幸兵衛の小言

koubeinoko.exblog.jp
ブログトップ

<   2017年 04月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 すぐお隣りの半島で物騒な動きがある中、まったく「危機管理」意識のない政府の実態が判明した。

 日刊ゲンダイから引用する。

日刊ゲンダイの該当記事

北朝鮮危機そっちのけ 大臣11人「GW外遊」に税金10億円
2017年4月28日

 さんざん危機を煽っておきながらいい気なものだ――。北朝鮮情勢が緊迫する中で迎える今年のゴールデンウイーク。思い切りはしゃげない人もいるかも知れない。ところが、恒例の閣僚の“GW外遊”は相変わらず。27日、安倍首相がロシアに出発するのに続き、閣僚たちも世界各地に飛び立つ。20大臣のうち、半数の11大臣がノンビリと外遊する予定である。

e0337865_09171959.jpg


 11閣僚(別表)の他にも10副大臣、8政務官が外遊予定。費用はVIP待遇の大臣は1回につき約5000万円といわれている。副大臣以下を半分と見積もっても、10億円を超える出費である。

■外務省の大臣、副大臣“全員不在”が4日間

 外務省の日程を見て仰天した。北朝鮮との交渉窓口であるはずの外務省。大臣、副大臣が外遊に行ってしまって4日間も“空白”が生じるのだ。

 岸田外相は北朝鮮情勢に配慮し、サウジアラビア訪問を取りやめ帰国を早めた。ところが、安倍首相の実弟である岸信夫副大臣はカンボジア、パキスタン、薗浦健太郎副大臣は中南米を訪問する予定で、4月30日~5月3日の4日間は大臣、副大臣が全員、日本にいないことになる。

 この時期はもちろん旅行費用は高い。
 その費用は、我々血税から出ている。
 
 彼らの“外遊”が、国のため、国民のためになるなら、それも我慢しよう。

 どうもそうは思えないから困るのだ。

 なかでも日刊ゲンダイが指摘するように、外務大臣、副大臣が揃って四日間も国を留守にするなんてのは、論外である。

 ゲンダイの記事を続ける。
 
 外務省の大臣、副大臣が日本を離れるということは、本当は、北朝鮮危機など最初からないのか、危機などどうでもいいと思っているのか、自分だけは安全な地域に逃げようとしているのか、いずれかということだろう。

外務省は外遊、防衛省待機は大問題

 ちなみに、役に立つかはともかく、稲田防衛相と若宮健嗣副大臣は一応、国内で待機している。外務省に見解を文書で問い合わせたが、期限までに回答はなかった。政治評論家の山口朝雄氏はこう言う。

「北朝鮮と難しい状況に直面している時、外務省は出払って、防衛省は待機しているというのは大問題です。これでは、外交交渉はあきらめて、戦争に備えていると言っているようなものです。それに、官邸や外務省から“空白”にするのはまずいんじゃないかと声が上がらないのもおかしい。いつもの調子でGWを迎えているのでしょう。緊張感がなさ過ぎです」

 今度の閣僚の外遊先は、北朝鮮はおろか、中国や韓国も見当たらない。急いでいく必要のない“楽な出張”ばかりだ。1人ぐらい金正恩に直談判しようという大臣はいないのか。やはり、安倍政権に外交は任せられない。

 安倍晋三“お友達内閣”、復興相の失言で露呈した、“お坊ちゃま内閣”は、この連休を楽しみに待っていたのだろう。

 このゴールデンウィークは、まるで大臣や政治家たちの“ご外遊”のためにあるようではないか。

 北朝鮮がミサイルを発射するならこの時期、と暗示しているとさえ思える大臣閣下たちのご外“遊”に、呆れるばかりだ。

[PR]
by koubeinokogoto | 2017-04-28 12:27 | 責任者出て来い! | Comments(0)
 加川良の訃報に接した。

 デイリースポーツから引用する。
デイリースポーツの該当記事
加川良さん 急性骨髄性白血病で死去 判明から4カ月、前夜容体急変
デイリースポーツ 4/6(木) 5:59配信

「教訓1」などで知られ、日本フォーク界の先駆け的存在だったフォーク歌手・加川良(かがわ・りょう)=本名小斎喜弘=さんが5日午前9時39分、急性骨髄性白血病のため都内の病院で死去した。69歳。滋賀県出身。所属事務所によると、昨年12月9日の検査入院で急性白血病が判明。今月4日夜にに容体が急変し、妻・富士子さんに見守られて息を引き取った。葬儀・告別式は親族のみで行い、後日、追悼ライブを開く予定。

 訃報は一人息子でミュージシャンのgnkosai=本名小斎元希=が自身のフェイスブックで伝えた。

 加川さんは昨年12月14日、公式サイトで「12月9日 山梨県下の病院に検査入院、少々つかれ気味でした。本日6日目、今しばらくの入院生活となりそうです」と、恒例の直筆メッセージで報告していた。メッセージは「また お会いします」と結ばれていたが、約束は果たされることなく、これが最後のメッセージとなった。

 所属事務所の阪本正義社長によると、加川さんはそれまで普通にライブを行っていたが、検査入院で急性白血病が判明。1月に入って都内の病院に移り、闘病生活を送っていた。病状は「穏やかな日もあり、ムラのある日々だった」が、4日夜に容体が急変。静かに息を引き取った。

 加川さんは昨年6月、ニューアルバム「みらい」を発表。10月には米シカゴでライブを行った。その後も12月4日の福岡までライブを行ったが、同17日の大阪、18日の岡山を入院のため延期した。

 今年は古希を迎えることもあって、いろいろなイベントが予定されており、ライブの予定も多く入っていたという。阪本氏は「本人も夢にも思っていなかったと思います」と、加川さんの無念を思いやった。

 加川さんはセミプロのグループサウンズのボーカルを経て、高石ともや、岡林信康や故高田渡さんが所属していた日本のインディーズレーベルの先駆け「URCレコード」の出版会社「アート音楽出版」に就職した。

 1970年、伝説の第2回中津川フォークジャンボリーに飛び入りして「教訓1」を歌いデビュー。小室等、友部正人、大塚まさじらと共に日本のフォークの先駆けとして活躍した。吉田拓郎が72年に発表したアルバム「元気です」には「加川良の手紙」という楽曲が収録されている。


 残念だ。

 もっと歌って欲しかった。

 しかし、彼の歌は、生きている。

 今の時代、まさに必要とされる歌が、「教訓Ⅰ」だ。

 二十代で越後にいた時、あるお店で加川良のライブがあり、彼の歌を聴くことができた。

 ジャズのライブなども開くそのお店のご主人と懇意にしていたので、打ち上げにも参加させてもらった。
 実に腰が低く、その場にいたお客さんたちに酒を注いで回っていた加川良の姿を、今でも思い出す。

 たぶん、昭和57年か58年だったと思う。

 生で聴いた「教訓Ⅰ」は、素晴らしかった。

 今、まさにこの歌が求められているのではなかろうか。

 歌詞を紹介し、加川良のご冥福を祈りたい。


「教訓Ⅰ」

作詞:加川良
作曲:加川良
唄 加川良

 命はひとつ 人生は1回
 だから 命をすてないようにネ
 あわてると つい フラフラと
 御国のためなのと 言われるとネ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 御国は俺達 死んだとて
 ずっと後まで 残りますヨネ
 失礼しましたで 終るだけ
 命の スペアは ありませんヨ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 命をすてて 男になれと
 言われた時には ふるえましょうヨネ
 そうよ 私しゃ 私しゃ 女で結構
 女のくさったので かまいませんよ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 死んで神様と 言われるよりも
 生きてバカだと いわれましょうヨネ
 きれいごと ならべられた時も
 この命を すてないようにネ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 国のために命を捨てよ、などという言葉には、震えよう。
 教育勅語などには、青くなってしりごみしよう。

 そして、戦争からは、徹底的に逃げようじゃないか。

 合掌
[PR]
by koubeinokogoto | 2017-04-07 12:55 | 幸兵衛の独り言 | Comments(4)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛