幸兵衛の小言

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 五輪の名を借りた破壊が、進んでいる。

 「日刊ゲンダイ」から引用。
「日刊ゲンダイ」の該当記事

東京都が街路樹伐採で踏みにじる IOC理念と五輪レガシー
2016年11月30日

 東京五輪は3会場の計画見直しだけにかまけてはいられない。花形競技のマラソンコースも、IOCから大ひんしゅくを買いそうなのだ。

 予定コースの一部である千代田区の神保町交差点から水道橋駅までの都道「白山通り」。この700メートルの区間に並ぶ推定樹齢50~100年のイチョウの樹木約130本のうち、すでに24本が切られ、12月には27本が伐採される予定だ。東京都はこう説明する。

「該当区間は無電柱化のために、地上の機器設置や地下の空間確保のため、街路樹を切る必要がある。設計を工夫して、最小限の本数の伐採とした」(道路管理部安全施設課)

 電柱ゼロを公約に掲げた小池知事就任前の今年3月から、この区間は約10億円を投じて、無電柱化が進められている。

「防災が主目的ですが、2~3年前から当該工事区間が五輪のマラソンコースの候補ということは周知されている。五輪のためという一面もあります」(第1建設事務所)

■ IOC「アジェンダ21」に違反

 ここは予定コースの中で唯一電柱が残るエリア。都は小池知事の公約も手伝って、是が非でも無電柱化を進めたい。最小限の樹木の犠牲はやむを得ないと言いたげだが、実はその発想が五輪の理念に反する恐れがある。

 IOCが定める「オリンピックムーブメンツ アジェンダ21」には「スポーツ活動、施設やイベントは、環境保全地域、地方、文化遺産、天然資源など全体を保護しなければならない」とハッキリ書かれてある。樹齢50~100年のイチョウの木は、貴重な文化遺産ないし天然資源ではないのか。


 無電柱化のために街路樹を伐採では、まさに本末転倒だ。

 逆に、海外からの多くの観光客の憩いのために、街路樹や公園などをもっと増やすことを優先すべきだと思うが、お上のやることは相変わらずである。

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池波正太郎著『江戸切絵図散歩』(新潮文庫)

 開発の名を借りた伝統や街の破壊については、兄弟ブログ「噺の話」で、池波正太郎の『江戸切絵図散歩』の引用を含め書いたことがある。
「噺の話」の該当記事

 その中で、次の文章を引用した。
 いまは、隙間もなく、ビルディングに埋めつくされていて、旧江戸城の外堀内は各種のビル群に占領されてしまった。
 それでも、外濠のかたちは、太平洋戦争が終わったころまで、どうにか残っていたのである。
 それが、例のごとく、意味もなく埋めたてられ、そのビルの上が高速道路となり、外濠に架けられた多くの橋が消えた。現在の東京の道は、住民のためではなく、すべて車輪のために存在するといってよいのだ。
 常盤橋、呉服橋、八重洲橋、鍛冶橋、有楽橋、数奇屋橋、山下橋などがそれで、この外濠と各橋の消滅は、皇居前面の町の様相を全く変えてしまった。
 橋や川ばかりではなく、むかしの町名も消えてしまった。戦後の町名改変の流行は、昭和十年代まで辛うじて残っていた町名を、ほとんど抹殺してしまったのだ。

 日本橋の上に高速が走った「建設という名の破壊」は、前回、昭和39年のオリンピックのため、という名目だった。

 物理的な文化遺産の破壊のみならず、町名などの改悪は、池波が本書で指摘したにも関わらず、悪化の一途。

 そして、五輪の名を借りた破壊は、今後一層行われるのだろう。
 もちろん、全国の納税者も、怒っていいだろう。

 なぜなら、我々の血税が湯水のように投入され、挙句の果てに環境が、伝統が破壊されるのだから。

 良い、先例がある。

 かつて、市民の反対で、いったん決まった五輪開催を返上した都市があるのだ。

 1976年の冬季大会開催予定だった、デンバーだ。

 「NO OLYMPICS 2020>反五輪の会(HANGORIN NO KAI)」のサイトから、英文記事の翻訳部分を引用する。
「反五輪の会」サイトの該当記事

1970年の5月に、IOCが1976年の冬季五輪をデンバーに決めて、(そのときの競争相手は、スイスのシオン、フィンランドのタンペレ、カナダのバンクーバーだった)、地元メディアは大喜びだった。オリンピックが決定して、宝くじに当たったような騒ぎだった。なんせ、コロラド(デンバーのある州)は、20年ちかくも夢の冬季オリンピックをその手でつかもうとしてきたから。

<反対>

ところが、デンバー市民と、その同郷のコロラド州民は、恐怖に震えた。

デンバー市民たちが気づいたのは、町でオリンピックをすることが、ほんとうにむちゃくちゃ金がかかる投機だってことと、オリンピックのインフラを整備するための金は、市民の懐から出て行くってことの二つ。その上、環境問題について意識的な市民は、環境についての影響を心配した。なぜなら、オリンピック会場はデンバーからスチームボートの町まで150 マイル(200kmくらい)にわたるよう計画されてて、そこに何千人もの人が集まることになるからね。

1972年には、ディック・ラムというカリスマ的な若い政治家が、デンバーでのオリンピックにはっきりとした反対を表明する。ラムは、すぐに「デンバーでのオリンピックはおことわり the no-Olympics-in-Denver movement」運動の指導者的立場となった。この反対運動は、デンバーのオリンピック組織委員会を微妙な立場に追い込んだ。IOCは、「デンバーが開催資金を税金から出さないなら、オリンピックはナシ。」とはっきり言ってきたから。ということは、コロラドの人たちが心を変えないなら、オリンピックはどこかほかの土地にいくことになる。

今から考えると、大した額の金とは思えないのだが、デンバーは500万ドル(5億円)のために、オリンピックを逃すことになった。1972年の11月、コロラド州の有権者は、オリンピックの財政のため500万ドルの債権を発行するかどうかについて議論していた。問題は、500万ドルという額にあった。つまり、たぶん、実際にかかる金は、それよりずっと巨額だ。そのころでも、オリンピックにかかる金額は控えめに言って巨額だったし、それまでにオリンピックをした町では、予想よりもずっと多額の金がかかるってことになり、何度も追加の金を払わされてきてた。

それでなにがおこったかというと、有権者はオリンピックの債権発行を否決した。しかも、60:40くらいの圧倒的な票差で。その投票の一週間後、デンバーは公式にオリンピック開催地の資格を放棄した。

 税金と環境破壊が、デンバー市民やコロラド州の有権者が反対した大きな理由だった。

 2020年の東京五輪・・・同じ問題を抱えているではないか。

 今からでも遅くない、都民も国民も、血税を無駄遣いし、環境や伝統を破壊する五輪など、返上しようじゃないか。


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# by koubeinokogoto | 2016-11-30 20:58 | 責任者出て来い! | Comments(4)
 22日の朝の震度5弱以降、福島沖を震源とする地震が続いている。

 そして、22日の地震の影響で、福島第2で、核燃料プールの冷却ポンプが、一時停止した。
 日経から引用。
日本経済新聞の該当記事

福島第2、燃料プールの冷却1時間半停止
地震で水面揺れる

2016/11/22 11:04

 22日早朝に福島県などで起きた地震で、午前6時10分ごろ、東京電力福島第2原子力発電所3号機の使用済み核燃料プールを冷却するためのポンプが自動停止した。東電の増田尚宏・福島第1廃炉推進カンパニー最高責任者は東京都内で記者会見し「地震でプールの水が揺れた結果、水位が低下したと水位計が検知してポンプが止まった」との認識を示した。

 使用済み核燃料プールは水位低下などの異常を検知すると、自動的に冷却を停止する仕組みになっている。タンクや配管が破損して水漏れが生じるなど、冷却システムに異常が発生している可能性があるためだ。

 同7時47分には冷却を再開。核燃料の異常や水漏れなどは確認されていない。東電は冷却水を送る配管に異常がないかを確認した結果、冷却再開に約1時間半かかったと説明している。

 3号機のプールには2544体の核燃料が保管されている。冷却が停止した時の水温は29.3度で、ポンプの停止により一時は29.5度まで上昇した。運転管理上の制限値は65度だった。

 また福島第2原発では放射性物質を含む空気中のちりを観測する装置が1台停止したが、午前10時10分に復旧した。6時半すぎには福島第1原発と第2原発で高さ約1メートルの津波を観測したが、安全上の問題や作業員の被害は確認されていない。

 私は、「冷却停止」のニュースを最初に目にして、正直、冷汗をかいた。

 万が一・・・・・・。

 結果として冷却は再開したが、果たして、日本のメディア関係者のどれほどの人が、私のように冷汗をかいただろうか。


 この件に関して、東電およびその下請け業者の人たちが手を抜いていたとは思わない。

 しかし、こうした天災と人災の掛け合わせによる事故が、いつ起こっても不思議はない。

 原発とは、そういうものなのだ。

 原発という超巨大で危険なシステムは、人類の管理の範囲を超えているのであって、安倍晋三がオリンピック招致のために使った「Under Control」という言葉は、根本からウソなのである。

 もし、「管理下」にあるなら、想定できる地震で、なぜ今回のようなことが起こるのか、ぜひ説明して欲しい。


 少し古いが、2011年8月18日の記事と重複するが、再度、使用済み核燃料の問題、そして廃炉に関わる内容を、ある本からの引用を中心に紹介したい。
2011年8月18日のブログ

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石橋克彦編『原発を終わらせる』

 2011年7月20日発行の『原発を終わらせる』(石橋克彦編、岩浪新書)からの引用。

 目次を紹介。
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はじめに            石橋克彦
Ⅰ 福島第一原発事故
 1 原発で何が起きたのか  田中三彦
 2 事故はいつまで続くのか 後藤政志
 3 福島原発避難民を訪ねて 鎌田 遵
   
Ⅱ 原発の何が問題か-科学・技術的側面から-
 1 原発は不完全な技術     上澤千尋
 2 原発は先の見えない技術   井野博満
 3 原発事故の災害規模     今中哲二
 4 地震列島の原発       石橋克彦
   
Ⅲ 原発の何が問題か-社会的側面から-
 1 原子力安全規制を麻痺させた安全神話 吉岡 斉
 2 原発依存の地域社会        伊藤久雄
 3 原子力発電と兵器転用
   —増え続けるプルトニウムのゆくえ  田窪雅文

Ⅳ 原発をどう終わらせるか
 1 エネルギーシフトの戦略
   —原子力でもなく、火力でもなく    飯田哲也
 2 原発立地自治体の自立と再生    清水修二
 3 経済・産業構造をどう変えるか    諸富 徹
 4 原発のない新しい時代に踏みだそう 山口幸夫
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 “トリ”の山口幸夫“原発のない新しい時代に踏みだそう”から引用。
 小泉純一郎元首相も観た、ある映画のことが紹介されている。

10万年後の不安
 「オンカロ」(ONKALO)という聞きなれない言葉がある。フィンランドにつくられつつある地下岩盤特性調査施設のことだが、「隠された場所」という意味があるらしい。オンカロは首都ヘルシンキの北西250キロ、バルト海のボスニア湾沿岸に近いオルキルキト島にある。世界でただ一つの放射性廃棄物の地下処分場の予定地だ。工事は2004年に始まった。地下520メートルまで掘る計画で、2011年4月現在、440メートルに達した。操業開始は2020年、100年後の2120年まで使用する予定だ。その後、厳重に封鎖される。10万年後までの安全を見込んでいるという。
 明日のことも分からぬは人の世の常である。しかし、放射能は違う。放射能の半減期は放射性の核種に固有の値であり、その核種の放射能の量が半分になるまでの時間のことである。放射能は、時間とともに指数関数的に減ってはいくが、消え去ることはない。半減期の20倍の時間を、放射能の影響が実質的になくなる一応の目安にしてみよう。もちろん、放射能の量は放射性物質の総量によるので、それをもって、安全になるまでの時間とみなすわけにはいかない。ここでは、半減期の20倍を「待ち時間」と呼んでおこう。一半減期ごとに二分の一になるので、半減期の20倍の時間が過ぎると、1/2x1/2x・・・1/2と20回かけあわせて、放射能の量は、およそ100万分の1になる。
 福島第一原発から大量に放出されたヨウ素131の半減期は8.04日なので、その20倍は160日、およそ半年の「待ち時間」だ。セシウム137は、半減期30.1年の20倍の600年、プルトニウム239ならば、その半減期は2万4100年だから、ざっと50万年を待たなければならない。
 原発を運転すると、燃料のウランから、長短さまざまの半減期を持つ放射性物質がたくさんできてしまう。この後始末がじつに厄介なのである。原発で使い終わった燃料の中の放射能の害を無視してもよい状態になるまで、きちんと保管・管理しておかなければならない。ヨーロッパでは、この「待ち時間」を10万年とみなしているいる。オンカロはこの目的のためにつくられつつある。

絶対に触れないでください
 2009年に制作された国際共同ドキュメンタリー作品『100,000年後の安全』を見た。原題は、「Into Eternity」である。「永遠の中へ」という意味だろう。オルキルオト島の十八億年前に形成されたという頑丈な地層の中に、一大近代都市に似た、しかし殺伐とした地下構造物が建設されている現場が映し出される。地上では、雪の降り積もった針葉樹林の中をゆったりと歩むヘラジカが姿をみせる。絵に描いたような北欧の世界だ。まさか、その地下に、危険このうえもない放射性廃棄物が閉じ込められているとは、まさに「隠された場所」(オンカロ)である。10万年後までの安全を確保するというが、その頃、人類は存在しているにだろうか。仮に、人類が存在したとしても、標識に書かれた警告の言葉は通じるだろうか。ひょっとして、そのころの誰かが、ここを発掘するかもしれない。
 監督のマイケル・マドセンは、「未来のみなさんへ」と題するメッセージで映像をしめくくっている。

 未来のみなさんへ

ここは21世紀に処分された放射性廃棄物の埋蔵場所です。
決して入らないでください。
あなたを守るため、地中奥深くに埋めました。
放射性物質は大変危険です。透明で、においもありません。
絶対に触れないでください。
地上に戻って、我々より良い世界を作ってください。
幸運を。


 もはや、言うまでもないだろう。「10万年後」にも不安を抱かざるを得ない原発が必要か否かは。

 ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経ても原発に明確なノーと言えない国の国民であることが、なんともやるせない。

 “隠された場所 オンカロ”に、全世界の放射性廃棄物を収容する能力などはない。もちろん、オンカロに閉じ込められた廃棄物が10万年に渡って安全であるかも、今日の人類には知りえることではない。当座の問題の時間稼ぎをしているにすぎない。

 原発が稼動している間、日々放射性廃棄物は増える一方である。海外にまで原発を売り込もうとしている人間には、事故への対策という問題とともに、「放射性廃棄物をどうするのか?」という疑問に対し、明確に答えてもらわなければならない。「時間が解決する」などと答える政治家こそ、10万年間地下に隠れていてもらいたいものだ。

 地震列島日本では、常に、原発事故という当座の問題を危惧しなければならない。

 そして、核燃料廃棄物への危惧は、10万年後、いや永遠に消えない。

 福島第2の冷却ポンプ停止は、あらためて「今そこにある危機」を思い出させてくれた、ともいえる。

 しかし、当座の危機を逃れるために、電力も人の労力もかけて冷やし続ける作業を続けなければならない。そして、その先には、何が待っているのか。

 40年以上稼働している「老朽化」原発まで、この国の為政者は動かそうとしている。

 かつて「経年化」という言い換えで誤魔化してきたように、政府は国民を誤魔化そうとしている。

 思い出そうじゃないか、オンカロのことを。

 核燃料廃棄物は、とても「Under Control」な対象ではない。

 しかし、メディアも、5年半前に味わった危機感を、失ってきた。

 ぜひ、今回の冷却ポンプ停止で、冷汗を書いたメディアの人が多いことを祈っている。

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# by koubeinokogoto | 2016-11-24 22:20 | 原発はいらない | Comments(0)
 アメリカ大統領選は、いわば規模の大きな“劣等比較”だったように思う。

 あそこまで、ヒラリーが嫌われているとは思わなかなった、というのが私の正直な印象。

 木村太郎じゃないが、トランプもあるかな・・・位のことは思っていた。
 それは、投票前にNH総合やBSなどで放送していたトランプ支持者の姿を観たことで感じたことだ。
 
 いわゆるグローバリズム、自由主義、市場原理主義により、職を失った労働者たちの多くがトランプを支持していた。

 また、隠れトランプ支持者が多いことも、指摘されていた。
 隠れたいた人たちの意思が、数字となって公になった、ということか。

 日本のメディアの一部は、選挙戦でのトランプの発言や彼の政策(と思しきもの)について、過敏な反応を示している。

 今日の朝日新聞の社説を引用する。

朝日新聞の該当社説

「トランプ大統領」の衝撃 保護主義に利はない
2016年11月11日(金)付

 米大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏は「米国第一主義」を掲げており、政策面で内向き志向を強めそうだ。

 通商政策では自由貿易の推進に否定的で、保護主義へかじを切ることが懸念される。だが、世界第一の大国が自国の目先の利益にとらわれた行動をとれば、世界経済の足を引っ張り、米国の利益にもならない。

 大統領就任後100日間で実施する政策をまとめた「有権者との契約」では、環太平洋経済連携協定(TPP)について「離脱を表明する」と明記した。カナダやメキシコとの北米自由貿易協定の再交渉や中国製品への関税強化なども訴える。

 12カ国が加わるTPPは、日米両国が国内手続きを終えないと発効しない仕組みだ。日本ではTPP承認案が衆議院を通り、国会での手続きが進んだが、発効は困難な情勢だ。

 トランプ氏の主張は、自由貿易を重視する共和党主流派の伝統的な政策と相いれない。上下両院で共和党が多数を握ることになっただけに、トランプ氏の訴えがどこまで具体化するかは不透明ではある。

 だが、世界経済は低成長に陥り、国際的な経済摩擦が相次ぐ。英国の欧州連合(EU)離脱決定に続き、トランプ氏の言動と政策が反グローバル化をあおることになれば、世界経済は本格的な停滞に陥りかねない。

 ある国が輸入品への関税を引き上げ、相手国も高関税で対抗する。貿易が滞って景気は冷え込み、失業者も増える。そうした悪循環が世界大戦まで引き起こしたことへの反省から、戦後の自由貿易体制は出発した。

 今世紀に入って世界貿易機関(WTO)での多国間交渉が行き詰まるなか、自由化の原動力は二国間や地域内の自由貿易協定(FTA)に移った。とくに規模が大きい「メガFTA」が注目され、その先陣を切ると見られてきたのがTPPだった。

 貿易や投資の自由化には、競争に敗れた産業の衰退や海外移転による失業など、負の側面がともなう。恩恵を受ける人と取り残される人との格差拡大への不満と怒りが世界中に広がる。

 だからといって、自由化に背を向けても解決にはならない。

 新たな産業の振興と就労支援など社会保障のてこ入れ、教育の強化と課題は山積する。大企業や富裕層による国際的な税逃れへの対応も待ったなしだ。

 自由化で成長を促し、経済の規模を大きくする。同時にその果実の公平な分配を強める。トランプ氏を含む各国の指導者はその基本に立ち返るべきだ。

 いろいろ、突っ込みどころがある。

 太字が、私のツッコミだ。

“12カ国が加わるTPPは、日米両国が国内手続きを終えないと発効しない仕組みだ。日本ではTPP承認案が衆議院を通り、国会での手続きが進んだが、発効は困難な情勢だ”
→ 早い話、朝日はTPPについて賛成なのか否か?

 “貿易や投資の自由化には、競争に敗れた産業の衰退や海外移転による失業など、負の側面がともなう。恩恵を受ける人と取り残される人との格差拡大への不満と怒りが世界中に広がる”
→ まさに「負の側面」「格差拡大」への不満が、今回のトランプ勝利の背景にある

“だからといって、自由化に背を向けても解決にはならない”
→ 本当に、そうなのか?
  行き過ぎた「自由化」を、今は是正すべき時期かもしれないではないか


“自由化で成長を促し、経済の規模を大きくする。同時にその果実の公平な分配を強める。トランプ氏を含む各国の指導者はその基本に立ち返るべきだ”
→ 本当に、「自由化」が「成長」を促すことになるのか?
  経済規模を大きくし、「公平な分配」を強めることなど、可能なのか?
  それが「基本」とは、誰がそう思っているのか?

 トランプ勝利が意味するものは、実に深い。

 グローバリズム、自由主義、市場原理主義が招いた現状に、アメリカの労働者の多くが「ノー!」を突きつけたのだと思う。

 彼は、選挙戦における戦略、戦術のために、過激な発言、態度をしてきたが、実は、頭の良いビジネスマンとして、これからは、慎重にコトを進める可能性もあるだろう。

 彼に「表」と「裏」があるのは当たり前だ。
 「トランプ」なのだから^^

 まずは、お手並み拝見・・・それ位の了見でなければ、何かと騒々しい世の中、とても落ち着いてはいられない。

 それにしても、安倍首相は、拙速にTPPを国会に通して、トランプを説得するなどと言っているが、何を言っているのか、この男は。

 もしかすると、現在、自由主義、市場原理主義を世界でもっとも進めようとしている男は、安倍晋三かもしれない。とても、許すことはできない。

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# by koubeinokogoto | 2016-11-11 21:11 | 市場原理主義、新自由主義に反対! | Comments(0)

嘘つき!


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# by koubeinokogoto | 2016-11-02 12:54 | 責任者出て来い! | Comments(0)
 日本が、未だに主権のない国であり、アメリカの幇間持ちであることを露呈したのが、今回の国連での「核兵器禁止条約」に関わる行動だ。

 まず、朝日新聞の記事から引用。
朝日新聞の該当記事
核兵器禁止条約、交渉へ決議採択 国連、日米ロなど反対
ニューヨーク=杉崎慎弥、松尾一郎、田井中雅人
2016年10月28日14時48分

 国連総会第1委員会(軍縮)は27日、核兵器を法的に禁止する「核兵器禁止条約」について来年から交渉を始めるとの決議を、123カ国の賛成多数で採択した。米ロ英仏などの核保有国や、米国の「核の傘」の下にある日本など38カ国が反対し、中国など16カ国が棄権した。

 年内に国連総会本会議で採択され、核兵器の法的な禁止をめぐる本格的な議論が初めて国連で行われることになるが、米国などは不参加を表明しており、状況しだいでは実効性を問われる可能性もある。

 決議は、核兵器を禁止する法的措置を交渉する国連会議を2017年3月と6~7月に開催するように求める内容。メキシコやオーストリアなど核兵器の「非人道性」を訴える国々が提案し、推進してきた。

 これに対し、米国は「第2次世界大戦後の安全保障体制を下支えしてきた長年の戦略的安定性を損ねかねない」などとして強い反対を表明し、自らが主導する北大西洋条約機構(NATO)の加盟国などに反対するよう求めていた。


 次に、共同通信のニュースを元にした東京新聞の記事を引用。
東京新聞の該当記事

核禁止条約 交渉開始へ 国連委決議、日本反対
2016年10月28日 13時57分

 【ニューヨーク=東條仁史】国連総会第一委員会(軍縮)は二十七日、核兵器を法的に禁止する条約の制定交渉を来年から開始することを盛り込んだ決議案を賛成多数で採択した。唯一の戦争被爆国として核廃絶に取り組んできた日本政府は反対に回り、被爆者から反発の声が上がるのは必至だ。

 賛成は百二十三カ国で、核保有国の米国、英国、フランス、ロシアなど三十八カ国が反対、中国など十六カ国が棄権した。核実験を繰り返す北朝鮮は賛成した。

 来年三月にも核兵器の開発や実験、保有、使用などを全面禁止する条約の枠組みづくりに向け、国連で初めて本格的な議論が始まることになる。

 佐野利男軍縮大使は採決後、記者団に「核軍縮は核保有国と非保有国が協力して進めることが必要。国際社会の総意の下で進めるべきだと主張してきたが、意思決定のあり方に反映されなかった」と反対理由を説明した。

 決議案を共同提案したオーストリアのクグリッツ軍縮大使は採択後、日本の反対について「残念に思う」と述べた。

 決議は「核兵器の使用がもたらす人道的に破滅的な結果を深く懸念する」とし、来年三月二十七~三十一日と六月十五日~七月七日にニューヨークで「国連の会議を開き、核兵器を禁止する法的拘束力がある文書の交渉に入ることを決める」と明記した。交渉の進め方や議論する具体的な内容などについては今後、協議していくとみられる。

 ただ、米国など主要な核保有国は交渉に参加しない可能性が高い。核廃絶に向け、実効性のある条約が制定できるかは見通せない。

<核兵器禁止条約> 核兵器の開発や実験、保有、使用などを全面禁止する条約。現在は構想段階。核廃絶への法的手段を討議するためジュネーブで開かれた国連作業部会は今年8月、2017年の交渉開始を国連総会に勧告するとの報告書を採択。米国などの核保有国は強く反発しているが、オーストリアやメキシコなどは今年10月、17年3月の交渉開始に向けた決議案を国連総会に提出していた。(共同)
(東京新聞)


 佐野利男軍縮大使のコメントを、再度確認。

「核軍縮は核保有国と非保有国が協力して進めることが必要。国際社会の総意の下で進めるべきだと主張してきたが、意思決定のあり方に反映されなかった」

 この「国際社会」というのは、紛れもなく「アメリカ」を中心とする社会だ。

 それらの「国際社会」は「核の傘」の下にあるという。

 冷戦が終結してずいぶん時間が経ったが、いまだに、「抑止力」としての「核の傘」は、必要なのか・・・・・・。

 どんな戦略的な要因があろうと、「核廃絶」を訴える十分な資格が、世界で唯一の被爆国である日本にはある。

 しかし、その資格を生かすこと、役割を果たすことが、日本にはできないのか。

 「北朝鮮が核兵器で攻撃をしてきたら、どうする?」という脅し文句があるが、技術的な問題は置いておき、政治的には、北朝鮮が実際に核兵器を使うことは、まずありえないだろう。

 あくまで“脅し”なのである。

 ここに大きく二つの選択肢がある。

 (A)被曝国としての悲惨な歴史を忘れず、世界に核兵器廃絶を訴える日本
 (B)被爆国としての悲惨な歴史を忘れ、「核の傘」の下でうずくまる日本


 日本が、信頼され、そして尊敬される国となるには、どちらを選択すべきか明白だろう。
 そもそも、冷戦時代とは違い、いまや「核の傘」は、実態がないに等しい。

 今回の決議では、「棄権」という選択肢もあったはずなのだが、「反対」という意思表示をした。あくまで、アメリカに向かって犬のように尻尾を振りたかったのだ。
 
 さっそく、広島、長崎の被爆地から、今回の日本政府に非難の声が上がっている。
 毎日新聞から引用する。
毎日新聞の該当記事
核兵器禁止条約 .
広島から「日本政府は明確な妨害行動」
毎日新聞2016年10月28日 14時34分(最終更新 10月28日 15時57分)

交渉開始決議案が採択も日本政府は反対

 国連総会第1委員会(軍縮)で日本時間の28日朝、2017年の「核兵器禁止条約」制定交渉開始を定めた決議案が賛成多数で採択され、被爆地・広島からは歓迎の声が上がる一方で、日本政府が反対に回ったことに対して、痛烈な批判が相次いだ。

 広島市の市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の森滝春子さん(77)は「採択は大きな前進。123もの国が賛成し、本当にうれしい」と喜んだ。一方、反対した日本政府には「賛成に転じる余地を残した棄権と異なり、明確な妨害行動。『核保有国と非核保有国の溝を埋める』と主張しているが、実際には溝を深めているだけ」と厳しく批判した。

 もし、日本が「賛成」したら、他の123の賛成した国は喜んで日本の行動を賛美したのではなかろうか。

 それこそ、信頼され尊敬される国として。

 いまだに、アメリカの属国であることを印象づけるだけの、日本政府の悪行だった。


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# by koubeinokogoto | 2016-10-28 21:25 | 戦争反対 | Comments(0)
 スウェーデン・アカデミーがノーベル文学賞を授与すると発表して以来、ボブ・ディランとノーベル賞事務局との連絡がつかないらしい。
 
 朝日新聞から引用する。
朝日新聞の該当記事

ディランさんへ、もう連絡しません ノーベル賞事務局
ロンドン=渡辺志帆
2016年10月18日01時12分

 今年のノーベル文学賞を米国のミュージシャンのボブ・ディランさん(75)に授与すると発表したスウェーデン・アカデミーは17日、ディランさん本人への連絡を断念すると明らかにした。サラ・ダニウス事務局長が地元ラジオに語った。

 それによると、アカデミーは授与発表から4日がたった現在も、ディランさん本人と連絡が取れていない。ディランさんが文学賞を受けるつもりがあるかや、12月10日にストックホルムである授賞式に出席するかも不明だ。ダニウス氏は「受諾してくれると思う。そうでなければ悲しいが、栄誉は彼のものだ。心配はしていない」と語った。関係者への連絡は続けるという。

 ディランさん本人は、受賞についてコメントしていない。公式ツイッターは、受賞当日の夜にオバマ大統領からの祝福メッセージをリツイートして以後、更新が途絶えている。(ロンドン=渡辺志帆)

 私は、ディランは、受賞すべきかどうか迷っているのではないかと察する。

 昨夜、私はアメリカ人とドイツ人と一緒に夕食をとったのだが、この話題になり、二人とも今回の受賞に否定的なのは、私の思いと同じだった。

 他の多くの方と同じく、私は今回の授章に疑問を抱く。
 ディランは「シンガー・ソング・ライター」であり、「作詞家」としてだけの存在ではない。
 だから、「文学」の範疇に彼を取り込もうとすることに、無理がある。
 
 「詩人」としての範疇では括り切れない彼の存在を考えて、今回のスウェーデン・アカデミーの決定は多くの人に違和感を与えている。

 そして、何より、彼は「プロテスト・ソング」の担い手である。

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Amazon Bob Dylan「The Freewheelin'」

 ボブ・ディランの「風に吹かれて」を含む、デビュー二作目のアルバム「The Freewheelin'」は、今更説明の必要もない、傑作だ。

 デビューアルバムは、当時5,000枚しか売れなかった。
 この二作目は、RIAA(アメリカ・レコード協会)から100万枚以上のセールスを記録したプラチナ・ディスクとして認定されている。


 1963年11月にリリースされたのだが、収録曲の録音は、1962年4月24日から1963年4月24日までに渡っている。
 1962年の10月に、あの「キューバ危機」が起こっている。

 次のような曲が含まれている。

Side 1
1.「風に吹かれて」 Blowin' in the Wind
2.「北国の少女」  Girl from the North Country
3.「戦争の親玉」 Masters of War
4.「ダウン・ザ・ハイウェイ」 Down the Highway
5.「ボブ・ディランのブルース」 Bob Dylan's Blues
6.「はげしい雨が降る」 A Hard Rain's a-Gonna Fall
7.「くよくよするなよ」 Don't Think Twice, It's All Right

Side 2
1.「ボブ・ディランの夢」 Bob Dylan's Dream
2.「オックスフォード・タウン」 Oxford Town
3.「第3次世界大戦を語るブルース」 Talking World War III Blues
4.「コリーナ、コリーナ」 Corrina, Corrina
5.「ワン・モア・チャンス」 Honey, Just Allow Me One More Chance
6.「アイ・シャル・ビー・フリー」 I Shall Be Free

 公式サイト「bobdylan.com」から、「戦争の親玉」(Masters of War)の歌詞を引用。
ボブ・ディラン公式サイトの該当ページ

Masters Of War
Written by: Bob Dylan

Come you masters of war
You that build all the guns
You that build the death planes
You that build the big bombs
You that hide behind walls
You that hide behind desks
I just want you to know
I can see through your masks

You that never done nothin’
But build to destroy
You play with my world
Like it’s your little toy
You put a gun in my hand
And you hide from my eyes
And you turn and run farther
When the fast bullets fly

Like Judas of old
You lie and deceive
A world war can be won
You want me to believe
But I see through your eyes
And I see through your brain
Like I see through the water
That runs down my drain

You fasten the triggers
For the others to fire
Then you set back and watch
When the death count gets higher
You hide in your mansion
As young people’s blood
Flows out of their bodies
And is buried in the mud

You’ve thrown the worst fear
That can ever be hurled
Fear to bring children
Into the world
For threatening my baby
Unborn and unnamed
You ain’t worth the blood
That runs in your veins

How much do I know
To talk out of turn
You might say that I’m young
You might say I’m unlearned
But there’s one thing I know
Though I’m younger than you
Even Jesus would never
Forgive what you do

Let me ask you one question
Is your money that good
Will it buy you forgiveness
Do you think that it could
I think you will find
When your death takes its toll
All the money you made
Will never buy back your soul

And I hope that you die
And your death’ll come soon
I will follow your casket
In the pale afternoon
And I’ll watch while you’re lowered
Down to your deathbed
And I’ll stand o’er your grave
’Til I’m sure that you’re dead
Copyright

© 1963 by Warner Bros. Inc.; renewed 1991 by Special Rider Music


最初の段落を、微力ながら和訳したい。

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Come you masters of war
You that build all the guns
You that build the death planes
You that build the big bombs
You that hide behind walls
You that hide behind desks
I just want you to know
I can see through your masks

戦争の親玉諸君よ
鉄砲を作る諸君よ
殺人飛行機を作る諸君よ
大きな爆弾を作る諸君よ
壁の後ろに隠れている諸君よ
机の後ろに隠れている諸君よ
あんた達に知ってもらいたい
あんた達の魂胆はお見通しだってことを
---------------------------------------------

最後の段落の一つ前は、こうだ。
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Let me ask you one question
Is your money that good
Will it buy you forgiveness
Do you think that it could
I think you will find
When your death takes its toll
All the money you made
Will never buy back your soul

質問させてくれないか
そんなに金っていうものはいいのかい?
その金で許しを買おうというのかい?
そんなことができると思っているのかい?
あんた達も、いつかは気づくだろう
あんた達が死ぬときに有り金全部積んでも
魂は買い戻せやしないってことを
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 1963年、ディラン22歳の時の歌に込めた反戦の思いは、75歳になる今も変わらないのではなかろうか。

 彼が讃えられるべきなのは、プロテスト・ソングの作り手てあり歌い手であった人生そのものであろう。

 その彼が、「ノーベル文学賞」授章の知らせがあって以降、ライブ会場でもまったくそのことに触れず、また、ノーベル賞事務局との連絡を断っているいるのは、なぜか・・・・・・。

 「ノーベル文学賞」という分野の問題よりも、ディランにとって重要なのは「ノーベル賞」という権威の背後にあるものではなかろうか。

 アルフレッド・ノーベルは、ニトログリセリンを実用化し、ダイナマイトを発明した人だ。

 Wikipediaのアルフレッド・ノーベルから、引用する。
Wikipedia「アルフレッド・ノーベル」
アメリカに渡って4年間化学を学んだ。そこで短期間だが発明家ジョン・エリクソンに師事している。その後、父の事業を手伝う。最初の特許を出願したのは1857年のことで、ガスメーターについての特許だった。

クリミア戦争 (1853–1856) では兵器生産で大儲けをするが、戦争終結と同時に注文が止まったばかりでなく、軍がそれまでの支払いも延期したため事業はたちまち逼迫し、父は1859年に再び破産する。父は工場を次男のリュドビック・ノーベル(英語版) (1831–1888) に任せ、ノーベルと両親はスウェーデンに帰国した。なお、リュドビックは受け継いだ工場を再開して事業を発展させた。ノーベルは爆発物の研究に没頭し、特にニトログリセリンの安全な製造方法と使用方法を研究した。ノーベル本人がニトログリセリンのことを知ったのは1855年のことである(テオフィル=ジュール・ペルーズの下で共に学んだアスカニオ・ソブレロが発見)。この爆薬は狙って爆発させることが難しいという欠点があったので起爆装置を開発。1862年にサンクトペテルブルクで水中爆発実験に成功。1863年にはスウェーデンで特許を得た。1865年には雷管を設計した。ストックホルムの鉄道工事で使用を認められるが、軍には危険すぎるという理由で採用を拒まれる。

1864年9月3日、爆発事故で弟エミール・ノーベルと5人の助手が死亡。ノーベル本人も怪我を負う。この事故に関してはノーベル本人は一切語っていないが、父イマニュエルによればニトログリセリン製造ではなくグリセリン精製中に起きたものだという。この事故で当局からストックホルムでの研究開発が禁止されたためハンブルクに工場を建設。ニトログリセリンの安定性を高める研究に集中した。また合成者のアスカニオ・ソブレロ (Ascanio Sobrero) に対し充分な対価を支払った。1866年、不安定なニトログリセリンをより安全に扱いやすくしたダイナマイトを発明。彼の莫大な利益を狙うシャフナーと名乗る軍人が特許権を奪おうと裁判を起こしたがこれに勝訴し、1867年アメリカとイギリスでダイナマイトに関する特許を取得する。しかしシャフナーによる執拗な追求はその後も続き、アメリカ連邦議会にニトロの使用で事故が起きた場合、責任はノーベルにあるとする法案まで用意されたため、軍事における使用権をシャフナーに譲渡。

1871年、珪藻土を活用しより安全となった爆薬をダイナマイトと名づけ生産を開始。50カ国で特許を得て100近い工場を持ち、世界中で採掘や土木工事に使われるようになり、一躍世界の富豪の仲間入りをする。1875年、ダイナマイトより安全で強力なゼリグナイトを発明。1887年にはコルダイトの元になったバリスタイトの特許を取得している。

 ニトログリセリンやダイナマイトは、必ずしも兵器としての使用にとどまらず、医療分野や土木の分野で重要な役割を果たしている。
 しかし、爆薬として兵器にもなり得る。

 何より、アルフレッドと父を含めたノーベル一家が、兵器製造によって財を蓄えた事実は、動かしようがない。
 
 「ノーベル賞」の背後にある財の源泉を、ディランが知らないはずはなかろう。

 「プロテスト・ソング」の担い手であったディランが、その「ノーベル賞」を受けることは、いわば、彼の哲学と反することではなかろうか。

 ディランは、ノーベルを「Masters of War」の一人として見なしているのかどうか・・・・・・。
 
 ノーベル賞事務局がディランと連絡がとれない謎の答えは、ディランの歌を借りるなら、「風」の中にあるのだろうか。

 ディラン自身が、受賞すべきかどうか、「風」の中に漂う答えを探しているのかもしれない。

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# by koubeinokogoto | 2016-10-18 21:42 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

 一昨日の土曜に、兄弟ブログ「噺の話」で、もうじき終了するNHKの朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」について書いた。
「噺の話」2016年9月24日の記事

 モデルの一人である花森安治の薫陶を受けた「暮しの手帖」の元編集者が、あの番組では花森安治の真の姿は表現されていない、と批判していることも、LITERAの記事(および同記事で引用されている「週刊朝日」の記事)で紹介した。

 花森安治という人は、どんな思想、信条を抱いていた人なのか。

 「とと姉ちゃん」でも、その様子が一部紹介されていたが、花森は敗戦まで、大政翼賛会の外郭団体に籍を置いて国策広告に携わっていた。有名な「欲しがりません 勝つまでは」は花森が考案したと言われることがあるが、事実ではない。大政翼賛会と新聞社による標語募集に応募しされたものを花森が採用したのだった。しかし、この点について花森は一切弁明しなかったという。
 あの標語が自作ではないにせよ、自分が国策広告に携わっていた事実への自責の念が、そうさせたのだろう。

 彼が語らなかったことの意味を慮ることも大事だが、花森が書き残した言葉を読むことができる。

 その中の一つが、日本ペンクラブの「電子文藝館」のサイトにある、「見よぼくら一銭五厘の旗」だ。
「日本ペンクラブ 電子文藝館」の該当ページ
 作者と掲載された内容の説明を含む部分を、先にご紹介する。
花森 安治
ハナモリ ヤスジ
はなもり やすじ 編集者 1911・10・25~1978・1・14 兵庫県神戸市に生まれる。東大在学中、扇谷正造、杉浦明平らと帝大新聞の編集に携わり、戦後1948(昭和23)年、「暮しの手帖」を創刊、雑誌の全面に花森の手と息吹がかかっていた。

掲載作は1970(昭和45)年10月、「暮しの手帖」第2世紀8号に掲げた胸にしみるマニフェストである。なお、改行の仕方について今や筆者に確認をとれない微妙な点があり、雑誌初出時の改行(組体裁)のママに従っている。

 「マニフェスト」という言葉には、少し違和感があるが、花森安治というジャーナリストの意図を示す「声明文」あるいは「誓約書」という意味では、間違いではないのだろう。

 本文を、まず冒頭から引用する。
見よぼくら一銭五厘の旗

美しい夜であった
もう 二度と 誰も あんな夜に会う
ことは ないのではないか
空は よくみがいたガラスのように
透きとおっていた
空気は なにかが焼けているような
香ばしいにおいがしていた
どの家も どの建物も
つけられるだけの電灯をつけていた
それが 焼け跡をとおして
一面にちりばめられていた
昭和20年8月15日
あの夜
もう空襲はなかった
もう戦争は すんだ
まるで うそみたいだった
なんだか ばかみたいだった
へらへらとわらうと 涙がでてきた

どの夜も 着のみ着のままで眠った
枕許には 靴と 雑のうと 防空頭巾を
並べておいた
靴は 底がへって 雨がふると水がしみ
こんだが ほかに靴はなかった
雑のうの中には すこしのいり豆と
三角巾とヨードチンキが入っていた
夜が明けると 靴をはいて 雑のうを
肩からかけて 出かけた
そのうち 電車も汽車も 動かなくなっ

何時間も歩いて 職場へいった
そして また何時間も歩いて
家に帰ってきた
家に近づくと くじびきのくじをひらく
ときのように すこし心がさわいだ
召集令状が 来ている
でなければ
その夜 家が空襲で焼ける
どちらでもなく また夜が明けると
また何時間も歩いて 職場へいった
死ぬような気はしなかった
しかし いつまで生きるのか
見当はつかなかった
確実に夜が明け 確実に日が沈んだ
じぶんの生涯のなかで いつか
戦争が終るかもしれない などとは
夢にも考えなかった

その戦争が すんだ
戦争がない ということは
それは ほんのちょっとしたことだった
たとえば 夜になると 電灯のスイッチ
をひねる ということだった
たとえば ねるときには ねまきに着か
えて眠るということだった
生きるということは 生きて暮すという
ことは そんなことだったのだ
戦争には敗けた しかし
戦争のないことは すばらしかった
 
軍隊というところは ものごとを
おそろしく はっきりさせるところだ
星一つの二等兵のころ 教育掛りの軍曹
が 突如として どなった
貴様らの代りは 一銭五厘で来る
軍馬は そうはいかんぞ
聞いたとたん あっ気にとられた
しばらくして むらむらと腹が立った
そのころ 葉書は一銭五厘だった
兵隊は 一銭五厘の葉書で いくらでも
召集できる という意味だった
(じっさいには一銭五厘もかからなか
ったが……)
しかし いくら腹が立っても どうする
こともできなかった
そうか ぼくらは一銭五厘か
そうだったのか
〈草莽そうもうの臣〉
〈陛下の赤子せきし〉
〈醜しこの御楯みたて〉
つまりは
〈一銭五厘〉
ということだったのか
そういえば どなっている軍曹も 一銭
五厘なのだ 一銭五厘が 一銭五厘を
どなったり なぐったりしている
もちろん この一銭五厘は この軍曹の
発明ではない
軍隊というところは 北海道の部隊も
鹿児島の部隊も おなじ冗談を おなじ
アクセントで 言い合っているところだ
星二つの一等兵になって前線へ送りださ
れたら 着いたその日に 聞かされたの
が きさまら一銭五厘 だった
陸軍病院へ入ったら こんどは各国おく
になまりの一銭五厘を聞かされた


 「とと姉ちゃん」には、この「一銭五厘」のことは、一切登場しない。

 実際には存在しなかった、安かろう悪かろうという製品を作っていた電気メーカーとの戦いは描かれた。
 
 しかし、花森安治が戦ってきた相手は、違うのである。

 この文章の中盤には、公害問題に対する花森の強い思いが綴られている。
 
 なぜ、政府が自動車を規制しないのか、なども書かれている。
 ぜひ、全文を読んでいただきたい。

 後半から最後の部分を、引用したい。

さて ぼくらは もう一度
倉庫や 物置きや 机の引出しの隅から
おしまげられたり ねじれたりして
錆びついている〈民主々義〉を 探しだ
してきて 錆びをおとし 部品を集め
しっかり 組みたてる
民主々義の〈民〉は 庶民の民だ
ぼくらの暮しを なによりも第一にする
ということだ
ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつ
かったら 企業を倒す ということだ
ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつ
かったら 政府を倒す ということだ
それが ほんとうの〈民主々義〉だ
政府が 本当であろうとなかろうと
今度また ぼくらが うじゃじゃけて
見ているだけだったら
七十年代も また〈幻覚の時代〉になっ
てしまう
そうなったら 今度はもう おしまいだ

今度は どんなことがあっても
ぼくらは言う
困まることを はっきり言う
人間が 集まって暮すための ぎりぎり
の限界というものがある
ぼくらは 最近それを越えてしまった
それは テレビができた頃からか
新幹線が できた頃からか
電車をやめて 歩道橋をつけた頃からか
とにかく 限界をこえてしまった
ひとまず その限界まで戻ろう
戻らなければ 人間全体が おしまいだ
企業よ そんなにゼニをもうけて
どうしようというのだ
なんのために 生きているのだ

今度こそ ぼくらは言う
困まることを 困まるとはっきり言う
葉書だ 七円だ
ぼくらの代りは 一銭五厘のハガキで
来るのだそうだ
よろしい 一銭五厘が今は七円だ
七円のハガキに 困まることをはっきり
書いて出す 何通でも じぶんの言葉で
はっきり書く
お仕着せの言葉を 口うつしにくり返し
て ゾロゾロ歩くのは もうけっこう
ぼくらは 下手でも まずい字でも
じぶんの言葉で 困まります やめて下
さい とはっきり書く
七円のハガキに 何通でも書く

ぽくらは ぼくらの旗を立てる
ぼくらの旗は 借りてきた旗ではない
ぼくらの旗のいろは
赤ではない 黒ではない もちろん
白ではない 黄でも緑でも青でもない
ぼくらの旗は こじき旗だ
ぼろ布端布はぎれをつなぎ合せた 暮しの旗だ
ぼくらは 家ごとに その旗を 物干し
台や屋根に立てる
見よ
世界ではじめての ぼくら庶民の旗だ
ぼくら こんどは後あとへひかない
(8号・第2世紀 昭和45年10月)


 前回の「噺の話」の記事で引用したが、「とと姉ちゃん」のプロデューサーが、素顔の花森安治のことを描くにあたっての「ハードル」があると発言している。

 それは、たとえば、引用した次のような言葉に象徴されているだろう。

 ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつ
 かったら 企業を倒す ということだ
 ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつ
 かったら 政府を倒す ということだ
 それが ほんとうの〈民主々義〉だ


 「企業を倒す」も「政府を倒す」も、あくまで「ぼくらの暮し」とぶつかったら、という条件だ。
 そして、公害や粗悪な製品開発などは、花森にとっては「ぼくらの暮し」とぶつかることなのである。
 「ぼくら」という立ち位置を描くために、プロデューサーは、なんとかその“ハードル”を乗り越える努力をしたのだろうか。
 もっと言えば、プロデューサーの立ち位置は、果たして「ぼくら」の側にあったのか。

 「企業批判」は、民放では難しいかもしれない。
 しかし、広告のないNHKは、もっと花森安治の真実に迫ることができたのではなかろうか。
 「暮しの手帖」が広告を掲載しないからこそできた、「ぼくらの暮し」を守る活動を、なぜ、広告収入に依存しないNHKは、同じように、「ぼくら」の立場で描かないのか。

 それは、了見の違い、なのだと思うし、経営管理層の問題なのだろう。

 「とと姉ちゃん」では割愛(?)された花森安治という一人のジャーナリストの真の姿は、あの番組が終わるからこそ、もっと振り返られて良いように思う。

 
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# by koubeinokogoto | 2016-09-26 22:47 | 戦争反対 | Comments(0)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛