幸兵衛の小言

koubeinoko.exblog.jp
ブログトップ

“放射性物質” 犯罪の恐怖 (マイクル・コナリー『死角』より)

ロシアとの交渉で北朝鮮が、核実験の一時凍結やウラン濃縮を中止することを“カード”としてちらつかせたようだ。
 核である以上、それが兵器用ではなくても、研究用だろうが原発用であっても管理を徹底しないと危険性があるし、もしテロリストの手に入れば大変なことになることは明白だ。犯罪者が放射性物質を手にしたら、使い方次第でとんでもない武器になりえるし、相手を意のままに操るための脅威を与えることができる。日本にはとんでもない量のプルトニウムがあるし、放射線治療用の放射性物質も病院などで保管されている。それらがどれほど厳重に管理されているのか、などということは、マスコミは一切突っ込んだ記事を書かないように思う。触れたくないのだ。
e0337865_16393011.jpg
マイクル・コナリー著『死角』(講談社文庫)

 なぜ「原発はいらない」というカテゴリーでマイクル・コナリーの最新邦訳『死角-Overlook-』を取り上げるかというと、「セシウム」が登場するからなのだ。
 
 実は、マイクル・コナリーの傑作である“ハリー・ボッシュ”シリーズでアメリカでは2008年、日本で昨年12月発行の本書は、“3.11”をはさんでしばらくツンドク状態だった。ようやく最近読んで、その題材に、ある意味で深い思いを抱いた次第。

 ハリー・ボッシュはベトナム戦争従軍時代の心の痛みを引きずるロサンゼルスの警官。『ナイト・ホークス』から始まるシリーズの13作目が本書。既刊の書はアメリカでは常にベストセラーとなり、日本でも当初の一部のミステリファンからの支持を超え、次第に人気が高まってきた。昨年発行された『エコー・パーク』は、数々のミステリーベストテンで第一位となっている。その『エコー・パーク』の次作が本書となる。
 引用する部分に登場者(名前だけの人も含む)のみ先に紹介しよう。

 ハリー・ボッシュ      ロス市警殺人事件特別捜査班の刑事 
 レイチェル・ウォリング   FBI戦術諜報課の特別捜査官
 スタンリー・ケント     医学物理士、殺人事件の被害者

 ロサンゼルスのマルホランド・ダムの上の展望台で一人の男の死体と乗り捨てられたポルシェが発見された。現場に駆けつけたボッシュは、そこでかつての恋人だったレイチェルと遭遇することになる。殺人事件として自分の領域の仕事と認識するボッシュに、なぜか被害者のことを知っており、単なる殺人事件ではないことを匂わせる発言をするレイチェルとの、ボッシュの車の中での会話。

 ボッシュは座席の上で座り直し、まっすぐレイチェルを見た。彼女が話をはじめるまで、車を動かすつもりはなかった。
「きみはスタンリー・ケントが何者であり、どこに住んでいるのか、明らかに知っていた」ボッシュは言った。「おれに嘘をついたわけだ。では、ケントはテロリストなのか、違うのか?」
「さっきも言ったように、テロリストじゃない。それは本当のことよ。一民間人にすぎない。職業は医学物理士。監視リストに載っていたのは、ケントが扱っている放射性物質が —間違った者の手に渡れば— 一般大衆を害するために用いられうるものだからよ」
「なんの話だ?どうすればそんなことが起こりうるんだ?」
「被曝によって。そしてそれはさまざまな形で起こりうるの。特定個人への攻撃—ロンドンでポロニウムを盛られたロシア人が去年の感謝祭にどうなったか覚えている?あのときは特定の標的だったわ。副次的な被害者が出たけれども。ケントがアクセスできる物質は、もっと大きな規模で用いることができるものなの—ショッピングセンターや地下鉄やいろんなものに。すべては使用される量と、そう、放出装置によるは」
「放出装置?爆弾のことを言っているのか?何者かがケントの扱っている物質で汚い爆弾(ダーティー・ボム)をこしらえかねないというのか?」
「なんらかの使用法でね、ええ」


 この後、二人はスタンリー・ケントの自宅へ向かうと、そこには裸にされ猿ぐつわをされ、両手を後ろに回されて両足と一緒に縛られていたケントの妻アリシアがいた。そして、机上のパソコンからアリシアのアドレスで夫に送られたメールがあるのが判明した。

 その電子メール本文には、アリシア・ケントがベッドの上で裸で手足を縛られている写真が埋めこまれていた。その写真の衝撃は、夫だけではなく、だれにとっても明白なものだろう。
 写真の下に、次のメッセージが書かれていた—
 われわれはおまえの妻をとらえている。おまえが手に入れることのできるセシウム放射性物質をすべてわれわれのために回収せよ。安全な容器に入れて八時までにおまえの家の近くのマルホランド展望台に持ってこい。われわれはおまえを見張っている。もしだれかに話したり、電話をかけたら、われわれはわかる。その結果、おまえの妻は犯され、拷問にあい、数えきれるほどばらばらにされるだろう。放射性物質をあつかう際にあらゆる防護策を講じろ。遅れるな。そうしないと、われわれは彼女を殺す。
 ボッシュはそのメッセージを二度読み、スタンリー・ケントが感じたはずの恐怖をわがことのように感じた。
 「『われわれは見張っている・・・・・・われわれにはわかる・・・・・・われわれは殺す』」レイチェルが言った。「くどいわね。『数えきれない』とすべきところを間違えているし、文章の組み立てにおかしなところもある。このメッセージは、英語が母国語の人間が書いたものじゃないわ」



 この後、ボッシュはケントの車に残ったIDカードをヒントに聖アガタ病院へ向かい、保管されていた放射線治療用のセシウムがそっくり丸ごと盗まれていたことを知ることになる。
 殺人事件として犯人を追おうとするボッシュ。国家安全保障の観点からセシウムを探し、併せてテロリスト逮捕を模索するレイチェル達FBI。緊迫した捜査活動が続き、警察とFBIとの牽制があり、ロサンゼルス市警内の足の引っ張り合いも、いつものごとく描かれていく中で、路上に倒れていた男が病院に運び込まれた。右腰と右足に酷い火傷のような症状があることに加え、急激に免疫能力を失って死にかけていく。さぁ、これから物語は意外な展開を見せるのだが・・・・・・ご興味のある方はぜひお読みください。

 マイクル・コナリーという当代きってのミステリ作家が、癌治療用に病院で保管されていたセシウムの盗難事件という題材を描いていたということを紹介したかった。ありえる話である。もし、これがプルトニウムならもっと酷い展開もありえる。プルトニウムがあれば、大学生くらいの科学知識で原爆が作れると言われている・・・・・・。

 せっかくなので(?)、ボッシュ・シリーズのことを。私は年代順に全て読んでいる。一冊を除き、シリーズ前半は扶桑社、後半は講談社の文庫。読み始めたのはそんなに昔ではなく、ほとんどは古書店で一冊100円、あるいは定価の半額で買った。紹介した『死角』は一冊ものだが、大半が上・下の二冊。それでも200円で買えることもある。もちろん図書館で借りて読むこともできるだろう。

 ご興味のある方は、ぜひ次の年代順にお読みいただきたい。

 『ナイト・ホークス』(扶桑社ミステリー)
 『ブラック・アイス』(扶桑社ミステリー)
 『ブラック・ハート』(扶桑社ミステリー)
 『ラスト・コヨーテ』(扶桑社ミステリー)
 『トランク・ミュージック』(扶桑社ミステリー)
 『エンジェルズ・フライト』(扶桑社ミステリー)
 『夜より深き闇』(講談社文庫)
 『シティ・オブ・ボーンズ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
 『暗く聖なる夜』(講談社文庫)
 『天使と罪の街』(講談社文庫)
 『終結者たち』(講談社文庫)
 『エコー・パーク』(講談社文庫)
 『死角』(講談社文庫)
 
 こうやって並べてみると、それぞれのストーリーが甦る。どれもワクワクして、あっと言う間に読んでしまったなぁ。
 なお、『天使と罪の街』は、クイント・イーストウッドで映画化された『わが心臓の痛み』(扶桑社ミステリー)の主人公テリー・マッケイレブも登場するので、できれば先に『わが~』を読まれることを推奨。ついでに言うと、コナリーの著作ではボッシュ・シリーズ以外にも『リンカーン弁護士』という大変楽しいシリーズが始まった。これまた、時間を忘れて読んでしまう傑作。


 しかし、原発関連本を読んだ後で、リフレッシュするつもりでようやく手にしたボッシュ・シリーズで、まさか“セシウム”に出会うとは・・・・・・。
[PR]
Commented by 佐平次 at 2011-08-26 10:36 x
ある時期、ミステリから遠ざかったときがあって、この作家もその頃デビューしたのかもしれない。
ブックオフに行ったときは気をつけてみましょう^^。

Commented by 小言幸兵衛 at 2011-08-26 13:23 x
 そうですか、佐平次さんに“ミステリー・エアポケット”があったわけですね。 
 作者コナリーは作家になる前は新聞社のジャーナリストとしてピューリッツァー賞の最終選考まで残ったことのある人なので、人物描写も良いですし背景となる社会事象などもしっかり描かれています。
この人の次に私が好きなアメリカのミステリー作家はグリシャムですが、こちらなら読まれたことがありそうですね。昔は一時期、ミッキー・スピレーンにはまったこともありました^^
イギリスなら、ブライアン・フリーマントル、ジェフリー・アーチャーあたりなかなぁ。
 そのうち落語のみならずミステリーを肴に一献かたむけましょう!

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by koubeinokogoto | 2011-08-24 22:04 | 原発はいらない | Comments(2)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛