幸兵衛の小言

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原子力資料情報室が厚生労働省に提出している要望の中に、福島の事故後に変更された、放射線業務従事者の緊急業務における放射線許容量の上限値250ミリシーベルトを、元の100ミリシーベルトに戻すことが含まれている。
 この250mSvがどれほどとんでもない値であるかについて、高木仁三郎著『科学は変わる-巨大科学への批判-』(1979年に東洋経済新報社の東経選書として発行され、その後1987年に社会思想社から現代教養文庫として発行。残念ながら現在は古書店で入手するしかない)の中で紹介されているマンクーゾたちの地道で貴重な調査結果を、少し長くなるが紹介したい。
 政府や東電、原子力安全・保安院の口癖である、「ただちには健康に影響はない」という言葉は、「将来的には、健康に影響があるかもしれない・・・・・・」という意味であることが明らかになっている。

“放射線許容量”の根拠は何なのか? その答えは、ブログ後半部分に赤字で示してみた。

 ピッツバーグ大学のマンクーゾは、イギリスのニール、スチュアートと共同で、原子力施設で働いた人々の放射線被爆とガン死者との関係を解析しました。
 対象となったのは、1944年~77年という長期間の間に、アメリカの原爆計画以来の原子力センターであるハンフォード原子力施設で働いた労働者のうち、死亡などの記録がはっきりしている2万9318人でした。このうち、死因が明らかな死者の総数は、4033人(17%)で、ガンによると認定されたものは、832人(3.5%)です。
 この、時間的にも長期にわたり、年齢、性別、被爆総量、勤続年数など多様な集団の膨大な記録をたんねんに整理して、ようやく因果関係が見え出すまでに、マンクーゾは10年を費やしています。しかし、その努力の結果、少なくともガン死者のうち、6~7%の人は放射線被爆の結果ガンにかかって死亡したという結論に達しました。それは、低線量の放射線被爆とガン発生の結果を、実証的に裏付けた初めての結果といってよいのです。
 マンクーゾらの結果は、比較的最近に発表されたもので、まだあまりわが国では紹介されていないうえに、原子力推進者たちによって、その結果を検討・評価することさえ無視されている傾向があるので、ここでやや詳しく紹介してみましょう。
 マンクーゾは、まずガン以外の死者の間に放射線被爆量に差があるかどうかを調べました。その結果を表3-1に示します。ここで注意しておきたいことは、ここにいう被爆総量とは、体外の放射線から被爆を受けた場合の、いわゆる外部放射線被爆線量のことで、主に問題となるのはガンマ線と高エネルギーのベータ線です。プルトニウムの場合のように、体内に入ったアルファ線の効果は、ここでは把握されていません。

表3-1 死者と被爆線量
--------------------------------------------
性別  死  因   死者数   一人当たりの線量
                   (蓄積線量の平均値)
--------------------------------------------
男   ガン       743人      2.03ラド
    ガン以外   2,999        1.57
女   ガン        89        0.89
    ガン以外    202        0.50
--------------------------------------------
合計  ガン       832      1.90
    ガン以外    3,201      1.50
    全ての死因  4,033      1.59
--------------------------------------------

 さて、表をみてわかるように、ガン死者の平均の被爆総量は、ガン以外の死因による死者の平均総量を上回っており、その間には統計的に有意の差があります。この表では放射線量は、ラドという単位を用いて表されていますが、一般には、放射線被爆を問題にする場合、放射線の生物学的効果も考慮に入れて、レムという単位を用います。ガンマ線やベータ線を問題にするこの例のような場合、ラドとレムは同じ数値になると考えて差し支えありません。単位の問題に深入りしませんが、現在、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいて、各国が採用している「許容量」は、全身に対して3カ月当り3レムです。また、長期にわたる放射線被爆の蓄積線量に関しては、18歳をゼロとして、その後は一年当り5レムまでが許されています。これを数式を用いて表せば、
   許容蓄積線量=5(n-18) (レム)
 ということになります(nは人の年齢)。
 もっとも、これらが適用されるのは、職業的に放射線作業に従事する人で、一般の公衆の「許容限度」は、年間0.5レム、と職業人の場合の10分の1になっています。
 マンクーゾの結果は、このような許容量よりはるかに低線量の領域で、放射線がガンを誘発することを示唆しています。このことをわかりやすく理解するには、倍加線量という概念を用いると便利です。倍加線量とは、ガンの自然発生率を、倍にしてしまうだけの効果を持つ放射線量のことです。
 マンクーゾたちが、その解析の結果にもとづいて、推定したガンの倍加線量の値を表3-2に示してあります。

表3-2 倍加線量の推定値
-----------------------------------------
性別  ガンの種類        倍加線量
-----------------------------------------
男  骨髄性(白血病を含む)    3.6ラド
    肺                 13.7
   すい臓・胃・大腸         15.6
   高感受性ガンの全体      13.9
   全てのガン            33.7
------------------------------------------
女  全てのガン             8.7
------------------------------------------

 白血病など、骨髄性のガンをはじめ、マンクーゾたちの推定は、「許容量」に比べて、倍加線量の値が非常に小さいことを示しています。すべてのガンを総合しても、倍加線量の値は約34ラドと推定されています。わが国の統計をみると、すべてのガン(悪性新生物)を総合した場合、その自然発生率は、人口10万人に対しておよそ120人程度です。倍加線量が34ラドということの意味は、ある人口集団が、たとえば「許容量」の5レムずつ毎年放射線被爆を受けると、七年後には、ガンの発生率が人口10万人に対して240人ほどになるということです。
 これまで人体に対する放射線の効果を直接的に推定する根拠としては、広島や長崎における原爆被爆の経験が用いられて来ました。そこから、倍加線量としては、100ラドないしそれ以上という値が想定され、この値は現在の「許容量」の設定にも大きな影響を与えています。マンクーゾたちの結果は、今後、このような推定が大幅に書き換えられなければならないことを示唆しているわけです。
 マンクーゾたちの研究は、今後さらに精密化されるべきものですし、細かい数値にわたって、断定的なことを言うべき段階でもないと思われます。しかし、彼らの研究が意味するところは大きいのです。



 ガンマ線とベータ線に関しては、ラド≒レム、と本書でも説明されていた。以前に書いたように、1シーベルトは100レムなので、文中にある34ラドは、34ラド≒34レム=0.34シーベルト=340ミリシーベルト、となる。

 緊急作業に関し引き上げられた年間許容限度250ミリシーベルトという値は、たった2年の合計500ミリシーベルトが、マンクーゾたちの調査で示された、全てのガンの倍加線量340ミリシーベルトをはるかに越えることを意味する・・・・・・。

 高木さんは「マンクーゾ報告」を紹介した後で、次のように指摘している。

「許容量」の設定は、それがどんなレベルのものであれ、放射線の危険性をどのレベルに抑えることが望ましいか、という政治的な判断にかかわっています。それが、専門家による「科学的」な判断として、大衆的なチェックを受けずにまかり通っていることに、大きな問題があります。「大衆が、科学にかかわった問題を判断するだけの素地がない」というのが、専門家による判断がまかり通る根拠になっているわけですが、そのこと自身、今日の科学のあり方が、大衆的な意思統一を前提としないことからくる歪みを表わしてもいます。


 福島の現場での作業は、非常に重要であるのは間違いがない。しかし、いきなり“政治的な判断”で、マンクーゾたちの実証的な調査で指摘されている倍加線量に近い値を、「緊急」の名の元に、我々と同じ人間である現場の労働者の方に強いる権利は、誰にもない。

 こうなったら、現場の作業は一人当たりの線量を抑えた人海戦術しかないのだ。それは、堀江邦夫さんの『原発ジプシー』でも十分に分かることである。少なくとも、100ミリシーベルトという従来の設定に戻し、足らない人員をなんとか確保しないことには、放射線を浴び続けている一人一人の現場の人たちに申し訳ないではないか。彼らは、文字通り、“命を削っている”のだ。
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# by koubeinokogoto | 2011-04-08 14:51 | 原発はいらない | Comments(0)
原子力資料情報室が、厚生労働省に提出した要望書について、広く賛同署名を呼びかけている。署名を行えるページのURLは下記。
原子力資料情報室の署名呼びかけサイト

 実際の要望事項は以下の内容。原子力資料情報室サイトの署名呼びかけページ

(2011年)3月28日厚生労働省との交渉を踏まえた要望書

内閣総理大臣 菅 直人 様
厚生労働大臣 細川律夫 様


 3月28日の質疑の総括として、次の事項を要望します。

1.20~30km範囲の「積極的自主避難」は無責任。直ちに避難指示を出すこと。
  線量に応じて避難範囲を拡大すること。

2.今回の事故によって住民に晩発的に現れる生命・健康への影響を明らかにするため、外部被ばく、大気中のヨウ素などの吸入による内部被ばく及び食品・飲料水からの被ばくの全体について、集団被ばく線量を随時計算して公表すること。

3.放射線作業者への基準値引き上げ(250mSv)を撤回すること。

4.モニタリング調査を拡大し公表すること。特に、
 ・各地の土壌汚染について、1平方メートル当たり何ベクレルかを測定し公表すること。
 ・甲状腺の内部被ばく線量を測定し公表すること。測定条件を明らかにすること。

5.直ちに住民の被ばく・健康調査を実施し、長期にわたって健康管理を行なうこと。

6.食品の暫定規制値を緩和しないこと。現行の暫定規制値でも住民に大量の被ばくを強要するものだ。

7.農業・酪農従事者への被害補償、移転補償を行なうこと。

8.全体的に、公衆の線量限度である年1ミリシーベルトを厳守し、それを満たすような措置をとること。

2011年3月28日

  厚生労働省との交渉参加者一同


 まったく妥当な要望だと思う、私はさっそく署名した。ご同意いただける方の署名と、この呼びかけの“輪”が広がることを期待しています。
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# by koubeinokogoto | 2011-04-08 11:04 | 原発はいらない | Comments(2)
また、堀江邦夫著『原発ジプシー』からの引用。堀江さんが最後に体験した敦賀原発の作業の日々で目にした新聞記事から。1979年4月5日の記録である。スリーマイル事故のすぐ後の時期である。

 帰りのマイクロ・バスのなかで、スリーマイル原発事故のことが話題にのぼった。事故以来、はじめて耳にするものだった。とはいっても、ふた言、三言、原子炉内にたまっていた水素のアワが減少したので爆発の心配はなくなったらしい。ミルクから放射能が検出されたようだというという内容だった。
 それまで黙って皆の話を聞いていた大谷さんが、最後に、ポツリとこう言った。
「しかし、この事故で、あっち(アメリカ)の労働者は、ずいぶん放射能を喰ったろうなあ・・・・・・」

 住民の避難で、カーター大統領が事故現場を視察したことについては、新聞やテレビが連日、報道していた。しかし、太谷さんの話していた原発労働者の被ばくについては、私の知るかぎりまったく報じられていなかった。
 しかしまさか労働者や技術者までもが住民と一緒に避難したわけではないだろう。むしろ彼らは、重大事故回避と懸命に取り組んでいたはずだ。当然、被ばくもしただろう。「ずいぶん放射能も喰ったろうなあ」−大谷さんのこのひとことには、どこの国の原発労働者も、陽の当たらぬところに置かれているのだなあという、そんな響きを含んでいたように私には思えた。
 
 昨日(四日)付けの新聞から−
 「だからといって、何もがっくりすることはない。むしろ、これ(アメリカの原発事故)を、日本ではどんな小さな事故も起こさないために、よい機会にしなければいかん。ああいう事故がないと進歩はないよ」(土光敏夫経団連会長談。『朝日新聞』)
 「①日本の原発は炉型、機械、捜査員などの面から米国のような事故が発生する恐れはない、と信じている。②安全性には念を入れるが、運転して点検するより、運転しながら点検するほうが有効だ。(略)④国民には安全対策が十分おこなわれていることを十分知ってもらい、理解を求めるよう努力する」(平岩外四電気連合会会長談。『朝日新聞』)


 原発が、当時は信頼すべきと思われた財界のリーダーも推奨する国の施策であったことが、よく分かる。そして、約30年前、多くの国民がそれを疑うことはなかった。土光さんが指摘したように、反面教師としてスリーマイルを徹底的に検証して、その結果として原発の存在自体の是非を議論するまでに世論が高まらなかったことが、一人の国民として残念でならない。

 しかし、今から新たな歴史をつくらないわけにはいかないだろう。過去の歴史に「If」はタブーても、これからの未来に強い意志での「Will」は必要なはずだ。
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# by koubeinokogoto | 2011-04-07 21:56 | 原発はいらない | Comments(0)
未だに嘘をつき続ける東電の姿勢に、まったくあきれ返る。プルトニウムがあらためて検出されているのに、「健康に影響はない」というのは、何を根拠に言っている言葉なのか・・・・・・。
時事ドットコムの該当ページ

プルトニウム、再び検出=福島第1原発の敷地内−東電 
東京電力は6日、福島第1原発の敷地内4カ所で3月25、28両日に採取した土壌から、微量のプルトニウム238と同239、同240を検出したと発表した。敷地内では同21、22日に別の場所で採取した土壌からもプルトニウムが見つかっている。
 今回調査したのは、前回と同じ1号機の西北西約500メートルのグラウンドを含む5カ所。同グラウンドでの検出量に大きな変化はないという。
 いずれの濃度も、過去に海外で行われた大気圏内核実験で日本各地に降ったプルトニウムと同レベルで、東電は「健康に影響はない」としている。各プルトニウムの比率から、一部は今回の事故に由来する可能性があるという。(2011/04/06-21:33)



 もっとも可能性がある発生源は、東電が約25%(これもアテにはならないが)崩壊(≒溶融)と推定している3号機。MOX燃料という、ウランだけではなくプルトニウムそのものも燃料として核分裂させる原子炉だから。いわゆる、プルサーマルである。この件は別途書きたい。しかし、プルトニウムを含めどんどん放射性物質を作り出している他の原子炉である可能性もあるが、その“犯人探し”は、今になってはそれほど意味がないかもしれない。間違いなく1~3号機全てが炉心溶融(メルトダウン)したことによるものであろう。そして、その結果検出されたプルトニウムが、もし体内被曝した場合のことを考えると、とても「健康に影響はない」とはいえないはずだ。

 いろいろな仕事がある中で、時間や給与、成果などが業務時間を規定するのではなく、アラーム・メーターが“パンク”したりする、「被爆」した放射線の量で決められるという唯一の職場が、原発の現場である。すでに、現場での一回の緊急作業での被爆制限値が250ミリシーベルトに引き上げられている。これは紹介してきた堀江邦夫さんの著『原発ジプシー』の時代に採用されていた単位レムにすると、25,000ミリレムとなる。どれだけの被爆量かが想像もできない位の異常な事態なのだ。東電も背後の原発推進一派も「ただちには、健康に影響ない」などとはとても言えない、人間性を無視した仕事を、現場の作業員に強いている。
 巨大になり過ぎ、科学での管理の限界を超えた原発の危機を乗り越えるには、結局「人間性」を犠牲にしなければならなかった、という辛い教訓を我々日本人が味わっている。

 こういう「嘘」を未だについている東電、そしてそれを言わせている背後の人達に言う。そこまで言うなら、孫請けやひ孫請けに雇われ、もっとも弱い立場にいる放射線業務従事者ではなく、あなた達が現場で作業をしたらどうだ。「ただちには、健康には影響がない」はずだから!
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# by koubeinokogoto | 2011-04-06 21:59 | 原発はいらない | Comments(0)
今回の放射能汚染水の海への放水は、非常に由々しきことだ。しかし、原発による海水汚染は、こういう非常時の苦肉の策とも言える状況ではなく、いわば平時でもありえることなのが、堀江邦夫さんの『原発ジプシー』からも読み取れる。それも、放射能に限らない複合的な汚染の構図があるのだ。
 1978年11月28日の記録から引用。場所は堀江さんが最初に定期点検(定検)の現場作業を経験した美浜原発(関西電力)である。
 

11月28日(火) 朝方の冷え込みは、実に厳しかった。やっとの思いで床を離れる。
 一号機の「洗濯」作業。このランドリーは、1・2号機で共用している。作業内容は3号機とまったく同じ。気になったことが一つ。洗濯の際、「毒性」が問題になっている合成洗剤を大量に使用していることだ。洗濯機の横には、合成洗剤が入ったダンボール箱(20キロ入り)が山積みされている。仲間の話だと、一ヶ月に3~4箱は消化するという。これには3号機の分は含まれていない。1~3号機で月に6箱とすると、一ヶ月で実に120キロもの合成洗剤を使っていることになる。
 では、この洗濯排水は、どのように処理されているのか。
<液状のもので、洗濯廃液などの放射能レベルにきわめて低いものは、放射能を測定して安全を確かめた後、冷却海水でうすめてから海へ排出されます。>(『原子力発電』通産省編集)
 たぶん美浜原発でも、これと同様の処理を行っているはずだ。洗濯廃液は、「安全を確かめて」から海に排出しているという。が、ここでの「安全」とは、放射能に関してのみで、合成洗剤の「毒性」は、まったく無視されている。取水管等の塗布している貝の付着防止剤についても同様だ。—原発は、放射性物質(75年、敦賀原発周辺のサザエなどから、天然には存在しないヨウ素131やコナルト60が検出)や合成洗剤などを環境に放出することで、自然体系を確実に破壊しているのだ。


 約30年前のことであるから、もしかすると現在では「毒性」のある洗剤は使用されていないかもしれない。また、貝の付着防止剤も“環境にやさしい”ものが使わているのかもしれない。しかし、少なくとも堀江さんが現場で確認した状況が続いていた間は、原発は放射能で汚染された排水を海に放出するだけでなく、合成洗剤などの廃液も含めて、確実に海を汚染してきたわけだ。そして、調べれば調べるほど、未だに平時においても、環境を破壊し続けていると考えたほうがよさそうな材料を目にする。

 一気に低汚染水(?)が放出された、というニュースに着目するだけでなく、原発が恒常的に自然破壊をしているか否という観点から、子供達の未来、そして日本という国の存亡を左右する将来のエネルギー問題を見直さなければならないと思う。
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# by koubeinokogoto | 2011-04-06 17:28 | 原発はいらない | Comments(0)
原発の現場作業員(放射線業務従事者)について、よく話題になるのが、危険な仕事は東電社員はおろか元請け会社でもなく、そのまた下請け、あるいは孫請けや“ひ孫”請けの会社が手配した作業員が行っているということ。
 *実際の作業員を手配する「親方」は別名「人夫出し」と言われて、定期点検の際には、とにかく人手が必要なので、いろんなところから人を集めで、孫請け、ひ孫請け会社と契約する。
 当たり前のことだが、東電は、よほど努力しなければ、「今そこに起っていること」を正確に把握できないし、 もう一つの問題は、現場作業員には作業レベルの情報しか与えられていない。だから、ごくごく局所的に自分達が見て体験した現象が全体の原発の構造においてどのような影響を与えるかは、より広く全体を把握する者によって判断されなければならない。情報量が圧倒的に違うのだ。もっと言えば、本当のことを知ったら、現場での作業など出来ないだろう、と思う。
 
 そういう原発の“現場”のことを知るための『原発ジプシー』という本は、フリーライターの堀江邦夫さんが、30歳の頃、自ら美浜(関電)、福島第一(東電)、そして敦賀原発(原電)の定期点検での現場作業員を体験して書かれたノンフィクション。ほぼ30年前のこととはいえ、本質的には変わっていないであろう原発の現場の作業の実態が伝わってくる。
 1979年に現代書館から単行本、1984年に講談社文庫から発行。しかし、重版されていないので古書店でしか入手できない状況だったが、現代書館から新装改訂版が発行されるようだ。堀江邦夫『新装改訂版 原発ジプシー』とにかく原発関係の本は何らかの意図的な背景があるかのように入手できにくい状況にあるので、この再販は朗報。岩波書店が高木仁三郎さんの著作を重版するのも時間の問題だろう、と期待する。

 1978年12月27日(水)の内容を、長くなるが引用したい。場所は福島第一。見出しは、「放射線が私を取り囲んでいる」だ。
 

12月27日(水) 晴れ。ようやく“指名”がかかった。「RWP」(注1)の登録手続きが完了したらしい。ボーシン(この会社では「作業責任者」をこう呼んでいる)の佐藤さん(62、63歳)から作業説明。
「今日の仕事は、一号炉のクリンアップ室にある調整弁の組み込みです。線量の高い所だから注意して。マスクは全面(マスク)を着用してください」
 それまでニヤニヤしながら佐藤さんの話を聞いていた者たちは、「線量の高い・・・・・・」のくだりで、急に真剣になった。
 メンバーは、五人。うち四人までが、きのうまで私と一緒に事務所待機をしていた“フレッシュ・マン”。私以外は、みな二十歳前後の地元青年。ただ一人の“古株”の大竹さん(22、3歳)も地元の人間だ。
「それじゃあ、いまからバスに乗り、一号機のマシン・ショップ前に集合しよう。・・・・・・なにか質問は?」
 一番前に立っていた“フレッシュ・マン”の一人が、そのとき「ハイッ」と手を挙げた。まだ学生気分が抜け切れていないようだ。これには、ボーシンも思わず苦笑。
「あの・・・・・・、なにか持っていくものとか、用意するものは・・・・・・」
「別にないよ。体ひとつで十分。あっと、『従事者パス』やフィルム・バッジだけは忘れんといてや」
(中略)
 バリアの手前でヘルメット・黄ぐつ・通過衣を脱ぐ。全面マスクをつける。備えつけのヘルメットをかぶり、赤いゴム長をはく。
「さあ、行こう」と、ボーシンが手で合図してきた。
 パイプや各種の機械装置が“群棲”する林のなかを、わずかな隙間を探しながら前進。跨ぎ、潜り、飛び越す・・・・・・。その途中で一度、ゴム長をはき替える。右手にコンクリート壁で囲まれた四畳半ほどの部屋。その前を左折すると細長いスペースに出た。ここにはもうパイプ類の姿はなく、床も平坦だ。このスペースのなかほどまで進んだとき、ボーシンが「止まれ!」と合図した。
 片側のコンクリート壁は床と垂直だが、もう一方は、私たちの方にせり出す格好で、緩い曲線を描いている。たしか沸騰水型(BWR)の原子炉圧力容器は、フラスコ形をしていた。私たちはたぶん、フラスコの下部の丸味を帯びたあたりに立っているのだろう。稼働中には、目の前にそびえるこの壁の内側で、燃料棒が燃え、同時に大量の放射性物質が誕生するのだ。私たちは、放射性汚染の発生源とむかい合っていることになる。
 薄い鉄板でつくった背丈ほどの道具箱が設置されている。ボーシンはその前にビニール・シートを敷くと、工具類を並べはじめた。
 しばらくするとボーシンは、彼のうしろに立って指示を待っている私たちを見まわすと、全面マスクのかぶり方を教えてくれた大竹さんと私の二人を指さし、「一緒に来い」と合図を送ってきた。
 彼のあとについて、ここに来る途中に目にした、狭い部屋に入る。
 ガランとした室内。隅の床の上には長さ1メートル弱ほどのバルブが一本横たわっている。三人でこのバルブを持ち上げ、壁に付設されたバルブ本体に接続。重い。思うようにボルトと穴が合わない。セット完了。ボーシンは私たちの手を引っ張ると、アゴで「早く外に出ろ」と合図。どうやらこの部屋が高線量エリアらしい。
 私たちが皆のところへ戻ると、ボーシンは工具を手に、待機中の一人を連れて再び部屋に入っていった。すぐにボーシンだけが帰ってきた。
 6、7分後、突然、「ビィーッ」という重い連続音。50ミリレムにセットしたアラーム・メーターが“パンク”したのだ。ボーシンは走る。アラームとともに二人が戻ってきた。放管はアラームを“パンク”させた青年の胸元をはだけ、ポケット線量計を取り出す。天井の蛍光燈に向けてのぞきこむ。初めて耳にするアラーム・メーターの音が、不安を増大し、神経をいらだたせる。不快な音だ。
 放管gはポケット線量計の読みを指でボーシンに伝える。5と1—51ミリレムだ。その青年にバリアの所で待機するように指示したあと、ボーシンは、別の青年とバルブも部屋にむかう。2、3分もすると、その青年は戻ってきた。今度はアラームは鳴らなかった。
 つぎに指名されたのは、私だった。直系1センチほどのパッキングを10枚手渡される。ボーシンのあとから部屋に入る。彼はパッキングの取り付け箇所を指示すると、すぐに行ってしまった。
 コンクリートの壁に囲まれた殺風景な部屋に、私一人だ。放射線が私を取り囲んでいる。五感では感じられないが、間違いなくそれは私の肉体に突き刺さっているのだ。心臓の鼓動が早まる。パッキングを持つ手が震える。バルブ中央の丸い窪みに両手の親指で一枚ずつ押しこむ。八枚目まではスムースだった。あとの二枚が思うように入らない。<早く出なければ!>と焦る。手の震えが止まらない。よけい焦る。額の汗が目に流れ込む。<もう出よう>、<いや、もう少しだ>、<出よう>・・・・・・。九枚目がようやく入った。あと一枚。しかし、無意識のうちに、足は出口にむかって走り出していた。10分以上も作業したような気がしたが、実際にはわずか2、3分でしかなかった。
 二人の青年が入っていった。5、6分後、たて続けに2台のアラームが鳴り出す。
 これで残ったのは、ボーシンと私、大竹さんのわずか三名だ。ボーシンは少々あせり出した。私たち二人に作業方法を説明しようとするが、全面マスクをつけているため声が外に漏れず、聞きとりにくい。思いあまった彼は、マスクを脱いでしまった。
 横に立っていた放管があわてて、「マスクをつけろ!」とジェスチャーで示す。だがボーシンは「ちょっと待っててよ!」と、マスクをかぶろうとせず、説明を続ける。放管はあきらめたのか、黙りこんでしまった。
 このころになると、両こめかみあたりに、万力でグイグイ締めつけられているような激しい痛みを感じ始めていた。新鮮な空気が欠乏し始めたからか。それともメガネをはずしているため、視神経に余分な負担がかかったからか。痛い。耐え切れず、中腰になった。
 またアラームの音が聞こえてきた。
 とうとう、私とボーシンの二人になってしまった。ボーシン一人で作業を続ける。アラームが鳴り出す。彼は戻ってくると、放管(注2)に「もう少しだけ作業を続けさせてくれ」と頼み込んだ。
 了解が出る。私とボーシンが入る。直径10センチほどのボルト(?)を大型のパイレンで締める。頭痛が激しさを増してきた。早く全面マスクをはぎ取ってしまいたい、新鮮な空気を肺のなか一杯に詰めこみたい、そのことしか頭になかった。放射能を恐ろしいと思うだけの精神的ゆとりは、すでに喪失していた。むしろ、一刻も早くアラームを鳴らしてこの場から逃れたいとさえ思った。—終わった。
(中略)
 シャワーを浴びたかったが、入口に「シャワーは水です」の張紙。断念する。チェック・ポイントでポケット線量計を読む。45ミリレム。もう少しで“パンク”だった。


 (注1)RWP:「放射線作業許可証」のこと。(注2)放管:放射線の量をチェックする人のこと。

 レムは、シーベルトが採用される前の単位。1ミリシーベルト=100ミリレムであるから、堀江さんの、あくまでこの日の作業による線量45ミリレムは、0.45ミリシーベルト。しかし、ボーシンの佐藤さんは50ミリレムを越えても作業していた・・・・・。ボーシンが高い放射線量の危険区域で作業指示をしたらすぐその場から出て行くのは、彼自身のアラーム・メーターが“パンク”するのを抑えるためであり、決して“冷たい”のではない。放射線量が多い区域での作業は、人海戦術が必須なのである。

 放射線量だけの問題ではなく、その仕事がどれだけ精神的にもきついか、ということが本書を読むことで分かる。そして、こういった細分化された仕事を進める上で、何か事故が発生した場合は、いろいろな構造的な“距離”の問題が、早期に解決するための障壁になることが、この本を読んで理解できる。
(1)電力会社から実作業者までの中間業者の多さによる組織間の距離
(2)原発システム全体を把握する者と実作業者との、情報面の距離
(3)電力会社と実作業者との、感情面での距離
(4)電力会社と実作業者との危機意識(恐怖感)の距離

 これらの距離(≒ギャップ)を作り出す元凶は、人間が制御する限度を越えた危険で巨大過ぎるシステムである。

 この後、堀江さんは事故で怪我をするのだが、請負会社による「事故隠し」の実態なども恐ろしいものがある。「○○○○日間、事故ゼロ」などいう標語が、どれだけ虚構にまみれているかなども、暴かれる。今に続く原発関連組織の隠蔽体質の歴史は長く、根は深い。
 
 今回は、最初に堀江さんが味わった放射線の恐怖感を少しでも感じてもらえそうな部分を引用した。今後もテーマを絞って、この本から現場の仕事の危険性や管理体制の問題などを指摘していくつもりである。「ただちには人体に影響がない」などという言葉の欺瞞と空虚さがよく分かる、原発の実態を自らの体を張って描いた凄い本である。
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# by koubeinokogoto | 2011-04-05 18:17 | 原発はいらない | Comments(3)
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高木仁三郎著『プルトニウムの恐怖』

 未だに報道規制があるようで、なかなかメディアに出てこない言葉をあえて使う。福島原発で何が起こったのかを知っておくために、高木仁三郎著『プルトニウムの恐怖』の「第2章 原子力発電」から、“メルトダウン”の解説部分を引用。
 原子力発電所の大規模な事故は、おそらくわれわれの想像を超えた被害をもたらしうるし、そんな事故は世界のどこかで一度でも起こってはならないものだ、ということに注目しておこう。
 さて、そんな事故はいったいどんな経過で起こりうるのだろか。最も典型的な事故経過として考えられているのが、原子炉の空焚き事故である。原子炉では水がきわめて重要な役割を演じていることはすでに述べたが、一次冷却水系の配管などに破談が生じ、一次冷却水が失われると、原子炉のお釜(圧力容器)は空焚きの状態になる。このような事故は、冷却材喪失事故と呼ばれている。
 このような状態が発生したときには、検出器が異常を察知して一般的には、制御棒が自動的に挿入されて核分裂の連鎖反応を止めることができる(それも不可能となる場合もありうる)。しかし、ここにひとつの本質的な困難がある。核分裂は止まっても、なお燃料棒の中にはぼう大な量の放射線物質が内蔵されているため、その発生する熱(崩壊熱と呼ぶ)によって、炉心の発熱は続くのである。いわば、高速で走る自動車に急ブレーキをかけても、なお多くの距離を走り続けるようなものだ。崩壊熱による発熱は、原子炉出力の二割にも達し、それはきわめてゆっくりとしか減衰しない。
 この熱によって、原子炉内に残っていた水は水蒸気となって破談口から噴き出し、空焚きはさらに進行する。と同時に、燃料棒は冷却水を失って崩壊熱による温度上昇を始め、被覆管のジルコニウムは蒸気と反応して酸化する。この反応は水素を発生させ(水-ジルコニウム反応)、反応熱はさらに温度上昇をうながす。こうして事故発生数分-数十分後には、炉心燃料は融け始め、ついには融けた燃料は原子炉の底に向かって崩れ落ちるという決定的な瞬間がやってくる。これがメルトダウンである。(スリーマイル島原発事故は、部分的な燃料溶融まで進展し、メルトダウン寸前で食い止められた。)

 今回の事故で起こったであろうことを、これだけ専門用語も含めて分かりやすく説明してくれている本書は、スリーマイル島原発事故の翌々年1981年に岩波新書から発行された。
 しかし、昨日「陳謝」し、この「メルトダウン」による危機を今更ながらに訴えた、過去の原子力委員会や原子力安全委員会の元委員達は、当時この高木さんの指摘を無視したか、「そんな危険はない。原発は安全だ」と反論してきた、ということをあえて記しておく。その「安全」の根拠の一つはECCSの存在なのだが、それについても高木さんは次のように指摘していた。
 このような冷却材喪失事故→メルトダウン→環境への大量放射能漏れといった推移を防ぐものとして、原子力発電所には放射能に対する何重もの守りが施されている、というのが原子力発電の安全性に対する主要な根拠となっている。とくに冷却材喪失を防ぐ決め手として採用されたのが、緊急炉心冷却装置(ECCS)といわれるシステムである。これらは配管の破断などによって一次冷却水が失われたときに、通常の一次冷却水とは別の系統の水をポンプで原子炉系に注いで、空焚きを防ぐための装置である。これはいわば、急場の火消しのような装置であるが、冷却材喪失といった緊急事態にはたしてこの装置がどれだけ有効か、という問題は、70年代初期の原子炉安全論争の最大の争点となったテーマであった。
 その論争に十分な決着がついたとは言いがたいが、それらの守りが決して絶対のものではなく、ほんのちょっとしたことから次々と破られていくことを示したのが、スリーマイル島原発事故であった。


 地震の翌日に、当時の原子力安全・保安院の中村審議官が、「炉心溶融(メルトダウン)の可能性がある」と発言したことを、「国民が不安になる」などという理由で封じ込め、中村審議官を更迭して本当のことを隠蔽し続けた菅政府にとうとう耐え切れず、恥を偲んで「陳謝」し「提言」している、かつて原発を推進擁護してきた70歳台の学者達の勇気を生かそうじゃないか。過去の犯人探しは後にして、今とこれからのために、プライドの高い彼らが子供や孫の見ているテレビで頭と垂れて、今そこにある危機回避のために提言していることを評価しよう。

 福島原発事故に関しては、拡大する被害をどれだけ抑えることができるかに、全世界と日本国内の知恵と力を総動員しなければならないはずだ。日本だけの問題をすでに越えている。地球環境が人工的に作られた放射性物質に侵され続けていると認識しなければならないと思う。
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# by koubeinokogoto | 2011-04-02 08:28 | 原発はいらない | Comments(0)

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by 小言幸兵衛