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幸兵衛の小言

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放射線許容量の根拠は何か? (高木仁三郎著『科学は変わる』より)

原子力資料情報室が厚生労働省に提出している要望の中に、福島の事故後に変更された、放射線業務従事者の緊急業務における放射線許容量の上限値250ミリシーベルトを、元の100ミリシーベルトに戻すことが含まれている。
 この250mSvがどれほどとんでもない値であるかについて、高木仁三郎著『科学は変わる-巨大科学への批判-』(1979年に東洋経済新報社の東経選書として発行され、その後1987年に社会思想社から現代教養文庫として発行。残念ながら現在は古書店で入手するしかない)の中で紹介されているマンクーゾたちの地道で貴重な調査結果を、少し長くなるが紹介したい。
 政府や東電、原子力安全・保安院の口癖である、「ただちには健康に影響はない」という言葉は、「将来的には、健康に影響があるかもしれない・・・・・・」という意味であることが明らかになっている。

“放射線許容量”の根拠は何なのか? その答えは、ブログ後半部分に赤字で示してみた。

 ピッツバーグ大学のマンクーゾは、イギリスのニール、スチュアートと共同で、原子力施設で働いた人々の放射線被爆とガン死者との関係を解析しました。
 対象となったのは、1944年~77年という長期間の間に、アメリカの原爆計画以来の原子力センターであるハンフォード原子力施設で働いた労働者のうち、死亡などの記録がはっきりしている2万9318人でした。このうち、死因が明らかな死者の総数は、4033人(17%)で、ガンによると認定されたものは、832人(3.5%)です。
 この、時間的にも長期にわたり、年齢、性別、被爆総量、勤続年数など多様な集団の膨大な記録をたんねんに整理して、ようやく因果関係が見え出すまでに、マンクーゾは10年を費やしています。しかし、その努力の結果、少なくともガン死者のうち、6~7%の人は放射線被爆の結果ガンにかかって死亡したという結論に達しました。それは、低線量の放射線被爆とガン発生の結果を、実証的に裏付けた初めての結果といってよいのです。
 マンクーゾらの結果は、比較的最近に発表されたもので、まだあまりわが国では紹介されていないうえに、原子力推進者たちによって、その結果を検討・評価することさえ無視されている傾向があるので、ここでやや詳しく紹介してみましょう。
 マンクーゾは、まずガン以外の死者の間に放射線被爆量に差があるかどうかを調べました。その結果を表3-1に示します。ここで注意しておきたいことは、ここにいう被爆総量とは、体外の放射線から被爆を受けた場合の、いわゆる外部放射線被爆線量のことで、主に問題となるのはガンマ線と高エネルギーのベータ線です。プルトニウムの場合のように、体内に入ったアルファ線の効果は、ここでは把握されていません。

表3-1 死者と被爆線量
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性別  死  因   死者数   一人当たりの線量
                   (蓄積線量の平均値)
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男   ガン       743人      2.03ラド
    ガン以外   2,999        1.57
女   ガン        89        0.89
    ガン以外    202        0.50
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合計  ガン       832      1.90
    ガン以外    3,201      1.50
    全ての死因  4,033      1.59
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 さて、表をみてわかるように、ガン死者の平均の被爆総量は、ガン以外の死因による死者の平均総量を上回っており、その間には統計的に有意の差があります。この表では放射線量は、ラドという単位を用いて表されていますが、一般には、放射線被爆を問題にする場合、放射線の生物学的効果も考慮に入れて、レムという単位を用います。ガンマ線やベータ線を問題にするこの例のような場合、ラドとレムは同じ数値になると考えて差し支えありません。単位の問題に深入りしませんが、現在、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいて、各国が採用している「許容量」は、全身に対して3カ月当り3レムです。また、長期にわたる放射線被爆の蓄積線量に関しては、18歳をゼロとして、その後は一年当り5レムまでが許されています。これを数式を用いて表せば、
   許容蓄積線量=5(n-18) (レム)
 ということになります(nは人の年齢)。
 もっとも、これらが適用されるのは、職業的に放射線作業に従事する人で、一般の公衆の「許容限度」は、年間0.5レム、と職業人の場合の10分の1になっています。
 マンクーゾの結果は、このような許容量よりはるかに低線量の領域で、放射線がガンを誘発することを示唆しています。このことをわかりやすく理解するには、倍加線量という概念を用いると便利です。倍加線量とは、ガンの自然発生率を、倍にしてしまうだけの効果を持つ放射線量のことです。
 マンクーゾたちが、その解析の結果にもとづいて、推定したガンの倍加線量の値を表3-2に示してあります。

表3-2 倍加線量の推定値
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性別  ガンの種類        倍加線量
-----------------------------------------
男  骨髄性(白血病を含む)    3.6ラド
    肺                 13.7
   すい臓・胃・大腸         15.6
   高感受性ガンの全体      13.9
   全てのガン            33.7
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女  全てのガン             8.7
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 白血病など、骨髄性のガンをはじめ、マンクーゾたちの推定は、「許容量」に比べて、倍加線量の値が非常に小さいことを示しています。すべてのガンを総合しても、倍加線量の値は約34ラドと推定されています。わが国の統計をみると、すべてのガン(悪性新生物)を総合した場合、その自然発生率は、人口10万人に対しておよそ120人程度です。倍加線量が34ラドということの意味は、ある人口集団が、たとえば「許容量」の5レムずつ毎年放射線被爆を受けると、七年後には、ガンの発生率が人口10万人に対して240人ほどになるということです。
 これまで人体に対する放射線の効果を直接的に推定する根拠としては、広島や長崎における原爆被爆の経験が用いられて来ました。そこから、倍加線量としては、100ラドないしそれ以上という値が想定され、この値は現在の「許容量」の設定にも大きな影響を与えています。マンクーゾたちの結果は、今後、このような推定が大幅に書き換えられなければならないことを示唆しているわけです。
 マンクーゾたちの研究は、今後さらに精密化されるべきものですし、細かい数値にわたって、断定的なことを言うべき段階でもないと思われます。しかし、彼らの研究が意味するところは大きいのです。



 ガンマ線とベータ線に関しては、ラド≒レム、と本書でも説明されていた。以前に書いたように、1シーベルトは100レムなので、文中にある34ラドは、34ラド≒34レム=0.34シーベルト=340ミリシーベルト、となる。

 緊急作業に関し引き上げられた年間許容限度250ミリシーベルトという値は、たった2年の合計500ミリシーベルトが、マンクーゾたちの調査で示された、全てのガンの倍加線量340ミリシーベルトをはるかに越えることを意味する・・・・・・。

 高木さんは「マンクーゾ報告」を紹介した後で、次のように指摘している。

「許容量」の設定は、それがどんなレベルのものであれ、放射線の危険性をどのレベルに抑えることが望ましいか、という政治的な判断にかかわっています。それが、専門家による「科学的」な判断として、大衆的なチェックを受けずにまかり通っていることに、大きな問題があります。「大衆が、科学にかかわった問題を判断するだけの素地がない」というのが、専門家による判断がまかり通る根拠になっているわけですが、そのこと自身、今日の科学のあり方が、大衆的な意思統一を前提としないことからくる歪みを表わしてもいます。


 福島の現場での作業は、非常に重要であるのは間違いがない。しかし、いきなり“政治的な判断”で、マンクーゾたちの実証的な調査で指摘されている倍加線量に近い値を、「緊急」の名の元に、我々と同じ人間である現場の労働者の方に強いる権利は、誰にもない。

 こうなったら、現場の作業は一人当たりの線量を抑えた人海戦術しかないのだ。それは、堀江邦夫さんの『原発ジプシー』でも十分に分かることである。少なくとも、100ミリシーベルトという従来の設定に戻し、足らない人員をなんとか確保しないことには、放射線を浴び続けている一人一人の現場の人たちに申し訳ないではないか。彼らは、文字通り、“命を削っている”のだ。
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by koubeinokogoto | 2011-04-08 14:51 | 原発はいらない | Comments(0)

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