幸兵衛の小言

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 老朽化原発まで再稼働させようとする安倍政権。

 その暴挙に対して、89歳の工学博士で絵本作家が、訴える声を届けたい。
 東京新聞から引用。
東京新聞の該当記事

原発、別の道ないのか 89歳加古里子さん「若者よ考えて」
2016年2月26日 14時05分

 関西電力高浜原発4号機(福井県高浜町)が二十六日午後、再稼働する。「これでいいのか、一人一人が考えてほしい」。福井県出身で、工学博士の絵本作家、加古里子(かこさとし)さん(89)=神奈川県藤沢市=は本紙を通じ、若者たちにそう呼び掛ける。 (聞き手・高橋雅人)

 政府や電力会社は楽天家なんでしょう。こんど原発の事故が起きたら、とは考えないんでしょうね。

 かつて勤めていた化学メーカーが原子炉で使う重水をつくっていました。優秀な部下たちが、一生懸命に研究しましたが、とんと目鼻が付かなかった。

 原子力って産業としてはなかなか成り立たないんです。原料のウランから取るのは熱だけでエネルギー効率は悪い。温水を出すから環境にも良くない。安価といわれますが、事故が起きたときのことを考えれば決して安くない。ない、ない、ないの三拍子そろっている。

 それなのにどうして止められないのか。原子力の技術を高めながら、同時にプルトニウムも手に入る。研究者の間で、核兵器を持つことが狙いだろうって話が出たこともあります。

 私は十九歳で敗戦を迎えました。軍国少年の私は飛行機乗りになりたかった。大人の言うことを信用しきって現実を見ていなかったんです。

 敗戦で、大人たちは信用ならないと思った。多くの大人たちは勉強もしなければ、問題を解決しようともしない。それではもう未来はないと思って、子どもたちに(大人を妄信するという)私のような過ちはしてくれるなと訴えて生きてきました。

 今も似ています。大人たちが過去から学ばず、苦しいこと、嫌なこと、つらいことを後世に残そうとしている。原発で出た使用済み核燃料を(無害になるまでの)十万年置いておくと言うけれど、十年先だって分からないのに、十万年なんて…。偉い大人が真剣に考えて(使用済み核燃料を処理する)土地の皆さんを説得するか、原発を止めるかしないといけないけれど、突き詰めて考える姿勢が一つも見えない。

 だから若い人たちには未来を見つめてほしい。これでいいのか。もっと、いい道がないのか。多少、つらいこともあるかもしれないが、一歩一歩、小さいけれど、一ミリずつでもより良い道を探っていくのが一番の早道になるんじゃないか、と。

 何もしないのは見過ごすことと同じ。風力や太陽光発電を増やしながら、原発を一つずつでもなくしていく。できるはずです。身近な人と話をしたり、グループをつくったり、少しでも何かをしていこう。一人一人の自覚が高まれば未来は開けます。

 <かこ・さとし> 1926(大正15)年、福井県国高村(現越前市)生まれ。東京大工学部卒業後、化学メーカーに勤務する傍ら、福祉向上の活動に取り組む。59年に絵本「だむのおじさんたち」でデビュー。73年に退社し、創作活動に専念。代表作は「だるまちゃんとてんぐちゃん」などのだるまちゃんシリーズ、「からすのパンやさん」など。菊池寛賞など受賞多数。(東京新聞)

 今一度、肝腎な部分を。

“原子力って産業としてはなかなか成り立たないんです。原料のウランから取るのは熱だけでエネルギー効率は悪い。温水を出すから環境にも良くない。安価といわれますが、事故が起きたときのことを考えれば決して安くない。ない、ない、ないの三拍子そろっている”
 
 まったく、加古さんがおっしゃる通りだ。

“原子力の技術を高めながら、同時にプルトニウムも手に入る。研究者の間で、核兵器を持つことが狙いだろうって話が出たこともあります”

 世界は、原発にしがみつく日本の原子力ムラに対し、そういう目、要するに日本が原爆を作りたがっている、とみなしている。

“敗戦で、大人たちは信用ならないと思った。多くの大人たちは勉強もしなければ、問題を解決しようともしない。それではもう未来はないと思って、子どもたちに(大人を妄信するという)私のような過ちはしてくれるなと訴えて生きてきました”


 加古さんのような“大人”が少なすぎるのだ。

 “今も似ています。大人たちが過去から学ばず、苦しいこと、嫌なこと、つらいことを後世に残そうとしている”

 フクシマは、そのうち「負の世界遺産」に選ばれるかもしれないが、このままでは、その候補地が増えるばかり。

 今だけ、そして、金儲けだけ、という大人たちは、89歳の本当の大人の声に耳を傾けるべきだろう。

 原発は、いらない!

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by koubeinokogoto | 2016-02-26 20:24 | 原発はいらない | Comments(5)
 ようやく民主党と維新の会による新党結成の方向性は見えてきたが、まだまだ小異に拘泥しているようで、いらいらする。

 時事ドットコムから引用。
時事ドットコムの該当記事

党名や人事、難航必至=民維双方に不満

 民主、維新両党は来月の合流に向け、新党の名称や人事、綱領についての調整を急ぐ。吸収される側の維新は、「刷新」を印象付けるため党名などを大胆に変えるよう求めているが、民主党側にはなお抵抗感が強い。両党ともに不満を抱え、協議は難航必至だ。

 「安倍政権の暴走を止めるためには、互いに譲りながらやっていかないといけない」。民主党の岡田克也代表は24日の常任幹事会で、維新との合流をスムーズに進めるため一定の譲歩はやむを得ないと強調した。
 常任幹事会では、賛成多数で合流が了承されたものの、出席者から異論が続出した。特に、1996年の旧民主党結党以来使い続けている党名の変更には、ベテランを中心に反対論が強く、赤松広隆最高顧問は「民主党の名前は残すべきだ」と主張。寺田学氏は「党が体質改善しなければ古い支持者も失い、新しい支持者も得られない」と合流反対を表明し、広報委員長の辞表を提出した。
 「民主」の名称存続を望む議員は、有権者に党名を記載してもらう比例代表への影響を懸念。このため民主党は、略称が民主となる党名と、民主を含まない党名の二つの候補について世論調査を実施した上で決定する段取りを描く。これに対し維新側は、民主党の政権担当時の対応への世論の批判が根強いことを踏まえ、「党名は一新する必要がある」(幹部)と強く迫っている。
 人事をめぐっても火種がくすぶる。民主党内では、新党の代表代行に松野頼久維新代表、幹事長代行に今井雅人維新幹事長をそれぞれ充てる案が浮上。しかし、民主離党組の両氏の優遇に対しては、「出て行った人が戻ったら出世するのか」(若手)と批判の声が上がる。
 綱領や基本政策について、維新は「ゼロベース」(柴田巧参院議員)での検討を求める構えだ。だが、「共生社会」を掲げ、経済格差の解消に軸足を置く民主党と、憲法改正や徹底した行財政改革を訴える維新の間には隔たりがある。維新が重視する公務員制度改革には、民主党の支持基盤の官公労が反発しており、前途は多難だ。(2016/02/24-20:33)

 「民主」の名を残したいとか、なくすとかが問題ではなく、彼らが結束できるかどうかを、国民は注視しているということを、分かっていない。

 いいんだよ、本当に安倍政権を倒すため小異を捨てて新党を結成する気概があるなら、「ゲスの極み党」だって、なんだって。
 これは、冗談としても、党の名前が実態と乖離していることは、「自由民主党」が、決して「自由」や「民主」を大事にしていないことからも明白である。

 この新党を中核として全野党の結集したならば、参院選で自民・公明に勝つ可能性はある。

 少し古くなるが、昨年10月に夕刊フジのwebサイト「ZAKZAK」に、政治ジャーナリスト鈴木哲夫による分析で、野党の選挙協力がうまく機能した場合、参院選で自民・公明を上回る可能性があるという記事が載っていたので、引用する。

ZAKZAK(夕刊フジ)サイトの該当記事

参院選衝撃予測 「野党連合」自公を逆転 
政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏分析 (1/3ページ)
2015.10.16

 来年夏の参院選に向け、野党間で選挙協力を模索する動きが加速している。民主党と維新の党は、両党の代表、幹事長らで構成する「連携協議会」を設置し、今月中に共通政策の原案をまとめる方向だ。第3次安倍改造内閣が「経済最優先」で突き進むなか、主要野党の協力が実現した場合、与野党の勢力図はどう塗り替えられるのか。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が分析したところ、最も極端なケースでは「野党連合」の獲得議席が自民、公明両党を上回るという結果が出た。

 「野党連合が実現した場合、安倍晋三首相率いる自民党にとっては非常に厳しい選挙になる」

 鈴木氏はこう語る。注目の予測データは別表の通りだ。

 民主党、維新の党(新党参加者を除く)、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの4党の協力を想定し、(1)大半の選挙区で候補者を一本化した(2)比例代表向けの4党統一名簿を作成した(3)改選1人区を中心に、共産党とのすみ分けも実現した-という前提で試算した。

 野党が最も躍進したケースだと、4党は改選121議席のうち57議席を獲得し、自民、公明両党の計52議席を上回る計算だ。

 鈴木氏は「安全保障関連法への反対運動は成立後も続いており、野党にとっては追い風だ。勝敗のカギを握る1人区(計32)では、自民党が半数以上の選挙区で敗れる可能性もある」と指摘する。

 ただし、非改選組を合わせた参院全体の勢力(242議席、過半数は122議席)をみると、自公与党の優位は変わらない。


 非改選組は手をつけようがないが、今回の改選で野党が過半数を握れば、安倍内閣の崩壊を促すことは間違いがない。

 しかし、この記事は、次の内容で締めくくられている。
 今回の予測は、あくまでも統一名簿の実現を前提にしたものだ。不調に終わった場合、「19」と予測されていた4党連合の比例獲得議席は、合計で13(民主12、社民1、維新と生活は0)に下振れする。

 鈴木氏は「統一名簿ができるかどうかが全てだ。野党にとっては、次期参院選は『ラストチャンス』だと言ってもいい。ここでまとまることができなければ、自民党に対峙できる受け皿作りの好機はしばらく訪れない」と語っている。
 「統一名簿」作成のための大きな仕事が、新党とすべての野党にとって残っている。

 もう、小異に拘泥している時期ではない。
 
 老朽化した原発まで再稼働させようとし、戦争ができる国づくりを目指す政府を打倒することのみに徹して、この国の未来を憂う政治家は行動すべきだろう。



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by koubeinokogoto | 2016-02-25 12:50 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)
 高市という「女性」閣僚が「活躍」しているが、彼女の発言は、放送法を都合よく曲解する政府の意見を代弁したに過ぎない。

 以前も引用したことがあるが、電子政府の総合窓口(e-Gov)から、放送法の条文の一部を紹介する。
「e-gov」サイトの該当ページ

 冒頭の「総則」にある「目的」。
第一章 総則
(目的)
第一条  この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
一  放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
二  放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
三  放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

 自民党がメディアへの圧力をかける際の常套句が「不偏不党」という言葉だが、放送法が「不偏不党」により確保しようとしているのは“放送による表現の自由”なのであって、政府に都合の悪い内容をやめさせることではない。

 もちろん、「電波」を止める権限など、政府にはない。
 そういう横暴に抗するためにも、放送法は存在する。

 さて、元野球選手の話題や、お坊ちゃん議員のことで一色のメディアだが、日刊ゲンダイや毎日が、そういったメディアジャックの中で隠されていることを指摘している。
日刊ゲンダイの該当記事

 毎日から引用。
毎日新聞の該当記事

政治とカネ
安倍政権下、「口利き」巡り問題続出

毎日新聞2016年2月11日 東京朝刊

「政治とカネ」を巡る問題が、安倍政権で再燃している。10日の衆院予算委員会では現金授受問題でつまずいた甘利明前経済再生担当相や、業者と官庁を仲介した遠藤利明五輪担当相の問題が取り上げられた。「口利き」を防ぐ法制度の機能不全も浮かんだ。

全11省、政官接触記録なく 今年度「不適切な場合だけ」

 政治家の不当な介入の排除を目的に、官僚が国会議員や秘書と接触した時に記録を作成・公開するよう国家公務員制度改革基本法などで定められているにもかかわらず、全11省で今年度、記録が作られていないことが分かった。甘利明前経済再生担当相の現金授受問題で「口利き」の有無が焦点となる中、それを防ぐための制度が空洞化している。

 毎日新聞は昨年11月、総務▽法務▽外務▽財務▽文部科学▽厚生労働▽農林水産▽経済産業▽国土交通▽環境▽防衛−−各省に、同基本法に沿って昨年4月以降に作られた政官接触の記録を情報公開請求したところ、全省から「作成していない」「保有していない」との通知があった。

 また、10日の衆院予算委員会で井坂信彦議員(維新)は、第2次安倍内閣になって以降の3年間、全省庁で作られていなかったと指摘した。だが、甘利氏の当時の秘書らは昨年、都市再生機構(UR)と紛争中の建設会社に問題解決を頼まれ、URを所管する国交省の局長を訪問。法務省にも、甘利事務所から外国人の滞在ビザ審査を巡る問い合わせが昨年2件あった。こうした接触は記録されなかったことになる。

 同基本法に沿って第2次安倍内閣は政官接触の記録・公開を申し合わせている。各省が記録を作らない理由は、要約すれば「不当な働きかけがあれば記録するが、そういうことがなかった」ためだ。

 同基本法を所管する内閣人事局は「いたずらに事務を膨大化させない範囲で措置を講じるというのが基本法の趣旨」(平池栄一参事官)とし、記録するか否かの裁量は各省庁にあるとする。

 だが、第1次安倍、福田両内閣で行革担当相補佐官を務め、基本法案の準備に携わった原英史(えいじ)氏(現・政策工房社長、元経産官僚)は、「すべての政官接触を公平・正確に記録・開示するのが基本法の趣旨。政府の責任で制度化すべきだったのに各省でいいかげんに運用されている。完全に空洞化している」と指摘する。【日下部聡、樋岡徹也】

 あらためて、重要部分を太字で。

 “政治家の不当な介入の排除を目的に、官僚が国会議員や秘書と接触した時に記録を作成・公開するよう国家公務員制度改革基本法などで定められているにもかかわらず、全11省で今年度、記録が作られていないことが分かった”


 “甘利氏の当時の秘書らは昨年、都市再生機構(UR)と紛争中の建設会社に問題解決を頼まれ、URを所管する国交省の局長を訪問。法務省にも、甘利事務所から外国人の滞在ビザ審査を巡る問い合わせが昨年2件あった。こうした接触は記録されなかったことになる”

 これは、確信犯的な「モミ消し」と言えるだろう。

 “各省でいいかげんに運用”しているのなら、都合の悪いことは記録するわけがない。

 五輪をめぐる遠藤利明の問題についても引用する。
「偽装請負」行政指導歴 ALT、遠藤氏仲介の会社受託

 遠藤利明五輪担当相の事務所が、外国語指導助手(ALT)に関する通知を文部科学省が出す前に、通知に関与した厚生労働省とALT派遣会社の面会を仲介するなどした問題で、同社に委託した自治体が偽装請負だとして行政指導されていたことが分かった。10日の衆院予算委員会で維新の党の今井雅人幹事長が取り上げ、仲介との関連をただしたが、遠藤氏は「偽装請負があったかは全く承知していない」と述べた。

 質疑などによると、同社と愛知県東海市による業務委託(請負契約)について、愛知労働局は2010年3月、ALTと担任の「チームティーチング」は請負契約で認められず、労働者派遣法違反に当たるとして是正指導した。この問題は中央労働委員会でも審査され、中労委は13年1月、「業務委託の範囲を超えた業務が部分的に行われた」と判断した。

 これに先立つ09年8月、文科省は「担任の指導の下で行うチームティーチングは請負契約でできない」と自治体側に通知したが、遠藤氏の仲介後の14年8月、ALTと担任の「会話実演」は「直ちに違法とはならない」と新たに通知した。今井氏はこうした経緯を取り上げ「派遣会社は13年後半に(厚労省に)要望し始め、通知が変わっている」と指摘。遠藤氏は「詳細は分からない。指導や偽装請負は全く承知していない」と答えた。

 仲介については13年12月上旬と14年4月上旬、厚労省の担当課長らが遠藤氏の事務所で秘書と面会したことも判明。

 これで仲介に絡む面会は13年12月〜14年5月に計6回、うち4回は秘書が居たが、遠藤氏は「(派遣会社と厚労省の話の)内容には一切関わってない」と述べた。

 一方、文科省が16年度予算案に載せたALTなどの「指導員等派遣事業」について「自治体の直接雇用が対象で、派遣や請負は対象外」と説明していることに対し、今井氏は「直接雇用でも業務委託がある」と指摘。ALTを直接雇用する大阪市は、この派遣会社に13年度に約6000万円、15年度には約4200万円で採用業務などを委託している。【杉本修作、藤田剛】

 明らかに遠藤はクロだ。

 あの不倫議員などより、遠藤を辞めさせるべきだろう。

 歯舞を読めなかったり、1ミリシーベルトの根拠を知らない「活躍する女性」議員も含め、即刻大臣の重職からは降りていただこう。

 彼らに国は任せられない。
 税金の無駄遣いであり、国民のためにならない。

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by koubeinokogoto | 2016-02-15 12:52 | 責任者出て来い! | Comments(0)

 以前、小島貞二さんの『こんな落語家がいた-戦中・戦後の演芸視-』について記事を書いた。

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小島貞二著『こんな落語家がいた-戦中・戦後の演芸視-』

  最初の記事は、2010年8月11日に放送されたNHKの「戦争と平和」関連番組『戦場の漫才師たち~わらわし隊の戦争~』を見て書いたその日の記事の中で少し紹介したものだ。
 ミス・ワカナとヒロポンのことなども、書いた。
2010年8月11日のブログ

 その六日後8月17日にも、この本を元に記事を書いたのだが、それをきっかけに、ある方とお知り合いになることができた。

 重松正一さんだ。

 私の記事のキーワードは、「バシー海峡」だった。

 2010年8月17日の記事から、小島さんの本の関連部分を再度引用したい。
2010年8月17日のブログ

 佐世保港から君川丸という徴用客船(約一万トン)に乗せられ、出航したのは昭和十九年七月十一日だった。
 東支那海へ出ると、あちこちから船が集まり、たちまち大船団となる。航空母艦もいる。心強い。日本海軍は健在なりを思う。
 健在が一瞬、恐怖に変わったのは七月十八日。命拾いしたあと、船中で見たガリ版刷りのニュースで、「東条内閣総辞職」を知った日であったから忘れ得ない。
 命拾いとは、「そろそろバシー海峡だよ」と聞いたその日の夕刻、私はトイレのため甲板に上がり、用足しのついてに深呼吸をした。船内はすし詰めで息苦しい。トイレは甲板の脇に間に合わせのように設けられ、風の強い日など大も小も甲板に舞う。
「きょうは臭い日だね」が会話のひとつになっていた。
 深呼吸の瞬間、「取り舵一杯!」の絶叫に続いて、船はギシギシ音を立てて左に廻る。その鼻っ先を、おそらく十メートルもないほどの距離を、魚雷が右に走ってゆく。間髪を入れずに、我がほうの艦載機が飛び、駆逐艦が走り、爆雷投下。幸い船団のどの船も無事であったようだ。火柱はどこにもない。
 おそらく東條内閣崩壊の日を狙っての攻撃であったろう。ことらの防御もそれだけに万全であったのだろう。
 大岡昇平の『俘虜記』によると、彼も同じころ、同じ海を渡っている。「サイパン陥落」の報をきいた三日後、バシー海峡で日進丸が魚雷を受け沈む。生存者約七百名を傍船が収容するとある。私たちよりひと足早い船団であったろう。
「南方へ死ににゆく」が実感となる。

 この記事では、この後に、次のように書き、 朝日テレビ系列の「テレメンタリー」というドキュメンタリー番組での東京地区と大阪地区の放送日と時間を、重松さんのホームページの案内から、引用させてもらった。
 このバシー海峡は、「魔の海峡」、「死の海峡」などと言われ、数多くの日本兵士の命を奪っている。小島さんが命拾いをした一ヶ月後の八月十九日には、“ヒ71船団”の「玉津丸」が米軍の潜水艦スペードフィッシュの魚雷を二発受けて沈没し、5000名近くの兵士が亡くなった。
 レイテで戦死されたお父上の記録を残すために重松正一さんが開設されているHPの掲示板に、玉津丸のことを題材にしたテレビ番組が放送されるというニュースがあったので下記に引用させてもらいました。
遺誌 独立歩兵第13聯隊第3大隊レイテ戦史のHP

 放送日前にも記事にしたところ、その記事に重松さんからコメントを頂戴した。
2010年9月9日のブログ
 私は、重松さんのホームページの掲示板を拝見し、肉親捜しの依頼がたてこんでおられて、とてもお忙しい様子なので、引用するご了解をいただかないままに記事を書いていたので、実に恐縮したことを思い出す。

 重松さんのホームページでメールアドレスを知り、遅ればせながら御礼を含むご連絡をした次第だった。

 そして、昨年8月のこと。

 バシー海峡「潮音寺」で大規模な慰霊祭が行われたことを新聞で知り、記事を書いた。
2015年8月4日のブログ

 記事では、あらためて小島さんの本を引用し、重松さんのホームページの掲示板のことも紹介した。

 重松さんにメールしたところ、慰霊祭からお帰りになったばかりで、実にお忙しい中なのに、丁寧なご返事を頂戴した。

 その重松さんから、1月下旬に、読売新聞と東京新聞(中日新聞)で、重松さんを紹介する記事が掲載されることのご案内をいただいていた。

 実は、これらの新聞は、どれも購読していない。
 Webサイトで掲載するだろうと思っていて、つい日が経ってしまっていた。
 新聞販売店に行ったら、もうなかったため、そのうち図書館に行って書き取ろう、と思っていたのだった。

 しかし、今日、中日新聞のサイトに記事があるのを発見。

 「戦禍の記憶」と題して、1月24日に「上」、25日に「中」、26日に「下」の三回にわたって掲載された記事の「下」に、あった。

中日新聞の該当記事(上)
中日新聞の該当記事(中)
中日新聞の該当記事(下)

 26日の記事、「<戦禍の記憶> 戦死者、埋もれさせぬ」を引用したい。

 米軍が太平洋の島を次々と攻略していた一九四四年夏。大分県中津市の陸軍軍人の留守宅に、一通の手紙が届いた。

 「自己の生命の事等考へておられぬ 皆(み)んな父もあり母もあり可愛いゝ(い)子供もある人が沢山ゐるんだ (中略)此(こ)の大切な人々を僕の一令で死地に追込むのだから」

 差出人は、重松勲次(くんじ)少佐。中国からフィリピンへ転任する直前にしたためた。「これが、最後の便りでした」。長男の正一さん(81)=堺市=は、父の心境を推し量った。「命令に従わなければならない。だが、多くの部下を死なせることにもなる。悩んだのではないか」

 フィリピンで日本軍がほぼ壊滅した四五年六月。重松少佐はレイテ島で自決した。四十歳だった。二カ月後に終戦。重松少佐率いる大隊千二百人で、生還者はいなかった。

 正一さんが戦争に向き合うようになったのは、六一年春。フィリピン戦の戦没者の慰霊式に初めて出席したのがきっかけだった。

 「どこで亡くなったんでしょうなぁ」。親や息子の命日が分からないことに苦悩する遺族たちの声を聞いた。過酷だったフィリピン戦の中でも特に生還者が少なく、記録が乏しいレイテ島の戦いは、個々の兵士の正確な戦死日や場所は分からないままだった。

 「自分の場合は、別部隊の将校が間接的に父の最期を聞いていて、自決を知ることができた。でも、大半の兵士たちはそうではなかった」。故人の足跡をたどろうにも、手掛かりすらなかった。

 「戦死者を記録に埋もれさせるのではなく、一人の人間としてよみがえらせよう。指揮官の息子としての使命だ」。そう決意し、銀行勤めをしながら、レイテ戦の生還者への聞き取りをしたり、資料に当たるため図書館に通い詰めたりと、地道な調査を続けた。

 五十年にわたる調査で五百人を超える遺族へ可能な限りの情報を伝えてきた。渡した資料に肉親の名前を見つけると、「これで一区切りが付く」と感激する人が少なくないという。レイテ戦を多くの人に知ってもらおうと、二〇〇八年にホームページも開設した。

 「父が生きていたら同じことをしたはず。死んで父に再会した時、胸を張れます」

 “戦死者を記録に埋もれさせるのではなく、一人の人間としてよみがえらせよう。指揮官の息子としての使命だ”という決意で仕事を続けながらの地道な調査をされてきた重松さんによって報われた人は多いだろう。

 戦争の悲惨さを忘れないためにも、重松さんのような活動は、長く記録され記憶されるべきだと思う。

 今の内閣が、あまりに軽々に憲法を改正(改悪)しようとしていることに、多くの遺族の方は決して賛成するはずもない。
 そして、重松さんの努力で甦った一人一人の戦没者だって、彼岸から、戦争反対を叫んでいるに違いない。

 “父が生きていたら同じことをしたはず。死んで父に再会した時、胸を張れます”とおっしゃるように、重松さんの努力は尊い。
 その努力に報いるには、私のようなもっと若い世代が、戦争するための憲法改悪を断固として防ぐことしかないと思う。

 昨日書いた記事の最後では、将来の日本を若者に期待するというようなことを書いた。
  
 いやいや、中年も壮年も含め、国民一人一人が、現在の日本政府の軍国化の流れに、自分が出来ることで反対の意を示さなければならないのだ。

 あらためて重松さんの記事を見て、こんなちっぽけなブログでも、なんとか頑張ろう思うばかりだ。

 最後に、重松さん、記事の紹介が大変遅くなり、誠に申し訳ありませんでした。

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by koubeinokogoto | 2016-02-09 18:09 | 戦争反対 | Comments(0)

 アメリカ大統領選、民主党はアイオワ州でクリントンとサンダースが、ほぼ同数の支持を得て、引き分けと言うべき結果だったが、次のニューハンプシャー州の世論調査では、ミレニアル世代を中心とする若者の支持を得るサンダースが、圧倒的な優位にあるようだ。

 TBS Newsから引用。
TBS Newsサイトの該当記事

 アメリカ大統領選挙の予備選挙が9日、ニューハンプシャー州で行われますが、最新の世論調査で、民主党はサンダース氏がクリントン氏にダブルスコアまでリードを広げていることが分かりました。

 CNNテレビなどがニューハンプシャー州で4日までに行った世論調査では、民主党は、サンダース氏が61%でクリントン氏の30%を大きくリードしていて、その差は、アイオワ州の党員集会の前より広がっています。初戦を僅差で制したクリントン氏にとっては厳しい戦いになっています。

 一方の共和党は不動産王のトランプ氏が29%とトップ。また、アイオワの党員集会で3位と健闘したルビオ上院議員が18%で2位に浮上し、アイオワでトップだったクルーズ上院議員は13%で3位となっています。

 ルビオ氏が初戦に続いてニューハンプシャー州でも健闘すれば、共和党の指名候補争いはトランプ氏とクルーズ氏、そしてルビオ氏の三つ巴の戦いになりそうです。(05日09:27)


 共和党も気になるが、なぜ、サンダース候補が、これほど若者の支持を集めるか、ということについて、ある本を元に考えたい。

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ジェレミー・リフキン著『限界費用ゼロ社会』

 『限界費用ゼロ社会』は昨年10月にNHK出版から発行された。
 著者ジェレミー・リフキンは、文明評論家で経済動向財団代表でもある。欧州委員会やドイツのメルケル首相のアドバイザーとしても知られる。
 この本の副題は、<モノのインターネット>と共有型経済の台頭、となっている。
 <モノのインターネット>とは、昨今よく見かける<IoT>の日本語訳だ。

 一見、ハイテク関連書、という印象を与えるが、実は、優れた文明批評の本でもある。
 
 一貫して語られるのは、テクノロジーの進展による、コミュニケーション/エネルギー/輸送の各ネットワークが統合されていくことで、限界費用(一単位分生産を増やすために必要な費用)がほぼゼロに近づくことで、従来の資本主義、物質主義、中央集中型の経済は、変革の時を迎えている、ということだ。

 そして、物質を「所有」することに価値を見出していた過去の世界は終焉を迎え、お互いが「共感」し、モノを「共有」することに価値を見出す、協働型コモンズの時代になる、と主張する。それは、著者の希望でもあると言えるのだが、そのあるべき未来の担い手として、著者はミレニアル世代(1980年から2000年あたりまでに生まれた若者たち)に熱い期待の視線を向ける。

 なぜ、若者は八十歳を超える、社会主義者と自ら名乗るサンダースを支持するのか、そのヒントが本書にある。

 少し引用する。
 まず、IoTの土台となるインターネットについて、著者は次のように語る。
□インターネットを所有しているのは誰か?実際の答えは、誰もが、であり、誰でもない、でもある。
□大企業によって形成される有形なネットワーク(インターネット・バックボーン)は存在するものの、これらの企業は単なるプロバイダーや仲介役にすぎない。
□これとは別に、インターネット空間に存在し、コンテンツをコーディネートしているウェブ会社や非営利のウェブ団体も存在する。とはいえインターネット自体はバーチャルな公共の場で、インターネット接続料さえ払えばだれでも中に入って会話に加われるインターネットは、人々が焦がれてやまないこの領域に、すでに27億人を引き込んだ。

 二十年前のことを考えると、インターネットによるアクセスや情報収集のコストは、まさに限界費用がほぼゼロに近い、ということは理解できると思う。

 IoTの進展により、まさに第三次産業革命が起こりつつある、と著者は主張する。

 その結果招来するのは、過去の中央集中的な資本主義的、物質至上主義的なものではなく、分散型で水平的で、あらゆるモノとあらゆる人がつながりを持つ世界である、と説く。
 そういった近未来では、モノを持つことより、いかに共有し、共感するかが重要になるという。

 そういった次世代での「あるべき世界の姿」が、「協働型コモンズ」であると訴求する。

 コモンズとは、共有の牧草地、を元来は意味する。
 協働型コモンズとは、本書の意味合いから言うならば、非営利的な、参加者による「共有」「共感」を土台とする世界であり、それはネットワーク上にも、また実態社会にも存在し得る。
 
 なぜ、コモンズが今になってあらためて着目されているか、本書から紹介する。
□コモンズを社会の統治モデルとして復活させることへの関心が高まったのはなぜなのだろうか?簡単な答えなどないが、関連する要因をいくつか示そう。
□自由市場を支持する経済学者やビジネスリーダー、新自由主義の知識人、そしてアメリカのビル・クリントン大統領やイギリスのトニー・ブレア首相のような進歩主義の政治家は、たいていの場合、市場を経済発展にとっての唯一のカギとして描き出したり、自分たちに批判的な者は時代遅れで実態を把握していないとこき下ろしたり、果てはソ連型の大きな政府擁護論者として酷評したりして、主張を通すことができた。
□最終的には、自由主義イデオロギーが勝利した。だが間もなく、多様な立場の人々が一息ついて現状を顧みるようになり、認識し始めた-富を生み出す地上の資産のほとんどを民間部門が奪い、大きな口を開けて一瞬にして丸呑みして自身の脂肪や筋肉に変え、自らの優位性に対するどんな挑戦も蹴散らすほどの威力を持つに至ったことを。
□政府は骨抜きにされ、民間市場にまともに対抗できる勢力を提供できることがもはやできないため、悪影響を被った人々は、彼らの関心や感性をもっと適切に反映する統治モデルを探しにかかった。
□官僚的な政府による管理と、操作巧みで締まり屋の巨大な民間部門という両極端に対して人々は幻滅し、経済生活を構成するもっと民主的で協働型の方法を見込めるような統治モデルを探し始めたのだ。そして彼らはコモンズを再発見した。

 本書では、コモンズ研究での画期的な業績として、女性で初めてノーベル賞経済学賞を受賞した、エリノア・オストロムのことを紹介している。

□オストロムは骨の髄まで経済学者だったが、人類学者の役目を担うことに微塵のためらいもなかった。
□彼女は、効果的な統治モデルの根底にある原理をみつけるために、スイスのアルプスの山村から日本の村に至るまで、コモンズの管理体制を調べた。彼女はこの研究所の冒頭で、自分の調べたコモンズ組織の多くが、長い歴史において、(彼女の言葉を借りると)「旱魃、洪水、戦争、疫病、経済や政治の大変動などを生き延びてきた」ことを説明するのに心を砕いた。
□そして、コモンズは非常に優れた統治組織であり、しだいにつながりを深めるグローバルな世界で人類が直面する、環境、経済、社会の諸問題や好機の点から再考に値することをこれまでの実績が示している事実を、議論の余地のないまでに明白にした。

 本書から紹介したいことはたくさんあるが、少し章を飛ばして、ミレニアル世代を中心とする若者に関するいくつかの調査結果を紹介する部分を引用する。

□物質主義的行動と、共感という動因の抑圧もしくは消失に密接な相互関係があることは、さまざまな調査によって繰り返し示されている。
□冷淡で自分勝手、サディスティックで思いやりに欠ける親の元で育ったり、精神的虐待や体罰を受けたりした子供たちは、長じて攻撃的になって人を利用したり、逆に殻に閉じこもって孤立したりする場合が多い。
□そうした子供の共感の働きは抑え込まれ、恐れや不信、見捨てられたという感覚に取って代わられる。
□対照的に、愛情深く、相手に敏感に反応しながら幼児を養育でき、自我の発達を促す安全な環境を子供に提供できる親は、共感性の開花に欠かせない社会的信頼感を伸ばしてやれる。
□ミレニアル世代は「同じ集団に属する他の人々に共感を抱き、相手の立場を理解しようとする傾向がはるかに強い」という。
□さまざまな調査の結果は、ミレニアル世代のほうが、自分の属する仲間集団の他者の意見にも同じ重みづけをし、協働した物事に取り組むことを好み、全体のコンセンサスが得られるよう努力する傾向にあることを示している。こうした行動にはみな、共感的な心配りが求められる。
□2013年12月「ニューヨーク・タイムズ」紙はその「サンデーレビュー」欄に、研究者たちによる新たな発見を報じるトップ記事を掲載した。
 記事によれば、大景気後退とグローバル経済の停滞により深刻な影響を受けたミレニアル世代の精神面での優先事項が、物質的な成功から有意義な人生を送ることに移行し始めているという。職業諮問委員会の委託により作成された報告では、21~31歳のミレニアル世代の間では、大金を稼ぐよりも有意義なキャリアを築くほうが優先されることが判明した

 ツイッターやLINEなどをやらない私のような還暦過ぎの人間は、ややもすれば、徒党を組みたがる、群れたがる、いつも誰かと「つながっていたい」という若者の心情や行動を批判的な目で見ることがある。
 
 「なんと軟弱な!?」
 「一人で考えられんのか!?」
 「つぶやいてばかりで、どうする!?」

 電車に中で、こんなことを思うことも、たびたびだ。

 しかし、彼らは物心ついた時に、2008年の大景気後退を迎えた。

 彼らは、実体験として、高度成長期の時代ではないことを知っている。

 父母や祖父母の時代のように、物質の所有欲が強く、それが出世欲につながった精神構造は、彼らには無縁だ。
 それよりも、仲間とつながること、カーシェアリングなどへの強い参加意向に見られるように、モノを「共有」することへの強い意識や、「共感」することへの高い価値観がある。

 このままでは、化石燃料が枯渇することへの危惧も強い。

 相手への気配りは、アメリカで顕著なように、マイノリティへの同情になり、自分の所得を増やすことより、仲間の貧困者への思いやりが優先する。

 サンダースを多くの若者が強く支持するのは、まさに、彼ら若者が今日の諸問題の原因と考える資本主義的な日常から、社会主義的な未来への変革に希望を託す思いが、間違いなく背景にあるのだろう。

 それは、日本においては、SEALDsに代表される若者たちの心情と相共通するものだ。

 本書の特別章「岐路に立つ日本」では、ドイツとの比較することで、次のように書かれている。

□日本は、老朽化しつつある原子力産業を断固として復活させる決意でいる堅固な業界と、日本経済を方向転換させて、スマートでグリーンなIoT時代への移行によってもたらされる厖大な数の新たな機会を捉えようとする、新しいデジタル企業や業界との板挟みになってもがいている。
□日本は今、歴史上の岐路に立たされている。
□もし日本が、汚染の根源、すなわち持続不可能な20世紀のビジネスモデルの特徴である、古いコミュニケーション・テクノロジーやエネルギー様式、輸送/ロジスティクスから抜け出せなければ、その将来は暗い。
□だが、日本がもし時と移さず起業家の才を発揮し、エンジニアリングの専門技術を動員し、それに劣らず潤沢な文化的資産-効率性向上への情熱や非常に高い未来志向の活力を含む-を活かせれば、限界費用ゼロ社会と、より平等主義的で豊かで、生態学的に持続可能な時代へと、世界と導くことに十分貢献できるだろう。
 著者の日本の技術に対する評価は高い。
 ドイツのメルケル首相は2005年就任後に著者を呼び、話を聞いた。
 彼は、IoTの進展による第三次産業革命による近未来の姿、そして、彼の希望する世界像を説明した。

 メルケルは、どう反応したのか。
 会見を終えるにあたって、首相はこう言った
「ミスター・リフキン、私はドイツのために、この第三次産業革命を実現させたいです」。
 私が理由を訊くと、第三次産業革命のインフラは分散型・水平展開型なので、自国の政治地理に打ってつけだからという。

 もちろん、経済を最優先に念頭に置いて、メルケルは判断したのだろう。
 しかし大事なことは、彼女は、長期的なエネルギー政策を含め、未来を見通すだけの聡明さを持ち合わせていたのだ。
 今の日本の内閣には、残念ながらメルケルのような将来を展望できる人材は皆無だろう。
 しかし、希望はある。
 サンダースを支持する若者に共感できる日本の若者は少なくない。

 リフキンの主張を踏まえれば、アメリカ大統領選でのサンダース支持は、決して一過性のものではない。

 私は、アメリカ大統領選の行方に注目し、若者の思いが結果につながることを期待している。
 もちろん、日本の若者への希望もある。
 すでに「共有」「共感」の時代への助走は始まっており、その担い手は、若者なのだから。

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by koubeinokogoto | 2016-02-08 23:33 | 今週の一冊、あるいは二冊 | Comments(0)
 日刊ゲンダイの高野孟のコラム「永田町の裏を読む」から、引用。
日刊ゲンダイの該当記事
永田町の裏を読む
悪いことは全て「他人のせい」の情報操作に加担する大メディア
2016年2月4日

 年初からの株価崩落でアベノミクスの化けの皮が剥がれ、甘利明経済再生担当相の閣僚辞任で屋台骨が傾いで安倍政権もヨタヨタ。さぞかし内閣支持率も下がるだろうと思いきや、先月末の各社調査では、その1カ月前に比べて49.4%から53.7%へ(共同)、43%から51%へ(毎日)と、4~8ポイントも上昇している。

 その原因について、日経2日付は「内閣支持率なぜか堅調」と題した分析記事を掲げ、甘利疑惑の早期収拾、従軍慰安婦問題での日韓合意、SMAP騒動による紛れ、野党の低迷などいろいろな要因を挙げているが、その中で「年明けから続いた株価の大幅な下落も、アベノミクスへの不信よりも、むしろ中国の景気不安や原油価格の急落など海外発の要因に目が向いた」ことを指摘しているのが興味深い。

 NHKや朝日を筆頭に(もちろん日経自身を含めて!)マスコミが盛んに流している論調は、「中国経済の減速」こそが最大の心配事であり、その中国の需要減が主因となって「原油価格下落」が引き起こされていて、そのどちらもが「日本経済には打撃」になりそうなので株価が暴落した、というものである。しかし、中国経済の減速は習近平政権がスタートする前から公言していたことで今に始まったことではない。さらに、統計を調べれば分かるが、昨年を通じて中国の石油消費は減るどころか増え続けていて、原油価格下落が中国のせいだというのは冤罪である。

 原油価格の下落が日本経済に悪影響を及ぼすなどというのはますますタワゴトで、ガソリンや灯油、それに産業用の重油の価格が下がれば国富の海外流出が10兆円近くも抑えられ、その分、経済活動が活発になって消費を押し上げるプラス要因になると考えるのが常識だろう。

 原油価格が長期低迷して「悪影響」を受けるのは、石油の先物市場で巨額かつ超高速のマネーゲームを展開して大儲けをしてきた投機ファンドと、その投機家に頼って人工的な株高をつくり出し、「成長幻想」をあおってきた安倍政権だけなのだ。

 悪いことは何もかも「中国のせい」「他人のせい」でごまかして、アベノミクスの真実から目をそらせようとする投機屋たちの情報操作に、マスコミもまた加担しているという狡猾な支配構造を見抜く必要がある。

 まさに、安倍政権の失態を隠すための、「集中化」と「身代わり探し」である。

 ジャーナリズム精神があるのなら、甘利問題から安倍内閣打倒まで一気に進んでいくべきなのだが、今のマスメディアには、そうするだけの意思も体力もない。

 安倍政権の“狡猾な支配構造”の中に、どっぷりと取り込まれている。

 「集中化」については、ほぼ一年前の記事で紹介したが、当時のISによる日本人人質問題などに関し朝日新聞に載ったインタビューで森達也が指摘したことだ。
2015年2月11日のブログ

 まだ、朝日の記事がリンク切れになっていないが、あらためて、森達也の主張を引用する。
太字は管理人による)
朝日新聞の該当記事(森達也へのインタビュー)
集団化と暴走を押しとどめよ
聞き手 編集委員・刀祢館正明 2015年2月11日07時17分

 渦中の報道を見聞きしながら、気になったことがあります。安倍晋三首相は事件について語るとき、まずは「卑劣な行為だ、絶対に許せない」などと言う。国会で質問に立つ野党議員も、いかにテロが卑劣か、許せないかを、枕詞(まくらことば)のように述べる。そんなことは大前提です。でも省略できない。

 この光景には既視感があります。オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたときも、オウムについて語る際には、まずは「卑劣な殺人集団だ、許せない」などと宣言しなければ話ができない、そんな空気がありました。

 大きな事件の後には、正義と邪悪の二分化が進む。だからこそ、自分は多くの人と同じ正義の側だとの前提を担保したい。そうした気持ちが強くなります。

 今の日本の右傾化や保守化を指摘する人は多いけれど、僕から見れば少し違う。正しくは「集団化」です。集団つまり「群れ」。群れはイワシやカモを見ればわかるように、全員が同じ方向に動く。違う動きをする個体は排斥したくなる。そして共通の敵を求め始める。つまり疑似的な右傾化であり保守化です。

 転換点は1995年。1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件があった。ウィンドウズ95が発売された。巨大な天災と未経験の人災に触発された不安や恐怖感が、ネットを媒介にして拡大していく。その始まりの年でした。

 不安と恐怖を持ったとき、人は一人でいることが怖くなる。多くの人と連帯して、多数派に身を置きたいとの気持ちが強くなる。こうして集団化が加速します。

 群れの中にいると、方向や速度がわからなくなる。周囲がすべて同じ方向に同じ速度で動くから。だから暴走が始まっても気づかない。そして大きな過ちを犯す。

 ここにメディアの大きな使命があります。政治や社会が一つの方向に走りだしたとき、その動きを相対化するための視点を提示することです。でも特に今回、それがほとんど見えてこない。

 多くの人は「テロに屈しない」という。言葉自体は正しい。でも、そもそも「テロ」とは何か。交渉はテロに屈することなのか。そんな疑問を政府にぶつけるべきです。「テロに屈するな」が硬直しています。その帰結として一切の交渉をしなかったのなら、2人を見殺しにしたことと同じです。
 「テロに屈しない」と豪語し、安倍内閣はいったい何をし、何をしなかったのかは、歴史が物語っている。

 私は、特定の話題に関する論調の「集中化」の問題と、メディアジャックとでも言える、政府や国の失態を隠すことのできる、ニュースの「集中化」の両方が、今の日本のメディアの大きな疾病だと思っている。

 SMAPからベッキー、そして清原と、政治家にとっては都合よく貴重なスペースを政治以外の話題で埋めてくれるネタが沸き起こる。

 もし、格好の話題がなければ、身代わりの悪者を探すことになる。

 それも、為政者に都合の悪いことが起こる時には、その隠蔽行動が活発になる。 

 高木復興大臣の問題は、いったいどこへ消えたのか。
 原発再稼働に反対するデモは今でも起こっているが、なぜ伝えないのか。
 沖縄は、今どうなっているのか。

 などなど・・・・・・。

 
 頑張っているメディアもないわけではない。

 調査報道を軸とする貴重なメディア「HUNTER」は、昨日の記事で、おおさか維新の政党交付金の還流問題を報じている。
「HUNTER」の該当記事

おおさか維新 “交付金ロンダリング”の実態
未公表団体「なんば維新」で資金還流

2016年2月 3日 08:45

 政党交付金の扱いをめぐって、維新の党分裂後に設立された新党「おおさか維新の会」(代表:松井一郎大阪府知事)による、“ロンダリング”の実態が明らかとなった。

 HUNTERの取材によれば、昨年12月に維新の党所属議員の政党支部に交付された政党助成金のうち、おおさか維新に参加した議員らの支部が受け取った交付金の残額が、国に返納されることなく議員側に還流していた。事実関係について、複数のおおさか維新関係者が認めている。
 「解党して政党交付金を国に返す」としていた橋下徹前大阪市長の主張が、事実上反故にされた形。その上、使途に縛りがある交付金が自由に使えるカネに化けていたことも判明。“交付金ロンダリング”に国民の批判が集まりそうだ。

交付金の返納―反故にした「おおさか維新」

 政党交付金を所管する総務省によれば、昨年、維新の党に支給された政党交付金は26億6,000万円。4月、7月、10月、12月の4回に分けて、同党の口座に振り込まれたが、分裂騒ぎの影響で銀行側が維新の党の銀行口座を凍結。カネの出し入れが不可能となり、所属議員の政党支部に交付金の振り込みが行われない事態となっていた。

 12月8日、「維新の党の将来的な解党」「人件費など党運営に必要な経費を除いた政党交付金の国庫返納」などで東西が合意。これを受けて同月18日、維新の党の各議院の支部口座に、政党交付金500万円が振り込まれたという。

 維新の党の残留組は、使い切れなかったカネを年末までに政党支部の基金口座に移動することで翌年の活動費に回したが、おおさか維新組は、残ったカネを基金口座に移動させることが出来ない。党を離れる以上、維新の党の支部を解散する必要があり、年内に清算する必要があったからだ。当然、使い切れずに残ったカネは国庫に返納されるはずだった。「解党して残った交付金を国に返納」――これが、橋下徹氏をはじめとする大阪組の主張だったからだ。

 しかし、大阪組にわたった交付金の残りが、国庫に返納されることはなかった。師走の18日に振り込まれたカネを、年末までに使い切るのはさすがに困難。余剰金が出たのは言うまでもない。これを、そのまま国庫に返納したかというと、さにあらず。いったん別の財布に移して、再び各議員の財布に戻していたのである。

背信行為の手口 ― 未公表の政治団体「なんば維新」を利用

 手口はこうだ。まず、「なんば維新」(所在地は「おおさか維新の会」本部と同じ)という政治団体を新たに作り、その団体に各議員の支部で使い切れなかった交付金を寄付させる。次に、維新の党を離れ「おおさか維新の会」に参加した各議員の新設支部に、年を超えてから寄付の形で返すというもの。苦肉の策ということだろうが、あさましいと言わざるを得ない。「なんば維新」の存在について、おおさか維新の会は一切公表していない。確認したところ、「なんば維新」の設立は昨年12月。全国団体として総務省に設立届を出しており、代表者は松井一郎大阪府知事の元秘書で、現在おおさか維新の会の事務局長を務めている人物だった。

 法律的には問題ないが、本来、政党基金口座に入ったカネは税金支出に見合う政党活動のための経費に使うべきもの。しかし、なんば維新から寄付されたカネは政党支部の一般口座に振り込まれおり、しばりがない「何にでも使える金」に化けてしまっている。国民の知らないところで、“交付金ロンダリング”を行った格好だ。
 この問題を指摘されたら、橋下は「法律的には問題ない」とうそぶくのだろう。
 しかし、「解党して政党交付金を国に返す」と言った橋下は、嘘をついたことになる。大阪で橋下を支持した有権者は少なくないかもしれない。
 アンチ東京という思いから、威勢にいいアンチャンに期待する精神構造も分からないでもない。しかし、彼は約束を守らない男だということを記憶すべきだ。

 こんな男が安倍とつるんだら、何をやらかすか分かったものではない。

 「北朝鮮の脅威」論も、まさに、各紙が足並みそろえての「集中化」現象の一つだ。

 メディアによる「集中化」、「身代わり探し」が、いったい誰のためなのかは明白だ。

 彼らは、為政者に有利に論調を集中化するのでなく、「国民の視点に立つ」ことにこそ“集中”しなければならない。

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by koubeinokogoto | 2016-02-04 19:54 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)
 「内田樹の研究室」で、Japan Timesに載った、元駐日英国大使コルタッチの記事が紹介されている。

 なるほど、これが世界の「常識」だろう、と思い引用したい。
 (太字赤字は管理人)
「内田樹の研究室」の該当記事

Japan Times から

元駐日英国大使、コルタッチ氏が安倍政権の改憲志向に対してきびしい批判の言葉を向けている。これがたぶん世界の「常識」なのだと私は思う。

安倍の優先順位間違い。ヒュー・コルタッチ

安倍首相は日本をもういちど「普通の国」にしたいと繰り返し発言している。しかし、海外の日本観察者たちは別に日本を異常な国だとは見なしていない。すべての国は固有の歴史と伝統を持っており、過去に起きたことを抹消することも改変することもできないのである。

これまでも多くの指導者たちが歴史を書き換えようと企てて来た。しかし、その歴史的事実の解釈は、ひとにぎりの追随者たちを生み出すことはできても、長期的には失敗を宿命づけられた。擁護者たちがどう言い繕おうと、ヨセフ・スターリンや毛沢東のような邪悪な専制者の犯した罪は記録から抹消することはできないのである。

英国の奴隷貿易への関与はわが国の歴史の汚点である。後世の英国人が貿易を停止しようと努力したことは汚れをいくぶんかは落としたが、汚れを完全に消すことはできなかった。

日本を「普通の国」にするために安倍は戦後できた憲法を改定することが必要だと考えている。彼が九条の改訂だけで満足するつもりなのか、それとも他の条項、例えば天皇の地位についての変更まで試みるつもりなのかは、まだわからない。いずれにせよ「平和」憲法の改定は論争の的となるであろう。とりわけ時代遅れの神話や人権の軽視を含意する動きは激烈な反対を引き起こすはずである。

 「普通の国」の反意語は「異常な国」になるのだろう。

 今の日本を「異常な国」と思っている安倍こそ、世界では「異常」に見えている、ということに、本人は気付いていないし、そんな声を聞く耳を持たない。

 では、数の暴力で「国民投票」が実現すれば、問題が解決するのか、ということについて、次のようにコルタッチ元大使は指摘する。

国民投票は問題を解決しない。デヴィッド・キャメロン首相が不幸にも約束した国民投票も、英国のEU加盟という問題に恒久的な解決をもたらすことはないだろう。

日本における改憲についての国民投票はつよい情動的反応を引き起こすはずである。デモやカウンターデモが繰り返され、それが市民たちの衝突と社会不安を結果する可能性が高い。日本経済はそれによって影響をこうむり、国民は疲弊するだろう。アジアにおける安定的で平和なデモクラシーの国という日本のイメージが傷つけられることは避けられない

 日本のイメージの悪化、そして、日本という国の「信頼感」の低下は、中東問題の解決などに、日本ほど活躍できる国はないにも関わらず、せっかくの機会を失うことにつながるだろう。

 安倍の言う「普通の国」になどなる必要はなく、「尊敬される国」を目指すことが大事なのだ。

 もちろん、できるものなら、アジア近隣の友邦にこそ、尊敬されたいのだが、今のままで安倍内閣による悪事が突き進むと、アジアや世界各国の見方がどうなるかについて、元大使は続ける。

改憲に対する中国と韓国の反応は敵対的なものになるだろう。日本の中国への投資はその影響を受けるし、対日貿易は悪化し、在留日本人の生活は脅かされることになる。
日本における改憲が実は何を意味するのかについては、アジア諸国でも、ヨーロッパでも、北米でも、問いが提起されるだろう。特にそれが日本のナショナリズムと領土回復主義のよみがえりではないかという不安は広まり、この不安は日本の歴史修正主義によってさらに強化されることになる。

安倍はこのような現実的なリスクに直面しながらも、なお改憲を押し進めることが最優先の課題だと本気で信じているのだろうか? 憲法文言の変更が彼の抱いている日本のヴィジョンにとって死活的に重要だということなのだろうか? 現在の日本が直面しているはるかに重要な課題が他にはないということなのだろうか?

彼の掲げた「三本の矢」にもかかわらず、経済は以前としてデフレと停滞から浮かび上がることができずにいる。経済の再構築と最活性化こそが第一の政治課題でなければならない。

日本は人口問題の危機に直面している。人口は高齢化し、かつ減少している。労働人口比率のこの減少は日本の成長と将来の繁栄にとって深刻な問題である。人口減から生じる経済社会的脅威をどう抑制するか、そのことの方が、瑕疵があると批判されてはいるけれど、現に70年近くにわたって日本の繁栄に資してきた憲法の条文をいじり回すことよりもはるかに重要なことではないのか。

2016年には日本が直面しなければならない大きな政治課題がいくつもある

 本来取り組むべき課題の内容などを含め、ぜひ、全文ご確認のほどを。

 世界の「常識」を知らしめたい相手は、安倍を含む永田町の住人なのだが、彼らは仲間うちでの食事会や、業者からの接待で忙しいらしい。

 「非常識」が“てんこ盛り”の安倍内閣を、甘利問題をきっかけに打倒することを望んでいるのは、何も日本国内の「常識」ある国民に限らないということだ。

 それが、「グローバル」な「常識」なのである。

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by koubeinokogoto | 2016-02-01 20:36 | 責任者出て来い! | Comments(0)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛