幸兵衛の小言

koubeinoko.exblog.jp
ブログトップ

1998年8月6日の声明(高木仁三郎著『市民科学者として生きる』より)

e0337865_16392538.gif
 高木仁三郎著『市民科学者として生きる』

 広島で式典があったが、13年前、1998年の8月6日付けで、当時の心ある科学者達から発せられた平和を祈る声明は、その後ほとんど無視され、迫害され、そして被爆国日本にフクシマが起こったことを、ある意味で痛切に感じるのが、今日なのかもしれない。
 何度か紹介しているが、高木仁三郎さんが亡くなる前年に著した『市民科学者として生きる』、「終章 希望をつなぐ」から引用する。

 現代科学技術の多くは、人々に便宜を与えるものではあっても、安全や心のやすらぎを保障するものではなく、破壊や不安の源泉であり続けている。核技術はその典型である。私は、この点で現代の科学技術は、徹底的に非武装化されなくてはならないと思っている。この思想は、今後もっと緻密化して提起されるべきこととして、いわば私の宿題として残っているが、その思想の一端は、インド・パキスタンの核実験に際して私も参加して出された科学者の声明(「世界」、1998年9月号)に入っている。この声明は最初私も起草者の一人として中心的役割を担うつもりでいたが、その作業途中で入院することになり、最後は名を連ねるだけの参加者となってしまったものである。


 この後に、「《声明》科学技術の非武装化」が紹介されている。項目名だけ紹介したい。
(1)インド・パキスタン両政府に対して
(2)核保有国五カ国に対して
(3)核抑止論は最終的に破綻した
(4)核文明からの脱却をめざそう
(5)科学技術の非武装化をめざし、国際的な反核市民運動の再生を

そして、次の18人の呼びかけ人の名前が連なっている。 (1998年8月6日当時)
安斎育郎(立命館大学教授。放射線防護学)
池内 了(名古屋大学教授・宇宙物理学)
石橋克彦(神戸大学都市安全研究センター教授・地震学)
梅林宏道(平和資料協同組合副代表・物性物理学)
江澤 洋(学習院大学教授・物理学)
尾池和夫(京都大学教授・地球科学)
可知直毅(東京都立大学助教授・植物生態学)
木村利人(早稲田大学教授・バイオエシックス)
黒田洋一郎(東京都神経科学総合研究所参事研究員・神経生物学)
小出昭一郎(東京大学名誉教授・理論物理学)
小沼通二(武蔵工業大学教授・物理学)
佐々木力(東京大学教授・科学史)
佐藤文隆(京都大学教授・物理学)
高木仁三郎(原子力資料情報室代表・原子核化学)
豊田利幸(名古屋大学名誉教授・物理学)
樋口広芳(東京大学教授・野生動物学)
矢原徹一(九州大学教授・生態学)
米沢富美子(慶応大学教授・理論物理学)

 声明は日本政府にも別途発信されている。

日本政府に対する特別声明  

 私たちは今、深く恥じている。私たちの政府が、ヒロシマ、ナガサキの被爆国として核軍縮を世界に訴えかける一方で、米国の核の傘に入っていることを公然と明らかにし、核兵器の使用禁止を求める国連総会決議を過去三十年間一貫して棄権していることを。また私たちの政府が、核の平和利用の名の下に、核兵器の材料プルトニウムを大量に蓄積し、各国からの批判に誠実に応えようとしないことを。
 核の廃絶を心から願う私たちの声が、説得力のあるものとして世界の人々に受け入れられていくためには、日本政府が真剣に非核を追求し、行動する政策をとらなければばらないと私たちは考える。日本政府は米国の核の傘から出るべきである。いわゆる核の傘が日本を護ると考えるのは幻想である。むしろ危険な淵に立たせるものであることを知らねばならない。核戦略への一切の協力を拒むべきである。日本周辺に非核地帯を拡げ、全世界の非核化に向けて誠実に努力するべきである。私たちはそれを日本政府に要求する。
1998年8月6日


 呼びかけ人には、上記の中から可知直毅を除く17人の名が並んでいる。

 声明にある、「政府が真剣に非核を追求し、行動する政策をとらなければばらない」 という訴えに、今日広島での式典における菅の演説だけでは、まだ実効性のあるものではないことは、ほとんどの国民が分かっている。政府として“真剣”に“行動”するかどうかは、今後にかかっている。
 
 日本は、あの敗戦の後に何をしてきたのか。どうして、大きな歴史的な失敗を生かすことができない馬鹿な国になってしまったのだろうか。

 ヒロシマ、ナガサキを経験した国の将来を憂い13年前に発信されたこの声明には、残念ながら、まったく同じ趣旨で今でも再発信されるだけの価値がある。さて、今の日本の心ある科学者には連帯してこのような行動をする意志はあるのだろうか。正直なところ、個々の動きはあっても、点から線、そして面への展開があるようには思えない。しかし、そのような動きがあるのなら、13年前の声明の冒頭は、次のように修正されるだろう。「ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマという歴史を経験した日本」と。
 
 これ以上のカタカナの歴史を付け加える愚を避けることを真剣に考えるための、8月6日であり、8月9日なのだと思う。来年の今日を、不安のない、少しでも将来に希望を抱ける気持ちで迎えたいのは、すべての日本人共通の思いであるはずだ。
[PR]
Commented by 佐平次 at 2011-08-07 10:39 x
これは未読。読まなくっちゃ。

Commented by 小言幸兵衛 at 2011-08-07 16:13 x
ぜひお読みください。
高木さんの半生記でもあると思います。

Commented by ゆきりん at 2011-08-08 04:59 x
この本には感動するエピソードがたくさんあるのですが、
特に高木さんが先輩に「自分は正しかったのではないか」と
問いて「いや君は幸運だった」と返す話が好きですね。
賞賛せずにあえて苦言を呈する先輩とそれを受け入れる
高木さんが素晴らしいです。尊敬する人間同士の成熟した
大人の関係を見てとれました。

Commented by 小言幸兵衛 at 2011-08-08 08:34 x
お立寄りありがとうございます。
ご指摘の場面も含め、高木さんの回想の中に、我々が生きていく上での数多くの示唆的な内容を含む好著だと思います。本書が遺作のつもりだったでしょう。
しかし、JCOの臨界事故に触発されて、口述筆記で死の直前まで著作を遺してくれた高木さん・・・・・・。
その思いにどう応えればいいのか。日本国民全員の課題だと思います。

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by koubeinokogoto | 2011-08-06 15:00 | 原発はいらない | Comments(4)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛