幸兵衛の小言

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野田首相の本音が見える、「来年夏までに原発再稼動」発言。

野田首相が、原発の来夏までの再稼動意向を明らかにした。時事ドットコムの該当記事

原発再稼働「来夏までに」=電力不足なら経済に悪影響−野田首相
 野田佳彦首相は21日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで、運転停止中の原子力発電所について「来年の春以降、夏に向けて、再稼働できるものは再稼働していかなければいけない」と表明した。その理由として「電力不足になった場合は、日本経済の足を引っ張ることになる」と説明し、「そこはきちんとやらなければならない」と述べた。
 首相は電力需給に関し「今年の冬も大丈夫だろう」との見通しを示す一方、来年も原発再稼働は必要ないとの指摘に対しては「あり得ない」と否定した。(2011/09/21-09:53)


 
 やみくもに「原発反対」を唱えるのも問題かもしれないが、中長期のエネルギー政策や、フクシマ後の日本がどうあるべきかという、生活の質も含めた議論もないままの発言に、この人の本音が見える。
 
 “電力不足”→“原発再稼動”という論理は、ほとんど原子力村の発想である。コンピューター上でのその基準に疑問の残る“ストレステスト”さえ通過すれば稼動ということであれば、今後心配される東海、南海地震での事故の危険性は消えない。
 国内の大新聞の取材なら出なかったかもしれない発言に、やはりこの“どじょう”にドングリを配給している主人の多くが原子力村の村民であることが透かして見える。

 短期的な問題ならば、老朽化して休眠中の火力発電所の修理などによる再稼動という手を今からでも打てるはずだ。もちろん、原発を稼動させないことで、産業の活力を極力落さないよう知恵を絞り、相互扶助の精神で企業や市民が一致協力して節電して来年の夏を乗り越えることもできるのではなかろうか。今年の節電が、異常から日常に近くなることもあり得るし、これまで電力をムダに使ってきたことを多くの日本人は反省していると思う。

 車は急に止まれない、ということは十分に分かる。原発関連ビジネスの企業に数多くの社員とその家族が依存していることも事実だし、現場での仕事によって生活している近隣住民の方もいるだろう。
 しかし、車はスピードを段階的に落として徐行しなければ安全には止まれない、とも言える。これまでの電力消費量が、本当に必要なのか、ということから議論がなされるべきではないだろうか。そして、何より重要なのは、人間としての「生き方」や「あるべき姿」という問題なのだと思う。

その仕事は社会に貢献しているのか、それとも社会への脅威となっているのか。
その仕事には生き甲斐や、やりがいはあるのか。
危険と隣り合わせの緊張感の続く仕事が、果たして人間的と言えるのか。
都会の電力需要のために、地方が犠牲になっていいのか。
原発は、事故がなくても日常的に人間社会にとって危険性があるのではないか。


 高木仁三郎さんが、数多くの著書で指摘していることだが、何らかの「差別」や「不平等」を強いる仕組みは、やはり正しくないのだ。

 せっかく節電の習慣が日常化しつつあり、少し急ぎすぎた日本人が生活のあり方を問い直そうという機会でもあるのに、“野田どじょう”の発言は、フクシマを学ばない人間達を代表した発言であり、やはりこんな男では国を任せられないということが露呈したように思う。そして、その背後には経団連などの存在が見えるが、もう短期的な経済の論理だけで物事を考える時期ではないのだ。原子力村の組織が、巧妙な計算の元に「原発は安い」と言っている主張を、百歩譲って認めたとしても、「原発は危険だ」という論理が優先すべきだと思う。
 
 ドイツのシーメンスは、政府の方針に従い、タービンなどの他の発電設備でも使用可能な機器の生産は続けるが、原発に特化したビジネスからの撤退を表明した。asahi.comの該当記事

独シーメンス、原発事業撤退 独の脱原発政策受け
2011年9月19日22時26分

 ドイツ電機大手シーメンスが原子力発電事業から撤退することが明らかになった。ドイツでは、メルケル政権が東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて2022年までの原発閉鎖を決定している。政策転換が企業の戦略にも影響を与え始めた。

 レッシャー最高経営責任者が18日の独誌シュピーゲルで撤退の方針を表明。同社の広報担当者は19日、「今後は原子力発電所建設を率いることはないし、原子炉事業にも関わらない。ドイツの脱原発を踏まえた戦略的な決定だ」と語った。

 ただ、どの発電所にも使えるタービンなどを原発にも供給することは続ける。提携関係にあるロシア国営原子力企業ロスアトムへの協力のあり方も再検討するという。(ロンドン=有田哲文)


 国と企業のあり方を、日本はドイツに学ぶ必要があるだろう。そして、スウェーデンなど、試行錯誤し苦労しながらも脱原発に取り組んでいる国の経験を、そのネガティブな面のみ重箱の隅をつつくように取り上げるのではなく、参考になる面をポジティブに吸収することこそが大事なのだと思う。「あれは失敗だ!」という短絡した二者択一の論議は、あの不毛な電力の無駄遣い番組「朝まで生テレビ」だけで十分だ。

 スリーマイルの経験をアメリカが伝授すると言っている。その協力には感謝しなくてはならないが、できることなら事故の後始末ではなく、事故を起こさない社会を築く知恵を他国から学びたいものだ。しかし、今回の“野田どじょう”の発言には、他国どころか、自国のフクシマの経験からも学ぶ姿勢が微塵も感じられない。今回の発言は、近視眼的なリーダーが再び日本に誕生したことを知らしめた。そこには、戦略もビジョンも見当たらない。
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Commented by 佐平次 at 2011-09-22 09:31 x
ストレステストの内容自体、いまだ明らかにされていません。

Commented by 小言幸兵衛 at 2011-09-22 10:09 x
EUの仕様をベースにしてはいながら、ほとんど骨抜きになっていますね。原子力資料情報室は、地震そのものによる被害への考慮が抜けているという重要な欠陥に加え、次のような問題点をあげています。
①事故発生のシナリオの検討においても地震以外について決定論的手法が採用されているのに対して、日本では確率論的手法が認められいること。②日本では原発の安全性に関して網羅的な検証を求めていない。③過酷事故時の管理体制(放射線管理や被ばく管理を含む)の検証と改善策に関する報告を求めていない。④これらに対して「過度の保守性を考慮することなく現実的な考慮を行う」としている。そして何より、⑤「公開と透明性の原則」とこれに基づく住民合意を明記していない、など。
「ヨーロッパで行われるストレステストとはずいぶんと異なる点で、換骨奪胎の感がある」、と糾弾しています。非常に原子力村にとって都合のいい“グレイ”で“アバウト”な内容で、とてもフクシマを反省しているとは思えません。

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by koubeinokogoto | 2011-09-21 10:33 | 原発はいらない | Comments(2)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛