「ほっ」と。キャンペーン
 まだ、墜落したオスプレイの残骸が沖縄の海に残っているにも関わらず、米軍のオスプレイ再飛行を認める日本政府には、やはり、この国がアメリカの属国であることを痛感させられる。

 飛行機とヘリコプターの長所を組み合わせた複雑なシステムは、操縦にも高度な技術が必要となる。
 オスプレイは開発段階で4回、正式配備後も重大事故を起こしており、「ウィドウ・メーカー」(未亡人製造器)と呼ばれていた。

 なぜ、そんな危険な物体が、日本の空を飛ぶことを政府が認めるのか。

 以前紹介した記事と重複するが、オスプレイの日本配備がアメリカにとって戦略的に何を意味しているか、そして、配備の最初から政府がアメリカの言いなりであったことを、ある本からの引用を中心に紹介したい。
2013年5月16日のブログ

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松竹伸幸著『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書)

 内田樹が「誰かがこういう本を書かなければならないと思っていたら松竹さんが書いてくれました」と推薦文を書いている、松竹伸幸著『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書、2013年4月15日初版発行)は、実に貴重な本。
 著者は、九条を遵守した上での日本の軍事戦略が必要だ、という認識のもとで本書を書いている。なかなか意欲的な試みであり、本書では、なかなか知ることのできない日米安保体制の実態や、日本の安全性を脅かすさまざなな事実も明らかにされている。

「第五章 日米安保条約をどうするか」からの引用。
オスプレイ配備における日米の認識の違い

 いまの日本は、九条の軍事戦略とは正反対の方向に進んでいる。オスプレイの配備は、その最たるものである。
 アメリカにとっては、オスプレイの配備というのは、古くなった現行のヘリコプターを最新の軍用機に代えるというだけのものかもしれない。だが、グローバルに展開していう米軍にとってはその程度のものであっても、日本周辺という地域限定でみれば、オスプレイはきわめて重大な意味をもつ。
 これまでの軍用ヘリコプターと比べて、速度も、積載重量も、航続距離も飛躍的に向上したオスプレイの配備によって、この地域におけるアメリカの抑止力は飛躍的に強まった。それがもたらしたのは、ただの量的な変化ではない。ヘリコプターと異なり、自力で適地に飛んでいって、兵員と武器・弾薬などを降ろすことも可能になったのである。オスプレイが日本全土で低空飛行訓練と実施することが問題になっているが、軍用機が低空で飛ぶのは、敵国のレーダーに探知されないで適地に到達することが目的である。
 したがって、オスプレイの配備とは、中国にとってみれば、レーダー網をかいくぐり、自国の領土に展開する能力をもつ軍用機が新しく配備されたことになる。そして、それを日本が許可したということは、日本が中国への敵対度を増大させていることを意味するわけである。

 アメリカにおいて、中国に対する重要な戦力として、オスプレイの存在は大きい。

 中国は、約13億の国民を束ねる手段として、経済の次に軍事を手段としようとしているのだろうし、海に眠る海底油田などの資源に固執してもいるだろう。軍事力の示威行動は、今までになくあからさまになり、東アジアの緊張感を高めている責任の多くは中国側にあるのかもしれない。

 中国が帝国主義への回帰の気配があり、東アジアが非常に危険な状態にあるのは事実だ。しかし、その彼らに一層軍備を拡張させる口実を、日本から与えることは避けるべきだ。

 それでも、安保条約依存派は、「中国が攻めてきたら、アメリカが助けてくれる」などと“右からの平和ぼけ”になった発想をし、日米安保に依存することで“判断停止”病になっている。

 同じオスプレイのことから、日米安保依存派が決して公言しない、あるいは知らない実態を紹介したい。
安保のもとでは自主的な判断ができない

 日米安保条約が日本から自主的な判断を奪っていることは、さまざまな事例で論証できる。たちえば、オスプレイにかかわることで思い起こされるのは、98年2月、低空飛行訓練中の米軍機がイタリアで起こした事故をめぐる問題と、日本で米軍が事故を起こした場合との比較である。
 このとき、米軍機はアルプスの山中を飛んでいて、スキー客を乗せたゴンドラを運ぶケーブルを切断した。20人の乗客が落下して死亡したのである。高速で飛行する戦闘機だから、太さがわずか6センチのケーブルがパイロットの目にみえたのは200メートル手前で、その距離を進むのに一秒しかかからない戦闘機は、回避動作をとることがでいなかったのである。
 日本で米軍機が低空飛行訓練をするルートの下に、も、たくさんのスキー場がある。オスプレイは高速な性能を誇っている。人ごとではない。
 イタリア政府は、このような事故が起こらないよう、自国で10本のルートを設定し、そのルート下にある障害物を明記した地図を作成して米軍に提供していた。事故の直前、飛行高度の制限を300メートルから600メートルに上げて、それを米軍に通知していた。ところが米軍は、その地図を使っていなかったし、飛行高度の変更をパイロットに伝えていなかったのである。他国の防衛のために駐留してやっているという自負のある米軍は他国の主権に無関心なのである。
 ところが日本の場合、イタリアの事情とも比べられないほど、主権はさらに無視されている。そもそも日本にある七本の低空飛行訓練ルートは、日本政府が知らぬ間に米運が勝手に設定したものである。だから日本側は地図など作成しようがない。それどころか日本政府は、この程度の訓練なら(爆弾を落とすような訓練でないなら)、七本のルート以外のどこで訓練してもいいという態度だ。米軍機の飛行高度についても、日本側に決める権限はなく、アメリカが150メートルだとか60メートルだとかを決定し、日本に通告しているだけである。


 重要部分を太字で再確認。

“日本にある七本の低空飛行訓練ルートは、日本政府が知らぬ間に米運が勝手に設定したものである。だから日本側は地図など作成しようがない。それどころか日本政府は、この程度の訓練なら(爆弾を落とすような訓練でないなら)、七本のルート以外のどこで訓練してもいいという態度だ。米軍機の飛行高度についても、日本側に決める権限はなく、アメリカが150メートルだとか60メートルだとかを決定し、日本に通告しているだけである”

 安全性について国民が不安を抱いていたのに、その飛行ルートについての主体性を日本政府は持っていなかった。

 その状況は、今回の一歩間違えば国民の犠牲を強いた墜落事故の後も変わらない。

 政府は「安全性の確保を米軍に求める」と、今回も繰り返している。
 しかし、それは嘘なのである。
 なぜなら、今回の事故に関して、明確な原因追求とその問題への対処方法などの解答がないままに、再飛行を認めているではないか。

 果たしてそんな政府に、国民の大事な生命、生活を委ねることなどできないことは明白だ。

 沖縄は、いまだに戦争の犠牲を強いられている。

 多くの県民が暮らす町の空を、いつまた落ちても不思議のない危険な武器が飛んでいる。
 しかし、オスプレイ墜落の危険は、沖縄だけではない。

 日本側の意向などを最初から無視した飛行ルートを今日も飛んでいるのだ。
 
 今こそ、墜落事故という紛れもない事実を突きつけて、オスプレイの配備撤回につなげるべき時なのだ。

 今回の事故を、大きな転換点とすべきだ。

 トランプ新大統領がどう思おうかは、問題ではない。

 逆に、トランプの大統領選挙中の言い分が変わらず、アジアの平和を守るためのアメリカの国費投入を削減しようとしているのが本当なら、「あんな危険なものは飛ばさないでくれ」と、安倍晋三は直接トランプに掛け合ってもいいではないか。
 トランプも、公約を守る良い口実ができようと言うものだ。

 しかし、もうアメリカは日本を守るどころではないのが実態だ。

第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 果たして、今の状況は、憲法に照らしてどうなのか。

 日本は、一つの法治国家として、多くの国民の生命に危険を及ぼす空飛ぶ危険物体の存在を払拭すべきなのである。

 
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 今の政府、安倍を筆頭に多くの人間が、まちがいなく病に冒されている。

 その病気は、いわば「数の暴力依存症候群」だ。

 とんでもない法案を、ろくに論議をせず、野党の言い分など知ったこっちゃないとばかり、与党の数の暴力で決めてしまう、という怖〜い病気だ。

 もちろん、国民の思いなどは、認識の外。

 この病気に効く合い薬はただ一つ、納税者である国民からの批判、である。

 まさに、民主主義崩壊の危機、だ。

 「主」たる、国民は、もっと政府に対して怒りをふつけよう。

 いわゆるカジノ法案が可決した。

 メディアもいろいろと取り上げている。
「カジノ解禁 いいの?」と題した、今日の毎日の「論点」から、ギャンブル依存症問題を考える会、田中代表の主張を引用したい。
毎日新聞の該当記事

骨太の依存症対策法を 田中紀子・ギャンブル依存症問題を考える会代表

 成立したIR整備推進法(カジノ法)に対策強化が盛り込まれたギャンブル依存症は世界保健機関(WHO)でも認定されている精神疾患だ。自分や夫の回復体験を生かし、相談に来た主に依存者の家族を支援している。依存者本人が追い詰められ自殺してしまうケースがつらい。多重債務、家庭崩壊、貧困、児童虐待−−などの弊害に加え窃盗や殺人事件も引き起こす。対策なしでは深刻さは増すばかりだが、これまで行政に無視されてきた。今後は実施法案の審議でも取り上げられることになるだろう。だから、カジノ法を骨太の依存症対策法を実現させるために切り込む刀にしたい。その際、カジノにとどまらず既存ギャンブルも含めてメスを入れないと対策にならない。

 ギャンブル対策がない要因は縦割り行政にある。公営ギャンブルの競馬は農水省、競艇は国土交通省、競輪は経済産業省−−などと所管が違う。また「規制」「振興」という相反する役割を同じ官庁が担う。その結果、産業側とのなれ合いが生じ「依存症はない」という立場だ。それどころか売り上げが減れば深夜に開場し、インターネット投票を充実させるなど依存者を増やす方向に向かう。民間のカジノやパチンコ店は赤字ならつぶれるが、公営は公金が投入され閉鎖しにくい。規制を容認する声はある。だが足並みがそろわないと依存者は他のギャンブルに流れる。だからこそ公営や民間のギャンブルについて省庁を横断して一元管理する包括的な仕組みが必要だ。その際、公営ギャンブルに加え、換金が常態化しているパチンコ、宝くじなども含めないと意味はない。

 今、パチンコ店には、偶数月の15日過ぎに、多くの高齢者が訪れているらしい。
 年金が、どんどん、パチンコという博打に流れ込んでいる。
 ほどほどの娯楽、気分転換ならば良いが、ついついのめり込んで、ギャンブル症候群になる高齢者も増えているようだ。

 もちろん、高齢者に限らず、ギャンブル依存症患者が増加している。

 新自由主義、市場原理主義者は、あくまで優先するのは「経済」という言葉で誤魔化す「金儲け」であり、「健康」や「環境」などの言葉は、忘れられている。

 メディアは、新たなカジノという賭博場にばかり目を向けるのではなく、すでに多くのギャンブル依存症患者を生み出しているパチンコの問題も指摘すべきだろう。

 スポーツ選手がギャンブル依存症で問題を起こすとメディアは騒ぐが、日常の無名の国民の問題には、目をつぶっている。

 パチンコ店を定点観測で覗いてみればいい。

 たとえば、高齢者で毎日のようにパチンコ店に通う人の家族のことを思えば、問題がどこにあるか分かるはずだ。

 カジノが出来て、不幸な国民が増えようが、永田町や霞が関の住人は、あくまで、その個人の問題として切り捨てるのだろう。

 違うのだ。

 疾病の原因をつくっているのが、彼等なのであり、それを指摘しないメディアなのである。



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 五輪の名を借りた破壊が、進んでいる。

 「日刊ゲンダイ」から引用。
「日刊ゲンダイ」の該当記事

東京都が街路樹伐採で踏みにじる IOC理念と五輪レガシー
2016年11月30日

 東京五輪は3会場の計画見直しだけにかまけてはいられない。花形競技のマラソンコースも、IOCから大ひんしゅくを買いそうなのだ。

 予定コースの一部である千代田区の神保町交差点から水道橋駅までの都道「白山通り」。この700メートルの区間に並ぶ推定樹齢50~100年のイチョウの樹木約130本のうち、すでに24本が切られ、12月には27本が伐採される予定だ。東京都はこう説明する。

「該当区間は無電柱化のために、地上の機器設置や地下の空間確保のため、街路樹を切る必要がある。設計を工夫して、最小限の本数の伐採とした」(道路管理部安全施設課)

 電柱ゼロを公約に掲げた小池知事就任前の今年3月から、この区間は約10億円を投じて、無電柱化が進められている。

「防災が主目的ですが、2~3年前から当該工事区間が五輪のマラソンコースの候補ということは周知されている。五輪のためという一面もあります」(第1建設事務所)

■ IOC「アジェンダ21」に違反

 ここは予定コースの中で唯一電柱が残るエリア。都は小池知事の公約も手伝って、是が非でも無電柱化を進めたい。最小限の樹木の犠牲はやむを得ないと言いたげだが、実はその発想が五輪の理念に反する恐れがある。

 IOCが定める「オリンピックムーブメンツ アジェンダ21」には「スポーツ活動、施設やイベントは、環境保全地域、地方、文化遺産、天然資源など全体を保護しなければならない」とハッキリ書かれてある。樹齢50~100年のイチョウの木は、貴重な文化遺産ないし天然資源ではないのか。


 無電柱化のために街路樹を伐採では、まさに本末転倒だ。

 逆に、海外からの多くの観光客の憩いのために、街路樹や公園などをもっと増やすことを優先すべきだと思うが、お上のやることは相変わらずである。

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池波正太郎著『江戸切絵図散歩』(新潮文庫)

 開発の名を借りた伝統や街の破壊については、兄弟ブログ「噺の話」で、池波正太郎の『江戸切絵図散歩』の引用を含め書いたことがある。
「噺の話」の該当記事

 その中で、次の文章を引用した。
 いまは、隙間もなく、ビルディングに埋めつくされていて、旧江戸城の外堀内は各種のビル群に占領されてしまった。
 それでも、外濠のかたちは、太平洋戦争が終わったころまで、どうにか残っていたのである。
 それが、例のごとく、意味もなく埋めたてられ、そのビルの上が高速道路となり、外濠に架けられた多くの橋が消えた。現在の東京の道は、住民のためではなく、すべて車輪のために存在するといってよいのだ。
 常盤橋、呉服橋、八重洲橋、鍛冶橋、有楽橋、数奇屋橋、山下橋などがそれで、この外濠と各橋の消滅は、皇居前面の町の様相を全く変えてしまった。
 橋や川ばかりではなく、むかしの町名も消えてしまった。戦後の町名改変の流行は、昭和十年代まで辛うじて残っていた町名を、ほとんど抹殺してしまったのだ。

 日本橋の上に高速が走った「建設という名の破壊」は、前回、昭和39年のオリンピックのため、という名目だった。

 物理的な文化遺産の破壊のみならず、町名などの改悪は、池波が本書で指摘したにも関わらず、悪化の一途。

 そして、五輪の名を借りた破壊は、今後一層行われるのだろう。
 もちろん、全国の納税者も、怒っていいだろう。

 なぜなら、我々の血税が湯水のように投入され、挙句の果てに環境が、伝統が破壊されるのだから。

 良い、先例がある。

 かつて、市民の反対で、いったん決まった五輪開催を返上した都市があるのだ。

 1976年の冬季大会開催予定だった、デンバーだ。

 「NO OLYMPICS 2020>反五輪の会(HANGORIN NO KAI)」のサイトから、英文記事の翻訳部分を引用する。
「反五輪の会」サイトの該当記事

1970年の5月に、IOCが1976年の冬季五輪をデンバーに決めて、(そのときの競争相手は、スイスのシオン、フィンランドのタンペレ、カナダのバンクーバーだった)、地元メディアは大喜びだった。オリンピックが決定して、宝くじに当たったような騒ぎだった。なんせ、コロラド(デンバーのある州)は、20年ちかくも夢の冬季オリンピックをその手でつかもうとしてきたから。

<反対>

ところが、デンバー市民と、その同郷のコロラド州民は、恐怖に震えた。

デンバー市民たちが気づいたのは、町でオリンピックをすることが、ほんとうにむちゃくちゃ金がかかる投機だってことと、オリンピックのインフラを整備するための金は、市民の懐から出て行くってことの二つ。その上、環境問題について意識的な市民は、環境についての影響を心配した。なぜなら、オリンピック会場はデンバーからスチームボートの町まで150 マイル(200kmくらい)にわたるよう計画されてて、そこに何千人もの人が集まることになるからね。

1972年には、ディック・ラムというカリスマ的な若い政治家が、デンバーでのオリンピックにはっきりとした反対を表明する。ラムは、すぐに「デンバーでのオリンピックはおことわり the no-Olympics-in-Denver movement」運動の指導者的立場となった。この反対運動は、デンバーのオリンピック組織委員会を微妙な立場に追い込んだ。IOCは、「デンバーが開催資金を税金から出さないなら、オリンピックはナシ。」とはっきり言ってきたから。ということは、コロラドの人たちが心を変えないなら、オリンピックはどこかほかの土地にいくことになる。

今から考えると、大した額の金とは思えないのだが、デンバーは500万ドル(5億円)のために、オリンピックを逃すことになった。1972年の11月、コロラド州の有権者は、オリンピックの財政のため500万ドルの債権を発行するかどうかについて議論していた。問題は、500万ドルという額にあった。つまり、たぶん、実際にかかる金は、それよりずっと巨額だ。そのころでも、オリンピックにかかる金額は控えめに言って巨額だったし、それまでにオリンピックをした町では、予想よりもずっと多額の金がかかるってことになり、何度も追加の金を払わされてきてた。

それでなにがおこったかというと、有権者はオリンピックの債権発行を否決した。しかも、60:40くらいの圧倒的な票差で。その投票の一週間後、デンバーは公式にオリンピック開催地の資格を放棄した。

 税金と環境破壊が、デンバー市民やコロラド州の有権者が反対した大きな理由だった。

 2020年の東京五輪・・・同じ問題を抱えているではないか。

 今からでも遅くない、都民も国民も、血税を無駄遣いし、環境や伝統を破壊する五輪など、返上しようじゃないか。


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 22日の朝の震度5弱以降、福島沖を震源とする地震が続いている。

 そして、22日の地震の影響で、福島第2で、核燃料プールの冷却ポンプが、一時停止した。
 日経から引用。
日本経済新聞の該当記事

福島第2、燃料プールの冷却1時間半停止
地震で水面揺れる

2016/11/22 11:04

 22日早朝に福島県などで起きた地震で、午前6時10分ごろ、東京電力福島第2原子力発電所3号機の使用済み核燃料プールを冷却するためのポンプが自動停止した。東電の増田尚宏・福島第1廃炉推進カンパニー最高責任者は東京都内で記者会見し「地震でプールの水が揺れた結果、水位が低下したと水位計が検知してポンプが止まった」との認識を示した。

 使用済み核燃料プールは水位低下などの異常を検知すると、自動的に冷却を停止する仕組みになっている。タンクや配管が破損して水漏れが生じるなど、冷却システムに異常が発生している可能性があるためだ。

 同7時47分には冷却を再開。核燃料の異常や水漏れなどは確認されていない。東電は冷却水を送る配管に異常がないかを確認した結果、冷却再開に約1時間半かかったと説明している。

 3号機のプールには2544体の核燃料が保管されている。冷却が停止した時の水温は29.3度で、ポンプの停止により一時は29.5度まで上昇した。運転管理上の制限値は65度だった。

 また福島第2原発では放射性物質を含む空気中のちりを観測する装置が1台停止したが、午前10時10分に復旧した。6時半すぎには福島第1原発と第2原発で高さ約1メートルの津波を観測したが、安全上の問題や作業員の被害は確認されていない。

 私は、「冷却停止」のニュースを最初に目にして、正直、冷汗をかいた。

 万が一・・・・・・。

 結果として冷却は再開したが、果たして、日本のメディア関係者のどれほどの人が、私のように冷汗をかいただろうか。


 この件に関して、東電およびその下請け業者の人たちが手を抜いていたとは思わない。

 しかし、こうした天災と人災の掛け合わせによる事故が、いつ起こっても不思議はない。

 原発とは、そういうものなのだ。

 原発という超巨大で危険なシステムは、人類の管理の範囲を超えているのであって、安倍晋三がオリンピック招致のために使った「Under Control」という言葉は、根本からウソなのである。

 もし、「管理下」にあるなら、想定できる地震で、なぜ今回のようなことが起こるのか、ぜひ説明して欲しい。


 少し古いが、2011年8月18日の記事と重複するが、再度、使用済み核燃料の問題、そして廃炉に関わる内容を、ある本からの引用を中心に紹介したい。
2011年8月18日のブログ

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石橋克彦編『原発を終わらせる』

 2011年7月20日発行の『原発を終わらせる』(石橋克彦編、岩浪新書)からの引用。

 目次を紹介。
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はじめに            石橋克彦
Ⅰ 福島第一原発事故
 1 原発で何が起きたのか  田中三彦
 2 事故はいつまで続くのか 後藤政志
 3 福島原発避難民を訪ねて 鎌田 遵
   
Ⅱ 原発の何が問題か-科学・技術的側面から-
 1 原発は不完全な技術     上澤千尋
 2 原発は先の見えない技術   井野博満
 3 原発事故の災害規模     今中哲二
 4 地震列島の原発       石橋克彦
   
Ⅲ 原発の何が問題か-社会的側面から-
 1 原子力安全規制を麻痺させた安全神話 吉岡 斉
 2 原発依存の地域社会        伊藤久雄
 3 原子力発電と兵器転用
   —増え続けるプルトニウムのゆくえ  田窪雅文

Ⅳ 原発をどう終わらせるか
 1 エネルギーシフトの戦略
   —原子力でもなく、火力でもなく    飯田哲也
 2 原発立地自治体の自立と再生    清水修二
 3 経済・産業構造をどう変えるか    諸富 徹
 4 原発のない新しい時代に踏みだそう 山口幸夫
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 “トリ”の山口幸夫“原発のない新しい時代に踏みだそう”から引用。
 小泉純一郎元首相も観た、ある映画のことが紹介されている。

10万年後の不安
 「オンカロ」(ONKALO)という聞きなれない言葉がある。フィンランドにつくられつつある地下岩盤特性調査施設のことだが、「隠された場所」という意味があるらしい。オンカロは首都ヘルシンキの北西250キロ、バルト海のボスニア湾沿岸に近いオルキルキト島にある。世界でただ一つの放射性廃棄物の地下処分場の予定地だ。工事は2004年に始まった。地下520メートルまで掘る計画で、2011年4月現在、440メートルに達した。操業開始は2020年、100年後の2120年まで使用する予定だ。その後、厳重に封鎖される。10万年後までの安全を見込んでいるという。
 明日のことも分からぬは人の世の常である。しかし、放射能は違う。放射能の半減期は放射性の核種に固有の値であり、その核種の放射能の量が半分になるまでの時間のことである。放射能は、時間とともに指数関数的に減ってはいくが、消え去ることはない。半減期の20倍の時間を、放射能の影響が実質的になくなる一応の目安にしてみよう。もちろん、放射能の量は放射性物質の総量によるので、それをもって、安全になるまでの時間とみなすわけにはいかない。ここでは、半減期の20倍を「待ち時間」と呼んでおこう。一半減期ごとに二分の一になるので、半減期の20倍の時間が過ぎると、1/2x1/2x・・・1/2と20回かけあわせて、放射能の量は、およそ100万分の1になる。
 福島第一原発から大量に放出されたヨウ素131の半減期は8.04日なので、その20倍は160日、およそ半年の「待ち時間」だ。セシウム137は、半減期30.1年の20倍の600年、プルトニウム239ならば、その半減期は2万4100年だから、ざっと50万年を待たなければならない。
 原発を運転すると、燃料のウランから、長短さまざまの半減期を持つ放射性物質がたくさんできてしまう。この後始末がじつに厄介なのである。原発で使い終わった燃料の中の放射能の害を無視してもよい状態になるまで、きちんと保管・管理しておかなければならない。ヨーロッパでは、この「待ち時間」を10万年とみなしているいる。オンカロはこの目的のためにつくられつつある。

絶対に触れないでください
 2009年に制作された国際共同ドキュメンタリー作品『100,000年後の安全』を見た。原題は、「Into Eternity」である。「永遠の中へ」という意味だろう。オルキルオト島の十八億年前に形成されたという頑丈な地層の中に、一大近代都市に似た、しかし殺伐とした地下構造物が建設されている現場が映し出される。地上では、雪の降り積もった針葉樹林の中をゆったりと歩むヘラジカが姿をみせる。絵に描いたような北欧の世界だ。まさか、その地下に、危険このうえもない放射性廃棄物が閉じ込められているとは、まさに「隠された場所」(オンカロ)である。10万年後までの安全を確保するというが、その頃、人類は存在しているにだろうか。仮に、人類が存在したとしても、標識に書かれた警告の言葉は通じるだろうか。ひょっとして、そのころの誰かが、ここを発掘するかもしれない。
 監督のマイケル・マドセンは、「未来のみなさんへ」と題するメッセージで映像をしめくくっている。

 未来のみなさんへ

ここは21世紀に処分された放射性廃棄物の埋蔵場所です。
決して入らないでください。
あなたを守るため、地中奥深くに埋めました。
放射性物質は大変危険です。透明で、においもありません。
絶対に触れないでください。
地上に戻って、我々より良い世界を作ってください。
幸運を。


 もはや、言うまでもないだろう。「10万年後」にも不安を抱かざるを得ない原発が必要か否かは。

 ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経ても原発に明確なノーと言えない国の国民であることが、なんともやるせない。

 “隠された場所 オンカロ”に、全世界の放射性廃棄物を収容する能力などはない。もちろん、オンカロに閉じ込められた廃棄物が10万年に渡って安全であるかも、今日の人類には知りえることではない。当座の問題の時間稼ぎをしているにすぎない。

 原発が稼動している間、日々放射性廃棄物は増える一方である。海外にまで原発を売り込もうとしている人間には、事故への対策という問題とともに、「放射性廃棄物をどうするのか?」という疑問に対し、明確に答えてもらわなければならない。「時間が解決する」などと答える政治家こそ、10万年間地下に隠れていてもらいたいものだ。

 地震列島日本では、常に、原発事故という当座の問題を危惧しなければならない。

 そして、核燃料廃棄物への危惧は、10万年後、いや永遠に消えない。

 福島第2の冷却ポンプ停止は、あらためて「今そこにある危機」を思い出させてくれた、ともいえる。

 しかし、当座の危機を逃れるために、電力も人の労力もかけて冷やし続ける作業を続けなければならない。そして、その先には、何が待っているのか。

 40年以上稼働している「老朽化」原発まで、この国の為政者は動かそうとしている。

 かつて「経年化」という言い換えで誤魔化してきたように、政府は国民を誤魔化そうとしている。

 思い出そうじゃないか、オンカロのことを。

 核燃料廃棄物は、とても「Under Control」な対象ではない。

 しかし、メディアも、5年半前に味わった危機感を、失ってきた。

 ぜひ、今回の冷却ポンプ停止で、冷汗を書いたメディアの人が多いことを祈っている。

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 アメリカ大統領選は、いわば規模の大きな“劣等比較”だったように思う。

 あそこまで、ヒラリーが嫌われているとは思わなかなった、というのが私の正直な印象。

 木村太郎じゃないが、トランプもあるかな・・・位のことは思っていた。
 それは、投票前にNH総合やBSなどで放送していたトランプ支持者の姿を観たことで感じたことだ。
 
 いわゆるグローバリズム、自由主義、市場原理主義により、職を失った労働者たちの多くがトランプを支持していた。

 また、隠れトランプ支持者が多いことも、指摘されていた。
 隠れたいた人たちの意思が、数字となって公になった、ということか。

 日本のメディアの一部は、選挙戦でのトランプの発言や彼の政策(と思しきもの)について、過敏な反応を示している。

 今日の朝日新聞の社説を引用する。

朝日新聞の該当社説

「トランプ大統領」の衝撃 保護主義に利はない
2016年11月11日(金)付

 米大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏は「米国第一主義」を掲げており、政策面で内向き志向を強めそうだ。

 通商政策では自由貿易の推進に否定的で、保護主義へかじを切ることが懸念される。だが、世界第一の大国が自国の目先の利益にとらわれた行動をとれば、世界経済の足を引っ張り、米国の利益にもならない。

 大統領就任後100日間で実施する政策をまとめた「有権者との契約」では、環太平洋経済連携協定(TPP)について「離脱を表明する」と明記した。カナダやメキシコとの北米自由貿易協定の再交渉や中国製品への関税強化なども訴える。

 12カ国が加わるTPPは、日米両国が国内手続きを終えないと発効しない仕組みだ。日本ではTPP承認案が衆議院を通り、国会での手続きが進んだが、発効は困難な情勢だ。

 トランプ氏の主張は、自由貿易を重視する共和党主流派の伝統的な政策と相いれない。上下両院で共和党が多数を握ることになっただけに、トランプ氏の訴えがどこまで具体化するかは不透明ではある。

 だが、世界経済は低成長に陥り、国際的な経済摩擦が相次ぐ。英国の欧州連合(EU)離脱決定に続き、トランプ氏の言動と政策が反グローバル化をあおることになれば、世界経済は本格的な停滞に陥りかねない。

 ある国が輸入品への関税を引き上げ、相手国も高関税で対抗する。貿易が滞って景気は冷え込み、失業者も増える。そうした悪循環が世界大戦まで引き起こしたことへの反省から、戦後の自由貿易体制は出発した。

 今世紀に入って世界貿易機関(WTO)での多国間交渉が行き詰まるなか、自由化の原動力は二国間や地域内の自由貿易協定(FTA)に移った。とくに規模が大きい「メガFTA」が注目され、その先陣を切ると見られてきたのがTPPだった。

 貿易や投資の自由化には、競争に敗れた産業の衰退や海外移転による失業など、負の側面がともなう。恩恵を受ける人と取り残される人との格差拡大への不満と怒りが世界中に広がる。

 だからといって、自由化に背を向けても解決にはならない。

 新たな産業の振興と就労支援など社会保障のてこ入れ、教育の強化と課題は山積する。大企業や富裕層による国際的な税逃れへの対応も待ったなしだ。

 自由化で成長を促し、経済の規模を大きくする。同時にその果実の公平な分配を強める。トランプ氏を含む各国の指導者はその基本に立ち返るべきだ。

 いろいろ、突っ込みどころがある。

 太字が、私のツッコミだ。

“12カ国が加わるTPPは、日米両国が国内手続きを終えないと発効しない仕組みだ。日本ではTPP承認案が衆議院を通り、国会での手続きが進んだが、発効は困難な情勢だ”
→ 早い話、朝日はTPPについて賛成なのか否か?

 “貿易や投資の自由化には、競争に敗れた産業の衰退や海外移転による失業など、負の側面がともなう。恩恵を受ける人と取り残される人との格差拡大への不満と怒りが世界中に広がる”
→ まさに「負の側面」「格差拡大」への不満が、今回のトランプ勝利の背景にある

“だからといって、自由化に背を向けても解決にはならない”
→ 本当に、そうなのか?
  行き過ぎた「自由化」を、今は是正すべき時期かもしれないではないか


“自由化で成長を促し、経済の規模を大きくする。同時にその果実の公平な分配を強める。トランプ氏を含む各国の指導者はその基本に立ち返るべきだ”
→ 本当に、「自由化」が「成長」を促すことになるのか?
  経済規模を大きくし、「公平な分配」を強めることなど、可能なのか?
  それが「基本」とは、誰がそう思っているのか?

 トランプ勝利が意味するものは、実に深い。

 グローバリズム、自由主義、市場原理主義が招いた現状に、アメリカの労働者の多くが「ノー!」を突きつけたのだと思う。

 彼は、選挙戦における戦略、戦術のために、過激な発言、態度をしてきたが、実は、頭の良いビジネスマンとして、これからは、慎重にコトを進める可能性もあるだろう。

 彼に「表」と「裏」があるのは当たり前だ。
 「トランプ」なのだから^^

 まずは、お手並み拝見・・・それ位の了見でなければ、何かと騒々しい世の中、とても落ち着いてはいられない。

 それにしても、安倍首相は、拙速にTPPを国会に通して、トランプを説得するなどと言っているが、何を言っているのか、この男は。

 もしかすると、現在、自由主義、市場原理主義を世界でもっとも進めようとしている男は、安倍晋三かもしれない。とても、許すことはできない。

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 日本が、未だに主権のない国であり、アメリカの幇間持ちであることを露呈したのが、今回の国連での「核兵器禁止条約」に関わる行動だ。

 まず、朝日新聞の記事から引用。
朝日新聞の該当記事
核兵器禁止条約、交渉へ決議採択 国連、日米ロなど反対
ニューヨーク=杉崎慎弥、松尾一郎、田井中雅人
2016年10月28日14時48分

 国連総会第1委員会(軍縮)は27日、核兵器を法的に禁止する「核兵器禁止条約」について来年から交渉を始めるとの決議を、123カ国の賛成多数で採択した。米ロ英仏などの核保有国や、米国の「核の傘」の下にある日本など38カ国が反対し、中国など16カ国が棄権した。

 年内に国連総会本会議で採択され、核兵器の法的な禁止をめぐる本格的な議論が初めて国連で行われることになるが、米国などは不参加を表明しており、状況しだいでは実効性を問われる可能性もある。

 決議は、核兵器を禁止する法的措置を交渉する国連会議を2017年3月と6~7月に開催するように求める内容。メキシコやオーストリアなど核兵器の「非人道性」を訴える国々が提案し、推進してきた。

 これに対し、米国は「第2次世界大戦後の安全保障体制を下支えしてきた長年の戦略的安定性を損ねかねない」などとして強い反対を表明し、自らが主導する北大西洋条約機構(NATO)の加盟国などに反対するよう求めていた。


 次に、共同通信のニュースを元にした東京新聞の記事を引用。
東京新聞の該当記事

核禁止条約 交渉開始へ 国連委決議、日本反対
2016年10月28日 13時57分

 【ニューヨーク=東條仁史】国連総会第一委員会(軍縮)は二十七日、核兵器を法的に禁止する条約の制定交渉を来年から開始することを盛り込んだ決議案を賛成多数で採択した。唯一の戦争被爆国として核廃絶に取り組んできた日本政府は反対に回り、被爆者から反発の声が上がるのは必至だ。

 賛成は百二十三カ国で、核保有国の米国、英国、フランス、ロシアなど三十八カ国が反対、中国など十六カ国が棄権した。核実験を繰り返す北朝鮮は賛成した。

 来年三月にも核兵器の開発や実験、保有、使用などを全面禁止する条約の枠組みづくりに向け、国連で初めて本格的な議論が始まることになる。

 佐野利男軍縮大使は採決後、記者団に「核軍縮は核保有国と非保有国が協力して進めることが必要。国際社会の総意の下で進めるべきだと主張してきたが、意思決定のあり方に反映されなかった」と反対理由を説明した。

 決議案を共同提案したオーストリアのクグリッツ軍縮大使は採択後、日本の反対について「残念に思う」と述べた。

 決議は「核兵器の使用がもたらす人道的に破滅的な結果を深く懸念する」とし、来年三月二十七~三十一日と六月十五日~七月七日にニューヨークで「国連の会議を開き、核兵器を禁止する法的拘束力がある文書の交渉に入ることを決める」と明記した。交渉の進め方や議論する具体的な内容などについては今後、協議していくとみられる。

 ただ、米国など主要な核保有国は交渉に参加しない可能性が高い。核廃絶に向け、実効性のある条約が制定できるかは見通せない。

<核兵器禁止条約> 核兵器の開発や実験、保有、使用などを全面禁止する条約。現在は構想段階。核廃絶への法的手段を討議するためジュネーブで開かれた国連作業部会は今年8月、2017年の交渉開始を国連総会に勧告するとの報告書を採択。米国などの核保有国は強く反発しているが、オーストリアやメキシコなどは今年10月、17年3月の交渉開始に向けた決議案を国連総会に提出していた。(共同)
(東京新聞)


 佐野利男軍縮大使のコメントを、再度確認。

「核軍縮は核保有国と非保有国が協力して進めることが必要。国際社会の総意の下で進めるべきだと主張してきたが、意思決定のあり方に反映されなかった」

 この「国際社会」というのは、紛れもなく「アメリカ」を中心とする社会だ。

 それらの「国際社会」は「核の傘」の下にあるという。

 冷戦が終結してずいぶん時間が経ったが、いまだに、「抑止力」としての「核の傘」は、必要なのか・・・・・・。

 どんな戦略的な要因があろうと、「核廃絶」を訴える十分な資格が、世界で唯一の被爆国である日本にはある。

 しかし、その資格を生かすこと、役割を果たすことが、日本にはできないのか。

 「北朝鮮が核兵器で攻撃をしてきたら、どうする?」という脅し文句があるが、技術的な問題は置いておき、政治的には、北朝鮮が実際に核兵器を使うことは、まずありえないだろう。

 あくまで“脅し”なのである。

 ここに大きく二つの選択肢がある。

 (A)被曝国としての悲惨な歴史を忘れず、世界に核兵器廃絶を訴える日本
 (B)被爆国としての悲惨な歴史を忘れ、「核の傘」の下でうずくまる日本


 日本が、信頼され、そして尊敬される国となるには、どちらを選択すべきか明白だろう。
 そもそも、冷戦時代とは違い、いまや「核の傘」は、実態がないに等しい。

 今回の決議では、「棄権」という選択肢もあったはずなのだが、「反対」という意思表示をした。あくまで、アメリカに向かって犬のように尻尾を振りたかったのだ。
 
 さっそく、広島、長崎の被爆地から、今回の日本政府に非難の声が上がっている。
 毎日新聞から引用する。
毎日新聞の該当記事
核兵器禁止条約 .
広島から「日本政府は明確な妨害行動」
毎日新聞2016年10月28日 14時34分(最終更新 10月28日 15時57分)

交渉開始決議案が採択も日本政府は反対

 国連総会第1委員会(軍縮)で日本時間の28日朝、2017年の「核兵器禁止条約」制定交渉開始を定めた決議案が賛成多数で採択され、被爆地・広島からは歓迎の声が上がる一方で、日本政府が反対に回ったことに対して、痛烈な批判が相次いだ。

 広島市の市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の森滝春子さん(77)は「採択は大きな前進。123もの国が賛成し、本当にうれしい」と喜んだ。一方、反対した日本政府には「賛成に転じる余地を残した棄権と異なり、明確な妨害行動。『核保有国と非核保有国の溝を埋める』と主張しているが、実際には溝を深めているだけ」と厳しく批判した。

 もし、日本が「賛成」したら、他の123の賛成した国は喜んで日本の行動を賛美したのではなかろうか。

 それこそ、信頼され尊敬される国として。

 いまだに、アメリカの属国であることを印象づけるだけの、日本政府の悪行だった。


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