スイスの少女は一個80円の卵を喜んで買う—鈴木宣弘『食の戦争』より。
汚染水問題は、もっと以前から五輪などと関係なく指摘すべき大問題である。逆に、こんな状況で五輪を招こうとすること自体を、ジャーナリズムというものがまだ日本にあるのなら、問題とすべきではないか。
さて、TPPに関して、非常に良い書がある。

鈴木宣弘著『食の戦争』
TPPに関する書籍は結構出ているが、この本は非常に結構。副題は「米国の罠に落ちる日本」。文春新書から、8月21日初版発行。
著者の鈴木宣弘は、1958年生れで元農林水産省でFTA交渉にも携わってきた方。現在は東大大学院農学国際専攻教授で農業経済学を専門とする。本書の内容は、現在の世界の「食」が、いかにアメリカのエゴによってとんでもない状況になっているかが中心となっている。TPPについても、専門家としてデータの裏付けなども含め明確に問題点をあぶり出している。
TPPの本質—「1%の1%による1%のための」協定
そもそも、TPPとは何か。
その前身は、2006年にできたシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリによるP4協定であるが、それをアメリカの多国籍企業が「ハイジャック」したという表現がわかりやすいだろう。当初は比較的小さな国々が関税撤廃しルールの統一を図って、経済圏を一国のようにすることで国際的な交渉力を高めようとする意図があった。しかし、アメリカの大企業は、格差社会に抗議するデモが世界的に広がり、規制緩和を徹底して自らの利益を拡大する方法がとりにくくなってきたのを打開するために、時代の流れに逆行し、TPPによって無法ルール地帯を世界に広げることで儲けようと考えた。
なかなか歯切れが良い。こういった論調は、現在のマスメディアではまったく見ることができない。この後にこう続く。
ノーベル経済学賞学者ののスティグリッツ教授の言葉を借りれば、TPPとは人口の1%ながらアメリカの富の40%を握る多国籍な巨大企業中心の、「1%の1%による1%のための」協定であり、大多数を不幸にする。
たとえ99%の人々が損失を被っても、「1%」の人々の富の増加によって総計としての富が増加すれば効率的だという、乱暴な論理である。TPPの条文を見られるのはアメリカでも通商代表部と600社の企業顧問に限られ、国会議員も十分にアクセスできないことが、その実態を如実に物語っている。
それでは、その「1%」の代表的企業、モンサントについて。
強力な農薬(除草剤)「ラウンドアップ」を販売するこの会社は、この農薬に耐性のある食物の種子を遺伝子組換え(GM:Genetically Modified organismの略)で作っている。
要するに、「この種子を使えば、ラウンドアップを使っても、雑草がなくなってもジャガイモやトウモロコシは、しっかり育ちます」という理屈で、農薬と遺伝子組換え種子を世界中で売っている会社だ。
他にも悪名高い人工甘味料「アスパルテーム」も買収を経て現在はモンサントの製品。量産化に成功した味の素の「パルスイート」も同じ組成の危険な甘味料であることを知っている人は、意外に少ない。マイケル・J・フォックスやヒラリー・クリントンは、アスパルテームの入ったダイエット飲料(「ダイエット○○○」というやつ)を日常的に飲んでいたことが、パーキンソン病や視力低下の原因であるという指摘があることを、子供にファストフードのハンバーガーやダイエット飲料を飲ませている母親は、もっと知るべきだろう。
今回は、遺伝子組み換えトウモロコシの話題。『食の戦争』でもマウスの写真入りで紹介しているのが、AFPによる次のニュースである。
よって、このニュースには癌になったマウスの写真が掲載されているので、ご留意ください。
AFP BB Newsサイトの該当記事
GMトウモロコシと発がん性に関連、マウス実験 仏政府が調査要請
2012年09月21日 12:10 発信地:パリ/フランス
【9月21日 AFP】フランス政府は19日、遺伝子組み換え(GM)トウモロコシと発がんの関連性がマウス実験で示されたとして、保健衛生当局に調査を要請した。欧州連合(EU)圏内での遺伝子組み換えトウモロコシ取引が一時的に停止される可能性も出ている。
農業、エコロジー、保健の各担当大臣らは、フランス食品環境労働衛生安全庁(ANSES)に対して、マウス実験で示された結果について調査するよう要請したと発表した。3大臣は共同声明で「ANSESの見解によっては該当するトウモロコシの欧州への輸入の緊急停止をも含め、人間および動物の健康を守るために必要なあらゆる措置をとるよう、仏政府からEU当局に要請する」と述べた。
仏ノルマンディー(Normandy)にあるカーン大学(University of Caen)の研究チームが行ったマウス実験の結果、問題があると指摘されたのは米アグリビジネス大手モンサント(Monsanto)製の遺伝子組み換えトウモロコシ「NK603」系統。同社の除草剤「ラウンドアップ」に対する耐性を持たせるために遺伝子が操作されている。
仏専門誌「Food and Chemical Toxicology(食品と化学毒性の意)」で発表された論文によると、マウス200匹を用いて行われた実験で、トウモロコシ「NK603」を食べる、もしくは除草剤「ラウンドアップ」と接触したマウスのグループに腫瘍を確認した。2年間(通常のマウスの寿命に相当)という期間にわたって行われた実験は今回がはじめてという。
がんの発生はメスに多く確認された。開始から14か月目、非GMのエサが与えられ、またラウンドアップ非接触のマウス(対照群)では確認されなかったがんの発生が、一方の実験群のメスのマウスでは10~30%で確認された。さらに24か月目では、対照群でのがん発生率は30%にとどまっていたのに対し、実験群のメスでは50~80%と高い発生率となった。また実験群のメスでは早死も多かった。
一方オスでは、肝臓や皮膚に腫瘍(しゅよう)が発生し、また消化管での異常もみられた。研究を率いた同大のジル・エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)氏は「GM作物と除草剤による健康への長期的な影響が初めて、しかも政府や業界の調査よりも徹底的に調査された。この結果は警戒すべきものだ」と述べている。
取材に対し、モンサントの仏法人は「このたびの研究結果について現時点ではコメントはできない」と答えた。
欧州食品安全機関(European Food Safety Agency、EFSA)所属のGM作物に関する委員会は2009年、90日間のマウス実験に基づき、「NK603」は「従来のトウモロコシと同様に安全」との判断を下した。現在、欧州への輸出は可能となっているが、域内での栽培は禁止されている。(c)AFP
TPPによって、モンサントから多額の選挙資金を得ているオバマに率いられたアメリカは、現在でも十分とは言えない日本の「遺伝子組換え」の表示義務を、「非関税障壁」としてやめるように要求している。
『食の戦争』から引用。
消費者が不安を持つのはやむを得ないというデータが出ている中で、せめて表示義務を課すことによって、選ぶ権利だけは与えてほしいというのは当然のように思われるが、アメリカはTPP交渉をテコに、遺伝子組換え食品の表示を許さない方針を世界に広げようとしている。
とんでもないことである。『食の戦争』のことは、今後も紹介したい。
「ラウンドアップ」に耐性を有する遺伝子組み換え作物は「ラウンドアップレディー (Roundup Ready) 」と称されており、ダイズ、トウモロコシ、ナタネ、ワタ、テンサイ、アルファルファなどが栽培されている。
私は、この本で紹介されている少女こそが、“レディ”だと思う。
スイスで小学生ぐらいの女の子が一個80円もする国産の卵を買っていたので、なぜ輸入品よりはるかに高い卵を買うのかと聞いた人がいた。すると、その子は「これを買うことで、農家の皆さんの生活が支えられる。そのおかげで私たちの生活が成り立つのだから当り前でしょ」と、いとも簡単に答えたという(NHKの倉石久壽氏談)。
このエピソードは、農業問題のみならず、非常に多くの日本の社会問題を想起させる。
「安い」という言葉に替わって、「安全」「健康」「自然との共生」「動物愛護」などの言葉が生活の基底に流れるようにすることが、実はデフレ脱却で本来目指すものではなかろうか。
この本、著者の熱い思いも伝わり、後半は、結構昂奮しながら読んでしまいました。
TPP推進派が「日本の農業は過保護」などと言いますが、とんでもない嘘であることが明確に指摘されています。
農業をめぐって原子力ムラと同様の“悪の軍団”が存在しています。
ちなみに、モンサントと提携している住友化学の、あのおっさんが経団連のトップですからねぇ。
「住友、あぬしも悪やのぅ」という悪代官の言葉が聞えてきますね。

