幸兵衛の小言

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清水前社長に質すべきことは、もっと他にもある。

国会の事故調査委員会の公開参考人聴取に、東電の清水前社長が登場した。東京新聞サイト「TOKYO Web」の該当ニュース
東電・清水前社長、「撤退」否定 国会事故調が参考人聴取
2012年6月8日 17時40分

 東京電力の清水正孝前社長が8日、国会が設置した福島第1原発事故調査委員会(黒川清委員長)に参考人として出席し、事故が深刻化する中、原発からの全面撤退を政府に申し出たとされる問題について「緊急時に対応する人を残すという意味だった。『全員』とか『撤退』とは、まったく申し上げていない」と否定した。

 国会事故調はこれまでに、菅直人前首相、海江田万里元経済産業相、当時の官房長官の枝野幸男経産相を参考人聴取。3人はいずれも、昨年3月14日午後から15日未明にかけて清水氏からの申し出を、全面撤退と解釈したと発言していた。


 この「全員撤退」に関する「言った」「言わない」は、たぶん、下記の政府の事故調査・検証委員会の中間報告にあるような、「伝言ゲーム」だったのだろうと察する。
 これまでの何度か取り上げてきた、政府の「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」が昨年末に発表した「中間報告」の第3章は次のような内容である。原発事故調査・検証委員会「中間報告」
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Ⅲ 災害発生後の組織的対応状況
1 原災法、防災基本計画等に定められた災害対応
(1)総論
(2)原災法第10 条に基づく通報後の対応
(3)15 条事態発生時の対応
(4)オフサイトセンターの整備・維持
(5)東京電力の態勢
2 事故発生後の国の対応
(1)国の対応の概観
(2)保安院の対応
(3)官邸危機管理センター(緊急参集チーム)の対応
(4)官邸5 階
(5)安全委員会の対応
(6)他の政府関係機関等の対応
(7)福島第一原子力保安検査官の活動の態様
3 事故発生後の福島県の対応
4 事故発生後の東京電力の対応
(1)地震発生直後の東京電力本店及び福島第一原発の対応
(2)福島原子力発電所事故対策統合本部の設置
5 事故発生後のオフサイトセンターの対応
(1)地震発生直後のオフサイトセンターの状況
(2)オフサイトセンターにおける活動の態様
(3)オフサイトセンター(現地対策本部)の福島県庁への移転
(4)原災本部長による現地対策本部長への権限の一部委任
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この中の「4 事故発生後の東京電力の対応」から抜粋したい。

(2)福島原子力発電所事故対策統合本部の設置
a 福島原子力発電所事故対策統合本部の設置経緯
 3 月14 日夜、吉田所長は、2 号機の圧力容器や格納容器の破壊等により、多数の東京電力社員や関連企業の職員に危害が生じることが十分懸念される事態に至っていたことから、福島第一原発には、各プラントの制御に必要な人員のみを残し、その余の者を福島第一原発の敷地外に退避させるべきであると考え、本店対策本部と相談し、その認識を共有した。
 他方、清水正孝東京電力社長(以下「清水社長」という。)は、同月14 日夜、吉田所長が、前記のとおり、状況次第では必要人員を残して退避することも視野に入れて現場対応に当たっていることを武藤栄東京電力副社長(以下「武藤副社長」という。)から聞かされ、同日15 日未明にかけて、寺坂保安院長等に電話をかけ、「2 号機が厳しい状況であり、今後、ますます事態が厳しくなる場合には、退避もあり得ると考えている」旨報告した。
 このとき、清水社長は、プラント制御に必要な人員を残すことを当然の前提としており、あえて「プラント制御に必要な人員を残す」旨明示しなかった。
 東京電力が福島第一原発から全員撤退することを危惧した関係閣僚らは、3 月15 日未明、班目委員長、伊藤危機管理監、安井保安院付らを官邸5 階に集めた。その場で、「清水社長から、福島第一原発がプラント制御を放棄して全員撤退したいという申入れの電話があった」旨の説明がなされ、仮に全員撤退した場合に福島第一原発がどのような状況になるのかについて意見を求められた。このとき、参集した者らは、「全員撤退は認められない。」との意見で一致した。
 その報告を受けた菅総理は、同日4 時頃、清水社長を官邸5 階に呼び、関係閣僚、班目委員長、伊藤危機管理監、安井保安院付らが同席する中で、同社長に対し、東京電力は福島第一原発から撤退するつもりであるのか尋ねた。清水社長は、「撤退」という言葉を聞き、菅総理が、発電所から全員が完全に引き上げてプラント制御も放棄するのかという意味で尋ねているものと理解したが、その意味での撤退は考えていなかったので、「そんなことは考えていません。」と明確に否定した。これを受け、菅総理は、政府と東京電力との間の情報共有の迅速化を図るため、政府と東京電力が一体となった対策本部を作って福島第一原発の事故の収束に向けた対応を進めていきたい旨の提案を行った。清水社長も、官邸との連絡体制を十分に図らなければならないと考えていたため、菅総理の提案を了解した。
 同日5 時30 分頃、菅総理らは、東京電力本店2 階に設置された本店対策本部を訪れ、本店対策本部にいた勝俣恒久東京電力会長、清水社長、武藤副社長その他の東京電力役員及び社員らに対し、自らを本部長とし、海江田経産大臣と清水社長を副本部長とする、福島原子力発電所事故対策統合本部(以下「統合本部」という。)の立ち上げを宣言した。この立ち上げの経緯については、更に関係者からも確認するなどの調査を進める予定である。


 まぁ、清水前社長も言葉足らずだったことは間違いないが、現場の、あの吉田前所長が全員撤退をするはずもなく、パニック状態にあったとしか思えない菅を含む官邸メンバーの勘違い、早とちりも否めない。


 事故調査委員会なので、あの事故に特化した聴取になるのは当たり前だが、この清水前社長に質すべき内容は、もっと他にもあるように思う。

 清水は慶応出身で、東電として初めての私立大学出身の社長だ。あの「電力の鬼」と言われた松永安左エ門の大学の後輩にあたる。松永安左エ門のことは別途書きたいと思うが、今の「九電力体制」をつくったのは、この人だ。

 公開聴取では、あの事故からしばらく雲隠れした東電社長とは思えない落ち着いたな姿を見せていた。

 清水に質したいことは、あの事故のことばかりではない。たとえばこういうことだ。

・「コストカッター」と言われた資材部長時代の施策が、「安全」より「コスト」を
 優先させる企業体質をつくったのではないか?
・「電気事業連合会」会長時代にアジアへの原発輸出の旗振り役を演じたが、
 それは今でも正しかったと思うか?
・東電が筆頭株主になっているAOCホールディングスの冨士石油の社外取締役に
 就任するらしいが、あの「フクシマ」の時に東電社長だったあなた自身が天下り
 することを、どう思うのか?


 「あの時」にばかり焦点を合わせるのではなく「なぜ、あの時になったのか?」ということに焦点を合わせることが、フクシマに至る真相に近づくような気がする。

 福島第一原発の廃炉を宣言したのは、清水ではなく、勝俣(当時会長)だ。「勝俣院政」体制にあったことは事故後の対応を見れば分かる。

 勝俣から松永までを遡り、なぜ、今日の電力体制が出来たのか、そして、あの時代に国家の繁栄を思って起業した先人達と、今のサラリーマン経営者の違いを解明することも、日本という国のいくつかの過ちを正すことにつながるのではないだろうか。「歴史」は、多くを物語る。

 事故調査委員会の活動は、重要だと思う。映像はその人間の心の中を透かして見せてくれる。しかし、清水や菅や安全・保安院をいじめているだけでは何ら根本的な問題は解決しないのではないか。
 日本の「原発問題」の本質にメスを入れるには、「電力の鬼」まで歴史を遡っての検証が必要だと思う。その歴史には、あの白洲次郎も大事な役回りで登場する。この件は別途書きたいと思う。
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by koubeinokogoto | 2012-06-08 22:48 | 原発はいらない | Comments(0)

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