幸兵衛の小言

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「炉心溶融」「メルトダウン」がタブーだった頃と、今の状況。

 東電が、「炉心溶融」や「メルトダウン」という言葉を隠蔽していた、という調査報告が、今になって明かされている。

 なぜ、この時期に、という疑問は残る。

 拙ブログでも何度か紹介してるように、2011年3月12日には、当時の原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官がら、「炉心溶融」の可能性がある、と発言している。
2011年12月19日のブログ

 日経サイトでいまもリンク可能な記事を、またご紹介。
nikkei.comの該当記事
福島第1原発「炉心溶融が進んでいる可能性」 保安院
2011/3/12 15:30

 経済産業省の原子力安全・保安院は12日午後2時、東京電力の福島第一原発1号機で原子炉の心臓部が損なわれる「炉心溶融が進んでいる可能性がある」と発表した。発電所の周辺地域から、燃料の核分裂に伴うセシウムやヨウ素が検出されたという。燃料が溶けて漏れ出たと考えられる。炉心溶融が事実だとすれば、最悪の原子力事故が起きたことになる。炉心溶融の現象が日本で確認されたのは初めて。

*写真(動画)のキャプション:記者会見する経済産業省原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官(12日午後)

 保安院は同日午後3時半、圧力が高まって爆発による放射性物質の大量放出を防ぐため、格納容器内の減圧作業を実施した。圧力が「午後2時を境に急激に下がりはじめた」(保安院)という。

 周辺地域から検出された種類は、いずれも本来は金属容器で封じ込めている物質。炉心溶融で大量に放射性物質が出れば、被曝(ひばく)の被害が広がる恐れもある。

 保安院は今回の炉心溶融について「放射性物質の広がりを計算した結果、現時点では半径10キロを対象とする住民避難の範囲を変更する必要はないだろう」と話している。

 震災にあった1号機は、核燃料棒を冷やしていた水位が下がり、露出していたとの報告もあった。

 燃料を包む金属容器は高温に耐えるとされる。溶けたとなれば、燃料周辺が相当の高温にさらされたとみられる。金属容器ばかりか原発の圧力容器や格納容器を溶かせば、放射性物質が外に漏れ出す。

 原発の運転中は、炉心で核燃料が核分裂を起こしている。発熱反応が連鎖し、冷却水を蒸気に変えてタービンを回し、発電している。

 冷却水があるうちは熱が一定に保たれるが、本来の水位が下がると燃料が生む熱の行き場が無くなる。最悪の事態では、原子炉の心臓部である炉心溶融が起きる。

 この事態を受け、保安院は自衛隊に給水支援を要請した。大量の水を使って熱を冷ますためだ。

 過去の大きな原子力災害も、炉心溶融が原因のものがあった。1979年には、米ペンシルベニア州のスリーマイルアイランド原発にトラブルが発生。緊急炉心冷却装置が働かず、高温になった燃料が炉心を溶かす大事故につながった。

 さすがに、もう動画を見ることはできないが、3月12日のこの報告を正しく受け止めた上で、その後の対策を施していたら・・・と思わないではいられない。

 2012年2月の東京新聞に、この中村幸一郎氏への取材結果を含む記事があるので、ご紹介したい。
東京新聞の該当記事

事故翌日「スリーマイル超える」 震災当初の保安院広報 中村幸一郎審議官
2012年2月22日

 福島第一原発の事故当初、記者会見で「炉心溶融の可能性がある」と説明した後、経済産業省原子力安全・保安院の広報担当を交代した中村幸一郎審議官(52)が21日、本紙のインタビューに応じ、その経緯などを語った。事故は深刻で、発生翌日には、米スリーマイル島原発事故を超えると思ったと当時の認識を語る一方、交代は発言とは無関係だと強調した。

 交代の経緯は、政府事故調査・検証委員会の中間報告でも検証されているが、報道機関に詳細を語るのは初めてという。

 中村氏は、1号機の原子炉を覆う格納容器の圧力が上昇した昨年三月十二日未明には「難しい状況に入ってきているなと思った」と、当時の認識を説明。

 消防車で注水を始めたのに、原子炉の水位が低下している状況をとらえ「(過熱した)核燃料の溶融が始まっている可能性がある」と考えた。大学で学んだ原子力工学の知識も判断を下支えした。

 同日午前の会見で、「(核燃料を覆う)被覆管が一部溶け始めていることも考えられる」と、初めて溶融の可能性に言及した。

 午後の会見前には、「コア(幹部)の人たちはそういう(溶融の可能性があるとの)認識を持っていた」と、寺坂信昭院長(当時)らと認識を共有していたと説明。寺坂氏の了承を得て、会見で「炉心溶融の可能性がある。ほぼ進んでいるのではないか」と踏み込んだ経緯を説明した。

 その後、首相官邸側が保安院の説明に懸念を示しているとの情報を得た寺坂氏から、ほかの審議官を介して「発言に注意するように」と指示された。

 中村氏は同日夕の会見を最後に広報担当を交代した。その後、保安院の説明は「炉心が破損」など、「溶融」を使わなくなった。

 このため、溶融発言によって交代させられたと受け取られてきたが、中村氏は「一、二時間おきに計十数回、二十五、六時間寝ずに会見をし、長い仕事になると思ったので休もうと考えた」と、自ら願い出ての交代だったと強調した。


 あの事故に関する報道で重要な転換点は、中村氏は同日夕の会見を最後に広報担当を交代した。その後、保安院の説明は「炉心が破損」など、「溶融」を使わなくなったことである。

 さて、中村幸一郎氏が交代した本当の理由は、何だったのか・・・・・・。

 “首相官邸側が保安院の説明に懸念を示しているとの情報を得た寺坂氏から、ほかの審議官を介して「発言に注意するように」と指示”があった、官邸の圧力が真因か。 

 それとも、ご本人が強調するように “自ら願い出ての交代”だったのか。


 東スポの昨年3月の記事に、真相が明かされている。
 同記事の中心となるのは中村審議官の後を受けた西山審議官の“その後”を追ったもの。
 しかし、中村審議官交代についても、信憑性の高い調査報告の内容が含まれている。
東スポの該当記事

 保安院の事故対応会見については先月、政府の事故調査・検証委員会が関係者を聴取した「聴取結果書(調書)」の一部が追加公開され、中村氏更迭の経緯が明らかになっている。

 保安院の根井寿規審議官(当時)が証言したもので、中村氏がメルトダウンの可能性に言及した後、会見担当を外れたのは、「寺坂(信昭)院長に呼ばれ『官邸から中村審議官を会見から外すよう言われたので根井君から言ってくれないか』と言われた」と語っている。中村発言に懸念を示した首相官邸側の指示があったと認めた。


最後の、“保安院の根井寿規審議官(当時)が証言したもので、中村氏がメルトダウンの可能性に言及した後、会見担当を外れたのは、「寺坂(信昭)院長に呼ばれ『官邸から中村審議官を会見から外すよう言われたので根井君から言ってくれないか』と言われた」と語っている。中村発言に懸念を示した首相官邸側の指示があったと認めた”という内容が、真実だと思う。

 この「聴取結果書(調書)」の追加公開分を探してみたのだが、なかなか見つからない。

 以前の記事で、リンクしていた、最初の報告書も、リンク先が替わってしまった。

 私の探し方がよくないのかもしれないが・・・何らかの意図を感じている。

 昨日の東電社長の質問への答えが歯切れが悪かったのは、報告書に対して枝野がいち早く異を唱えたからかもしれない。

 勘ぐるならば、自民党がこの時期の報告者提出を画策したのではなかろうか。
 政府の圧力があった、当時の政府はどこか・・・ということである。

 もし、そうだとしても、あるいは、自民党が関与してないにせよ、菅も枝野も、過ちは過ちとして、しっかり認め、受け止めることが大事ではなかろうか。

 まず間違いなく、官邸の圧力を、少なくとも“感じて”、東電が「メルトダウン」「炉心溶融」という言葉をタブー化したのであろう。

 では、あれから五年余。

 状況は変わったのか。
 情報公開は改善されたのか。

 今、福島第一原発では、どれほどの放射能が発生し、どんな危険な作業が続いているのか。

 現在の原発情報に関する隠蔽体質は、大手メディアを巻き込んでさえいるように思われる。

 決して、原発報道に関する情報公開の環境は、改善されていないと思う。

 野党は、“今そこにある問題”に対して、声を大にして追求すべきことが山ほどあるはずだ。
 
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by koubeinokogoto | 2016-06-22 22:10 | 原発はいらない | Comments(0)

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