幸兵衛の小言

koubeinoko.exblog.jp
ブログトップ
海江田がこの夏の節電目標を引き下げた。その理由は、「火力発電所の復旧」などで、今夏の東京電力の供給量が、4500万キロワットの見込みから、5500万キロワットまで回復できる見通しとのこと。
日経の4月29日の記事

電力制限は透明な議論をもとに進めよ
 海江田万里経済産業相は、夏の電力不足への対策で、使用電力の削減目標を一律15%にすると表明した。企業や家庭の負担を減らすため、当初の目標から引き下げたのはいいとしても、電力制限をめぐるこれまでの議論は透明性を欠いている。

 節電目標を下げたのは、東京電力が供給力を上積みできる見込みとなったからだ。政府の電力需給緊急対策本部は4月8日、今夏の供給力を約4500万キロワットと想定していた。それが、被災した火力発電所の復旧などで、5500万キロワット程度まで回復できる見通しになったという。


 テレビのニュースで、まるで「増えたから、節電少なく済んで良かったね!」とばかりの笑顔をふりまく海江田の姿が印象に残ったが、まさに、こういう笑顔こそ疑わなければいけない。“魔法”のように増えた1000万キロワットの電力への疑問は当然追求すべきだろう。そういう意味では、この件に関して日経は、最近の大手新聞の中では久しぶりにナイスな突っ込みをしている。

 3週間で1000万キロワットもの数字が積み増された。この間に産業界では、企業や業界団体が節電の自主計画をまとめた。その8割が、政府が当初、大口需要家に求めた25%の削減目標の達成を目指している。

 電力供給の制約は生産の停滞に直結する。3月の鉱工業生産指数は前月比15.3%低下となり、過去最大のマイナスを記録した。さらに生産の停滞が続けば、日本の経済成長に深刻な影響が出るだろう。

 自主的な節電の努力は続けるべきだが、公的な目標設定などは国民と産業界が納得できるよう、透明な議論に基づいて進めるべきだ。

 供給力の見通しは、東電管内の発電所の能力を積み上げて算出したはずだ。どの発電所の何号機が稼働するのか。原発の運転をどう見込んでいるのか。細部を明かさず、全体の数字だけを企業や家庭に放り投げるやり方は、情報の小出しで批判を浴びた原発事故への対応にも通じる。


 まさに、同感だ。休眠火力発電所の再開が中心なのだろうし、もしかすると新日鉄、JFE、住友金属などの鉄鋼会社系の火力発電所からの購入も加えた数字なのかもしれない。浜岡3号機を加えているのであれば、とんでもないことだ。。
 いずれにしても、計5500万キロワットの詳細な情報を明らかにすべきだ。私は目にしていないが、どこかに発表されているのだろうか。
 ここで考えられるのが、いつもの原子力村の隠蔽体質だ。もし、こういったリストが公開されることで、「あれぇ、原発止めても、当面休眠火力発電所の再開などで、やりくりできるじゃないか!」という議論が起こることが、原子力村の人々が、避けたい話題であることは間違いがない。

 もちろん、休眠火力発電所も老朽化しているものもあるし、震災の影響もあって安全確認の時間も必要だろうし、二酸化炭素の問題もあるだろう。
 しかし、「緊急性」で考えた場合、浜岡原発を含む危険性の高い原発を総点検するために休止し、火力他の手段を総動員し、なおかつ節電してこの夏をしのぐ、というのが最善策ではなかろうか。

 万が一、駿河湾沖や若狭湾沖で大地震と津波が発生し、浜岡や敦賀でフクシマの二の舞となった場合、歴史は、「かつて、日本人という学習効果のない馬鹿な国民がいて、同じ過ちを繰り返し自分たちの国を滅ぼし、その被害は全世界に放射能を撒き散らした」と振り返られることになるかもしれない。そんな日本人にはなりたくない。
[PR]
# by koubeinokogoto | 2011-05-01 20:33 | 原発はいらない | Comments(0)
原子力の専門家で東京大学大学院教授の小佐古敏荘氏が、「政府の対策は法にのっとっておらず、場当たり的だ」として、内閣官房参与を辞任した。
 落語ブログ仲間の佐平次さんのブログでも紹介されている、NHKの科学文化部によるブログに、記者会見で配布された資料が全文掲載されているが、今回の子供の被曝限度の改悪に関する部分を引用したい。。
佐平次さんのブログの該当ページ
NHK「かぶん」ブログの該当ページ

今回、福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間20mSvの被曝を基礎として導出、誘導され、毎時3.8μSvと決定され、文部科学省から通達が出されている。これらの学校では、通常の授業を行おうとしているわけで、その状態は、通常の放射線防護基準に近いもの(年間1mSv,特殊な例でも年間5mSv)で運用すべきで、警戒期ではあるにしても、緊急時(2,3日あるいはせいぜい1,2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは、全くの間違いであります。警戒期であることを周知の上、特別な措置をとれば、数カ月間は最大、年間10mSvの使用も不可能ではないが、通常は避けるべきと考えます。年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです。年間10mSvの数値も、ウラン鉱山の残土処分場の中の覆土上でも中々見ることのできない数値で(せいぜい年間数mSvです)、この数値の使用は慎重であるべきであります。


 同じく佐平次さんのブログで紹介されているブログ「薔薇、または陽だまりの猫」ブログ「薔薇、または陽だまりの猫」を経由して、FoEなどの団体が国会議員に、今回の改悪撤回への賛成署名を全国会議員に呼びかけていることが紹介されている。
FoEジャパンサイトの該当ページ
 しかし、途中経過ではあるが、署名した議員は下記の通り、と少ない。今後増えるだろうが、この活動に賛同しない議員は、日本復興のための国の宝である子供たちの将来について、何ら憂慮していない、とみなさざるを得ない。
------------------------
阿部 知子 衆議院議員
有田芳生 参議院議員 
石田三示 衆議院議員
いなみ哲男 衆議院議員 
今野 東 参議院議員
大島九州男 参議院議員
川田 龍平 参議院議員
服部 良一  衆議院議員
平山誠 参議院議員
福島 みずほ 参議院議員
森 ゆうこ 衆議院議員
森山浩行 衆議院議員 
山崎 誠 衆議院議員
吉田 忠智 参議院議員
初鹿明博 衆議院議員
------------------------

 今後、福島の現場の問題を含め、真相を明らかにし根本的に問題を解決するために重要なのは、今回の小佐古敏荘教授のような、勇気ある内部告発的な活動である。
 『原発・正力・CIA』でも見たように、残念ながら、政治家も人間であり、その出世欲とエゴイスムが行動原理の一つであることは間違いはない。しかし、もうそんなことは言ってられない、国家的な危機にあるはずだ。
 もし、ヒューマニズムのかけらもない、そして国家の長期的な展望もない、自分が所属する利権集団における保身のためにのみ従って活動する国会議員など、必要ない。しばらく、この署名リストをしっかり見守っていきたい。将来を託せるのが誰なのか、その重要なリトマス試験紙であるように思う。
 高木仁三郎さんが、あれだけ声を大きくして、今に至る危機の可能性を訴えてきた。しかし、その正論は結果として無視され、あってはならない事故につながった。
 御用学者ばかりいる中で、国民が信頼できそうな数少ない専門家小佐古教授の勇気ある行動に、国会議員は応えるべきだろう。
[PR]
# by koubeinokogoto | 2011-05-01 10:09 | 原発はいらない | Comments(2)
後編は、当初は「マイクロ構想」という野望の実現のために総理大臣を目指していた正力松太郎が、その時代の連鎖反応で「原発」を推進する役回りを担うことになっていったことについて、あらためて有馬哲夫著『原発・正力・CIA』から紹介したい。
 何としても「マイクロ構想」によってメディアの世界に君臨しようとしていた時、「原子力の平和利用」という新たな“切り札”が海の向こうから切られてきた。

 彼はこの時点では、国会議員ですらないのだ。正力は讀賣新聞社を大きくすることにかまけて政界でのキャリアをほとんど積んでいなかった。子飼いの議員もいなければ、派閥を作り運営していくだけの資金源もない。だからこそ、正力が総理大臣を目指すには、何か彼に求心力を持たせるような政治目標が必要だった。
 このようなとき彼の前に現れたのが原子力だった。この「永遠のエネルギー」を導入することの意義は資源小国の日本にとって計り知れないほど大きい。そして正力の周辺には彼を原子力ビジネスに引き込もうとしている人間がいた。その名はヘンリー・ホールシューセンとウィリアム・ホールステッド。彼らは二人とも日本テレビ創設にあたって正力と接点を持っていた。
 ホールシューセンは上院外交委員会顧問でテレビが日本に導入されるときに正力を支援した人物だった。借款獲得工作の行き違いから日本テレビ開局の前に正力と袂を分かってしまったが、テレビ導入で彼が果たした役割はきわめて大きいといえる。
 興味深いことに、彼はアメリカ原子力委員長のルイス・ストローズを知っていて、自身も原子力の平和利用に関心を持っていた。
 (中 略)
 もう一人のホールステッドのほうも、ホールシューセンとともに日本へのテレビの導入で重要な役割を果たした人物だ。彼も上院外交委員会の顧問だったが、本職は放送・通信の設備を売るユニテル社の社長だった。彼は戦時中には戦時情報局(OWI)で通信設備の設計をしていた。この関係で日本テレビの東京局の設計も彼がしている。「正力マイクロ構想」に借款が得られたときは、こちらも設計し、設備することになっていた。
 彼の場合は、上院外交委員会を通じてというより、もっと直接的に原子力関連企業と結びついていた。その企業とは前にも述べたジェネラル・ダイナミックス社だ。彼の大学時代の親友ヴァーノン・ウェルシュがこの会社の副社長になっていたのだ。


 さあ、“正力劇場”の舞台に、重要な役者が登場してきた。このホールシューセンとホールステッドは、正力とアメリカ政府=CIAへの重要な接着剤役であった。

 ホールシューセンもホールステッドも、日本でともに原子力ビジネスを興すことができる有力実業家を探していた。テレビの時と同じく、彼らの目が正力に向けられるのは自然の流れだった。なにせ、正力は日本テレビ創設の際に一口1000万円、合計で七億円もの出資金を集めた実績を持っていた。仮に話に乗ってこなくとも、彼を通じてパートナーが見つけられるはずだ。ホールシューセンは関係が切れてしまっていたが、ホールステッドのほうは日本テレビの東京局建設ののちも深い関係を保っていたので正力に働きかけることができた。
 正力も初めは原子力なるものをよく理解できなかったために乗り気ではなかったが、総理大臣への野望がいやが上にも燃え上がり、大きな政治課題が必要となるにつれて、原子力の持つ重要性に目覚め始めた。やがて、政治キャリアも資金源も持たない意気だけは軒昂な老人に政治的求心力をもたらすのはこれしかないと気づいた。
 当時の時代状況のなかでは、正力にとっての原子力発電は戦前の新聞に似ていた。つまり、それを手に入れれば、てっとりばやく財界と政界に影響力を持つことができる。いや、直接政治資金と派閥が手に入るという点で、新聞以上の切り札だった。


 この先、正力は部下を通じてCIAの極東支部メンバーと連絡を密にしていく。CIAにおける正力の当初の暗号名はポダム、閣僚になって以降は、ポジャクポット。(奇妙な名前だが、この本にその由来までは書かれていなかった。)
 アメリカは、ポジャクポッドが君臨するメディアを、日本国民の反米感情の抑制、反共感情の高揚のために利用する。そして、1954年のビキニ環礁での水爆実験でマグロ漁船第五福竜丸が被爆して以来、高まる一方の原爆禁止の動きを変える情報操作のために、正力をふんだんに活用する。
 もっとも大きな効果があったのが、「原始力平和利用博覧会」の開催だった。1953年にアイゼンハワーが国連で「アトムズ・フォー・ピース」演説をして以来、世界各地で開催している博覧会は、1955年11月1日から12月12日の六週間にわたって日比谷公園で開催された。このイベントの事前告知や開催中の報道に、讀賣新聞や日本テレビは積極的に貢献した。その結果、開催期間の総入場者数(讀賣新聞社発表)は36万7669人。そして、アメリカは情報操作に、ほぼ成功した。

 アメリカ情報局は入場者にアンケートをとっていた。それによればこの博覧会の前と後では次のような変化があったとしている。
(1)生きているうちに原子力エネルギーから恩恵を被ることができると考えた人。
  76パーセントから87パーセントに増加。
(2)日本が本格的に原子力利用の研究を進めることに賛成な人。
  76パーセントから86パーセントに増加。
(3)アメリカが原子力平和利用で長足の進歩を遂げたと思う人。
  51パーセントから71パーセントに増加。これに対してソ連の原子力
  平和利用については19パーセントから9パーセントに減少。
(4)アメリカが心から日本と原子力のノウハウを共有したがっていると信じる人。
  41パーセントから53パーセントに増加。


 正力が原発建設を推進する上で培ったアメリカとのパイプは、その副産物として京成電鉄がディズニーランドを建設することに結びついた。
 しかし、正力の本来の野望、彼が総理大臣になって「マイクロ構想」を実現する夢は、果たせなかった。そういう意味では、正力はアメリカに利用された一つの“駒”でしかなかったのかもしれない。そして、もし彼がいなくても、権力への野心に燃えて、アメリカが利用できた人物は他にいたのかもしれない。もっと言えば、“公文書”には明かされない将来にわたって今後も隠され続ける物語があっても、まったく不思議ではない。
 いずれにしても、正力は“表”にしても“裏”にしても、日本における原発推進において大きな影響力を発揮したことだけは間違いはない。

 この本には、著者が丹念に調べた公文書が数多く紹介されている。それらは、まるで「スパイ小説」を読むような興奮を呼び起こす。よって、極力公文書の引用は避けたので、ぜひ本書を読んで味わっていただきたい。

 本書で明らかになることはいくつもある。その中でもっとも私が印象的に思うのは、原子力発電を日本で推進する、いわば“ダイナモ(発電機)”役を担った正力松太郎の第一の動機である。正力にとって「原発」は、けっして資源小国日本のエネルギー対策ではなく、原発はあくまで正力が政界でのし上がるための“道具”にしか過ぎなかった、ということだ。

 そして、フクシマ後の政界を見ても、この政治家のエゴイズムの伝統だけは、しっかり守られている。
 しかし、国民は、1955年に「原子力平和利用博覧会」で情報操作された時代から、確実に賢くなっているはずだし、そうでなければ、日本の未来はないだろう。
 政府やマスコミそして海外政府や原発村の大企業要人、そういった連中のわざとらしい笑顔や甘い言葉の裏に隠された嘘には決して騙されない、自ら考え行動する日本人の時代が必ずやってくると信じたい。
[PR]
# by koubeinokogoto | 2011-04-29 10:19 | 原発はいらない | Comments(0)
e0337865_16390299.jpg
有馬哲夫著『原発・正力・CIA』

 初代の原子力委員会委員長にして、科学技術庁長官であったのが正力松太郎だったことは、以前に書いた。今回は、一人の野心家の出世欲が今の危機を招くきっかけになったこと、そして、その影にはアメリカ政府とCIAがいたという歴史を紹介したい。
 有馬哲夫著『原発・正力・CIA-機密文書で読む昭和裏面史-』(新潮新書、2008年発行)からの引用である。 著者は早稲田大学の教授(メディア論)であり、この本は有馬さんがアメリカ国立第二公文書館などでCIA文書を中心とする多くの公文書を読み解くことで、分かった“真の歴史”を元に書かれている。本書の副題には「機密文書で読む昭和裏面史」とあるが、この本で明かされるのが、“真”の(“表”の)の歴史なのだ。国民が、どれほど偽りの歴史を信じて生きてきたか、ということを鋭く知らしめてくれる本と言えるだろう。そして、すでに公開された資料に基づき、本書は書かれている。しかし、日本のマスコミには、こういった資料から真実を解き明かそうとするジャーナリスティックな姿勢は皆無と言ってよいだろう。もちろん、讀賣グループからはありえないが、他の新聞や雑誌にしても有馬さんのようなアプローチをしたメディアはない。ジャーナリズム不在の国、ニッポンなのだ・・・・・・。

 まず、最初から原発が正力が政治家としてのしあがる切り札ではなかった、ということから知ることと、アメリカが、なぜ正力を利用しようと思ったか、という前提部分が分かる箇所を引用。

正力マイクロ構想
 原子力に出会う前の正力にとって、最大の関心事はマイクロ波通信網の建設であった。これはテレビ導入のときからの正力の悲願だった。
 マイクロ波とは波長がきわめて短い電波で、第二次世界大戦中にレーザーの開発により注目されるようになった。その後、音声、映像、文字、静止画像など大容量の情報を高品質で伝送できることがわかったため放送と通信にも用いられるようになった。
 正力はこの通信網を全国に張り巡らせてテレビ、ラジオ、ファクシミリ(軍事用、新聞用)、データ放送、警察無線、列車無線、自動車通信、長距離電話・通信などの多重通信サーヴィスを行おうと計画していた。これはあらゆるメディアを一挙に手中にすることを意味する(本書では以下、この構想を「正力マイクロ構想」と記す)。
 そしてこの野望をアメリカ政府もある程度後押しした。その結果、この通信網の一部として、そして日本初の民間テレビ放送局として、1953年8月28日、現在の日本テレビは開局することになったのである。正式の社名が「日本テレビ放送網株式会社」となっているのはこの構想の名残である。
 この当時、アメリカは日本が共産主義勢力の手に落ちないかという不安を持っていた。そのため、日本においてCIAを中心とした情報関係部署が心理戦を展開していた。アメリカにとって正力がテレビというメディアを所有することは望ましいことだった。というのも、正力は折り紙つきの反共産主義者だったからだ。かつて警視庁で共産主義者や無政府主義者を取り締まった部局のトップだったうえ、終戦後は讀賣新聞を労働組合に乗っ取られそうになったことがある。
 その一方、NHKは労働組合の力が強く、占領期ですらVOA(アメリカのプロパガンダ放送)番組を放送することに抵抗していた。朝鮮戦争勃発の直後には119人の職員がGHQによってパージされたほどだった。しかも、日本国民の受信料で運営される公共放送であるため、アメリカのプロパガンダ番組を放送することは原則的にできなかった。番組枠を買いさえすればアメリカのVOA番組を放送できる民間放送局とは事情が違っていた。
 このため、アメリカ(とくにCIA、心理戦局、国防総省)は様々な手を尽くして、日本テレビ開設を援助した。そこには当時の日本の吉田政権への働きかけも含まれていたのだ。そしてアメリカは「正力マイクロ構想」に対して1000万ドルの借款を与えるという内諾もしていた。


「正力マイクロ構想」実現には、次のように様々な逆風が吹く。
・1953年3月の「バカヤロー」解散以後、正力は吉田茂からの政権奪取を目指す鳩山一郎に肩入れし始める
・吉田は、正力がマイクロ構想のためのアメリカから1000万ドルの借款承認の要請を拒絶し、電電公社に100億円の借款を外国の銀行に申し込むよう命令した(当時の電電公社総裁梶井剛の日記より)

 そもそも吉田はアメリカの都合に合わせて日本が再軍備することに反対していた。正力のマイクロ構想はアメリカが日本に要求する再軍備、とくに航空兵力の拡充とも密接に結びついていた。だからこそ認めるわけにはいかなかった。


・膠着状態にしびれを切らしたアメリカは、1953年の終わりにアメリカ駐留軍用のマイクロ波通信回線の建設と保守を電電公社に委託することを決定した。

・・・正力はもはや自分自身が政界に打って出て強大な権力を手に入れない限りは、「正力マイクロ構想」を実現できないという結論に至った。実際、この頃吉田も正力に「君が総理大臣にでもならない限りそんな構想は実現しない」と述べたといわれる。


 この段階での正力の野望は、あくまで「マイクロ構想」だった。では、なぜ彼が政争の道具として「原発」を担ぎ出すことになるのか、については後編で紹介したい。
[PR]
# by koubeinokogoto | 2011-04-29 10:17 | 原発はいらない | Comments(0)
原子力資料情報室(CNIC)のサイトに、チェルノブイリ原発事故から25年目の明日4月26日付けの、87団体による共同声明が掲載された。全文を紹介したい。
原子力資料情報室サイトの該当ページ

福島第一原発大事故にかかる共同声明
チェルノブイリ原発事故から25年の日に


3月11日の東日本大震災・大津波に端を発した福島第一原発大事故は、日本ばかりでなく世界を放射線ヒバク・放射能汚染の恐怖に晒しています。
 日本の原発は絶対安全、大事故は起こらないと豪語してきた日本政府と電力会社、御用学者の責任は重大です。大地震・津波の危険性、電源喪失事故、集中立地の危険性、大事故が起こった時の決死隊の問題、10キロ圏内のみの防災対策の問題点等々、現在進行形の事態を多くの人が古くから指摘してきました。にもかかわらず、それらを真剣に受けとめることなく、ただただ原発推進あるのみとの姿勢が、今回、日本政府・東京電力の事故への対応が後手後手にまわった要因の一つです。それでも「想定外」と居直るのは、人の道を逸脱した犯罪行為にほかなりません。
 福島第一原発は冷温停止に至っておらず、予断を許さない状況が続いています。冷却機能の確保とこれ以上の放射能の放出・漏洩による汚染防止対策が重要です。その際、労働者の安全に十分留意しなければならないことは言うまでもありません。住民の被曝は、事故時の過大な基準ではなく、本来の年間1ミリシーベルト以下が一日も早く遵守できるよう、様々な手立てをすみやかに行う必要があります。巨大な放射性廃棄物と化した福島第一原発の処理処分は、数十年単位の長い闘いになるでしょう。
 全国各地で脱原発を求めて原発や原子力施設の反対運動を続けてきた私たちは、福島第一原発の危機的状況の一日も早い収束を願いつつ、私たちが今一緒になってできることを追求したいと思います。
 チェルノブイリ原発事故から25年の本日の共同声明を第一歩にし、しかるべき時期に、福島第一原発・第二原発の廃炉正式決定、核燃料サイクルに関する計画中止、原発新増設の中止、老朽化原発の廃止を求める全国的な大行動に取組み、着実に脱原発を実現していくプロセスを提起していきます。
 これ以上の放射能汚染・地球ヒバクを許さず、生きとし生けるものすべてのために、脱原発社会実現に向け、ともに歩みだしましょう。

2011年4月26日


 87団体(4月25日現在)の名前はCNICのサイトでご確認のほどを。

 この共同声明の精神が、今後の日本の再興につながることを、祈るばかりだ。
[PR]
# by koubeinokogoto | 2011-04-25 21:24 | 原発はいらない | Comments(0)
e0337865_16390200.gif

 2000年12月に岩波新書から発行された同書が、4月15日付で重版(第5刷)された。これで一般書店で入手しやすくなったはず。ちなみに、私は岩波書店サイトから注文し、自宅近所の書店にて昨日入手。

 田中三彦著『原発はなぜ危険か』が4月5日に第12刷が発行されたことに続く岩波のスマッシュヒットで、次に広河隆一著『チェルノブイリ報告』も6月に重版が予定されている。
 
 これら岩波新書の原発関連本は、古書店でもなかなか手に入れにくいか、あっても結構高い状況なので、まさに朗報!
 
 こういう状況を見るに、原発問題を真面目に扱った本は、他の大手出版社からはあまり発行されていないことに、今更ながら奇異な感じを受ける。
 岩波の次に原発などの重要な社会問題を真正面から取り上げた本を発行しているのは、集英社から鎌田慧さんや広瀬隆さんの本を新書や文庫で出している程度ではなかろうか。新聞社系は、当たり前だが読売も朝日も原発擁護的なものしか発行していないはず。かつての経営者が原発建設の旗振り役だったから、それは当たり前とも言える。

 ようやく、一般書店の一部に原発本コーナーが出来始めた。読めば読むほど、私たちが「平和ぼけ」していたこと、そして貴重な警告に耳をかさず、当局が情報操作するままに身を委ねてきたことが、情けなくもあるし、悔しくもある。
 しかし、まだこれから出来ることは、必ずあると思う。もう騙されないために、正しい知識を身につけ、さまざまな意見に耳を傾けたいと思う。

 高木仁三郎さんに大腸ガンが発見されたのは1998年夏のことらしい。本書は1999年9月のJCO臨界事故が起こったため、高木さんが「書き残しておきたい」との強い思いで、2000年の夏に、死期を意識しつつ最後の力をふりしぼって録音したテープが元になっている。初版発行は高木さんがなくなった2000年10月8日から二ヶ月余り後の12月20日。まさに「遺言」である。

 なお、この本については、落語ブログ仲間である佐平次さんが、ずいぶん前から何度も紹介されており、私も早く読みたかった次第。佐平次さんの「梟通信」4月9日のブログ
 佐平次さんは、内部被爆の問題なども含め、有益な情報を発信されている。ぜひ、ご参照のほどを!
[PR]
# by koubeinokogoto | 2011-04-25 17:15 | 原発はいらない | Comments(6)
いわゆる全国紙の原発事故関連の記事において、原発政策そのものに関して旗色不鮮明であったり、最悪なのは、御用学者の“タメにする”ミエミエの擁護記事などで埋められているのに腹立たしい思いをしていたが、チェルノブイリ事故から25年を明日に控えた「琉球新報」の社説には、大賛成である。琉球新報 4月25日の社説

チェルノブイリ25年 脱原発は自明の教訓だ
2011年4月25日

 旧ソ連チェルノブイリ原発事故から26日で満25年となる。福島第1原発事故を経た今の日本にとり、チェルノブイリから学び取るべき教訓はあまりにも多い。
 最も重要な教訓は、ひとたび原発で大事故が起きると、周辺の地域社会が丸ごと消滅するということだ。人々の生活も仕事も一挙に失われ、破壊されてしまう。
 チェルノブイリでは、原子炉から4キロの地点にあった人口5万人のプリピャチの街が廃虚と化した。
 二つ目の教訓は、事故の影響は非常に長く続くということだ。事故後25年を経てもなお、原子炉から30キロ圏内は立ち入り禁止区域である。事故の9年後、隣国ベラルーシでは小児甲状腺がんが事故前の数十倍に増えた。小児白血病が有意に増えたという報告もある。
 チェルノブイリでは事故後3週間での死者が28人だった点を取り上げ、「福島では皮膚障害が1人だけ」と違いを強調する専門家が日本にいるが、ためにする議論、と言わざるを得ない。
 真に警戒すべきは長期的な被ばくであり、その点を勘案しない比較に何の意味があろう。しかも福島第1原発では今も放射性物質の放出が続いている。事故を矮小(わいしょう)化するかのごとき言説は不見識だ。
 福島の事故が起きる前、原発推進論者はチェルノブイリについて「ソ連と日本では原発の構造が違う」「ソ連の運転管理はずさんだが、日本はしっかりしている」などと述べ、「日本では起こり得ない事故」と位置付けていた。
 何と空疎な言説か。歴史上の大津波を基にした専門家の警告も、政府や東京電力は事実上無視していたことが分かっている。
 日本の安全対策は「著しい放射能災害をもたらすような事態は、最初から想定しない」だけのことだ。何のことはない、「見たくないものは見ないから、存在しないのと同じ」という幼児的心性にすぎなかった。
 原発に関わる政府機関などいわゆる「原子力村」の専門家の言説は原発推進の結論ありきだった。そんなことも、チェルノブイリ事故を振り返るとよく分かる。
 チェルノブイリでは今も、廃炉を覆う「鉄棺」建設費約2200億円の工面が議論されている。事故防止策のコストも含めると経済的にも引き合わない。脱原発は自明、というのが導くべき教訓だ。


 原発問題で、これだけの正論を書いた社説を目にするのは初めてのような気がする。爽快感さえあるこの社説を支持する。
 統一地方選で、「災害対策」を公約に掲げる候補者は多かったが、明確に「原発反対」を訴える人は、予想より少なかったように思う。
 もちろん、代替エネルギーの問題、原発関連産業に従事している労働者の雇用問題、など課題はある。しかし、琉球新報でも指摘している通り、安全面のみならず、経済的にも割りの合わない「高すぎる」エネルギーであることは、すでに明白である。

 他の原発依存度の高い国の例を少し紹介する。
 スウェーデンは、1979年のスリーマイル島事故の翌年に、2010年までに原子炉の全廃を国民投票で決定した。その後、紆余曲折があり、まだ全廃されてはいないが、この国は“脱原発”を前提にしてさまざまな試みをしている。ドイツはチェルノブイリの後で“脱原発”へ踏み出そうとしたが、“ベルリンの壁崩壊”による東西統一という難事業のため原発問題は一時棚上げされ、あらためて今回のフクシマを契機に、“脱原発”を進めることを、今月メルケル首相が発表した。
 いずれの国も、今後も長期にわたって政治的、経済的に数多くの課題を乗り越える必要があるだろう。しかし、大事なことは、まず“脱原発”という方向性を決めることだろう。原発が稼動している限り、災害を含む事故の危険性があることはもちろん、毎日大量の“死の灰”を作り出していることを忘れるわけにはいかない。そして、当局は、その高濃度に汚染された廃棄物処理を、その電力の恩恵をもっとも享受していない地方に押し付けようとする。

 いかに限りのある資源を使わず、安全かつ継続的な生活をしていくか、ということに頭を悩めるのと、この先何万年にも渡って放射能を出し続ける核廃棄物の捨て場所探しに頭を痛め続けるのと、どちらが人間的な活動なのかは明白であろう。
[PR]
# by koubeinokogoto | 2011-04-25 10:43 | 原発はいらない | Comments(0)

人間らしく生きることを阻害するものに反対します。


by 小言幸兵衛