこから江戸時代の人々の死生観、哲学のようなことに話が広がり、内容的にはこちらの方にも関係が出てきたので、掲載することにした次第。

 豪雨の災害情報により、NHK木曜時代劇「まんまこと」の第七回「おさかなばなし」の放送は、来週に延期となった。

 鬼怒川の映像には驚くばかりだ。
 しかし、想定できなかったのだろうか。人災の要素は、たぶんにありそうな気がする。
 行方不明の方のご無事をお祈りするばかりだ。

 
 「まんまこと」を見てから書こうと思っていた内容なのだが、復習ではなく予習として(?)、「河童」について書きたい。
 「おさかなばなし」は、河童にまつわる物語なのである。


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杉浦日向子監修『お江戸でござる』(新潮文庫)

 何度か紹介している『お江戸でござる』は、平成7(1995)年から平成16(2004)年まで放送された、NHK「コメディーお江戸でござる」を本にしたもので、もちろん杉浦日向子さんの監修。

 単行本は杉浦さんが存命中の平成15(2003)年にワニブックスから発行されていたが、図版を入れ替えて、新潮文庫から杉浦さんが亡くなった翌年、平成18(2006)年に発行。

 この本には、河童は江戸時代に実在していた、と明確に書かれている。
 江戸時代は、全国各地に河童がいて、大名から学者に至るまで、実在を認めていました。
 ということなのだよ。
 どんな姿だったのか、引用を続ける。

 河童にも、いろいろな形のものがいます。四足歩行のものは、イタチとスッポンを合体させたような形で、二足歩行のものは、毛の生えているもの、表面がヌルヌルした鰻の肌のようなものと二種類あります。色は、青黒いものと、褐色のものがいます。共通しているのは、頭にお皿があってくぼんでいる点です。常にお皿に水がないと弱ってしまいます。手が長くて膝の下まであり、髪は赤毛で、ざんばら髪になっています。口が犬のように尖っていて、亀のようにギザギザの細かい歯が並んでいます。足に水掻きがあります。

 上のイラストとは違う姿だが、あまりリアルな絵にすると、ちょっと怖いからね(^^)

 決して、河童は空想上の生きものではなく、江戸時代には実在した・・・ということなのである。
 日本各地に、河童伝説がある。

 たとえば、横浜市神奈川区のサイトには、知る人ぞ知る「滝の川の河童」について、次のように記載されている。
横浜市神奈川区のサイトの該当ページ

民話「滝の川のカッパ」

 区役所の近くを南の方に向かって流れている滝の川。かつて権現山の山上からひとすじの滝が流れ落ち、滝川となってこの川に注いでいました。このため、この川を「滝の川」というようになりました。その滝つぼには、数百年も生きているカッパがいたといわれています。
 滝つぼの主であったカッパは、近くの東海道に出かけては旅人にいたずらをしたり、馬から荷物を奪っては馬子を困らせていました。ある日、神奈川宿に住んでいた剣術使いの浪人がそのカッパをつかまえると、カッパは涙を流しながら「わたしには夫がいましたが、去年、大蛇に決闘を挑まれ、殺されてしまいました。残された二人の子どもを養うために、悪いこととは知りながら人間に迷惑をかけていました」との打ち明け話。「今後二度と悪いことはしないので命だけは助けてください。先ほどの話がうそではない証拠に、命の次に大切なものを今夜差し上げましょう」と手をあわせて懇願するので、浪人も同情して許すことにしました。そしてその夜、浪人宅に昼間約束したカッパの夫のサラが投げ込まれました。
 カッパがくれたのはサラではなくカッパの頭だったという言い伝えもあります。

 他にも、全国各地、中でも九州や沖縄に数多くの河童伝説が伝わっている。

 そして、江戸時代には、河童に限らず、多くの妖(あやかし)が実在した、と言われる。
  
 『まんまこと』の作者畠中恵の大ヒットシリーズ『しゃばけ』に登場する妖たちは、必ずしも空想上のもの、とは言えないかもしれないのだ。

 また、江戸の人々の考え方そのものが、妖怪の存在を認めるものであったことが、『お江戸でござる』の中で各章の最期にある「杉浦日向子の江戸こぼれ話」に記されているので、紹介。
 江戸の狐狸はよく人間に化けて社会にとけこんでいます。人間のほうでもそれを喜んで、狸の和尚さんに揮毫してもらい、それを代々伝えているなどということもあります。とてもつもない美人がいると「あれは狐だ」というなど、その存在を当たり前のように信じているのです。
 落語『狸』シリーズや『王子の狐』などが、まんざら絵空事とは思えないではないか。

 「あれは狐だ」と言いたい美人には、なかなかお目にかからないのは、狐が、人間に化けようとする気持ちが薄らいできたのかもしれない。王子でもえらい目にあったし、人間の方が、ずっと恐ろしいからかなぁ。

 このあと、杉浦さんは、江戸の人々の考えについて次のように説明する。
 江戸の人々は、人間を万物の霊長とは考えていません。動物も人間も一緒で、蚤一匹殺すのにも、「祟られるかもしれない」と思いながらつぶします。命に関する考えが今と違って、「次は自分が虫に生まれてくるかもしれない」と思っているのです。「今つぶしたのが、前のお婆さんだったらどうしよう」などと本気で心配します。江戸っ子が環境について優しいのは、根本にそういう考えがあるからです。
 ものも、粗末に扱えば「百鬼夜行」で夏の夜中に練り歩くと思われています。しゃもじ、枕、破れた行灯などが、ぞろぞろと行進するのです。「きちんと最後まで使いきりましょう」と、子どものうちから教育されます。今の東京だったら、百鬼夜行だらけで人が歩けなくなってしまいます(笑)。

 輪廻転生、と言う言葉を思い出すねぇ。
 私は、前世は羊だったと思う。そうでなければ、未年生まれの牡羊座、ということはなかろう(^^)

 八百万の神という考えは、台所の鍋や釜、しゃもじにも命がある、ということか。

 これって、今の日本人にとって、実に重要な示唆を与えることではなかろうか。
 
 よく言われることだが、物を大事にする、修理をして一つの物を長く使う、という考え方は、江戸時代では当たり前だった。
 それは、江戸時代にあった次のような買ったり売ったり直したり、という幅広い仕事人の名を眺めれば、よく分かる。
 古着屋、鋳掛屋、瀬戸物焼き継ぎ、下駄の歯入れ、古傘買い、羅宇屋、ほうき買い、灰買い、古椀買い、木っ端売り、付け木売り・・・・・・。

 現在は、たしかに修理するより新品を買った方が安い、という経済的な理由もあるだろうが、あまりにも早く物を捨て過ぎると思うなぁ。
 ゴミをたくさん排出する今日の世の中を考えると、リサイクルの仕組みがしっかりしていた江戸時代を大いに見習う必要性を感じる。

 物を大事にするという精神は、本当は3.11以降に我々が取り戻すべき日本人の美徳だったはずなのだ。
 まだ、四年余りしか経っていないし、いまだに避難者の方は約二十万人もいらっしゃる。

 物を大事にすること、そして、相互扶助の精神でお互い助け合うこと。
 本来持っていた日本人の美徳を、取り戻す機会がったのに、喉元過ぎれば、何とやら・・・・・・。

 3.11の後で、若いデザイナーの方が制作した、買い占めに反対する下のポスターが注目され、私もブログで紹介したことがある。

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 日本人は、良くも悪くも、変わり身が早い。変化への適応性が高い、とも言えるが、変わっちゃいけないものもあるように思う。

 古い物を大事にする文化が根づくには、その根底に、江戸時代の人々には当たり前だった、物にも命があるという考えがなければならない、ということかもしれない。

 そして、古いものより新しいものが良いという現在の風潮は、江戸時代には存在した日本人の大事な逆の哲学を喪失することにもつながる。

 杉浦さんは、こう説明する。
 同じものをいつまでも使い続ける誇りが、江戸にあります。「年季が入っている」「年代物だ」といわれると、褒められたことになります。江戸の人々は古いものほど価値を置きました。人間にしても、一年でも多く生きている人を尊敬します。「一年分の春夏秋冬をよけいに知っているから、自分よりも価値が上なのだろう」と考えるのです。江戸では最新の知識よりも、その人が長年培ってきた経験や技術が尊重されます。
 釣り、盆栽、歌舞音曲、俳句-と江戸の道楽はすべからく「隠居文化」です。若い人は「青二才」「若造」と馬鹿にされます。今だと年を取ったということ自体が馬鹿にされるので、若作りして見せるなど若さに執着しますが、江戸では逆にファッションを渋めにして老けて見えるようにします。頭が禿げたり白髪になったりしても風格がついたと喜びます。老いは誰しも初めての体験です。三十代なら三十代、四十代なら四十代という一度しかない年齢を過ごそう、と江戸の人々は考えます。いつまでも若さにしがみつくのは愚かしいことだと考えるのです。

 
 「隠居文化」って、なかなかいい言葉だなぁ。

 儒教の精神も根底にはあるかもしれないが、目上の人を大切にしていた日本人の心は、いったいどこへ行ったのか・・・・・・。

 河童のことから、やや拡散気味ではあるが、実に大事なことを『お江戸でござる』は教えてくれている。

 河童や狐狸妖怪は江戸時代に実在していた
        ↓
 その背景として、人間が万物の霊長ではない、という考え方が根底にあった
        ↓
 しゃもじなど台所の道具にだって、命が宿っていると考え大事にしていた
        ↓ 
 新しいものより古い物、そして、自分より目上の人を大事にする考えが根強かった

 こんな関係になるだろうか。

 この本からは、目に見える現象の根底にある、考え方、哲学の重要性を教えてくれる。

 江戸の人々が人間が万物の霊長とは考えなかったように、人間としての奢りを捨ててはどうか。
 その考え方が、自然や他の生物への真摯な接し方につながるだろう。
 
 自分が前世で虫だったかもしれないし、来世には蟻になるかもしれない、という発想を持ってはどうか。
 どんな物にも命が宿っている、と考えてみてはどうだろうか。
 そうすれば、物を粗末になんか、できやしない。

 そして、新しいものが古いものより上、という思いを、「本当にそうか?」と問い直す必要があるのではなかろうか。


 最近のニュースで思い浮かべるのが、ホテルオークラが、建て替えのため取り壊されることだ。
 「日本的建築美の創造」をテーマに外装、内装から各種設備まで日本古来の美しい紋様を取り入れ、海外の著名人からも愛されていたホテル。
 海外からも、多くの人が、取り壊しに反対のメッセージを送っていた。
 
 ネットで、取り壊しの理由は、国の東京五輪に向けた虎ノ門再開発を請け負うオークラの株主の森トラストの判断による、という記事を見た。ホテルより貸しビルの方が儲かるので、採算の取れないホテルが全体の再開発計画の犠牲となった形だ。
「ITmediaビジネスONLiNE」の該当記事

 それが事実なら、東京五輪に向けた「開発という名の破壊」の象徴的な出来事だろう。

 私も行ったことはあるが、たしかに古くはなったが、格調高く美しいホテルだと思う。
 「1万8000坪の芸術」と称されることもあり、多くの海外からの宿泊者が写真を撮るホテル。
 世界的なデザイナーや建築家が、取り壊しの暴挙を非難していたが、文化も美学もそっちのけので経済の論理が優先したのだ。

 新しいものの方が古いものより上、という、江戸の人たちとはまったく逆の考えが根底にあるのだろう。
 
 もっと、古い物を大事にし、目上の人を敬うことが、本来の日本人の心を回帰させることになるのではなかろうか。そして、その姿勢は、海外の人々からの尊敬を得ることにもつながる。

 この思いには、還暦を過ぎても何ら周囲から労われることの少ない親爺の僻みも、少し混じっている、かもしれない。しかし、まだまだ若いつもりなので、労われなくてもいいけどね。

 私なんか若造よりも労わられ尊敬されるべきなのは、国会デモや全国で戦争法案反対活動にに参加されている高齢者の方々だろう。

 「戦争は二度と嫌だ」という強い思い、そして、さまざまなご自分の経験を胸に、多くの七十代、八十代の方が、今の人生を精一杯自分らしく生きようとされている。


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by koubeinokogoto | 2015-09-12 08:48 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
 時事通信の最新の世論調査で、安倍内閣の支持率が、予想通り、最低になった。
 時事ドットコムから引用。
時事ドットコムの該当記事

内閣支持、最低の38.5%=衆院解散「任期満了まで」3割半ば

 時事通信が4~7日に実施した9月の世論調査によると、安倍内閣の支持率は前月比1.2ポイント減の38.5%だった。政権復帰後、初めて4割を切った前月を下回り、最低を更新した。不支持率は同0.4ポイント増の41.3%。安倍晋三首相は自民党総裁選で無投票再選を果たしたが、政権を取り巻く環境は厳しさを増している。
 支持率の低下は、安全保障関連法案に対する世論の理解が進んでいないことに加え、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐる県との対立の深刻化などが影響したとみられる。
 次期衆院選の時期について、いつごろが望ましいかを尋ねたところ、「任期満了まで行う必要はない」が36.2%と最も多く、「来年夏の参院選と同時期」24.7%、「できるだけ早期」14.6%と続いた。
 内閣を支持する理由(複数回答)は、「他に適当な人がいない」が16.3%でトップ。次いで「リーダーシップがある」12.0%、「首相を信頼する」9.2%の順だった。支持しない理由(同)は、「政策が駄目」20.4%、「期待が持てない」19.6%、「首相を信頼できない」17.8%だった。
 政党支持率は、自民党が前月比0.8ポイント減の23.3%、民主党が同0.7ポイント減の4.9%。以下、公明党3.4%、維新の党1.9%、共産党1.2%と続いた。支持政党なしは同2.5ポイント増の63.5%。
 調査は全国の成年男女2000人を対象に個別面接方式で実施。有効回収率は64.2%。 (2015/09/11-15:05)

 宅内電話のみの調査ではなく、個別面接方式なので、年代性別の偏りは少なく、おおかたの国民の心情を反映しているように思う。

 内閣への追求が弱い民主党の支持が減っているのも、当然だろう。
 
 7月の調査から支持率を増やしている政党は、一つもない。

 暴走する内閣および与党も、それを止めることに組織的な結束のできない野党も、国民からの支持を失っているのが実態だ。

 だから、支持政党なしが三分の二近くなっている。

 もし、既成政党ではなく、反戦を旗頭にして、国民の多くが真っ当と思える“人”が結束できたら、私も含む支持政党なしの層は応援すると思うが、そういった人もいない、というのが実態、ということ。

 野党は安倍の不信任案提出などで結束しているかに見えるが、民主と維新を中心にした連合に、全体を束ねるだけの戦略や力があるのか。

 小沢一郎が、どこまで彼らしい剛腕を発揮できるかが、鍵を握っているように思う。

 何度か記事にしているが、アメリカの軍産複合体にとって脅威だった小沢一郎が“画策者なき陰謀”により民主党を離れざるを得なくなり、日本の政党政治は存在感を大幅に失ってしまった。
2015年6月23日のブログ

 しかし、なんとか政治家としての生命を保持している小沢一郎を、野党の有志たちが生かすことができれば、国会の行方は変ってくるはずだ。

 国会前デモの声を増幅して安倍内閣に突きつけることのできる政治家は、他に見当たらない。


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by koubeinokogoto | 2015-09-11 20:15 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

 安倍政権は、とことん国民を愚弄している。

 上限が4,000円の軽減税率による還付を受けるために、なぜか「マイナンバー」制度をくっつけ、さらに、血税3000億をシステム整備のために使おうとしている。

 日刊ゲンダイから引用。
「日刊ゲンダイ」の該当記事

政権崩壊の決定打…税金還付システムに「血税3000億円」の愚
2015年9月10日

 国民をナメるにもほどがある。というより、この国を潰す気なのか。財務省が8日に示したマイナンバーカードを使う「日本型軽減税率制度」。消費税率が10%に引き上げられる2017年度中の導入を目指すというが、軽減税率とは名ばかり。システム整備のために3000億円もの血税を投じるというから、開いた口がふさがらない。

 財務省案は、とことん国民をナメている。税率が複数になる軽減税率の導入は、「面倒くさい」(麻生財務相)から一律10%徴収する。その代わり、家電量販店のように、買い物をする時にマイナンバーカードを提示すれば、税率2%相当を“ポイント還元”。もちろんカードを忘れたらポイントは付かないし、ポイントすべてが還元されるわけでもない。上限は1人4000円だ。

「単に最大4000円還付するというだけで、軽減税率とは別モノです。『日本型』なんてまやかしにすぎません。軽減税率の導入は自公両党で合意し、昨年の衆院選で公約として掲げていたわけですから、明らかな公約違反です。消費税を8%に引き上げた時に年6000円の給付措置を取っても、個人消費はガクンと落ち込んだ。それが一律10%になれば、庶民の痛税感は増すばかり。消費はさらに冷え込み、小売り不況が加速し、中小企業がバタバタ倒れる恐れがあります」(経済評論家・荻原博子氏)

 記事にある通り、こんなものは軽減税率ではない。

 あくまで、国民を愚弄する『安倍型』であり、国の名を使って欲しくない。

 この記事の締めの部分も引用する。

 国民は到底納得できない。軽減税率導入に積極的な公明党内部からも「『財務省版』キールアーチだ」「政権にダメージを与えかねない」などと白紙撤回を求める声が上がっていると報じられた。その通り、安倍政権崩壊のダメ押しになる可能性大だ。


 安倍内閣は、与党国会議員数の多さを笠に着て暴力を振るう、まさに無法者の集団である。

 安倍自民党に利用され続けている公明党は、戦争法案に限らず、軽減税率に関しても、党の精神を捻じ曲げて、暴力集団「安倍組」について行くのだろうか。

 公明党のサイトから、軽減税率に関する内容を紹介。
公明党サイトの該当ページ

軽減税率とは

消費税の標準税率のほかに、食料品などに低い税率

軽減税率とは、複数税率とも言われ、食料品など生活に欠かせない品目の消費税率を標準の税率より低く抑えるものです。

増税による“痛税感”を和らげるとともに、消費税率引き上げに対して幅広く国民の理解を得るためには、軽減税率の導入が不可欠です。

消費税には、景気の影響をあまり受けずに安定した税収が確保できる利点がある一方、所得に関係なく同じ税率が適用されるため、低所得者の負担感が重くなる「逆進性」の問題があります。

公明党は、低所得者らの暮らしを守る観点からも、軽減税率の導入を訴えています。

 マイナンバーカードの提示、上限4,000円・・・公明党は、これが「低所得者の暮らしを守る」政策だと、支持するのであれば、支持者の家に張られている「いまこそ、軽減税率実現へ。」のポスターを外して欲しいものだ。

 そもそも、戦争法案に賛成している時点で、「平和」を標榜している党ではなくなっている。

 支持母体である創価学会員数千名の戦争法案反対署名を持参した学会員は、党本部で守衛に追い返されている。

 そろそろ、公明党は、目覚めるべきだ。

 あなた達は、安倍自民党に国会議員の「数」だけをアテにされ、利用されているだけなのである。
 心が歪みっぱなしの与党であり続けることは、長期的な観点で、党の存在意義を根こそぎ喪失させかねない。
 平和を標榜し国民のため、と言うのであれば、明日から健全な野党になるべきではないか。

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by koubeinokogoto | 2015-09-10 20:47 | 責任者出て来い! | Comments(4)
 国会が歴史的に極めて重要な案件に直面している最中、9月4日に安倍首相が大阪に行き、読売テレビの番組に出演したことを書いた。
 福岡を拠点に、記者クラブとは一線を画すジャーナリストたちによるニュース・サイト、HUNTERに、彼が出演した番組の内容が明かされている。
 とんでもない、メディアの政治利用ではなかろうか。
 HUNTERから引用する
HUNTERの該当記事

右派集め民意批判  
 問題の番組は、読売テレビ(大阪)の「そこまで言って委員会NP」。首都圏などの一部を除き、日本テレビ系列の地方局で流されている討論番組だ。ひな壇に右派の論客(?)をずらりと並べ、彼らの意見に反する声を徹底的にこき下ろすという趣向。集団的自衛権や安保法案、沖縄の基地問題といったその時々の政治課題に関しては、常に自民党寄りの姿勢をとるパネリストたちが、敵意剥き出しに少数意見やリベラル派を攻撃する。

 安倍首相は4日、大阪を訪れ同局制作の「情報ライブ ミヤネ屋」に生出演、さらに「そこまで言って委員会NP」(6日放送)の収録に参加していた。安全保障関連法案について「国民への説明を果たすため」(番組内での首相発言)だったというが、参院の特別委員会は法案審議の真っ最中。国会よりテレビ出演を優先したことに、批判の声が上がったのは言うまでもない。

 肝心の番組だが、これはもう愚劣と言うしかない。ミヤネ屋では、首相が安保法案について持論を展開し、はしゃいだ司会の宮根誠司氏が首相と食事の約束をする始末。バラエティ番組とはいえ、政治的中立性を欠く内容となっていた。

 6日に放送された「そこまで言って委員会NP」は、さらに酷い内容だった。冒頭、同番組がよく使うキャラクター「左翼(ひだり つばさ)くん」を登場させ、このキャラクターが言う“安全保障関連法案は憲法違反ではないか”などといった国民から出ている疑問を「左目線」と断定。安倍首相が登場するや司会の辛坊治郎氏が、『戦争法案』への批判が高まっている状況について「なんでここまで誤解が広がったのか」と問いかけた。番組の方向性は、この段階でハッキリ示されている。

政権批判を「左目線」と断定  
 集団的自衛権の行使によって高まる戦争の危険性、安倍の政治手法、沖縄の米軍基地問題など多くの国民が感じている疑問や批判はすべて「左目線」――つまり左翼的思想だと決めつけている。また、戦争への懸念を「誤解」だとする辛坊氏の前振りは、安倍自民党の主張を容認する立場であることを明らかにしたものだ。これは、番組が政権政党と同じ目線で作られているということを示しており、政治的意図を持った番組と言うべきだろう。

 案の定、番組は連続する質問に首相が答える形で進行したため、討論というより権力者の独演会。以下、首相の言いたい放題が続き、右寄りパネリストたちが頷くだけのヨイショ番組となった。問題視された国会での“ヤジ”についても、首相は反省を口にしながら「心の言葉が思わず言葉に……」――スタジオが笑いに包まれ、番組あげて国会や国民を卑下する格好となった。まるで安倍政権のプロパガンダ。不偏不党とは程遠く、公共の電波を使って垂れ流す内容とは思えない。

 「情報ライブ ミヤネ屋」は関東でも放送されているが、私は見ていない。
 もう一つの「そこまで言って委員間NP」は、関東では放送されていないようだが、だから思いっきり偏向した内容に出来た、とも言えるだろう。


 上記記事にあるように、“同番組がよく使うキャラクター「左翼(ひだり つばさ)くん」を登場させ、このキャラクターが言う“安全保障関連法案は憲法違反ではないか”などといった国民から出ている疑問を「左目線」と断定。安倍首相が登場するや司会の辛坊治郎氏が、『戦争法案』への批判が高まっている状況について「なんでここまで誤解が広がったのか」と問いかけた”、とか、“戦争の危険性、安倍の政治手法、沖縄の米軍基地問題など多くの国民が感じている疑問や批判はすべて「左目線」――つまり左翼的思想だと決めつけ”ている内容を放送するテレビ局って、いったい誰のためのメディアなのか。

 国会から抜け出し、“討論というより権力者の独演会。以下、首相の言いたい放題が続き、右寄りパネリストたちが頷くだけのヨイショ番組”のために大阪に行っていた安倍晋三。

 この記事の冒頭にあるように、安倍政権は、NHKやテレビ朝日などの政府にとって気にいらない番組に対しては「放送法」を持ち出し、許認可権をちらつかせて恫喝するくせに、大阪まで出張(その費用だって、もちろん税金だ)して、こんな偏向番組に出ている。

 この内容こそ、放送法に抵触するではないか。

 「電子政府の総合窓口」と称する「e-Gonv」に「放送法」が掲載されている。
「電子政府の総合窓口」e-Govサイトの該当ページ

 まず、「第一章 総則」の第一条の「目的」を引用。

第一章 総則
(目的)
第一条  この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
一  放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
二  放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
三  放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

 次に「第二章 放送番組の編集等に関する通則 」の中の第四条を引用。

(国内放送等の放送番組の編集等)

第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
 
 読売テレビの二つの番組は、果たして「不偏不党」「公平」という基準を満たしていたのか・・・・・・。

 すでに、読売は新聞もテレビも含め、グループとして安倍政権の広報グループと化していると言ってよいだろうが、こんな呆れかえった内容まで許されていいのだろうか。

 宮根誠司や辛坊治郎という人たちは、偏向番組に加担することに、やましさを感じないのだろうか。

 彼ら自身が戦争法案や橋下という男を支持しているのか、あるいは・・・金のためか。


 HUNTERの記事は、次のように締めくくられている。

 この番組の偏向は、今に始まったことではない。さんざん持ち上げてきた政治家は、安倍首相と橋下徹大阪市長。安保や原発といった国民の大多数が懸念を示す政治課題については、権力側に立った放送内容が常となっている。登場するのは、反対意見を口汚くののしるパネリストばかり。冷静な議論などあったためしがない。その上、露骨な政権擁護……。放送法違反で事情聴取されるべきは、読売テレビではないのだろうか。

 まったく、同感だ。
 
 こういう記事は、記者クラブという閉鎖的、保守的な組織を基盤とする大手メディアの記者は書かないし、もし書こうとしても、上が認めるはずもない。

 HUNTERは、サイトの「運営」によると、次のようなメディアである。

2011年3月にスタートした「HUNTER」は、国や地方で起きる様々な事案について、調査報道を軸に据え、報じていくニュースサイトです。

いわゆる「記者クラブ」と一線を画し、基本的には一方的に流されたリリース情報を報じることはありません。

調査報道を志向するライターが中心となって、拠点となる地元福岡県をはじめ国の政治、行政の問題点に斬り込みます。
時事問題については、収集した情報について様々な角度から取材した上で、ライターの目を通した問題提起を行っていきます。

ライター個々の自己負担で取材し、記事の作成を行っておりましたが、平成25年8月「合同会社HUNTER」を設立、取材活動やサイトの運営を行っております。

近年、調査報道の衰退が指摘されていますが、政治や行政、企業の不正や反社会的実態を明らかにする調査報道は、社会貢献であるという信念に基づき、情報発信を続けて参ります。

合同会社HUNTER                         
取材陣一同


 “政治や行政、企業の不正や反社会的実態を明らかにする調査報道は、社会貢献であるという信念”という言葉が、実に頼もしい。

 ジャーナリズム精神がますます希薄化し、もっと言えば、ジャーナリズムという言葉が死語化しつつあり、権力者のご機嫌をうかがうメディアばかり増える中、HUNTERは、実に貴重なメディアであると思う。

 
 自分たちに都合の悪いメディアを恫喝し、言うことを聞くメディアは、とことん利用するのが安倍晋三だ。
 
 メディアと権力、という関係で考えると、今は実に危険な状況にあるように思う。
 
 すでに、権力側に取り込まれたメディアの問題もあるが、そうじゃないメディアが、恫喝を怖れ、忖度することによって、「消極的な中立と公正」を装っていることも、問題である。


 日本のメディアより海外メディア、大手メディアよりも、IWJ、日刊ゲンダイやHUNTERに頼る日々が続きそうだ。


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by koubeinokogoto | 2015-09-08 20:33 | 責任者出て来い! | Comments(4)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛